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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
四章
36/104

三十三話「イデオロギー」

遅れました…!




「あれだけの威力であったのに、死者がほとんどいませんね、、、。土壇場で威力の調整までしてしまうとは。いやはや、流石です」


宝飾店の一階。

店の奥の倉庫になっている部分で、ホッジの代わりに二階突入部隊の指揮を執る事になったらしいファボートがそう言ってくれた。

だが、褒め言葉であろう事は疑いようがないはずなのに、俺はどうにも喜べないでいる。


〝ほとんど〟


たった四文字。

この短い言葉に込められた意味のせいで。



「ケイト殿はお優しいですね。ホッジ女史が言っていた通りのお人だ」

「ホッジさんは何と、、?」

「自分を身の危険に晒した人物の命すらも本来の価値を見出し、無為に捨てようとしない。そんな人物だと」



見る人によっては、良いように捉えてくれる事もあるのか、、、。

この世界では捨てたほうがいい邪魔な考えなんだろうけど、捨てられない俺にとってはそれを肯定される事は特別であり、格別に嬉しい。

自分の考え方も単なる間違いではなく、一つの在り方なんだと、そう思わせてもらえる。


今はまだ、治癒院へと運び込まれたホッジの容態を確認する事は出来ないけど、きっと大丈夫だと、そう信じていたい。

きっと貴重な、自分の在り方を否定せずにいてくれる人の内の一人だから。



「ご安心ください。死者は全て我々保安官が殺めた者です。ケイト殿は見事に無力化のみに尽力下さいました」

「良かった、、、」



ファボートの気遣うような笑みが気になりはしたが、俺は、故意かどうかは分からないがそれを無視して、言葉の節々までを、疑わずに信じた。

きっと二階の制圧を終えた事に対する労いの笑顔だったんだ。

そう、必死に自分に思い込ませて。







「〝風刃(スラッシュ)〟」

「なッ───!!」

「〝土壁(ウォール)〟」



ボゴォッ──!!



「くそ保安官如きがああああ!!!」

「マクスウェル!あいつを拘束だ!!」

「はっ!」







(あっ、ぶなかった、、、、、)

敵を拘束する作業中のファボートと話していると、瓦礫に埋もれて隠れていた敵が風刃を放ってきた。

いち早く敵の方向を見たファボートのおかげで、体を振り向かせる間もなく魔術を発動して防ぐ事が出来たが、それがなければ今頃、、、、。


背筋を、冷たいものが駆け抜ける。


風刃は、建物の壁や人体程度であればある程度切り裂いてしまう。

発動速度や魔術自体の速度も速い。

対人の死合いにおいて、かなり有用な魔術だ。

飛んできた位置は、確認出来た限りでは俺とファボート、どちらともの腹部を切断出来る位置。


(土壁の形成単語が少しでも遅れていれば、、、)


俺は今頃、上半身と下半身が分離していたかもしれない。



そうだ。

ここはまだ戦いの場なんだ。

油断をするには早い。

敵を全て無力化するまでは、常に周囲に気を張り巡らせよう。

滝のような汗を掻いて震える体へ、そう誓った。



「ケイト殿、助かりました。ありがとうございます」

「いえ。危ないのはお互い様でしたし───」






「ぐあああ!腕が、腕がああああ」

「ほらほら、どうしたどうしたぁ?この程度か?あぁ??」






(地下から、、、、?)


「マクスウェル!この場の指揮は任せる!俺は地下へ、、、」

「いえ。ファボートさんはここに居てください。地下へは僕一人で行ってきます」

「し、しかし!」

「不安ですか?」

「い、いえ。そのような事は、、、」

「信用していただいてありがとうございます。それでは」


ドクンドクン──


(煩い。鳴り止め心臓、、、)




本当は、一人で地下へなど行きたくない。

怖い。

帰りたい。

震えが治まらない。

それなのに、何故あんな宣言をしたのか。

自分でも理解出来ていなかった。

言葉を発した時、無意識が頭の八割を占領していた。

それの理由も分からない。


分からない事だらけだが、震える足は地下へ向かう階段を淀みなく踏みしめ続けている。

一段、一段。

地下にいる保安官の叫び声に、身を竦めさせられる。

敵の、人の命を何とも思っていないような殺人を楽しんでいるような嗤い声が反響して、本来の大きさ以上に肥大して耳に届き、神経を逆撫でされる。

今からでも遅くない。

今からファボートに頼めば来てくれる。

そんな事は分かっているはずなのに。

何故俺は恐怖に打ち震えながらも、壊れた地下室の扉の陰で、敵に打ち勝つ術を必死で探しているんだ、、、、。




──ぬるっ。

(、、、ん?)


「うッ───!」




一旦呼吸を落ち着けようと腰を落として地面に着いた手から、生暖かいぬるりとした感触が伝わってきた。

嫌な予感がしながらも視線を落として見たその正体は、水溜りのようになった味方と思われる者の血溜まり。

流れたばかりだという事を証明するその温度が、色が匂いが、流出元の惨さが、胃の中のものを一足飛びに口の中まで運んだ。


(気持ち悪い、、、)


吐いたほうが楽だと分かっていながらも、敵にバレるのを避ける為に必死に飲み込む。

元に戻すという動作自体を気持ち悪いという事は把握できても、不味いというような味覚的考えを持つ事は出来なかった。




不自然な程自然に引き寄せられた扉のすぐ近くにあった死体から外した視線を、奥へ奥へとだだっ広い部屋の中を彷徨わせる。

その途中で何度も別の死体を見つけては吐き気を催して、その度に胸やけを感じながらも必死に飲み込むのを繰り返した。

全ては、敵を制圧する為。

いつの間にか戦闘狂の如く目の前の敵しか見る事が出来なくなっている自分の不自然さには気付かずに、俺は自分が使える戦術を反芻し続けた。


(あれか)


二階の部屋の倍程もあろうかという部屋の隅で戦っていたのは、防御結界で作られた光る盾を構えた五人の保安官と、それに相対する2mはあろうかという長身の二刀流の男。

右手の剣には炎を纏い、左手の剣には渦巻く吹雪を纏っている。

二つの属性を顕在させ続け、尚且つ五人を片手間にあしらい続けるなど、常人の沙汰ではない。

バリオンやデズゥより実力が上なのは明白だろう。


(ミシェよりは、少し弱いくらいだろうか、、、?)


今、あの頃のミシェと再戦しても負ける気はしないが、死合いとなっては敵を殺める覚悟のない俺が圧倒的に不利だ。

正面から向き合えばおそらく互角。

それなら、一気に近付いて牽制の後にトドメか、、、。

リビィを助けた時の魔術、エアバーストで不意打ちなら多くの場合無力化出来るが、おそらくあの敵にはそれを往なされる。

だが少なくとも態勢を崩す事は出来るだろう。

そこにもう一度威力を上げたエアバーストを喰らわせて、壁際に土魔術で拘束をすればいけるか、、?


(大丈夫だろうか、、。本当に俺だけであの敵を、、、)


いや、きっと大丈夫だ。

俺は一人じゃない。

力強い味方のキュイが傍に居てくれているじゃないか。

それだけで、不安は本来あるはずの大きさを見せずにいてくれる。

大丈夫、大丈夫だ、、、。





「ぐあっ!」

「ドゥナ!しっかりしろ!戦線を崩すな!!」

「やめとけやめとけ♪そんな怪我で無理したら、後ろのお仲間みたいになるぜ~♪」

「くっ、貴様ああああ!仲間を愚弄しよってえええええ!!!」

「おっと、足元がお留守ですよっと♪」

「───ッ!」





保安官達の体に傷が出来る鈍い音が、血飛沫が炎で蒸発する音が、地を這って届く阿鼻叫喚が、俺の精神を害する。

敵へ集中してから何処かへ行っていた恐怖心が、胸中をじわじわと蝕んでくる。

布に水分がしみ込んでいくようにじわじわと。


少し、少しだけ待ってくれ。

届くはずのないそんな心の声を保安官へと送って、絶えずやってくる吐き気を抑え、乱れた呼吸を整える。



「ふぅー、、、、、」

『キュイ?』

「大丈夫。大丈夫だから」



心配そうに小首を傾げるキュイを安心させる為に、無理に笑顔を作って小さな頭を指で撫でる。

もう吐きそうになっているところや弱気になっているところを何度も見られているから、今更無理をしたところで意味はないと思うのだが、何となく意地を張ってしまった。

つまらない男のつまらないプライド。

異常な考えになっているように見えた自分に、そんないつもと変わらない感情があった事が、無性に嬉しくなった。


(、、あれ?)


喜びを感じると同時にほんの少し。

注視しなければ分からないほどの少しではあるが、恐怖心の滲みが収まっているのを感じた。



「また、キュイのおかげで心を落ち着ける事が出来た。ありがとう」

『キュイ!』



敵にバレないように小声で、それでいて元気に返事をしてくれたキュイを見て、一層緊張が緩む。

もう、大丈夫。

吐き気は収まっていないし、呼吸もまだ少し荒いけど、行うのはたったの数合い。

それくらいなら、今の状態でもいける。





「よし。いくぞキュイ」

『キュイッ!』





意を決して、血溜まりに足を取られないように足の裏に圧縮した空気を仕込んで、よく見なければ分からない程低い位置に浮いて一気に室内に踏み込んだ。

彼我の距離は15m。


10m。


5m。





「ん?新手か?」





保安官の2m程後ろまで来たところで、前方に居た保安官が膝から崩れ落ちた事によって敵と視線が絡んだ。

人の命を弄んでいる男は、だらしなく髭の生えた口元を愉快そうに歪めている。

両手に圧縮した空気を仕込んでいる今の状態では、形成単語を発動する程の集中力を練れない。

それ以前に、何か言葉を発した時点で集中力が切れて、今保っている魔術も発動を阻害され兼ねない。

我慢。

我慢だ。

被虐心に塗れた敵へ魔術を打ち込むのは、後数瞬の我慢。

あと少し、あと少しで懐に。



「むっ!これは拙いッ!!」

「くそっ!!」



強者故の勘か、俺の進行方向に剣を二本とも、そのまま突き進めば喉元に刺さる形で中空に置いてきた。

纏う属性はどちらも炎に変更されている。


(この一瞬で二本の剣の魔術が相殺しないように同じ属性にするなんて、判断力と瞬発力が馬鹿げてるな、、、)


だが、敵の懐にこそ潜り込めなかったが、剣を二本とも弾いて不完全なバンザイの態勢にする事は出来た。

このままもう一歩踏み込んで今の倍以上の威力のエアバーストを、、、、





「ケイト殿!助太刀致す!」

「───ッ!!!」



ドンッ───!!

───ドンッッ!!!



「くくく、、、。まさか敵に命を救われるとは。二段構えなど、小僧の癖に小癪な真似を」

「くッ、、」





トドメとして用意していた一撃は、敵の片腕を無力化して片方の剣を弾き飛ばし、服を半分程弾き飛ばして体の至るところに傷を作るまでに留まった。

言葉に表すとそれだけでも充分のような気もするが、本来の威力を発揮出来ていれば間違いなく今ので意識を刈り取る事が出来ていた。

助太刀をしようと間に割って入って来た満身創痍の老年の保安官がいなければ、、、。


壁にぶつかった音は保安官のほうが大きかった。

おそらく、敵はぶつかる直前に受け身を取ったのだと思う。

俺は、右方面の壁へとめり込んだであろう保安官の姿を、その安否を、確認する事は出来なかった。

飛び込んで来た時の状態が、めり込んだ際の音が、保安官が無事でない事を悠然と物語っていたから。

深手を負った状態の敵なら、負ける道理はない。

だが、体はその場に縫い付けられたように固定されて動けなかった。

故意ではなかったとはいえ、悪人ですらない保安官を自分が手に掛けてしまった可能性があるから。



(早く動け、、!このままじゃ負けるぞ、、動いて、くれよ、、、)


『キュ、キュキュイ!!』



敵が一歩、また一歩と近付いてくる。

体の数ヵ所からポタポタと血を垂らしてふらふらと前進するその姿は、幽鬼のようにも見える。

あと一撃入れたら敵の意識を刈り取れるのはほぼ確実だ。

それでなくとも距離を取ったり、ひとまず動かなくては今度は俺の命が危ぶまれるのは明白。

早く動かないと、、、




「おや?よく分からぬが動けないようだな。これは僥倖。刺し違える事くらいは出来そうだ、、。いざっ─────」


「あああああ!!!─────ぐあっ!」


「くっ、、、。雑兵、、、如き、、、が、、、」



バタッ───。




荒ぶる思考が、人が二人倒れる音で静まり返る。

視界には、結んでいたものが解けて広がった、茶色の長髪。

蒸発した血の匂いが、避けられたはずの悲劇を鼻腔から告げる。


何故、目の前で保安官と敵がお互いを刺し合って倒れている?

何故、俺はその場から動かず無傷のままなんだ、、、?


答えは分かっていた。

目を逸らそうにも、それは現場を見れば明白になるものだったから。

俺は、足元の赤黒い水溜りからいたずらに鼻腔を擽る血の匂いから、必死に目を逸らした。




(信じない、、。信じたくない、、、。俺のせいで、保安官が二人も無為に命を散らしたなんて、、、)




顔には、絶望が色濃く浮かんだ。

鏡など見なくても分かる。

確実に、手から滴る液体と真逆の色をしている。





ドサッ───。





静まり返った室内へ響いた音が自分が膝を着いた事による音だと、数秒の間気付けなかった。

それほど自然に、足の力が抜けた。

自分の足で立つ事が出来なくなった。

この場に来た意味が、分からなくなった。



「ごめんなさい、、ごめんなさいごめんなさい、、、、」



ただただ、そう吐露する事しか出来なかった。

謝るべき対象ははっきりしているのに、方向を定めずただひたすらにボヤけて謝罪を零し続けた。

目を合わせてきちんとするべき対象に謝れば、受け入れたくない事実を突き付けられる事になるから。

ただひたすらに、呆然と、膝立ちになって凹んだ前方の壁に視界を固定したまま、迷子の謝罪を零し続ける。

謝ったところで、何になるわけでもないのに。







「げほっ。がはっ。ケイ、、ト、、殿。謝らないでください、、、。私はまだ、、がはっ!!!生きて、、、いますから、、、、」

「え、、、?」







ここ最近で一番、間抜けな声が出たと思う。

聞こえてきたのは間違いなく真下からの声。

それも、女性のもの。

ということは、、、?

俺は、恐る恐る血溜まりへと視線を落とした。



「ほら。生きて、、いるでしょう、、?ですが申し訳ありません。げはッ!!!このままでは死んでしまうので治癒魔術を掛けようと思うのですが、詠唱中にこの剣を抜いていただけないでしょうか、、、?ぐっ!お願い、、します、、」

「わっ、分かり、、ました」



情けなくも声を裏返らせて諾と答え、血溜まりに寝そべる保安官の前方へと、這々の体でべたべたと音を立てながら回り込む。



「うッ!」



保安官の腹部に深く刺さる剣を見て、我慢出来ずに少し吐いてしまった。

咄嗟に横へ顔を逸らす事で保安官に吐かずに済んだのは不幸中の幸いか、、。




「【汝、、、、に命ずッ、】はぁ、、はぁ、、。【この身に流るる魔力を持ちて、疾く負の傷を掃い捨てよ、、】」


ずぶっ──ぬぞぞぞぞ───




合図をせずに詠唱を始めた保安官に慌てて、吐いた後の口元を拭う事すらせずにゆっくりと剣を引き抜く。

早く抜いたほうが痛みは少ないんだろうか?

それとももっとゆっくり抜いたほうがいいんだろうか?

初めての事で手探りで、自分なりの速度で剣を抜き切った。




「ぐっ、、!はっ!はぁはぁ、、、。【契約者レオノーラの名において、癒しの力の行使を許し給う。 〝自己治癒(アム・ヒール)〟 】!!!」




詠唱を終えて、保安官の体が淡く光る。

俺がウルに治療してもらった時と、同じ光。

腹部に開いていたはずの穴は逆再生のように塞がり、流れる血は徐々に勢いを失くして、次第に流れる事すらなくなっていった。



「、、、大丈夫、、ですか、、?」

「はい。ありがとうございま、、、、す───」バタッ

「レオノーラさん!?しっかり!しっかりしてください!!」



半身を少しだけ起こしてすぐに再び血溜まりに倒れ込んだ保安官の体を揺さぶる。

それと同時にふと、肩に軽く手が添えられたような感覚を得る。

まさか、敵が生きていたのか、、、?







「ケイト殿、大丈夫です。出血が多く気を失っているだけですから」








敵だと警戒した添えられた手は、俺が来る前に戦っていた保安官達の内の一人だった。

背後から襲われる不安から解放されてホッと胸を撫で下ろし、右腕をだらりと下げた保安官へ、気を失ったレオノーラを預ける。

片腕が使えない状態であっても、怪我人の扱いなど知らない俺より圧倒的に適任だろう。

きっと、一般市民より死が近くにありそうな保安官なら、適切な処理をしてくれるに違いない。



「それと。先程ケイト殿の魔術に飛び込んで壁にめり込んだガゼル隊長も、打ち所が良かったのか奇跡的に息をしています。治癒院に運べば問題なく回復するでしょう」

「そう、、、なんですね。良かった、、、」



ここはまだ敵のアジトで、警戒をし続けなければいけないと分かっていつつも、この瞬間は全身に安堵を滲ませて肩の力を抜いた。

味方を殺めてはいなかった。

たった一つ、その事実に。


よくある悲劇物の創作物なら、こういった油断したタイミングで倒したと思った敵が復活して命の危機に晒されるという展開があるが、どうやらそれは心配しなくても良さそうだ。

別の動ける保安官に確認してもらったところ、この部屋に倒れている敵は全員事切れているらしい。

それと同等以上の数の保安官も亡くなっているが、この場を動けなくなる事を忌避して、頬を思い切り叩いてその考えを追い払った。




二階も地下も制圧したから、これで作戦終了だろうか?

早く帰ってゆっくり休みたい。

白色だったはずのローブも赤く染まってしまった。

セナリもリビィも、心配させてしまうだろうな、、、。






「ケイト殿。助けていただいた上に嘆願するのは失礼だと重々承知した上で申し上げます」






レオノーラを一階から来た応援部隊に預けた保安官の男が、血溜まりのすぐ横にあった瓦礫に腰掛けた俺に、嫌に畏まってそう話し掛けてきた。

良い予感は微塵もしないが、無視をするわけにもいかない。

それに、そこまでの気力すらない。

不安定な瓦礫に腰掛けた状態で出来得る限り気を張って、保安官の言葉に耳を傾けた。



「あちらの扉から、首魁であるハ―ネック・ロウロウが逃げました。逃走先である倉庫にも保安官は待機させてありますが、戦力差からして取り逃がしてしまう可能性のほうが高いです。それどころか、相対する保安官が一人残らず帰ってこない可能性も、、」



まだ、話は続いていると思う。

だがそこまで話して、苦虫を何匹も噛み潰したような表情で保安官は話を切った。

悔しさや申し訳なさ、そんな色々な感情が綯い交ぜになったものを感じ取る事が出来る。



「どうかお願いです。ロウロウを追っていただけないでしょうか?攫われた父の行方を知っているのは、やつだけなんです、、、」



自分では追ったところで敵一人と心中するのが関の山です、と。そう付け足した。

捕まえに行きたい、でも自分にはその力はない。

だから、保安官でないとは分かっていても、仕方なく作戦に参加したと分かっていても、年下であろう俺へ、地面に擦り付ける勢いで頭を下げているのだろう。


あれだけ帰りたいと思っていたはずなのに。

次こそは命を失うかもしれないのに。

俺は、驚く程自然に地に足を着いて自分の意志で立ち上がった。


死合いの場でも自分の力が通じる事が分かった事。

短時間で二回の修羅場を乗り越え敵を制圧した事。


その中で殺めてしまったと思った二人の保安官も、命辛々ではあるがこの世に留まってくれた。

そんな色々な要素が絡まって、多くの死を短時間で目にし過ぎて、俺の感覚は強烈に麻痺してしまったんだと思う。

人の死が、致死性のある魔術を放つ事が、敵へ手を下す事が、自分の中でここへ来る前より軽い事柄になっている事を確かに感じた。


(このまま感覚が麻痺していって、この世界の死生観に自分の思想が馴染んでいってしまうんだろうか、、、)


そんな事を心の中でだけ独り言ちて、頭を下げたままの保安官に諾と告げ、入って来た扉から意識的に視線を逸らしながら、床に貼り付く足裏を無理矢理引き剥がした。

早く終わらせよう。

終わったら、もう一度心に平穏を取り戻そう。

自分が人の死に何も感じられなくなるなんて、思いたくもないから。

そう、心に強く浮かべて。



「ケイト殿、お供します」



すっかり一人で行くつもりだったのだが、一階から降りてきた応援部隊の内数名、五人程が俺の護衛として付いて来てくれた。

見知った顔のシドを始めとした五人。

全員が悲壮な表情を浮かべている。

この短い間で、笑顔が満ちている印象だったシドの顔も、色々な感情が綯い交ぜになった凛々しい表情になった。

きっと、今すぐにでも嘆きたいのだと思う。

仲間の死を、守り切れなかった自分の力量を。

それでも無理矢理にでも足を動かして前へ進まないといけない。

そんな作り上げられた意志が仮面となって、一時的に弱々しい感情を、表情を覆い隠しているのだと、そう感じ取れた。


(俺もきっと、一時的に感覚が麻痺してるだけだろう、、)



『キュイ?』

「大丈夫。後少し、頑張ろうな」

『キュキュイッ!!』



もう何度目だろうか。

またキュイに心配をさせてしまった。

表情を読み取れるようになったのは仲良くなった証拠であろうしいいんだが、出来るだけ心配をかけたり悲しい表情をさせたりはしたくない。

死合いの場に向かっている今は不安要素が山ほどでどうしても顔に出てしまうが、出来るだけ気丈に振る舞う様にしよう。

そう心に誓いながら、最後にキュイの頭を一撫でして、地下室の隠し扉の奥、廊下の突き当りにあった扉を開けた。






「ケイト殿!あれがロウロウです!!」





扉を開けてすぐ目に飛び込んで来たのは、十数名の防御結界の盾を構えた保安官と、それと同数程度の敵。

その向こう側、地上に出る為であろう階段の麓をシドが指差した。


(あれがロウロウか、、、)


数人の護衛に周囲を守られた首魁が、ドタドタと音を立てて必死に階段へ向かって走っている。

その距離は残り5m程。

俺からの距離は20mはありそうだ。

魔術の応酬や剣戟の音が響く中、俺は無心で即座に足の裏で空気を圧縮させた。

1日に何度も使うと暫く足が使い物にならなくなるんだが、そんな事は言ってられない。

階段を登るまでに間に合わせるには、こうするしかない。


(15m、、、、10m、、、5m、、、)


目算の距離を数えながら、数度足の裏の空気を解き放って、数秒で残り5m程の近さまで距離を詰めた。

後一歩で届く─────




「あの小僧を殺れええええええええええええええ!!!!」

「〝風刃(スラッシュ)〟」

「〝土壁(ウォール)〟」

「〝津波(ウェバー)〟」




風刃が、直撃すれば確実に流されてしまう勢いの波が、一斉に襲い掛かって来る。

遠距離攻撃をしようにも、階段の一段目に足を掛けたロウロウは、分厚い土壁に隠れて見えなくなってしまった。

直撃を避けるには防壁を作って正面から防ぐか上空に飛び上がるか、波が届かないところまで横っ飛びするかのどれか。

直撃すれば命が危ぶまれるし、防ぐか避けるかどちらかを選択すれば敵に逃亡する時間を与えてしまう。


(となれば、、、)


命の危機がある状況にも関わらず、不気味な程に落ち着いて思考を回していた。

風刃の位置、土壁の高さ、敵がいるであろう位置までの距離を目算して、足にぐっと力を込めて叫ぶ。

頼りになる、相棒の名を。



「キュイ!!」

『キュ!!』

「うおっ!!!!」



敵の前方に躍り出る為に、キュイの力を借りて斜め上に一気に飛び上がった。

飛び上がったのはいい。

敵の斜め上前方に躍り出たのもいい。

だが、思っていたより高い。

敵影を見てすぐ魔術を発動しようとしていたにも関わらず、思わぬ高さに飛び上がった事で体が硬直して、上手く練り上げる事が出来なかった。

(キュイ、、、本気出し過ぎだ、、、)



「〝風刃(スラッシュ)〟!!」



(やっばい、、、!!!!)

油断をしている間に、敵が先制攻撃を放ってきた。

二人の魔術師によって放たれた複数の風刃は、俺が逃げられる範囲上下左右を埋め尽くしている。


(傷を負うのは免れないか、、、、)


絶望的にも見える状況でも慌てる事なく自分の周辺の重力を上げて一気に階段の中腹へ落ちて、勢いそのままに数段転がる。

視界の端に風刃が一つ近付いてきているが、これを避ければ追撃の隙を与えてしまう。

無理矢理重力を上げた事による弊害を感じながら、風刃を避ける為に痛む体を無理矢理捩りつつ、ロウロウに視線を固定して指を鳴らした。




パチンッ───ボンッ!!!!


「がはっ!!!!」


ドサッ、ドサドサ───




勝負は一瞬だった。

俺がロウロウ達のすぐ近くで起こした爆発により、護衛達も含めて吹き飛ばされて後ろの土壁に衝突し、そのまま滑るようにドサリと落ちた。

勿論、風刃の進路上から逃れられていなかった俺も無傷というわけにはいかず、、、。



「くっそ、、、、」



左腹部から血が流れていた。

傷の深さは確認していない。

今はまだ、警戒を解くわけにはいかないから。


(熱い、、痛い、、熱い、、、)


燃えるような熱さを腹部から感じながら、全身の打ち身から必死に目を逸らしながら、必死に敵を睨み付ける。

まだ、土壁の向こう側に居た二人の護衛と、保安官達と戦っている敵は無力化出来ていない。

意識を手放せば、動けない事を悟られては、恰好の的と成り得る。

もう少し、もう少しだけ追撃を、、、、。

何とか、、魔術のイメージを、、、、








「あああああああ!!!!!!〝(テンペスト)〟!!!!!」








最後の力を振り絞って、叫びながら形成単語を唱えた。

発現場所に丁度重なって高く吹き飛ばされた護衛達の生死など、今は構う余裕はない。

息を荒げながら、心許ない魔力残量を気遣う事なく十数個発生した竜巻を、保安官達と戦う敵の元へ移動させる。

不意打ちでなければ簡単に相殺されてしまうものだが、保安官達の手助け程度の牽制は出来るだろう。

そんな俺の思いを組んでくれたのか、敵の群れが背後から急襲した竜巻達の対応に齷齪している間に、一人、また一人と保安官達が制圧してくれている。

全て相殺されるまでに、その数は半分以下までに減った。

後は、もう任せておいて大丈夫だろう。





ドサッ──


「ははっ、、。安心したら力が抜けてきた、、、つッ!、、この傷、助からないかもな、、、」





手で押さえただけでは傷が塞がるはずもなく、治癒魔術を使えない俺は痛みで狂いそうになりながら、階段に全身を投げ出して老朽化している天井を仰ぎ見た。


熱い、痛い、苦しい。

早く治療してほしい。

でも、自分では止血すらまともに出来そうにない。

助けを呼ぶ為の大声を出す事も出来ない。

それに、竜巻のせいでほとんど崩れたとはいえ、俺を隠すには充分過ぎる程の土壁が残っている。


(助かる内には気付かれないだろうなあ、、、、)


過呼吸に感じる程息を荒げて、そう独り言ちた。

口を吐いていたかは分からない。

それを判別出来る程、今の俺には余裕がなかった。






「ケイト殿!!!」

『キュキュゥゥゥイッ!!!!』



(シド、、、?それに、肩に乗ってるのはキュイ、、、、、か。いつの間にか、助け、呼んできてくれてたんだな、、、。ははっ。どっちがお世話をしてるんだか、、、)



「しっかり!しっかりしてください!!治癒師がもうすぐ駆け付けます!」






(助かる、、のか、、。良かった、、)

止血をする為に傷口の辺りの服を捲り上げて、自分の服を割いて包帯にして止血を試みてくれるシドの声を、少しずつ薄れていく意識の中でぼんやりと聞く。

心なしか、血の勢いが治まっただろうか。

痛みは強さを増す一方だが、流れる血の量は少なければ少ない程いい。



近付いてくる複数の足音、保安官に捕縛される敵達の悪態、内容が読み取れない喧騒。

そんなあれこれが頭の中で混ざりながら、俺はゆっくりと意識を手放した。

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