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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
四章
39/104

三十六話「ベルとキュイ」

遅れました!



「あ!ケイトさん!、、、あれ?魔装変わりました??」


夕方に近い昼過ぎ、ウルが学生時代に使っていたという魔装のマントを借りてギルドへ来た。

元々来ていた白一色のローブは、血を除去する作業をしてもらっているところだ。

それに加え、俺が戦闘で主に使う、風、重力の魔術の威力を出しやすいように加工をしてもらう事になっている。

どんな風な仕上がりになるのかはまだ分からない。

だが、初心者用らしい白一色のローブを卒業するとなると、いよいよ師匠に認められたんだなという実感が沸いてくるな、、。

ウルは言葉ではあまりそういう事を言ってくれないから、こうして行動で分かり易く表してくれる事で漸く実感する事が出来る。



「その魔装も素敵です」

「ありがとうございます。新しい魔装が仕上がるまでの間の借り物ですけどね」

「新しい魔装出来上がったら見てみたいです!」

「勿論です。すぐにでも着てきますよ」



何故だか約束を果たせなくなるようなフラグのような発言に思えてしまったが、そんな事はないだろう。

ギルドに来られなくなる程の災禍が魔装が出来上がるまでに俺を襲うとは思えない。


(でも、よくある創作物では、そうやって油断している時こそ何かしらの問題が起こりやすいんだよな、、、)


心の底で何か起こるという可能性を否定出来ずにいる自分からは、正面から向き合わずに目を逸らした。

きっとこれからは目立たない行動をする限り平和だ。

そう、言い聞かせるように。








魔術ギルドの最奥。

屋外修練場の結界内中央に一人で立つ。

今日の課題は残りの形成単語を覚える事と、調整がいまいち上手くいかなくなってしまった魔術の再訓練。

上手く調整が出来なかったのは、人攫いグループの一件で多用した重力魔術と風魔術。

そのどちらも、キュイが使える飛翔魔術に関連するものだ。

キュイと契約する際に頭に流れ込んで来た情報では、キュイが扱えるのは飛翔魔術だけで間違いないはず。

だがそれが、重力魔術と風魔術が使えるが併せて表記していただけの可能性は?

もしそうなら期せずして、俺は二種類の精霊魔術を会得した事になる。



他の精霊と違って、キュイの力を借りるのには詠唱が必要ない。

使用前に一回ずつ声を掛けるという必要もない。

飛ぼうと思えば、自然とキュイが力を貸してくれる。

おかげで、今まで飛んでいる最中に上手く調整出来なかった魔術が、今では地上に立っている時と違わない精度で繰り出す事が出来る。

おそらくだがその機動力の高さは、攻撃が当たる気がしなかったミシェより優れているのではないかと睨んでいる。

まあ、何処にいるのかも分からないから再戦を望む事は出来ないし確かめる事も出来ないが。

避けながら戦うという戦い方のヒントをくれた人物だから、出来れば再戦してまた色々と吸収したい、と僅かながらに思っているんだけどな、、。

次回の闘技会にもどうせ出るだろうから、その時にでも声掛けてみよう。




「よし。キュイ、やろうか」

『キュイ!』




慣れない魔装に魔力を流す感覚を馴染ませながら考えていたあれこれを一旦放棄して、魔術訓練をするべく両頬を強く叩く。

気合いは充分。

集中力もおそらく充分。

残る形成単語をサクッと覚えて、後の時間を有意義に使おう。


そう考えて、一つずつ。

一度の失敗もなく形成単語を覚え続けて約一時間後。

残すところ未収得の形成単語は一つというところまで差し掛かった。

これを覚えればひとまず休憩するか、、、。




「〝(ミスティ)〟、〝氷結(アイクル)〟」


ピキ──ピキピキピキ───




ピキピキと、小さな音が連鎖して耳に届く。

前方に蔓延していた霧が、内包する極小の雫を全て氷へと変質させ、それらが全て繋がって巨大な一塊の氷の結晶となる。

見た目こそ神々しく範囲も広い魔術だが、元々は極小の雫達。

攻撃性能は皆無と言ってもいい。

固まる速度は大して早くはなく、必要になる状況が限られている事もあり、習得を後回しにしていた。

とはいってもこの魔術、ウルに見せてもらった形成単語の中で、実は一番気に入っている。

単体でも長時間見ていられるほど綺麗だし、日が昇っている間は陽の光が反射して煌めき、夜は街灯を反射して煌めき、まるで街を彩るイルミネーションのようになる。

これを空中で砕けば、光を反射した氷の結晶が降り注いで、中々に綺麗なダイヤモンドダストが見られる事だろう。

そんなロマンチックな事をする機会はいつになるやらと思っていたけど、マレッタにはおそらく好意を寄せられているだろうし、もしかすれば近い内に披露する事になるかもしれない。

その時までに、今みたいにうっかり服の袖にまで雫が付いて、自分を結晶の一部にしてしまうような鈍臭い事が起きないように練習しておかないとな、、、。

マレッタと二人できらきらと煌めくダイヤモンドダストを眺めている姿を夢想しながら、魔法陣に消去されていく結晶達をぼんやりと眺めた。







「ケイトさん!お久しぶりです!」


全ての形成単語を覚え終えた達成感を持ちながら、少し休憩を挟もうと魔法陣から出てすぐ、久しい、それでいて聞き慣れた快活な声が耳に届いた。

声の主は白髪の少女、ベルだ。



「ベル!久し振りだな。中々来ないから心配してたよ」

「すみません。フレーメルさんと一緒にお仕事するのがつい楽しくって」

「変わらず仲良く出来てるみたいで良かった」

「はい!今、とっても楽しいです!」



久し振りに見るベルの満面の笑みは、やはり癒される。

一時間熱中して魔術訓練をしていたとは思えない程、体も心も、どちらも疲れが消えてなくなった。

体の疲れに関してはおそらくそう感じているだけなんだろうけど、こういうのは気の持ち様が大切だ。

ベルの笑顔には疲れを癒す効果がある。

そう、思い込んでおこう。



『キュー!キュキュイ♪キュキュキュイッ♪』

「わっわっ」



ベルの笑顔を心の中で噛み締めている間に、いつの間にかキュイが肩を下りてベルの周囲を楽しそうに飛び回っている。

今まで離れる必要がある時以外は、自主的に俺の肩を下りる事は無かったんだが、、、。

それに、何処か喜んでいるような、楽しそうな表情と鳴き声をしているのも気になる。

まあ、ベルの柔らかい雰囲気に惹かれるという気持ちは分からないでもないけどな。



「えっと、あの、ケイトさん?」



一人でうんうんと唸っている俺に、ベルが困惑した様子でそう話し掛けてきた。

その間も、キュイは風を切るようにベルの周囲をぐるぐると回り続けている。

そうだ。

先に助けないと。



「キュイ!」



名前を呼んで自分の肩をトントンと二回叩く。

特に躾に時間と労力を要したわけではないが、いつの間にかこの仕草をすると肩に戻ってくるという決まりのようなものが出来ていた。

俺を見たキュイは、少し名残惜しそうに一度ベルへ視線を向けて、俺の肩へと戻ってきた。

そんなにベルの事が気に入ったんだろうか?



「悪い、ベル。いつもはこんな事ないんだけどな、、」

「全然大丈夫ですよ。でもその鳥さん、普通の鳥さんじゃないですよね?」



鳥にさん付けするベルの可愛さに悶えながらも、初対面でキュイがただの鳥でない事を見破られた事に、隠し切れない驚きが沸き上がる。

さっきまでの魔術訓練を見ていた?

いや、それでも見ただけでは分かる事はないと思う。

ウル達から漏れたとは思えないし、、、。




「何となくですけど、その鳥さんが言っている事が分かるんです」

「、、、え?」




ベルから聞かされた言葉は、全く予想だにしていないものだった。

そんなファンタジーみたいな事あるはず、、、。

、、、、そういえば、この世界は魔法と剣のファンタジー世界だったな。



「キュイは何て言ってるんだ?」

「えっと、その鳥さんは、、」

「キュイでいいよ」

「は、はい。キュイ、、ちゃん?君?」

『キュイ!』

「あ、うん。じゃあキュイって呼ぶね」



今の一鳴きで意思疎通が出来たのか、、。

肯定をするような意志は感じ取れたが、呼び捨てをするようにと言ったようには聞こえなかった。

ベルが嘘を言っているようにも見えないし、おそらく本当に意思疎通が出来ているのだと思う。



「言っている事で伝わったのは、ケイトさんと契約して主人として慕っているって事と、普通の鳥とは違う力を持っているという事です。なので、予想ですけど、、、。もしかしたら精霊さんなのかなと」



そうか、キュイ。

慕ってくれてたんだな。

友達のようなノリで接してくる事が多かったから、てっきり兄弟とか友達と思っているのかと思ってたよ。


(まあそれはいいとして、、)


まさか話す前にバレてしまうとは。

ベルは言いふらしそうにないし元より頃合いを見て話そうと思っていたから、別に問題はないのだが。



「凄いなベルは。その通り、キュイは俺が契約した精霊だよ」

「もう精霊さんと契約したんですね!凄いです!」

「ベルは精霊と契約しないのか?」

「僕では使いこなせそうもないですし、契約の泉まで行くお金もないですから、、」



ウルの下で何不自由なく暮らしている俺は忘れがちだったが、元の世界と同じくこの世界にも貧富の差はあるんだった。

それにベルは、俺と同じく目立つ行動が出来ないという足枷がある。

その事を気遣いながらだと、母親代わりだというフレーメルも仕事を選ばなければならないのだろう。

出来るだけ目立つ事のない、大きな収入を得られないような仕事を。


ふと、今の俺の懐事情であればベルを契約の泉まで楽々連れて行けるな、と思ったが、俺とベル、存在を知られてはいけない二人だけで行動するのはあまりに危険だ。

それでもどうしても連れて行くとなったら、いざという時に守ってくれる程の実力者、ウルやシェリルに護衛を頼まなくてはならないだろう。

ただでさえ忙しいであろうあの二人を、俺の私的な理由や感情で連れ回すわけにはいかない。

かといって、急にお金を渡すのも一時的な救済措置にしかならないしかならないしな、、、。



「あ、すみません!こんなお話をするつもりではなかったんですけど」

「いや、大丈夫だ。なあベル。俺で何か力になれる事はないか?ベルには出来るだけ笑顔でいてもらいたいんだ」

「ふぇっ!?えっと、あの、、、」



ん?ベルの顔が見る見る内に赤くなってきている。

、、そうか。

最後の一言はちょっと言い方を間違えたな。

キザな男のような言い回しになってしまった。



「あー、悪い。他意は無いんだ。今しがた形成単語を全て覚えて、つい最近一軒屋を買える程の臨時収入があってさ。今色々と余裕があるから、俺で出来る事なら何かさせてもらえないかなって」

「一軒屋を買える程の臨時収入ですか、、?」

「ああ、ちょっと色々と巻き込まれてな。機密があるから詳しくは話せないんだ」

「す、凄いです、、、」



そう言うと、ベルが驚愕の顔を浮かべて指を一本ずつ折って何かを数え始めた。

多分、家を買う為の金額を計算してるんだと思う。

うん。

どれくらいの収入があったかは言わなくてもよかったな。

久し振りにベルに会えた喜びで口が滑りやすくなってるようだ。



「大きな買い物をする予定もないからさ、フレーメルさんと話し合ってからでもいいから、何か入り用があったら教えてくれ」

「あ、はい!えっと、、、今のところは大丈夫です!毎日がとても楽しいので!」



何度も指を折り直して数えたベルは、予想したおおよその金額に目が眩む事もなく、満面の笑みでそう答えた。

これ以上望むものなどない。

欲しいものは全て手に入っていると、言外にそう伝えようとしているような、そんな表情だ。

いつも聞く内容から察するに碌に贅沢も出来ないような生活をしているというのに、それでもこんな表情が出来るとは。

現状に至るまでよっぽどの苦労を重ねてきたんだろうなと、また一つ、ベルの事を見直した。



「むしろ、フレーメルさんと仲良くなるアドバイスをいただいて、魔術を教えていただいて、こんな僕と仲良くしていただいて。僕こそケイトさんに何かをしたいと思っているんです。恩返しと言える程大したものは出来ませんが、何か少しでも力になれる事はないでしょうか?」



〝恩返しなんて何も要らないよ〟

そう即答する事も出来たが、少しは考えた素振りをしたほうがいいかと思い、腕を組んで顎に手を当てて考えている格好を作った。

だが、格好を作るだけのつもりが、ベルに頼みたい事、ベルにしか頼めない事が思い浮かんでしまった。

さっきまで何か力にならせてくれと言っていたばかりなのに、何とも情けない話だ。



「一つだけ頼みたい事がある」

「はい!僕に出来る事なら!」



思ってもみなかった言葉だったのだろうか、ベルは興奮した様子で、目をきらきらと輝かせて俺に詰め寄って来た。

普段なら近付きすぎると照れて離れていくのに、そんな事など頭の片隅にもないような様子だ。

よっぽど、頼ってもらえる事が嬉しいのかもしれない。



「キュイに聞きたい事があるんだ。俺ではキュイの言葉が分からないから、通訳をしてくれないか?」

「それくらいなら勿論!でも、大まかな内容しかお伝えする事が出来ないと思いますけど、大丈夫ですか?」

「ああ、大体分かれば問題ない。じゃあまずは、、」



俺がキュイへ聞いたのは二つ。

魔力の備蓄、譲渡が出来るのか。

使える魔術は本当に飛翔魔術だけなのか。

その二点を、俺がキュイに聞いて、ベルがキュイの答えを通訳するという形で答えを得る事にした。



「精霊域の中で唯一、魔力だけでなくきちんとした肉体があって、食料と微量の魔力があれば生きていく事は出来るみたいです。その中で、多く摂り過ぎた魔力は体内で蓄えて、任意で契約者に譲渡する事が可能、、みたいですね。魔力が欲しかったら言ってと言ってます」

『キュイ!』



キュイが元気に一鳴きして、羽で胸をどんと叩く仕草をした。

俺に任せておけ、そう言いたげな表情をしているように見える。

まあ確かに、この能力は俺にとっては有り難いし、頼る事にはなるだろう。

自信満々に胸を張るキュイの頭を軽く撫でておこう。

魔力が足りなくなった時は頼むぞ、という念を込めて。



「使える魔術の件ですが、全ての精霊の重力魔術と、風魔術は少し?風主の魔術以外?は使えるみたいです。体が大きくなれば重力魔術も風魔術も全て使える、、のかな?」

『キュイ!』

「という事みたいです」



つまり現段階でも、重力魔術を司る全ての精霊の力を持ち、風魔術もかなり高度で高威力な精霊魔術まで扱える、、、と。


それなんてチート?


そんな言葉が、心の中でポロリと零れ落ちた。

でもなんで、契約の時は飛翔魔術のみの精霊という事になっていたんだろう、、。



「んーと。それはちょっとよく分からないみたいです。すみません、、」

『キュキュイ、、、』

「あ、いや、いいんだ。それは知らなくても問題ない事だから」



自家魔術で空を飛び回るのも、風魔術と重力魔術を組み合わせなくてはいけない。

おそらくだが、飛翔魔術の中に重力魔術も風魔術も、どちらも含まれているという事なんだろう。

穴のある理論な気もするが、別段答えを出さなくてはいけないものではない。

また時間のある時にでも考えよう。

それよりも先にやらないといけない事は、、、。



「ありがとうベル。助かった」

「いえ!これくらいならなんてことないです」

「今からキュイの魔術を試そうと思うんだが、良かったら見ていくか?」

「良いんですか!?」

「勿論」

「是非!」



初めて精霊魔術を見ると目を輝かせるベルと一緒に透過板を持って、結界の中へと入る。

屋外修練場の結界の中。

精霊魔術。

その二点が揃って、嫌な記憶が過った。


(ウルが精霊魔術を使った時。防御魔術が無ければ二人とも火傷をしていたよな、、、)


ウルが放った烈火。

亀裂の入った結界。

周囲に薄く張った結界を撫でる様に後方に流れていった灼熱の炎。

未だ記憶に新しいそれら。

防御魔術を使えない俺が、そんなリスクがあるのにも関わらず初めて使う精霊魔術を使っても大丈夫なのだろうか、、、、。

ベルへ大見得を切っておきながら、今更ながらにそんな不安が沸きあがってきた。


(まあ、魔術の扱いに長けたウルとは違うんだ。俺が発動する精霊魔術なんて大した威力をしていないだろう)


そう自分に言い聞かせて、何とか不安を頭の中から追い払った。

自家魔術と違って、精霊魔術は使い手による威力の変動が起こりにくい魔術である事からは、知らないフリをして。




精霊魔術といえど、キュイは精霊の中でも特殊で、詠唱無しで発動する事が出来る。

詠唱無し、詳細なイメージ無しで高威力の魔術を発動する事が出来るんだ。

改めて考えると、チートもいいところだよな、、、。


今から使うのは、風の形成単語〝風刃(スラッシュ)〟を巨大化させたものを、複数且つ多方向に同時発生させる精霊魔術。

セナリと見た精霊図鑑に載っていたのをたまたま覚えていた。

そこまで位の高い精霊ではなかったはずだし、キュイの力があれば難なく発動出来そうな気がする。

そう期待して、真っすぐ右腕を前へと伸ばした。


(ふぅ、、、、)


キュイへはどういう魔術を発動するかは口頭で伝えてある。

図鑑には精霊の使う魔術の名前が載っており、形成単語のようにその魔術名を言う事で、求めるタイミングでキュイに発動の補助をしてもらう形になった。

詠唱が必要無いとはいえ、あくまで発動するのは俺自身。

補助無しの自力で発動出来ていれば、使える魔術を考えると相当な実力者であるキュイが精霊域の端に追いやられているなんて事はないだろうしな。

発動前にもう一度、すぐ後ろに立たせているベルの位置を確認し、軽く息を一つ吐いて発動の合言葉(キー)を唱えた。






「〝風華(フラエアー)〟」


ブォンッ──ブォンブォンッ──


ガンッ────ガガンッ───






人を複数人纏めて屠れそうな巨大な風の刃が、轟々と唸りながら空気を割き、結界に衝突してその身を解き、余波を撒き散らしながら消えていった。

弱々しくも届いた余波である風が、服の裾を揺らす。

今使ったのは中の下くらいの威力しか持たない精霊魔術。

怪我を負う程の猛威を振るったわけではないといえ、結界を音を立てて揺らして、余波を魔法陣中央のこの場所まで届けるとは、、、。

今から最上級の重力魔術を使う予定なんだが、やめておいたほうがいい気がしてきた。



「ケイトさん!凄いです!」

『キュキュキュイッ♪』



次への心配で胸中を満たしている俺とは違い、ベルは初めて目の当たりにする精霊魔術に興奮し、キュイは自分の力を発揮する事が出来たのを嬉しそうにしている。

発動には俺の補助が必要とはいえ、ただの文鳥にしか見えないキュイがこれほどの威力の魔術を扱えるとは、、、、。

見た目で判断してはいけないの典型だな。



「ありがとう。次は、おそらく今のより威力が高い最上級の重力魔術を使う。結界の端まで下がろう」



最上級の攻撃力を持っていそうな重力魔術は、言い表すならブラックホールのようなものだろうか。

勿論、元居た世界の宇宙空間にあるようなあんな巨大なものではないが、図鑑で見た情報では小ぶりのバランスボール程のサイズ。

危うければ途中で発動を破棄すればいいのだが、発動した途端に巻き込まれてしまっては、相当な集中力のいる発動の破棄は出来ない。

それを考えると例え結界の端でも安心し切る事は出来ないんだが、結界の外に出てしまっては中の詳細な様子が見えないから、離れられるのは今居る場所が限界なんだよな、、。


(危なければ透過板を持ってベルと一緒に結界の外へと逃げ出そう、、)


そう決めて、何度も深く深呼吸をしてから、右腕を前へと突き出した。

今回も、予め発動の合言葉を決めてある。





「〝黒禍(グラミディ)〟」


ボコ──ボコボコ────




発動の音は、静かだった。

反対側の結界の内壁近く、中空に黒い球が浮かんだ状態で発生して蠢き、徐々に周囲のものを取り込んでいってからきちんと発動されているという事が理解出来た。

すぐ近くに生えた雑草、地表にある大小様々な石。

周囲のものを巻き込んではその質量をどこかへ内包していく。

何の音もなくその身に周囲を取り込み続けるその姿に恐怖を覚えた。




ピキ──ピキピキピキ─────


「まずい、、!!!」




漆黒の球は雑草や石、周囲の音、空気だけでは飽き足らず、近くの結界を取り込まんとヒビを入れ始めた。

少しずつ亀裂が入り、割れた部分から吸い寄せられていく光景が、まるでスローモーションのようにはっきりと見える。

止めなければと思いながらも俺の視線はその光景に釘付けになってしまい、まるで体ごと吸い寄せられているような感覚へ陥った。

心なしか、距離も近付いていっているような、、、。



「ケイトさん!!!」

「、、、え?」

『キュキュー!!!』



ベルが俺の腕を引っ張って必死に名前を呼んでくれた事で漸く我に返る事が出来た。

体ごと吸い寄せられていそうな気がしたのは、気のせいではなかった。

足元を見ると、ほんの一歩分程だが黒球に近付いている。


(ベルが呼び止めてくれなかったら取り返しのつかない事に、、、)


背中に冷たいものが駆け抜ける。

併せて、体が小刻みに震える。

何があってもベルは守らないとと思っていたのに、まさか守られる側になるとは、、。

心なしか酸素が薄くなったように感じる結界内で、吸い寄せられそうになっているキュイを左手で掴んで安全を確保し、右腕を伸ばして集中力を高める。


(大丈夫、、、大丈夫、、、)


このまま放置して結界外へ行けば、結界が視界を邪魔して、発動を破棄する事が阻害される。

破棄しなければ、まだ暫くあの球は蠢き続け、結界の外の地面までをも抉り始めるだろう。


そうなる前に何としても止めなくては、、、。


俺は今日何度目かの深呼吸をして、引き寄せられそうになりながらも視線を禍々しい黒球に固定した。




「あああああああああ!!!!!」






────シュウゥゥゥゥン






「はぁはぁ、、、良かった、、、」




黒球を徐々に縮めていき、何とか消失させる事に成功した。

初めて飛翔魔術を使った時以来の集中力を発揮した気がする。

たかだか数秒のイメージだったというのに、何戦も対人戦闘をした後のような疲労感に襲われてしまった。





パキィィィィンッ───


「あ、、」





落ち着いたのも束の間。

多くの亀裂が入り剥がれ始めていた結界は、黒球の消失とほぼ同時に、その三分の一程を砕け散らせた。

一番被害の大きい発動場所近くの結界のすぐ向こうには、人が何人も立った状態で入れそうな程大きく地面が抉れた痕がある。


(これは、、、拙いよな、、、)







「ケイトさん!!!!!これは何事ですか!!!!!」








うん、やっぱり怒られるよな。

背後から聞こえた声におそるおそる結界の外に出て、腰に手を当てて仁王立ちをするマレッタの姿を見据えた。

迫力を出そうとしてるんだろうけど、どっちかというと可愛く見えてしまうんだよな、、、。

今それを言い出す勇気はないけど。



「すみませんマレッタさん。初めて使う精霊魔術が思いの外威力が高くて、、、」

「もう!似た者師弟なんですから!!初めてなら仕方ないですけど、次からは気を付けてくださいね!」



怒っている、んだと思う。

でも、人差し指を一本ピシッと立てて説教をしようと試みるその姿はただただ可愛い。

にやけそうになる顔を抑えながら、何度か頭を下げて、被害を確かめに行ったマレッタの様子を眺めた。

口をあんぐりと開けながら割れた結界を遠目から見て、一度俺をじとっとねめつけて、ぐるりと結界を見て回るマレッタ。

その姿は結界越しにぼんやりとしか見えなくなっていった。

(あ、そっちは拙い、、、)






「ケイトさぁ~~~~~ん!!!!なんですかこの穴は~~~~!!!!!」






俺は、冷や汗を垂れ流しながら、残り少ない魔力で穴を埋める作業に尽力した。

声を荒げるマレッタに平謝りしたのは言うまでもない。

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