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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
四章
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四十一話「別れの詩:前編」



ベルを送り出してから三日。

防音結界を出ない範囲でたまに外の空気を吸いつつ、それ以外の時間は家で過ごした。

だが、突然の事で食料の備蓄はあっという間に底をつき、そろそろ買い出しに行かなくてはならないなという段になって、俺は様子見の為に一人で街へと繰り出してきていた。

このまま買い出しまで済ませられれば一番いいんだが、どこになにが売っているのか全く分からない俺一人では、買い物メモを渡されたとしてもお使い一つ碌に熟せないだろう。

市場を知り尽くしているセナリに同行してもらわなくてはならない。

そうなれば、、、。


(三日間窮屈な思いをしていたリビィも一緒に来たがるだろうな、、、)


ウルがいない今、守る役目は俺にある。

数人程度なら遅れを取らない自信はあるが、多数で急襲されれば二人を無傷で守り切れないかもしれない。

通常の機能を取り戻したかのように見える街中を、どこかに暴徒が潜んでいないかどうか、危険な物が投棄されていないかどうか。

目を凝らしながら、それでいて怪しい動きにならないよう気を付けながら、暫く当てもなく歩いた。





「さあ~、いらっしゃいいらっしゃい!」


「あぁ!?あんだい!?ウチは元からこの値段でやってんだよ!文句があるなら出て行きな!」


「今日から営業再開だよー!おっ!そこの兄さん、魔装の裾が解れてるんじゃないかい?ウチで仕立て直していきなよ!」





時刻は昼。

街中を飛び交う喧騒はいつも通りのようにも聞こえるが、その所々に、自らの鬱憤を晴らす為だけの、正当性の無い怒号がいくつか混じっている。

営業こそ再開していて表面上はいつも通りを繕っているのかもしれないが、まだ少し、絶望が尾を引いているのかもしれない。

でも、気に障るような事を言わなければ流石に突然怒鳴ってくる事はなさそうだし、これくらいなら二人を守りながらでも問題ないかな、、、。

そう考えて、最後の情報収集兼、昼食を摂る為に喫茶店に入った。

満席とまではいかないが、昼時という事もあってそれなりの賑わいを見せている。





「───腐愚民の──」





周囲の会話に耳を傾けているとそんな声が、少し離れた席から聞こえてきた。

前後の話の流れは分からない。

でも確かに、腐愚民という言葉は発していた。


(その言葉を聞いただけで体が反応してしまうのは、過敏になり過ぎているんだろうか、、、)


そう思いながらもどうしても会話の内容が気になり、運ばれてきた料理を持って、声が聞こえた席の近くへと移動した。

自分の身を守る情報収集をする為だ、店員から向けられる訝し気な視線くらい、どうって事ない。



「聞いたかい?〝腐愚民炙り出し計画〟の事」



〝腐愚民炙り出し計画〟、、、?

門前広場で行われていたあの検問の事だろうか?



「ん?あ~、確か明日決行だったっけか?」

「そうそう。あんな不気味な奴らを匿う連中のせいで、何の関係もない私達まで迷惑を被るなんて、、、、。やれやれ。嫌になっちゃうね」



明日決行という事は、門前広場で行われていたものとはまた別物なんだろう。

詳細を知る為にその後も熟年夫婦であろう二人の話を聞いていたが、それ以上〝腐愚民炙り出し計画〟の事が会話に上がる事はなかった。

だが、話を聞く限りでは二人がセプタ領を出るという事は無さそうだったので、門前広場以外の場所で行われるであろう事だけは分かった。


〝腐愚民炙り出し計画〟、、、。

物凄く、嫌な予感がする。

直感に従って、更なる情報を得る為にシドが勤務しているであろう保安所へ向かった。





「ケイト殿!ご無沙汰しております!」





忙しいだろうからもしかしていないかもしれないと思っていたが、それは杞憂に終わった。

突然の訪問にも関わらず、爽やかな笑顔で出迎えてくれたシド。

仕事の邪魔になったら申し訳ないなと思っていた気持ちも、この笑顔を見れば少し紛らわせてもらえる。



「今日はどうされたんですか?」

「実は、、、」



中へ案内してくれようとするシドを引き留めて、保安所の前で立ったまま、腐愚民炙り出し計画についての話を聞く。

勿論、自分が腐愚民だとバレないよう、一言一句細心の注意を払って。



「ああ!明朝に行われるディベリア神聖国による調査の事ですね。なんでも、各家庭を訪れて匿われて隠れている腐愚民を見つけ出し、既に奴隷になっている腐愚民達も合わせて本国へと連行するんだそうです。腐愚民を匿うなんてメリットの無い事をする人が居るとは思えませんけどね」



齎された腐愚民炙り出し計画の内容は、俺の思考を停止させるには充分過ぎるものだった。



「今日の夜に大々的に布告されるそうですが、明朝は調査が来るまで家に居ないといけないみたいですよ。今朝から感知型の結界が張ってリネリスから逃げられないようにする徹底ぶりですから、間違いなくリネリスから腐愚民が一掃されるでしょうね」



もう既にリネリスから出る事は出来ない。

それなら、逃げ道なんてないじゃないか、、、。

明朝に一時的に何処かへ隠れる事は出来るが、俺がウルの家に住み込みで修行している事は、もうかなりの人に知られているだろう。

俺が把握している範囲ですらかなりの数なのだから、ウルの知名度でそこから更に広まっているとすれば、、、。

明朝に調査を逃れたとしても、俺が家に居ない事を知られれば怪しんで探される事は明白。

おそらく、死んだと嘘を吐いてもこのタイミングでは怪しまれるだろう。


どう、、、すればいいんだ、、。


選択肢が浮かんでは、形を成す前に消えていく。

俺が助かる方法は?

ウルやリビィやベルに迷惑をかけずに済む方法は?

どれだけ考えを巡らせても、自問自答が完結する事はなかった。



「ケイト殿?」

「ああ、すみません考え事を。教えていただいてありがとうございます」

「ケイト殿にある大恩を考えれば、これくらいでは何度お力添えしても返しきれませんよ。また何かあればいつでもお申し付けください!」



俺が腐愚民だろうとは微塵も疑わない様子で尊敬の眼差しを向けてくれるシドを見て、罪悪感が胸を刺した。

正直に打ち明けるつもりなどないが、だからこそ刺された痛みは心の深い位置に刻まれる。


(ひとまず、ウル、、、は居ないから、リビィに相談しないとどうしようもないよな、、)


一人で色々出来るようになっていた矢先。

そんな時期に自己完結では済まされない事案に突き当たる。

運命というものに自我があるのなら、それにお前は一人では何も出来ないと嘲笑されているような、そんな気分になった。

一人で出来るなんて元から思っていないし、どちらかと言えばだれかの裏方になって陰で支えるような生き方をしてきた。

それでも、大切な人達を守れるくらいには強くなって、漸く自分で何かを成せるようになってきたと思ったのに、、、。

そんなほんの少しの自己満足すら、俺は運命に否定されるのか。

短い期間で次々に襲い掛かる騒動や災難に、俺の心はヒビ割れて、溢れ出る負の感情を止める余裕など、とうに失われていた。











「腐愚民炙り出し計画、、、?」


家に帰ってすぐ、セナリと二人で昼食の片付けをしていたリビィに部屋まで来てもらい、シドに聞かせてもらった話をした。

動揺し過ぎて俺の話は全く纏まりのないものになっていたが、おそらく伝えるべき事は伝えられたと思う。

明朝に調査が来る事、その時家に居なければいけない事、もうリネリスから出る事が出来ない事。

セプタ領内であればおそらく転移塔で移動出来ると思うが、別の領や国外へ出る転移塔を使うには、徒歩か馬車で必ずディベリア教徒が検問をしていたあの門を通る必要がある。

そうなれば、明朝を待たずしてディベリア神聖国に捕まるのは確実だ。



「逃げるのは、、難しそうだね」



リビィが、重々しい表情でそう零した。

俺に向けたものではないと思う。

可能性を全て潰した後で出た、頭の中を整理する為だけの言葉。

自分でひたすら考えて分かっていた事ではあるが、改めてどうしようもない事を突き付けられると、心のヒビは幅を広げて、半ば自棄的な考えが生まれ出した。



「さっき王都から手紙が届いてね。ウルが今日の夕方に帰ってくるんだって。だからさ、その時に相談してどうするか決めよ?ね?」



項垂れる俺を宥めるように、リビィが優しく声を掛けてくれる。

たとえウルであっても、こればっかりは解決のしようがないんだ、、、。

頼む、リビィ。

お前なんか要らないって、一人だけディベリア神聖国に捕まれって。

そんな言葉で突き放してくれよ、、、。

それなら一つだけ、迷惑をかけない方法はあるから、、、。

ただ項垂れるだけで声には出なかった。

それでも、心の中ではひたすらにそんな言葉を漏らし続けていた。

留める事など出来ない、溢れ出る負の感情を乗せて。



暗く落ち込んだ俺を気遣って、その後数分は励ますような言葉を掛けてくれていたリビィだったが、返事の無い俺には次第に掛ける言葉がなくなったのだろう、困った様子で、静かに部屋を出て行った。

リビィに聞いても、おそらくウルに聞いても。

迷惑を掛けずに俺も助かる方法は無いだろう。

だが、〝俺が助かる〟という一点を省けば、迷惑を掛けずに済む方法はある。

元の世界の服に着替えて、ついさっきこっちに来た設定で明朝にディベリア教に見つかれば、俺一人が連れて行かれるだけで済む。

写真技術の無いこの世界では、直接俺の顔を見た事があって、尚且つウルの元で修行しているという事を知っている人でないと、関係性を結びつける事は出来ないだろう。

その後ウルの弟子が居ない事に気付かれて再度調査が入られても、不慮の事故で死んだ事にでもすればいいし、死体を出せと言われれば、未だ街中に転がっている死体を骨になるまで燃やして見せればいい。

流石に骨の状態から人を識別する技術はない、と思う。

調査が入る前に何かしらの方法で死ぬのもいいかもしれないと思ったが、死体であっても腐愚民である事を見分ける事が出来ては拙いし、何より自殺する勇気なんて俺にはない。


(穴だらけの案のような気もするけど、、)


長い間考えていたせいで、ウルが帰ってくるまでもうあまり時間がない。

帰ってきてしまえば隙を見つけて逃げ出すのは難しいだろうから、今の内に何とかしないと、、、。





「この服、、久しぶりだな、、」





クローゼットを開けて、懐かしい、それでいてこっちの香料の匂いが付いた服を身に纏う。

服の着方としてはついさっきまで着ていたものと変わらないはずなのに、何故か動きがぎこちないものになってしまう。

腕を通し、首を通し、足を通した。

所々破けてしまった服が肌に触れる度、この世界での楽しかった記憶が走馬灯のように浮かんでくる。

辛い事も山ほどあった、目を逸らしたい光景も沢山。

それでも、元居た世界とは比べ物にならない程充実した楽しい日々だった。


(捕まったら何をされるんだろうか、、、)


そんな事を考えてしまってからは、体は恐怖で竦んで震えを持ち始めた。

溢れ出そうになる涙を堪えながら、今しがた脱いだばかりの服を畳んでクローゼットに仕舞う。

その動作が、この世界と完全に離別する事を意味する様に感じて、堪えていた涙の一部が頬を伝って床に落ちた。


(そうだ。荷物も忘れないように、、)


頬の涙を拭って、何故か離さずに持ってきていた中古のゲームを持ち、朝まで腐愚民とバレないように魔装ではないローブを羽織って、一つ、深く息を吐く。




「ふぅー、、、、、。はは、、怖いな」




部屋の外へ出ようとした時、扉の前で意図せずして、今の心情を現す短い言葉が漏れた。

手元に視線を落とすと、ドアノブを持とうとしたが一旦引いた手が、微弱な震えを持っていた。

今から自ら奴隷に落ちに行くんだ、怖くないはずがない。

大丈夫だと言い聞かせる事など、出来るはずもない。

だが、どれだけ怖くても震えていても、迷惑を掛けて道連れにするくらいなら、自分だけが辛い想いをすればいい。

今までも、他の人がした事で自分が怒られても、否定せずにそのまま受け入れてきた。

形や程度は大きく違うが、今回もその延長戦だと思おう。

そう考えてしまえば、自分では把握出来ない程ほんの少し気持ちを軽く出来て、ぎこちなさこそあれ、無事に部屋の外へ出る事が出来た。



「、、、、よし」



扉の前で耳を澄ませ、階下に誰もいない事を確認する。

ガサガサと何か物音が聞こえたが、音の方向からして2人の部屋のどちらかと考えて間違いないだろうし、特に気に留めなかった。

まあ、突然部屋を出てくるような事はないだろう。





タッ──タッ──タッ──。





気付かれないように、出来るだけ音を抑える事を意識して階段を下りる。

バレる事なく無事に辿り着いた一階のリビングで、部屋で書いておいた置手紙をテーブルに置いて、恐怖に裾を引かれながらも玄関へと向かう。

置手紙の内容は、俺が出て行く事、これからしてほしい事を簡単にまとめたもの。

もう、この世界の文字で手紙を書く事も随分慣れてしまった。

色々覚えたこれからこそ、楽しくなるはずだったのに、、、。









ドクンドクン───。









そんな脈動が、煩く耳に届く。

まるでスピーカーから流れ出る音のようにハッキリと。


(、、、早く出ないとな)


最後に家の中へ向かって浅く礼をして、溢れ出そうになった涙を止め、ドアノブに手を掛け────










「そんな恰好で何をしてる?」










震えながら前に出した手は空振り、外側から開けられたドアの向こうには浅く息を切らしたウルが立っていた。



「あ、う、、、えっと、、、」



もうバレずに作戦を決行するのは無理だ。

俺は観念して、リビングでウルと向かい合い、これからしようとしていた事を話した。

そう考えた理由や、本当は自分も助かりたいという願いも包み隠さず。



「でももういいんです。僕一人が捕まれば皆さんにご迷惑を掛ける事はありませんから」

「ケイト。大丈夫だ」



話を強引に切って立ち上がろうとすると、ウルのそんな言葉に引き留められた。

〝大丈夫〟

その言葉の意味は分かるはずなのに、この時は何故か理解出来なかった。

きっと、それだけ自分の考えを一方的に伝えるので精一杯だったのだと思う。



「もう一度言う。大丈夫だ」

「あ、、、」



二度目で漸く、言葉の真意を汲み取る事が出来た。

穴だらけの作戦を決行しなくていいんだ。

独りで抱え込まなくていいんだ。

自分を、犠牲にしなくていいんだ。

そんな思いが膨れ上がって、涙となって流れ出た。



「俺に任せろ」

「うっ、、ぐすっ、、、ウルさんッ、、、」



ウルが、大きな手で頭を強引に撫でてくる。

それが合図となって、堰を切ったように堪えていた涙が勢いよく溢れ出した。

自分を繕う余裕なんてない、二階に居る二人に気付かれないように声を抑える余裕もない。

そんな、ただただ自分の感情を吐き出す為だけの涙。

少し痛く、それでも優しさが伝わるウルの手のせいで、涙は留まる事なく勢いを増すばかりだった。











「飲め」

「ありがとうございます、、、」


感情のままに涙を流して数分は経っただろうか。

顔はぐしゃぐしゃになり服は濡れている散々な有様だが、そんな見た目でも泣き出す前より心は落ち着いていた。

涙ももう、渇いてしまっている。

涙どころか、全身の水分が流れ出たように渇いている気分だ。

ウルが差し出してくれた水を飲むと、体の隅々まで行き渡るような感覚に酔い痴れた。



「ケイト。お前は見落としていたようだが、その作戦はお前が捕まらなくとも、調査が終わるまで姿を隠して、終われば名前を変えて何処か別の場所で暮らせば済む話だぞ?」



ウルに言われて、幾分かすっきりした頭で考えてみる。

そうだ。

ウルの元へ戻らず、死体を別の人のもので偽装しておけば、俺が死んだと誰もが疑わずに済むだろう。

感知結界が解かれた後に誰も知り合いがいない場所で暮らせば、、、。


(馬鹿だな俺は、、、。自分を犠牲にして悲劇のヒーローにでもなったつもりだったのか)


冷静になれば考え付くはずだったのに。



「まあ、隠れるとは言っても見つかる可能性が無い事は無いがな、、、。どちらにせよ、この置手紙は燃やしておくぞ」



そう言ってウルは俺が書いた置手紙を燃やして、灰が飛び散らないようにサッカーボール程のサイズの防御結界に閉じ込めて、まとめてゴミ箱へ捨ててしまった。

便利だ。



「俺は今から準備をしてくる。帰ってくるまでにこの袋、格納袋に着替えや異世界の物品を入れておけ」



ウルから渡されたのは、手の平サイズの巾着袋。

この中には、どうやっても服を入れられないと思うのだが、、、。



「格納袋の底には転移魔法陣が刻まれていて、魔力を注ぎながらそこに入れたものは個人の格納庫へと自動で送り込まれる。袋の入口より大きいサイズも問題なく転送出来るが、飲食物を何も包まずに入れるのはやめておけ」

「飲食物ですか?」

「ああ。食物は一緒に入れたものに匂いが移り、尚且つ密閉空間ではないから腐りやすい。飲料は、先に転送させたものが全て濡れる」



創作物によくあるアイテムボックスのような、入れた物体がそのままの状態で固定される便利なものではないようだ。

例えるならば、わざわざ持って行く必要のないトランクルームのようなものなんだろう。





「うおっ、、。吸い込まれていった、、」


部屋に戻って着替えた後、ウルに言われた通りに格納袋に魔力を注ぎながら服の端を格納袋の中に入れてみると、明らかに入らないサイズにも関わらず、吸い込まれるように消えていった。

音で表現するなら、〝シュンッ〟といった感じだろうか。

まあ、実際のところ何も音は鳴らなかったんだが。



「後は保安所で貰った報酬と、、、。ベルに貰った栞はお守りとして持っておくか」


コンコンッ──。


「入るぞ」



のんびり休憩しながら大方荷物を纏め終えたタイミングで、帰って来たウルが部屋にやってきた。

外はいつの間にか暗くなっている。

まだ夕方くらいだと思ってたのに、、、。

少し、のんびりし過ぎていたようだ。



「準備は無事に終えてきた。今からしてもらう事、行ってもらう場所を話す。準備を終えて気持ちの整理がついたら降りて来てくれ」



そう言って部屋を出て行ったウルを見送る。

今から何処かへ行って何かをするという事。

そしてそれには覚悟が必要だという事が分かった。

ウルが立ててくれた作戦がどれだけ優れたものかは分からないが、どんなものであっても全員が一緒にこれからも暮らしていけるような事にはならないだろう。

それこそ、ディベリア教の装置を欺けるようなものを作らない限り。


腐愚民炙り出し計画が決行されると決まったのは、シド曰く今朝だったそうだ。

そんな短時間で、欺く為の装置を作る事が出来るとは思えない。

例え俺がこっちに来てから作成に着手してくれていたとしても、まだ二か月も経っていない。

俺がしなければならない気持ちの整理、覚悟は、多分三人への別れに対するものだろうな、、、。


(待たせてしまうのは申し訳ないが、もう少しだけ、感慨に浸らしてもらおう)


出来るだけ早く降りなくてはと思いながらも、自分の為に10分程、二か月近く過ごした部屋での思い出を振り返りながら、感慨に浸った。








「お待たせしました」

「ああ。掛けてくれ、早速説明する」


リビングに着くなりウルから聞かされた作戦は、夕食後、リネリスを脱出するというもの。

勿論、無策でただただ感知結界を抜けるのではなく、俺が準備している間に、周囲に魔術無効空間を作り出す杭を二本、感知結界のすぐ側に打ち立てて来てくれたらしい。

その間を通り、脱出した後に俺が回収すれば気付かれないとの事。


(確かにその作戦なら俺は無事に逃げ出せそうだが、、、)


今後についての安堵と同時に浮かんだ脱出後の三人の身を案じている気持ちが表情に出ていたのか、調査が来た時の誤魔化し方はいくらでもあるし、三賢者の権限を使えばある程度の無理も通るとウルに言われ、宥められた。




「それと、格納袋はこの鞄の中に入れておけ。それだけ持っていては狙われる」



それもそうか。

これだけ便利で高価そうな袋、盗まれる対象になりそうだもんな。

サイズも小さく、盗んだ後も身軽に逃げられるし。






「ご主人、、様?はわわ!!!お迎え出来ませんでした、、ごめんなさいです、、、」

「大丈夫だ。夕飯の準備を頼めるか?」

「はいです!すぐ用意しますです!!」


説明を聞き終えたすぐ後、リビングに降りてきたセナリが、ウルの姿がある事に驚き慌てふためく。

言葉を交わす2人の距離はまだ少しある気がするが、初めに見た時よりは近くなっている気がする。

この家であった俺の唯一の役割も、2人の様子を見れば多少は果たせたと思えた。

欲を言えば、もっと仲良くなる2人の姿を見届けたかったが、、、、。


(叶わない事を願っても仕方ないよな、、)


よし。

これから行う事を考えれば体が重くさせられるが、最後くらいは、、、。



「セナリ。準備手伝うよ」

「ケイト様!ありがとうございますで、、、、あれ?鞄を背負って何処かお出掛けですか??」



きょとんとした顔で、セナリがそう尋ねてきた。

最後だから張り切って料理を手伝おうと気持ちが前に出過ぎたせいか、鞄を肩に掛けたまま手伝いを申し出てしまった。

とんだ失態だが、どのみち何も言わずに突然出て行くわけにもいかないし、いいパスを貰ったと思ってこのタイミングで伝えておくか、、。

泣かれるかな。

隠し事をしてた事を怒られるかな。

どう伝えても、良い反応は得られないと思う。


ああ。

気が重い。



「あー、これは、、」

「ケイト、料理をするなら荷物を置いておけ」



意図は図り得なかったが、気の向かない説明はウルに止められた。

あくまで予想ではあるが、夕食はいつも通りの楽しい時間を過ごさせようと計らってくれたんじゃないだろうか。

もしそうなら、下手に言葉を重ねるような無粋な真似はするべきではないな。

有り難く、気遣いに甘えさせてもらおう。





「これはこっちでいいか?」

「はいです!ありがとうございますです!!」


ウルに言われた通りに荷物と、ついでにローブを部屋に持って行き、セナリと二人で和やかな料理の時間を楽しんだ。

こうして隣に並ぶのも、きっと最後なんだろうな、、、。





「ふわぁあ、、。おはよう、、、。ちょっと寝ちゃってた」


夕食が出来上がるタイミングで、欠伸をして目尻に涙を浮かべながら降りて来たリビィも一緒に、四人揃っての食事を摂る。

久し振りではあるし、四人で食卓に着く事はそう多くなかったはずだが、何故かこの形が落ち着くし、幸せな気持ちになれる。

本当にこの3人の事が好きなんだろうな、と、心に満ちる安堵から感じ取る事が出来た。

もっと早くに気付けていれば、、、。

そうすれば、4人で食卓を囲む度に幸せを噛み締められたのに。


最後と考えれば渇いたはずの涙が溢れてきそうになったが、楽しい思い出にしようとグッと堪え、4人での夕食の時間を過ごした。

混じり気のない、幸せで満ちた時間を。





「セナリ。夕食の片付けが終わったら、椅子に座って待っててくれ」

「はいです!」

「ケイトは準備が出来次第ここに。リビィは俺の部屋へ来てくれるか?」

「はい」

「うん。分かった、、」


夕食後、いつも通りのような、少しだけ違うような。

そんな雰囲気の中で3人がそれぞれウルの指示通りに動いた。

リビィを部屋に呼んだのは、俺が腐愚民である事を知っているリビィに、これから俺が脱出する事を先に話しておく為だろうか。

自分の口でイチから説明するのは気が重いし、出来れば予想が当たってくれると有難い。

でもまあ、過度な期待はせずに覚悟を決めておいたほうがいいよな、、、。

3人へと告げる、別れへの覚悟を。




ウルとリビィの話の内容がどんなものであれ少しは時間を要するだろうと思い、少しだけ部屋で時間を潰して、一階に降りて先に待っていたセナリと他愛もない会話をしながら二人を待った。

こうしていると、唐突に沸いたあれやこれやは夢の中の出来事なんじゃないかと錯覚させられる。

それほどまでに慣れ親しんだ和やかな時間に、少しの間酔い痴れた。







「待たせたな」

「あ、いえ」


先にリビングへやってきたのはウル。

そこにリビィの姿はない。



「リビィさんは、、、?」

「一度部屋に戻っている。もう降りてくる事だと思うが、、」



ガチャッ。

トットット───



二階のリビィの部屋がある方向で扉が開く音が聞こえ、少し遅れて一階へ降りる階段へ近付いてくる足音が聞こえた。







「お待たせ」







声のするほうへ切り替えた視界に居たのは、ローブを羽織って俺と同じ鞄を背負ったリビィだった。

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