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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
五章
48/104

四十五話「腐愚民二人」



グルゥゥゥゥ───


まだ完全には夢の中から覚醒していない朝。

寝惚けた俺の耳に何かが喉を鳴らす音が聞こえる。


(防音結界の中まで、動物が入り込んだか、、、?)


ん?

防音結界?

ここどこだっけ?



──ガンガンッ!!


「ふわっ!?」



結界が叩かれる音で漸く意識を覚醒させて飛び起きる。

突然起き上がったせいで目眩がした。


(そうだ。ここはいつもの家じゃないんだ)


立ち眩みがしてふらふらとベッドに倒れ込んだ俺は、視界の先に見える木々の枝葉と澄み渡る青空を見て、今居る場所の事を思い出した。

じゃあさっきの動物の声は?



グルゥゥゥ───


「───ッ!!」



声が聞こえた後方を振り返って、結界の外に広がる光景に声にならない声を上げた。

喉を鳴らした獣が五~六匹、こちらを威嚇しながら薄く見える結界を叩いている。

もしかしたら違う名称の動物なのかもしれないが、俺の知識に当て嵌めるのであればあれは狼だ。

それも、殆どの個体が既知のものより体が大きく、牙を剥き出しにしている。

幸いこの程度の攻撃なら防御結界はビクともしないようで、繰り返し叩かれているであろう場所もヒビ一つ入っていない。

でも念の為、魔道具に魔力を充填しておかないと───





──フッ。





魔力を充填しようと動いてすぐ、そんな気の抜ける音が耳に届く。

音が聞こえていたのか狼達はその場を飛び退いたが、キョロキョロと周囲を見回した後、何かを確認するように恐る恐る近付いてきた。

一歩、また一歩、、、。

辿り着いた先程まで立ち止まっていた足跡が大量にある場所の近くには、俺と狼を隔てる壁は無くなっていた。




アオォォォォォォォォン!!




群れのボスであろう一際大きい狼が一つ遠吠えをする。

その声を聞いた狼達の目は完全に据わっていて、ただ真っすぐに俺を見据えていた。

俺が抜かれれば、後ろにいるリビィにまで被害が及ぶ。

確実に食い止めなくては、、、。





ハッ──ハッ──


「〝石礫(バレット)〟!!」


キャンッ!





広範囲で牽制出来る魔術を放ち、飛び出す寸前だった狼達を数歩下がらせる事に成功した。

だが、ボスの狼だけはその場で悠々と俺を見ている。

その目には戦うという意思すらない、ただ単に食事に向かい合う獣のものだった。

勿論、食材になりたいという願望なんてないから全力で遠慮させてもらうが。



「〝瀑布(グラブ)〟」


グルフウゥゥン──



狼達の周囲の重力をあげると、ボス以外は容易に地に伏した。

だが、その巨体が持つ筋力によるものか、ボスだけはバランスを一度崩しただけで、体勢を保っている。

人攫いグループのアジトの床を抜く程の重力なのに、、、。



ワオォォォォン!!!


「───ッ!!〝土壁(ウォール)〟!!」



ボス狼が、遠吠えと同時に口から炎を噴き出してきた。

元々、四足獣なのに目線の高さが俺と一緒でおかしいと思っていたんだ。


(認めたくはなかったが、、、)


このボス狼は魔物だという認識で間違いないだろう。

そうなれば、一つの油断が命取りになる。

出来る限り殺さず傷も付けず追い払うだけにしたかったが、そうも言ってられないか。



「〝(サンド)〟」


キャン──



自分の視界を防いでしまっていた土壁を砂に変えて、狼達のほうへ雪崩れさせる。

ボス狼の攻撃に驚いた拍子に加重が解けて動き出していた狼達は、流砂に呑まれて数メートル流されていった。



「キュイ。方向は前方のみ、威力は出来るだけ抑える」

『キュキュイ!』

「〝風華(フラエアー)〟」



少し前に起きてきていつの間にか肩に乗っていたキュイに声を掛けて、精霊魔術を発動する。



ブォンッ──ブォンブォンッ───



風を切る音が耳に煩く届く。



ザッ──ザシュッ──


「グ、、、グルウゥゥン、、、、」


ドズウゥン───



うーん。

相変わらず精霊魔術はとんでもない威力だ。

巨大な風の刃が幾枚も形成されて、唸りを上げながら砂に足を取られた狼達を刻んであっさりと屠っていった。

ボス狼はその巨体からは考えられないような速度で数枚回避していたが、最後は着地した位置にあった仲間の死体に足を取られ、体がバラバラになった状態で地に沈んだ。


風華は元々、自分を中心とした全方位へ風の刃を飛ばす魔術だ。

その全てを前方に集中させたせいなのか、逃げ場を失くす程の多くの刃は、狼達だけでは飽き足らずにその後方の木々もかなりの本数切り倒して、中空で霧散した。

倒れた木々の振動が、緩く足元に伝わってくる。

、、、、あれだな。

完全にオーバーキルってやつだ。




「な、何!?何の音!?!?」




騒がれたら落ち着かせながら戦うのが難しいと思ってあえてそっとしておいたリビィが、丁度良いタイミングで起きた。

戦闘の音自体は抑えてたわけではないからそれなりの騒音だったはずなんだが、そんな環境で今の今まで起きなかったのは中々に凄いんじゃないだろうか、、。



「おはようございますリビィさん」

「お、おはようケイト、、。今地震なかった、、?」

「揺れましたけど地震ではないですよ。木が倒れた時の振動です」

「木、、、?え!?」



狼達とリビィの間に立っていた俺が立つ位置を少しずらすと、その先に見えた光景にリビィが驚愕した。

それもそうだろう。

目が覚めたら巨大な個体を含めた狼達が血溜まりに沈んでいて、その奥では木が幾本も倒れているんだ。

眠りにつく前の光景と、あまりに違い過ぎる。

俺なら、考える事を放棄してもう一度眠りにつくだろう。



「あ、そっか。これ夢だ。おやすみぃ、、、」

「え、ちょっ!リビィさん!」



まさかリビィが俺が取るであろう行動を実行してくれるとは思わなかった。

考える事が一緒だった事に少し嬉しくなりつつも、起き上がっていた上半身を再度寝かせたリビィを急いで起こした。



「いひゃい、、ひゅめのなかなのに、、、」

「夢じゃないですから起き上がってください」



心臓を激しく脈動させ、若干の下心を持ちながらリビィの頬を緩く引っ張る。

きめ細かな肌の触り心地と、寝起きのリビィの幼い可愛らしさに立ち眩みを起こしそうになった。



『キュキュウゥン♪?』



キュイは心でも読めるんだろうか。

起こす事も忘れて頬を引っ張るのに夢中になっていると、キュイが羽を器用に使って俺の耳の辺りをつんつんと突いてきた。

その姿は、仲の良い悪友に酷似している。



「もうっ!あんまり引っ張らないで!」



しまった。

夢中になって引っ張り過ぎた。

頬をむくれさせたリビィが、上半身を起こして目尻を釣り上げた。

その様子は、さながら駄々っ子のようだ。

寝起きは幼くなるのだろうか。

それが嫌かと言われれば、ノーと言わざるを得ないが。



「改めておはようございますリビィさん」

「おはようケイト」



あえて謝らずに挨拶を優先したら、相変わらず少し頬をむくれさせながらも返してくれた。

本当に怒っているわけではないのかもしれない。



「それで、私が寝てる間に何があったの?」

「実はですね───」



眠そうに欠伸をしながら目を擦るリビィに、俺が起きてからあったことを話した。

細かい情報は掻い摘んで、それでいて経緯は掴める程度に。






「そっか。守ってくれたんだね」


話を終える頃には、リビィは真面目な表情を浮かべていた。

命の危険があったという事を理解したんだろう。

そんな中で熟睡していた自分を、心の中で叱責しているのかもしれない。

だがまあこんな事になった原因は───



「そもそも、僕が魔道具に注ぐ魔力量が少なかったのが原因ですから」



そう。

結界を張った状態であれば、同じ状況でも安全な場所から狼を仕留められた。

昨夜に魔力を最大まで充填しておけば、、。

今更言っても詮無い事ではあるが、後悔と反省をせざるを得ない。



「戦闘中に寝てた私にケイトを責める事は出来ないし、しないよ」



真面目な顔でそう言うリビィに、自責の念は少し弱められた。

寝起きで突然戦闘が起きて、精霊魔術の相変わらずの威力に驚いて。

様々な衝撃のせいで元よりそこまで強く反省していたわけではないのだが。





「ふわあぁ、、。よし!じゃあ準備して行こっか」

「そうですね」


反省もそこそこに、ベッドと枕、魔道具を仕舞って出発の準備を進める。



「そういえば、この狼の死骸、どうしましょう」

「うーん、、。ケイトって動物の解体出来たっけ?」

「出来ません」



リビィの問い掛けを食い気味に否定する。

もしやり方を知っていたとしてもやりたくない。

狼の死体の山を見るのも嫌だというのに。



「じゃあ埋めておくのがいいかな」

「燃やしてからですか?」

「ううん。そのまま」



そのまま、、?

日本人である俺にはあまり馴染みがないが、土葬というやつだろうか。

匂いなんかで見つけられて、他の動物や魔物に掘り起こされてしまいそうな気がする。



「ほら、骨になるまで燃やすのって結構魔力必要じゃない?魔力水はある限り買い占めてきてくれたらしいけど、それでも限りがあるからさ」



余り意識せずに今まで通り魔術を使っていたがそうか。

これからは気軽に魔力水を買いに行く事は出来ないんだ。

メヒトに頼めば用意してくれるかもしれないが、それはあくまで不確定な要素。

何があるか分からない、お互い初めて同士の旅だ。念には念を重ねておいたほうがいいだろう。





「よし。これでいいか」


リビィの言葉に従い、狼達を土の中に埋めて、伐採してしまった木々は使えそうな部分だけ薪にして格納袋の中に仕舞い、後は一箇所に纏めて放置しておく。

それらの作業を形成単語すら使わずに風魔術で地道に行うのは集中が必要な分時間も掛かるし骨が折れたが、形成単語を複数使うよりは魔力を節約出来た、、、と思う。

節約出来たと胸を張って言える程、消費を抑えられてない気もする。



薪割りは、これも魔力節約の為に格納袋に入っていた斧で手ずから行った。

木に刺さったままビクともしない斧に重力を掛けるという裏技は使ったが、それでもどちらかというとインドア派の俺にとっては重労働で、体のあちこちが鈍い痛みに襲われてしまっている。


(明日、早ければ今日の夜。筋肉痛になるんだろうな、、、)


想像出来るそんな未来に遠い目をしながら、ほんの少し開けた視界から見える景色を眺めた。







「朝ご飯出来たよ」

「わあ、こんなところで凄いですね。ありがとうございます」

「いえいえ。ご飯は任せて!」


リビィから受け取ったのはソーセージや野菜が入ったスープ。

確かポトフ、、だったか?

実家に居る時も一人暮らしをしてからもこんなお洒落な料理を食べる事がなかったから、料理名はうろ覚えだ。


俺が作業をしている間、横目で見てご飯を作っている事は把握していたが、まさか野宿の旅の合間にこんなにしっかりとしたものを食べられるとは思わなかった。

格納袋があるから調理器具を持ってきていても不思議ではないけど、それでも改めて形となって差し出されると、外であってもきちんとしたものが食べられる有難みを実感出来る。

旅というより、家から少し離れた場所にキャンプに来ているような気持ちになるな、、。



「ッ!美味しい、、」

「セナリが料理を覚えるまでは私が作ってたからね」

「そうなんですか?」



セナリがリビィに心を砕き始めた最近は俺も含めて三人で台所に立つ事があったが、リビィが一人で料理をしているところを見た事はなかった。

まあ、一緒に台所に立つ度に料理をし慣れているというのは感じていたが、、。

その慣れ具合が分かる美味しさだ。

湯気の立つ温かいスープが、昨日失った色々なものの隙間に染み渡ってくれる。



「メヒトさんの家へは、地図を見ながら行くんですか?」

「ううん。これ使うんだって」



スープを温めていた焚火を挟んで二人で朝食を摂っていると、そう言ってリビィがローブのポケットから懐中時計を取り出した。

蓋を開けて中を見てみると、複雑な模様が描かれた盤面に方位磁石のような少し幅のある針のみのシンプルな造りをしていた。

針は一方が赤く塗られていて、その場でぐるりと一周回ってみても、針の向きは変わらない。



「この針の赤いほうが差している方向へ進むんですか?」

「うん。方位磁石みたいでしょ?」



リビィの口から聞き馴染みのある器具の名前が聞けた事に、違和感を覚えながらも少し嬉しくなる。

高嶺の花で遠い存在だと思っていたリビィが、この世界では中々得られない共通点のある人物だと認識出来るから。



「今差している方向はあっちですね、、、」



針が差している方向を見て、気が遠くなりそうになった。

指し示されているのは、眼下、山の木々の向こうに見える終わりの見えない森林。

あんな広大な森を歩くのか、、、。

いや、待てよ。

この方位磁石があれば、、。



「リビィさん。空を飛んで行けば本来の半分以下の日数で辿り着けるんじゃないですか?」



妙案だと思う。

就寝時に襲われるリスクがある以上、その回数は減らしたほうがいいし、メヒトの家に辿り着くまでの疲労も軽減出来る。

空に魔物がいないわけではないと思うけど、俺とキュイが力を合わせれば自由な軌道とそれなりの速度で移動出来るし、リビィを抱えながらでも問題なく回避出来るだろう。



「あー、それは出来ないみたいなんだ。メヒトさんの家を探そうと空から探索する人が多かったみたいで、上から見つけられないようになってるらしいの。空から行こうとしたらその方位磁石も狂うんだって」



家であり研究施設でもあるらしいから、用心深くなっていてもおかしくはないか。

三賢者なのであれば撃退は容易だと思うが、対人に魔術を使いたくない心優しい人なのかもしれない。

そう信じたいのに、ウルから齎された変人という情報が、メヒトを心から信用する事を許してくれない。

これからお世話になるというのに、失礼な話だ。



「おかわり食べる?」

「あ、はい。お願いします」



ぼんやりとメヒトの人となりを想像しながら、リビィが入れてくれたおかわりを頬張る。

うん。

やっぱり美味しい。




















「よし。今日はこの辺りで休もっか」

「そうですね。もうすぐ暗くなるでしょうし」


山を下りて広大な森に踏み入って数日。

初日のように朝起きてすぐ襲われるという事もなく、比較的平和な道のりだった。

移動中に動物に襲われる事はあったが、木々が密集しているからか体躯の大きい動物はあまりおらず、今のところ難なく倒す事が出来ている。

だが問題は、、、。



「そろそろお風呂入りたいね」



そう、お風呂だ。

毎日体を拭いてはいるが、それだけではやはり気持ち悪さが残る。

元の世界でも連日忙しいと顔を洗ってボディーシートで体を拭くだけで済ませる事もあった俺はいいが、リビィは年頃の女性だ。

魔力が勿体無いからと数日我慢しただけでも凄い事だと思う。

、、、、それなのに近付いても臭くないのは納得出来ないが。

まあ、臭いよりは全然良いんだが、自分の匂いを自分で嗅いでも分からない分、臭いと思われていたらどうしようと不安になる。



「リビィさん。焚火の準備少し待ってください」

「?分かった」



きょとんとした顔を浮かべるリビィを視界の端に置き、就寝場所の少し横でいつもより少し小さい三角錐の結界を張る。

足元には魔術で作った直径1m程の岩の円盤を敷いておいた。



「浴槽も要りますか?」

「えっと、、これは?」

「一応簡易的な浴場のつもりです。結界を張ってあるので襲われる心配はありませんし、岩の円盤を敷いてあるので足の裏が汚れる事もありません」

「あ!そっか!お風呂作ってくれたんだ!」



勿論、土壁を作ってもっとしっかりとした浴場を作る事も出来たが、それでは魔力が勿体無いし、入ってる間に襲い掛かってこられたら視覚で敵を認識する事が出来ない。

(水瓶を作って水を溜めて、桶は、、、鍋を使えばいいか)



「体洗えたらそれでいいし、浴槽は無しでいいよ。それと、、」



リビィが口篭もって、水瓶に水を溜める俺の目を見据えた。

何か言いたそうな表情をしている。



「どうしました?」

「、、覗かないでね?」

「のッ!?覗かないですよ!!」



心外だ。

俺が覗くわけないのに。

、、、、、覗きたい気持ちはあるけど。



「声が届く範囲にはいるので、終わったら声掛けて下さい」

「うん。ありがとうケイト」



結界の中へ入っていくリビィを見送って、少し離れた位置で土壁(ウォール)の形成単語を唱え、リビィから見えない位置で俺も体を洗う。

結界が無い分不安ではあるが、魔力を充填した魔装具である腕輪を嵌めているし、充填した魔力が切れたとしてもキュイから回復させてもらえるから問題ないだろう。


時折聞こえるリビィが水を浴びる音に煩悩が溢れそうになりながら、特に何事もなく数日振りに体の隅々まで洗い終えた。

体を拭いただけとは、気持ち良さが段違いだ。



「ケイト―!もういいよー!」



服を着替えて髪を乾かし終えてキュイとじゃれ合っていると、土壁の向こうからリビィに呼ばれた。

ついさっきまで堂々とは言えない妄想をしていたから、突然声をかけられた驚きで心臓が飛び出るところだった。

大丈夫大丈夫、、。

やましい事は何もない、、、。



「さっぱりしたねー!ありがとうケイト」

「いえいえ。僕も久しぶりにちゃんと洗いたかったので」



いつの間にか出していたベッドの上で座りながら髪をタオルで拭くリビィの姿に、何度か見た事があるはずなのに視線が釘付けにされる。

外というミスマッチな状況に、そうさせられているのだろうか。


そのまま見ていたい気持ちを抑えながら何とか視線を外して、浴場から就寝場所へと結界を移した。

焚火の煙が籠らないように、上が開いた四方の結界へと形を変えて。

密閉した結界の中でも酸素はなくならないのに煙や粉塵が抜けてくれないのは、防御結界に極小さな穴が開いているかららしい。

煙も時間をかければ排出されるのだそうだ。

まあ、排出される前に多量の煙を吸い込んでしまうらしいけど、、、。





「後どれくらいですかね」


結界の中、体を洗ったからかいつもよりリラックスした状態でリビィの作ってくれたシチューを食べて、そんな事を聞いてみた。

方位磁石では方向は分かりこそすれ、距離までは計れない。

ずっと同じ景色が続いているから、本当に進んでいる道があっているのかと、不安になってしまう。



「ウル曰く普通に歩く速度で暗くなる前に休んだとしても5日で着くらしいから、明日の昼過ぎには着くんじゃないかな?結構早いペースで歩いてるし、もしかしたらもうちょっと早く着くかもね」



それなら尚更、今日体を洗っておいてよかった。

初対面で臭いという印象を持たれてしまっては、心にそれなりの傷を負ってしまいそうだ。



「実を言うと、明日着かないと食料が心許ないんだよね、、、」

「そ、そうなんですか?」

「うん。美味しそうに食べてくれるのが嬉しくてついつい作り過ぎちゃった」



確かに、残しては持ち運びが大変だと、作ってくれた分は必ず無くなるまで食べてきた。

今もシチューは二杯目を食べている最中だ。

、、あれ?

流石に食べ過ぎじゃないか?

ここ数日は鏡を見てないし、もしかして、、、。

嫌な予感がして、右手をお腹に添えて軽く摘まんでみる。


(これは見て見ぬフリ出来ないな、、、)


元よりお腹は少し摘まめたが、それよりも確実に肉が付いている。

日中は昼食時以外ずっと移動していたとはいえ、その消費カロリーを上回る程の量を食べてしまっていたんだろう。

リネリスにいる間は少し太ったとはいえまだ大丈夫だと思っていたんだがな、、、。



「あと少しだけ残ってるけど、ケイトまだ食べられそう?」



リビィがそんな悪魔の囁きをしてくる。

決まっている。

答えはノーだ。


・・・・・・・・。

この後きっぱり断れたかは、空になった鍋を見れば分かる事だろう。

、、、明日から頑張ろう。









「〝水矢(アロー)〟」


高速で放たれた水の矢が、突進しようとその場で足踏みをする猪の脳天へ突き刺さる。

体の中程まで突き刺さった後、猪を絶命させた水の矢は形を保てず流れ出る血と共に顔を濡らした。



「相変わらず凄いね」

「ある程度の方向さえ決めれば、勝手に標準が合ってくれますから」



旅を始めてから5度目の朝。

朝食の匂いに釣られた動物達を手際よく片付けながら、方位磁石が指し示す方向へ歩みを進めていた。

自分達で作った料理の匂いに釣られた動物を問答無用で殺めるのは心が痛むが、元の世界と同じサイズの猪に突進されてしまっては俺もリビィもただでは済まない。

それならば、心が痛もうとも先手を打つしかないだろう。

息絶えた猪を埋めて手を合わせ、目的地への歩みを再開した。





「そういえばリビィさんはどれくらい魔術使えるんですか?」


旅に出てからも戦闘はずっと俺が担当していて、結局リビィが魔術を使っているところは、家事をしている時と記憶魔術を使った時しか見れていない。



「家事に使える基礎魔術はケイトより正確に使える自信はあるけど、家事に必要のない魔術、それこそ形成単語とかはあんまり使えないかな。結構覚えてるのもあるんだけど、ウルに訓練してもらってたのはもう一年以上前だからね、、、」



形成単語を含まない自家魔術だけでは、小さい動物を狩るので精一杯だろう。


(という事は、背中合わせになって共闘するとかも無理か、、、)


一度は言ってみたい言葉ランキングの10位くらいに入っている〝背中は任せた〟が言えるかもしれないと期待してみたが、諦めるしかなさそうだ。



『キュキュイ♪』



そうだな、キュイ。

お前にはいつも背中を預けてるよ。

胸を逸らせて褒めてほしそうにしていたキュイを見て、心の中でそう感謝しておいた。

キュイ単体では物を浮かせたりするくらいしか出来ないから、社交辞令の成分が多分に含まれるが、、、、。

まあ、キュイがいる事によって心強さがあるという点では、ある意味背中を預けてると言ってもいいのかもしれない。



「あ、それと。ウルより効果は低いけど治癒魔術も使えるよ」

「そうなんですか?」

「うん。ケイトがこっちに来た時みたいな怪我は治せないけど、ある程度の重症までは治せると思う」



リビィはさらっと言ったが、それでも充分過ぎるくらい凄いと思う。

それに、もう一つ契約している精霊は確か、、。



「記憶魔術の精霊って精霊王ですよね?」

「うん。ウルには記憶魔術を使える事も、精霊王と契約した事も言ってないんだけどね」



リビィと同じく俺もウルの魔力を使って精霊と契約したというのに、契約出来る精霊の候補に精霊王というのは居なかった。

あくまで予測ではあるが、流す魔力以外にもその本人が望んでいるものなんかも反映されるんじゃないだろうか。

いざという時の為に自身に関する記憶を消す手段を欲していたリビィは記憶魔術を使える精霊と契約出来て、魔力の回復手段に悩んでいた俺はキュイと契約出来た。

もし今度精霊と契約出来る機会が訪れれば、使いたい精霊魔術を思い浮かべながら魔力を注いで実験してみるのもいいかもしれない。

自由に動き回れるのが、いつになるのかは分からないけど。









「あれ?」








方位磁石の動きに首を傾げ、突然立ち止まるリビィ。

色々な方向に方位磁石を向けては首を傾げてを繰り返している。



「どうしました?」

「針の向きが定まらなくなったの」



リビィの手元を覗き込むと、そこには針がぐるぐると止め処なく回り続ける方位磁石があった。

ここに来るまではこんな事は一度もなかったのに、なんで唐突に、、、。



「針が回り始めたのはついさっきですか?」

「うん」

「じゃあ、それが直るまでここで休憩しましょうか。間違った方向に進むわけにはいかないですし」

「それもそうだね、、、」



順調だった旅で初めてのトラブル。

これが直らなければ、メヒトの家に辿り着く事は出来ない。

溢れ出そうな不安を持った二人分の視線が方位磁石に注ぎ込まれるも、針は一向に一つところを指す事がなかった。


(どうすれば、、、)


ここに留まったほうがいいか、この辺りを虱潰しに探し回った方がいいか。

短い時間で、焦燥に駆られてそんな事を何度も考えた。

食料が尽きかけているという状況にも、焦燥を加速させる。



「リビィさんはここに居てくださッ──!?」

「ケイト?」



焦燥に駆られて一人で周辺を確認しようと立ち上がったその時、腰から腹部にかけて鋭い痛みが走った。







ドサッ──


「ケイト!?」







膝から崩れ落ちた俺を見て、リビィが声を上げながら駆け寄ってくる。

崩れ落ちる前に下に向けた視界には、下腹部から飛び出すナイフの先端があった。

十中八九、背中から刺されて前まで突き抜けてきたんだろう。

ズキズキとした痛みと、流れ出る血の量に意識を手放しそうになりながらも、犯人を突き止める為に後ろへ振り返った。



「、、、?」



後ろを見て上下に視線を移動させたが、そこには誰もいなかった。

ナイフに刺されたという事は人がいるはずなんだが、、、。


(ぐッ、、、!)


なんでだ。

どうなってる。

痛みで思考が上手く回らない。

俺を刺した犯人はどこだ、、、。








「んむぅー!!!」


(リビィ、、、?)








籠った叫び声が聞こえて、回していた首を元に戻して正面を向く。

そこには、口を布越しに手で押さえられたリビィと、リビィを抑える長髪の男が。

ジタバタと暴れるリビィの陰に隠れて、その顔は半分も認識出来ない。



「〝水矢(アロー)〟」

「おっと、危ない」



相手を殺めてしまう事も厭わず放った水の矢は、男が付けた黒い手袋に触れると、蒸発したかのように消えてしまった。

(くッ、、、もう魔術を形成する集中力が、、)



「人へ魔術を使う事は苦手としていると踏んでいたけど、予測が外れたかな?それとも大事な人を守る時だけ自分の信念を曲げるのかな?」

『キュキュキュイ!!!』



男が何かぼそぼそと話していたが、言葉の意味を理解出来る程の余裕はなかった。

キュイの必死な鳴き声もどこか壁を隔てた遠くに聞こえる。

今は、襲い来る痛みに意識を奪われないようにするので精一杯だ。


(あ、、、もう駄目だ、、、、)


魔術を形成する為の集中力など、もう練る事は出来ない。

かといってイメージの必要ない精霊魔術を使ってしまえばリビィも巻き込んでしまう。

それでも何か出来ないかと半分無意識で地面に伏してしまっていた上体を少し起こすと、リビィがもがいて前のめりになった事で、一瞬ではあるが顔を認識することが出来た。

俺を刺したであろう、犯人の顔を。


(なんであの人がここに、、、)


意識を失う寸前。

視界に映ったのは、古書塔で俺に本を薦めてくれた人物だった。











「さあ、私の期待に応えておくれ」










そんな言葉を聞きながら、必死に繋ぎとめていた意識はあっさりと零れ落ちた。

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