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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
一章
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五話「警鐘」



「行ってくる」

「いってらっしゃいませですー!」


時計が無いから分からないが、おそらく少し遅い昼食を自室で摂ってから、三人でウルを見送った。

出勤スタイルはスーツではなく、白生地に淡いエメラルドグリーンと黒のラインの織り成す模様の入ったローブだった。



「さて、と。セナリ、今からケイトに部屋で読み書き教えてくるから、片付けお願いしててもいい?」

「はわわ!あんなに難しいご本を読むケイト様に読み書きを教えるですか!?リビィ様凄いです!!」



セナリさんや。

最初から寝ていたんじゃなかったのかい。

リビィの賢さがどの程度のものかは分からないが、

この事でセナリの期待が実際の能力を上回らない事を願う。



「あはは。そう、、かな?ありがとう」



どうやら、俺の懸念は当たってしまったようだ。

リビィが困った顔で俺を見ている。

助け船出さないと駄目みたいだな、、、。



「セナリ。あの本は特別な文字で書いてあってな。俺は昔両親に教わったことがあるからたまたま読むことが出来たんだ。あの本が読めたからと言って読み書きが出来るわけじゃないんだよ」

「そうだったですか!失礼しましたです!」

「でも、あんまり読める事を知られちゃいけないから秘密にしててくれるか?」



セナリは口を固く結んで大仰に2回頷いた後、俺を見てニッコリと笑った。

誤魔化せるかどうか不安ではあったが、どうやら分かってくれたようだ。



「じゃあ行こっかケイト」



ホッと胸を撫で下ろしたリビィに目配せされ、後ろについて2階に上がっていく。

連れて行かれるままに入った部屋には既視感を覚えなかったが、どうやらさっきまで居た部屋らしい。

中に居るのとは随分見え方が変わってくる。

6畳程だと思っていた部屋は、入口から見ると10畳程度はあるように思えた。




「さっそく始めよっか」

「はい。よろしくお願いします」


リビィから紙を数枚と読み書き練習用の本を一冊受け取って、ベッド横の猫脚のテーブルに置く。

それを挟むように二人で椅子に座って、対面での授業が始まった。



「まず、この世界の言語についてだけど、全部合わせると五種類あるの。今から教えるのが〖共通言語〗の読み書き。それ以外に各領域で古くから使われてる独自言語が、〖魔人語〗〖武人語〗〖精霊語〗〖獣人語〗の四つ。共通言語だけで困る事は特に無いからその四つは覚えなくてもいいよ。ここまでは大丈夫?」

「はい。何となくは」



共通言語は標準語で、それ以外は方言だとでも思っておこう。

ニュアンスは少し違うかもしれないが支障はないだろう。



「あ、ちなみに、ウルが言ってた通り会話は何も勉強しなくても通用するからね。読み書きもそんなに時間は掛からないと思うけど、私教えるの初めてだから下手だったらごめんね?」

「いえ、覚えは悪いと思いますがお手柔らかにお願いします」



とは言ったものの、見た限りでは読み書き自体はすぐに無理だと諦めるほど難しいものでは無かった。

習得まで時間はかかるだろうが、何とかなりそうだ。



「この文字はこっちから書いて、次の文字はこういう風に書くと書き易いよ」



ひとまず簡単な単語を、書き順から何から何までリビィの真似をして書いてみる。

自分の名前。

ウル、リビィ、セナリの名前。

肉や魚などの大まかな食材の書き方、数字の書き方など。

それら全ての単語が、文字にすると大体日本語の2~3倍の長さになる。

英語と同じくらいの感覚だろうか?

、、、まあ、英語どころか日本語も怪しいから適当に言ってみただけだが。



「とりあえず色々と思いつくのを書いてみたけど、どうかな?難しい?」

「いや、すぐには覚えれそうにないですけど、頑張れば覚えれそうな感じです」



どれくらいの期間で、というのは限定しなかった。

そういうのを決めた時に限って、大抵超えられない大きな壁にぶち当たるから。



「そっか。良かった。ケイトは頭が良いんだね」

「全然ですよ。先生の教え方がいいんじゃないですかね?」

「ふふふ。ありがとう。でも、褒めても何も出ないからね?」

「そうですね。今のこの状況を見てウルさんの怒りを買うくらいでしょうか」



言って嫌な予感が頭を過った。

本能の警戒に従うまま恐る恐る扉のほうを見やる。


、、、よかった。

まだ帰ってきてないみたいだ。

それはそうだよな。

家を出てから1、2時間しか経っていないんだし。

やましい事は何もしてないしする予定も無いが、二人で居るところをあまり見られたくないというのが正直なところだ。

この勉強の場も、ウルの指示で設けてもらったものではあるが。



「ウルは心配性なんだよ。気持ちは嬉しいんだけどね」

「ウルさんはリビィさんの事が大好きなんですね」

「そうだろうね。ポジティブなほうではないと思うけど、あそこまで分かり易く好意を寄せられるとさすがに好かれてるって伝わるよ。私より素敵な人なんていっぱいいるだろうに」



物憂げに言って苦笑を浮かべたリビィを改めてちゃんと見てみる。

目鼻立ちのはっきりした整った顔。少し明るい茶色の髪と、それよりも少し明るい双眼。

背は160センチ後半ぐらいだろうか?

痩せぎすではないその体は適度に締まっていて、控え目な胸が女性らしい曲線を強調している。

化粧気がなくてこのレベルならそこらのモデルより断然綺麗だと思うが、、。

リビィより綺麗な人を見た事がないと言っても過言ではない程だ。



「この世界の女性がどんな見た目なのかは分かりませんけど、少なくともリビィさんはお綺麗だと思いますよ?僕が居た世界ならひっきりなしに男に言い寄られるぐらいには」

「それは言い過ぎじゃないかな?」



リビィが苦笑を深めて首を傾げている。

言い過ぎどころかちょっと控え目に言ったぐらいなんだが。

いや、簡単には声を掛けられない高嶺の花という感じがあるし、言い過ぎという表現は合ってるといえば合ってるのか、、?




「言い過ぎじゃないですよ。リビィさんはお綺麗です」




、、、、、、ん?

何かさらっと言ったが恥ずかしいな。

平均以下の顔と中身しか持ってない男が、絶世の美女に使っていい言葉じゃなかった気がする。

考えれば考えるほど恥ずかしさが増してくるが、どうにも上手く撤回出来る言葉が思いつかない。



「・・・」



あーあ、リビィも口を開けたまま固まってる。

これは怒ってるのかな?

いや、困ってる?

どんな感情なんだろうか。

リビィの心情を読み取る為に顔を見ていると、雪のような白い肌が少し赤みを帯びていった。



「えっと、、リビィさん?」

「へっ!?あ、ごめんね!ウル以外にそんな事言われたの初めてだったからビックリしちゃって!あの、、その、、ありがとう、ございます?」

「あ、、いえいえ」



困ってるわけではなさそうだ。

おそらく照れてるんだろう。

ここで自分も照れてしまって気の利いた一言も言えないからこの歳になっても未経験なんだろうな、、、。

〝何が〟とは言わないが。


、、、いや、俺も人のものに手を出すほど下衆じゃないからな。

うん、そういうことにしておこう。


それにしても、期せずして無言になってしまった。

気まずい。

何か会話を。

何か、、



「そういえば、ウルさんとはどうやって出会ったんですか?」



無言を打開する言葉は案外すんなり口をついて出てくれた。

脈絡はないが、問題もないだろう。



「ウルとの出会い?」

「はい」

「そうだなー、、。詳しくは話せないけど、ウルと出会った時、私は心の底から信頼してた人に裏切られて、全てを失って酷く落ち込んでたの。死のうとか思ってたわけじゃないけど何も考える余裕がなくて、初対面のウルに従ったのも、これ以上失うものも無いかなっていう投げやりな考えがあったからなんだ。後々その話をしたらウルに怒られたけどね。自分を大切にしろって」



何度目かの苦笑をして人差し指で頬を掻くリビィの顔には、影が差していた。

どういう状態で裏切られたとか、ウルに何て言われて付いて行ったとか。

色々聞こうかとも思ったが、噤まず緩く開かれた綺麗な口元が、話を遮る事を躊躇させた。



「ウルはあんな見た目してるのに凄い紳士でね。全身が濡れてた私の為にお湯を用意してくれて、俺は外に出てるからその間に済ませてくれって顔を真っ赤にしながら速足で家を出て行ったの。体を洗った後に滅茶苦茶にされるのかとかも思ったけど、家まで運ぶ時以外私に触れてこなかったウルの気遣いとか、終始私から目を逸らし続けてくれた紳士なところとか見てたら、単に助けてくれただけかもしれないって思えてさ。実際その通りだったし、お風呂の入り口のところに新品の服も置いててくれたの。ちょっとサイズは大きかったけど」



単に女性慣れしてないか、リビィに一目惚れしたかのどっちかだろうな。

もしくはその両方か。

にしても、2mの大男が顔を真っ赤にしてそっぽ向くところか、、。

需要あるのか?



「ウルさんが顔真っ赤にするのなんて想像出来ませんね」

「普段の様子から見るとね。私は初めて会った時がそんな感じだったから、私以外に接してる時のほうが違和感あるかも、、。その後も私がお風呂から上がったの気付かなくて、夜まで家の前で待ってたんだよ?男の人にはあんまりいいイメージを持ってなかったけど、ウルのおかげでちょっとだけ考え方が変わったかな」

「そこまで配慮してくれるのは、ウルさんにとってリビィさんが特別なだけだと思いますよ」

「今はね。その時はただ単に気遣ってくれただけじゃないかな?」



これは天然で言ってるのか?

だとすれば相当な鈍感美人だな。ラノベの主人公になれる。

ヒロインではない。主人公だ。

話のさわりだけ聞いてもウルの気持ちは察することが出来るのに、当人が気付いていないとは、、。

これが俗にいう灯台下暗しか?いや、使い方が違っただろうか。

何にせよ、これ以上掘り下げるのはやめておこう。

下手に口から洩れて、それを知って赤面したウルに燃やされるのは嫌だしな。



「そうかもしれないですね」

「うん。あの時見つけてくれたのがウル以外だったら、今の私は無いと思う。もしかしたら運よく生きてはいたかもしれないけど、ウルは命の恩人って言っても過言ではないかもね」

「じゃあ巡り巡って僕の命の恩人でもあるわけですね」

「そっか、そうなるね。何か共通点見つけた感じじゃない?」

「ははは。そうですね」



自然と笑みが出て、リビィへ感じていた緊張が心なしか緩和された。

まだ、真っすぐに目を見て話す事は出来そうもないけど。

勉強中は対面ではあるが、文字を見ていればいいから目を見れなくても問題はない。



その後も、緩められた緊張を持って他愛無い会話をしながら、リビィとの勉強会を続けた。

体感にして、3~4時間程経っただろうか。

思いの外リビィの授業はハイペースで、かなりの数の単語を覚える事が出来た。

これ以上は頭がパンクしそうだ。



「初日だしこれくらいにしとこっか。次いつ教える事になるか分からないけど、今日教えたことはまた復習しといてね」

「はい。ありがとうございます」



つ、疲れた、、、。

だが何とか、頭をパンクさせずに耐えられた。

あと30分も続けられていれば危なかったかもしれない。



「じゃあ私はちょっと行かなきゃいけないところあるから。すぐ戻ってくるけどね。晩御飯まではまだ時間あるから、それまでゆっくりしてて」

「はい。お気を付けて」

「行ってきます」



部屋を出るリビィを見送ってから、ガタガタで初心者感丸出しの字が書かれた紙をじっと見て、教えてもらったことを復習する。

復習といっても、聞きながら書いたものを再度別の紙に書いていくだけだが。


(字が似過ぎててゲシュタルト崩壊してきたな、、、、)


習った単語とその単語の日本語訳を、全て2回ずつ書いて手を止める。

何とか教わった分は覚えられた気がするが、試験前の詰め込みみたいな感じでやったから後日復習しないとすぐに忘れる事になると思う。

だがまあ、これで数日は忘れないかな。

、、、、多分。


勉強が終わったとなると、いよいよ手持無沙汰だ。

仮眠を取ろうにも眠くはないし、勝手に家の中を漁るのも気が引けるし、、、。

どうやって晩御飯まで時間を潰そう。







「はわわ!お夕飯が間に合わないですー!」







狙ったかのようなタイミングでイベントが発生した。

〖イベントミッション:セナリを手伝い夕飯を間に合わせろ〗ってところか。

座ったまま危うく寝そうになっていた体を無理矢理起こして、ミッションを達成するべくキッチンへと向かった。



「セナリ、大丈夫か?今手空いてるから何か手伝わせてくれ」

「ケイト様!で、でもいいのでしょうか!?ご主人様のお客様にお手伝いをしていただくなんて、、」



キッチンに居たセナリは、某有名アニメの猫型ロボットが焦った時のような動きをしていた。

ちょっと面白いから本当は声を掛けずに見ていたかったんだが、そんな事をすれば空腹を満たすのが遅くなってしまうと、私欲を食欲で制した。

それに、居候の身なんだから手伝いくらいしないとな。



「大丈夫だよ。それに俺はお客様じゃなくて、ウルさんに住み込みで弟子入りしただけだからな。色々と教えてもらっていいか?」

「お弟子さんでしたか!では、お言葉に甘えますです!ケイト様包丁は扱えますでしょうか??」

「少しなら」

「でしたらお野菜を切るのをお任せしますです!」

「ああ。それぐらいなら任せてくれて大丈夫だ。どれぐらいの大きさで切るかだけ教えてもらってもいいか?」

「はいです!」



一人暮らしで節約する為に自炊を頑張ってた経験が、こんなに早く活きてくれるとは思いもしなかった。

実家暮らしでは目玉焼きくらいしか作った事のない男が美味しい料理を作れたかどうかは、推して知るべし、だ。

だがきっと、野菜を切るくらいなら何とかなるだろう。


(と思ったが、本当に大丈夫かこれ、、、)


渡された野菜は見た事のないものばかりで、たまに既視感のある野菜が紛れ込んでいる程度だった。

黄色いトマトのような見た目のプトンや、渦巻いたきゅうりの見た目をしたハレルジョ。

既視感のない野菜達もそこまで野菜というイメージを壊すような見た目をしてないから、教えられた通り切るだけなら然程苦労はない、、か?


慣れない形状に悪戦苦闘しながらも、計7種の野菜を十数分程かけて、セナリの指示通りに切っていった。

不安だったが、不格好ながら何とか形にする事は出来た、と思う。



「こんな感じで大丈夫か?」

「はい!セナリのイメージ通りです!!」



片方ずつ握った両手を体の前にやった状態で目をキラキラさせるセナリの後ろには、5mmぐらい?にスライスされた豚肉に香辛料っぽいのが塗されていた。

その横にあるのは小麦粉と卵、、かな?

ってことは豚カツか。

豚カツ、、、、だよな?



「今日の夕飯はどんなのにするんだ?」

「今日はベポ肉の香草衣焼きとお野菜たっぷりスープでう!です!!」



噛んだな。

ちょっと恥ずかしそうにしてる。

でもまあ、あえて気付かなかったフリをしておこう。



「ベポ肉っていうのはその後ろの肉の事か?」

「そうです!ご存じないでしょうか??」

「田舎の出だからな。よく食卓に出るのか?」

「はいです!ベポさんはすぐに沢山になるので、定期的に大規模な狩りが行われますです!もうすぐ時期なんじゃないでしょうか~♪」



分かり易く喜びを浮かべたセナリは、今にも小躍りし始めそうな様子だ。

大規模な狩り、、、か。

参加したいとは思わないが、見るだけでいいならちょっと興味はある。



「楽しそうだな」

「セナリはベポさんのお肉が大好きなので毎日食べても飽きないのです!でも、市場にもあったお肉はこれが最後なのです、、、」

「早く狩りの時期が来ていっぱい食べれるといいな」

「いっぱい食べるです!!」

「うんうん、そうだな。後、何か手伝う事あるか?」

「後はお野菜を煮込むのと、ベポさんのお肉を焼いていくだけです!」

「あ、じゃあセナリさえ良ければ教えてくれないか?俺も料理出来るようになりたいし」

「はいです!頑張ってお教えしますです!」

「よろしくな」



手伝う、とはいっても勝手が分からないので今日はセナリの後ろで見ているだけにする。

そうして見せてもらった料理風景は、煮込む手順も焼く手順も、概ね知っているものと同じものだった。

ただ一つ大きく違うのは、見慣れたコンロが無い点。

二口コンロ2つ分程の大きさの石板に、魔法陣?のようなものが3つ書かれていて、それに魔力を注いで加熱するらしい。

見た目だけ見ると、大理石で出来たIHみたいな感じだろうか。

勿論魔力の注ぎ方は知らないので、適当に濁してセナリにやってもらった。


よくある転生物の作品の主人公のように、初めからあれこれ出来るわけではない。

チート能力を授けてくれる女神が現れたりしてくれないだろうか。

もしかしたらもう既に何か授けてくれているのかもしれないが、ゲームのようなポップアップが出るわけではないので、現状自分が出来る事を把握出来ていない。

分かっているのは共通言語圏内であれば意思疎通が図れる事くらいか。

せめて魔力くらいは潤沢にあってくれれば嬉しいんだが、、、。






ジュワッ──。



セナリが軽く魔法陣に手を触れ、油をしいたフライパンを魔法陣の上に乗せて少ししてから衣をつけた肉をいれると、熱した油と肉の接する幸せな音が耳に届いた。

引き続きフライパンを熱する魔法陣は、淡い赤色に光っている。


同時進行で隣の魔法陣で煮込んでいるスープも、食欲をそそる匂いを漂わせながらクツクツと野菜を優しく躍らせていた。

音と匂い。

二つ同時に襲い掛かられているせいで、碌に動いてもいないのにお腹が空いてきた、、。




「ただいまー。うわぁ!いい匂いだね」




俺の空腹の報せは、リビィの帰宅の挨拶に掻き消された。

かといって、空腹まで消えたわけではないが。



「リビィ様おかえりなさいです!もう少しで出来ますので少々お待ちくださいです!」

「うん、ありがとうセナリ。もしかしてケイトが手伝ってくれてたの?」

「手伝ったって程のものでもないですけどね。セナリが色々教えてくれました」

「そっか。でもありがとう。セナリも!ケイトにお料理教えてくれてありがとう」

「はわわ!とんでもないです!ケイト様に手伝っていただいたおかげで無事にお夕飯が間に合ったのです!ありがとうございますです!」



何と優しい世界か。

日本で荒んだ心が洗われるようだ。



「こちらこそありがとう。また教えてもらえるか?」

「勿論です!!」

「良かった、もう仲良しだね。じゃあ、私ちょっと部屋に荷物置いてくるね」



柔らかく安堵を浮かべたリビィが部屋から戻ってくる頃には、野菜が煮えて肉は焼けていた。

味見と言ってセナリにスープを少し飲ませてもらった時点で、旺盛な食欲ははち切れんばかりになってしまっている。

まだかまだか。

早く食べたい早く食べたい。

居候の身で勝手な行動を取るなと自戒し、食事にありつけるタイミングを待った。



「ウルが帰ってきてないけど、冷める前に先食べちゃおうか」

「はいです!」



漸く。

漸く食事にありつける。

そんなに長時間待ったわけではないのに、気分はお預けをくらった犬だ。







「「食に感謝を。魔力の源に感謝を。変わらぬ大地の恩恵に此度も授かります」」







いただきます、と言おうとしたところで、リビィとセナリが両手を重ねて胸に当てながら同じ言葉を並べたので、動作だけ真似しておいた。

言葉は違うが、意味合いとしては〝いただきます〟と同じなんじゃないだろうか。

次はセナリに首を傾げられないようにちゃんと言えるようにしておこう。

ひとまず、今日は動作だけ。

もうお腹が空いて仕方ないし、気にせず熱い内に早く食べてしまおう。











(食べ過ぎた、、、、)


この世界に来てから三度目の食事は、やっぱり美味しかった。

居候の身である事を忘れ、ついついおかわりして食べ過ぎてしまう程に。


野菜を切りながらセナリの薦めで端のほうを味見してみたのだが、まず、それぞれが調理する前から少しずつ美味い。

素材本来の旨味というものだろうか?それが前居た世界より強い。

それだけでも感動なのだが、特筆すべきはセナリの料理の腕だ。

味付けに始まり煮込みの時間、肉の焼き加減に至るまで、一度も火口から離れず心血を注いで調理に専念していた。

もしかしたらあれがこっちでは普通なのかもしれないが、元の世界基準で考えると、まだ幼いセナリがあれだけ料理が出来るのは正直末恐ろしい。

今の内に色々教えてもらっておいたほうがいいかな。

もしかしたら、セナリの代わりに俺が料理をしないといけない時が来るかもしれないし。

、、、、冷凍食品とか売ってないかな。










「ただいま」



食事と片付けを終えてリビングで座ってくつろいでいると、疲れた顔のウルが帰ってきた。

ばっちり決められていたオールバックが、少し崩れている。



「おかえり。遅くまでお疲れさま。ローブ預かるよ」

「助かる」

「お疲れ様ですウルさん」

「ああ。セナリはどこにいる?」

「今お風呂に入ってます」

「そうか。丁度良い、セナリが出てくる前に今日の事を話しておこう。リビィも聞いてくれるか?」

「うん。何かあったの?」



ウルが帰ってきたのに合わせて立ち上がった俺とリビィは、ウルが椅子に腰掛けたのに合わせて再度座った。

セナリが居ない間に話したい事。

腐愚民関係だろうか?



「まず一点、神王様が病に罹られたかもしれない(・・・・・)。衰弱されているのは確実だそうだが、それが病かどうかはまだ分からないそうだ」

「あの、神王様っていうのは?」

「この世界の全人類、全生命のトップだ。前王であるハウリデン王が神格化されたのが今の神王様だ」



全人類全生命のトップ、、、か。

神格化と言えば思い出すのは古代ローマの話だが、あれは確か死んだ後じゃなかっただろうか?

随分前に何かの本で読んだ記憶しかないから、いまいち思い出せない。



「そっか。じゃあこれから忙しくなるんじゃない?」

「神王様の容態にもよるが、ほぼ間違いなく忙しくなるだろうな。病であれなんであれ、こんな情報が巡ってきたという事はもうあまり長くない事に違いはない」

「あんまり無理しないでね?」

「大丈夫だ。それともう一つ、今日帰りが遅くなったのはこっちが原因だ。仕事が終わりにメヒトに会ってきた」



メヒト?メヒトメヒト、、、。

ああ!あの変人って言われてた人か!



「そうなんだ!どんな話してきたの?」

「あの本について聞いてきたんだが、、、。結論から言って、メヒトはあれが劣世界の文字で書かれていることを知っていた。まあ、あいつの事だから別段不思議ではなかったがな。それ以上の事についてはまだ不確定で分からない事だらけで今は話せないそうだ。お前に深く関連する事柄だからな。大した情報は得られなかったが、一応伝えておく」

「ありがとうございます。でも何でメヒトさんは劣世界の文字だと分かったんでしょうか?」

「それについては笑いながら濁された。あまりあいつに頼み事をしたら何を要求されるか分からんからな、、。詳しくは聞いていない」



天才ならではの特殊な解析方法があったのかもしれないけど、9割方メヒトの関係者に同郷の人が居ると考えて間違いないと思う。

もしそうなら、会って話を聞いてみたい。

ここが別世界だという確証と、元の世界に戻る方法を。

惜しむらくは、場所を知り得たとしても、一人で向かう術を持ち合わせていないことだ。

メヒトのところに行くと言えばウルに止められそうだしな。



「メヒトの事はひとまず置いておくとして、神王様の容態が悪いとなると、俺も仕事に駆り出される事が多くなる。そうなれば、必然的にケイトの面倒を見れなくなる。そこでだ。もう少し先にしようと思っていたが、明日魔術ギルドの修練場に行ってケイトに基礎を教えようと思う」



ウルの言葉に、傍から見て分からない程度に俺の体がピクリと反応した。

魔術ギルド、修練場、基礎。

これらを並べられれば流石に分かる。

ウルは、俺に魔術を教えようとしているんだろう。



「私とセナリは問題無いけど、、、。その、、大丈夫なの?」

「まあ問題無いだろう。俺の側を離れさえしなければ、下手な発言をしたところでいくらでもカバー出来る。何より、早く外を見せてこの世界に触れさせてやった方がいい。いつまでもこの家に引き籠っていては、ここが別の世界だというのも理解し切れないだろ」



ウルの言う通り。

俺はまだここが異世界だということを理解し切っていない。

どこか知らない海外の土地で、たまたま日本語を喋れる現地人に助けられたのかもしれないという可能性のほうが高いと思っている。

少し前までなら、そんな話を聞いてもどんな確率だよと鼻で笑っただろうが、それよりも低い確率を受け入れろと言われれば、嫌が応にも確率が高く理解しやすいほうを信じようとする。



状況を打破する為にはこの家を出たほうが良いというウルの言っている事はごもっともだし、俺もそうするべきだとは思う。

でも、正直なところ外に出るのは怖い。

会話は出来るが読み書きが出来ず、服は与えてもらったがこの世界での振る舞い方は知らない。

どこまでいけば万全の状態なのかは分からないが、少なくとも今の状態が不完全な状態であることは分かる。

逃れられるなら逃れたい。

ずっとこの家でのんびりしていたい。

そして、あわよくば夢オチで終わってほしい。



「お風呂あがりましたですー!はわわ!ご主人様おかえりなさいです!」

「ああ、ただいま。ケイト、とりあえず明日は朝から出掛ける。そこまで早くに出るつもりはないが、念の為今日は早く寝ておけ」

「、、、はい」



セナリがウルの食事を用意する音、リビィが心配そうに俺を見る目、ウルが紙に何かを書き出す音。

それらが頭の中で絡まって、静かな環境で感情を整理する事を阻んで、明日への不安が無意識に増幅させられる。

不安が拭えないという事実で更に不安は増し、逃げるように独り、部屋に戻って布団にくるまった。


(怖いな、、、、)


灯りの無い夜がどうにも不安で眠れなくて、眠りにつけたのは早朝、空が白んできてからの事だった。

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