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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
一章
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三話「世界の成り立ちと」



「おっはよーございまーす!朝ご飯お持ちしましたです!」



翌朝、陽気で溌剌(はつらつ)とした声を携えた昨日の少年が勢いよく部屋に入ってくる音で目が覚める。

当然だが、目が覚めたら夢の中の出来事だった、何て事は無かったみたいだ。

羊のコスプレをした少年の名前はセナリ。

確かそれで合ってたはず。



「おはよう。えっと、、セナリだっけ?」

「はわわ!なんで知ってるですか!?」

「昨日聞いたよ」

「なるほど!納得しましたです!お客様は何てお名前なんでしょうか??」

「ケイトだ。よろしくな」



一度言い慣れた名前を言いそうになって、慌てて新しい名前を答えた。

名乗る機会がこの先あるのか分からないが、出来るだけ早く慣れないといけないな。

俺はケイト俺はケイト俺はケイト、、、。



「わあ!素敵なお名前ですね~♪よろしくお願いしますですー!」

「よろしく。それより、その手に持ってるのは?」

「ケイト様の朝ご飯です!セナリが作ったです!」



セナリが鼻息を荒くして、興奮気味に近寄ってくる。

座った状態のまま後ずさりして何とか距離を保った。



「ストップ。ちょっと近い、、」

「し、失礼しましたです!ご飯ここに置いておきますです!」

「ありがとう」



セナリは照れ笑いを浮かべながら部屋を出て行った。

言い間違いではない。

確かに出て行った。

でも、少し開いたドアの隙間から見える特徴的な巻角は間違いなくセナリのものだろう。

気付いてはいたが、少し前から体に居座っていた空腹感を優先して、ベッドの横のテーブルに置かれた料理に手を付けた。


(んむ、んぐ、、、、ん?美味い、、)


見た目は部屋の雰囲気に合う洋風。

味は食べ慣れた学食の比にならないぐらい美味しい。

この世界の食卓事情は知らないが、手に入る食材が美味しいのか、セナリがとんでもなく料理が上手いのか、どちらにせよ見知らぬ世界に僅かに安心感を覚えた。

朝食にしては少し多い気がしたが、そんなことが気にならないくらい美味しくて、ものの数分でペロリと平らげられてしまった。

それどころか、もう少し欲しかったとさえ思ってしまっている。

料理で感動するのなんていつ振りだ、、、。


(だがまあ、今はそんな事より)


食べ終えて一呼吸ついてから、未だ動こうとしない巻角に意識を向ける。



「セナリ。入ってきていいよ」



ガタッ。



あからさまに動揺して物音が立てられる。

あれで気付かれてないつもりだったんだから凄いよな、、。



「ごめんなさいです、、、。ついつい寂しくて覗いてしまいました、、」



恐る恐る扉を開けて入ってきたセナリがそう言う。

足取りは重く、歩幅の小ささが抱いているであろう申し訳ないという気持ちを表している。



「別に怒ってないよ。ウルさんとリビィさんは構ってくれなかったのか?」

「ご主人様とリビィ様は早くから出掛けられました、、。なのでセナリは、ケイト様が目覚めるまで独りぼっちだったのです、、」



三角座りでいじけて俯く(うつむく)セナリを見て、まだ小さい甥っ子の姿が頭に浮かんだ。

髪は黄緑で目は青くて、それに変な巻角まで着けてて見た目は甥っ子と似ても似つかないけど、寂しくていじける姿はどうにも放っておけなくて、半分無意識でセナリを喜ばせようと一つ提案をした。



「セナリ。ご飯のお礼と言ったらなんだけど、良かったら俺と遊ぶか?」



顔を上げたセナリの透き通るような青い目が大きく開いて、分かり易く(きら)めいた。




「本当ですか!?本当ですか!?」




お馴染みの展開に後ずさる準備をするが、セナリはベッドのすぐ近くまで来て動きを止めた。

得意気に鼻を鳴らして目を煌めかせ続ける。

小さい子程、案外学習能力が高い。



「何して遊ぶですか?何がいいですか!?」



喜ばせようと提案したとはいえ、ここまで興奮されると期待に沿えるか心配になってくるな、、、。

今時の小さい子の遊びはみんなテレビゲームだろうが、部屋の中を見回す限りそんなものがあるようには思えない。

テレビゲームが駄目ならアプリゲーム、、、、もあるわけないか。



「なんでもいいよ。セナリは何がしたい?」

「うーん、、。うーん、、、。あ!獣人しりとりがしたいです!」



間違いなく負ける。

したことはないが、直感的にそう思った。

獣人なんて空想上でしか知らない。

セナリの言う獣人が、俺が思い浮かべるものと一緒かも分からないしな。

俺の思い浮かべてるものの場合、〝○○の獣人〟という○○の部分に動物の名前が入る手札しかないから、楽しむ間もなく終わってしまう。



「うーん。他のがいいかな」

「他ですか?うーん、、。うーん、、。じゃあ、精霊しりとりがしたいです!」



これも負けるな。うん。



「えーと、、。悪いセナリ。俺しりとりは苦手なんだ。他に何かないかな?」

「うーん、、。難しいですね、、。むむむむ。うーん、、。、、、あ!」



セナリが何かを思い出したように組んでいた腕を解いて、顔を大げさに上げた。

いちいち動きの可愛い生き物だ。



「ご本!ご本を読んでほしいです!セナリはまだ難しい字が読めないので、、」



本、、か。

この世界の字が読めるかは分からないが、言語が日本語だし何とかなるだろうと、特に警戒せず安直に了承した。

もし駄目だったら、この部屋で出来る俺の世界での遊びを教えてあげよう。

じゃんけんとかでも楽しめるんじゃないだろうか。



「いいよ。読もうか」

「わーい!!やったですー!ご主人様のお部屋から持ってくるので少々お待ちくださいですー!」



セナリのテンションは最高潮に達し、目にも留まらぬ速さで部屋の外へ駆け出して行った。

あの表情を曇らせるような展開にならない事を祈ろう。




「お待たせしましたー!持ってきましたですー!」


セナリが持って来たのはよく見る絵本ほどの厚さの本で、それでいて表紙に描かれている絵は、教科書でしか見たことのない美術作品達の雰囲気と酷似していた。

難解そうな雰囲気に無理かもしれないと冷や汗を掻いたが、とりあえず本を受け取って、大きく書かれた表題を見る。





〖世界の成り立ちと 英雄達の物語〗





よかった。

ちゃんと読めるみたいだ。

目を限界まで煌めかせたセナリを落ち込ませる事態は何とか避けることが出来た。



「よし。じゃあ読むか」

「はいです!!」



セナリをベッドの横につけた椅子に座らせ、一度深呼吸をしてから、少し難解そうな絵本の読み聞かせを始めた。

上手く、読めるだろうか。













「昔々のそのまた昔。

世界が出来る前のお話。

空中に浮かんだ大きなひとつなぎの大陸に、始まりの木よりも大きな巨人達がたくさん住んでいました。

巨人達は陽気で、毎夜毎夜自分達で育てた作物を持ち寄っては、日が昇るまで楽しい時間を過ごしていました。



飲んで食べて、食べて飲んで。

みんなで陽気に、肩を組んで笑い合う。



そんな楽しい毎日が続いたある日。

一人の巨人がいつもの集まりにやって来ませんでした。

巨人の王であるテペトラは少し寂しくなりましたが、そんなこともあるだろうといつも通り仲間達と語らう事にしました。



飲んで笑って、笑って食べて。



一人が欠けた中、陽気な巨人達の宴はいつもと変わらず朝まで続きました。






一人が欠けてから五度目の集まり。

今度は巨人一の切れ者のディベノの姿が見えません。

これで、来なくなったのは二人目。

テペトラはまた少し寂しくなりましたが、いずれ顔を出してくれるだろうと信じて、その日もまた朝まで皆と語らいました。


それからまた何十日と過ぎて、日を追うごとに一人、また一人と集まる人数は徐々に減っていきます。

テペトラは流石におかしいと思い、最初に顔を見せないようになったイマイネの元を訪れる事にしました。





【イマイネよ、最近皆が集まりに姿を出さぬのだが何か知らないか?】



テペトラは尋ねました。



【王よ。私には皆の心を見ることは出来ません】



イマイネは答えます。



【そうじゃな。では何故お主は来なくなったのじゃ?】

【この世界をより良くする為にございます】



力強い答えに、テペトラは満足して帰りました。

はて。

より良くするためにイマイネは何をしてくれているのだろうか。

王であっても、民と変わらず心を見ることは出来ませんでした。



それからも一人、また一人と減って、ついには誰も集まりに顔を出さなくなってしまいました。

ただ一人、欠かさず来ていたテペトラを除いて。

テペトラは諦めて、毎夜のように行っていた集まりを無くしてしまいます。


もしかすると皆疲れていたのかもしれない。

イマイネが言っていたより良くする為のものとは、皆の体を休ませることだったのではなかろうか。

もしそうだとしたら皆に申し訳ないことをした。

おらぬであろうが明日の夜、今一度顔を出してみよう。


そう、テペトラは思いました。







【王よ。こんな夜更けにいかがなさいました?】


次の夜。

集まりの場に顔を出したテペトラに話しかけたのはイマイネでした。

イマイネの後ろには、来なくなったはずの仲間達が全員集まっています。



【皆に会えればと思ってな】



テペトラは答えます。

そしてそのままイマイネに尋ねました。



【イマイネよ。なぜ突然皆が集まっているのだ】



観念した様子で、イマイネは正直に答えます。



【私はある日、気付いてしまったのです。私達が暮らすこの大地が、少しずつ上昇していることに。

 忘れもしません。今から150日前のことです。

 そして今日(こんにち)。あと少し夜が更けた時、この大地は神に最も近付きます。

 その時我ら巨人族が力を合わせれば、神に手が届き、

 この大地にて余すことなく神の叡智の恩恵を受けることが出来るのです。

 王よ。今こそ大地の肥沃、そして我ら巨人族の繁栄のためにお力をお貸しいただけませんか?】



テペトラは呆れてしまいました。

イマイネの強欲ぶりと、神を敬わないその姿に。



【神は、我ら巨人族に永遠の命を与えてくださった。肥沃な大地を与えてくださった。強靭な肉体を与えてくださった。朗らかな精神を与えてくださった。それに飽き足らず神の叡智まで手にしようとは、欲が過ぎるのではないか?

過ぎる欲は行き場を失いやがてその身を亡ぼす(ほろぼす)ぞ。今ならまだ間に合う。これ以上神を欲するのはやめておけ】

【王よ。もう止まれぬのです。我々は既に神の御身懐を害してしまいました。この世界のどこに神から逃れられる場所が存在しましょう。回り始めた歯車は止めようがないのです】



テペトラは悲しくなりました。

毎夜作物を食べては騒いでいたイマイネが、こんなにも欲に(まみ)れた顔になってしまったことが。

悲しくて見ていられず、テペトラは一人、その場を離れました。

暫くして、遠くでイマイネ達が力を合わせて神に手を伸ばしている姿が目に入ります。


神に近付きすぎた英雄は(ろう)で固めた翼をもがれ地に落とされる、と古の伝承にある。

我らに翼はないが、神の逆鱗に触れようものならただでは済まないだろう。

手を伸ばす皆も。

独り見ている私も。






その日、巨人族の台地には神の鉄槌が下されました。

ひとつなぎの大きな大地は、落とされた鉄槌を(かたど)った丸い地を中心に5つに分裂し、手を伸ばした巨人族達の体は粉々に砕けて遥か下の大地に落ちて、その一つ一つが意思を持った生命になりました。

愚行を止めることが出来なかったテペトラは、神の裁きを受けて大きな体を細切れにされてしまい、それらもまた、一つ一つが意思を持った生命になりました。

神は新たに生まれた生命達から永遠の命を取り上げ、禁忌を犯した者には知恵と試練を。

力なき者には魔力と力を与えました。







──全ての生命に限りを。だがもし、我が与えた死に抗うというのであれば、その時は朽ちぬ体と須要を与えよう──」













読み終えて最後のページを見ると、おそらくこの世界のものであろう地図が描かれていた。

綺麗な円形の大地の周りを、大きさも形も違う4つが囲んでいる。

この地図、どこかで見た気が、、、。

どこだっけか。



「セナリ、、、って寝てる、、。まだ難しかったんだろうな」

「むにゃむにゃ、、セナリはもうお腹いっぱいですぅ、、、。むにゃむにゃ」



寝言を言うセナリの頭を一度撫でて本を閉じる。

紙が()れる音に引き寄せられて、セナリは力なくベッドに身を預けた。

起こしてしまってない事を確認し、手元に残った本を再度開いて、セナリに読み聞かせた文章を意味も無く指でなぞってみる。

書かれている文字は間違いなく見慣れた漢字と平仮名の羅列だが、表紙に書かれた絵に使われている画材や本の触感は、良く手にする書籍とは少し異なっているように感じる。

これだけで異世界だと判断するには材料が不十分過ぎるが、昨日理解出来ないながら聞いていた話と頭の中で絡まって、手に持った本が実際の重量以上の重さを持った。


異世界、、なんだろうか。


何を見れば、どんな話を聞けば異世界だと判断出来るのか分からないけど、正直何も分からない今の状況は不安で仕方ない。

もしかして記憶にあるどこかからが夢、、、なのか?

だとしたら、どこからなんだろうか。






「ただいまー。セナリー?どこー?」



パタパタ──パタパタパタ──。



「あ、リビィさーん。セナリならここに居ますよー」



探している様子で彷徨う足音が近付いてきたところで、セナリを起こさないように気を付けて呼びかける。

多分リビィの声だとは思うんだが、昨日一度聞いたばかりだし間違えていたらどうしようか。



「起きたんだね。おはよう」

「はい。おはようございます」



俺の心配は杞憂に終わった。

部屋に入ってきた絶世の美女であるリビィに挨拶を返す。



「ゆっくり寝れた?」

「おかげ様でぐっすりです。遅くまで寝てしまってすみません」

「むしろ早いぐらいだよ。今日はウルと日が昇る前に出掛けたからね」

「早起きなんですね」

「ううん。本当は苦手。今もちょっと眠いもん」



言いながらリビィが、口元を片手で抑えて小さく欠伸をする。

端正な顔立ちの美人の緩み切った表情。

うーん、、。

図らずとも顔がにやけ、、、あ、いや、にやけてないですからね。

まだぎりぎり未遂ですから。

だから、あの、えっと。

美人の肩口から睨み付ける画を解いてくれませんかね。



「チッ。リビィ、全部食料庫に仕舞ってきたが大丈夫だったか?」

「うん。ありがとうウル」



すぐに表情を切り替えたおかげで、舌打ちされるだけで済んだ。

良かった、、。



「ああ。それより、その本どっから持ってきた?」

「あ、セナリが本を読んで欲しいって言ってウルさんの部屋から持ってきたんです。すみません、勝手に」

「いや、持ち出したのは別にいいが、お前それ読めるのか?」

「え?あ、はい。特に難しい内容でも無かったですし」

「ほう、、」



ウルが訝し気に顎に手を当てて本を見ている。

大して難しい言葉や漢字は書いていなかったと思うが、識字率の低い世界なんだろうか?



「セナリに読み聞かせてあげてたんだね。ありがとう」

「いえ、そんな。でもセナリにはまだちょっと難しかったみたいで、いつの間にか寝てしまいましたけどね」



セナリの寝言を思い出して、その愛おしさから口元と目尻に笑みが浮かんだ。

湧き立つ感情に身を任せ、本に右手を添えたまま、空いた左手でセナリの頭を優しく撫でる。

セナリが心地良さそうに身動ぎをした事で、小指の外側に不意にクリーム色の巻角が触れた。

触った感じでは、プラスチックではなさそうだな。

何で出来てるんだろ。



「そういえば、セナリのこの巻角凄いリアルですよね。本物みたいです」

「本物だからな」

「へぇ~、、、え?え??ほん、、、もの?」



本物って事は頭に角が付いてる?

ん?生えてる?



「そうか。まだ色々と説明してなかったな。丁度その本を持っている事だ。少し話すか」

「お水持ってくるから座って待ってて」

「助かる」



部屋を出るリビィを見送、、、る視線をウルの巨体で遮られ、セナリへと視線を戻す。

別に、下心を持って見ていたわけではないのに。



「その本に地図が書いてあるページがあっただろ?開いてくれ」



セナリの左隣に椅子を持ってきて座ったウルの指示通りにパラパラとページを捲り(めくり)、手元でどこか既視感のある地図を広げた。

既視感があるのは分かるが、それがどこから得られたものなのかは分からない。



「簡略版だがそれがこの世界の地図だ。今いるのがここ。貿易拠点セプタ領の最西端に位置する商業都市リネリスだ」



ウルが指差したのは地図中央上部。

一番大きな大陸の右端辺りだった。



「そこまで必要な情報ではない。頭の隅にでも置いておけ」



念の為、必死に頭の中央に書き殴っておいた。

必要じゃないと分かったら、勝手に隅のほうに移動するだろう。

任せたぞ、俺の頭。






「お待たせ。はい。ウルお水どうぞ」

「ああ」

「ケイトも、はい」

「ありがとうございます」


戻ってきたリビィが座るのを待って、渡されたコップに入った水を一口飲む。

うん。

水は普通の水だ。

水道水よりは美味しい。



「それってこの世界の地図?私初めて見るかも」

「そうか?」

「うん。魔人域と精霊域の地図しか見たことないから」

「丁度良い。リビィも一緒に聞いておくか?」

「うん。教えて」



魔人域、精霊域、、、。

よく分からないが、これとは別に国や大陸毎に細分化された地図があるんだろうか。

考える事に専念して呆けた顔をしていると、ウルが俺に向き直って、地図の大陸を一つずつ指差しながら説明を始めた。



中央にある円形の大陸は聖地イルサム。神聖な場所で、外部からは許可なく入る事が出来ないらしい。

主に左上部を占める一番大きな大陸は魔人域。さっき説明された現在地もこの大陸に位置する。

魔人域の下方に在り、地図の左側にあるのが精霊域。

右上部にあるのが武人域。

武人域の下部に位置するのが獣人域。



そのそれぞれに、魔人、精霊、武人、獣人が住んでいるらしい。

分かり易い。



「セナリは獣人と魔人のハーフだ。魔人のほう、、母親が俺の知り合いなんだが、そいつの実家が魔人域でもトップクラスの獣人排斥派の貴族でな、、。獣人との子供を産んだことがバレ、当の本人は実家に縛られて父親は不慮の事故で死んでいる。行く宛てが無くなって孤児院に保護された後、俺が引き取った」



聞かされたのは、セナリの身の上話。

明るい性格からは、想像も出来ないような過去だった。



「セナリ本人もその事を知っててね。家主であるウルと、その奥さんである私にはいつも一歩引いて気を使ってるの。ここ以外に自分の居場所が無いから、追い出されない為にって一生懸命ね」

「追い出すわけないのにな、、」



まだこんなに小さいのに、色んな事を考えているんだな、、。

甥っ子と大違いだと思ったが、俺が察せていないだけで、甥っ子は甥っ子で何か考えてるのかもしれない。

何にせよ、比べるのはやめておこう。



「もっと気を許してくれたらいいんだけど、、」

「ああ。だが、その点はもうあまり気にする必要がないだろう」

「そうだね。多分もう大丈夫だと思う。ケイトには感謝しなきゃ」

「僕ですか?何かした覚えはありませんが、、、」



呆けた顔で見ると、リビィは苦笑を浮かべながら頬を人差し指でポリポリと掻き、何かを思い出すように話し出した。



「さっきも言った通り、セナリは私達に気を遣っててね。何かワガママを言ったり、一緒に遊んだりって事が全くと言っていいほどないの。家の事をしてくれる代わりに何処かに連れて行ったりっていうのはあるんだけど、、、」



リビィが目線をセナリに落として薄く笑った。

どこか寂しそうな、嬉しそうな。

読み切れない複雑な表情をしている。



「こんな風に、私達に本を読んでもらう事も、傍で安心しきった寝顔を見せてくれる事も今まで無かったんだ、、」



だからか、、。

てっきりいつもあんな感じで楽しく遊んだりしてるのかと思ってたが、したことがないからこそあんなにも目を輝かせていたんだな。

セナリにお願いされたのは、しりとりに読書。

今までそんな事無かったから、咄嗟に浮かんだのが一人でも出来る遊びばかりだったのかもしれない。



「だからね、ケイトには感謝しないとなって。最初からそうなると思って介抱したわけじゃないけど、結果的にセナリが気を許せる初めての相手になってくれたから。これから益々自分の事で大変になってくるだろうけど、余裕のある時だけでいいからセナリと仲良くしてあげてね」

「勿論です。むしろ僕から感謝しなきゃいけないと思ってたところですから。分からない事だらけで頭がこんがらがってたんですけど、セナリが作ってくれたご飯と、屈託のない笑顔に気持ちが軽くなったんです。言う前に寝てしまったんで言えず仕舞いですけどね」



言い終えてもう一度、セナリの頭を撫でて小さく笑みを浮かんだ。

同じ表情を浮かべるリビィと、呆けた顔のウルから目を逸らすように。

視線を注がれてる気がするが、何か拙いことを言っただろうか、、。

数秒の無言に、妙に不安にさせられる。



「、、、感謝する」

「え?」



「うーん、、、ふああぁぁ」




セナリが欠伸をしながらのろのろと起き上がる。

ウルは何に大して礼を言ったんだろうか。



「、、!はわわわ!寝てしまってたですか!ケイト様ごめんなさいです!」

「大丈夫。ちょっと難しい内容だったからな」

「セナリ、おはよう」

「リビィ様!ご主人様も!!すぐにお食事の支度しますです!!!」



二人の顔を見るや否や急いで立ち上がって、その反動で倒れた椅子を元に戻して部屋の外へ駆けていくセナリ。

昨日は思わなかったけど、言われてみると気を張ってるっていうのが何となく分かる。



「セナリ」



ドアノブに手を掛けたセナリを、ウルが背を向けたまま呼び止めた。



「はいです!」



セナリはそのままの向きで背筋をピーンッと張って肩を少し震わせる。

お手本のような気を付けだ。



「これからはケイトが家事を手伝う事が増えてお前の負担も軽くなる。時間が空いたら俺のことは気にせず遊んでもらえ」

「でも、、」

「ケイト、いいな?」

「はい勿論。セナリ。また今度この本一緒に読もうな。その代わりと言ってはなんだけど、また美味しい料理食べさせてくれ」

「はい!はいです!!」



セナリはこっちを向いて全身で笑顔を表現してから、走って部屋を出て行った。

急に踵を返したせいで、目の前のドアに反応出来ずにおでこをぶつけたが、それでも変わらず楽しそうだった。

結構痛そうな音したんだけどな、、。



「さて。俺は少し出る。朝一でサシャに頼んだやつがもう出来上がってるだろうからな」

「一緒に行く?」

「いや、一人でいい。リビィはそいつに付いててやってくれ」

「分かった。いってらっしゃい」



少し意外だった。

そんなに話したわけではないけど、それでもウルのリビィへの溺愛ぶりは嫌というほど伝わってたから。

どの辺りがウルの琴線に触れたのかは分からないけど、少しは信用されたような気がして嬉し──



「ケイト。リビィなことしやがったら、、、、。分かってるな?」



はい、すみません。

肝に銘じておきます。

調子に乗るのは駄目そうだ。



「ふふふ。ごめんね?あれでもウルにとっては気を許してるつもりなんだ」

「そう、、ですかね?すごい不安ですが、、」

「ウルのこと恐い?」

「はい。正直なところ恐いです」

「そっか、、」

「はい。でも、本当は凄く優しくて良い人なんだと思います」



そうでなければ、こんな和やかな家庭は築けないと思うから。

きっとリビィも、ウルのそんな優しいところに惹かれたんじゃないかと、勝手に思っている。



「、、ケイトは凄いね。知らない世界で分からない事だらけなのに、ちゃんと周りが見れてる」

「そんな大それたものじゃないですよ。分からな過ぎてとりあえず自分の置かれてる状況から目を逸らしてるだけです」

「昨日話した事は何となく伝わった?私説明するの得意じゃないから、、」



リビィが浮かべた薄い苦笑を見ながら、昨日聞いた話を思い出してみた。

内容自体は突飛なもので理解し難かったが、説明はどちらかというと分かり易かった気がする。

理解はし切れてないが、死ぬ直前に取った無駄な足掻きのせいで、見つかったら即永久奴隷の異世界に飛ばされたという内容は、情報として頭に入っている。

どれだけテレビ局がとち狂っても、素人ドッキリにここまで金はかけないだろうし。



「しっかり伝わりましたよ。まだ色々と信じられない事は多いですが、、。そういえば。昨日、体中の痛みが一気に消えたんですが、あれは特殊な薬か何かを飲ませていただけたんですか?」

「あ、あれは薬じゃなくて魔術なんだ」

「魔術って、火とか水を出したり、何かを召喚したりするあの?」



となれば、ウルが言っていたあの中二病臭い文言が詠唱なんだろうか。

そんな事を言ってしまえば、必要のない怒りを買ってしまいそうだが。



「召喚っていうのは分からないけど、大体合ってるよ。詳しいね」

「あ、はい。ラノ、、小説でよく見かけるので」



小説がこの世界にあるのかは分からないが、ラノベでは通じないだろうと、咄嗟に言い換えた。

伝わったとて、美女にオタクだと思われて引かれたくないという思いも、少しはあったかもしれない。



「そういう小説があるんだ、、。昨日ウルが使ったのは治癒魔術だね。外傷であればある程度は治せるんだよ。病気も重いものじゃなければ治せた、、はず」

「凄いですね、、」



そこからリビィは、魔術について色々と聞かせてくれた。

魔術を使えるのは魔人と精霊だけで、魔人域や精霊域では日常的に使われている事。

同じ系統の魔術でも色々な形式や程度がある事。

よく異世界物のラノベを読んでいたおかげか、聞いた話を既知の作品の内容とすり合わせながら理解することは出来たが、やっぱり現実として落とし込む事は出来なかった。

それでも聞く分には楽しくて、ウルが帰ってくるまでの数十分、リビィに魔術の事を色々と聞き続けた。



俺もいつか、使える日が来るのだろうか。

ほんの少しだけ、これからが楽しみになった。

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