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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
五章
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四十九話「あるべき場所へと」



乗馬訓練、模擬戦を繰り返しながら、馬の世話とこの世界の常識、動物や魔物の解体を教わる事約二週間。

森の中でも平野でも問題なく乗馬が出来るようになり、大まかな解体の仕方も覚えた。

解体に関しては、正直学んだ事が活きる場面には出来る限り遭遇したくない。

魔物を仕留める事にはもうあまり抵抗はなくなってきたが、普通の動物であればまだ抵抗はあるし、ナイフを通す時の鈍い感覚や流れ出る血には未だに慣れない。

それでも肉類を食べる事には微塵も抵抗がないのだから、自分の他力本願加減が窺い知れるよな、、、。

かといって、リビィに任せようという気にはなれなかった。

男らしさなどない俺の、ほんの少しの矜持だ。




「もう随分元のサイズに近付いてきたね」


何度目かのミシェと模擬戦から帰ってくると、深い緑に模様が描かれた魔装を羽織ったメヒトが迎えてくれた。

迷彩服のようにも見えるが、これはどういう効果が付与されたものなんだろうか。



「今から行くところがあるから、付いて来ておくれ」



メヒト直々の誘い。

それも、玄関の前でわざわざ待ち伏せて。

嫌な予感しかしない、、、。

まあ、断っても強制的に連れて行かれるであろう事は分かっているんだが。



「これを持ってくれるかい?」



誘いに対して首を縦に振ると、ピッケルやスコップが入った頑丈そうな鞄を持たされ、地下の転移魔法陣の部屋へ連れて行かれた。

入る時に見えた入口に記されていた番号は〝4〟

不吉とされる数字だが、おそらく数字の割り振りに他意はないと思う。

渡された荷物を見る限り何かを採掘しに行くのであろう事は分かるんだが、俺をわざわざ連れて行くのは何故だろうか、、、。



「〝転移〟」



メヒトの合図で、視界は青白い光に包まれた。

せめて、何もない平和な場所へ転移してくれる事を願おう。










「近くを通っているねこれは、、、」


近くを通った?

到着した場所の近く、メヒトが見ているのは、一部が腐って倒れてしまった木。

声を掛けようにも、木の腐った痕を真剣に見つめながら破片を採集していて、俺の事など眼中にない様子で近寄り難い。


ここは何というか、薄暗い樹海のような印象を受ける場所だ。

薄く色の着いた靄が周囲を漂っていて、不気味な雰囲気を醸し出している。

時折鼻につく腐敗臭も相まって不快指数が上がっていくのを感じた。

自然、呼吸の回数を抑えてしまう。



「ああ、忘れていたよ。これを口元に巻いておいたほうがいい」



腐敗痕の調査が終わったのか、メヒトが振り返って手ぬぐいのようなものを渡してきた。

いつの間にか、メヒトの口元には同じ物が巻かれている。



「ここに漂っている空気、〝灰霧(はいぎり)〟を吸い過ぎると体調を崩す事があるんだよ」



、、、ん?

それ、ここに来る前に教えてくれたほうがよかったんじゃないか?

もう結構吸ってしまったんだが、、。

まあ、喉がイガイガしたり微熱が出たりする程度だから問題はないらしいが。

メヒトはその凄さの割に、どこか抜けてるところがあるんだよな。



「メヒトさん。この場所は何なんですか?」



採掘場所へ向かっている途中、そんな事を尋ねてみた。

この場所は、ネイディア以上に異質だ。

およそ人が住める環境ではない。

だからこそ、許可を取るわけでもなく採掘に訪れる事が出来るのだろうけど。



「ここはディベリア神聖国近くにある〖幻霊林〗という場所だよ。魔人域にあるにも関わらず精霊が支配している特異な場所でね、特殊な素材がよく取れるんだ」

「精霊が暮らせるくらい、魔力濃度が濃いという事ですか?」

「濃いといえば濃いけど、精霊域のものとは違って質は悪いね。おそらくだけど、キュイ君はここの空気中の魔力は吸収出来ない、もしくはしたくないんじゃないかな?」

『キュウゥン、、、』



落ち込んだような声を上げながらキュイが項垂れた。

俺が記憶した地図に間違いがなければ、精霊域からここに来るまではどう足掻いても魔人域を通らなくてはならないはずだ。

それなのに、何故こんなところに精霊が?

ここに住む精霊が全てキュイのような特殊個体か、元々何かの間違いでここで生まれたか。

理由についてはメヒトも知り得ない様子だった。


、、、それにしても。

精霊との契約を管理している防人ですら精霊域以外に精霊が住んでいる事を把握していなかったはずなのに、メヒトは何故知っているんだ。



「この場所は空気に害があるという事から調査の手が入っていなくてね、精霊がいると知られていないのは当然の事じゃないかな。ディベリア神聖国の上層部の一部は、おそらく知っているけれど」



世界的に見てもごく一部の人しか知り得ない知識を持っているというのに、メヒトは誇るでもなく淡々と話している。

知識を持ち過ぎているメヒトにとって、新しいものを欲しているメヒトにとって。

既知の情報など形骸化してしまったガラクタに過ぎないのかもしれない。




時にぬかるむ地面に足を取られながらも黙々と歩く事数十分。

メヒトの先導で辿り着いた、身を捩らないと入る事が出来ない程入口の狭い洞窟の中で採掘を終える。

入口の狭さからは考えられない程内部は広く、内壁の至る所に目的だった漆黒の鉱物が埋まっていた。

狂気的な知識を持つメヒトですら、まだ効力を調べ切れていない希少な鉱物らしい。

採掘の途中、ピッケルを振るうのが辛くなって周囲の岩を砂に変えてしまえば楽に掘れるかと試してみたら、奥にあった深紅の鉱物も砂状に変えてしまい、怒られる事は無かったがメヒトを分かり易く落ち込ませてしまった。

メヒト曰く、求めていた漆黒の鉱石よりも相当希少な鉱物なんだそうだ。

その後馬車馬の如く働いたから許してくれていると思いたい。

結局、最後まで同じ鉱石を見つける事は叶わなかったが。






「待った。その場所から動かないでおくれ」


帰り道、倒れた大木を越えようかというところで、メヒトが俺の顔の前に手を翳してそう言ってきた。

何かを見つけたんだろうか?

だが、未知のものを見つけた時は目を輝かせるメヒトが、今は険しい表情を浮かべている。

嫌な予感が、、、。

指示に素直に従い、大木に凭れ掛かるように陰に隠れた。

ぬかるんだ地面に着けてしまった部分が気持ち悪い。



「何かあったんですか?」



隠れたまま、出来るだけ小さな声でそう聞いてみる。



「ふむ、おそらくこの位置からなら大丈夫かな。ここからゆっくり向こうを見てごらん」

「なんだあれ、、」



中腰で大木越しに見えたもの。

それは、周囲を腐らせながら体を引き摺るように前進する巨大なヘドロだった。

普通に会話をしても聞こえないであろう程距離は空いているのに、その存在の異様さは嫌という程に伝わってくる。


おそらく人型だろう事は辛うじて分かるが、3mはあるその体躯と、うぞうぞと動く体表のヘドロのせいでその本質は計りかねた。

人型ではあるが人ならざる者。

この世界に来てから色んな人や動物、魔物を見てきたが、あれほどの異形は初めて見る。



「あれは精霊だよ」

「精霊、、?」



メヒトの言葉を受けて、遠くにいる異形とキュイの姿を見比べた。

まだ元のサイズより少し大きいが、それでもキュイの愛くるしさは健在だ。

あの異形とは似ても似つかない。



「使える魔術は〖腐敗〗。歩くだけで周囲を腐らせているだろう?力を制御出来ていないんだよ。ちなみに、灰霧も腐敗の力の副産物だね」

「それって大丈夫なんですか、、?」

「あの精霊、〖腐王〗に近付かなければ問題ないよ。腐敗したばかりの場所へ近付くのも危険だね」



何度もこの場所へ来ているらしいメヒトが無事なのであれば問題ないとは思うが、念の為、意味がないと思いつつも口元に当てた布の締め付けを強くした。

腐王の周囲の木々や岩、地面のように流体になって腐り落ちるのは嫌だ。

早く帰りたいのに転移魔法陣まで行けば確実に腐王に近付いてしまうんだが、早く立ち去ってくれないだろうか、、。


(、、、ん?あれは?)


鈍重な動きの腐王から視線を転移魔法陣のほうまで移動させると、その途中、木の側でしゃがみ込んで同じように腐王を眺める人影が見えた。

その数は五人。

こんなところで何してるんだ、、、、。

いや、それは俺が持てる疑問ではないか。



「おや?ディベリア神聖国の聖魔術士達がいるね」



メヒト曰く、聖魔術士というのは三十名からなる教皇直属の部隊らしい。

国のトップである教皇の手となり足となり、あらゆる重大な場面には必ずと言っていいほど姿を確認されているそうだ。

ここに来ているのは、ディベリア神聖国から近い故の調査だろうか。

腐王の脅威は、事前に調査しておかなくてはならないほどだろうし。

そんな予想を問いにして聞いてみたが、メヒトは渋面を浮かべるだけだった。



「ディベリア神聖国の上層部には、国民の為に調査をしようなんていう殊勝な心掛けを持つ人間は居ないよ。みんな、自分の保身に走るのに必死さ」

「でも、国に腐王が攻め込んで来れば、、」

「それはないよ。あんな見た目をしているが腐王も精霊だからね。魔力濃度の薄い場所まで出てしまえば体を保てずに崩れ落ちてしまうさ」



それもそうか、と納得し掛けたが、魔力濃度の薄い場所に出ても力を発揮出来る精霊は居る。

今のところ魔力濃度の薄い場所でも活動出来ると分かっているのは、キュイと精霊王のみ。

精霊王は実際に会った事はないが、古来から続く一族である防人に聞いた話だから、間違いはないだろう。

精霊王が扱う魔術は記憶魔術らしいし腐王は精霊王ではないんだと思うが、何となく、腐王がその他大勢と同じように魔力だけで体を構成しているような普遍的な精霊には見えなかった。

確かな実体のある異形。

だからこそ、干渉される事のない距離であってもその恐ろしさははっきりと感じ取れているのだと思う。



「実体は確かに、あるのかもしれないね。近付く事すら出来ずに調査が出来ない現状を打破出来ればいいのだけれど、、。実体があると仮定したとして、もし腐王が国に攻め込んできても、きっとディベリア神聖国の上層部は国民への警告もそこそこに自分達だけ国外へ逃げ出すだろうね。確か、一部の人間にしか知られていない脱出用の転移魔法陣があるはずだから」



なんで国の一部しか知らないようなものを知っているんだと聞いてみたが、〝秘密だよ〟と濁されてしまった。

この人が暗躍すれば国の不正を暴いたり、国家間を争わせたりする事すら容易に出来るんじゃないだろうか、、、。

まあ、研究にしか興味のないメヒトがそんな無為な事に時間と労力を費やすとは到底思えないけど。




『キュキュイ、、、』

「キュイ?」


腐王がそろそろ立ち去るかというところで、キュイが俺の襟元から服の中に体の一部を隠して、怯えた様子で震え始めた。

一体何が、、、。

(ん、、?)



「メヒトさん。今何か視線を感じませんでしたか?」

「おや?君もかい?その様子だと、キュイ君も視線を感じているようだね」



全身を嘗め回すような視線を感じ、キュイと同様に体を震わせる。

どこから見られているかは分からない。

視線を向けているのが一人なのか一体なのかも分からない。

だがおそらく、複数ではないんじゃないかと思っている。

見回した限りは視線を投げてくる存在は居ないが、一体何処から、、。

視認出来ない範囲にも拘らず認識出来る程、向けられた視線には酷く強い感情が乗せられていた。


(それに、、、、)


おそらく、視線の主はかなりの強者だ。

圧倒的脅威に見える腐王以上の。

相手の強さを計り知れる観察眼のようなものは持っていないはずの俺だが、それでも視線だけで強さを計り知る事が出来た。

どれだけの存在なのか、想像もしたくないな、、。



『キュッ!?キュー!キュー!』



強くなる視線に、キュイの怯えは増していく。

斯くいう俺も、全身の震えを止められずにいた。



「視線の正体を調べたいところだけれど、、。それはまた今度にしておこうかな。腐王も行った事だし私達も戻るとしよう」



圧倒的な力を持つ腐王の存在。

それ以上の力を持つであろう視線の主。

何かしらの調査に来ていたであろう聖魔術士の存在。

気になる事はいくつかあれど、キュイの為にも正直この場所に長居はしたくはなく、メヒトに素直に従って帰路に着いた。





















「これを」


出発当日の朝。

いつもより早い時間に朝食を済ませ、いざ出発をしようという段になって、メヒトに木製の鈴を渡された。

これは確か、メヒトの部屋の壁に掛かっていた物だったはずだ。

餞別、みたいなものだろうか?

そういえば、色々とバタバタして結局これからの事を聞けていないし、今の内に聞いておかないといけない。

出発の度に慌ただしくなるのはのんびりとした性格故なんだろうか、、、。



「これは〖共鳴の鈴〗と言ってね、二つで一つの魔道具なんだ。もう一つは、君達がこれから会ってもらうバオジャイ女史に渡しているよ」



バオジャイというのは三賢者の一人だったはず。

確か三賢者で一番どころか、この世界の人間で一番強いと聞いた事があるんだが、一体どんな人なんだろうか、、。

シェリルのような戦闘狂でない事を願おう。



「結界の外で振れば向こうと共鳴してお互いがどこにいるか、大体の位置を掴む事が出来るんだ。バオジャイ女史にはこの森に近付いてもらえるように共鳴の鈴の振動で伝えてあるから、今から行けばおそらく森を出たすぐの場所くらいで合流出来ると思うよ」



どうせなら迎えに来てくれたら嬉しいなと思ったが、今バオジャイが居る場所からここまでは一週間程掛かるらしく、ディベリア神聖国が今日明日辺りにメヒトの元を訪れると分かっている状況でこの場所で待つわけにはいかないだろうと断念した。

ある程度森の中での乗馬や馬の世話も慣れたから大丈夫だと思うが、、。

旅の始めというのはどうにも不安だ。


バオジャイと合流してからどこへ向かうのかは、何故か教えてくれなかった。

顔がニヤけていたからおそらく悪戯心だろうと思うけど、、。

ああ、不安だ。



「それと、バオジャイ女史は気難しい人でね。怒ると私とウル二人掛かりでも止められるかどうかといったくらいだから、決して怒らせないようにね」



またもや不安要素が増えてしまった。

ウルより強いと聞いてはいたが同じ三賢者でそこまで実力差は無いだろうと思っていたのに、まさかメヒトを加えても確実に止められると言い切れないとは。

もう、一人の魔人というより、災害といったレベルなんじゃないだろうか。



「安心するといいよ。さっき渡した手紙やお土産を渡せば悪いようにはしないだろうし、怒った時は〝小さくて可愛い〟と言うとすぐに機嫌が良くなるからね」

「、、覚えておきます」

「それと、本当にどうしようもなくて困った時は、これを開けるといい」



受け取った薄い木箱を、格納袋の中に慎重に仕舞う。

何が入ってるのか気になるが、開けたらすぐ効力のなくなる物とかだったら困る。

今は極力触らないでおいたほうが賢明だろう。

同時に受け取ったメヒトの助言は、返した言葉通りに覚えておくか否か、、、。

何か裏があるような気がしてならないが、とりあえずは何かあった時用に覚えておこう。

これから会うのは力量の想像もつかないような相手。

どんな情報であっても、無いより持っていたほうが心の安寧は保てる。







「そういえば、ミシェはこれからどうするんだ?」


俺やリビィと同じ立場である腐愚民のミシェに、そう尋ねてみた。

弟子とはいってもメヒトが居ないとこの家に一人で住む事は出来ないらしいし、もしかしたら一緒に来るのだろうかとこの二週間ぼんやり考えていた。

ある程度緊張しなくなってきた今、リビィとの二人での旅は魅力的だが、ミシェには友人として好意を持っているし、何かあった時に風魔術の使い手であるミシェが居てくれるのは心強い。

馬ももう一頭居た事だし、一緒に来てくれないだろうか。



「僕は一緒に行けないよ」



少し悲しそうな表情を浮かべて、ミシェはそう答えた。



「そっ、、、か、、。これからはどうするんだ?」

「今まで通り師匠と一緒に居るよ」

「でも、ディベリア教が来るって、、、」

「そういえばまだ伝えてなかったね、、」



珍しく神妙な面持ちになったミシェ。

作り上げられた場の空気に、嫌が応にも緊張させられた。

一体、何を聞かされるんだろうか。








「実は、もう腐愚民じゃないんだ」








腐愚民じゃない、、?

という事は臨界線が開いた時の話も、闘技会で聞かされたのも全部嘘?

でも何の為にそんな事を、、。

それに、〝もう〟というその短い言葉が気に掛かる。



「ミシェはね。体を作り変えて半魔人となったんだよ」

「半魔人、、、ですか?」

「そう。本来の魔人の寿命の半分、三十五年しか生きられないから半魔人。その代わり、腐愚民と違って魔装が無くても魔術を使えるんだよ。だからディベリア神聖国に調べられても問題はないんだ」



作り変えたという事は、元々腐愚民であったという事は事実なんだろう。

だが、何らかの方法で寿命が半分とはいえ魔人になる事が出来た、、と。

ん?待てよ。それなら、、。



「じゃ、じゃあ!僕も半魔人になる事は可能なんじゃないですか!?」



寿命が三十五年なら、生きられるのはあと十四年。

早死にのように思えるが、帰れるのか分からない状態で延々と怯えて暮らすよりは、短い時間で命を燃やしたい。

ウルやセナリとも、また堂々と再会する事が出来る。

なんで、こんな魅力的な話を今まで黙っていたんだ、、。



「それは、、出来ないんだ。ごめんねケイト君」

「なんで、、」

「折角の機会だ。出発前の最後の授業といこうか」



場の空気など読む気がないメヒトがそう告げて、俺の問いは流されてしまった。

出来ればミシェの口から聞きたかった気もするが、俺を半魔人に出来ない理由を教えてくれるのであれば、そんな些事は気にしないでおこう。





「まず初めに。腐愚民に魔力が無いというのは誤りなんだよ」


全員が魔術で作り出した岩の椅子に腰掛けたのを確認した後、メヒトが開口一番に放ったのがそんな言葉だった。

随分さらっと言ったが、かなり衝撃の事実なんじゃないだろうか。

本を読んでも話を聞いても、腐愚民に魔力が無いというのは当たり前過ぎる事実だった。

それが誤りだというのは一体、、。



「正確には、魔術に使える魔力が無い、という事だね」

「じゃあ、持っている魔力はどこへいっているんですか?」

「寿命というべきか生命力というべきか。腐愚民が不老なのは、体に流れる莫大な魔力のおかげなんだよ」



今までファンタジーだからそういう事もあるだろうと、特に不老である事は疑問に思って来なかったがそうか。

魔力が何らかの形で作用して老ける事がないのか。

つまりその魔力の元を断てば、通常通りに歳を重ねるんじゃないだろうか。



「ちなみに、その魔力を少しでも無理矢理抜き出せば、不老という巨大な力の代償として一瞬で死に絶えるから、その選択肢は考えないようにね。これは予想ではなく、実体験からの警告だよ」

「え、でもミシェは生きて、、」

「僕の前に拾われた腐愚民の事だからね」



その一言で察する事が出来た。

おそらく、腐愚民に魔力がある事を知ったのも、その魔力を抜き出したら死んでしまうという事を知っているのも、ミシェの前に拾った腐愚民で実際に実験したからなんだろう。

同郷の人物が実験の末に殺されたというのに、不思議と怒りは湧き上がってこなかった。

その人物の名前すら見聞きした事もないからだろうか。

それとも、犠牲の上と分かっていても、魔力を抜けば死ぬという事を知り得た事に、真っ先に感謝を覚えてしまったからだろうか。

自分や身内、目の前で実際に見たわけじゃなければ、人の死というのをどうにも軽く考えてしまう。



「ミシェを拾って暫くしてから、魔人になってこの世界で生きていきたい、と相談されてね。体内に流れる魔力をそのまま魔術に変換出来るようにしようと真っ先に思い浮かんだんだけれど、それをしてしまえば一度でも魔術を使えば死に絶えてしまう。そこで私が目を付けたのが契約魔術なんだ」



ミシェの気持ちは分かる。

俺もこの世界で魔人として生きていけるのであれば、その選択肢を選びたい。

元の世界の自堕落な生活も魅力的だが、それはまた来世の俺に託せばいい。

生まれ変わるとしたらきっと元の世界だろうから。



「精霊と契約する時、魔力を流す必要があるのを不思議に思わなかったかい?」



メヒトの期待虚しく、俺は一切不思議に思う事がなかった。

そういうものなのだろうと、考える事もせずに納得して従っていた。



「あれには魔力の質で契約者を見極めるという目的以外に、契約の魔術を使う為の魔力を徴収するという目的があるんだよ。魔力が必要になるのは魔術を使う時だけだからね」

「でも、基礎魔術に〝契約〟なんていう種類はなかったと思うんですけど、、、」

「契約魔術は精霊魔術だよ。契約の泉に魔法陣があるから魔力を流すだけで使う事が出来るのさ」

「リビィさん、魔法陣があるの知ってました?」

「全く気付かなかった、、」



リビィ同様。

俺も全く気付かなかった。

契約の泉へ行った時、足元も見たはずだが、転移魔法陣のような図式はどこにも描かれていなかった。

一体どこに、、。



「〖灯火〗。この名前に聞き覚えはないかな?」



灯火。

それは確か契約の泉の上を飛び回っていた蛍達の事だったはずだが。

あれが何か関係あるのだろうか。



「灯火達が飛び回って描いているのが、契約魔術の陣だよ」



メヒトの言っている事が、理解出来なかった。

その場に留まっているわけではない灯火達が魔法陣?

頭の中で言われた事を繰り返してみても、いまいち意味が分からない。



「えっと、、意味がよく、、、」

「魔法陣というのは平面に見えて実は立体、それも魔術ごとに一定の法則性を持って動くものなんだ。その法則性に(のっと)って動き続けているのが灯火。その動きを記憶して書き起こせば、契約魔術の魔法陣の完成さ」



いとも簡単に言ってのけたが何十匹、下手をすれば百匹以上居た灯火達の動きを全て見て覚えるなんて、人の出来る事だとは到底思えない。



「転移塔にある転移魔法陣を書き起こして魔力を注いでも使えないのも、魔法陣が立体的だからなんだよ。あれは平面で描いたものの上から空間魔術の使い手が魔術を行使して、魔力を注ぎさえすれば浮き上がった光で立体的な陣になるように上書きしてるからね」



ただの演出だと思っていたあの光にもちゃんとした役割があったとは、、。

ファンタジーは創作通り派手好きなんだなと勝手に納得していた。

魔法陣の仕組みは分かったが、それが何かミシェが半魔人である事に関係しているんだろうか。



「契約魔術の魔法陣を書き起こした後、自分が求めるものに書き換えたんだよ。私の寿命の半分と、魔力の器半分をミシェに与えるという契約内容にね。つまり、ミシェだけでなく私も半魔人なんだよ実は」



ミシェが以前言っていた。

師匠であるメヒトには返し切らなければならない恩があると。

おそらくそれは、これの事なんじゃないかと思う。

メヒトからすれば実験の一環だったのかもしれないが、それでも寿命の半分を与えてもらったとなれば、ミシェが大恩を感じるのも仕方のない事だと思う。

ミシェから見れば、自分の命を削って願いを叶えてくれたという事に他ならないだろうから。

メヒト曰く、契約後に元々あった魔力を抜けば、腐愚民としての性質が失われて半魔人と成るらしい。

この世界の知識が少ない俺ですら凄いとしか言い表す事が出来ないくらいの偉業であろうに、メヒトは一切誇る事もなくただ淡々と教えてくれた。

話を始める前に宣言した通り、その様子はまるで生徒に教えを説く教師のようだ。



「とはいえ、契約の精霊と契約しているわけではなかったから完全な魔法陣は作り得なかったし、一度の使用で壊れてしまったんだけどね。書いてある内容を全て理解出来るのは私だけで、全てを理解していないと起動する事も出来ないから、君達を半魔人にする事が出来ないんだよ。いや、もしかしたらクラムド君なら数年掛かれば理解する事は出来るかもしれないけど、彼は敬虔なディベリア教徒だからね」

「クラムドさんっていうのは、、」

「私とウルの同級生だよ。おそらく、魔人域で二番目に頭が良いのは彼だと思う」



という事は、同じ世代で三賢者を二人輩出していて、その上魔人域で二番目に賢い人もいる、という事か?

黄金世代なんて言葉じゃ現し切れないんじゃないかそれ、、。

だが、敬虔なディベリア教徒だというのであれば、クラムドと関わる事はなさそうだ。



「私がもう一度装置を作って実行しようにも、流石にこれ以上寿命を減らしてしまっては調べたい事が調べ切れないからね」

「そうですね。流石にそこまで図々しい事は言えません」



メヒトの現在の年齢は25歳。

残り十年しか生きられない人に、その少ない時間を分けてと言える程、俺は図々しくなれない。

半魔人になるのは諦めるしかないか、、、。





「ごめんね。せっかく誘ってくれたのに」


メヒトの最後の授業を終えた後、珍しくしおらしい表情をしたミシェが、見送り直前にそう謝って来た。



「いや、仕方ないよ」

「うん、そうだね。これからきっと大変だろうけど、頑張ってね」

「ありがとうケイト君、リビィちゃん」



ミシェならどこでも上手くやっていけそうな気がするが、ディベリア神聖国が調査に来たら何が起こるのか分からない。

もしメヒトと引き離されるような事になれば、ここへ残った恩を返すという目的も達成する事が出来ない。

何か協力する事が出来ればいいが、腐愚民である俺が残っても迷惑になるだけだしな、、、。

せめて願っておこう。

ミシェと、、ついでにメヒトにも、何か災厄が圧し掛からない事を。



「それじゃあ行ってきます」

「行ってきます」



短い期間であったが、濃い時間を過ごした。

初対面の時に刺された時はこれからどうなるかと思ったが、総体的に見れば楽しく有意義な時間だったんではないかと思う。

二人が生きている間に会える可能性は限りなく少ないとは思うが、また会えたらいいな、、。

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