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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
六章
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五十話「格の違い」



メヒトの家を出てから4日目の朝。

朝食を食べた後、慣れた手付きで馬に跨って鈴の反応がある方向へ快走している。

鈴に魔力を流して振れば、魔力が流れている間はずっと、その動き方で共鳴したもう一つの鈴への方向、距離を何となく掴む事が出来る。

正確な距離などが表示されない地図アプリのようなものだろうか。

いちいち画面を見て確認する必要がないという点では、地図アプリ以上に使い易いけど。

魔術でこれだけ便利な物を作れるのであれば、科学が発展しないのも頷けるというものだ。

もっとも、共鳴の鈴を持っているのはメヒトと、メヒトの知り合い数名のみらしいが。


希少な物を作り出せる技術はあるのに、メヒトはあまり金儲けに興味はないそうだ。

貯金もあまりないのかなと気軽に貯金額を聞いてみたら目眩がするような額を聞かされたが、それでも死ぬまで研究をし続ければ資金としては充てるには足りないのだという。

未知のものを解明するには、知識や閃きだけではどうにもならない、とメヒトが言っていた。



「ケイト、あれ」

「見えてきましたね」


朝食後に馬を走らせ続ける事数時間。

数日に渡る森の中での生活に終わりを告げる光景が、少し先の木々の隙間に広がっていた。



ブフルウゥン──


「どうどう。抜けましたね」

「うん。結構すぐだったね」



森を抜けた先、そこには広大な平原が広がっていた。

耳には、草花が優しく揺れる音が届く。

短く生えた雑草を撫でながらやってくる風を全身で受け、時折揺れる馬の背中で大きく息を吸った。

空気の綺麗さは大して変わらないはずだが、ずっと狭い木々の隙間を縫って走ってきたから、知らず知らずの内にフラストレーションが溜まっていたようだ。

どこまでも広がるような解放的な平原が今の俺には心地良い。

横を見れば、リビィも馬の上で同じように大きく息を吸いながら伸びをしている。

元の世界に居る時は何日でも家に籠れるような、閉鎖的な空間でも問題なく生活出来るどちらかといえばインドア派な人間だったのに、こっちに来てから感性が変えられてしまったのだろうか。

変わっていたとしても、それが嫌だとか、そういった感情は湧き上がってこないけど。



『キュキュイ♪』



キュイもどうやら広い場所のほうが好きみたいだ。

俺の頭上をぐるぐると機嫌が良さそうに飛び回っている。



「バオジャイさんまでの距離、後どれくらい?」

「もうすぐ近くなはずなんですけど、、、」

「じゃあ、この辺りを散策してからお昼ご飯にしよっか」

「そうしましょうか」



鈴から伝わってくる情報を読み取る限り、バオジャイとはあと1kmも離れて無いと思う。

それくらいなら歩いても移動出来ると、結界の中で馬達に水分を取らせて、その間にリビィと二人で鈴が示す方向へ散策に出た。

メヒトの家を出てからはずっと馬での移動だったから、こんなにゆっくり歩くのは久しぶりだ。

散歩なんて爺臭い趣味をやる意味が分からないと前までは馬鹿にしていたが、自然の中でやってみるとこれが中々心地良い。

当然の事だが、音楽を聞きながらじゃなくても、歩いているだけで色々な音が耳に届くんだな、、、。

風の音が、草花が揺れる音が、虫や鳥の声が、天然のBGMとなって散策を彩ってくれた。



「たまにはこうやってゆっくり歩くのも悪くないでしょ?」



バオジャイを探す為に色々な方向へ投げていた視線を前方に戻すと、下方から顔を覗き込んだリビィから楽しそうにそう尋ねられた。

悪くないどころか、毎日でもしたいと思える程だ。

そんな心情を、濁す事なくリビィへ伝えた。



「ふふ。良かった。ケイトはこっちに来てからあんまりゆっくりする時間なさそうだったからさ」

「そうですか?」

「うん。いつも何かしてるイメージ」



言われて考えてみる。

神王崩御から数日は家に籠っていたし、レミリア王国ではのんびりした時間を過ごしていた気はするが、その全てで何かしら学んだりはしていたかもしれない。

本を読んだり読み書きの練習をしたり、慣れない家事の手伝いをしたり。

今思えば、以前の自分からは考えられないくらい意欲的に活動をしている。

それでも辛くしんどい日々だったと思う事がないのは、その殆どが自分にとって嫌なものじゃなかったからだろうか。

新しい事を知れるのも成長出来るのも、大変ではあるが楽しい。



「たまにはこうしてのんびり歩くのも悪くないですね」



自分の今までの生活を振り返って、慌ただしい生活の中での今ののんびりとした時間の幸せを実感して、その感情の表れか、自然と笑みが零れた。

面白くて声を上げて笑うわけでもなく、作り笑いでもない、自然に漏れ出た笑み。

変な顔はしていなかったと思うが、俺の表情の変化を見たリビィは不思議そうな表情を浮かべていた。



「ケイトのそんな笑顔久し振りに見た」

「今までそんなに仏頂面してました?」

「うーん。そういうわけじゃないし笑顔もあったはずなんだけど、今みたいな自然に零れ出た笑顔を見るのは、セプタ領を出てからは初めてかな。ずっと張り詰めているような気がしたから」



そんな意識は全くと言っていいほどなかった。

だが、思い返すと心当たりはある。

これからはウルを頼れない、リビィを守らないといけないと、俺はどこか気を張り続けてきた。

数日の旅を経て辿り着いたメヒトの家は半月で出ないといけないと知らされるし、家主のメヒトには初対面で刺されたせいで、最終日まで会う度に身構えてしまう癖が直る事はなかった。

面白い事があれば笑ってはいたはずだが、特に面白い事もないのに楽しいというだけで笑みを零した事は確かになかったかもしれない。

そんなに責任感の強いほうではなかったはずなのに、守りたいと思うものの為なら頑張れる程度に精神面で成長出来ているんだろうか。



「ありがとね、ケイト。色々と」

「いえ、特に何もしてないで───」

「あ!あれって!」



多少の自覚のある謙遜は、一点を指差しながら上げられたリビィの声によって遮られた。

不意を突かれながらも指で指し示される方向へ目をやるとそこには──



「人と馬、、ですね」

「あれ多分バオジャイさんじゃない?」

「本当ですか?」

「うん。聞いてた容姿を一致するよ?」



出発前、バオジャイの容姿はメヒトから聞いていた。

背は低く、褐色の肌で金髪のショートヘア。

前髪で隠れ気味の目は銀色らしい。

眼鏡を掛ける事が多かった俺には人と黒色の馬が木陰で寝転んでいるようにしか見えないが、リビィはこの距離で容姿からバオジャイだと判別出来たというのか。

こんな事ならセプタ領にいる内にメガネを作っておくんだった、、。





「あ、確かにバオジャイさんで、、、、寝てる?」


容姿を見て判別出来る距離まで近付いてくると、そこには木陰で馬に凭れ掛かって寝ているバオジャイの姿があった。

凭れ掛かられているにも拘らず、筋骨隆々な黒色の馬は邪険に扱う様子もなく一緒に眠りについている。

何というか、そのサイズ感も相まって親と子のようにも見えた。

この場所にも魔物が出ないわけではないのに、よく結界も張らずに寝られるな、、。

そう思いはしたが、最強ならではの対策が何かしらあるのだろうと、心配する自分の気持ちを宥めた。



「可愛い、、」



バオジャイの姿を近くで見て、リビィがぼそりとそう零した。

寝ているからはっきりとは分からないが、身長は150cmあるかないかといったところだろう。

顔立ちが整っているし、すやすやと眠るその姿は人形のように見える。

これなら、お世辞でなくとも小さくて可愛いと言えてしまいそうだ。



「見える範囲まで馬を移動させて、少し早いですが昼食にしましょうか」

「そうだね。草原でご飯を広げて食べるなんて、ピクニックみたいじゃない?」



果たして、鍋や食材を広げて広々と調理を始めるピクニックがあるのだろうかと思ったが、リビィの笑顔をわざわざ濁す事はないだろうと、余計な口は挟まずにおいた。

機嫌を損ねて美味しいご飯を作ってもらえなくなるのは避けなくてはならない。





「はい。これケイトの分ね」


リビィからステーキとサラダの乗った皿と、スープの入った皿を受け取る。

ステーキの肉は昨日、就寝場所に選んだ沢の近くで襲い掛かって来た猪のものだ。

結界で防げる程度の攻撃力しか持たない猪をわざわざ殺める必要もなかったんだが、水場が近いという事と、解体の腕が鈍らないようにという事、そして何よりステーキが食べたくなったので仕留めさせてもらった。

初めての最初から最後まで一人で行う解体。

不安はあったし相変わらず(ぬめ)る血には吐き気を催したが、それでも丁寧な血抜きと念入りに水にさらした甲斐があってか、臭みの少ない良い肉を手に入れる事が出来た。

口に含むと若干の野性味を感じるものの、噛み締めた時に流れ出た良質で控え目な脂と肉の旨味のおかげで殆ど気にはならない。

乗馬が出来るようになっても狩りや解体が出来るようになっても、やっぱりリビィがいないと駄目みたいだ。

俺ではこんなに美味しく調理出来る気がしないし。


部位毎に包んで空気に触れないようにしているが、冷蔵庫があるわけではないし早く食べないといけない。

だから、おかわりをするのは仕方ないんだ。

うん、決して食いしん坊なわけじゃない。

腐らせない為に早く処理をする為だ。

(それにしても、どの部位も美味し、、、、ん?)



「急に暗くなりましたね」



バオジャイが見える範囲、結界の中でリビィと食事をしていると、さっきまで明るかったのに、突然影が周囲を覆った。

まだ焼いている途中の肉があるのに、雨は勘弁してほしいな、、。



「ケイト!あれ!」

「何かあった、、、、え!?」



名残り惜しくも肉の皿をテーブルにしていた天然の岩に置いて上を見上げると、そこには結界の周囲を影で覆い尽くす程多くの、鷲の上半身にライオンの下半身を持つ魔物が飛び交っていた。


(あれは確か、、、ジャヌーだっけか?)


見た目はグリフォンそのもの。

伝説上の生物であるグリフォンがこの世界では魔物で、名前はジャヌーというらしい事はメヒトから教わった。

比較的数が多い魔物で、一体一体でも厄介だというのに必ず集団で行動するという性質の悪さから、魔術師から忌避される存在だ。




クエェェェェェェ!!!!


「リビィさん!火を消して結界を閉じてください!!」


パチンッ───ボンッッッ!!


グギャッ!?




石柱を隆起させながら、その上に乗ってエレベーターのように上がって、一匹で特攻してきたグリフォンを爆発で追い返す。

ダメージは与えられたと思うが、おそらく仕留められてはいない。

リビィと馬と荷物を守りながらジャヌー10匹前後と戦うのは流石に厳しいし、何とかリビィが結界を張り直すまでは俺に集中してもらわないと、、、。



「〝火踊(ファイヤダンス)〟、〝石礫(バレット)〟」


クギャアァァァァァ!!



火力の高い魔術を放てば数匹は纏めて屠れる。

だが、発動までの数秒がこの状況では邪魔だ。

それに、ただでさえ魔物が近付いてきて興奮している馬の下に飛べなくなったジャヌーの死体を落としてしまっては、暴れ回る馬にリビィが怪我をさせられ兼ねない。

結界が完成するまでは仕留めず、牽制のみ。

グリフォンの周りに小さい火の玉を旋回させながら石礫を色々な方向からぶつけて、徹底的に俺へ集中させた。


(よし。いいぞ。そうだ、こっちを向け)


敵だと認定してくれたのか、宙に浮かびながら魔術を繰り出す俺へ、殆どのジャヌーが鋭い眼光を向けて来た。

(もうそろそろ結界も完成しそうだし──くっ!なんで向こうに!!)



「〝(フレイム)〟!〝(ピルシング)〟!!!」


グエッ!!!!!!


「よし!」



結界を完成させようと石柱の頂点で魔道具に魔力を注ぎ直していたリビィに向かっていた一体の片翼を、魔術で打ち抜く。

無事に張り直す事が出来た結界の壁が落ちて来たジャヌーの血で汚れて、その音と血に馬が興奮してしまっているが、あれぐらいなら大丈夫だと思う。

これで、リビィと馬と荷物の心配はなくなった。

ここからは思う存分やらせてもらおう。

出来るだけ魔力は温存したいから、一箇所に纏めて風華で屠るのがいいか、、


(ん?どこへ行くんだ、、?)


飛び交うジャヌーの攻撃を中空で躱しながら一方向に纏まってくれる好機を待っていると、一匹のジャヌーが俺でも結界でもなく、明後日の方向へと全速力で飛んで行った。

逃げたか?

そう思ったが拭えない不安が胸中に溢れて抑えきれず、飛んで行ったジャヌーが行き着く先を横目で追いかけた。


(あ、、!!!!そっちは拙い!!)


ジャヌーより先に辿り着いた視線の先に居たのは、木陰で未だに眠るバオジャイ。

ジャヌー達の鳴き声は聞こえているだろうに、自分がターゲットにされている事に気付かないどころか、一向に起きる気配がない。

助けないと拙い、、、。



「くっ!邪魔だ!!〝瀑布(グラブ)〟!!」


グキャッ──



バオジャイまでの道筋に立ち塞がったジャヌーを地面に縫い付けて、キュイの力を借りて全速力でバオジャイの元へと向かう。


(間に合え間に合え間に合え、、、、)


おそらく先にジャヌーが辿り着く。

それでも、一撃だけでも耐えてくれれば、この速度ならすぐに追いついてバオジャイが力尽きる前に仕留める事は出来る。

初撃を防ぐ事は出来ないだろうから後でリビィに治療を───






ザッ───


───グエ?






「、、え?」


高速で飛んで移動している最中、繰り広げられた光景に唖然として、口をぽかんと開けた状態でその場で止まってしまった。

あと数メートルでバオジャイに辿り着きそうだったジャヌーが突然縦半分に割れて、体の左右をずらしながら、ずるりと落ちていった。

見えていなかっただけでバオジャイの後ろに護衛でも居たのか、、?

謎を究明する為に、追い付いて来たジャヌー達の攻撃を躱しつつ横目でバオジャイへ視線を向けると、そこには馬に凭れ掛かった姿勢のまま片目を眠そうに擦って、もう片方の腕を手を手刀の形にして振り抜いているバオジャイの姿が。

護衛は居ない。

眠そうな様子からさっきまで寝ていたのは間違いないだろう。

という事は何か?

眠っている状態で魔物が近付いて来た事に気付いて、腕の一振りで倒してみせた、、と。


(そんな神業、、、、ああ、もう!邪魔だ!!)


ジャヌーの攻撃がしつこ過ぎて、碌に頭を使う事すら出来ない。

今はひとまず、共闘して倒す事に集中するか。

その為にはまず合流を───




ヒュンッ───


「ん?」




バオジャイの元への移動を再開した途端、小さく振られたバオジャイの手元から、風刃が飛んできた。

反射的に避けて頬に浅い切り傷を作るだけで済んだが、避けなければ今頃顔が上下で半分に別れてたぞ、、?


背筋を冷たいものが駆け抜ける。


形成単語を使った様子もなく、あんな速度で致死性の攻撃を?

最強の称号を持つ人に自分が敵認定されているのではという恐怖を感じながらも、時折飛んでくる風刃を直感で回避しながらバオジャイの元へ急ぐ。

流石に、こんなものを長く続けられたら心臓が持たない。



「ストップ!バオジャイさんストップ!!」

「ふわぁ。ん?お前、誰」

「ウルさんの弟子です!」

「ウルの、弟子。そんなのいたっけ」

「後でちゃんと説明しますから!今はあのジャヌー達を一緒に───」

「〝竜巻(サイクレート)〟」





グギャアァァァァァァァァァ!!!!!





共闘しようと説得している途中でバオジャイが突然、片腕を前に伸ばしながら形成単語を唱え、後ろからジャヌー達の断末魔が聞こえた。

恐る恐る後ろを振り返ると、、、。



「、、、、え?」



そこには、巨大な竜巻に吸い込まれて中できりもみ状態になるジャヌー達の姿が。

驚くべきはその威力と大きさ。

回り込むように円を描いて飛んできていた数匹のジャヌーを除いて、その殆どを巻き込んで一匹残らず屠っている。

未だ弾かれずに中に居るジャヌーがどうなっているかは分からないが、距離を開けたこの場所にも轟々と唸る風の音と暴風が届いているんだ、奇跡的に生きていたとしても、確実に大怪我は負っているだろう。




クエェェェェェェェ!!


「バオジャイさん!」

「ん」


ザッ──ザンッ──ザンッ───




竜巻を迂回して飛び込んで来た残りのジャヌーは、目を擦っていたほうの腕が振り抜かれる度に一匹、また一匹と命を落としていった。

やっぱり、あの風刃は形成単語じゃなかったのか、、、。




ボトッ──ボトボトッ────




威力が殆ど収まった竜巻の方向から、巨体が地面に落ちる音が複数聞こえた。

広がっているであろう光景はおそらくであるが予想出来る。

それでも確認しないわけにはいけないと視線を向けると、そこには予想した通り、複数のジャヌーが体の至る所をあらぬ方向に向けて地に伏す光景が広がっていた。

たった一つの形成単語でこの威力。

勿論、バオジャイが使っていた形成単語は俺も使えるが、威力はついさっき見たものの五分の一程度だ。

あの数のジャヌーを同時に屠るなど、出来ようもない。

形成単語は比較的威力に差が出にくいはずなんだが一体、、、。



ボッ──。


「それで、何の用」



繰り広げられていた光景に唖然としていると、手の平に炎を浮かべたバオジャイにジト目で問われた。

気付かない内にさっきよりも距離を置かれているし、警戒されているんだろうか、、、。



「えっと、メヒトさんから話を聞いてませんか?」

「ここに来る事だけ、聞いてる」



そうか、、、。

鈴で呼び出したと言ってたから、詳しい内容は伝えきれていないのかもしれない。

それなら、、。



「証拠」

「あ、えっと、メヒトさんの紹介だという証拠ですか?」

「ん」

「鞄に手紙が入っているので、少しだけ待っててください」

「早く」



ボッ──。


「は、はい!」



突然起こされて怒っているのだと思うが、急かす為に炎を大きくするのは止めてほしい。

パワハラだと訴えたいくらいだ。


ジト目を向けて警戒してくるバオジャイを背に、高速で飛んでリビィの元へと急ぐ。

途中に転がっていたジャヌーの死骸は、目を背けたくなるような見るも無残な有様だった。



「さっきのケイトの魔術、、?凄いね、、」

「あ、いえ。あれはバオジャイさんの───」



辿り着いた結界で荷物の中から手紙を取り出しながら、今起こった事の簡単なあらましを、驚いた様子のリビィに伝える。

突然あんな竜巻が発生したんだ、驚くのも無理はないだろう。



「そっか。やっぱりバオジャイさんって凄いんだ、、、」

「そのバオジャイさんが眠りを妨げられて怒ってる様子なんで、急ぎましょう。出来る限り神経を逆撫でしないように」

「うん。分かった」



メヒトからの手紙を見せれば、きっと落ち着いて信用してくれるはずだ。

それが無理なら、これを渡しておけば大丈夫というメヒトセレクトのお土産もあるし、バオジャイの機嫌が良くなるという言葉も聞いている。

俺とリビィを正座させながら距離を置いて立って手紙を読むバオジャイを見ながら、メヒトに教えてもらった台詞を頭の中で反復した。

手紙を読んだ後に機嫌が良くならなければ、一字一句間違えないように伝えないと。



ボッ。



読み終わったのか、再び手の平に炎を浮かべて、その炎で手紙を燃やすバオジャイ。

ジト目ではなくなっている気がするが、まだ眠いのか瞼が中途半端に降りているので、機嫌が良くなったのか計り辛い。


(銀色の目、綺麗だなぁ、、)


少しでも緊張から逃れる為、白に限りなく近い銀色の目を鑑賞する事だけに全神経を費やした。

一点に集中していれば表情も見えないし、この緊張感も紛れる。



「読んだ」

「どう、、でした?」

「信用する」

「そ、そうですか。良かった、、」

「バオジャイさん。宜しくお願いしますね」

「ん。よろしく」



無事に炎を収めてくれたバオジャイに、手紙に書いてあった内容を聞いてみる。

短く切られる言葉を解読するのは大変だったが、間違っていなければ、俺とリビィが腐愚民である事、元々ウルの奥さんと弟子だった事、記憶魔術を行使して俺達の記憶はこの世界から消えている事、安全な場所へ連れて行って欲しいという事が書かれていたらしい。

三賢者まで上り詰めた人達は寛容なのだろうか。

忌避される腐愚民という存在なのに、きちんと一人の人として接してくれる。

まあ、ウルには最初捨てられそうになったし、メヒトには研究対象としてしか見られてなかったけど、、、。

でも、最終的には他の人と変わらないように接してくれていたと思うし、今更過去の事は蒸し返さないでおこう。



「改めまして、リビィです。これから宜しくお願いします」

「ん。バオジャイ・システィオーナ」



リビィが挨拶をして、バオジャイが満足気に口角を緩く上げて頷く。

次はお前だとばかりに視線を向けてくるのはいいが、その中に鋭さを持たせるのはやめてほしい。

まだ機嫌が悪いのであれば、メヒトから聞いたあの台詞で、、。



「ケイトです。宜しくお願いします」

「ん」

「それにしてもバオジャイさん。噂通り小さくて可愛いで────」




ドッ───ドッドッ──ドサッ。



「かはっ!」



(え?な、なんでだ!?)

最後までセリフを言い遂げる事なく、靴裏にエアバーストを仕込んだ蹴りを腹部に入れられて10m程吹き飛ばされた。

咄嗟に腕を交差させて威力は少し殺せたが、腕もお腹も痛い。

それに、地面に何度かバウンドした時に打った背中とお尻も痛い。

なんで突然、、、。



「えっと!あの!小さくて可愛いバオジャイさ───」

「黙れ小僧がああああああああああ!!!!!!! 〝水貫(ウォーバランス)〟 !!!」

「え、ちょ、ちょっと!!!」


キュウゥゥゥゥン───



眠そうな様子から一転、烈火の如く怒ったバオジャイによって、周囲に幾本もの水の槍が凄まじいスピードで形成される。

だからなんでこの人の形成単語は精霊魔術並のサイズなんだよ、、、。



キュゥゥゥゥ───



自らを圧縮する水の槍の軋むような音が耳に届く。

おそらく、この場所を動けばすぐにでも水の槍が猛威を振るってくるだろう。

そうなれば、俺の魔術の形成スピードでは対抗出来ずに死んでしまう。

それなら、バオジャイの怒りを鎮める事を優先しなくては、、。


でも何で怒ったんだ?


メヒトに教えてもらった事を、間違えずに伝えたはずなのに。

もしかして、メヒトに嵌められた、、、?





「死ねええええええええええええ!!!」

「ストオオオオップ!!!!さっきのは冗談です!!!止まってください綺麗でスタイル抜群のバオジャイさあああああああああああん!!!!」



ピタッ────。





(いけた、、、?)

一縷の望みをかけて、メヒトに教えてもらった事とは反対の褒め言葉を叫ぶ。

すると、その台詞が正解だったのか、唸りを上げて今にも俺を串刺しにしようとしていた水の槍が静かになった。

今の内に逃げ───



「おい」

「は、はいッ!!」



──られるわけなんてなかった。

少し動くと同時に掛けられた声に体を硬直させ、恐る恐るバオジャイの表情を見る。

大きく早く鳴り過ぎる鼓動のせいで、心臓が痛い。



「今の言葉は本当か?」



これは、どう答えるのが正解だろうか。

肯定するか否定するか、、、。

ここで間違えたら今度こそ打開策が、、、。



「早く答えろ!!」

「ほッ、本当です!!!!」



半ばヤケになって、全力の大声で返答した。

これで無理ならどのみち助かりようがない。

もう、どうにでもなれ。

怯えて両手で頭を抱えながら、自暴自棄になる。

ああ、こんな事ならネイディアにでもひっそり隠れていれば───




バシャンッ!!


「つ、つめたッ!」




一瞬、何が起こったのか分からなかった。

だが、冷たさを感じて、濡れた服を見て水を浴びせかけられたのだと理解して、辺りを見回して周囲に水の槍が無くなっている事を認識した。

助かった、、、、のか、、、?



「つまらない冗談を言った罰」



いつの間にかすぐ近くまで来ていたバオジャイが、俺を見下ろす位置で冷たくそう言い放った。

さっきまで烈火の如き怒りは、もう失われている。

それどころか、どこか嬉しそうな表情を浮かべている気がする。

やはり、メヒトに教えられたのは嘘で、その反対の台詞が正解だったか、、、、。



「ごめんなさいは?」

「ごめんなさい」

「ん」



素直に謝ったのが功を奏したのか、バオジャイが満足気な表情で俺の頭を撫でてくれた。

撫でられる事自体が嬉しいわけではないんだが、許してくれたのだと理解出来る行動故に、心の中には安堵が広がる。


(メヒト。次会ったら絶対一発殴る)


繊手に撫でられる擽ったさを感じながら、つまらない嘘をついたメヒトへの復讐を心に決めた。

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