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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
五章
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四十六話「狂人と弟子」



「ケイトさん?」


声を掛けられた方を見ると、そこには荷物を背負ったベルとフレーメルの姿が。

立ち止まった俺の手には、荷車の持ち手が握られている。


あれ?


俺は今メヒトの家を探してる最中じゃなかったっけ?

そもそもなんで探していたのかも思い出せないけど、、、。



「ベル、俺今どこに向かってるんだっけ」

「僕とフレーメルさんの引っ越しのお手伝いをしてもらえるというので、甘えさせてもらっているところですけど、、」



確かに、ベルの引越しを手伝うと言って荷車を引く役目を引き受けたのは覚えている。

覚えてはいるが、、、。



「ケイトさん大丈夫ですか、、?」



ベルがそう言いながら、不安気に顔を覗き込んでくる。

フレーメルも、どこか不安気な表情を浮かべているように見える。



「大丈夫。ちょっと考え事をしてただけだ」

「そういう事なら、、。無理はしないでくださいね、、?」

「ああ。ありがとうベル」

「こちらこそ手伝っていただいてありがとうございます!」



苦し紛れの言い訳だったとは思うが、何とか納得してくれたようだ。

きっと、セナリやウルとの別れも、メヒトの家へ向かっていたのも、夢の中の出来事だったんだ。

マレッタを家まで送り届ける途中かベルを送り届けている途中くらいに、意識が混濁して有りもしない想像を繰り広げてしまったんだろう。

その割には感覚がリアルなものが多い気がするが、それだけ夢の中に入り込んでいたという事なんだと思う。

現に、記憶を消したはずなのに、ベルもフレーメルも俺の事を覚えている。

薄く白靄に包まれる門前広場までの道中で、ベルと他愛ない会話に興じながら、辛い経験達が夢の中の出来事であったと落とし込む為の要素を、一つずつ探していった。







「凄い人の数ですね、、、」


大量の荷物を持った人々でごった返す門前広場で、ベルがそんな聞き覚えのある言葉を漏らした。

白靄のせいで門の辺りはぼんやりとしか見えないが、それでも多くの人がセプタ領から出る為にあの場所を目指しているというのは見て分かる。

この光景も既視感があるんだが、これは本当に夢なのだろうか。



「セプタ領を出る者は検問を行う!受付にて番号札を受け取り、呼ばれるまでその場で待て!」



またもや聞き覚えのある台詞だ。

この後も俺の頭の中にある物語通り進むのであれば、もう少しで腐愚民が叫びながら連行されるはずだが、、、。










「や、やめて!!私の荷物返してよ!!」










ん?

おそらく連行されているのは腐愚民で間違いないんだろうが、覚えのある台詞と違う。

加えて、出てくるのは男の腐愚民だったはずなのに、聞こえてきた声は女のものだ。

それもどこか聞いた事のある、、。



「ケ、ケイトさん?」

「ここで待っててくれ」



ここまで記憶を踏襲してきたのに突然ずれが生じた事に酷く胸騒ぎがして、一人で人混みを縫って連行された腐愚民が見える位置まで急ぐ。

聞こえて来た声に覚えがあったという事も、俺の歩みを急かす要因となっていた。

詰め所に入られては煙に巻かれる。

何としてもそれまでにこの胸騒ぎの正体を突き止めないと、、。



「や、やめて!!んむぅ!?」

「大人しくしやがれ汚らわしい異世界人が!!」


リ、リビィ───!!



連れて行かれる人物の顔が見えた瞬間、そう叫んだ。

いや、大声を出したつもりだったのに、声は俺の頭の中で反響するだけで、すぐ近くに居る人達にすら聞こえていない様子だった。




リビィ!待ってくれ!!リビィ!!




何度も叫ぶが結果は同じ。

俺が人の波に流されている間に、リビィは詰め所へと連れ込まれていった。

なんで?

なんであんなところにリビィが?

リビィは家で大人しくしているはずなのに、、、。

そもそも何故、俺はこれから起こる事をはっきりと理解している?









〝さあ、私の期待に応えておくれ〟









──あ。

自分のものではない声が頭の中で反響して、薄っすら気付いていたものを漸く理解するに至った。

今、この世界自体が夢。

俺の中に鮮明に残っている記憶が踏襲してきた現実。


(そうだ、、。俺は後ろから刺されて気を失って、、、。頭を使う事が出来ているという事は、まだ生きているのか?それとも魂だけの存在?)


どちらにせよ、このままではいられない。

生きているなら、早く目覚めてリビィを助けないと。

目の前でリビィが連れて行かれるのに何も出来なかった。

こんな思い、何度もしたくない。

早く、早く目覚めてくれ。

あの長髪の男からリビィを助けないと───






「目覚めたかい?」






目覚めた俺の視界に飛び込んで来たのは、見慣れない天井、、、ではなく、間近に迫った俺を襲った男の顔だった。



「う、うわあああああ!!!」



ただ息をするように自然な動作で作り出したエアバーストを相手の胸元に打ち当てながら、その勢いで俺も後退る。

外に居たはずなのにいつの間にか室内の、ベッドの上に移動していた。

これもまた夢、、、か?



「かはっ。まさかそんな速度で魔術を練り上げるなんてね、、、。どうやら魔術の師匠としての腕はウルのほうが上みたいだ」



エアバーストを受けて天井にぶつかるかに思えた男は、中空で慣性を無視してぴたりと止まり、そのまま優雅に床に降り立った。

相当な威力のものを打ち込んだつもりだったが、威力を前方だけでなく後方にも散らしてしまったからか、少し咽るだけで大したダメージを与えられなかった。


(そうだ。この男を倒すよりもまずリビィを、、、、、え?)


リビィを探そうと見覚えのない室内を見回すと、着地した男のすぐ隣にリビィが立っていた。

拘束されている様子もないが、逃げる様子も微塵もない。

そんな危険人物のすぐ側にいるなんて、突然襲われたのを忘れたのか、、?



「リビィさん!すぐに離れてください!危険です!」

「ケイト、落ち着いて」

「リビィさん早く!」

「落ち着いてってば!!!!」



あまり声を荒げる事のないリビィの珍しい大声が室内に木霊する。

俺は片手にエアバーストを準備してベッドの上で膝立ちで男を警戒したまま、リビィの話に耳を傾けた。



「やっと落ち着いてくれた、、。警戒するケイトの気持ちも分かるけど、その左手の魔術も収めて。この人が私達が探してたメヒトさんだよ。突然襲い掛かって来たのはさっき散々怒っておいたから」

「ははは。すまないね。好奇心の塊故なんだ。理解しておくれ」

「メヒトさんももっとちゃんと反省してください!」



この人がメヒト、、?

リビィは怒りこそすれ、男を敵対視している様子はない。


(信用、、していいのか?)


俺は、警戒を保ちながらも、リビィの指示通りに魔術を霧散させた。

キュイは、、、よし。ちゃんと肩に乗ってる。

もう後ろを取らせたりなんてしない。



「初めまして、、、ではないね。私はメヒト・ヴィルボーク・フィオ。三賢者という肩書きはあるけれど、あまり気にしないでおくれ。君の師匠のただの友人さ」



自己紹介をしながら、以前会った時とは違う魔装を着たメヒトが一歩、俺に近付いてその場で立ち止まる。

両手を挙げて降参のポーズをしているが、警戒は怠らないほうがいいだろう。



「君は、あまり生きる事に執着がない人なのかな?」



紡がれた思いがけない言葉に、その意外性で気勢を削がれた。

何の意図がある質問だ?



「メヒトさん。順を追って話さないと、ケイトが混乱してます」

「おや?そうか。随分早い段階で気を失っていたから、私の話を聞けていなかったんだね。よし、授業をしよう」

「ちょちょちょっと待ってください!!一体何が何だか、、」



あまりにも突然の流れに、ついに我慢出来ずに口を挟んでしまった。

リビィは一切警戒していない様子だし、突然授業を始めると言われるし、、。

俺一人が気を張ってるのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。

全身に張っていた力も、もう弛緩させてしまった。



「君を襲ったのはとある実験の為なんだよ。信じてもらえないかもしれないけど、殺す気なんて微塵もなかったからね。その証拠に、刺した場所は責任を持って治療させてもらっているよ」



そういえば。

体を貫通させる勢いで刺されたにも関わらず、痛みどころか治療後の違和感のようなものすらない。

何故か、ローブに開いたはずの穴も塞がれていた。



「本当は意識がない状態で治癒魔術を使うのは目覚めない可能性があるからあまりよくないんだけどね。今回はそうせざるを得なかったし、結果的に起き上がる事が出来ているから多めに見てくれると助かるよ。はっはっは」



そう言って何とも思っていない様子でメヒトはころころと笑った。

だからあんなにリアルな夢を見たのか、、、。

夢から覚めろと強く思わなければそのまま帰って来られなかった気がする。



「さて、そろそろ警戒は解いてくれたかな?」

「色々と言いたい事はありますがひとまずは。後は全部聞いた後に判断します」

「うんうん、冷静でいいね。沸点の低いウルの弟子とは思えないよ。せっかく警戒を緩めてくれているんだ。今のうちに授業を始めていこうか」



授業というのが何なのか気になるが、下手に口を挟んでしまっては話が進まないと、眼鏡をわざとらしくあげるメヒトを見ながら、話を聞き易いように少しだけ近付いてベッドの上で緩く胡坐を掻いた。

警戒はもう崩れてしまっているがまだ、すぐ近くまでいける程信用は出来ない。



「さっきした実験はね、この世界でも腐愚民が死へ抗ったら臨界線が開くかもしれないというものなんだ。これでこの実験は二度目(・・・)なんだけど、残念ながら仮説は立証出来なかったよ」



生きる事に執着がないかと聞かれたのはおそらくこの実験結果に不服があったからなんだろう。

臨界線は生への執着故に開くとリビィから聞かされた。

俺はメヒトに刺された時、、生きたいと強く思えなかったという事だろうか、、、、。

だがまあそれよりも。

そんな実験の為に躊躇いなく人を刺せるこの人物は変人を通り越して狂人だと思う。



「まあ、この方法では行けないという事が立証出来たから、失敗ではないんだけどね。異世界へ行くにはまだまだ色々と検証が必要みたいだ」



ころころと笑っているが、眼鏡の奥のメヒトの目は笑っていない。

自分の求めるものにどこまでも貪欲な、野心のようなものが感じられる。

だからといって、それが刺された事を許し得る要素にはならないが。



「ふふ。そんなに怒った表情をしないでおくれ。実験への協力はここへ匿う為の代金だとでも思ってほしいな」

「だからってあんなに突然何も言わず、、」

「私の為に一度死にかけてくれと言って、君は素直に受け入れるのかい?」



言われて考えてみる。

うん。無理だな。

痛いのは嫌だ。

それに、それでは生きたいと強く思えない気がするし、さっきのように夢から戻ってくる事も出来なかった気がする。



「すまないとは思っているさ。そう思ってはいても、研究者というのは好奇心に逆らえない生き物なんだよ」



メヒトはきっと、本当に申し訳ないとは思っていない。

俺に致死レベルの傷を負わせたのも、研究を進める為の仕方ない代償だと心の中では思っているはずだ。

その証拠に、謝罪は形ばかりのもので心は一切籠っていない。

まあ、もういいか、、。

起きて突然動いたからか体がだるいし、怒り続ける為のエネルギーなんて到底足りそうにない。



「落ち着いた?」

「はい、何とか」


顔から怒りを剥がした俺の側、ベッドのへりにリビィが掛けた。

その拍子に夢の中で見たリビィの姿を思い出し、無事で良かったと、心の底からそう思った。



「リビィさんは大丈夫ですか?」

「?何が??」

「いや、えっと。何もされてないかなって」

「うん。大丈夫だよ。ありがとうケイト」

「いえ、そんな」

「随分仲が良いね?」



荒んだ心をリビィと話しながら落ち着けていたら、にやついたメヒトが俺の顔を覗き込んできた。

まだ完全に信用はしていないから、突然近くまで寄られると心臓に悪い、、、。



「確か、君はウルと結婚していなかったかい?」

「ええ。でももう、私達に関する記憶は全ての魔人から消しましたし、ケイトとは何もありませんよ」



きっぱりとそう言うリビィを見て、少し悲しくなった。

いやまあ、実際何も無いんだが、、、。

あれ?待てよ?

全ての魔人から記憶や関連する情報を消したはずなのに、なんでメヒトは俺達の事を知っているんだ?



「あれ?そういえばなんでメヒトさんは私達の記憶残ってるんですか?」



リビィも俺と同様の疑問を持ったようだ。

寧ろ、なんで今日まで二人ともその事を考えなかったのかが不思議でならない。



「この家はこの世界と少しだけど認識をずらしていてね。異世界とまではいかないけど、正しい手順を踏まないと辿り着く事が出来ないし、ここに居る限りは偶然外の結界が壊れるような事が無い限り魔術の影響を受けないんだよ」

「結界の一種ですか、、?」

「防御結界と感知結界は張っているけど、空間をずらしているのは空間の精霊魔術を術式として起こしたものを用いているよ」



うん?

意味が分かったような分からなかったような、、、。

そもそも空間をずらすというのがよく分からない。

俺のいまいち理解していない表情を察したのか、メヒトが細かく説明してくれているが、全く頭に入ってこない。

一つだけ分かった事は、空間魔術というのは転移魔術の上位互換らしい。

空間魔術の使い手である精霊が空間主と呼ばれていて、その子供?子分?達が転移魔術の精霊だそうだ。

転移魔術は二つの空間を結ぶものだから、突き詰めれば同じく空間魔術だ、ということだろう。



「それにしても、精霊王と契約するなんて凄いね」

「ウルの魔力を注いだおかげですよ」

「いや?ウルの契約出来る相手には、精霊王はいなかったはずだよ」

「本当ですか?」

「同じくウルの魔力で契約したであろう君はどうなんだい?」

「僕も精霊王は契約出来る候補にいませんでしたね、、」

『キュキュイ!』

「まあ、その実体を持った精霊と契約出来るだけでも随分珍しいとは思うけれど、、」



そうだ。

リビィの契約した精霊が凄過ぎて霞んでしまっていたが、キュイも充分珍しい存在なんだ。

それこそ、ただ一匹という点では精霊王と同じ珍しさを持つ。

(精霊王を一匹とか言ったら、防人の人達にこっぴどく怒られそうだな、、、)



「これはあくまで仮説なんですけど、流す魔力以外にその人の求めるものみたいなのが反映されるんじゃないかなって思うんです」

「求めるもの?」

「はい。リビィさんは自分が捕まった時に周りに迷惑を掛けない方法を模索してたからこそ精霊王と契約出来た。魔力の回復手段に悩んでいた僕は、魔力を貯蔵、契約者に譲渡出来るキュイと契約出来たんだと思うんです」

「ふむ、、。その仮説は立てた事がなかったね。やはり新しい風というのは中々に刺激される。、、ん?今魔力の貯蔵、譲渡が出来ると言ったかい?」

「ええ。生命維持活動に必要な魔力以上をキュイに与えると、余剰分は貯蓄しておけて、任意で僕の魔装へ流し込む事が出来るんです」

「それはそれは、、、」



俺の話を聞いて、メヒトが興味深々な様子でキュイをじっと見つめた。

レンズに反射して見えるキュイの姿は、少し怯えているようにも見える。

珍しいどころではないキュイの存在が、研究者であるメヒトの探求心を擽るのは当然の事だろう。

キュイには悪いが、観察くらいはさせてあげよう。



『キュイィ、、、』



数秒後、怯えて俺の頭の後ろにキュイが隠れた事によって、メヒトの観察は強制的に終了した。

自分より何倍も大きい生物に至近距離で見つめられては、怯えるのも仕方ないよな。



「おっと、怯えさせてしまったようだね。観察はまた今度にしておこうかな」



そう言って立ち上がったメヒトの口元は、嫌らしく吊り上がっていた。

何か悪い事を考えているように見えるが、それが何かは分からない。

何かしようとすれば、キュイに害を及ぼさないようにだけ言い含めておこう。

精霊である事を除いても、キュイは俺にとって大事な存在だから。



それから俺がある程度動けるようになったタイミングで、家の中の案内が行われた。

割り当ててくれたそれぞれの部屋、メヒトの部屋、研究室、決して入ってはいけない怪しい地下室など。

ウルの家の3倍程広い家は一つ一つの部屋が大きく、部屋の数も多かった。

入ってはいけないと言われれば入りたくなるのが性だが、メヒトが強く言い含めるくらいのものだから、何か相当危ないものがあるに違いない。

下手をすれば命の危険すらありそうな部屋へは、入ろうという気はあまり起きなかった。




「大体の位置は覚えられたかい?」

「はい」


家の中と庭まで見終わると、10畳はあろうかというメヒトの部屋で、丸テーブルを三人で囲って軽食を取った。

出された時は毒の類を疑ったが、キュイが美味しそうに頬張っているのを見て警戒を解いた。

口の水分がかなり持っていかれるクッキーではあるけど、味は美味しい。

最初のあれがなければ、少し変わっている程度の人に見えるんだけどな、、、。

信用し過ぎずに済んで良かったと思っておこうか。



「けれど少し事情が変わってしまってね、、、。暫くは問題なく置いておけるんだけれど、ずっとは置いておけなくなってしまったんだよ」



理由があっての事だとは思うが、ここを追い出されてしまえば、いよいよどこへ行けばいいのか分からない。

ずっと野宿というわけにもいかないだろうし、、。

動物の解体や食べられる植物の見分け方を覚えればそれでも大丈夫なのかもしれないが、覚えきれるまで置いてもらえるかどうかも分からない。



「後半月もすれば、ここへディベリア神聖国の者がやってくるようなんだ。そうなればおそらくここの没収か、私自身を聖都で働かせるか、、、。どちらにせよ、維持が大変なこの家を私が数日であっても空ければ、魔道具や魔道装置が暴走して何が起こるか分からない」



つまりは、ここへ居られるのは後半月程。

それまでに次の移動先を決め、狩りの方法や食料の確保をしないといけないわけか。

格納袋があれば何とかなりそうな気もするが、慣れない旅路では何が起こるか分からない。

拠点と出来る場所が見つかるかも分からないしな。



「その後の事は私が手配しておくから、気にしないでおくれ。それはそうと──」


リーン───



メヒトの言葉を遮って、壁際に掛けていた木製の鈴が涼やかな音を響かせた。



「おや?帰ってきたようだね」

「帰ってきた?」

「私の弟子だよ。迎えに行ってくるからここで待っていておくれ」



突然の鈴の音に驚き体を硬直させたまま部屋を出て階下に降りるメヒトを見送る。

あの鈴はインターフォンのようなものだろうか?

ウルの家にも今まで訪れた宿にもあんなものはなかったけど、あれもメヒト作の魔道具なのかもしれない。

既視感のある機能を持つ魔道具をメヒトが使用している事で、もしかしてメヒトも腐愚民なのでは?という考えが過ったが、それは考え過ぎというものだろう。

それならウルや周りの人間が気付かないわけないしな。



「弟子ってどんな人だろうね」

「どんな人でしょう、、。師匠に似て変わり者かもしれません」



だとすれば、初対面で申し訳ないが警戒しておかないといけない。

師匠には、挨拶をする前に実験の道具にされた前科があるからな。



トントントン───



階段を登ってくる二人分の軽やかな足音が聞こえる。

何があってもいいように、キュイを肩の上に乗せて立ち上がり、入口とリビィの間に入る位置へ移動した。

感情の変動をさせる事に疲れてしまったのか、緊張はあまりしていない。

心を平静に保ちながら、ゆっくりと開かれる扉の向こうを見据えた。







「ミシェ、、、?」






開いた扉の向こうからやってきたのは、闘技会準優勝者のミシェだった。

リビィとウル以外に、俺が腐愚民である事を初めて知った相手。

俺がこの世界で初めて認識した自分以外の腐愚民。



「あれ?ケイト君、、、だっけ?久し振りだね」



俺を見たミシェは表情で少し驚きこそすれ、すぐに相好を崩して笑顔で歩み寄って来た。


(まさかこんなところで再会するとは、、、)


変わり者だとは思うが、ミシェであれば警戒する必要はないだろう。

だがそうか、ミシェの師匠も三賢者だったのか。

それなら、あれだけの魔術の腕前も納得出来る。

ミシェと軽く握手を交わして、再会の喜びを分かち合った。



「そっちの女性はケイト君の彼女?随分綺麗だね」

「彼女というより家族ですね。初めまして、リビィです」

「初めまして、僕はミシェ。この人の弟子で君達と同じく日本人だよ」



彼女より家族のほうが誤解を与えそうだが、あえてそこは突っ込まずにおいた。

あまり口を挟んで関係性を下げられるのは嫌だからな。


ミシェもハーフなのか、その整った洋風の顔立ちは、日本人と言われてもあまり信じる事が出来ない。

リビィの容姿の綺麗さには及ばないが、それでも横並びになれば俺よりよっぽどお似合いに見える。

俺がリビィの横に並んでも、姫と召使いくらいにしか見えないからな、、、。

イケメンに産まれたかった。



「ミシェさん」

「あ、さん付けはしないでいいよ。敬語も要らない。歳は大して離れていないだろうしね」

「分かりまし、、分かった。ミシェは何歳なんだ?」

「こっちに来たのは二年前で18歳の時だね」

「18歳、、、、?」

「転移後の年数も加算すると20歳だよ」



随分早くに死線を彷徨ったんだなと同情しそうになったが、そういえばリビィも18歳の頃と言っていたし、俺もかなり若い年齢で死線を彷徨っていた。

若い人のほうが生への執着が強いんだろうか。



「聞いてよ。こっちに来てメヒトさんに助けて貰えたんだけどね、治療してすぐ致死性の攻撃をしてくるんだよ?信じられる?」



さっき二度目の実験と言っていたが、一度目の相手は弟子だったのか、、、。

助けてくれた人にすぐ殺されるなんて、突然の事で驚き過ぎて生への執着をする余地すらなさそうだけど。



「全てはこの世から未知を失くす為。ミシェ。君は知識の糧となったんだよ。誇りに思うといい」

「はいはい。感謝してますよし・しょ・う」



メヒトとミシェは、師弟とはいえ軽口を叩き合える関係のようだ。

口調や変わり者という点も似ているし、案外いい組み合わせなのかもしれない。

正反対のような中身の俺とウルとは大違いだ。



「それじゃあ改めてよろしくね。ケイト君、リビィちゃん」

「ああ、よろしく」

「よろしくね、ミシェ」



こうして、これだけの狭い範囲に、この世界で異端とされる腐愚民が三人も集った。

今まで自分一人だけだと、分かり合える日は来ないとだろうと思っていた分、何だか感慨深いものがある。

ずっとここいるわけにはいかないが、少しでも、この偶然を楽しもう。



「よし。それじゃあ僕はご飯を作ってくるよ」

「あ、じゃあ私も手伝うよ」

「僕も手伝います───」

「君は私の話に付き合ってもらうよ」

「は、はい」



家主にそう言われては仕方ない。

何を作ろうかと楽しそうに話すリビィとミシェを見送り、メヒトと二人で精霊魔術を含めた魔術への推測について話し合った。

俺が知っている事など大したものではないが、エアバーストなど、対人戦でよく使っている魔術の組み合わせを話すと、メヒトはいちいち楽しそうに相槌を打っていた。

やはり、この世界の住人とは魔術の構成や使用の仕方が少しずれているのかもしれない。


キュイについては、危害を加えないという条件でメヒトが研究してくれるという事になった。

なぜキュイのような特殊個体が生まれたのか、まだ知らない能力が何かあるのか、もしかしたらそういった事が研究で出てくるかもしれないと、メヒトが嬉々として話してくれた。

大きく表情が変わるわけではないが、声のトーンであったり、目尻に皺が寄る事で俺の情報を喜んでくれているんだという事が計り知れる。


(これで変わり者じゃなければな、、、)


それなら、ただの知識欲が異常なだけの人、という判断で済むのに。

そんな事を心の中で独り言ちながら、メヒトと魔術についての談義を重ねた。




───コンコンッ。


「お待たせしました。リビィちゃんとケイト君の分のご飯はどこに運びましょう?」

「今日は私の部屋でみんなで食べよう。新しい知識と見解を得られるせっかくの機会だからね」

「分かりました。全員分持ってきます」


この家にはリビングがない。

そもそも一人用に建てた家である事と、ミシェと住んでる今も中々二人が家に揃う事がないらしく、必要がないからとリビングを作っていないらしい。

それぞれの部屋にも魔道具が多くあって、このままずっとリビングを作る気はないんだろうなという考えが窺い知れる。



「お待たせ。これ、ケイトの分ね」

「ありがとございま、、え?」



運ばれてきた料理に目を疑う。

こっちの世界に来てからずっと洋食ばかりだったのに、テーブルに並べられたのは焼き魚やみそ汁。

艶のある綺麗な白米もある。



「異世界転移といえばやっぱり食の改革だよね!結構大変だったんだよこれが」



忘れそうになるが、そういえばミシェは日本人だったな、、、。

米なんて未だにこっちで見た事がないから、探すのですら大変だったと思う。

鼻腔を擽る味噌や醤油の香りに、郷愁を感じさせられる。





「「「「食に感謝を。魔力の源に感謝を。変わらぬ大地の恩恵に、此度も授かります」」」」





久し振りに食べる日本食の味は美味しく、その懐かしさに自然と笑みが零れた。

一人暮らしを始めてからはジャンクフードばかり食べていたが、日本に帰れば美味しい日本食のお店でも巡ってみよう。

そんな事を考えながら、実際に空いた日数以上に久しく感じる日本食をゆっくりと味わい、四人と一匹での温かい食事の時間を堪能した。



『キュイ♪』



幸い、キュイの口にも日本食は合ったようだ。

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