三十一話「守るべき対象」
「リビィさん、、、!」
声が聞こえた瞬間に停止した思考を無理矢理回して、足音を出来るだけ立てないように注意しながら小走りでリビィが居るであろう方向へ向かう。
足音を消したのは戦略的なものではなく、ただの無意識だ。
おそらく、保身的な考えが働いたのだと思う。
当たりをつけた路地を虱潰しに隅々まで見て三つ目、仄暗い視界の向こう、雑然と木箱や麻袋が並べられた袋小路に追い詰められたリビィと、じりじりと迫る二人の男が見えた。
(どう見ても悪者だよな、、、)
リビィまでの距離はおよそ20m。
無造作に置かれた木箱に隠れて様子を窺っている。
あれがセナリやベル、マレッタならすぐ助けに行ったが、襲われそうになっているのは精霊魔術の使い手であるらしいリビィだ。
心配性のウルがリビィに護身用の魔術を教えていないとは思えない。
それなら、対人戦をするには魔力総量が心許ない俺が下手に手を出してあの場所からの脱出を邪魔してしまっては助かる可能性を減らしてしまう。
そう考えて、すぐに助けに行きたい気持ちを堪えてリビィの出方を窺った。
男達とリビィの距離は2m程。
尻もちをついて後退りして、背後の壁にぶつかったリビィとの距離は徐々に縮まっている。
一歩、また一歩と小さい歩幅で近付く。
残る距離は約1m。
男達が手を伸ばせば1秒とかからずリビィに手が出せてしまう距離。
だが、リビィはいやいやと情けなく腕を振るだけで、抵抗らしい抵抗をしようとしない。
(なんで反撃しないんだ、、、?)
魔術師は対人で魔術を使う事を認可されている。
リビィは話を聞く限り魔術師である事は間違いないから、襲われそうになって自己防衛の為に反撃しない道理はないはずだ。
それなのになぜ、、?
「くそっ」
男達に聞こえない程度の声量でそう独り言ちて、中腰で木箱の陰から出て、20m先正面にリビィを見据えた。
誰の補助も無い状態で、且つ試合形式でない対人戦闘は初めてだ。
それに、ローブから感じる魔力総量は、上手くいけば足止めこそ出来ても無力化する事は出来ないし、少しでも抵抗されれば足止めすら出来ずにリビィ共々相手の手に落ちてしまう程度のもの。
(こんな事なら魔術訓練の量を減らしておいたらよかった、、、)
そう後悔の念を募らせながら、限りある時間の中で必死にタイミングを計る。
相変わらず魔術を行使しようとしないリビィに歯噛みしながら、一か八か飛び込もうと足に力を込めた。
『キュイ!』
力を込めた瞬間、俺にしか聞こえない程の小さな声でキュイが鳴く。
(魔力が、、、回復した、、?)
キュイが鳴いたのと同時に体全体が柔らかな温かさで包まれ、ローブに魔力が流れ込んだ事を実感する。
何があった?
キュイが口に魔力水を含んでいてそれをローブに掛けた、、?
突然の出来事に思考に没頭する。
本来しなければならない事も忘れて。
「へっへっへ。これは上玉だぜ。大人しくしろよ、なっ!」
バチンッ──!
誰かの頬を叩く音が路地裏に響く。
いや、誰かなどと無関心な事は言うまい。
リビィの頬が叩かれた。
絶えず小さく零されていたリビィの声は、それを境にピタリと止まった。
そして、没頭していた俺の思考も表層に戻ってきて、視点は目標地点である二人の男の間にある石畳に固定された。
魔力が突然回復した事など今はどうでもいい。
リビィを傷付けたあの男達を無力化する事を優先しよう。
「キュイ、力を貸してくれ」
そう呟いて、中腰の姿勢のまま足の裏を数センチ浮かせる。
足の裏と地面の間に圧縮した空気を挟んで、力の限り全力で体重を掛けて破裂寸前の空気を更に軋ませた。
これを破裂させれば、ジェット噴射のように彼我の距離を一気に詰められる。
両手の平にも同じくらい圧縮させ、尚且つ渦巻いた空気を準備して、目標地点へ向かって思い切り踏み込んだ。
「誰だッ────」
───ドンッッ!!!!!
一瞬の後、地面すれすれを滑るように飛んで着地したのは男達の丁度間。
気付いた右側の男が誰何する声を上げたが、最後まで綺麗に発音される事はなく、両側の壁を蜘蛛の巣状に凹ませて男達は意識を手放した。
ここまでの威力を出すつもりはなかったんだけどな、、、。
「、、、はっ!」
腕や足をおかしな方向に曲げる男達を見て、肌が粟立ち、背中には脂汗が溢れた。
リビィを助け出す事に没頭し過ぎて最悪の可能性を考慮し忘れていた。
この威力、さっきの音の大きさ、まさか殺めてしまった、、、、、?
一瞬の停止の後、右側の壁にめり込んで意識を手放したままずり落ちた男の元へ駆け寄り、首筋に手を添える。
(少し早い気がするが脈はある)
そのまま、起きてすぐ反撃される危険性も鑑みずに口元に耳を近付ける。
それをもう片方の男へも繰り返した。
「良かった、、、、」
男達は、重症ながらも無事に生きていた。
何故か自分で想定していた1.5倍程の威力が出たせいで、壁にぶつけるだけの予定だったはずがめり込ませる形になってしまった。
この風と重力の魔術を合わせた技は、対人戦闘、その中でも近接戦闘に使えるからと細かく威力の調整をしながら精度を高めたものだ。
リビィに手を出した怒りがあったとはいえ、あれだけ練習したものの威力を間違えるなんてないと思うけど、、、、。
(そうだ!リビィだ!)
男達の生死や魔術の調整を失敗してしまった事ばかりに頭を取られて、また本来の目的を忘れてしまっていた。
しなければならない事に集中出来ないのは、世界が変わっても同じなようだ。
「リビィさん。大丈夫ですか?」
「・・・・」
「リビィさん?」
壁に凭れ掛かったままのリビィは俺の言葉に反応せず、両手を胸の前で握り締めてガタガタと震えながら過呼吸気味の息を必死に落ち着けようとしていた。
視線は、呆然と前を見ている。
俺は壁際に居て、リビィが見ている方向には誰も居ないし何もない。
幽霊的な何かかと思いもしたが、そもそも霊感はないし、目を凝らしても見えないだろう。
落ち着こうとしているリビィには悪いが、いつ男達が目を覚ますかも、仲間がやってくるかも分からない。
早くこの場から離れて保安所に協力を仰ぎに行かないと、、。
「リビィさん」
「・・・」
「リビィさん!」
「へっ!?え、あ、ケイ、、、ト?」
肩を揺すって無理矢理意識を引き戻したリビィの顔は漸く俺の正面に定まったが、涙で潤んだその目は上下左右に不規則に間断なく動いて定まらない。
相当、追い込まれていたんだろう。
俺が救出に来た事も気付いていない様子だった。
こうなるまで助けに入らなかった事を悔いて、震えるリビィの前に背中を見せる形でしゃがみ込んだ。
「襲ってきた男達は無力化したのでもう大丈夫です。ですが、いつ目を覚ますかも分からないのでひとまずここを離れましょう。背中に乗ってください」
焦る気持ちが乗って早口にならないように気を付けながら、ゆっくりと諭す様にリビィへ声を掛けた。
返事こそなかったが、おずおずと背中に手が触れ、その手が首の横を通って視点を少し下げるだけで見える位置に来た事で、きちんと声が届いている事が確認出来た。
背中越しとはいえ、添えるように優しく体を重ねられると計らずとも心拍は上げさせられる。
それを聞かれていない事を祈りながら、リビィが背中に乗った事を確認してゆっくりと立ち上がり、その場を去った。
ひとまずの避難場所に選んだのは、マレッタと大道芸を見たあの広場だ。
ここは夜でも人が居て灯りもあり、路地裏よりはかなり危険性が低い。
リビィをそっとベンチに降ろして、俺もその隣に腰掛けた。
「・・・」
お互いに無言の時間が流れる。
リビィは呼吸こそ落ち着いたが、体はまだ微弱な震えを持っていた。
なぜリビィが魔術を使わなかったのか、あの時なぜ魔力が回復したのか、色々考えたい事や聞きたい事はあったが、慰めようと伸ばした手が震えているのが目に映って自分が抱いていた恐怖心を自覚して、それらを実行する事は叶わなかった。
初めての対人戦闘。
失敗していたら自分の命がなかったかもしれない。
あれ以上威力が上がっていれば相手を殺めてしまっていたかもしれない。
そんなあれこれが乗った震え。
武者震いなんて良いものではない。
練習ばかり積み重ねた俺が、突然本番に放り込まれた事に対する恐怖。
緊張、後悔、安堵。
色んな感情がごちゃ混ぜになりながら、深く呼吸をして震えを抑える事に集中した。
変に急いで声が震えて、俺以上に恐怖を感じていたであろうリビィを不安にさせるのはいただけない。
「リビィさん。何があったのか聞かせていただけませんか?」
少しして、多少落ち着いた心情を持ってリビィに声を掛けた。
なんで自分で回避しなかったんだと、責める事はしなかった。
そもそも責める気にすらならなかったのだが。
そんな中で俺が聞けるのは、漠然とした、現状の把握を求める言葉だけだった。
「夕食の材料が足りなそうでね、散歩ついでに一人で買いに出掛けたの」
ぽつりぽつりと、言葉を零すようにリビィが話し出した。
「暗かったから早く帰ろうと思ったんだけど、普段あんまり行かない道を進むのが楽しくなっちゃって。それでさっきの辺りを歩いてたらあの二人の人攫いに襲われてね、、、」
視線を落としたまま、リビィが小さな声でそう教えてくれる。
俺が見てきた範囲ではかなり物騒な事が立て続けに起こったが、それはあくまでも広範囲を移動したから、たまたま物騒な事件があったところへ顔を出してしまっただけだと思っていた。
狭い範囲で生きているだけであれば、この世界でもきっと安全だろうと、事件に遭遇するような事もないだろうと、勝手に思い込んでいた。
でも、どうやらその認識は改めなくてはならないようだ。
少なくとも、人攫いという日本では慣れ親しみのない行為をする人がいるという事は今回の事で学べた。
魔術の訓練を怠ろうとは思わないが、万全を期して暫く魔力を温存する生活を続けていかないといけないかもしれない、、、。
「ありがとうケイト。おかげで助かったよ。凄い魔術だったね」
リビィのどんよりとした表情を気遣って、ここでも反撃しなかった事を追及するのは止めた。
解答を求める頭の為に、きっと、突然の事で魔術が使えなかっただけなんだとひとまずの結論を作り上げて。
不足の事態が起こると、どれだけの実力や回避能力を持っていてもそれを十全に使えない事がある。
痴漢にあった女性が声を上げられない原理も同じなんじゃないだろうか。
リビィが本当は魔術を使えないんじゃないかという失礼な空論は、頭を振って振り払った。
「それではこれで」
「はっ!ご協力ありがとうございます!」
何とか自力で歩ける程度に回復したリビィの案内で最寄りの保安所へ報告へ向かい、先程の現場に戻って事情の説明をした。
本来はリビィを家に置いてから行きたかったのだが、保安所へ行った事が無かったのだ。
精神が痛んでいるであろうリビィを伴うのは情けなさと申し訳なさで胸が締め付けられたが、こればかりは仕方ない。
出来るだけ早く終わらせたいと、会話に逸る気持ちが乗ってしまったのも仕方のない事だ。
保安官に連れられて一緒に来ていた治癒師によって男達は全身縛られたままで傷を癒され、放置していたらあと一時間程で失われていたであろう二つの命は救われた。
暴れないようにあくまで応急処置のみ。
おそらく見た目では見えない傷が体の中には刻まれているのだと思う。
そこまでの致命傷を負わせたのは俺自身なのだが、保安官曰く、最悪殺してしまっていても問題はなかったとの事なので、気に病むだけ無駄なのだろう。
とはいっても、次から悪者を見つけたらもっと威力を上げた魔術を使おう、という気にはならないのだが。
まだまだ、この世界の命の考え方に染まるには時間が掛かりそうだ。
かといって、自分が命を軽視出来る存在になりたいかと言われればそういうわけではないけど。
「あ、少しお待ちください!」
早く家に帰ろうと踵を返した俺の背に、保安官の内の一人が声を掛けてくる。
振り返ると、暗闇の中で光石で手元を照らしながら、木の板の上で紙に何やら書き込んでいた。
「こちらを持って、出来れば明日。それが難しければ明日以降に先程の保安所へ寄っていただけないでしょうか?今は詳しい報酬等をお渡し出来ませんので、、、」
元の世界で言うところの懸賞金や、感謝状といったところだろうか?
暗い状態でなら道を覚えたが、行くのであれば一人で明るい時間に行きたい。
迷わず行けるかどうかという不安を持ちながらも、リビィを早く家で休ませるという事を優先して、詳しい話は聞かずに手早く受け取ってその場を後にした。
「おかえりなさいです!」
「ただいま、セナリ。遅くなってごめんな」
「とんでもないです!ご飯にされますか?」
いつもの夕食の時間よりかなり遅くなってしまったというのに、セナリは嫌な顔一つせず出迎えてくれた。
これはきっと無理をしているだとかそういう事ではなく、何時であれ俺とリビィが帰って来た事を喜んでくれているのだと思う。
そんな純粋で無垢な表情を見ていると、遅れて帰った事に罪悪感が増して来る気がしないでもないけど。
「私は今日はもう休もうかな。これ、仕上げに必要かなと思って買っておいたから。せっかく作ってくれたのにごめんね?」
リビィはそう言って、セナリへ買ってきたチーズらしき物を手渡して、覇気のない足取りで自室へと向かった。
あの作られた笑顔を見るに、相当無理をしているような気がする。
ただ単に襲われた際の恐怖が抜けないだけではない、それ以外の何か要因があるのではと勘ぐってしまう程。
「リビィ様、大丈夫でしょうか、、」
夕食が一食無駄になってしまった事など微塵も気にしていない様子のセナリを乱暴に撫でて、三人分の料理が並べられた食卓で今日あった事を掻い摘んで話した。
俺自身まだ理解出来ていない部分、リビィが反撃しなかった理由や、俺の魔力が急に回復した事を省いて。
「リビィさんも早く忘れたいだろうから、俺がセナリに話したっていうのは二人だけの秘密な」
「はいです!」
場の雰囲気を明るくする為に少しお道化てそう言うと、リビィを心配して暗くなっていたセナリの表情が明るさを取り戻した。
子供の頃は、〖秘密〗という言葉がとても輝いて聞こえるものだ。
リビィの分の夕食は、俺とセナリ、それにキュイで手分けして食べた。
元より量が多くなかった事もあって大して苦労せずに食べ終える事が出来たが、人間の食事をキュイに与えて大丈夫だったのだろうか?
まあ、自主的に食べて美味しそうな表情を浮かべていたから問題無いと思おう。
今は、普段よりお腹を膨らませて俺の肩で寝息を立てている。
体温も高く、さながらカイロのようだ。
(俺も寝るか、、、)
悪いと思いながらもセナリに片付けを任せて、俺は自室にてキュイと眠りについた。
キュイは机の上に置いたふかふかの豆座布団の上に寝かせている。
寝息を立てるその小さな姿を見ながら、ぼんやりと今日起こった不可解な出来事を思い返した。
だが、この世界についての知識も、キュイやリビィについての理解の深さもない俺一人で考えても答えなど出せるはずもなく、先も方向性も見えない思考は、ただただ瞼を重くさせるだけだった。
(後は明日の自分に期待しよう)
そう諦めの境地に至り、微睡みに身を任せた。
「おはようございますリビィさん。もう大丈夫ですか?」
疲れていたのか、思っていたより深く眠れた後に迎えた朝。
眠りの余韻を残しながらも、朝食の場で座っていたリビィへそう話し掛けた。
見える雰囲気は昨日のような暗さを持っていないような気もするが、、、。
「うん!もう元気いっぱい!昨日はごめんね?」
何も無かったかのようないつも通りの笑顔で、いや、いつも以上の笑顔で答えたリビィだったが、何故か俺の胸中が晴れる事は無かった。
違和感など無いはずなのに、リビィが去勢を張っているような、そんな気がして。
でも、〝お腹ぺこぺこだよ~〟と言いながらお腹をさするリビィの様子は平和そのもので、俺はそれ以上昨日の事について聞く事は出来なかった。
「じゃあケイト。昨日は出来なかったし、今日はびしばし教えていくから、覚悟しといてね!」
いつも通りの朝食を終えた後、セナリと二人で片付けをしていると、リビィが後ろからそう言ってきた。
指を一本立てて腕を前に伸ばし、漫画なら〝ズビシッ!〟という効果音が付いていそうな格好だ。
素直に付いて行きたいところだが、今回は反抗しなくてはならない理由がある。
「すみません。今日は1日魔術訓練に費やしたくて、、」
本来の理由は隠して、そう告げた。
保安所に行くと言えば、リビィのせっかくの笑顔が曇る気がするから。
また保安所に寄ってほしいという昨日の保安官の言葉はおそらくリビィの耳には届いていなかったから、疑われはしないとは思う。
「仕方ないなあ、、。じゃあ明日みっちりしごくからね!」
「お手柔らかにお願いします」
リビィの雰囲気を見るに、俺の嘘をおそらく信じてくれたと思う。
信用してくれている人を騙す事に罪悪感を覚えながらも、俺はセナリが持たせてくれたお弁当を持って、キュイを伴ってうろ覚えの道を辿りながら保安所へと向かった。
「ご足労いただきありがとうございます!保安官のシドと申します」
何度か道を間違えながら半日振りに訪れた保安所で出迎えてくれたのは、昨日帰り際に紙を渡してくれた保安官だった。
新社会人のような、爽やかな空気を身に纏っている。
「私はシドの上司にあたります、ホッジと申します。昨日は非番をいただいていた為、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。この度の助力、感謝致します」
ホッジと名乗るのは、俺と同じくらい背がある女性。
物腰の柔らかそうな話し方の割に、しっかりと芯があるようにも見える不思議な人だ。
「今日はお一人でしょうか?」
俺の後方を探るように見るホッジへ、リビィを連れてきていない理由を話した。
何もされていないとはいえ、被害者本人が来る事が必要なのであれば何とか断ろうと考えながら、俺が人攫い達を無力化するまでにあった事を、リビィに聞いた範囲で伝えた。
「なるほど。そういった理由であれば仕方ありませんね。お話をお聞きするだけですので、お一人でも問題ありません」
ホッジの言葉に安心して、昨日話した事の整合性を取りながら、追加でされる質問に答える。
どうやって倒したのか、何か被害はなかったか、今回の事件の前に後ろを付けられたり等の被害はなかったのかなど。
中には俺一人では答えられない質問もあったが、そこは大体の予想で答えてくれればいいという何とも曖昧な質疑応答だった。
途中、キュイの話題になる事があったが、ただの飼い鳥である事にして精霊である事は隠しておいた。
何もやましい事はないが、この事情聴取のようなものは出来れば長時間受けたくない。
「ありがとうございます。質問はこれで以上です。こちらが今回の人攫い犯の確保に尽力いただいた分の報酬になります」
1時間にも感じる10数分の後、書き記した書類をシドに預けたホッジから、数種類の貨幣を合わせて数十枚渡される。
貰ってすぐ数えるのは卑しい気がするのでざっと見た感じではあるが、金貨も入っている事から、かなりの額になるんじゃないだろうか。
安い宿であれば、素泊まりで10泊は出来そうな金額だ。
人攫いというのは、これだけ多く懸賞金が掛けられているものなのか?
「ケイト殿に捕まえていただいたのは、とある巨大な人攫いグループの構成員だったのです。蜥蜴の尻尾切りのように捕まえては本拠地を変えて逃げられてを繰り返していたのですが、尋問官によると、本日、構成員がリネリスのとある場所に集結するらしいのです。その情報を齎していただいたという事も加味して、普通の数倍の報酬をお渡ししております」
ん?
簡単に教えてくれたけど、中々に大きな案件じゃないんだろうか。
報酬が高額だった理由が知れたのは良かったが、何だかとんでもない事に首を突っ込んでしまった気持ちだ。
これ以上関わる事などないだろうに。
じゃらじゃらと煩い報酬の入った袋を懐に仕舞いながら、何かと巻き込まれてしまうトラブル体質に悪態を吐いた。
「ケイト殿、これは相談なんですが、、」
席を立とうとした時、神妙な面持ちでホッジがそう零した。
「二人の構成員が帰ってこないとなれば、おそらく人攫いグループはすぐにでも集会を中止して、また姿を眩ますでしょう。そうなると、襲撃出来るのは本日のみ。それも遅い時間では手遅れになるかと思われます」
この世界の保安官には守秘義務というものはないんだろうかと心配になるくらいスラスラと、ホッジがこれからの仕事を零す。
俺から人攫いグループに襲撃の情報が洩れるなどとは微塵も思っていない様子だ。
まあ、勿論そんな事はしないし出来ないんだが。
「ですが、敵の規模に対して、襲撃までに集まれる保安官の数には限りがあります。それに、セプタ領へ駐在している兵士の方々へも依頼を出してみましたが、管轄外だと断られてしまいまして、、、、。情報漏えいの危険性から、ギルドのほうへも依頼を出せない状況にあります」
申し訳なさそうに、一つずつ丁寧に、保安官達が今置かれている状況が芳しくないという事を伝えられる。
なんでそんな事を俺に話すんだとは言わない。
心が読めないとは言っても、ここまで分かり易く願望を顔に出されては分からざるを得ない。
勿論、分かりたくなどなかったが、、、
出来れば嫌な予感が外れてくれる事を祈りながら、保安官の次の言葉を待った。
「ケイト殿。昨日の今日で不躾なお願いだとは思いますが、是非私共にお力をお貸しいただけないでしょうか?額は上司に相談してからになりますが、襲撃成功の暁には、先程お渡しした何倍もの報酬をお約束します。是非、お力添えを、、」
「対人戦にも慣れていませんし、作戦に参加したところでご迷惑をお掛けするだけかと思いますが、、、」
俺はノーと言うのが苦手な日本人だ。
出来ればこれで引いてくれるのを願う。
大きな犯罪者集団の集会というくらいだから人数は二人どころではないだろうし、戦闘慣れしていない俺が活躍出来るなんて到底思えない。
ホッジさんはきっと猫の手も借りたい気持ちで得体のしれない俺に頭を下げているのだと思うが、引き際の見極めすら出来ない俺にとっては、命の危険性のある場所へ報酬を貰えるからと言って二つ返事で向かうわけにはいかない。
マレッタに魔術を教える約束も、まだ果たせてないしな、、。
「現場の痕跡、そして無力化をされた際のお話を聞くに、混合魔術の威力調整に長けた、対人戦闘を得意とする方とお見受けしたのですが、、、」
「あの時は無我夢中で何が何やら。殺めずに済んだのも偶然ですよ」
「ですが、、、」
相当追い込まれた状況なのだろう。
むず痒くなる褒め言葉をのらりくらりと躱しても、ホッジは中々諦めない。
何度か言葉の応酬を続けて、そろそろはっきりと断らないといけない、と思っていた時、ホッジの後ろからシドが口を挟んできた。
「僭越ながら私からもお願い致しますケイト殿!闘技会で優勝した実力を、是非私共にお貸しください!」
今までホッジの言葉を躱す為に使っていた台詞が全て無に帰してしまう程の情報を、まさかシドから齎されるとは思っていなかった。
「そ、そうなのですかケイト殿!?シド!何故それをもっと早く言わなかった!!」
「申し訳ございません!うっかり失念しておりました!」
「この大馬鹿者!」
なんだろう。
漫才を見ている気分だ。
だが、これを放置するのは拙い気がする。
〝優勝〟という言葉で過大評価されてしまうのはいただけない。
「ケイト殿。シドの言っている事は本当ですか?」
「ええ、まあ。ですがあれはたまたま、、」
「お願いです!お力添えを!」
ホッジの剣幕が一層激しさを増した。
がたがたと音を立てて立ち上がり、腰を直角に折り曲げている。
あんまり必死にお願いされると、この後言わなくてはならない言葉のせいで気が重くなるんだが、、、。
「すみません。大事な人を守る為にしか力を振るわないと決めているんです」
マレッタにも伝えた事を、ホッジにも伝えた。
これがきっと、俺の本心だと思うから。
「この事件の解決が大事な人を守る事に繋がるとしても?」
「───え?」
言い終えて意志の弱さが露見しないようにと踵を返した俺の背に、ホッジがやけに通りやすい声でそう言った。
(リビィを守れるのであれば、参加するのは吝かではない)
たったの一言で乗せられそうになった気持ちをぐっと堪え、体の向きを変えずに背中でホッジへ問いかけた。
「詳しく聞いても?」
背中越しでも、ホッジとシドが盛り上がっているのが分かる。
悔しいが、詳細を聞かないわけにはいかない。
「奴らは纏まりがないようで仲間想いな面があります。報復の為に仲間を探し回り、近い内に現場の痕跡からケイト殿や、ケイト殿が守った方へと辿り着くでしょう。そして奴らは狡猾です。複数人を襲う時であっても、必ず一人ずつ個別で襲います。この意味が、お分かりいただけますか?」
リビィの顔が晴れなかったのは、これを危惧していたからなんだろうか。
この言葉が正しければ、人攫いグループを潰しておかなければ、近日中に俺やリビィが一人で居る時に襲われるという事なんだろう。
それだけであればずっと一緒に居ればいいんだが、セナリや他の仲の良い人物も合わせてずっと側にいるわけにもいかない。
俺と仲の良いところを街中やギルドで目撃されているであろうマレッタやベルも心配になってくる。
こんな、俺が了承せざるを得ないような事をなんで最後に置いていたんだと思ったが、もしかするとホッジはそこまで俺の戦力へ期待をしていなかったのかもしれない。
そのまま期待しないでいてほしかったと思うべきか、有益な情報への感謝を抱くべきか、、、。
どのみち、このまま帰るわけにはいかないよな。
(無事に終えられるだろうか、、、)
「分かりました。作戦へは参加しますが、闘技会で優勝出来たのは偶然でもあります。対人戦闘経験も数える程しかありませんので、矢面に立って先導するような事は出来ないと思ってください」
「──ええ!充分!充分ですとも!!ありがとうございます!!!」
「ありがとうございます!!!!」
過剰な期待をされるのはいただけないと、たったの一言で乗せられた自分を叱責しながら、辛うじて保身の為の言葉を残した。
たかだか一介の魔術師に依頼を出す程度だ、二人の様子程まずい状況ではないのだろう。
そんな、甘い考えを持ちながら。




