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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
三章
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二十七話「ビブリオマニア」



キュイの名付けが終わった後、防人達にロントマルクまで送ってもらった俺達は、もう陽が暮れているという事もあり、好意に甘えて村長の家に泊めてもらう事になった。

帰って来た時に少し顔を合わせただけの村長がここまでよくしてくれているのは、偏にキュイのおかげと言えるだろう。

人の言葉を理解する聡い文鳥と、その文鳥に懐かれる男。

レミリア王国の中でも突出して動物を大事にし、平等に扱うロントマルクの人々は、乗る為に馬を飼う事すらしない。

そんな町民性を持つ彼らにとって心を通わせる俺とキュイの存在は、無条件で親愛を抱くに足るものだったらしい。

ちなみに、防人の助言もあり、町民の混乱を避ける為キュイが精霊だという事は伏せている。

村長が〝綺麗な翡翠色をしている。精霊域を象徴するお色のようだ〟と言った時にキュイが元気に返事した時は肝を冷やしたが、そこまで人間の言葉を理解して反応しているとは思っていなかったようで、偶然鳴いただけだろうという事で特に深く詮索される事はなかった。











「あの二人が婚約者だなんて驚いたね。仲良さそうだとは思ったけど」

「お似合いだったのです!」


契約の儀を無事に終えた次の日の早朝。

朝早くだというのに、多くのロントマルクの民に見送られながら町を立った。

道中馬に揺られながら話題に上がったのは、契約の泉に案内してくれた防人の二人。

集落を去る時に長老から教えてもらったのだが、二人は婚姻関係にあるらしい。

とはいっても、元居た世界でいうところの結婚式のような儀式をまだしていないらしく、お互いの名前を知るのももう少し先だそうだ。

秘密にしていたかったのか、長老に暴露されてベール越しでも分かる程女防人が赤面していたが、キュイの存在が抑止力となったのか、当たり散らされる事はなかった。

その代わり帰りは会話に角があった気がするが、それくらいなら甘んじて受け入れよう。



「ケイトは結婚とか興味ないの?」



結婚、か。

一応元の世界では出来る年齢ではあるが、それがこの世界でも当て嵌まるのかどうかは分からない。

それに、結婚出来る年齢だとしても、碌に彼女を作る事すら出来ない俺に結婚相手が居るとは思えない。



「今はまだ、考えていませんね、、、」

「そっか。まあ急ぐものでもないしね。でも、ベルちゃんとか良いと思うよ?」

「ベル、ですか?若過ぎるような気がしますけど、、、」

「貴族の人は年配の人でもセナリくらいの年齢の子を娶ったりするよ?」

「貴族ではないですからね。出来れば年齢が近いほうが有り難いです」

「それもそっか」



元の世界でいくと、ベルは中学生くらいだろうか。

うん。

明らかに犯罪だ。

でも、ベルが良い子だというのは同感だ。

あのまま真っすぐ育ってくれれば、きっと見た目も中身も素敵な大人になると思う。

五~六年経てば気兼ねなく付き合える年齢になるかと下心満載の気持ちが頭を過り、それまで出来るだけ好意を抱いてもらえるように頑張ろうという下衆な感情が浮かんだが、ひたむきに頑張るベルの姿を思い出して、邪な考えを追い払った。

ベルをそんな目で見るのは心が痛む。

純粋に、幸せに暮らせるように応援しよう。

欲を言うなら、少しでもあの太陽のような笑顔が自分に向けてもらえる事を願って。














「この後どうしよっか。とりあえずご飯食べに行く?」

「そうしましょうか。セナリもお腹空いてるか?」

「はいです!ぺこぺこです!!」


馬を走らせて数時間。

ウルと別れた転移塔があるティノットの町で、待ち合わせ場所として決めていた宿で部屋を取った。

部屋割りはリビィとセナリが同部屋。

俺が一人部屋だ。

〝全員同じ部屋で大丈夫だよ?〟と言うリビィに危うく流されそうになって危なかった。

ウルが戻ってきたら命の危険がある以前に、同い年の美女と同部屋なのは色々と拙い。

それを見透かしていそうなリビィに、〝セナリが一緒だから大丈夫でしょ?〟と言われて納得し掛けたが、何とか二部屋取る事に納得してもらった。

リビィにはもう少し、警戒心を身に着けてほしい。

無防備な美女というのは、虫にとっての極上な蜜のようなものなのだ。

セナリがいるとはいえ、その誘因力に抗える自信などない。

抗えたとしても、聞こえてくるであろう寝息に睡眠を妨害される事は明白だ。






「このスープとっても美味しいです!嗅いだ事のない香辛料の匂いがしますです!」

「おっ!ボウズ、中々良い鼻してるじゃねえか。それはカトの実を乾燥させたやつを粉末にして仕上げにかけててな。ここらでしか取れない特産品だ」

「初めて聞きましたです!お肉の下味にも使えますでしょうか??」

「俺らは肉を食わねえから分からんが、基本的に何でも合うぞ。あんたらは何処から来たんだ?」

「シルム王国セプタ領の、リネリスというところから来ました。聖域に近い側の、魔人域の端辺りです」

「それはまた遠くから来てくれたな。よし!ボウズ。後で乾燥させたカトの実を持って帰りな」

「え、い、いいんでしょうか、、?」

「おうよ!美味そうに食べてくれた礼だ。上手く使ってくれよ」

「はいです!ありがとうございますです!!!」


宿を取った後に入った近くの食堂は、香辛料をふんだんに使った野菜料理が看板料理の店だった。

どこの店に入っても野菜とパンくらいしか出てこないのだが、それでもこういう一工夫をしてくれている店に巡り合えたのは良かった。

漂う匂いに釣られたセナリに感謝だ。


セナリが絶賛していた香辛料は、母親が料理に凝った時に使っていたパプリカパウダーに似ているだろうか。

赤い粉末で、スープに彩りと、辛味というアクセントを添えていた。

肉に塗して調理するセナリの発想に、食事中だというのにお腹を鳴らしてしまう程期待の出来る香辛料だ。

早く家でセナリの手料理が食べたい。



「また来ますです!」

「おうよ!」



野菜とパンのみの健康的な料理を食べ終えて、豪放磊落な店主の見送りで店を出る。

この後、どうしようか。

リビィもこの町に詳しくない様子だったし、お薦めの場所でも聞いておいたほうがいいかもしれない。



「三人で時間を潰せるところ?そうだな、、。ポン爺のとこに行ってディコ狩りをさせてもらうか、裏山を探索するか、ちと遠いが、古書塔へ行くかだな。大広場に雑技団が来てるらしいが、公演は明日だったはずだ」



ディコ狩りというのは既知の中のものに当て嵌めるならいちご狩りと同じようなものらしく、子供に弱いというポン爺にセナリが頼めば無償でさせてくれるだろうとの事だった。

売り物だろうにそれでいいのかポン爺。

裏山探索は魔物が出る事もあるらしいという事で即座に選択肢から外した。

こちらから手を出さなければ襲ってくる事はないと言われたが、魔物相手に出方を窺う程の余裕はない。

見つけたら即時先制攻撃だ。

それをするとこの国では罪に問われるだろうから、わざわざ危険を冒しに行く事はない。

となると後は古書塔だが、ある程度の読み書きが出来るようになってきたとはいえ、難しそうなイメージのある古い本を読む事が出来るだろうか。



「安心しな。古書塔って名前だがそこまで古くない本も置いてある。それに、何も難しいやつばかりじゃねえ。そこのボウズでも読めるような絵本も置いてある」

「絵本!読みたいのです!」



不安に思っているのを感じたのか、店主がそう言ってくれた。

読めるかどうか不安なのはセナリではなく俺なのだが、あえて訂正する事もないか。

セナリの純粋な目で心が痛むが、目を逸らして気付いていないフリをしておこう。



「じゃあ古書塔にしよっか。私も色々とこの国の本を読んでみたいし」

「そうですね。では、古書塔に行ってみます。ありがとうございました」

「おうよ!気を付けてな!」



豪快に笑った店主から手書きの地図を受け取り、見えなくなるまで手を振り続ける姿に心温まりながら古書塔へと向かった。

あんなに豪放磊落としているのに、渡してくれた地図はかなり精密に描かれた物で、あの極太の腕から生み出されたとは到底思えない出来だ。

人を見た目で判断するのはいけないな。

そう思った時にシェリルの姿が真っ先に浮かんだのは、本人には言わないほうが良いだろう。

下手に勘気に触れてまた戦いになるのは避けたい。












「ここ、かな?」

「おそらくそうですね。聞いていたより大きい気がしますが、、」


馬に揺られて約10分。

町の外れにぽつんとある円形の砦の前へと辿り着いた。

店主の話によるとこの中にある塔が古書塔らしいが、砦が高過ぎてその姿はまだ見えない。

砦の上や門の前には兵士のような人がちらほら見えるし、相当重要な書物でも管理しているのだろうか。

予想していた図書館のようなイメージとは遠くかけ離れている重々しい雰囲気に、自然と緩んでいた気は引き締められた。



「こちらの利用は初めてかな?」

「はい。コーミィの香り亭の店主の紹介で」

「はっはっは!あの親父の紹介でしたか。本を読むのが嫌いだからと自分では来ないくせに、店に来る客にはよく勧めるんですよ」



うん、確かに本は読まなそうだ。

観光で有名なところに住んでいる人が、実は自分では行った事が無いのと同じようなものだろう。



「すみませんが、簡単なボディチェックをさせていただきます。中には重要な歴史書も管理しておりますので。勿論女性の方は別の兵士が。エトレ!!」

「はい!」



下した面防によって顔は窺い知れなかったが、はきはきと発された声によって女性だと判断する事が出来た。

無骨な鎧を煩く鳴らしながら走ってやって来た女兵士の身長は170cm程。

この世界では平均身長が高いのかもしれない。

元居た世界では成人男性の平均身長を数センチ上回っていたが、この世界で出会う人は男女問わず背を抜かれている事がザラにあるから、自分が低身長なんではないかと錯覚してしまう。

顔もスタイルも良くないのに、高身長という長所まで奪わないでほしい。

これでは、彼女を作るのが益々遠い目標になってしまうじゃないか。



「ご協力有り難うございます。この門を潜るだけであれば無料ですが、古書塔に入るのであれば御一人様に付き5リアが必要になります。古書塔の入口を入ってすぐのところが受付になっておりますので、そちらでお支払いください」



門番に会釈して、開かれていた重厚な木の扉を馬の手綱を引きながら中に入る。

馬に一人で乗る事は出来ないが、手綱を引くだけなら以前教わってから出来るようになった。

大人しい馬でなければどうしようかと内心不安だったが、杞憂に終わった。



「うわあ、凄いね。あれが古書塔かな?」

「おそらくそうですね。あの中が本で埋め尽くされているんでしょうか。どれほどの量があるのか想像も出来ませんね、、、」

「本、沢山です!」



砦の中に入って正面。

歩いて数分の距離に見えたのは、画像でしか見た事のないピサの斜塔に酷似した古書塔だった。

歪まず真っすぐに立ってはいるが、その外観は記憶が正しければそっくりだ。

古書塔には上から下まで本が詰まっているという事だったから、あの高さの塔に本が詰め込まれていると考えると、その蔵書量はどれほどあるのだろうか。

一生掛かっても読み切れない気がする。




「ようこそ古書塔へ。閲覧ですか?施設案内ですか?」




入った古書塔の玄関口にあたる受付には、番台のような小上がりに数人の男女が座っていた。

皆一様にインバネスコートを羽織っている。



「閲覧三人でお願いします」

「畏まりました。御一人様5リアですので、合わせて15リアになります」



腰に下げていた皮の巾着袋の中から、銀メッキで四分の三程を覆われた硬貨を三枚出す。

硬貨とは言っても銀メッキの下はメッキが剥がれにくい特殊な鉱石らしいが、詳しい事は俺も知らない。

きっと聞いても理解出来ないだろうから。

レミリア王国での貨幣の価値は、日本円に換算すると

鉄貨・・・10円

銅貨・・・50円

銀貨・・・250円

金貨・・・2500円

といったところだろう。

詳しいレートは分からない。

それ以上の金額、日本で言うところの紙幣は、麻雀の点棒のような物がその役割を担っている。

全てに金が含有されており、その割合によって価値が変わる。

二割点棒・・・1万円

五割点棒・・・五万円

九割点棒・・・10万円

知識としてはウルに教えてもらったし、レミリア王国へ入る時の一番最初の町で換金して各種点棒を見せてもらったが、豪遊したりしない限り、街中で使う事はほとんどないらしい。

それどころか、支払いを点棒でしようとすると断られる事も多くあるとか。

金額が大き過ぎて、渡すお釣りで店中の金が無くなってしまうそうだ。

コンビニでアルバイトしている時に、10円のお菓子を一万円札で買っていった客が頭を過った。

うん、確かに迷惑だ。

手持ちがそれ以外に無いのであれば仕方のない事かもしれないけど。



「こちら、塔内の見取り図となります。棚毎の蔵書内容や、施設の利用方法なども大方纏めております。それでも分からない事、何か尋ねたい事がありましたら、お気軽に近くの職員へお申し付けください」



胸元に各自の名前が記された刻印版が付けられたインバネスコートを着ているのが、全て職員らしい。

この受付の部屋では中にあるであろう本も見えず、他の職員もいないが、貰った見取り図を見る限りはこの奥へと回廊を進んだところに本が纏められており、そこに職員が配置されているようだ。

入ってすぐ見える位置に本がないというのが、これから見る本の山への期待を膨らませてくれる。

きっとこの感情は、防犯的観点から見えない位置に本を置いているだけのこの塔の造りに対する副次的なものに過ぎないのだろうけど。



「最後に当施設をご利用いただくにあたっての注意点を説明させていただきます。一つ目、受付であるこの場所以外での、周囲の迷惑になる声量での会話を禁じます。二つ目、塔内を走り回る事を禁じます。三つ目、本及びその他設備へ、一切の傷を付ける事を禁じます。四つ目、塔内での魔術の行使を禁じます。ご納得いただけましたら、こちらにサインを」



そう言って差し出された紙に、全員で署名する。

サインをする事自体に意味があるようで、偽名や愛称でも問題ないようだ。

俺は、未だにぎこちない動作で、何とか自分の名前を書き終えた。

勿論本名ではなく、〝ケイト〟の名を。



「ありがとうございます。そちらの鳥は飼い鳥ですか?これ以上先には一緒に連れて行けませんが、こちらでお預かりしましょうか?」



そうだ。

キュイの存在を忘れていた。

キュイが聡いとはいえ、図書館に動物を連れて入るわけにはいかないよな。



「出来れば預かっていただきたいんですが、いつも肩に乗せて連れ歩いているもので、鳥籠を持っていないんです、、、」

「ああ、そういう事でしたら。サンコ」

「はい」



サンコと言われた職員が立ち上がって俺の横まで来ると、あっという間に見慣れた釣り鐘型の鳥籠を土魔術で生成してしまった。

大雑把な椅子や机程度なら生成出来るようになったが、こんな精巧なものを、それも一瞬で作る事が出来るなんて、、、。

筆舌に尽くしがたい、圧倒的な格の違いを体感させられた。

魔術で秀でるというのは戦闘に使うものだけでなく、こういう昇華のさせ方もあるんだな。

出来るようになるまでどれ程の訓練と時間を要するのかは分からないが、臆病な俺には魔術師としての魔物狩りより断然向いていそうだ。



「キュイ。この中で待っててくれるか?」

『キュイ!』



やっぱりキュイは人間の言葉を理解しているみたいだ。

何も不平を唱える事なく、大人しく鳥籠へ入っていってくれた。

サンコも驚いていない事から、この世界では鳥が人の言葉を理解するのは珍しくないのかもしれない。

まあ、サンコ自体が元々無表情なキャラだから反応がないだけという可能性もあるが。



「これにて受付は終了です。左手側、奥にございます扉からお進み下さい」



受付を通り過ぎ、奥にあった重厚な扉を開けて進む。

見取り図を見る限り、右手側にあった同じような見た目の扉も本がある部屋へ繋がっているのだが、入る人と出る人で通る回廊、扉を分けているらしい。

いざ入ろうと思ったら向こう側から急に扉を開けられるといアクシデントがないわけだ。

今進んでいる回廊が、恰幅のいい人が二人すれ違うのには少し狭い事も、出入り口を分けている要因なんだろう。

今居るのは全員細身だから頑張れば三人横並びでも歩けない事はないのだが、何となく日本人気質を発揮して一列になって回廊を進んでいる。

後ろから誰かが追い抜いてこないとも限らないしな。

誰に聞かせるわけでもなく、この世界での異物となる日本人としての気質が抜けない自分を、ただの気遣いの末の選択のせいにして擁護した。



「この扉の奥みたいですね」



回廊を進んだ先突き当りには、入口と同じ見た目の重厚な扉があり、その左手側にも同じような扉があった。

左手側の扉は、見取り図によるとロッカールームのようなものらしい。

荷物を預けてゆっくり読書や調べものをしたい人用に開放しているそうだが、今日は手ぶらだ。

また時間がある時に探検がてら覗いてみよう。

ちなみに、預けた荷物はわざわざ取りに戻らなくても、帰りに受付で渡してくれるらしい。




「うわぁ、、、、、」




驚いたのか、感動したのか。

どの感情か明確に示さない、曖昧な言葉をリビィは溜め息交じりに零した。

声を漏らす余裕すらなかった俺に比べれば、まだ余裕を持っているのかもしれない。


(まるで異世界の図書館のようだな、、、。いや、そういえば異世界だったか)


自分の中で心の声にツッコミを入れながら、平静を保つ。

そうでもしないと興奮で変な言葉を発してしまいそうな程、扉の先は圧巻の光景が広がっていた。

部屋の中心には本を読む女性の彫像があり、その周りをぐるりと一周、頂点の見えない本棚と、そこにぎっしりと詰め込まれた本が囲っている。

出てきた扉を振り返ると、その上、左右も隙間なく本棚で埋め尽くされている。

壁に直接打ち付けているのだとは思うが、これだけの量の本を詰め込んで棚が崩れる事はないんだろうか。

現実離れした光景でそんな現実的な事を頭の中で巡らせた。



「ケイト?おーい」

「はっ。あ、すみません。どうしました?」

「ぼーっとしてたけど大丈夫?」

「はい。凄い光景だなと思って見惚れていただけです」

「そうだよね。セナリも目をキラキラさせたまま固まってるもん」



言われてセナリを見てみる。

肘を内側に折り曲げて、両手を握り締めて胸の前に持ってきた状態で、目を輝かせて固まっている。

呼吸が止まっているんじゃないだろうかと心配になるほど微動だにしない。



「そうそう、それでね。さっきの施設案内の見取り図?見せてもらおうと思って。これだけあるとどこに何があるのか分からないからさ」

「あ、それなら」



折られた見取り図の内側に挟まれていた蔵書の目録を一枚リビィに渡す。

受付で三枚入れてくれている事に気付いていたのだが、二人に渡す機会を逃していたのだ。

目録とはいっても数え切れない程の本の題名や内容が全て書いているわけではなく、棚毎に文字が一文字名前として充てられていて、その棚の段毎、下の段から順に増える形で数字が振られている。

分かり易く頭の中で解釈するなら〖棚:あ 段:1 内容:精霊魔術〗という風に目録に書かれていて、それに沿って自分の読みたい本を探す形になる。

段が違っても同じ内容が記されているものもあるが、これはおそらく、一段では収まらなかったもの達だろう。

〖レミリア王国の歴史〗と〖精霊について〗がざっと見た感じでは一、二を争う多さだ。

双方とも一つの棚の半分を埋め尽くしている。


(対照的に、ディベリア神聖国についての本や資料は殆どないな、、、)




「じゃあ私、早速見てくるね」

「あ、はい。お気を付けて」


早足になりそうになり、一度止まってからキョロキョロと周りを見回して大股で少しでも早く本棚に辿り着こうとするリビィを見送る。

そうだ。

セナリをそろそろ正気に戻さないと。



「セナリ」

「わあ・・・」

「セナリ」

「凄いです・・」



気付かないな。

ちょっと可哀想だけど、頬を抓らせてもらおう。

うん。むにむにで柔らかい。



「い、いひゃいです、、」

「ごめんごめん。気が付いたか?」

「はいです。夢中になってました、、、」

「気持ちは分かる」



俺もついさっきまで呆けてたからな。



「セナリにもこれを渡しておく」

「目録、、でしょうか?」

「ああ。夕方まではここにいるつもりだから、ゆっくり探してきたらいい。走らないようにな」

「はいです!」



いつものように身振り付きの元気な返事だったが、声は掠れる程小さいものだった。

俺の小学生時代と大違いだ。

でもセナリ。

そんなに抜き足差し足で行かなくてもいいんだぞ?




すぐにでも本棚へ近付いて物色したい気持ちを堪えて、扉の横へ邪魔にならないようにズレてから目録へ目を通す。

正直この景色を見れただけでも充分満たされた気持ちになっているんだが、せっかく来たのであれば何か見て行きたい。

でも何を?

おそらく難しい歴史書関係はまだ読めない。

セナリが探しに行った図鑑や絵本、簡単な自叙伝程度が限界だろう

精霊の図鑑を見に行くか、数少ないディベリア神聖国についての資料を見に行くか、腐愚民について調べておくか。

何もない元の世界に戻りたいという気持ちはかなり薄れてきているが、それでも自分が置かれている状況や、腐愚民の立場については知っておいたほうがいいよな。

ウルに近付いてはならないと釘を刺されたディベリア神聖国についても、少しは学んでいた方がいいと思う。

教徒を見分ける方法があれば、自分の為、ベルを守る為の知識にもなる。

ベルといえば、植物魔術について学んでおくのも有りか、、、?


(駄目だ。読みたいものが多過ぎて決められない)


未だに出てきた扉の近くから動かず、目録を見ながらうんうんと唸る。

考えが煮詰まっては目録を無為に眺めてを繰り返して、余裕のなくなった頭に息抜きをさせる為に本棚の前をエレベーターのように職員と昇降するリビィを眺める。

受付で昇降専属の職員が居ると聞いた時は梯子で届かない程高い本棚があるわけないと疑っていたが、これは確かに必要だ。

そこまで苦労せずに習得出来たが、魔術で飛行するのが難しいというのであれば、この職員達の存在は有り難いだろう。


でも、自由の利かない空中で人に身を預けるのは怖くないんだろうか?

そんな考えを肯定するかのような存在が、視界の端に映った。

インバネスコートを着た赤茶のポニーテール、丸眼鏡の賢そうな男性が自前の魔術で中空、本棚の前を浮遊している。

ちらりと見えた胸元に刻印版がなかった事から、恰好こそ似ているが職員ではないのだと思う。

浮遊する姿はミシェを思い浮かべるような、安定したものだ。

違反ではないのであれば、俺も本が決まり次第自分で飛んで選ぼう。

突然落とされたりしたら、動揺して上手く魔術を練る事が出来なそうだし。


(それには何より読む本を先に選ぶ必要があるが、、、)


今悩んでいるのは、ディベリア神聖国に関する本か、腐愚民に関する本のどちらにするかどうか。

この世界で自分に害のある存在について調べておくのも必要だと思うし、自分の存在自体についても詳しく知っておく必要があると思う。

元より読める単語の数が少なく辞書のように分厚く難しい本は読めないのだが、例え薄くても読むのに時間が掛かるので、おそらく今日読める本は一冊に絞らなくてはならない。

どちらも後々の為に読んだほうが良いよな、、、。



「よし。聞こう」



考えが完全に煮詰まった俺は、自分の中で選択肢の中から一つに絞るのを諦め、ある程度ここにある書物の事を把握しているであろう職員にお薦めを聞く事にした。

気になる項目の中から、出来るだけ簡単な語句ばかり使われているものを。

腐愚民について書かれた本を聞いたからといって、俺が腐愚民だと断定される事はないだろう。



「あの。すみませ──」

「おや?君は、、」



出てきた扉の近くに居た職員に声を掛けようと、体の向きを反転させて近付いたところで、言葉を遮る形で後ろから声を掛けられる。

聞いた事のない男の声だが、誰か知り合いがこの部屋に居たんだろうか?

聞こえた声を自分の記憶と照らし合わせながら振り返った視界に映ったのは、つい先程中空に居た赤茶のポニーテールの男だった。

丸眼鏡の奥の穏やかな目には、間違いなく俺の姿が捉えられている。

初めて来るこの国に知り合いなんて居ないはずだが、、、。



「ああ、突然すまないね。間違っていたら申し訳ないんだけど、先日の闘技会で優勝していた選手じゃないかな?」



そうか、その可能性を考えていなかった。

転移塔が多く広まっているこの世界では、国が違おうと数日で長距離を移動出来るというのに。

特に否定する必要も感じなかったので、短い言葉で肯定しておいた。



「やっぱりそうだったんだね。どこかで見かけた事があると思ったんだ」



そこから簡単な会話のやり取りを数合して、今度こそ職員にお薦めの本を聞こうと体の向きを戻した。

コートを着て長髪で丸眼鏡の賢そうなキャラは、経験上深く関わらないに限る。

まあ、創作物の中だけでの経験だが。







「君は、腐愚民────」







胸が一つ、強く打った。

与えられた言葉の衝撃で、意識せずとも足が止まる。

どこでバレた、、、?

闘技会での戦い方で?ミシェとの会話を聞かれていた?

それとも、いつの間にか腐愚民を見分ける装置を使っていた、、、?


思考は高速で巡り、背中にじっとりと嫌な汗を掻く。

もしバレたらどう動くという事は今まで何度か考えた事があるが、それらはどれも一人であった場合、それも野外でバレるという事を前提としていた。

そうしろと誰かに言及されたわけではなく、ただ自然と自分でそういう状況に絞って考えていた。

室内で、リビィやセナリもいる状況での対応など、微塵も思い浮かばない。

どうすればいい?

どうすれば、この場を凌げる?





「───の資料を探しているんじゃないかい?」





続けられた言葉は、予想だにしていなかった言葉だった。


(腐愚民とバレたわけじゃないのか、、、)


つい数瞬前までの動揺を悟られないように、背中を向けたまま男の言葉に応じた。



「どうしてそう思うんです?」



声に心情の乱れが乗らないように、出来る限り平静を装って、そう返した。

上手く隠せていただろうか。

臆病を抑えるのに必死で、自分を客観的に見る事までは出来ない。



「君がここに入って来た時から、思い出せないけれど見た事がある顔だなと思って何度か横目で見ていたんだ。そしたら何を読もうか迷っている様子だったからね。腐愚民についての本がある位置と、ディベリア神聖国の本がある位置で視線が泳いでいる気がして聞いてみたんだよ。ほら、ディベリア神聖国は腐愚民の扱いが酷いからさ、それらの関連する事を調べたいのかなって。違っていたかい?」



この部屋に入って来た時という事は、俺が景色に呆けていた時か。

あの時と、手元の目録に視線を落としている時であれば、見られていても確かに気付かない。

それなら、なんであんな変なところで言葉を区切るんだ。

誤解をした要因の自分が腐愚民であるという事は棚に上げて、初対面の人の言葉の並べ方へ心の中で文句を垂れた。


(いつまでもこのまま背を向けて話しているのもおかしいか、、、)


幾分か収まった臆病を確認して、出来るだけ自然を装えるように振り返った。



「いえ、合っています。最近田舎から出てきたばかりであまり難しい単語は読めないんですが、何かお薦めの本はありますか?」

「ああ。それなら、〖〝せ〟 の 〝6〟 左から21番目〗の本を読んでごらん。ディベリア神聖国と腐愚民の確執の原因が書いてあるよ」

「ありがとうございます。探してみます」

「お気に召せば嬉しいよ」



本を数冊持ったまま職員へ何か話し掛けに行った男へ軽く礼をして、言われた棚を探す。

目録も見ずに詳しい場所まで教えてくれたが、もしかしてこれだけの膨大な数を全部覚えているのだろうか?

それとも、お気に入りの本でたまたま場所を覚えていただけ?

どちらにせよ、時間が無くなる前に早くお薦めしてもらった本を取って来よう。

今度また何処かで会えたら、お礼を言わないとな、、、、




「あ。名前聞くの忘れてた」




臆病や得体の知れない相手の記憶力への疑念に頭を使うのに必死で、すっかり失念していた。

背後で職員と話しているところに入っていけば聞けるが、何となく積極的に関わりに行こうとは思えずにいる。


(何を考えてるか分からなくてちょっと怖いんだよな、、、)


初対面で親切にしてくれた相手に恐怖心を抱くなんて失礼なやつだなと自分に嫌悪感を覚えながら、お薦めされた本を読む為に、本の匂いで鼻腔を擽られながら本棚へと近付いた。


少しでも、この世界での身の振る舞い方の参考へなる事を願って。

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