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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
四章
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三十九話「神王が齎すもの:後編」



「これは、、、」


本当に防音結界を出たのかと疑いたくなるほどに不気味に静まり返った街を見て、無為な言葉が意図せず洩れた。

朝日に照らされ始めた街に、昨日のような賑わいはない。

喧騒も慟哭も、何一つとして失われている。

一歩踏み出す度に明瞭に耳に届く足音はまるで、今この場で活動しているのが自分だけだという事を知らしめてくる証明のようだ。



早い時間とはいえ、普段はこの時間から活動してる人達はざらにいるし、少し歩けば開いている店もある。


(今日がたまたま定休日なんて事はないだろう、、、)


静まり返った街で、独りそんな事を考えながら歩いた。

祭りの為に急遽構えられたであろう屋台はその場に放置され、通りの至るところには息絶えた人や意識を手放した人、酒で酔い潰れた人、虚ろな目をして座り込む人。

様々な人達が見受けられた。

助けられる内に助けてあげたいとは思うが、俺は治癒魔術を使えず、それは叶わない。

それに、治そうと近付いて既に事切れているなんて事があれば、精神を保つ自信がない。

情けなくとも、自己防衛の為に見て見ぬ振りは必要な措置だ。


(何も悪い事をしてるわけではない。それなのに……)


なんで俺は、こんなにも音を立てないように、抜き足差し足で歩いているんだろうか。

罪悪感か、もしくは昨日の情動の残滓を、自分へ向けられる事への恐怖か。

はたまたその両方か。



「おい」



後ろから聞こえた誰かを呼ぶ声に、驚きで体をびくつかせる。

前方ならまだしも、声が聞こえたのは後方。

下を向いている人ばかりだったから、誰にも気付かれてないと思ったのに、、、。

早鐘を打つ胸を落ち着けながら、いつでも自己防衛用の魔術が放てるように準備をして、壊れたブリキのおもちゃのようにギギギと音がなりそうな仕草でゆっくりと振り向いた。



「ろまえだよろまえ。無視してんじゃねえよ!」



(よ、かったぁ、、、、)


振り向いた先に居たのは、まだ少し酒の入った瓶を片手に持ってふらつきながら、呂律の回っていない様子で店の立て看板に声を荒げる男。

どうやら、酔い過ぎて看板を人と見間違えているらしい。

俺は、魔術の発動を破棄して、より一層音を立てないようにゆっくりとその場を後にした。










「ホッジさん、、?」


早く来過ぎたのか、いつも開放的だった転移塔が開いておらず近くの木箱に座って途方に暮れていると、すっかり明るくなった視界で、複数の男に絡まれる頭に包帯を巻いた隻眼の女性を見つけた。

少し遠くて見え辛いが、あれはホッジのはずだ。

魔術で牽制されながらも、五人程の男達は絶望してタガが外れているのか、腕が変な方向に曲がろうが傷口から血が流れようがお構いなしにホッジに襲い掛かろうとしている。



「いつになったら平穏が訪れてくれるんだ、、、」



溜め息を一つ吐いた後にそう独り言ちて、男達を威力の弱めたエアバーストで弾き飛ばす。


(あれ、、?いつもより威力が上がってる気がする、、)


キュイの力の事も加味して威力を調整したんだが、それでも予想していた以上の威力が出た。

待てよ。

そういえば、、。

ウルに用意してもらった新しい魔装。

これには風魔術と重力魔術を強化する効果を付与していると言っていた気がする。

どれくらいの付与効果があるのかきちんとは覚えていないが、また威力調整をしないと、エアバースト一発で死者を量産してしまいそうだ、、、。

そう思える程に、想定と現実の差異は大きかった。


魔術の調整をし直さないといけない事に溜め息をつきながら、息を切らしたホッジを抱えて、辺りで一番の高さがありそうな協会の屋根へと上がる。

屋根の頂点には、複数の男女が肩車をし合って天へと手を伸ばす彫像があった。

教会のシンボルだろうか?



「ケイト、、殿?」

「はい。お久しぶり、、というほどでもないですね。調子はいかがですか?ホッジさん」

「あ、はい。えっと、(すこぶ)る元気、です」



何故だろうか。

下方に見えるホッジは、以前に会った時より歯切れが悪い。

相当追い込まれた状態だったのか、それとも高所が苦手なのだろうか。



「大丈夫ですか?少し話し辛そうに見えますが、、。どこか怪我をされてたり、、、。あ、もしかしてまだ戻ってきていないほうの目が痛みますか?」

「え!?は!?大丈夫です!!」



やはりおかしい。

目が痛むのかと眼帯越しに様子を見ようと顔を近付けたら押し退けられてしまった。

熱でもあるのだろうか、ほんのり頬が赤らんでいる。



「あの、ケイト殿、、、そろそろ下していただけると有り難いのですが、、」



より一層頬を赤らめて、頼れる姉御感が満載のホッジらしからぬ小さな声でそう言われて、漸く歯切れが悪くなった理由が分かった。

この場所に上がってくる際、ホッジを所謂お姫様抱っこで運んできたのだが、そのままの状態で話してしまっていたのだ。

体調が悪いのかと純粋に心配していたからそういう考えには至らなかったが、そう意識させられた途端、自分の今置かれている状況が途端に恥ずかしくなり、声も出さずに口をぱくぱくと開閉させるだけの有機物になってしまった。



「す、すみません!決してわざとでは!」

「あ、いえ!謝らないでください!私も嫌なわけではなくて、初めてされたので慌てただけというか、、。ど、どちらかというと嬉しかったりしっちゃたり、、、。は!す、すみません!余計な事まで口走ってしまいました!」



お互いがお互いに正座で頭を下げ続け、場が混沌としてきた。

このままでは収拾がつきそうもないな、、、。

それに、ホッジってこんなキャラだったか?

もっと一人で何でも器用に熟すキャリアウーマンみたいなイメージを持っていたんだが、、、、。

まあだからこそ、お姫様抱っこなんてされる機会がなかったのかもしれない。

斯くいう俺も、女性をお姫様抱っこするなんて初めてなんだが。



「ごほん!すみません取り乱してしまいまして。先程までの発言は忘れていただけると有り難いです」

「はい。心の中に大事に仕舞っておきます」

「、、、、ッ!!」



立ち上がっていつものように凛々しい顔に切り替えたホッジを見て、ついついからかってしまった。

さっきの俺と同様、声を発さずに口をぱくぱくとさせている。

なんだろう。

少し距離が近くなった気分だ。



「おほん!改めて感謝を。助けていただいてありがとうございます」

「いえいえ、あれくらい何て事ありませんよ。それにしても、まだ完治していなさそうなのにどうして制服であんなところに?」

「ケイト殿は、昨日の街の荒れ具合をご覧になりましたか?」

「ええ。少しだけですけど」

「市民達による暴動は日が変わるまで続きまして、比較的落ち着いた今、保安官が総出で事態の沈着へと動いているわけです。何分大規模な暴動だったものですから、非番などと言っておられず、、」

「人手が足りずに怪我を圧して出動している、というわけですね」

「はい」



ホッジ曰く、引退した保安官の中で動ける人達を掻き集めても尚、人手は足りていないらしい。

リネリスだけに留まらず、この国の至る所で暴動が起こっているようで、王国軍の面々も昨日から寝ずに出動しているようだ。

ウルも、王都で鎮圧に動いているのだろうか。

それなら俺も、、。



「力になろうなどと、思わないでくださいね?」

「え、、」



どのみちまだ転移塔は開いていない。

それなら、その間だけでも何か力になれるだろうかと、市民の鎮圧を手伝うと言おうとしたところで、心を読んだかのようなタイミングでホッジがそう言ってきた。



「お優しいケイト殿であれば、力になろうと言ってくださる事は分かっています。ですが、以前と違って今回相手取るのは犯罪者ではなく一般市民ですから、、。助けていただいた手前目を瞑りますが、本来であれば先程の武力行使も罪に問われる可能性があるんです。まあ、死者は出ていないようでしたし、私が鎮圧したという事にすれば問題はありません」

「魔術師であってもですか、、?」

「ええ。ケイト殿程の実力者に手助けしていただけるのであれば大変心強いんですが、こればかりは私の一存ではどうにも、、、」



助けたつもりが、ホッジに迷惑を掛ける形になってしまっていたみたいだ。

ホッジに襲い掛かろうとしていた男達は、遠目に見ただけでも良くない事をしようとしている集団に見えたが、まだ犯罪に手を染めていなかった。

ホッジが襲われるまで待って助けたのであれば、相手を殺さないという事が前提で罪に問われないそうだが、予兆こそあれどまだ何もしていないあの状況では、勝手に手を出した第三者である俺のほうが罪に問われる可能性のほうが高い、らしい。

(俺自身が襲われていたのであれば正当防衛で通せるみたいだが、そういうわけでもないもんな、、、)



「それに」



終わったと思っていた話は、まだ続いていた。

ホッジに迷惑を掛けてしまった短慮な行動を、後悔せずとも反省をしながら、続く言葉に耳を傾けた。



「暴動を知った上でこんなにも早い時間に、それも真新しい魔装を着込んで外へ出ているんです。何の理由もなく外出したわけではないでしょう?」



女性というのは著しく相手の心を読む能力でも持っているのだろうか?

あまりにも見透かされたような言葉に一瞬思考停止してそう思ったが、よくよく考えてみればその答えに辿り着いても不思議ではない。

暴動で荒れたと分かっている街中に、日出と共に散歩に出掛けるような頭のおかしい人物はいないだろう。

たとえ居たとしても、臆病が板についている俺がそんな豪胆な人物に見えるとは思えない。

それなら、何か理由があって外に出てきたと思われるのも仕方のない事だろう。


よく彼氏や旦那の浮気を察する女性というのは、こうして消去法で答えに辿り着いているのだろうなと、その頭の回転の速さを恐ろしく感じた。

まあ、浮気どころか彼女すら出来た事はないんだが、、、。



「ええ。リネリット魔術ギルドに知り合いが居るので、無事を確認しに行こうと」

「そうでしたか。向かう途中で私を見つけて助けていただいたのですね」

「あ、いえ。一度転移塔まで行ったんですけど、時間が早過ぎたのかまだ開いていなくて、、」

「もしかすると、、、」



教会の屋根から降りてすぐ近くにある転移塔へと二人で向かっている途中に、ホッジがそう独り言を零した。



「ああ、やっぱりそうですね。おそらく安全の為に表の入口を閉めているだけだと思います。私が同行すれば裏から入れますよ」



ホッジ曰く、暴徒が転移塔を乗っ取ってあちこちで騒ぎを起こさないよう、開いていると分からないように正面入り口を閉めていたらしい。

乗り継ぎをすれば他国まで短時間で行けてしまう転移塔だから、国家間で問題が起こる事を防ぐという名目もあるかもしれない。

今回の神王選出の結果に憤慨する者がディベリア教区へ行けば、ほぼ確実に何かしらの問題を起こしそうだしな。



「保安官のキーピー・ホッジだ。リネリット魔術ギルドまで行きたいという御仁をお連れした」



転移塔をぐるりと周り、真裏にあった色違いのレンガに手を添えながらホッジがそう言った。

色が違うと言っても、くすんでいるせいでよく見ないと違う事すら気付けそうもないのだが。





ギィィィィィ─────。



「どうぞ」

「感謝する」





色違いのレンガのすぐ横。

大人であれば屈まないと通れない低い扉が開かれ、中から開けた張本人が、窮屈そうに顔を顰めながら声を掛けてきた。

全面がレンガ造りのただの壁のように見えるのに、扉の部分だけ、木製の扉にカモフラージュ用のレンガを貼り付けただけの仕組みになっている。

忍者屋敷の仕組みのようで、男心を擽られるな、、。



「ケイト殿。承知いただけているかとは思いますが、この入口の事についてはご内密に」



目を輝かせた俺を見て、ホッジがそう言い含めてきた。

まあ、それはそうだよな。

大っぴらに出来るものであれば、これだけ隠している必要も無いだろうし。

返答をしない俺に不安気な表情を浮かべるホッジに誰にも言わないと約束をして別れ、話している間も扉を開け続けてくれていた転移塔職員に付いて行き、いつも通りの手順でギルド近くの転移塔行きの魔法陣を手配してもらう。

職員がいつもより少なくて魔法陣はこれから起動するところだったらしく、少しの間待たなくてはならないそうだ。

どう時間を潰そうか。



「おう!こんな時でも修行か?精が出るな」



職員に許可を貰って、最小限の灯りしか点いていない薄暗い転移塔内を見回っていると、正面入り口近くで地べたに座り込んで休憩していたアッシュに声を掛けられた。

開いていない転移塔内にいる部外者である俺にすれ違う職員達は訝し気な視線を向けてきたが、アッシュの視線には俺を訝しむものは含まれていない。

少しやつれている気もするが、大方いつも通りのアッシュだ。



「ギルドに知り合いがいるので、その安否の確認に。今日出勤してきているという保証はないんですけどね」

「かぁー!修行に精を出しているだけかと思ってたら、いつの間にか女を作ってたとはな。師匠と違って手が早いこって」

「いや、あの、ちが」



なまじ心配している相手が女性だったせいで、すぐに否定が出来なかった。

いつもより絡み方が雑な気がするが気のせいだろうか、、、。



「否定しなくていい。それに、女の為に動く時こそ、男は真価を発揮するもんだぜ?」



アッシュの絡み方がいつもと違う理由が、肩に腕を回されて漸く分かった。

相当量飲んでからここへ来たのだろう。

吐く息が随分酒臭い。



「アッシュさん。口を開けてください」

「あ?ほれでひいか?ん!?おごっ!」

「ただの水です。飲み込んでください」



素直に開かれたアッシュの口の中にコップ一杯分程の水を生成してすぐに顎を手で押さえて鼻をつまみ、無理矢理飲み込ませる。

管を巻かれて迷惑したんだ、これくらいの事は許してほしい。



「げほっ!げほっ!何すんだ、、」

「お酒、飲み過ぎですよ。お水飲んでゆっくりしていてください」

「はあ、、。ウル坊の更に弟子のがきんちょに諭されるとは、俺も落ちぶれたもんだな、、、」



項垂れて元の位置に座り直すアッシュの姿を見て、改めて神王の影響力の大きさというものを実感した。

いつも明るい様子を見ていた人物だからこそ、こうまで変わってしまうという事に驚きを隠せない。

マレッタとベルの無事を確認するまで、不安は出来るだけ募らせたくないのに、、、、。



「ケイト殿、お待たせ致しました。準備が整いましたので、魔法陣までご案内致します」



アッシュの姿に乱された心を落ち着ける間もなく、やってきた職員に連れられてギルド近くの転移塔へと向かう。

マレッタとベルの無事を確認出来る事を願って。













「お邪魔しま~す、、」


不安を抱えたまま辿り着いたギルドで、言う必要のない言葉を小さく吐き出しながらスイングドアをゆっくりと開ける。



「静かだな、、、」



そこにいつものような喧騒はなかった。

道中の有様を考えればこの結果は当然と言えるだろうが、それでも、街中は静かでもいつも賑わっているこの場所なら、、と心のどこかで思っていた分、期待を裏切られたような感覚が強い。


転移塔のように入口を閉めていたわけではないので、中には勝手に入ったであろう酔い潰れた魔術師達が数人見られる。

当てもなく彷徨って、最後にいつも来ているこの場所に辿り着いたのだろう。

酔っていても、習性というのは体に染みついているもののようだ。

斯くいう俺も、記憶が無くなるまで飲んだのに家に辿り着いていた事があるから、ここにいる魔術師達の事を悪く言う事は出来ない。

あの時大事な何かを失った気がするんだが、今でも思い出せないんだよな、、、。



「うがぁ、、、もう一本持ってこ~い!」

「───ッ!」



突然声を上げた机に突っ伏した男に驚きながらも驚きが声に成る事は防いで、口を片手で抑えながら忍び足でカウンターがある位置、ギルドの奥へと進んだ。

入口が開いているだけでおそらく営業はしていないのだろう。

ギルド内は薄暗く、入口から差し込む陽光が照らしてくれる範囲以外は、近付かずには碌に見る事も出来ない。



「マレッタさーん」



影になっているカウンターの向こう側、足元の辺りを覗きながらそう声を掛けてみる。



「いない、、か」



そこに姿が無い事に、ほっと胸を撫で下ろした。

無事な姿を確認しに来たはずなのに、姿が無い事で安堵するとは、、、。

自分の中にある矛盾に呆れながらも、修練場も確認するべく、歩みを進めた。



「これは、、、、」



屋内修練場へ向かう途中の廊下で見つけたのは、散乱した数枚の書類。

書いてある内容までは確認していないが、ざっと見た感じでいくとその全てが依頼の書類だと思う。


受付にあるはずの書類がなんでこんなところに?


不自然な光景に、胸が早鐘を打つのが分かった。

確認するのが嫌になりながらも、進め続ける歩み。

屋内修練場に近付くごとに、散乱している書類は数を増していく。

この先にいる人物を示す分かり易過ぎる指標に、嫌が応にも不安が駆り立てられる。


(大丈夫、、大丈夫、、、)


情けない顔で、ただひたすらに自分にそう言い聞かせながら、一歩、また一歩と廊下を進む。

きっととんでもなく怖い見た目の虫が出て、それから逃げただけなんだ。

それに、もしかしたらマレッタ以外のギルド職員の痕跡かもしれない。

書類が散乱している事が説明出来そうな理由を、思い付く度に当て嵌めていく。

普段なら問題なく当て嵌まるはずのそれらは、この先でマレッタが何か災難にあっているという可能性が邪魔して、不安を払拭する材料にする事が出来なかった。

まるで、俺が心の奥底でマレッタに何かあったと決め付けているみたいだ。

無事で居てほしいと願うのに、何かあったと決め付けている。

考えが纏まらない。


(今日は矛盾だらけだ、、)


考える事さえ憂鬱になる。

憂鬱になりつつも歩みは止まらない。

進んだ先に、目を逸らしたくなるような惨状が広がっているかもしれない。

それでも、マレッタの無事をこの目で確認したいというただ一つの欲望が、足を引っ張る全ての感情を押しのけて前へ前へと歩みを進め続けた。









「マレッタ、、、さん?」








辿り着いた屋内修練場。

その隅に見えたのは、座り込んで頭を抱えるマレッタと、その目の前で血溜まりに伏している男。

小刻みに震えるのが見える事からマレッタは生きているだろうが、倒れている男は息絶えているように見える。



「ひとまずは、、、良かった」



人死にが出ている事など気にせずにマレッタの無事を安堵して、心なしか軽くなった足取りで震え続けるマレッタへと近付く。

震えるマレッタ、男との位置関係、死んだ男。

それらを加味すればおそらくあったであろう事を推測する事は出来る。

だがその全てを確認するのは、マレッタを落ち着けた後だ。

人死にの真相を確認してから、落ち着いてマレッタに胸を貸せる自信なんて俺にはない。

情けないが、今は自分に出来る精一杯をしよう。

そう考えて、出来る限り驚かせないように穏やかな声を心がけながら、マレッタから1m程離れた位置でしゃがんで声を掛けた。



「マレッタさん」



小さい声だったとはいえ、この距離であれば届いていると思う。

その証拠に、マレッタは一度体をビクつかせた。

だが、何かを恐れているのだろうか。

ビクついた後はより一層頭を抱えて小さくなっただけだった。

怯えた中、声だけ聞いても俺とは判断出来なかったのかもな、、。

もし俺だと分かった上で無視をされているのなら、それは少し寂しい。

次は確実に誰か分かるように、、、、。



「マレッタさん。僕です、ケイトです。怪我はありませんか?」

「ケイ、、、ト、、、さん?」



漸く上げてくれたマレッタの顔は、誰のものか分からない血と、鼻水と涙でぐずぐずになっていた。

綺麗なピンク色の髪も、赤い血でまだら模様になっている。

ローブの袖で大まかに血と涙を拭いて、マレッタの頭を撫でる。

無事を確認出来た安堵からか、マレッタの潤んだ目を見たからか、俺も泣きそうになってきた。



「ケイトさんケイトさんケイトさん、、、。うっぐすっ。うえっ、ひくっ。ケイトざん゛、、!」



俺の顔を見て安心したのか、飛び付いてきて堰を切ったように咽び泣くマレッタ。

胸にすっぽりと収まったマレッタの頭を撫で続けて、鳴き声が響く屋内修練場で、ただただ何も考えずに宥めた。

こんな時、何て声を掛ければいいのか俺には分からない。

泣いている原因も予測しか出来ないのだから、掛ける言葉が分からないのは当然と言えば当然なのだが。












「ぐすん、、、。ありがとうございます、ケイトさん」

「とんでもないです。落ち着きましたか?」

「すんっ。はい。もう大丈夫です」


泣き始めてから10分程経っただろうか。

目を泣き腫らしたマレッタが、名残惜しそうに俺の胸元から離れた。

その視線は下を向いていて、泣き止みこそすれ、まだ元気は取り戻せていないように見える。

何があったか聞かないわけにはいかないよな、、、、。

聞いたら一層落ち込ませてしまいそうなんだが、、。



「マレッタさん。何があったか聞いてもいいですか?」

「、、はい。実は───」



ぽつぽつと話すマレッタの話を纏めると、どうやら昨日出勤出来なかった分、今日中に片付けなくてはならない仕事だけでも片付けようと、一人で夜が明ける前から仕事をしていたらしい。

どうせ誰も来ないだろうと入口を開けたままにしていると、今血溜まりに伏している男が突然入ってきて、自棄になりながらマレッタに襲い掛かって来たんだそう。

抵抗しながら必死に逃げたが屋内修練場の隅に追いやられて、護身用に持っていたナイフをがむしゃらで突き出したところ、相手の心臓に丁度当たり、自分の身は守れたが相手を殺してしまったと、そういう事らしい。



「殺す気なんてなかったんです。ナイフを振り回したら、警戒して離れてくれるかもって、そう思って振り回しただけなんです。まさか殺してしまうなんて、、、、。私、どうしよ、人を殺したのなんて初めてで、、、どうしたらいいのか、、、」



わなわなと体を震わせて、マレッタがえずく。

マレッタの気持ちは分かる。

目を逸らしはしたし、確証はないが、俺もつい最近初めて人を殺めたばかりだから。

だが、例に洩れず俺は不器用なようで、上手く掛ける言葉が見つからない。

あの時の俺は、何て言葉を掛けられたら嬉しかったんだろうか、、、。

頭の中で纏まらないまま、きっと宥められるはずだと出所の無い自信を持って話し始めた。



「マレッタさん。これは本当は秘密なんですが、僕は数日前、とある犯罪グループのアジトに保安官と一緒に乗り込んで、相手を数名この手で殺めました。マレッタさんは、そんな僕を軽蔑しますか?」

「そ、そんな事はしません!だって相手は犯罪者で、ケイトさんが振るった力は正しいものだと思いますし、、」



実際は、本当に軽蔑されたらどうしようかと気が気では無かった。

たった今人殺しを悔やんでいた、人殺しに良い印象を持っていないマレッタにこの事を伝えるのはどう転ぶか賭けだったから。



「マレッタさんが振るった力も正しいものですよ。振るわなければ、今頃マレッタさんは無事でなかったはずですから。それに、故意に殺めたわけではないでしょう?」

「も、勿論です!」

「それならきっと、罪には問われませんよ。後で一緒に保安所へ行きましょう」

「はい、、、。はい、、!」



目尻に涙を浮かべたまま、作り物でない笑顔でマレッタが元気よくそう答えた。

目元は泣き腫らしていて、声は掠れてしまっているが、それでももう大丈夫だと、そう思う事が出来た。

俺と違って、自分の手で殺めてしまった人が目の前で事切れていく様子を見ていただろうに、それでもこんなに短時間で立ち直れるなんて。

マレッタは可愛らしい見かけによらず強い女性のようだ。






「あ、そうだ。保安所へ行く前に屋外修練場を見て回りたいんですが、大丈夫ですか?」

「何か用事ですか、、?」

「ベルの安否も確認しておきたいんですが、家を知らないので、唯一居そうな心当たりのある場所を見ておきたいな、と」

「分かりました。屋外修練場への扉は今閉まっているので、私も一緒に行きますね」

「助かります」


透過板が無ければ結界内に入る事が出来ず、勝手に使用している事がバレれば罰金を科せられる為近付く者はいないが、屋外修練場はギルド内を経由しなくても入る事が出来る。

マレッタが出勤してきてからベルの姿を見ていなかったとしても、外部から屋外修練場の近くまで来ている可能性は充分にあるんだ。

まあ、ベルの安否を確認したいという目的がある俺と違って、ベルがここへ来る理由なんてないんだが、、、、。










ガサガサ──



「何か居ますね」


マレッタの先導で到着した屋外修練場で、近くの茂みから聞こえてきた音に耳を傾ける。

ベル、、だろうか?

それとも何か魔物か動物か、、、。

保安官や国軍兵が市民の鎮圧に手一杯の今なら、放置された魔物がここまで来ていてもおかしくはない。

俺はマレッタを守る形で先頭を歩き、茂みの音がしたほうへゆっくりと近付いた。

10m、5m、2m。

近付いて行っても、背の高い雑草のせいで音の正体は分からない。



「マレッタさん。これ以上近付くのは危険です。ここで待機していてください」

「は、はい」



これだけ近付いても見えないという事は魔物ではないと思うが、体の小さい魔物も多くはないがいない事もない。

いつでも離脱出来るように、慎重に慎重に、少しずつ音が聞こえた場所へ近付いていく。


(まだ見えないか、、、。よし)


残り1m程の距離まで来た時、意を決して一気に踏み込み、音の正体との距離を詰めた。













「───ッ!ベ、、、、ベル!?」













音の発生源で視界に飛び込んで来たのは、地面に横たわるベルの姿だった。

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