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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
五章
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四十八話「見えない底」



帰ってきたら文鳥だったキュイが鷲になってた。

俄かには信じがたいが、目の前の光景を説明するにはそう言い表すしかない。


今までサイズが変わった事はなかったのに、たった半日でこんなに大きくなるか?

この研究室が外とは時間の流れが違う?


いや、それならメヒトの容姿が変わっていないのはおかしい。

そもそも、あの鷲は本当にキュイなのか?



『キュイ!』



疑いの目を向けていると、鋭く大きな鳴き声で怒りを表現された。

人の心を読み取れる特性とか鳴き方なんかはキュイそのものなんだよな、、、。



「あの、メヒトさんこれは一体どういう、、、」

「ああ、帰って来ていたんだね。凄いよ、予想以上の成果だ」



話は通じず、部屋に入って来た事すら気付かれていなかった。

恍惚とした表情を浮かべるメヒトは近寄り難く、少し距離を置いた近くからキュイを改めて見る事にした。

肌の色、模様、円らな瞳、大きさこそ変われどそれら全ては俺が知るキュイのものだ。



『キュイ!』



近くで鳴かれるとちょっと怖いけど。



「いや、実はね──」



恍惚とした表情からいつもの表情に切り替わったメヒトが、こうなった経緯を話してくれた。

どうやらこの鷲に似た鳥はキュイで合っているらしく、実験の末にこうなったそうだ。

実験というのは、装置を使ってひたすら魔力を注ぎ込むというもの。

すると、一定量以上を注ぐとキュイの体が大きくなり始め、現状の大きさになって暫く魔力を注いだところで装置に溜め込んでいた魔力が切れたそうだ。

という事は、魔力が切れなければこれ以上大きくなっていたという事だろうか。

ダチョウくらい大きくなったら必然的に俺の肩には乗れなくなるし、むしろ俺が乗せてもらう形になると思う。

狭いところでの立ち回りの自由度が低くなるから、肩に乗るサイズで居てくれたほうが俺の戦い方には合ってるんだけど、、。

でも、大きければ大きい程魔力の保有量が多いんだよな。

立ち回りを取るか魔力を取るか。

今のサイズくらいが丁度肩に乗れて魔力保有量も多くていいように思えるが、あの見た目のキュイが肩に乗っているのは、、。うん、怖いな。

鋭い爪が肩にめり込みそうだし。



「まだ注げる魔力はあるのだけれど、そうすると魔術を毎日使い続けても、君達の出発までに元のサイズに戻る事が出来なくなってしまう。限界を調べたいところではあるけど、今回はここまでで我慢しておくよ」



心底残念そうに溜め息を吐いて、メヒトがそう言ってきた。

まあ確かに、俺も保有出来る魔力の限界量を知りたいという気持ちはある。

メヒト曰く、現段階で魔力水30本分の魔力を保有しているというから、全力で魔術を使い続けても短くても半月は持つ。

日常生活だけでしか使わなければ、おそらく半年は持つだろう。

途中段階でもそんな馬鹿げた量を保有出来ているというのに、限界まで魔力を注げばどんな事になるのか、、。

限界のサイズがどれくらいかは分からないが、きっと俺が魔人でないという事がデメリットではなくなるくらいは保有出来るだろう。

本当に、キュイは一体何者なんだ。



「益々キュイ君に興味が沸いたよ。分かっている範囲で構わない。色々と教えてくれないかい?」



キュイを実験動物のような扱いをした事に少し腹を立たせながらも、目を爛々と輝かせるメヒトに根負けして、今までに分かっているキュイの能力を話した。

こっちの言葉は理解出来ている事、もしかするとある程度心まで読む事が出来るかもしれない事。

重力の精霊魔術を全てと、風の精霊魔術の殆どを扱えるという事。

空気中の魔力を自らに取り込む事が出来るという事。

そして、それを教えてくれた、キュイと会話が出来る人物がいるという事。

それがベルである事や、植物魔術の使い手である事は話さないでおいた。

腐愚民を弟子にしている時点でメヒトがディベリア教教徒でない事は分かっているが、それでも話さないに越した事はない。

もう俺の事も覚えてないだろうから、困った時に頼ってもらう事も出来ないしな、、。



「精霊の言葉を理解出来る子、、、ね。それはもしかして、ヘンリー・アクレイトという名じゃないかな?」



ヘンリー・アクレイト、、、?

聞いた事の無い名前だが、、。



「いえ、違います」

「おや?ああ、そうか。名前を変えているんだったね。確か、〝ベル〟、、だったかな?」

「───ッ!」



俺のよく知っている名前が、探るような目をしたメヒトの口から告げられる。

性別を始めとした特徴は何も話していないというのに、何故そこに辿り着いたんだ?

それに、ヘンリー・アクレイトって名前。

俺は聞いた事がないが、ベルの元の名前なんだろうか。

どこから触れればいいのか、どうやって誤魔化せばいいのか。

だが、仮説が嫌いだというメヒトの事だ。きっとこの特定も何か根拠があっての事だろう。

そうであれば、口が上手くない俺が誤魔化せる自信はない。


(話したのは失敗だったか、、)


短絡的な俺では、何度同じ状況が来ても繰り返してしまいそうだが。

何とかベルに被害が及ばないように頼まなくては、、。



「あの、メヒトさん、、」

「そんなに身構えなくても、危害を加えるつもりはないよ。むしろ大事な観察対象だからね、何かあれば助けるくらいのつもりでいるよ、私は」



付け加えるようにメヒトが零した〝いつかここに招いて研究をさせてもらいたいところだ〟という言葉が、視界の端に姿を変貌させたキュイが映る今の状況では不安にさせられる材料になったが、危害を加えるつもりがないというのは本心からくる言葉だろうと思える事が出来た。


ベルを思い浮かべるメヒトの目は、どことなくキュイへ向けるものと似ている気がする。

どこまでも、研究対象としてしか見ていないようだ。

安心出来るようなそうでないような、複雑な心情にさせられる。



「そもそも、ベル君の事をウルへ教えたのは私だからね。何年も前から知っているけれど接触すらしていないという事実を提供すれば、少しは安心してもらるかな?」

「そうなんですね、、」



ウルは、植物魔術の話をした後に色々と調べたと言っていた。

その時に頼ったのが、おそらくメヒトなんだろう。

誰かに接触されたとか、何か怪しい実験に加担させられそうになったとか、そういった類の話はベルから聞かなかったから、接触していないというのは信じてもいいと思う。

だからといってこれからも何も手を出さないかという証明にはならないのだが、そこまで警戒はしなくていいだろう。

警戒をしたところで、今ベルが居る詳細な場所すら分からない状態では何かあっても助ける事は出来ないのだが。



「分かりました。信用します」

「助かるよ。こんな性格をしているから、中々人に信用してもらえなくてね。研究対象以外に興味なんてないというのに自意識過剰な魔人達が多くて嫌になってしまうよ」



信用してもらいにくいという事は、理解しているようだ。

改善しようという気は微塵も感じられないけど。

まあ、八方美人よりは興味が無いものは興味がないときっぱり切り捨てるメヒトのほうが好感が持てるかもしれない。

持てる、、、かな?

不安になるが持てるという事にしておこう。




「メヒトさん洗濯物終わりました、、、ってキュイ?」


部屋に入って来たリビィが、自分の言葉に自信が持てない様子で首を傾げる。

そうか。

この部屋に入って来たばかりの俺はこういう表情をしてたんだな。

リビィを写し鏡として、10分程前の自分の表情の間抜けさを理解した。

目が点になるとはこういう表情の事を言うんだろう。



「丁度良い。君達にこれからの事を話しておくよ」



簡易的にキュイが大きくなった理由をリビィに話して、ゆっくり落とし込んでもらう時間も取らずに、メヒトの話を二人で聞いた。

聞かされたのは、残り二週間程で乗馬を覚えてもらうという事。

ここに居る間は魔力の心配はしなくていいが、二週間後に向かうところでは魔力が貴重になってくるから、出来るだけ早く、そして魔力を使わずに移動出来る手段を手に入れる為、だそうだ。

魔力濃度が薄いところ、もしくは魔物が大量発生する場所にでも移動するんだろうか?

メヒトに聞いてみたが、詳しくは案内を請け負ってくれたという人に聞いてくれと言われて教えてもらえなかった。

あまり嬉しくないサプライズだ。



「毎日4~5時間は馬の世話、乗馬技術の研鑽に時間を割いてもらうよ。それ以外の時間、リビィ君には私の研究手伝いと家事、ケイト君にはキュイ君の魔力を消費するという名目でミシェと模擬戦を繰り返してもらおう」

「メヒトさん、私は乗馬出来るんですが、ケイトに教える役をしたほうがいいですか?」

「森の中で馬に乗るのは勝手が違うからね。それに慣れてから教える側に回ってくれればいいよ」

「分かりました」



ミシェと模擬戦、、。

戦闘狂ではないから戦う事自体は好きではないはずなんだが、少し楽しみになっている自分が居た。

闘技会の時は胸を借りて、そこにまぐれも重なって漸く勝てた相手。

その相手と、強くなった今、もう一度対戦が出来る。

自分がどれだけ強くなったか探る為には、これ以上ない程の物差しとなるはずだ。

今なら、キュイが付いてくれている状態でなら、全力のミシェにも遅れを取らないだろう。

キュイが居なかったとしても、互角に渡り合える自信がある。

せっかく手に入れた精霊魔術は威力が高過ぎて使えないけど、、、。



「師匠、ハルティナ草を部屋まで運んでおきましたよ、、、って、どこから連れてきたんですかその鳥?」



うん、やっぱりそういう表情になるよな。

キュイの変わり果てた姿を見た三人は、打ち合わせしたわけではないのに全員が同じように目を丸くした。



「ミシェ、昼食を摂ったらケイト君とネイディアに行って模擬戦をしてきておくれ」

「模擬戦ですか?いいですね。ネイディアは何番でしたっけ」

「3番だよ」

「分かりました。ケイト君、楽しみだね」



一応は頷いておいたが、話の内容は殆ど分からなかった。

ネイディアというのはおそらく地名か建物の名前だと思うのだが、3番っていうのは何の番号だろうか。

気になる。



「さあ、少し早いが昼食にするよ」



メヒトの声掛けによって、疑問を抱えたまま、朝食とは違って日本食ではない昼食をそれぞれ食べたいところで食べた。

メヒト以外の三人と一匹は自然に俺の部屋に集まって一緒に食べたんだが、声を掛けたほうがよかっただろうか?

そう思ったが、メヒトの部屋から物音や何かの考察をぶつぶつと漏らす声が聞こえてきたから、声を掛けるのはやめておいた。

食事をしながらであっても研究を欠かさないとは、、。











「こっちだよ」


昼食の後、ミシェに連れられてやって来たのは、入ってはいけないと言われていた地下室の奥まった場所にある一室。

天井には光石が吊るしてあるが、そのサイズ故か室内は薄暗い。

地下室特有の涼しさや湿気の多さも相まって、怪しい雰囲気を醸し出している。



「〝起動〟」



ミシェが入口近くの台に手を触れてそう言うと、荷物が一切置いていない二畳程の円形の部屋の床がぼんやりと光を放ち始めた。

その光は既視感のある青白さを持っている。

これは、、、。



「──転移魔法陣?」



そう。

この青白い光は転移塔で何度も見てきたもの。

明るくなった足元には、転移塔で見たものに似ている魔法陣が描かれている。



「師匠が転移塔の魔法陣を研究して、個人でも使えるようにしたんだよ。ここに来るまでに通り過ぎて来た部屋も、殆どが何処かへ繋がってるんだ。さっき言ってた3番っていうのは、繋がる場所によって入る部屋が違うから、部屋ごとの分かり易い呼び方、言い分けだね」

「ここから魔人域の各所へ飛び回れるって事か、、?」

「各所って程でもないけど、今稼働してるのなら10個くらいだったかな?人が寄り付かないようなところには飛べるようになってるよ」



言い換えるなら、日本で自家用ジェットを勝手に開発、制作して、領空権なんかを無視して自由に色んなところへ飛び回れるといったところだろうか。

犯罪臭が凄いんだが、大丈夫なのか、、。



「心配しなくても大丈夫。今ある転移塔は全部遠い昔に作られたものらしいし、作り方は誰も知らないから、まさかそれを勝手に解読して個人用で作ってしまうなんて想像すらしないだろうからね。見つかる危険性のある場所にはそもそも繋げていないし」



魔法陣を丸々書き写して魔力を注げば簡単に再現出来るのかと思ったが、そういうわけではないらしい。

ミシェも作り方は詳しく知らないそうだが、一つ分かっている事は、空間主と契約している人物しか転移魔法陣を作る事が出来ないという事。

膨大な知識があり、空間主と契約しているメヒトだからこそ、転移魔法陣を再現出来たのだろう。

便利なものを増やせないのは残念な気がするが、長距離移動出来る転移魔法陣が簡単に作れてしまっては犯罪や戦争が絶えなくなるだろうから、それぐらい難しくてよかったのかもしれない。



「さあ、あまり長くは起動していられないし、早速行こう。舌、噛まないようにね。〝転移〟」



首を縦に振った俺を見てミシェが一言呟くと、瞬く間に視界は青白い光に包まれた。

その光は転移塔で何度も経験したものと酷似していて、メヒトの凄さを改めて実感させられた。







「到着。相変わらず酷い有様だよ、ここは」

「これは、、町?」

「町というか国というか、それの残骸だね」


青白い光が晴れた先に見えたもの。

それは建物が瓦解して荒廃した都市だった。

所々形を保っている建物があるが、その殆どが形を保てず残骸を地面に投げ出している。

表面には苔を纏っていたり、石造りの建物の壁だったであろう残骸には不自然に抉れた痕がちらほら見られる。

当然、人が住んでいる様子はない。


身軽に瓦礫を飛び越えながら進んでいくミシェに付いて行くと、広大な都市の内部には、過去に人が住んでいたんだろうなという名残りがちらほらと見られた。

途中広場に見えた井戸は瓦解していて、その近くには辛うじて人骨だと分かる骨が転がっている。

今までこの世界で見て来たものとはまるで違う光景。

それこそ、また別の世界に転移してしまったのではないかと思える程に、この場所は惨憺(さんたん)たる有様だ。



「ここには人が住んでいたのか?」

「もうずっと前みたいだけどね。ディベリア神聖国との戦争に敗れたらしいんだけど、最後まで徹底抗戦してたらこうなったみたいだよ」

「なんでこんなになるまで戦争を、、」

「師匠曰く宗教上の問題みたいだよ。ディベリア神以外を神として祀ろうとしたから、だったかな?祀ろうとした神の名前は文献に残ってないみたいだけど、ネイディアっていう国だから神様の名前もネイディアなんじゃないかな」



俺は無宗教だから信仰なんてものに興味はないし、色々な宗教があっていいと思うんだが、自分の信じる神以外は認められないとか、そういう考えがあるのかもしれない。

狭量に感じてしまうのは俺だけだろうか。

届かないだろうとは思いながらも井戸の近くに転がっていた人骨へ手を合わせて、ぐんぐんと都市の中心部へと進んでいくミシェの背中を追った。







「ここでいいかな」


ミシェが立ち止まったのは、瓦礫が散乱する闘技場のような見た目の建物の内部。

一つ所に固まって転がっている人骨は、見て見ぬふりをした。



「それじゃあ始めようか」



ぽつりと一言ミシェが零した。

そのたった一言が模擬戦開始の合図になっていて、風に乗ったミシェが時折瓦礫を避けながら、読みにくい軌道で迫って来た。

反応出来ない程ではないが、その速度は闘技会の時より早くなっている気がする。

あの時手を抜いていたのか、それともあれから訓練して強くなったのか。

どちらにせよ、俺も最初から速度を上げていこう。



「 〝風刃(スラッシュ)〟 」

「よっと」

「あれ?避けられちゃったか」



ミシェは馬鹿なのかもしれない。

直撃すれば死んでしまう威力の風刃を、それなりの近さで放ってきた。

横へ滑るように移動して事なきを得たが、模擬戦でなんてものを放ってくるんだ、、。



「〝水矢(アロー)〟」



またもや直撃すれば死んでもおかしくない魔術を放ってきたミシェ。

変則的な軌道でそれを避ける。



「〝石礫(バレット)〟」

「〝風壁(カーテン)〟」

「まあ、それは防ぐよな」

「これくらいは当然だね」



俺が牽制で放った魔術は、薄く見える空気の膜によって容易に防がれてしまった。

風壁は石礫を防ぎ切る程の力はないはずなんだが、防がれてしまったのは風魔術の使い手であるミシェ故なんだろうか。

その後も数合い細かな魔術で牽制し合った後、距離を置いてお互いが瓦礫の上に立って睨み合った。

好敵手の存在に、俺もミシェも自然と笑みが零れる。



「楽しいね」

「同じく」



ヒュッ──。

合図なんてなくとも動き出した俺の耳に届いたのは、高速で飛び回る為に聞こえてくる風の音。

俺はキュイの力を借りているからこそここまでの速度で飛び回れているというのに、ミシェは自分の力のみで俺と同等の速度で飛び回っている。


(相変わらず凄いな、、、)


そんな事を心の中で独り言ちながら、足の裏に圧縮した空気を仕込んで着地と同時に破裂させ、爆発的な加速でミシェへと迫った。



「〝土壁(ウォール)〟!」



突然の加速に焦ったミシェが、避けようと身を捩りながら、俺のすぐ前に土壁を作り出す。

念の為両手にエアバーストを仕込んでおいて良かった、、。



──バゴオォォォン!!!


「───ッ!」



左手のエアバーストを土壁の近くで破裂させて壁を打ち抜く。

崩壊した土壁の向こうには、焦るミシェの姿が見えた。

土壁を壊した時に落ちてしまった速度を再度足裏のエアバーストで加速して、中空に浮かぶミシェの懐へ真っすぐ飛び込む。



ボッ───。


「かはッ──!」



土壁を壊したものより威力を落としたエアバーストが、避けようとしたミシェの脇腹に入る。


(かなりの速度で懐へ入ったのに、狙ってた鳩尾への直撃を避けられるとは、、、)


脇腹を抑えながらふらふらと落ちていくミシェを見て攻撃の手を緩めようかと思ったが、同じくエアバーストを受けながらも体勢を整えたメヒトの事を思い出して、甘い考えを捨てて右手を真っすぐ前へ伸ばす。

やり過ぎないように威力を抑えて、、、。



「〝瀑布(グラブ)〟」


ドンッ!──バキバキ──バキバキバキッ!


「ぐっ!!」



やはり地表付近で体勢を持ち直そうとしていたミシェは、俺が掛けた加重によって膝から崩れ落ち、うつ伏せの体勢で地面に伏した。

近くの脆くなっていた木や風化し掛けていた人骨がいくつも割れた音がしたが、威力の調整を間違えただろうか、、。


ゆっくりと地面に着地して形成単語を解き、ミシェの周囲だけ重力を数倍にあげた状態にして動きを制御し、慎重に近付く。

動いているのは見えるから死んでいたり意識を失っていたりはしないだろうが、近付き過ぎて反撃されてしまえば今度は俺が追い込まれる。

一歩、また一歩と、慎重にミシェへと近付いて行った。



「強いなぁ、、」

「ミシェもな」

「ありがとう。降参するよ」

「分かった」



後数歩という距離で加重を弱めようと上方向に重力魔術を使って抵抗してくるミシェに対して、更に魔力を注いで加重を強める事で勝利を勝ち取った。

闘技会の時はあれだけの力量差があったのに、あの時以上の速度を見せたミシェを完封する事が出来た。

齎されたその事実は、今まで一人で対人戦闘訓練をシュミレートしてきた俺にとっては、どんな賛辞よりも嬉しいもの。

頑張ってきた事が漸く報われたような、そんな気になる。



『キュイ♪』



俺の心情を読み取ったのか、心なしかキュイも嬉しそうだ。

ありがとうキュイ。

お前のおかげで俺は強くあれる。



「ふぅー。いたた、、」

「大丈夫か?」

「どうだろう。足が凄い痛いから、着地の瞬間にもしかしたら骨折したかもしれない」

「え、大丈夫なのか、、?」

「うん、これくらいなら」



ポケットに入れていた魔力水の瓶が割れている事を知り、俺から受け取った魔力水を飲み干して、一度深く息を吐くミシェ。

額には脂汗が伝っている。

飄々とした様子だが、思いの外痛みが強いのかもしれない。



「【汝に命ず。この身に流るる魔力を持ちて、疾く負の傷を掃い捨てよ。契約者ミシェの名において、癒しの力の行使を許し給う。 〝自己治癒(アム・ヒール)〟 】」



ミシェが仰向けの状態でお腹の辺りに手を当てながら詠唱をし終えると、柔らかい光がミシェを包んで、傷付いた体を癒した。

治療を終えたミシェの表情には安堵が浮かんでいる。

闘技会で俺に使った治癒魔術とは違う、確か保安官のレオノーラが使っていたものだろうか?



「自分の体も治せるんだな」

「師匠のお使いで大怪我を負う事が多いからね」

「ミシェ程この世界の知識も魔術の腕があれば、そんな事しなくても一人で生きていけそうなものだけどな、、」

「師匠には恩があるからね。返し切るまでは離れるわけにはいかないよ」

「拾ってもらった恩なら、治ってすぐに殺されかけた事で返し終えてるとは思うけど」

「それじゃないよ。いつか話すけど、今はまだ秘密にさせてほしいかな」

「、、分かった」



途中まで話されると気になってしまうのが人の性。

だが、ミシェが話したくないというのであれば無理に聞くのはやめておこう。





「うん、よし。問題なく体も動くみたいだ」


ゆっくりと立ち上がったミシェが全身の動きを確認する。

その時にその場でくるくると回って人骨の破片を撒き散らしたのは嫌がらせだろうか。

顔に人骨の破片が当たるというのは、何とも不思議な体験だ。



「そういえばさ、ケイト君は精霊魔術を使えるのかい?」



ミシェの質問に諾と答える。

俺の返答に、ミシェは分かり易く目を輝かせた。



「良ければ見せてもらえないかな?ほら、さっきの戦闘ではそこまで溜め込んだ魔力を消費していないだろう?」



それもそうか、、。

ここには魔力を消費するという事がメインっでやってきたんだ。

模擬戦でいくつか魔術を放ったとはいえ、それでも大した魔力は消費していない。

あまり高威力のものを使うと、ミシェを殺してしまう可能性があるからな。



「キュイ、やるか」

『キュイ!』



重力の精霊魔術を使うのは屋外修練場の結界を壊してしまって以来。

ずっと威力調整も兼ねて訓練したいと思っていたのに、色々と忙しくなってしまったというのと、出来る場所が無いという事で結局出来ず仕舞いだった。

セナリの精霊図鑑を借りて新しく覚えたものもあるけど、ひとまずは一度発動した事のあるものを復習したほうが無難だろう。

屋外修練場の結界を壊した、あの魔術を。

あの時の光景を思い出し、出来るだけ遠くに発動するように意識しながら、静かに腕を前へと伸ばす。



「ふぅー、、、、、」



深く息を吐いて緊張を追い払う。

完全に緊張がなくなったわけではないが、感じ取れる分は幾分か和らいだ。

、、よし。






「〝黒禍(グラミディ)〟」


ボコ──ボコボコ──






(あれ、、、?なんか前より大きくないか、、、?)

以前より距離を開けて発動した黒禍。

被害が及ばないようにと距離を開けたのにも関わらず、現れた黒球は初めから大きく、感じる脅威は以前と変わらない。



バキ──バキバキバキッ───



黒球が蠢いて徐々に大きくなっていく、周囲の瓦礫をその身に埋め込んでいく。

黒球に吸い込まれる際は音がしないが、引き付けられて本来の場所から剥がされた瓦礫達は圧倒的な引力に従い、服従の音を奏でていた。


その身以上の質量をとうに取り込んでいるだろうに、黒球の引力は止まる事を知らず、少しずつ離れたものを吸い込んでいく。

そしてその引力は、、、。



「ちょっとこれは拙いかもしれないね、、」

「ミシェ!!」



まだ完全に体が回復していなかったのか、体勢を崩したミシェが膝から崩れ落ちて、ずるずると黒球に吸い寄せられていく。



「くッ!!」



ほんの少し目を離した隙に、圧倒的な力は俺が居る場所まで届いてしまっていた。

耐えられない程ではないが、全身が引っ張られるような感覚に襲われる。

早く、、、早く止めないと、、、。

あの時、屋外修練場で発動を破棄した時のイメージで。


(大丈夫。一度出来たから、今回も大丈夫。大丈夫大丈夫、、、、)


立っていられない程の力で引かれ、それに抗おうと片膝立ちになって黒球を睨み付ける。

自分で発動していて勝手な事だと思うが、破棄させてもらおう。




「ああああああああああああああ!!!!!」


ギュウゥゥゥ───シュウゥゥゥゥン、、、、。


「よか、、ったあ、、、、」




限界など微塵も見せる様子もなく膨らみ続けていた黒球は、頭が割れそうになりながらも作り上げた消失のイメージで何とか消し去る事が出来た。




ドッ──ガラガラガラ───。




黒球に取り込まれようと浮かび上がっていた大小様々な瓦礫が、音を立ててその場で落ちる。

結果、黒球が発動して開いた穴が瓦礫で縁取られたサークルが出来上がった。

穴の大きさは、少なくとも直径10mはあると思う。

それを見るだけで、黒禍の威力の大きさが窺い知れる。



「凄い威力だね、、、」



俺より1m程穴に近付いた位置で、ミシェが目を輝かせながら額の汗を拭っている。

死にかけたというのに、随分楽しそうだ。

こんな状況でも未知に触れたという事実だけで恍惚とした表情を浮かべる事が出来るのは、似た者師弟故だろうか。



(まあ何にせよ)



人が居る場所でこの魔術を使うのは暫くやめておこう。

形成された巨大な穴を呆然と眺めながら、そう心に誓った。

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