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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
四章
41/104

三十八話「神王が齎すもの:前編」



「なんでユリティス王じゃないんだ!!」

「出任せを書くんじゃねえ!訂正しろ【風聞屋】!!」

「けっ。よりによってパブロ教皇かよ」



防音結界を出てすぐのところで、降ってきた紙を一枚手に取って内容を確認する。

書いてあった内容はシンプルで、新しい神王はディベリア神聖国のパブロ教皇に決まったという旨、明日、聖域であるイルサムへ向かうという旨の二点が書かれていた。

イルサムという場所については読み書きの練習中にリビィに軽く教えてもらった程度の知識しかないが、確か神王と、神王の身の回りの世話をする一族が住む場所だったはずだ。

魔人域から武人域に行く時、武人域から魔人域に行く時に通る事が出来るらしいが、転移塔の外へ出る事は許されず、決してイルサムの地面を踏みしめる事は出来ないのだそう。

そこへ例外はなく、大国の王であるユリティス王ですら同様に、神王にならなければイルサムの地で転移塔の外へ出る事すら許されない。

限られた者しか踏み入る事の出来ない不可侵の領域。

故に聖域。

そこへ住む事の許された神王というのはそれだけ特別で、神聖な存在である。

それ故にこの世界に与える影響は大きく、ディベリア教のパブロ教皇が神王になったという情報を得たセプタ領の人々は、殆どが怒りと動揺に身を任せ始めた。


風聞屋と呼ばれる号外をバラ撒く人々に持っている物を投げつける人。

ただただ地面に膝を着いて嘆く人。

周囲の関係のない人々に殴りかかる人。

悪態を吐いてディベリア教徒と口論の果てに殴り合いの喧嘩になる人。


見える範囲だけでも、その反応は様々だった。

だがその表情は一貫して、絶望や怒りに塗れている。



「おいやめろ!どうしたんだ急に!」

「うるせえ離せよ!武人のてめえには関係ねえだろうがよ!!」



祭りの賑やかさが罵詈雑言で塗り重ねられる中、人混みの一角で喧嘩を仲裁している人が居た。

武器を携えて東洋風の顔をしている。

聞こえてくる話を信じるのであれば、あれは武人なのだろう。

魔人二人に殴りかかられても掴み掛られても微動だにしていない。

武人についてはそういう人種がいると聞いただけで詳しく聞いた事はなかったが、魔人に魔力があるように、武人にはそれを補う力があるのかもしれない。

筋骨隆々には見えない男が、同程度の背丈の男二人の喧嘩を軽々と仲裁する姿は中々壮観だ。


(あっちもか、、)


辺りを見回せば、ところどころで武人が喧嘩を仲裁しようと奮闘している姿が目に入る。

武人達にとっては神王の動向など、気に留める程の事でもないんだろうか?

必死に止めようとするその姿には、絶望も悲哀も見えない。






────ドガンッ!!!!


「きゃあああああああ!!!!」




騒がしい街中を一瞬静けさせる爆音が響いた。

音の発生源は、ついさっき武人が喧嘩を仲裁していた辺りだ。

急いでその周辺に視線を向けると、何かが焦げた匂いを感じ、煙がもうもうと立ち上っているのが見えた。


(誰かが魔術を使った、、?こんな人混みで、、?)


事態は、俺が思っているよりも深刻なのかもしれない。

爆発に巻き込まれた人達の安否が気になりながらも、俺はひとまず、急いで家へと戻った。



「どうだった?」

「予想してたより酷いですね。少なくとも今日明日は外に出ないほうがいいと思います」



街にバラ撒かれた紙切れは、予想の何倍も市民を混乱させて、その中の多くを暴徒化させた。

暴れる人達を鎮静化させる為に動くという事も考えたが、あれだけの人混み、下手に魔術を使えば関係のない人達まで巻き込まれてしまう可能性が高い。

実際に、さっき起こった爆発では数人が巻き込まれているのが確認出来た。

巻き込まれた人の安否は不明だ。

魔術が無ければ、平均以下の筋力しかない俺は足手まとい以外の何者でもない。

現在進行形で被害を受けている人達を見捨てるようで悪いが、自分の身やリビィとセナリを危険に晒してまで見知らぬ人を助けようとは思えないからな。


(知り合い達の安否は気になるが、、、。サシャさんに警告だけでもしておくべきだったか、、)


そんな考えが頭を過ったが、おそらくあの時点で警告しても反感を買うだけだっただろうなと思い至った。



そう、問題はそこだ。

市民達が耳を傾けてくれる状態だったのなら、事前に警告しておいて暴徒化する事すら防げたかもしれない。

、、、、いや、それだけ物分かりの良い人ばかりなら、そもそもユリティス王が神王にならなかったからといって暴徒化する事はないか。

確認出来る範囲の知り合い達の安否は明日確認するとして、今日は家に引き籠ろう。

祭りの尾を引く人混みの中では、ほんの少し動く事すら出来そうもない。



「戸締りは済んでますか?」

「うん。全部閉めて昼食の準備も出来てるよ」

「ありがとうございます」

「うん。気持ちを切り替えてお昼にしよ!ね?セナリ」

「はいです!」



情けない。

暴動を見て精神的な負荷を感じていたのが顔に出てしまっていたみたいだ。

リビィとセナリに気を遣わせてしまった。

でも、二人が俺の表情を汲み取ってくれた事に、少し嬉しさも感じた。

ウルがいない今、俺がしっかりしないと。







ついさっき見てきた暴動が嘘かのように静かな家の中で、軽くなった心のまま、三人でのんびりとした時間を過ごした。

本を読んだり話をしたり、ルールを教えてもらいながら異世界版のチェスに興じたり。

セナリに精霊図鑑を見せてもらって、そこに書いてある魔術をキュイと一緒に覚えて、使える精霊魔術が増えたりもした。

勿論、家の中で使うわけにもいかないので試し撃ちはまだ先だが、精霊魔術は詳しい発現のイメージをしなくていいので、頭の片隅にでも置いておけば使う事が出来るだろう。


(高威力のものが多過ぎて、殆どが使う機会に恵まれなさそうだけど、、、)


時に学びながら流れていった和やかな時間は、暴動を見てささくれだった俺の心を、充分過ぎる程宥めてくれた。






コンコンッ──。


「ケイト。起きてる?」

「はい」



心を宥められこそすれ、昼間の光景が頭から離れず中々寝付けずにいると、セナリが寝静まった頃にリビィが俺の部屋を訪ねて来た。

露出のほとんどない寝巻姿だが、何故だか色気が感じられる。

だが、レミリア王国でこのシチュエーションは経験済みだ。

期待はしないさ。

だから、綺麗な女性とベッドに横並びで座る事に喜ぶくらいは許してくれ。


(俺は誰に言い訳をしているんだろうか、、、)


横に座るだけで何も話さずにいるリビィを尻目に、一人でそんな事を考えて、誰に向けたのかも分からない言い訳を一笑に付した。

俺から話し掛けるべきなのだろうか?



「この前、ちゃんとお礼言えてなかったと思ってさ。ゆっくり話せる機会ってあんまりないし、この機会に言っておこうと思って」



何か話し掛けようと思った矢先、リビィがそう言ってきた。

この前?人攫いから助けた件だろうか?

あれはお礼を言って貰った気がするが、、、。



「それもあるんだけど、人攫いグループを捕まえる為に、保安官の人達と一緒に敵のアジトへ乗り込んだって言ってたじゃない?あれはきっと私の為を思ってじゃないかな、って思ったんだけど、もしかして違った?」

「あ、いえ、そういうわけでは、、」

「良かったぁ、、」



自分が勘違いしていたと思ったのか、リビィは恥ずかしそうに早口になった後、俺の返答を聞いてほっと胸を撫で下ろした。

リビィの為に作戦に参加したとは言った覚えがないが、どこで勘付かれたのだろうか。



「ケイトが争い事を好きじゃないのは知ってるからね。それなのに何の理由もなく保安官の人達の手伝いをするとは思えないし、参加した時の報酬が貰えるとしても、それだけで人を傷つける場所に自ら足を踏み入れるとは思えなかったからさ」



自分の事を分かられているというのは何だか気恥ずかしくなったが、表情には出さずに落ち着いて聞く事が出来た。

だが、それだけでリビィの為に動いたと断定するのは、判断材料が余りにも足りないんじゃないだろうか。



「それに、、」



どうやらまだ続きがあったようだ。

リビィはそれだけ言って、勿体ぶるように言葉を止めた。



「それに?」

「闘技会は別物として、ケイトが力を振るうのは、誰かを守る時だけって分かってるからさ。きっと私が疲れた表情をしてたから、不安を払拭する為に保安官の人達と一緒に敵のアジトに乗り込んでくれたんだよね?」



まさかそこまで分かられていたとは、、、。

俺は素直に認めて、その通りだとリビィに伝えた。



「ふふふ。これでも勘は良い方なんだよ?」

「そうみたいですね。隠せてた気でいたのが恥ずかしいです」

「別に隠さなくていいのに」

「何となく気恥ずかしいじゃないですか、、」



うん、本当に恥ずかしい。

恩を売らずに隠し通して、陰ながら大切な人を守る自分格好良い、と、ちょっとだけ思っていたのに、、、。

リビィが悪いわけではないんだが、ほんの少し、何も言わないでおいてほしかったな、と思わないでもない。



「改めてありがとうね、ケイト。きっと、話してた以上に大変だったんだなって事も、ちゃんと分かってるから」



そう言ってリビィは、顔全体を使ってにっこりと笑った。

その表情に、前まであった曇りはなくなっている。

リビィがこの笑顔を取り戻す為に、俺は力になれたんだろうか。

それは分からない。

でも、一点の曇りもない笑顔を見ると、そこに自分の功績があったかなど、どうでもいい些細な事に思えた。



「もう一つ聞いてもいい?」



これ以上何を聞かれるのだろうか。

勘が良いというリビィの、わざわざ前置きをしてからの質問に内心ビクつきながら、覗き込むように上目遣いになっているリビィの目を見据えて諾と答えた。



「あの日、夜遅くにウルと帰って来たところを見てさ、何となくだけど二人の距離が近付いているように見えたんだ。ケイトはウルを本当の意味で信頼してるように見えたし、ウルがケイトを見る目に険しさが無くなってるような気がしたの。だからさ、帰ってくるまでに何かあったのかなって」



リビィはもしかしたらエスパーかもしれない、、、。

あの時のウルの心情は分からないが、少なくとも俺の心情については当たっているし、あの時何かあったというのも当たっている。

疚しい事は何も無かったから話すのは全然問題ないんだが、ここまで言い当てられると心をどこまで見透かされているのだろうかと不安になってしまう。

そんな想いを抱きながら、あの日にウルに連れられて行った場所の事、そこであった出来事を掻い摘んで話した。

腐愚民達の惨状、詳しい怪我の描写等は話さないでおこうと思ったが、それでは俺が受けた精神的なもの、それのおかげで今までの振る舞いを省みた話をする段にまで至らないので、あえて事細かに全てを話した。

思い出すだけでも吐き気と怒気が体を支配しそうになる、あの日のあの光景を。



「そんな事が、、、あったんだね、、」



話をした後のリビィの反応は、思っていたものと違っていた。

いや、正確に言えば、思っていた以上に向けられる心配の念が強かった。

俺の軽率な行動を諫める為にウルに行きたくないであろうところに付き合わせてしまった事もあったから、あまり優しい感情を向けられると申し訳なくなるんだが、、。

それに、これは気のせいかもしれないが、ただ純粋に俺を心配する感情以外に、何か別の感情がリビィの表情に乗っている気がする。

感情の機微を読み取る事が得意なほうだとはいってもそこまで正確に読み取れるわけではないので、心配以外の感情が何なのか、分かる事など出来ないのだが。


(守ってあげたいとか、そういう感情だろうか?)


もしそうなら、男としては複雑だな、、、。


ひとまず、この無言の時間を打破しよう。何となく気まずい

そう考えて、出来るだけ明るく見えるように表情を作って、話を続けた。



「それにしても。初めて同じ世界から来た人を見ましたよ。僕が知らなかっただけで、本当に居たんですね」

「見るの初めてだっけ?」

「はい」



本当はミシェが初めだが、それは内緒にしておこう。

どこかから情報が洩れてミシェが危険に晒されるのは嫌だし、今それを話してしまえば話が色んな方向に脱線してしまいそうだ。



「自分と同じ世界から来た人達の扱いを見てさ、どう思った?」

「リビィさんに拾って貰えて、ウルさんやセナリと出会えて幸運だったなって思いましたね」

「あー、えっと、そういうのじゃなくて。気持ち変わったりしてるのかなって」

「気持ち?」

「うん。この前聞いたばっかりの質問をもう一回するのは申し訳ないんだけど、元の世界に帰りたいって、あんな扱いを受ける危険性があるならこの世界に居たくないって、思わなかったのかなって。あ、誤解しないでほしいんだけど、私はケイトに元の世界に帰ってほしいわけではないから!」



ウルとの夫婦生活の邪魔になっていて、早くこの世界から去ってほしいと思われているのだろうかという考えが一瞬頭を過ったが、リビィの最後の必死な一言でその考えは払拭された。

それなら何故こんな短期間に同じ質問をするんだろうかという疑問が残るが、この世界に嫌悪しても仕方のないものを見てすぐにでも帰りたいと、俺が駄々を捏ねないのか心配しているのかもしれない。

もしそうなら少し、有り難いな、、。

でも、今の自分の心情、心の傾き加減を正直に話してしまえば、口から出るそれはリビィの求めているものではない。

まあ、リビィが俺に帰ってほしくないと思っているという確証はないのだが。



「自分の感情だけを優先するのであれば、まだ暫くはこの世界に居たいですし、その上で元の世界に帰りたいかどうか考えたいと思っています。でもそれ以上に、元の世界に帰らなくてはならないのだろうなと、考えています」

「理由を聞いてもいい?」

「腐愚民である事を隠して生きたとしても、僕がこの世界にとって異物である事に変わりはないですから。自分以外の腐愚民を見て、それを漸く認識出来たんです」



リビィからの返答は無かった。

その代わりに齎されたのは、回避しようと思っていたはずの重く暗い雰囲気。

枕元用の小さい光石しか点けていないこの状況で雰囲気まで暗くなると、実際以上に心が鬱屈とさせられてしまう。

出来る限り隠し事をしたくない一心で包み隠さず心情を話したが、もう少し濁したほうが良かったかもしれない。



「まあ、卑屈になっているわけではないですけどね!目立ってはいけないという事を再認識出来たのと、帰る手段を探したほうがいいなって思っただけです」



本心で思っていた事なので明るく言えたと思うのだが、俺の言葉を聞いてもリビィの表情は晴れなかった。

何か励ます言葉を考えてくれているのだろうか。



「リビィさんは帰る方法か、それを知ってそうな人に心当たりはないですか?ウルさんには聞きそびれたので、誰にも聞けずに困っていたんですよね」

「帰る方法はちょっと分からないかな、、、。ごめんね?」

「いえいえ。聞いてすぐ答えが分かるような簡単なものだとも思っていないので大丈夫ですよ」

「あ、でも。知ってそうな人なら心当たりはあるよ」



おっと?これは予想外だった。

家に居る事が多くて交友関係がそこまで広くなさそうな印象のあるリビィに、そんな人物の心当たりがあるとは。

自分で考えておいて失礼だなと思ったが、思ってしまったものは仕方ない。



「私も会った事はないんだけどね。ウルの友達でメヒトさんっていうんだ」



メヒトメヒト、、、聞いた記憶が、、、。

あ。



「三賢者のですか?」

「うん。そういえばケイトもウルから聞いた事あったね。ウル曰く相当に変な人らしいんだけど、それを補って余りある程の知識量と頭の良さなんだって。どこから仕入れてくるのか、貴族の御家事情とか、当人達しか知らないような事も知ってたりするらしいよ」



他人の御家事情まで知っているというのは犯罪臭がして出来れば知りたくない情報だったが、そうか。

リビィ同様勿論俺も会った事がないが、意外と身近なところに元の世界に帰る方法を知っているかもしれない人が居たな。

本来であれば虐げられる存在の腐愚民が三賢者に近い関係を持つ事が出来る事自体、奇跡的な事なのかもしれないが。

だがまあ、奇跡的でもなんでも使えるものは使わせてもらおう。

ウルが次に帰って来た時に、何とか取り次いでもらえないか聞いてみないと。


(とはいえ、、、)


昼間のあの暴動を見るに、王都はもっと凄い事になっていそうなんだよな。

そうなれば、次に帰ってくるのはいつになるんだろうか、、、。

慣れていたはずの携帯が無いという事実が、唐突に不便に感じてしまった。















「ふわぁ、、、。ケイト様、こんなに早い時間からお出掛けですか?」


リビィと部屋で話した後結局寝付けずに居た俺は日出の少し前に、知り合いの様子だけ見ようと一階に降りて出掛ける準備をしていた。

心配するだろうと置手紙だけでも書いておこう思ったが、書き始める前に早起きなセナリに気付かれてしまった。

いつもこんな時間に起きてたか、、?



「ああ、ちょっとな。今日は早いな、セナリ」

「はいです。頭が痛くて目が覚めてしまいましたです、、」



頭痛か、、。

この世界に頭痛薬があれば帰りに買っておいてあげたいが、おそらく無い気がする。

魔術という便利なものに頼り過ぎて、この世界には医療や科学の発展が殆どないから。

あくまで俺が見聞きした範囲に限り、だが。



「何か頭痛に効く食べ物とか飲み物があればついでに買ってくるぞ?」

「グジの実の汁が良いと聞いた事はありますです。でも、この頭痛は治らない気がしますです」

「そんなに重い症状なのか?」

「あ、いえ、違いますです。体の不調から来るものでなくて、悪い予感がしたりすると、昔から頭痛がするのです。おそらくそれだと、、」



そういえば、監視者の自治領にある転移塔に行く時も、セナリはいち早く転移先に何かあると察知していた。

獣人特有の能力なのか、セナリが特別なのか、、。

一度当たっていたという信憑性がある分、セナリが悪い予感がすると言うと不安になってくる。

家に居たほうがいいのだろうか、、、。



「きっとすぐに治りますです!」



まだ半分しか目が開いていない状態で、セナリが元気にそう言った。

不安はまだ胸に疼いているままだが、それでもその姿に少し癒されて、何かあってもどうにかなる気がしてきた。

大々的に暴動を止めに入って目立つ行動をするわけではないし、俺一人だけなら何かあっても自分の身を守るくらいの事は出来る。

リビィとセナリも、家に居る限りは大丈夫だろう。


(大丈夫、きっと何もないさ)


物語でよくフラグになる台詞を吐く登場人物達を馬鹿にしていたが、今なら気持ちが分かる。

フラグを建ててしまうと分かっていても、自分を安心させる為に言葉という形にしたくなるんだ。

それが声に乗っているかどうかは関係なく。

だが例えフラグを建ててしまったのだとしても、マレッタやベルの無事は確認しておきたいんだよな、、。

ベルもマレッタもギルドに居るとは限らないんだが、確認せずにいるのは落ち着かない。



「出来るだけ安静にな。それと、今日一日は外に出ないようにしてくれ。リビィさんが起きてきたら言っておいてくれたら助かる」

「はいです!ケイト様は大丈夫なのでしょうか、、、?」

「ああ、俺は大丈夫だ。もう形成単語も全部覚えたし、精霊魔術も使えるようになったんだぞ?」

「もうですか!?!?ケイト様凄いです!!」

「しーっ!リビィさんが起きる」

「あ、えと、ごめんなさいです、、」



しょんぼりしてしまったセナリの頭をわしゃわしゃと撫でる。

相変わらず触り心地の良い髪の毛だ。

両手で乱暴に撫でて、ついでに柔らかい頬を触って遊んでいる内に、しょんぼりしていたセナリは自然と笑顔になっていった。

うん。

どんな表情でも可愛いセナリだが、やっぱり笑顔が一番だな。

周囲の暗い雰囲気ごと吹き飛ばしてしまいそうなその笑顔に、元の世界の定石に当て嵌めた俺のつまらない不安なんて、気にするのが馬鹿馬鹿しく感じられてきた。



「それじゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃいませです!」



気付かれずに外に出たいと思っていたが、朝からセナリに会えて良かったかもしれない。

気付かない内に昨日の暴動が脳裏にこべりついていて、無意識に心象を重くさせられていたから。

セナリの笑顔で元気を得られたという実感がなければ、そもそも気分が沈んでいた事すら分からなかっただろう。


早く済ませて帰ってこよう。

それで、セナリと沢山遊ぼう。

精霊図鑑でかなり名前を覚えたから、以前一度断った精霊しりとりも今なら出来る。

帰って来てからの至福であろう時間に思いを馳せながら、セナリに見送られて、ゆっくりと扉を開けて外に出た。






ギイィィィィ────バタン。






扉が閉まる音が、嫌に明瞭に耳に届く。

ついさっきセナリに元気を貰って、ひりついていた気持ちを緩めてもらったばかりだというのに、いつも聞いているはずのその音に、強制的に不安や緊張を駆り立てられてしまった。


(だがまあ、ここでずっと立ち止まっているわけにもいかないしな、、、)


重く地面に貼り付いた感情を無理矢理引き摺って、一歩、また一歩と防音結界の向こうの閑散とした通りを目掛けて進む。

まだ外は薄暗く、数10m先の通りの様子を知る事は出来ない。

神王の発表があってすぐの状況であれだけの騒ぎだったんだ。

同程度の暴動が続いていたのであれば、おそらく相当な被害、惨状だろう。



「現在進行形で揉め事が起こってるなんて事はやめてくれよ、、」



真新しく、新品の皮製品の匂いがするローブの胸元辺りを握り締めてそんな事を独り言ちながら、臆病な心を隠そうともせずに街へと繰り出した。

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