三十二話「戦場-いくさば-」
「それでは、作戦を説明します」
作戦参加を受諾してすぐ、セナリに貰ったお弁当を保安所に預けて、私服に着替えた保安官八人と一緒に人攫いグループが集会するという場所の近くの酒場までやってきた。
まだ昼前だというのに、この奥まった場所の酒場にはちらほらと顔を赤らめている客が見える。
昼間は開いてすらいなかった元の世界の居酒屋とは大違いだ。
早くから飲んでるからといって仕事をしていないという見てくれではなく、その身なりはきちんとしていて、たまの休みにヤケになって飲んでいるという風体でもない。
きっと、この世界ではブラック企業というものが無いか、少ないかのどちらかなのだろう。
少なくとも、リネリスではそうなのだと思わせられる。
そんな酒場で向かい合うのはホッジ。
シドは別の席で他の保安官と一般客に紛れているらしいが、ここに来る時点でかっちりとした制服から私服へと着替えているので、賑わう広めの酒場では中々に見つけるのが困難だ。
作戦の練り合わせも、私服へ着替えたのも、全ては周到な敵に勘付かれない為。
それでも最低限の防備として対魔術性能の高い肌着を着込んでいるらしいが、違和感は微塵も感じられない。
俺は、ホッジの指示でローブを脱いで見た目は完全にワインの葡萄ジュースを飲んでいる。
本当は突然の襲撃に備えてローブを着込んでいたかったけど、作戦が無に帰す可能性があると言われては従わざるを得ない。
作戦に参加するのであれば成功に尽力する。
命を賭す程熱心にとはいかないが、どのみち失敗すれば命の危険はあるんだ。
なら、自分の恐怖心を抑えてどうにかなる内は、その道筋に従おう。
「敵のアジトは、ここから少し歩いたところにある宝飾店です。売っている商品は至って普通の物ですが、そこで売っている宝石類が攫った人々を使って採掘しているものだという事が判明しました」
悪者の集会の場所というから勝手に廃墟か倉庫かと当たりをつけていたが、違った。
ホッジの話を聞く限り攫ってきた人達を売却して儲けにしているわけではないようだが、どうにも採掘要員にリビィを攫うとは思えないんだよな。
あの時助けられていなかったら、、、
そんな事を考えて、身を震わせた。
「理想としては店内の商品の取り押さえ、私坑道の特定まで行いたいですが、人員に余裕がないので今回は建物の損害や商品の紛失は問いません。首魁のハ―ネック・ロウロウさえ生け捕りにしていただければ、構成員は殺めてしまっても問題ないです」
「それは、、!」
「お静かに」
悪者とはいえ人の命を何とも思わない様子のホッジへ、思わず声を荒げて食いかかってしまった。
元の世界とは、命の重さが違う。
理解こそしたが、その考えを自分に馴染ませる事が出来ているかといえばそういうわけではない。
周囲から向けられた視線を浴びながら浮かせた腰を落として、自分の異端な考えを抑え込んだ。
「お気持ちはお察ししますがどうかご理解ください。ケイト殿はご存知か分かりませんが、生け捕りにしたとしてもおそらく、罪状の重さから鑑みるに死ぬよりも酷い刑を科される可能性が高いのです。決して自らの快楽や私怨で敵を殺めていいと言っているわけではありません」
冷静に、淡々と。
見てくれはつまみを貪り酒を煽る客を装いながら、ホッジがそう言った。
聞きたかったものの一端で間違いないであろうその言葉を受けて尚俺の心が晴れないのは、今燻っている想いが人命を大切にしろという高尚なものではなく、ただ単に自分の手で人を殺めるのが怖いという利己的な考えからくるものだからなのかもしれない。
簡単に人を殺められる力を持った俺がその一線を越えてしまったら、きっと望まない場所へ不時着してしまう気がするから。
そんなあれこれを乗せた首肯を、喉に詰まった干し肉を流し込んで咳き込むホッジへと送った。
「げほげほっ。すみません。続きを話しても大丈夫ですか?」
「はい」
「ここの酒場以外にも、数か所に既に保安官が待機しています。勘付かれないように、順番に待機場所を出て、敵アジトを包囲する形で全ての部隊が集まったところで作戦開始です。おやっさん!追加で!」
「はいよー!」
恰幅のいい酒場の店主には先に話を通しているらしく、わざわざ酒樽に入れた葡萄ジュースを注いで持ってきてくれる。
注ぐ姿の豪快さ、自然さは、樽から流れ出る液体が子供でも飲めるものだとは到底思えない。
同じ木製のジョッキに注がれた葡萄ジュースがテーブルに運ばれてきて店主がカウンターの奥に戻ってから、一息吐いたホッジが話を再開する。
「宝飾店は二階建てで、一階が店舗、二階が従業員スペースとなっています。地下には在庫を取り置く倉庫があるようです。まず一階の正面入り口から私とケイト殿を含めた五人で客を装って入りまして、従業員に扮している敵を制圧したあと、地下と二階の二つのグループに別れて特攻します。取り逃がしがないよう外にも保安官が構えておりますので、数人脇を抜かれたとしてもご安心ください」
「どちらへ特攻すればいいでしょうか?」
「ケイト殿は私と共に二階へお願いします。頼りないとは思いますが、精鋭の保安官達でお守り致します」
〝頼りにしています〟
そうホッジに伝えたが、実のところ、胸中には不安が溢れていた。
腕利きの保安官がミシェと同等以上のレベルであれば死合いの場であっても幾分か気持ちは和らぐのだが、闘技会優勝という事にあれだけ驚いていた事を考えれば、おそらくそれはないだろう。
そうなれば、同行するのはヘイディアレベルかバズゥレベルか、はたまた一回戦で当たったザックレベルか。
未だにこの世界の平均的な強さというのを計りかねているが、命を預けるのであれば少なくともデズゥと同等以上の実力者がいいなと、心の中で独り言ちた。
共闘する仲間の実力が知れない事の、何と不安な事か。
「今、一つめの部隊が店を出ました。私達は最後ですが、もう少しで出ます。その前に最後にもう一度だけご確認を。強引に誘ってしまう形になりましたが、ケイト殿。我々と共闘していただけますか?」
俺が頷く事など、微塵も疑っていない様子でホッジがそう聞いてきた。
今後の安寧が保障されるのであれば、正直なところ参加したくない。
自分だけが逃げて何とかなるのであれば、レミリア王国にでも行って、見つからないようにひっそりとスローライフを楽しみたい。
だが、そういうわけにもいかない。
この作戦の成功には、大事な人達の無事が掛かっている。
疑う様子のない目で見てくるホッジに従うのは少し癪な気もするが、ここは変に濁すところでもないだろう、、、。
「はい」
声は小さくとも力強く、そう応えた。
(早く終わらせて、リビィの顔を晴れさせてあげないと、、、)
「あそこです」
酒場を出て数分。
歩きながら前方を指差したホッジがそう言った。
リネリスとは思えない程人通りの少ないその場所、指差す先には石造りのお洒落な宝飾店が。
客なのか保安官なのかは分からないが、入口両脇にある大きな窓から見える店内には、商品を見る人物の姿がちらほら見える。
男女で腕を組んだ人達や、女性一人で見ている人。
年齢は一定の幅に収まっているが、その客層は様々だ。
「失礼します」
前を歩いていたホッジが一言断ってから腕を組んできた。
ただでさえ今からの特攻で心拍が上がっているのに、そういうどきりとさせるような事は止めてほしい。
、、、吝かではないけど。
「カップルを装って店内に入り、そのまま少し物色して、既に中に入っている保安官の合図で従業員を無力化します。一階の無力化は他の者に任せていただければ大丈夫なので、ケイト殿は私が二階へ向かったタイミングで同時に上がってください」
私のような者が相手役ですみませんと、端正な顔立ちでホッジが言った。
その顔に、作戦以外の他意は感じられない。
余計な事を考えている場合でない事は分かっているのだが、少し期待した分、残念な気持ちが募る。
「ケイト殿?」
前方に集中したままのホッジが声だけ向けてくる。
いつの間にか、募った気持ちが足取りを重くさせていたようだ。
目測ではとうに着いていたはずなのに、再度確認した宝飾店までの距離はまだ少しあった。
「なんでもないです。行きましょう」
自分の声で浮ついていた気持ちを切り替えて、いつも通りの足取りへ戻した。
突然の腕組みで早くなった心音を落ち着けながら。
「ようこそ、ロウ宝飾店へ」
木製の重い扉を開けた先は、至って普通の宝飾店だった。
贈る相手もおらず実際には入った事はないのだが、映像で見た事があるようなショーケースに、様々な宝飾品がずらりと並べられている。
学生が誤魔化しで買うような安い物ではない。
買おうと思えば何か月も貯金しなくてはならないのだろうなと思わされる程煌びやかな品々に、違法で手に入れたものだと分かっていても感嘆の息を漏らさざるを得なかった。
店内に数名居る店員も、至って普通の様子だ。
接客態度も、充分過ぎる程良い方だと思う。
向けられる営業用の笑顔は、到底裏で悪事に手を染めている者のそれとは思えない。
(罪悪感など微塵も感じていないからこそ出来る表情なんだろうな、、)
そう思うと、店員への対応に少し棘が立ってしまった。
ホッジが組んだ腕に力を込めてくれていなければ、作戦決行前に余計な事を口走ってしまうところだった。
悪事を見逃せないなんて高尚な考えは持ち合わせていないけど、リビィを怯えさせた犯人もこうしてのうのうと生きてきたのだろうなと考えると、表に出さずとも気持ちがささくれ立つのは止められない。
俺は、店員に見えない側の手をぐっと握り締める事で、今すぐにでも魔術を行使してしまいたい気持ちを堪えた。
「お客様、出来れば店内に鳥を持ち込むのはご遠慮いただければ、、」
「すみません。賢い鳥で決して肩から降りる事はありませんのでご容赦を」
言葉に棘が乗らないようにと気を付け過ぎて、少し変な口調になってしまった。
揉み手をして近付いてくる小太りの男を身を震わせて警戒するキュイを宥め、騒ぎにならないよう無難に応えてその場を凌いだ。
今、店から出るわけにはいかない。
そうすればきっと作戦に綻びが出てくるから。
〝ですが〟と続けて引き続き俺を店外に出そうとしてくる店員の後ろに足音を立てずに近付いてくる客を見て、生唾を飲んだ。
おそらく、あれは保安官だ。
それ以外の店員にも、自然に、あくまで客を装って近付いている。
(顔に出してはいけない。いつも通り、いつも通りの表情で、、、)
「もう、ダーリンったら!こんなところまで連れてきちゃ駄目じゃない!店員さん、少し見たら帰るので、少しだけ許してくれませんか?」
「ぐあっ!」
「な、何をするッ!」
「仲間をッ───」
唐突に変わったホッジの様子で呆けた頭は、目の前に散った鮮血と店員達の声で覚醒させられた。
そんな気の抜ける合図なら、予め教えておいてほしい、、、。
俺は、噎せ返るような血の匂いで吐き気が上がってこない内に、店内へ入って来る保安官達の慌ただしい足音を聞きながら、さっきの様子が嘘のように引き締まった表情になったホッジと共に二階へと向かった。
噴き出した鮮血が、どこから出たものなのかは見ていない。
今は、一人一人の生死にいちいち構って足を止めている時間はないんだ。
「私が扉を開けます。その後、シド、マクスウェルは中を確認せずに魔術を。敵の態勢が整わない内に全員で特攻します」
十人程で階段を慌ただしく登りながら、先頭を行くホッジが顔を前に向けたままそう言って、いつの間にか合流していたシドと、マクスウェルと呼ばれた無骨な男がそれに頷く。
俺は二人が魔術を放った後に特攻すればいいのか、、。
限界だと思っていた緊張が、扉が近付く毎に少しずつ高まって、体を重くした。
「いきます。3、2、1───」
「「はッ!!!!」」
ホッジの小声の合図と共に、二階にある唯一の扉が勢いよく開けられる。
完全に開き切るのを待たずして、シドの風魔術の突風とマクスウェルの土魔術で作った幾つもの拳大の石が合わさって、礫となって室内にいるであろう構成員に襲い掛かった。
「どうだ?」
お決まりのフラグのような言葉を、マクスウェルが零す。
あると思っていた悲鳴や、慌てふためく声は聞こえない。
という事は、、、?
「〝礫〟!!!」
「───ッ!伏せろ!!」
ホッジに頭を抑えられて地面に伏せると、頭上を無数の石礫が空を切って通り過ぎていった。
目の前には、鼻が潰れる程接近した床。
耳に届くのは礫が空を切る音と、頭上を通り過ぎて階段の手摺りや部屋の向かいにある壁に石が当たる音。
ヒュンッヒュンッ───
カンッ、カンカンッ───
一つ一つは致死性など全くない、当たり所によっては怪我すらしないサイズの石。
それでも、それが無数に飛んできていると思えば下手に顔を上げて状況を確認する事すら出来ない。
「くっ!!」
おそらく味方であろう人物の痛みを堪える声が聞こえたが、その方向を見る事も出来ない。
顔を上げれば、きっと次は自分が痛みに堪える事になるだろうから。
だが、ずっとこうしているわけにもいかない。
状況の確認も出来ずにひれ伏しているだけの存在など、敵にとっては恰好の的だ。
先程から何度か同じ形成単語が聞こえてきて礫の嵐は止む様子がない事から、おそらくこのまま牽制しつつ攻勢に出るのだろう。
(そうなる前に、、、)
俺は、苦虫を噛み潰したような表情のホッジに頭を押さえられたまま、目線だけ何とか部屋の入口へと向け、その周囲に味方が居ない事を確認した後、小さく口を開いた。
敵の足が見えた気がするが、巻き込まれても死にはしない。
多少の怪我くらい許してもらおう。
「〝土壁〟」
ズズズズ───
「いっってえええ!なにしやがんだくそがああああ!!!!!!」
扉が嵌まる位置に、視認は出来るが回避は出来ない速度で土壁がせりあがる。
本来あった枠をめきめきと押し広げながら、敵一人の足を巻き込んで硬質な壁となり、飛んでくる石礫を防ぐ事に成功した。
石が行き止まりにぶつかる音は、先程より一段高くなっている。
敵が土壁を壊す前に一度離れないと、、、。
「助かりました。ケイト殿は階段を数段降りて安全な位置に。私共は特攻致しますので、合図をしたらあの土壁を砂へと変貌させてください」
「大丈夫ですか、、、?」
失礼だと理解はしていた。
誇りを持って職に就いている人達に素人の俺がそんな事を聞くのは。
だが、ホッジは嫌な顔一つせず肩越しに微笑んで、〝ご安心を〟と言ってくれた。
その笑顔に何故か不安が増したが、これ以上無粋な心配で邪魔をするまいと、言われた通り素直に階段を数段降りて仲間に作戦を伝令するホッジを見守りながら合図を待った。
どんな合図をするのかは分からない。
でも、見落とさないようにしなくては。
俺の失敗で作戦を破綻させるわけにはいかないから。
石礫が土壁に当たる音が消える。
敵の喧騒が消える。
周囲から音が失われて、視界はホッジの周辺だけに絞られる。
ここが、いつどこから攻撃が飛んできてもおかしくない場所だという事を忘れて、俺はホッジの一挙手一投足を注視した。
「今です!」
「〝砂〟」
ホッジの声を聞いた瞬間、反射的な速度で形成単語を唱え、土壁を砂へと変質させて崩れさせる。
少しでも助力出来るように、崩れた砂が全て部屋の中へと雪崩れ込むように調整して。
「【防壁の雄よ、汝の力を持ちて我らを守り給へ。糧としたるは我が魔力、キーピー・ホッジの意志の下、力の行使を願う。 〝円〟 】!!」
「〝風刃〟」
「〝風刃〟」
「〝水球郡〟!〝氷柱〟!!」
いくつもの声が同時に響き、ホッジ達に殺意の雨が降り注がれた。
特大の氷柱、風の刃、それに紛れた鋭利な刃物達。
その殆どが、当たれば人命など簡単に掠め取っていきそうだ。
ブワッ────!!
ガン!カンカンッ──!
だが、そのどれもが舞い上がる砂埃の向こうで弾かれる音が聞こえた。
これは、似ている。
監視者達に襲われた時、ウルの防御魔術で敵の攻撃を防いでいた時の音に。
その予想通り、晴れた視界には半球状の結界に包まれた保安官達の姿があった。
「シド!結界を保っている内に!」
「はい!」
結界を張ったのはホッジだったらしい。
前方に視線を固定させたまま檄を飛ばしたホッジに従ったシドが、結界の縁に手を当てて、何も唱えずに風魔術を起こしている。
形成単語でなければ攻撃性を持たないはずなんだが、、、、
「げほげほっ!くそ!おまえら!適当に魔術を放て!」
「この、視界では、げはっ!味方を打ちかねません!!」
「役立たず共め!壁だ!防御を固めろ!」
「させるな!今の内に敵を殲滅するぞ!!」
「「「おう!!!!!」」」
シドが巻き起こしたのは、敵へと向かう強風。
攻撃力などない、ただの強い風。
だが、それに俺が撒いた砂が乗れば?
強風と合わさって視界を埋め尽くすほどに広がった砂塵は、口から鼻から気管に入って統率力や集中力を阻害した。
その隙に保安官達が乗り込んでいったが、砂塵が晴れるまでは視界が悪いという条件は同じなんじゃないだろうか?
目に入っていないとはいえ、いまいち晴れない視界の中で敵を見分けられるとは思えない。
その考えは正しかったようで、、、。
「〝大礫〟!!!」
「〝礫〟!!!」
「〝風刃〟!!」
石礫が、風の刃が、形成単語でない自家魔術の嵐が、数々の攻防で広げられた部屋の入口から、中へと降り注いだ。
敵の位置を確認するつもりなどない。
無慈悲の攻撃。
その殆どが、当たり所が悪ければ致死性の傷を負いかねないものだった。
ホッジ曰く魔術の扱いに長けているらしい俺をここに残した意味の一つが分かった気がする。
この作戦では、俺は却って足手まといになる。
(人を殺める覚悟が無い事を見透かされてたか、、、)
人を殺したいとは思わないけど、死合いの場まで来ておいて根本的な理由で足を引っ張っている自分が、とてつもなく惨めになった。
だが今は、見ているしかない。
この短い時間で人を殺める覚悟など出来ない。
敵が死ぬのをみすみす見逃す事になるが、こればかりは俺にはどうしようもない。
そんな言葉で、聞こえてくる敵の、助けを懇願する声や痛みに耐える声、呻き声に締め付けられる心を宥めた。
もう、敵の視界は晴れている頃だろうか。
階段にうつ伏せの形で身を屈めて音を聞く限り、一方的な蹂躙は終わって、魔術を打ち合っているように聞こえる。
保安官達の味方をする立場としては今の状況は好ましくないのだろうけど、一方的でない攻撃に変わったという事に、内心安堵してしまっている自分がいた。
敵は、リビィを攫おうとした。
それ以外にも、多くの人を攫って、その身の回りの人達をも不幸へ落とした。
そんな人物達なのに、俺は蹂躙を否定してしまっている。
(綺麗事だけでは俺の立場上、これから生きていけないよな、、)
そんな事を独り言ちては、保安官達の手助けに行く決心と、行きたくないという本心を交互に噛み締めていた。
未だ死の音が鳴り響く戦場の、その隅で。
「ぐあっ!」
「しっかりしろ!!」
「も、もう魔力が、、、」
情けなくも動けない状態で聴覚で必死に収取していた戦況。
部屋に突入してから数分は経っただろうか、保安官のものであろう弱気な声がちらほらと聞こえだした。
今動けば、一緒に作戦に参加した人達は命を落とさずに済むかもしれない。
俺とキュイが力を合わせればきっと。
そう頭では理解出来ても、顔を上げて部屋の入口を見据え、階段でクラウチングスタートのような体勢をするまでしか出来なかった。
(動け動け動け、、、)
心の中で何度も繰り返しても、足は震えるだけで前へ進む事を拒む。
「ホッジさん!しっかりしてください!ホッジさん!!!」
「シド!余所見するな!!」
「でも!」
その場を動けずもがく俺の耳に、泣きそうな声でホッジを呼ぶシドの声が劈いた。
呼び掛けられたホッジの返事は聞こえない。
もしかして、、、。
嫌な予感が頭を過った。
さっきまで普通に話していた人が?
姉御肌で気の良いお姉さんだったあの人が??
つい数10分前には酒場で葡萄ジュースを飲み交わしていた相手が命の危機に瀕しているなど、非日常過ぎて受け入れる事など到底出来そうになかった。
でもきっと、これは避けようのない事実。
攻防の隙間に変わらず聞こえてくるシドの悲鳴がそれに現実味を増させていく。
「頼む、動いてくれよ、、。今ならまだ、ホッジさんを助けられるかもしれないんだよ、、、!!!」
必死に全身に力を込めた。
握った拳で震える足を叩いた。
ここ最近で一番と言っていい程の力を込めても、行かなくてはならない部屋の入口を睨み付けても、動いてくれと願っても、体は一向にその場から動こうとしない。
命の危機があるという事実が、リビィの顔を晴れさせる為にと決心したはずの俺の心を、簡単に臆病で覆ってしまった。
もう、どうすれば動けるのかも分からない。
このまま俺は、気の良い保安官達が傷付けられるのを見ているしかないのか、、、、、。
『キュイ!!!』
「え、、?」
情けない俺を叱責するように力強く一つ、キュイが鳴く。
その直後、階段からゆっくりと俺の体が剥がれてそのまま最上段まで浮上し、体の向きを変えて足の裏でしっかりと着地した。
馬鹿だな俺は。
視野が狭まって、いつの間にか自分一人で戦うつもりになっていた。
一番頼りになる相棒がすぐ傍に居たのに、それを忘れるなんて。
肩の上できりっと目力を強めるキュイの頭を指で優しく撫でる。
『キュイィッ♪』
嬉しそうに表情を緩めたキュイを見て、俺も強張っていた表情を緩める事が出来た。
足の震えも、いつの間にか収まっている。
(キュイがここまでお膳立てしてくれたんだ、後は俺がやらないとな)
まずは味方の救出。
その後は敵の無力化。
出来れば不殺がいいが、大人数を一人ずつ威力を調整しながらとなれば、魔力総量が心許ない。
もう既に死人は出ているだろうし、俺が手を下したと分からなければ良しとしよう。
流石に、故意に目の前にいる人物を殺めるというのは心象が明るくない。
パンッ!
「よし!!」
一つ、頬を強く叩いて、意を決して部屋の中へと飛び込んだ。
「ごふっ。ケイト、、、殿?」
「外に出します。動かないでください」
入口の近くまで飛ばされていた傷だらけのホッジを抱えて一旦一階まで降り、外に居た保安官へ治療を任せる。
今すぐにでも俺自身が治療してあげたいところだが、俺は治癒魔術が使えなければ医療知識も持っていない。
自分の力の及ばなさを歯噛みしながらも、手にべっとりと付いた血を水魔術で流して、再度部屋に飛び込んだ。
突入した保安官の顔は、全てを把握しているわけではない。
それでも、位置関係や服装を見て、おそらく保安官であろう人達を攻撃が行き交う部屋の中で飛び回りながら救出して、階段の最上段辺りへ寝かせた。
容態を見るに、緊急を要する者もいると思う。
もう既に息絶えている者もいると思う。
でも、全員を一階に降ろしている余裕はない。
ここで敵に時間の猶予を与えては、益々犠牲が増えてしまうから。
「ふぅ、ふぅ、、、」
入口の陰に隠れて、飛び込むタイミングを見計らう。
少しでも間違えれば、俺共々地面に伏してしまう。
そうなっては誰も助ける事が出来ない。
治療中のホッジにすら被害が出てしまうかもしれない。
(今だ、、、!)
敵の攻撃の隙間を見つけて、顔に小ぶりな石礫が当たっている事を無視して、ひとまず手の届く範囲の味方を全員一纏めに回収して外に出した。
「ケイト殿!?」
回収が間に合わなかったシドが肩越しに俺を見て驚愕の声を上げる。
無理もないだろう。
今の行動だけを見れば、敵に加担したと思われても仕方ないものだから。
だが説明している暇はない。
引き続き降り注ぐ敵の攻撃を右に左に躱しながら、両脇にシドと、その横に居たもう一人を抱えて一気に天井へと飛び上がった。
飛び上がってすぐ、両手を開ける為に二人に指示を出して抱き着いてもらっている。
(敵の数は二十人程か、、、、)
敵が俺の姿を見失って部屋中を見回している数瞬の間に、大まかな数と位置を覚える。
倒れている人の数も入れたから、実際の敵戦力はもう少し少なかったのかもしれない。
それでも、大体の数が分かっているのと分かっていないのとでは大違いだ。
二十畳はありそうな部屋に散らばる敵達の位置を大方覚えて魔術を行使しようと口を開いた時、敵の一人が天井近くに浮かぶ俺を見つけて、味方全員に大声で知らせた。
だが───
(もう遅い)
「〝瀑布〟」
(ん、、?いつもより魔力が吸われるような、、、?)
メキッ、メキメキッ──
「やっばい!!!!」
ボゴンッだったかバガッだったか。
広範囲の重力を数倍にする魔術に耐えかねた木造の床が、めきめきと軋んだ後に、家具や人ごと聞いた事のない爆音を立てて一回へと沈み込んでいった。
調整を間違えた、、、?
床を少し軋ませる程度で、ひとまず敵を無力化出来ればいいかと思っていただけなんだが、、、。
「ケ、ケイト殿!落ちます!!!!」
(───ッ!!あっぶない、、、)
シドの声で我に返る。
あまりの出来事に驚愕し過ぎて口をだらしなく開けたまま固まり、無意識に落下し始めてしまっていた。
とんでもない威力の痕跡を疑問符が残る頭で眺めながらも、ひとまず心を落ち着けて、左右の保安官を部屋の外へ避難させた保安官達と合流させた。
「す、凄い、、、、。形成単語であんな威力見た事ないです、、、」
部屋の外に居た保安官の一人が、沈んだ床を覗き込んで驚嘆の声を漏らしている。
安心してほしい。
俺も見た事がない。
まるで精霊魔術のような威力だった。
ん?
精霊魔術、、、?
『キュイ??』
まさか、そんなはずはないよな。
キュイが使えるのは飛翔魔術だけのはず。
あんな高威力の重力魔術なんて、使えるはずが、、、。
はっ!
高威力!?
あれだけ高威力の重力魔術、敵を殺めてないだろうか、、、?
「あくまで下に落としただけです。確認に行きましょう」
「「「はっ!」」」
何様のつもりだと思いつつも指示を出し、人を殺めてしまったかもしれないという可能性に早鐘を打つ胸を悟られないように気丈なフリを保った。
(大丈夫。きっと大丈夫だ。リビィを助けた時のように、見た目が派手なだけだろう)
速度の変わらない心拍へそう言い聞かせ、動ける保安官達を伴って、崩れ落ちそうなほど音を立てて軋み続ける建物の一階へと向かう。
自分の精神の安寧を保つ為という利己的な考えに、作り上げた表情でバレないように蓋をして。




