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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
四章
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三十五話「鈍色の答え」



夕を内包したばかりの夜、ウルと二人の帰り道で、昨日と今日であった事をつらつらと話した。

リビィが自身の危機であっても魔術を使わなかった事。

人死には何度見ても慣れない事。

キュイから魔力が流れ込んで来た事。

魔術の威力の調整が上手くいかなかった事は伝えなかった。

それはきっと、自分の練習不足だと思ったから。


(また、練習しても上手くいかなければその時は相談しよう、、、)


そう考えて、ひとまず自分で考えても解決出来なそうな事だけを集めてウルへと投げ掛けた。



「リビィが魔術を使ったのを見た事あるか?」

「日常生活で洗い物程度なら見た事ありますが、、、」

「お前もか、、」



お前もか、、、?

という事はウルもリビィが日常生活以外で魔術を使っているのを見た事がないんだろうか?

三年も共に生活しているのに?



「正確に言えば魔術を使っているのは見た事がある。リビィに教えたのは俺だからな。護身用の魔術を中心に、形成単語を含めた自家魔術は一通り、忘れていなければ今でも使えるはずだ。どの精霊と契約したかは分からないが、精霊魔術も使える」

「どの精霊と契約したか聞かないんですか?」

「何度か聞いたがその度に濁された。一度無理矢理聞こうとしてリビィの気分を沈めてしまってからは足踏みして聞けずにいる」



うん、確かに。

気持ちは痛いほど分かる。

元から類を見ない程の美しさを持つリビィが悩んでいる姿、気分を沈めた姿というのは、どんな場所であっても周囲を取り込んで一枚の絵画のようになって、話し掛ける事すら躊躇させられる。

俺も、昨日リビィに何で魔術を使わなかったんだと問い詰める事が出来なかったし。

妻に娶る程惚れ込んだウルが嫌われるのを忌避して聞けずにいるのも頷ける事だ。

少し、遠い存在に感じていたウルに親近感が沸いた。



「自身の危機にも使わなかったというのは予想外だったが、リビィは前から何かと理由を付けて魔術を使いたがらない。その理由も例に洩れず聞けずにいるが、同じような事が起こった場合、そのままでは拙いな、、」

「そう、、ですね。今回はたまたま助ける事が出来ましたが、気付く事が出来なかったり、僕では到底及ばないような悪党もきっといると思うので、、」



実際、今日も腹部に魔術を受けて死にかけたし、その前に戦ったアビーチェも開けた場所で正面から戦っていたらと思うと、、。

おそらく勝っていたとは思うが、魔力が潤沢にあった状態でも相応の傷は負っていたと思う。

怪我を負ったところで追手までやってきたら、リビィを守るどころか共倒れになる事は明白だ。

まあ、守らずともキュイの力を借りればリビィを救出して逃亡する事くらいは出来そうだが、、、。



「そういえば保安官から軽く聞いたが、ケイト、お前相当な実力者を倒したらしいな?」

「あ、はい。アビーチェという双剣使いの男です。正面から戦ったわけではありませんし、トドメを刺したのは僕ではありませんけどね」

「あのアビーチェをか?」

「え、あ、はい、、」



ウルが、声を少しだけ張り上げて驚いた様子を見せた。

こんなウルの表情を初めて見たが、そんなに驚く事だっただろうか、、。



「あいつはシェリルが所属する第零部隊の面々を、過去に何人か屠っている程の実力者だぞ。闘技会に出れば優勝する事請け負いのな」



確かに強いとは思ったが、それ程の実力者だっただろうかと心の中で小首を傾げた。

どちらかと言うとミシェのほうが強かった気もするが。



「あの闘技会から日数が経っている。精霊とも契約して、その力にも慣れ始めて、お前も強くなっているんだろう。だが、魔術を教えてひと月と少しで終戦後最悪と謳われたあのアビーチェへ勝つとは、、、、。俺はまだ少し、お前の魔術の才能を見誤っていたようだ」



ウルからのべた褒めに、全身がぞわぞわとむず痒くなった。

嫌なわけではない、褒められるのは素直に嬉しいんだが、、、。

堅物な師匠に褒められる職人の感覚とは、きっとこんな感じなのだろう。



「何はともあれ、身を挺してリビィを守ってくれて助かった。感謝する。リビィには、理由を問いただしておかないといけないな、、、」

「あ!それなんですが、出来ればウルさんへ話したという事は秘密にしておいていただけませんか?」

「何故だ?」



高圧的なものではなく、ただ純粋に疑問に思う気持ちでウルに尋ねられた。

リビィが魔術を使わなかった理由を知りたいと言っておきながら秘密にしておいてほしいという自分勝手な意見だが、こればかりは譲れない。



「昨日の事件があってから、リビィさんの表情が晴れないままなんです。おそらく、人攫いに襲われそうになった時の恐怖が気分を沈めているのではないかなと。なので、今日帰って僕から解決した旨を伝えた後は、その件について触れないであげてほしいんです」

「だが、原因が分からなければまた同じ状況に陥った時にどうする?」

「これからは、出来得る限り外に出る時は僕が傍にいるようにします。形成単語ももう数日で全て覚え終えるので」

「相変わらずデタラメな習得速度だな、、」



褒める気持ち半分、呆れ半分でウルがそう零した。

ウルへ追い付け追い越せの精神でやってきたんだ、これでも遅いくらいだと俺自身は思っている。

だが、何より嬉しい師匠の言葉で、厳しく律してきた自分の精神を少し緩める事が出来た。

過剰にならなければ、自信を持っても良い頃合いなのかもしれない。

持ち過ぎるとまた目立つような行動を取ってしまうようになるだろうから、それだけは避けなくてはならないけど。



「リビィさんの事なんですが、単に突然襲われた事に対する恐怖や驚きで咄嗟に魔術を行使出来なかっただけだと思います。僕も、敵のアジトへ突入する時に動き出すまでかなり時間が掛かりましたから」

「まあ、普段から荒事を見慣れていなければそうなるか。とりあえず、リビィには俺から何も言わずにおく」

「はい。ありがとうございます」



母親にバレたくない事を友人と共有したような、そんな気分になった。

俺とウルが友人なのであれば、リビィがどちらかの母親だろうか?

そんなおかしな事を考えて、くすりと笑ってしまった。

あんな綺麗な母親なら、授業参観は生徒や先生のアピール合戦になってしまう。



「それから、荒事や人死にには慣れる必要はないぞ。治癒魔術で大方の怪我を治せるこの世界では無茶をするやつが多い事は事実だが、お前がそこに合わせる道理はない。むしろ命を大事にするという感性はお前の長所だと俺は思っている。大切にしろ」



いつも通りの、余分なものを飾らない言葉でウルがそう言った。

同情やお世辞を含んでいないとはっきり分かる。

そうだからこそいつもは余計にきつく感じてしまうのだが、この時ばかりは有り難かった。

本心からそう言って貰えてると分かったから。

死合いの場で麻痺してしまっていた感覚を、ゆっくりと戻していこう。

日本で生まれた俺の、平和を愛する大事な感覚だ。

臆病と言われようと構わない。

命を軽視する人と言われるよりはマシだ。

改めて、今まで当たり前に思い過ぎてわざわざ考えようともしなかった事を、心で宣言し直した。

もう戻ろうとはあまり思わないし、戻る方法なんて検討もつかないけど、自分が正しいと思って持っていた根本的な考えまでは塗り替えられないようにしよう。







「その鳥、キュイだったか?」

「はい」


家から程近くの見慣れた道に差し掛かった頃、悩んでたものが少し解れた事で忘れかけていたもう一つの疑問を、ウルの言葉によって思い出せた。

そうだ、キュイの事も聞いておかなくては。



「精霊は、人間や動物が食事で生命活動を維持するように、精霊域に充満する魔力、契約した魔術師から与えられる魔力を摂取して自らの体を構成しているとされている。そして、魔力は微量ではあるが魔人域の空気中にも存在している。推測ではあるが、キュイは少ない魔力で体を構成出来、尚且つそれを体内に備蓄、契約者へ譲渡出来るんじゃないか?」

「でも、契約する時は確かに飛翔魔術が使えるだけの精霊である事は確認しているんですが、、」

「それは、魔力の備蓄、譲渡がキュイの能力ではなく、元からある体の機能のようなものだからだろう」



体の機能、、。

精霊にとって魔力を摂取する事が人間で言うところの食事と一緒だと言うのであれば、魔力の譲渡は口の中で噛み砕いたものを他人に与えるようなものなのだろうか。

そう考えると途端に汚いものに思えてきてしまったが、親鳥が口移しで雛に餌を与えている光景を思い出して、尊ぶべきものなのだと認識を塗り替えた。

ん?待てよ。

となると、キュイは俺の親という事になるのか。



『キュイ?』



こんな可愛い親が居てなるものか。

小首を傾げるキュイを見てそう思った。



「まあ、あくまで推測だ。窮地であっても魔力は譲渡されないものと考えておいたほうが、いざという時に敵につけ込む隙を与えずに済むだろう」

「それもそうですね」



キュイからの魔力回復を期待して特攻して、敵陣のど真ん中で魔力切れなんて起こしたら洒落にならない。

魔力残量や敵の総数にもよるが、そこからの無傷での脱出はほぼ不可能と考えてもいいだろう。

そんな賭け事、僅かな怪我を負う事ですら忌避する俺にはする事が出来ない。

でももし、キュイが任意で魔力を備蓄、譲渡する事が出来るのであれば、魔力を持たない俺にとってはこれ以上ない契約相手だ。

幸いキュイは人の言葉を理解する事が出来る。

俺なりに、色々検証してみるのもいいかもしれない。


形成単語が覚え終えるという段になっても自分にまだ先にいける可能性があった事に、表に出ない程度には心が躍った。

そうなると、魔力水を買う為に置いておこうと思った今回の作戦参加報酬と、まだ余ってる闘技会の報酬の使い道も色々と考える事が出来るな、、、。

働かずともお金に余裕があるという万年貧乏学生の俺にとっては非現実的な状況に、まだ完全に体が回復し切っていないにも関わらず、無条件に足取りを軽くさせられた。

とはいっても、もうすぐ家に着くから後はご飯を食べて寝るだけなんだが、、、。





「おかえり!もうご飯出来てるよ」


帰宅後、良い匂いが充満するリビングでいつも通りにも見える笑顔でリビィがそう出迎えてくれた。

一晩でここまで暗い感情を隠せるのは心底凄いと思うが、だからこそ隠し切れていないのが一層気になる。

リビィがその気になれば、俺に全く察する事が出来ないように隠す事も他愛なく出来てしまいそうだから。

隠したい、でも誰かに気付いてほしい。

そんな感情がリビィの中で鬩ぎ合っているのではないだろうか?

心を読む事が出来ない俺には独りよがりな推測しか出来ないが、四人で食卓を囲んで他愛ない会話をしながら、頭の中でそんな考えを巡らせた。

元から会話相手の心情を読み取る事は得意だったが、この世界に来てからその特技の精度が上がっている気がする。

だからといって、この程度汲み取るくらいなら出来る人は多くいるだろうから、大した特技にはならないけど。






「ケイト?」


夕食後、もう数時間で日が変わるくらいの時間だというのに王都に戻るらしいウルを見送ってから、部屋で寝る準備をしていたリビィの元を訪れた。

家に帰って来る直前、リビィの部屋を訪問する事はウルに許可を貰っている。

何があるわけでもないし部屋で二人きりになったくらいで怒られないとは思うが、何となく、隠し事をしておきたくなかったのだ。



「リビィさんを襲った人攫いグループの事なんですが───」



俺が死にかけた事や、保安官を含め死者が多く出た事、人攫いグループが巨大だった事は隠して、簡潔に事件が終息した事を話した。

壊滅に追い込んで、同じグループに関してはもう襲ってくる事がない事も合わせて。

殊更明るく話すようにはしたが、もしかするとどこかに苦い表情が乗ってしまったのかもしれない。

リビィの作り笑いが、完全に晴れる事はなかった。


(もしかすると人攫いグループへ対する恐怖以外に、リビィの表情を曇らせている原因がある、、?)


どっぷりと闇に使った窓の外を見ながらそんな考えで頭を冴えさせながらも、それ以上の引力を持つ体に蓄積した疲れによって、半ば強制的に眠りへと誘われた。











「おはようケイト!そろそろ起きて!」

「んぅ、、、?」


いつものセナリの声でなく、俺の体を揺するリビィのそんな声で目が覚めた。

キュイはとっくに起きていたのか、寝惚け眼をこする俺を不思議そうに見ている。

朝から可愛いな、、。



「起きた?もう昼食出来たから、早く起きて顔洗ってきて」



ん、、、?

昼食、、?朝食じゃなくて?



「昨日よっぽど疲れてたんだね。朝セナリがいつも通り起こしに来てくれたの気付いてないでしょ?」



言われて、寝惚けた頭で記憶を辿ってみる。

うん。

昨日寝てからの記憶がない。

寧ろ、寝る直前の記憶ですら曖昧だ。

そんなに疲れてたのか。



「さ!一緒に降りるよ」



そう言ってリビィが差し伸べてくれた手を持って気だるげに体を起こし、顔を洗って朝食の席に着いた。




「「「食に感謝を。魔力の源に感謝を。変わらぬ大地の恩恵に此度も授かります」」」


変わらぬ三人での食事風景。

服装や伸びた髪の長さ、個人が浮かべる表情に違いはあれど、一日前には死合いの場に居たとは思えない程いつも通りの光景に、ふとした拍子に思い出しては心を荒れさせていた人死にを見た時の心象は、いとも簡単に宥められた。

味も、いつも通り美味しい。

最近お腹周りが少し肉付きがよくなってきた気がするが、そんな事は気にしない。

でも、リビィは俺よりは少ないとはいえ、女性にしてはかなりの量を食べているのに、何故一向に太る気配がないんだ。

食事を魔力に変換出来るらしい魔人ならではの不思議体質なのだろうか、、、。



『キュイ?』

「美味しいか?」

『キュイ!』



キュイと契約後、専用の餌を買わないといけないかもしれないとぼんやり考えていたが、どうやらキュイは人間と同じ物が食べられるらしい。

今も、俺達が食べているものを小さく刻んだものを器用に嘴で食べている。

リネリスには小動物専門のペットショップがあるらしく一度行ってみたいと思ってはいるが、行ってしまうとキュイが精霊である事がバレてしまいそうで、中々行けずにいるんだよな、、。

だがまあ、美味しそうに食べているし体に害はないだろう。


三人と一匹。

和やかな昼食を終えて、俺は単身保安所へ向かった。

リビィには今日一人で外出する予定が無い事をそれとなく聞いておいたから、心配する必要はない。と思いたい。

ギルドへは向かう予定だが出来るだけ早く帰るようにしよう、、。





「ケイト殿!ご足労いただきありがとうございます!」


三度目の保安所で出迎えてくれたのは、何事もなかったかのように元気なシド。

ホッジは今日から非番を貰っているらしく、生憎、会う事が出来なかった。

女性としてでなく人として、何となくあの人は好きだから会いたかったな、、。

姉御肌だが少し抜けたところもあって親近感がある。そんな感じ。

早く良くなってくれる事を願っておこう。



「これはこれは初めまして。リネリス第二保安所所長のハイアと申します。お会い出来て光栄ですケイト殿」



シドに通された奥の部屋で迎えてくれたのは、逞しい顎髭を蓄えた初老の男。

初老だというのにその動きは洗練されていて無駄がなく、相応の実力者であろう事が窺い知れる。

声は渋く、ダンディな英国風のおじ様といった感じだ。


だがおかしいな。

保安所に訪れた時も、作戦の時も、見かけなかった気がするんだが、、、。

外に居た部隊だったんだろうか?



「情けない話なのですが、私は別の保安所の所長も兼任しておりまして、、、。この保安所が主導する一大作戦だったにも関わらず、セプタ領の別の保安所で勤務していたのです。作戦遂行、完遂を聞いたのは昨晩の事。結果として、ケイト殿のお手を煩わせてしまった事、大変申し訳ない」



渋い声で謝罪を零し、仰々しく頭を下げるその姿はまるでハリウッド映画のワンシーンのよう。

そんな姿に一瞬見惚れてしまったが、すぐに顔を上げてもらい、続く感謝の言葉もすんなりと受け取った。



「部下達に聞いたのですが、ケイト殿はかの有名な三賢者、ウル・ゼビア・ドルトン殿の弟子でいらっしゃるとか?」

「はい」



ここは隠さなくていいだろう。

昨日ウルがホッジの前で公言しているし。



「なんでも、直接迎えにまで来る程親密な仲だとか」



ん?

迎えに来てくれたのは事実だが、ハイアの言葉からはウルが俺に心酔しているような意味合いが感じ取れる。

脳裏に同性愛の薄い本が思い浮かんだが、小さく左右に首を振って追い出した。

こんなダンディな人が薄い本を嗜んでいるなど、考えたくはない。



「たまたま用事があったそうです。仕事柄あまり話せる時間も多くないですし」

「なるほど。それは確かにそうですね。最近は色々ときな臭い話が上がっていますから、ね?」



なんだろうか。

この所長、俺に何か探りを入れているような気がする。

確かにウルの仕事の話は色々と聞いているし、ディベリア教の不信な動きの件についても聞きかじっている。

だが、あくまでその程度。

この世界の情勢についても大して分かっていない俺にとっては、それを聞かされたところでどれくらい拙い事態なのかが理解し切れていないんだ。

お金の計算に疎い者が、海外の株価の変動について長々と語られても分からないような、そんな感覚。

まあ、ウルはこの国の外交官らしいから、その弟子に情報欲しさに探りを入れるのも仕方のない事なのかもしれない。

さらさら話す気などないけれど。



「職業は知っていますが、仕事内容は一切話してもらえないんです。昨日は、今後の魔術訓練の内容についての話だけして、すぐに仕事へ戻りましたしね。今どこにいるのかも分かりません」



滑らかに、そんな嘘が口を吐いた。

魔術訓練の内容については話したし、仕事で色々と飛び回っていて一旦王都に戻った後は何処へ行くのかは知らないから、完全な嘘というわけではないが。



「そうでしたか。ドルトン殿が弟子を取るとは変わった事もあったものだと思いましたが、なるほど。貴方だからこそなのでしょう」



俺の嘘を探るような視線を向けた後、ハイアが顎髭を数回扱いてそう言った。

それがおそらく俺の魔術の腕に対する称賛で無い事は、すぐに感じ取る事が出来た。

本当に情報が欲しかったのか、俺を試したかっただけなのか、そこまでは計る事が出来ない。

言葉の駆け引きなんて、得意じゃないんだ。



「あまり長く御引き留めするのも申し訳ないので手短に。こちらが今回の事件の解決に尽力いただいた分の報酬です」



ゴトリ。

そんな鈍い音がやけに静まった室内に響いた。

ハイアが机の上に置いたのは重厚な鍵付きの木の箱。

その濃い茶色も相まって、重々しい雰囲気を持っている。



「内訳はこちらの用紙に纏めてあります。アビーチェ討伐の分も含めておりますので悪しからず」

「あの、アビーチェ討伐の分は、、、」



アビーチェにトドメを刺したのは俺じゃない。

その旨を、正直に答えた。

羊皮紙に記載された討伐報酬に目が眩みそうになったが、作戦参加の報酬の分で充分過ぎる程なので、それが全てレオノーラに渡ろうと構わない。



「ご安心ください。アビーチェ討伐に関わった者に与えた特別報酬を差し引いた上でその額ですから。勿論、作戦で功績を上げた者へも特別報酬を与えております。さ、どうぞ中をご確認ください」



それなら問題ないかとハイアから鍵を受け取って真新しい南京錠を開け、中を開ける。


(う、わあ、、、)


書面に書かれた数字を見て大体の予想はしていたが、実際に見た高額な金銭は衝撃が強く、唖然としてしまった。

入っていたのはその殆どがシルム上紙幣。

紙幣とは言うがその材質は特殊な金属らしく、紙程に柔らかく、薄く伸ばして加工すると木目のような模様が浮き上がる。

紙程柔らかいとはいっても、手で握ってくしゃくしゃになるような事はないらしい。

金属であるが錆びる事もない。

そこへ字と絵柄を刻印したものがシルム紙幣だ。

日本の一万円札、五千円札、千円札のように三種類、その価値によって種類が〖上〗〖中〗〖下〗とあり、今回木箱の大半を占めているのはその中でも一番上のグレードである〖上〗。

艶やかな光沢があり、一枚で五万円程の価値のあるそのシルム上紙幣だけでも約千枚。

それ以外にも〖中〗と〖下〗の紙幣も少しあり、その横に革袋に纏められた硬貨達が入っている。

全て取り出して細かく数える事はしなかったが、おそらく用紙に書いてある分で合っているだろう。

そう、用紙に書いてある通り、今回の報酬日本円にして五千万と少し。

中身を確認して、鍵をかけ直して、改めてその額の凄さに実感が沸いた。

一介の学生だった俺がこんな大金を突然手にするなど、どうして想像出来ようか。

重い物を持ったわけでもないのに、手が小刻みに震えている。



「ご確認いただけましたかな?」



満足のいく反応だったのだろう、ハイアがニコニコと嬉しそうに俺の事を見ている。

思う壺だった事は悔しいが、こればかりは反応を抑えられない。

この世界のお金に慣れる前であれば、こんなにも露骨に反応が浮かび上がる事もなかったのに、、。

手の震えを隠す為に手をテーブルの下、膝の上に隠して、ハイアの言葉に頷いた。



「何よりです。それと、ドルトン殿が仰っていたという、ケイト殿が作戦に参加した事を広めないで欲しいという話、ケイト殿ご自身もそのお考えという理解でよろしいでしょうか?」

「はい」

「差し支えなければ、理由をお伺いしても?」

「ウルさんが、弟子を取った事を知り合いにからかわれるのが嫌みたいです。僕自身も特に目立ちたいわけではないので、師匠の意を汲もうかなと」



本来は腐愚民である事をバレる可能性を低くする為に、俺の存在を有名にしないという事が目的だが、これもあながち嘘ではないだろう。

ウルは知人に弟子を取ったと知られるのを嫌がっていた様子だったし。

まあ、俺の目立つ行動のせいで、もうかなり知れ渡っていると思うが。



「なるほど。本部へ報告書を書いて提出しなくてはならないのですが、ケイト殿が作戦に参加した旨は記載しないでおきます。本来は名前を記載しなくてはならないので色々と追及を受けそうですが、三賢者様の願いとあれば聞かないわけにもいかないでしょう」

「ありがとうございます」

「その分、本部から与えられる証書や特権、追加報酬は受けられませんが、よろしいですか?」



証書や特権は何となく分かる。

警察に表彰されるのは日本でも見聞きした事があるし、特権は個人の判断で悪人を捕まえてもいいとかそういうものじゃないだろうか。

だが、追加報酬は予想外だった。

今目の前にある木箱の中身だけでも家が建てられる程の額なのにも関わらず、これに更に追加があるとは、、、。



「はい、問題ありません」

「承知しました。それでは、私が何とか上からの追及を躱しておきます」

「お手数おかけします」

「ケイト殿は我らの英雄ですから、これくらいは」



最後にハイアと握手を交わして、一旦報酬を安全なところへ移動させる為に帰路に着いた。

こんなものを持ったまま魔術訓練に行っても、集中力が持ちそうにない。

今は家に置いておくしかないとして、この大金、どうしようか、、、、














───────どんっ。


「誰だ!?、、、、あれ?」






人通りの少ない道で背後から誰かにぶつかられ、慌てて振り返る。

だがそこには誰の姿もなく、声を上げた事で少し離れた位置に居た小さな子供を驚かせるだけの結果になった。

まるで、だるまさんが転んだのような構図だ。


(確かに誰かにぶつかられた気がするんだけどな、、、、、)

持った事のない大金を持ってるから、過敏になっているんだろうか。






「ふるっふっふっ。失敬失敬。こちらですよ」

「───誰だッ!?」






大金を背に隠し、妙な笑い方をする声の主のほうへと振り返る。

そこに居たのはピエロのような服装をし、体に合わないサイズの縦長のハットを被った、如何にも怪しい風貌の丸眼鏡の男。

身長は俺の半分くらいだ。

そのサイズ感とは相反して、声や雰囲気は子供のものとは思えない。

それに、後ろからぶつかられてすぐに振り返ったのにも関わらず、音も立てずに俺の前へ移動していたのも引っ掛かる。

風貌も相まって、怪しさしかないな、、、。

自然、大金の入った木箱を持つ力が強くなった。



「そう警戒なさらないでください。たまたまぶつかっただけにございます故。ふるっふっふっ」



何というか掴み所のない雰囲気をしている。

警戒を最大値にして見続けていないと、あっという間に姿を消してしまいそうな、、、。

本当にそこにいるのかさえ、疑問に思えてしまう。



「名前を、、、。聞いてもいいですか」



ふと、そんな言葉が口を吐いた。

ただたまたまぶつかっただけ。

それなのに突然名前を聞くなんて、俺の性格上有り得ない事なんだが、、、。

多分、性格を超越する程に惹き付けられる何かをこの人物(・・)から感じているんだろう。

この陽炎のような、ユラユラと揺らぐ雰囲気を持つこの人物(・・)に。



「私は〝影〟。またの名を、シャグニック・N・ターキーと申します」



影、、、。

日本に居た頃であればただの中二病の変なやつだと切り捨てるところではあるが、この存在(・・)を言い表すには正しい言葉のように感じられる。

大きく腕を使って口上を述べる様はまるで舞台役者のよう、、、、で、、、、。

、、あれ?



「どこに行った、、、?」



少し意識を離した隙に、シャグニックは姿を消していた。

辺りを見回し、近くの物陰や建物の屋根に至るまで探してみても、その姿はどこにもない。

かといって、こんな街中で大声で名前を呼んで探して目立ちたくないんだよな、、、。

どこに行ったんだろうか。




パチン────。




足元付近から、指を鳴らす音が聞こえた。

それと同時に、何か消失感のようなものが胸中に浮かぶ。

音の正体をキョロキョロと探してみても見つかる気配すらないが、幻聴だったのだろうか?

はっきり聞こえた気がしたけど、、。

この胸中に浮かぶ感覚といい、さっきの不思議な存在といい。

聞こえた指の音と何か関連がある気がして、放置するのはよくない気がするんだよな、、、。


さっきの、あれ。

なんだっけ。

シャグニッ、、シャグニ、、、、あれ?


(、、、、なんだったっけ)


思い出せない。

さっきまで対峙していた人物を。

ん?

人物?動物?

なんだっけか。

重大な事だった気がすれば、どうでもよかった事のような気もする。

そもそも、なんで俺はこんなどこかも分からないところの屋根に登ってるんだ?



「?、、、まあいいか。急いで帰ろう」



いつも通りの賑わいを持つリネリス。

その一角で周囲の人物が全員強盗犯に見える錯覚に陥りながらも家路を辿り、足早に家へと帰った。

布に包まれた木箱を持って辺りをキョロキョロと見回しながら足早に帰る俺こそ強盗犯に見えたと、後日ギルドに向かう途中にアッシュに言われたのは、また別の話。

どこで見られてたんだろうか、、、。


























「ふるっふっふっ。つい戯れで接触してしまいましたが、結果としては上々。と言ったところでしょうか。、、、、おっと。忘れるところでした。3・2・1─────」






パチン───。





「これで、貴方と私の出会いは靄の中。ふるっふっふっ。今後も私は貴方の影に徹します。それでは御機嫌よう。佐々波啓太(・・・・・)、殿」

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