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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
四章
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三十七話「英断の理由」



「らっしゃいらっしゃい!活きの良い魚入ってるよー!」

「今日の食卓はレザー鳥で彩らないかい!?安くしとくよ!」


屋外修練場の結界を壊した騒動から数日。

何事もない平和な日々を過ごしていた。

魔術訓練を続けている内に形成単語の発動速度も速くなり、エアバーストの威力調節も済ませ、有事の際の準備もある程度は整える事が出来た、と思う。


(後は精霊魔術の訓練をしておきたいところではあるが、、、)


屋外修練場で訓練してまた結界を壊してしまったら出禁にされそうで、中々積極的に取り組もうと思えない。

それ以外で黒禍レベルの魔術を使って大丈夫なところは、広範囲に渡って自然の広がる人や動物の居ない場所だけだが、、。

この前リビィに聞いたところ、夕方までに帰ってこれる範囲にそんな場所はないらしい。

自然が多くとも人が住んでいたり、動物の群生地だったり。

転移塔を使ってセプタ領を出ればどこかにあるのかもしれないが、リビィやセナリの傍を極力離れたくない今は、そこまでして無理に精霊魔術の訓練をしようとは思えない。

あれだけの威力を誇る精霊魔術なんて、そうそう使う機会に恵まれなさそうだしな。




(黒禍は論外として、その前に使った風華も対人戦で使うのはよっぽどの理由が無い限り自重しておかなくいと、、)


薄々分かってはいた事だが、精霊魔術は対人戦で使えばまず間違いなく死人が出る威力だった。

これからも多少は遭遇するであろう対人戦の場面。

そんな場面で敵の無力化に使うには、些か威力が大き過ぎる。

街中で使おうものなら家屋の倒壊も免れない事だろうし。

そうなれば、俺の有り金だけで弁償出来るのかいまいちなところだ。

一軒だけなら大きくなければ弁償は出来そうだが、店屋となってくるとまた話が違ってくる。


詰まる所、使用機会がやってくるかさえ未定の精霊魔術は、焦って覚える必要が無いという事だ。

それだけでは未だ組み合わせ方次第で活用の仕様がありそうな自家魔術の訓練までサボる理由にはならないのだが、そこは形成単語を全て習熟した自分へのご褒美という事で、今日だけは、、、と言い聞かせている。

俺だって、せっかく異世界に来たのだから、美女や獣人(セナリは魔人とのハーフだが、、)との日常ののんびりとした生活も過ごしたいのだ。



「セナリ、次はどのお店?」

「あっちなのです!」



食料の備蓄が足りなくなってきたという事もあり、今日は魔術訓練も読み書き練習も休んで、おそらく王都で仕事に勤しんでいるであろうウル以外の三人で買い物に出てきている。

山ほど食料品を取り扱う店が立ち並ぶ中、何を買うか、どの店で買うか、その全てはセナリ頼みだ。

俺もそうだが、リビィもさっきからずっと、顔を覚えてもらっている店主に笑顔で挨拶してさくさくと買い物を進めていくセナリの後ろを付いて行っては、ただただ眺めている。

食材の目利きに加えて値引き交渉まで自分一人で熟すセナリの姿からは、成程、今まで必死に仕事に従事してきたんだろうなという事が窺い知れた。

溌剌としたおばさんも強面のおじさんも、皆セナリの笑顔に絆されて殆どの商品を値引き価格で売ってくれている。

店主を含めた店員達のセナリを見る目は、自分の子供や孫を見る時のような優しいもの。

ここまでの信頼関係を築くまでに今まで一人でこの人混みの中を足しげく通ったのだろうなと思うと、セナリの頑張りがありありと感じ取れて、ついつい薄緑の柔らかい髪の毛を少し雑に撫でてしまった。



「はわわ!ケ、ケイト様?どうかされましたでしょうか?」

「いや、セナリのいつもの頑張りの一端が見れたみたいで嬉しいんだよ。お店の人と信頼関係を築けるくらい長い間、一人でお店選びから始まる大変な買い物を熟してたんだなって思ったら、何だか込み上げてくるものがあってな」

「ケイト、おじさんみたいな事言ってるよ?」

「や、やめてください。まだ21歳ですよ」

「ほんとかなぁ~?自己申告してもらっただけだから、サバを読んでるかもしれないしね~」

「サバですか?美味しいのです!」

「おっ、坊ちゃん!サバも買っていくかい?」

「はいです!」



うーん。

何だか場が混沌としてきた。

だが、騒がしくも温かみを感じるこの感覚。

致死性の攻撃力を持つ魔術や、死合いの場から離れて休息を取れている事を、心から実感する事が出来る。


(こんな何気ない穏やかな日々が、ずっと続けばいいのにな、、、)


そんな、フラグにしか聞こえないような台詞を心の中で吐いたのがいけなかったのか、俺の平穏を望む気持ちは買い物も終盤に差し掛かろうかというところであっさりと打ち砕かれてしまった。

乱雑に文字を書き殴られた、一枚の紙きれによって。








「号外号外!!神王様が崩御あそばされた!号外号外!!」







肩掛け鞄いっぱいに同じ紙を詰め込んだ昭和の新聞記者風の恰好をした数人の男女が、声を上げながら街中を飛び回って鞄の中の紙をばら撒いている。

その速度は早く、ばら撒かれた紙が手元に来る前に新聞記者風の男女は遠くの建物の陰に隠れて見えなくなってしまった。



「おいおいまじか!あまりに早過ぎねぇか!?」

「神王様、、、、」

「こうしちゃいられねえ!今日はさっさと店仕舞いだ!!」



疑う者、悲しみに暮れる者、忙しなく動く者。

大量に降ってくる紙に目を通した人々の反応は様々だ。

元より人口密度の高かったこの場所が、立ち止まる人とあちこちへ忙しなく動き回る人で渋滞を起こして、さながら通勤時の都会の駅のような様相を見せている。

押し合いへし合い、我先にと、この混乱の原因であろう紙を取ろうとする群衆。

そんな中で俺は、悪いと思いつつも、風魔術と重力魔術をこっそり使って頭上を飛び交う紙の内の一つを自分の手元に落とした。

これくらいの細かな操作も、もう随分慣れたものだ。


寸分違わず手元にやってきたB5サイズの紙に得意気になりながら、邪魔にならないように店の端に寄って、三人───



『キュイ!』



と一匹で書き殴られた文字へ目を通した。



「神王様崩御、、、。今日(こんにち)日没から、明日日出まで、全魔人の外出を禁ずる。自宅、宿泊先にて、追悼の念を天へと捧げ続けよ。明日正午、元老院によって次代の神王様の発表がある、、、。で、合ってますかねリビィさん」

「うん。合ってるね」



書き殴られた文字はお世辞にも綺麗と言えるものではなく、書いてある九割の内容が問題なく理解出来るものにも拘らず、リビィの答え合わせがなければ、自分が読み上げたものが正しいと判断するに至れなかった。

号外と言うくらいだから、それだけ急いで用意したのだと思う。

活字の無いこの世界では、急ぎで書面に起こそうと思えばどうしても字のクオリティは下がってしまうのだろう。

魔術道具で一度書いたものを複製出来るとはいえ、口伝よりも早く町に知らせる事が出来るのは中々に素早く無駄の無い仕事だ。



「セナリ、残り何軒くらいで買い物終わりそうだ?」

「あと二軒です!」

「よし、出来るだけ急ごう。遅くなればなるほど閉まっている店が増えそうだ」

「はいです!」



三人で人混みの中を掻き分けて三軒巡り、買い物を終えて家へと戻った。

本来行こうとしていた店が神王崩御の報せを聞いて早々に店仕舞いをしており、余分に一軒多く回る事になってしまったが、日没までには余裕を持って帰宅する事が出来た。

ここから、明日の日出まで外に出る事は出来ない。

夕食の支度をして夕食を食べて、他愛ない会話やそれぞれの時間を過ごして眠りにつけば、明日の日出なんてすぐにやってくるだろう。

元より日出前に起きる程早起きではないから、神王についてよく分かっていない俺はそこまで強く、家に籠らなければと思わなくてもいいのかもしれない。



「ウル、大丈夫かな」

「きっと大丈夫ですよ」



三人共に気掛かりなのは、次代の神王が誰になるのかという事より、この場に唯一居ないウルの現状。

ウルに限って二度と帰ってこないような事は無いと思うが、最近は聞く限りではこの事態に備えてずっと働き詰めだった。

無理をしていないだろうか、ちゃんと休めているだろうか。

いつもより静かになったように感じるリネリスの一角で、三人が各々にそんな心配をしながら眠りについた。









「ケイト様ー!おはようございますでーす!!」


日出後すぐくらいだろうか?

まだ少し夜の名残りをある早い時間に、セナリがいつも通りの快活な声で起こしに来た。

今日は何も用事が無かったはずだが、なんでこんな早い時間に、、、。



「セナリ、こんな朝早くにどうした?」

「窓の外を見てくださいなのです!」



窓の外、、、?

ゆっくりと白む外の景色を、寝惚け眼を擦りながら見てみる。

いつもと変わらない景色、、、、じゃないな。

パーティなんかの飾り付けでよく見るあの三角の、フラッグガーランドだったか?が街中の至る所を屋根伝いに掛けられている。

様々な色柄のものがいくつも掛けられたその様相からは、町中が浮かれている事が手に取るように感じ取れた。

確かに昨晩寝る前は無かったはずなんだが、いつの間にあんなの掛けたんだ、、、。



「今朝方、日出のすぐ後に沢山の人が飛び回って掛けていたのです!あれはお祭りの合図なのです!」



興奮して話すセナリの話をまとめると、リネリスでは祭り事の前には、魔術師や空を飛べる魔術使い達が街中にフラッグガーランドを掛けて回るらしい。

神王が崩御した翌日に早速祭りなんて駄目なんじゃないか?とも思ったが、おそらく日出からは次代の神王誕生を祝う為の時間に使うのだろうと、自分で自分を納得させた。



「すぐに降りるよ」

「はいです!出店があると思いますが朝食はどうされますです??」

「軽く貰おうかな。朝食を食べたらみんなで外に繰り出そう」

「セ、セナリもご一緒していいんでしょうか!?」

「ああ、勿論」

「あ、ありがとうございますです!!すぐに朝食の準備をしてきますです!!」



なんだろう。

セナリへ接する時の言い回しが、最近ウルに似てきた気がする。

嫌ではない。

嫌ではないんだが、、、。

、、、いや、深く考えるのは止めておこう。

今日の俺の使命は、あれだけ楽しみにしているセナリを、普段のお礼も兼ねて祭りを連れ回してあげる事。

今はただ、それだけを考えていればいい。



「ふわ~あ、、、」



それにしても、この時間に起きるのは流石に眠いな。

朝食はすぐに出来ないだろうしもう少し、もう少しだけ横に、、、、。



『キュキュイ!』

「いでででで。分かった。分かったよキュイ、、、。起きるから、、、」

『キュイ♪』

「お前も楽しみなのか、、、」



祭りというのは、人でなくとも心を踊らされるものなのかもしれない。

肩の上で小躍りをするキュイに急かされながら、大きな口で欠伸をしつつも何とか起き上がって、セナリの待つ一階へと降りた。



「ふわぁ、、、。おはようケイト。外凄いね」

「凄いですね。まだこんな時間なのに」



早起きが得意ではないリビィは、寝癖がついて髪が一束跳ねているのにも気付かない様子で、ふらふらと千鳥足で朝食の席にやってきた。

普段はその絵画のような美貌も相まって年上に見えるのだが、寝起きのこの気の抜けた様子を見ると、同い年、もしくは年下に見える。

そんな気の抜けた状態でさえ薄れた美貌を可愛らしさで補ってしまうのだから、リビィの容姿は相変わらずとんでもない。

口に出せばウルに何を言われるか分からないし、そもそも素直に褒めるのは奥手な日本人の俺には出来ないけど。


美人は観賞用。

過干渉するものではない。

そう三度自分に言い聞かせて、寝癖を指摘した後のリビィの恥ずかしがる仕草を愛でた。

これくらいなら、過干渉ではないだろう。

誰に向けたのかも分からないそんな言い訳を、出来上がった朝食を見ながら心の中で強調させた。










「よし!それじゃあ行こっか!」

「はいです!」


朝食を終えてすぐ、三割程を満たした腹を落ち着ける間もなく、リビィとセナリに手を引かれる形で外へ出た。

気分は妹と弟に休みを捧げる長男の気持ちだ。


(まあ、リビィは同い年なんだが、、)


大人っぽい見た目のせいで年上に見えて、敬語をやめられずにいるけど。

そんな事を考えながら、手を引かれるままに喧騒を防ぐ防音結界の外へと出た。





ざわざわ。

がやがや。

そんな擬音が似合いそうな程賑わうリネリス。

朝日はもう昇っているが、それでも夜が明けて間もない時間だ。

そうだというのに、街中は人でごった返している。



「す、すごいね、、、」



防音結界を出たすぐのところで立ち止まって、リビィが堪らずそう零した。

斯くいう俺も、圧巻されてこの場を動けないでいる。

いや、人の流れが読めずに、下手に踏み出せないでいると言ったほうが正しいかもしれない。

それほどまでに、決して狭くない道は、右に左に行き交う人々で埋め尽くされていた。



「真っすぐ突っ切るのは無理そうですね、、」

「そうだね、、。行くとしたら右か左になりそう。セナリ、どっちがいい?」

「えーと、えーと。食べ物が沢山あるのは右方面だと思います!」

「よし!じゃあそっちに行こう!」

「はいです!」



祭り独特の雰囲気故なのか、セナリがいつもより素直だ。

行きたいところ、食べたいものを聞いたら教えてくれるし、はぐれないようにと手を差し出したら、少しの逡巡をしただけで掴んでくれた。

人混みはどちらかというと嫌いなんだが、こうしてセナリと仲良くなれるのであれば、悪い事ばかりではないなと思わせられる。

ここでリビィにも手を差し出せる度胸があれば、一度くらいは彼女が出来ていたかもしれないのにな、、。

リビィの手は、はぐれないようにセナリに握ってもらっている。



「セナリ、私より手大きかったんだね」

「最近大きくなってきたです!リビィ様の手は細くて綺麗です!」

「ふふふ。ありがと」



リビィも、セナリが遠慮なく手を繋いでくれているというこの状況を楽しんでいるようだ。

セナリが羨ましいだなんて思っていない。

嫉妬なんてしていない。

必死にそう言い聞かせて、脳内に浮かんだ般若のような表情のウルを追い払った。



「ルロートカゲの丸焼きはいらんかねー!今日だけの特級品だよ!今なら一本銅貨一枚!」


ピクピク。



トカゲの丸焼きという、聞くからにゲテモノ料理だろうものの宣伝の声に、セナリの耳が分かり易く反応する。

この世界の料理、食材は今のところ外れに当たった事がないからおそらく美味しいのだろうとは思うが、長年準じてきた食文化が、躊躇いなく飛びつく事を躊躇させる。

、、セナリの反応を見てから決めるか。



「セナリ。ルロートカゲの丸焼き?が気になるのか?」

「へ!?は、はいです、、。普段は銀貨一枚の高級品なので、、、。で、でも!銅貨一枚も高いので他のものにしますです!」

「遠慮はしなくていい。ここで待っててくれ。リビィさんもいりますか?」

「うーん、、私はやめとこうかな」

「分かりました」



高いからと遠慮するセナリを宥め、近くの壁際に二人を待たせて、ルルロートカゲの屋台へ人混みに揉まれながら何とかやってきた。

この屋台に売っているのはルロートカゲの他に、唐辛子系の香辛料の匂いがするカラミガエルの足の素揚げ、ナマコに似たクピィという水棲生物の刺身など、俺の感覚で言うところのゲテモノ料理のようなものばかり扱っていた。

それでも注文の場まで数分並ぶ必要があった事から、この世界では人気の料理なんだろう。



「いらっしゃい!何しましょう?」

「ルロートカゲの丸焼き───」



注文の途中で、揚げ終わったカラミガエルの足の素揚げの匂いが鼻腔を擽る。

何も付けずともこれだけの香辛料の香りがするというのだから、人に食べられる為に生まれてきたとしか思えないな、、、。



「───と、カラミガエルの足の素揚げを一つずつ」

「はいよ!毎度あり!」



鼻腔を擽る冒涜的なまでの香りに抗えず、つい頼まれていたもの以外も買ってしまった。

二つ合わせても銅貨二枚。

銅貨は五枚で銀貨一枚だから、これくらいの出費はなんてことはない。


前の世界に居た頃は、カエルの肉は鶏肉のような味と食感をしていると聞いた事がある。

実際、今手元にやってきたカラミガエルの足は手羽先のような見た目をしているし、継続して美味しそうな香りを漂わせている。

これが美味しくないわけなどあるはずがない。

流行る気持ちを抑えながら、自分の料理を選ぶ目を信じて二人の元へと急いだ。



「おかえり。あれ?二つある」

「はい。カラミガエルの足の素揚げっていうのが美味しそうでつい、、」

「カラミガエル!とっても美味しいのです!」

「良かった。ついつい買ってしまったけど、美味しくなかったらどうしようと思ってたところなんだ。ほら、セナリ」

「あ、ありがとうございますです!えと、えと、お財布、、」

「いいよ。これは俺の奢り」



カエルの皮で出来たがま口の財布を出そうとするセナリの手を、そっと抑える。

セナリは住み込みで働く給料として、月に銀貨一枚をウルから貰っている。

本来はもっと渡そうと思ったそうだが、本人がそれ以上は申し訳ないと頑なに受け取らなかった事に加え、あまり多く払ってしまうと使用人と主人という壁が分かり易く分厚くなってしまうという事で、今の金額に落ち着いたそうだ。

ウル曰く、給料というよりお小遣いという感覚らしいが、そう言うとセナリが受け取ってくれないのだそうだ。

給料を上げる相談を含め、セナリと距離を縮める為の方法を何度ウルとリビィに聞かれた事か、、、。

その度に最初から仲が良くて特別何かしたわけじゃないと言って不興を買うのは定番の流れだ。

事実だから仕方ないというのに。


(それにしてもこのカエル、、、美味しいな。見た目も相まってスパイシーな手羽先そのものだ)



「どう?」

「美味しいです。リビィさんも一口食べますか?」

「え」



あ。

俺もどうやら祭りの熱に浮かされていたようだ。

つい勢いで自分の食べさしのカエルを薦めてしまった。

リビィの、嫌悪感は抱かずとも、意味を理解出来ずにいる唖然とした顔が心に刺さる。

何事もなかったかのように手を引っ込めれば流してくれるだろうか、、。



「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えるね!」

「え」



リビィの手が軽く俺の手に添えられて、薄く頬を染められた眉目秀麗な顔が近付いて食べ掛けのカエル肉の、俺が食べていた側とは反対側が一口齧られる。

その光景がいやにゆっくりに見えて、見てはいけないものを見ている気分になってしまった。

落ち着け俺。

友達とはよくコンビニの揚げ物や肉まんを分け合っただろう。

落ち着け、これはその延長線だ。

大丈夫大丈夫、、、。


(あ、でも、分け合った事があるのは同性だけだな)


その事を理解してしまってからはもう駄目だった。

見るからに動揺が顔に出て汗を掻き、それを紛らわす為に一気にカエルの足を貪った。

リビィの食べた痕跡を少しでも早く味わおうとしていると思われるかもしれないという考えは、食べ終わるまで思い至れずにいた。


(穴があったら入りたいとはこういう気持ちを言うんだろうな、、、)


全てを諦める様に、食べ終えて骨だけになったカエルの足を虚無の目で見て、心の中でそう独り言ちた。

リビィの目に軽蔑の色が浮き上がっていなかったのが唯一の救いか。

もう少し、行動する前に自分のしようとしている事がどう捉えられるのか、考えるようにしよう。



「セナリ、美味しいか?」

「はいです!とっても美味しいです!」



そうか。

俺は後半、全く味が分からなかったよ。

最初の数口は美味しかった記憶があるんだけどな、、、。

まあ、セナリが喜んでいる顔が見れたから良しとしよう。



そこから、屋台ならではの料理、甘味を味わい、広場で繰り広げられるサーカスを堪能して、次代の神王が発表される正午まで後一時間程といったところで、疲れた足を休める為に一度家に帰る事になった。

長い距離を歩いたわけでは無いし食べる度に立ち止まっていたんだが、思いの外人混みというのは疲れるみたいだ。

俺は勿論、元気印のセナリでさえ少し疲れている。

セナリは背が低い分、人混みに埋もれて俺より何倍も疲れてしまうんだろうけど。





「おっ!久しぶりだな!ウルの弟子の、、ケイトだったか?」

「はい。お久しぶりですサシャさん」


家まではまだ少しあるところで、通り掛かったサシャに話し掛けられた。

魔装の仕立て直しの依頼等は全てウルに任せていたから、会うのはギルドに向かう途中にたまたまサシャが店頭に居た半月前以来だ。

ここは店から少し離れた位置だが、こんなところに居ていいんだろうか?



「祭りの熱に浮かされて羽振りが良くなった客がごった返してな、、。足りなくなった材料を買い付けに行って、今帰ってきたとこだ」

「祭りの力は凄いですね、、、」

「ああ。何たって次代の神王様は我らがユリティス王だからな。前王であるハウリデン王も人気だったらしいが、若い世代はその御姿を知らねえ。自分の知っている偉大な王が、神王様になられるというんだ。盛り上がるのも仕方がねえよ」

「、、、それもそうですね」



一瞬口篭もった後、無難な返答をする事しか出来なかった。

〝神王が変わる〟

その事実だけでこれだけの盛り上がりを見せていると思っていた祭りが、〝ユリティス王が神王になる〟という確信を持って盛り上がっているものだったから。

ウルの仕事を近くで見ていて、異変を感じ取った時も側に居た俺からすれば、とてもそうなるとは確信出来ない。

勿論、その可能性を全否定するわけではないが、ウルの様子を見るに、どうしても他の候補が神王になるのではないかという考えが払拭出来ないんだ。

サシャの言葉が本当だとして、これだけ盛り上がっている群衆の元に、ユリティス王以外が神王になったという悲報とも言える情報が届いたら、、?

街中に溢れかえる市民はきっと、その殆どが暴徒と化すだろう。

後、たったの一時間程で。

一秒にも満たない時間でそう答えが出てしまい、同時に背中に冷たいものが走った。



「あ、そうだ。ちょっと店に寄って行きな。昨日配達の仕事が無くなってな。余った時間で頼まれてた仕立て直しを済ませてあんだ。代金は受け取ってあるから引き取りだけで大丈夫だぜ」

「いや、あの」

「ほら!早く行くぞ」



早く家に帰りたい気持ちを堪え、強引に手を引くサシャに連れられて店へと向かう。


後何分ある?

神王発表までは、どれくらい時間がある?


そんな事が気になってサシャとの会話どころではなかったが、何とか短い時間で受け取りを済ませて店を離れて帰路に着く事が出来た。

どういう素材を使ってどういう効果が付与されたのかとか、以前と比べて魔力保有量がこれだけ上がっただとか、そんな話の殆どが耳を抜けていった。

早く、早く安全な家に避難しておかないと。



「ケイト、どうかしたの?」



家まで後数分で着くといったところで、俺に手を引かれたリビィが不安気にそう聞いてきた。

朝はあれだけ羨ましく眺めていたリビィの手を握れるという状況なのに、今は喜びを噛み締める余裕がない。

セナリも不安気な表情をしているが、ここで全て話してしまうのは、それこそ周囲の人が暴徒化するリスクがある。

俺がウルの弟子である事を知っている人からしたら、俺から齎される情報というのはかなり信憑性が高いだろうしな、、。



「詳しくは家に着いてから話します。ひとまずは、急いで家に帰る必要があるとだけ伝えておきます」

「、、、そっか。何だか分からないけど急がないとなんだね。セナリ、急ご」

「は、はいです!」



俺の詳細を省いた返答だけで、リビィもセナリも変に勘ぐりを入れずに信じてくれ、歩く速度を速めてくれた。

まだ知り合って長くないというのに、これだけ信用してくれているんだな、、。

そんな事実に、感動している場合ではないと分かっていながら心が温かくさせられた。

神王発表までには、おそらく家に着く事が出来る。

この祭りに参加している人達が全て暴徒化したとしても、流石に家までは乗り込んでこないだろう。

もう少し、もう少しで家だ、、、。



「とうーちゃく!はい、ケイト。急いで帰って来た理由を聞かせて」

「実はですね、、、」



早足程度で長くない距離を帰って来ただけだというのに、俺一人だけ息が少し乱れている。

それを落ち着ける間もなく、リビィとセナリに、俺が思った事、これから起こるであろう事を話した。

ウルから聞いた異変の詳細は省いて、短く、要点だけを纏めた言葉で。



「そっか、、。それは避難しておかないと危険かもね、、」

「はい。発表があればとりあえず周囲の様子を見てから、これからの事を考えた方がいいと思います」

「暫くはお外に出られないという事でしょうか、、?」

「そうなるかもしれない」



アウトドア派だろうセナリにそう告げるのは心苦しかったが、その可能性も充分に有り得るから言わずにはいられない。

予想通り、俺の言葉を聞いたセナリは意気消沈といった様相だ。



「食材、、足りるでしょうか、、、」



心配だったのはそれか、、、。

確かに、暴徒化して暫く出られなかったり、店が開いてなかったら大変だな。

その時は俺一人で街中を探し回ればいいだろう。

家に居てくれるなら、二人だけでも数時間は安心して外に出られる。



「じゃあとりあえず、戸締りを確認して軽い昼食にしますか」

「そうだね」



不安と焦燥が、胸中を満たそうとむくむくと膨らむ。

何かあっても、益々忙しさを増しているであろうウルには頼れない。

この二人は、何としてでも俺が守らないと。

ベルやマレッタは大丈夫だろうか、、、、。








「号外号外!!次代の神王様ご決定!!号外号外!!!」








胸中に沸いていた不安は、様子見の為に一人で防音結界の外に出た俺の耳に届いたそんな言葉で、一気に加速して心を満たした。

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