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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
三章
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二十六話「精霊という存在」

昨日投稿忘れてました……



「着いたぞ。契約者以外はこの場で待機だ」


ランタンに灯された道を歩いて1時間程経っただろうか。

辿り着いたのは直径20m、高さ200mはあろうかという大樹だった。

近付きすぎると壁と見紛うてしまう程の大きさ。

根がどこまで張っているかなど、想像も出来そうにない。

それにしても、契約の泉はどこにあるんだろうか?

目の届く範囲には泉どころか、水すら見当たらない。

ランタンの指し示す道は自在に変化させる事が出来なそうだったから、悪戯で適当な場所に連れてこられたわけではないと思うが、、、。



「あの、契約の泉はどちらに」



返答はなかった。

だがその代わりに、女防人は一歩踏み出して大樹へと近付いた。

また一歩、近付く。

近付く度に草はその場を避けて道を作る。

それを数度繰り返し、ランタンの灯りが大樹の根元を照らした。

そして、これ以上もう進めないという位置まで踏み込み、ランタンの灯りを全て大樹の幹に当てるように近付ける。




メキッ─。



「ん?」


何処からか、木が軋むような音がした。



メキメキッ───。



軋む音が勢いを増して耳に届く。

樹木の一部を無理矢理引き剥がすような音だ。




メキメキメキメキメキッッ──!!




「凄い、、、」



人は、自分の許容量を超えるものを見ると、著しく語彙力が下がる。

この世界に来てから二度目の体験だ。

何度も軋む音を聞いて漸く突き止めたその出所は、目の前の大樹のランタンで灯された部分だった。

足元の草のように、灯りの届いた範囲が道を譲るように大きく口を開けている。

ついさっきまでは何の切れ目もない力強い幹だったはずなのに、開かれた洞は元からそこにあったかのように堂々たる様相だ。

それこそ、何も無かったのが幻覚だったと疑えてしまう程に。



「長くは開かない。早く入るぞ」



感動して止まっていた足を、掛けられた声で我に返って進める。

ランタンに灯された部分以外は何も見えない真っ暗闇の洞に入るのは、お化け屋敷に入るのとは比べものにならない程の恐怖を感じさせられた。



「ケイト、頑張って!」



、、、頑張って?

これから何か試練が待っているのか?

リビィの言葉の意味がこれから何かを課せられる事を意味しているのか、この暗い洞に一人で入る事を意味しているのか。

出来れば後者であってほしいと願いながら、ぼんやりと足元が見える洞の中へと足を踏み入れた。




メキメキメキッ──。



「うわっ!」



洞の中に入って少し進んですぐ、入って来た入口が音を立てて閉まった。

ランタンの灯りが届いていないから、開いたままじゃないのは当然だよな、、、。

独りでに出入り口が閉まるというホラー物の定番の展開に、分かっていてもつい驚いてしまった。



「大きな声を出すな。灯火様方が怯えておられる」

「すみません。、、、灯火様?」



首を傾げると、女防人が顎をしゃくって俺の視線を誘導する。

恐怖心で縮こまっていたからか、全く気が付かなかった。

周囲には蛍が悠然と飛び回っていて、入る前の真っ暗闇はとうに払われている。

外のような明るさというほどではないが、木の中とは思えない程大きな洞を、充分に端まで見渡せる程の明るさがある。

灯火様というのは、この蛍達の事を言うのだろう。

人工的に作られた灯りとは全く違う、柔らかく温かい光だ。




「これより、契約の儀を始める。契約者、泉の前へ」




先程までの態度とは似ても似つかない、凛とした声で女防人が告げた。

泉らしきものは見当たらないが、おそらくあのオブジェクトの前へ立てばいいのだと思う。

腕ほどの太さの幹らしきものが絡まり合って出来た円柱形の台。

そのすぐ近くまで来て見えたのは、台の擦り切れまで張られた底の見えない透き通った水。

これが泉?

どちらかというと水瓶のような印象を受けたが、背筋が張るような緊張を含んだ空気に遠慮して、余計な言葉を挟むのを躊躇った。



「契約者よ。泉に手を翳し、魔力を注ぎ給へ」



言われた通りに泉に手を翳して魔力を流す。

手から出るのか不安で、念の為何処にも需要のない萌え袖状態にしてから手を翳したが、要らぬ心配だったようだ。

手から出た魔力に反応するわけではなく、その周囲にある魔力に反応してくれているような、そんな感覚だったから。


魔力を注ぐと、水面に水を落としたように波紋が広がった。

中心から外側へ、縁まで行って中心に戻ってきて中央部分を跳ねさせて。

それを何度か繰り返している。

不思議な事に、擦り切れまで水が張っているにも関わらず水が零れる事がない。

物理法則を無視したその動きを疑問に思いつつも、まあファンタジーだしそういう事もあるかと諦めて、未だに往復する波紋を見守った。


(ん?なんだ今のは?)


波紋が中央に収束して水を跳ね上げる度に、誰かの映像、記憶のようなものが頭に思い浮かんだ。


(まただ、、、)


水が控え目に跳ねる。

またいくつかの映像と記憶が浮かんだ。

それを何度か繰り返す。

気持ち悪いと振り払う事もせず、揺れる水面を見つめながら呆然と誰かの映像と記憶を受け入れ続けた。


何度目だっただろうか、途中で唐突に、〝あ、これは契約出来る精霊のものだ〟と理解する事が出来た。

誰かに教えてもらったわけでも、経験に基づいたものでもないけど、何となく。

おそらくこの次々に浮かんでくる精霊達の中から契約する者を選ぶんだろう。

ウルが契約していた炎主や上級治癒魔術の精霊も頭に浮かんでくる。

これは予想だが、魔力に反応しているから、ウルに魔力を注いで貰っている俺がここに立つと、ウルが契約出来るのと同じ精霊が頭に浮かんでくるんじゃないだろうか。

その証拠とまではいかないが、さっきから流れ込んでくる精霊達は高威力や広範囲の魔術を持つ者ばかりだ。

ウルの家系故だろうか。

防御魔術の精霊は一つも浮かんでこない。


今のところの候補はウルと同じ治癒魔術の精霊と、転移魔術、音魔術、植物魔術。

治癒、転移は言わずもがな、音魔術は音波で攻撃したり、音楽に情動を動かす音色を乗せたりというものみたいだ。

植物魔術はベルが使っているものとは違い、既にその場にある植物を操り、攻撃、防御、拘束に使うというもの。

多少急激な成長をさせたりは出来るようだが、根が張っているものはその場から動かせないし、無から有を作り出す事は出来ない。

小さな花一輪も咲かせる事が出来ないんだ。


うーん、、。

どれも良い気がするが、どれもいまいちな気もする。

引き続き絶え間なく流れてくる映像達の中から、ひたすらに自分が契約したい精霊を探した。

水の波紋が弱まってきているところを見るに、おそらくそろそろ選択肢の全てが出し切られる。

充分過ぎるほどの選択肢を与えてもらったが、それでもまだ決まっていなかった。

一人でこの場所に来られない事を考えれば、これが最初で最後の契約かもしれない。

そんな考えが過って、慎重さを加速させる。

その臆病と言ってもおかしくないほどの慎重さは尾を引いて、選択肢が提案され終えるまで続いた。

そろそろ、決めないと、、、、。


(あ、、、、この精霊、、)




「契約者よ。契約する精霊様を頭に思い浮かべながら、泉に手を翳して〝契約を求む〟と唱え給へ」




半ば諦めかけた選択肢の終盤。

治癒魔術にしようかと決めかけた俺の脳裏に、ある精霊が思い浮かんだ。

保有する魔術は【飛翔】。

風魔術と重力魔術を組み合わせただけの、今の俺でも出来る空を飛ぶだけという魔術だが、何となくこれを選ぶのが良い気がした。

随分慣れたとは思うが、まだ自在に空中を飛び回ったり加速したりというのは、相当な集中力がいる。

対人や対魔物への攻撃は形成単語を鍛えていけばそれで事足りそうだから、縦横無尽な攻撃と回避能力を手に入れられるこの契約はきっと役に立ってくれるだろう。

まあ、飛ぶ事しか出来ずに村八分同然の扱いを受けて大陸の端に一人?一匹?でひっそりと暮らしているのに同情を感じて選んだというのが一番の理由ではあるが。

この世界では異物である腐愚民の俺と、どこか似たところがあるような気がする。

どうせ絶対にこれがいいという魔術はなかったんだ。

それなら、同情を含む感情で選んでもいいよな。






「 〝契約を求む〟 」






水面が凪いで、淡く光る。

契約した精霊の細かい情報が頭に流れ込んで来た。

形状、使える魔術、年齢。

鳥の見た目をしていて年齢は14歳。

精霊というのは長命なイメージがあったから、人間では生きられないような何百年という年数を生きているのだと勝手に思っていた。

格の高い精霊なら名前を持っており、この時点で名前が分かるそうなのだが、契約した精霊には名前がなかった。

大陸の端に追いやられる程の扱いを受けているのなら、精霊の中では多くはない名前付きではないのも仕方のない事だろう。


余裕が出来たら勝手なイメージで名前を付けるのもいいかもしれない。

ネーミングセンスはないけど。




契約する精霊の情報が流れ終えて、淡く光っていた水面は徐々にその光を収めた。

元の姿に戻った水面に映っていたのは、見慣れた自分の顔と肩に乗った、、、、鳥?







『キュイッ!!』







「え、、、、?」


漏れた声は俺のものだったか、女防人のものだったか。

その判別は出来なかった。

それ程、突然に現れた翡翠色の小鳥に、契約という初体験を済ませたばかりの俺の理解は及ばなかった。



「そ、その鳥は何処から、、、」



顔が見えないのに動揺しているのが手に取るように分かる。

ベールの向こうでは顔が引き攣っていそうだ。

水面越しでは鳥の姿はよく見えず、ククル鳥の時に噛まれた事が思い浮かんで怖くなりつつも、恐る恐る鳥へ手の甲を差し出してみる。



『キュイ?』

「乗れるか?」

『キュイ!』



言葉が通じているのか、首を傾げているのが横目で見えた鳥に手に乗るように言うと、返事と共に頷いてとてとてと手の甲に乗った。

可愛い、、、、。



「待て。この神聖な場所でその鳥を自由に飛び回らせる事は許さん。出入り口を開けるからそれまでその手に留めておけ」

「あ、待ってください」



慌てた様子でランタンを持って出入り口があったところへ向かおうとする女防人を制止する。

姿がはっきり見えて漸く分かったが、これはただの鳥ではない。

勘違いをしたまま外に出て、何か罰を課せられるような事になるような事態は避けなくてはならない。



「なんだ?」

「この鳥は、僕が契約した精霊です」

「、、、は?」



この鳥の姿は、契約した後に頭に浮かんだ姿そのものだった。

翡翠色の、愛くるしい目をした文鳥サイズの鳥。

飛翔魔術を持つ、俺が契約した名も無い精霊だ。



「何を言うかと思えば戯言を、、、。精霊様は精霊域から出る事が出来ない。勿論この場所へも来る事が出来ない。貴様、その鳥で何を企んでいる?」



せっかく手の甲に乗った鳥が、向けられた視線に怯えてまた肩に舞い戻ってしまった。

睨み付けるのは止めてあげてほしい。



「先程契約したのは飛翔魔術を扱う精霊です。この鳥は契約後に浮かんできた姿と全く同じ容姿、そして飛翔魔術の使い手だというのもこの見た目なら頷けます。正真正銘、僕が契約した精霊だと思いますが」

「確かに、契約後は精霊様の姿が頭に流れ込んでくるが、、、」



信じられない、信じたくないといった様子で女防人が唸っている。

その気持ちは分かる。

俺も自分で説明しておいて信じられない。

どう見てもただの可愛い文鳥だからな。



「貴女にもここの環境にも害を加える事がないというのは誓います」

「、、、、ひとまずは貴様の言葉を信じよう。精霊様が姿を現すなど古の大戦の精霊王様以来例がないが、今は信じる他ないだろう」



そう言って、女防人は再度ランタンを持ち直して出入り口に向かって歩き出した。

ぶつぶつと何かを言いながら、時に首を傾げて。







「な、なんだその肩の鳥は、、、」


洞を出た俺の姿を見て、最初に声を上げたのは男防人だった。

冷静沈着な印象の男防人も、入る時に居なかった鳥が肩に止まっていたら流石に動揺を隠せないみたいだ。

よくテレビで見るどっきりが成功した時というのはこういう気持ちなんだろう。

悪くない。


驚く男防人と、待っていてくれたリビィとセナリに事の顛末を説明する。

飛翔の精霊と契約した事。

肩に居る鳥がその精霊だという事。

契約が終えた瞬間に、唐突に肩の上に現れたという事。

包み隠さず一つずつ丁寧に。

女防人のように一悶着あるかと思ったが、案外すんなりと信じてくれて、揉めるような事もなかった。



「ケイト様、凄いです!」

「お疲れ様、ケイト」



セナリの頭を撫でながらリビィの労いの言葉を受け取り、顎に手を当てて何か考えるような様子の男防人へと視線を投げる。

まだ、完全には信じ切れていないのだろう。



「契約者殿、おそらく今言っていた事に嘘偽りはないのだろうが、それが本当に精霊様なのだとすれば、それはそれでそのまま帰ってもらうわけにはいかない。今から、我々の集落まで立ち寄ってもらえるか?勿論お連れのお客人も一緒で構わない」

「それはッ、、!」

「いいんだ。長老様の判断を仰ごう」

「でも、、、、。分かった。分かったよ、もう!」



防人の集落か、、。

女防人が今にも噛みつきそうな雰囲気で俺を威嚇しているのは、防人自体に排他的な思想が少ないながらもあるからだろう。

同じ一族にすら、親や結婚相手でなければ顔も名前も晒さない程の者達だ。

自分達の拠点である集落に踏み入れさせるのは抵抗があるのだと思う。

別に付いて行く義理はないが、下手に拒絶して揉め事にするわけにもいかないしな。



「分かりました。案内をお願いできますか?」

「ああ、感謝する」



男防人が、胸の前で左手の平に右拳を静かに添えた。

中国武術の構えのようだ。



「灯りよ、寝屋へ」



ランタンに手を翳した男防人がそう言うと、淡い橙色だった灯りはゆっくりと淡青色へと移り変わった。

そして、今まで照らしても道が出来なかったはずの場所へ道が出来た。

灯りの色によって、向かう場所、出来る道が変わるんだろうか。

益々ファンタジー物質だ。













「ここで待っていてくれ」


契約の泉から徒歩30分程。

連れてこられたのは学校の運動場ほどの大きさの集落だった。

十数件見える家らしき建物は全て高床式の木と藁で出来た建物で、奥にひと際大きな木造の平屋があった。

この国は、奥に行けば行くほど文明レベルが退化していくんだろうか。

それとも、古き良き暮らしを引き継いでいるというべきだろうか。

少なくとも、今眼前に広がっている光景は、発展しているシルム王国と同じ時代のものとは思えなかった。



「御足労いただき感謝致します、お客人よ」



三人で待っていると、木造長屋から杖をついた長老が男女の防人に連れてこられた。

顔はベールで隠れていて見えないが、聞こえてくる声から辛うじて女性だろうと判断出来た。

大まかな服装は同じだが、肩に乗っている鳥と同じような翡翠色のゆったりとしたシュラグと、同色のベールを身に纏っている。

何となくの予想だが、このベールの色が違うのが長老の証なんじゃないかと思う。

精霊であるこの鳥も翡翠色をしているし、精霊やこの一族にとっては何か特別な色なのかもしれないな。



「そちらが?」



長老が俺の肩を手で指し示している。

指を指さない事で、好感度がぐんと上がった。



『キュイッ!』

「はい。間違いなくこの鳥が契約した精霊です。信じられないとは思いますが、、、」

「貴様、長老を前にしてまで嘘をつくか、、、」

「これ。やめんか」

「うっ、、。申し訳ございません」



長老という協力者を得て強気になった女防人が噛みついてきたが、長老自ら宥めてくれた。

どうやら問答無用で嘘と切り捨てる気はなさそうだ。



「精霊様が精霊域から出る事は全く有り得ないわけではありませんが、精霊王様以外に前例がありません。確認ですが、そちらは精霊王様ではありませんね」

『キュイ!』

「はい。大陸の端でひっそりと暮らしていただけなので、違うと思います」



もしこの鳥が王なら、精霊界が心配になる。

いや、精霊が文鳥好きの集まりなら王として祀り上げるのもあり得るか?

そんな愛らしい光景が思い浮かんだが、頭を振って追い払った。

高威力の魔術を放てるような炎主のような精霊が小さい文鳥を全力で愛でている姿など、想像するだけで頭が痛くなる。



「本当に精霊様かどうか、今から祭儀の間にて確認させていただいのですが、宜しいですかな?」

「確認とは、どういった事を?」

「少しの間座っていていただくだけです。何も無粋な事は致しません」

「それなら、お受けします」

「感謝します。それでは、こちらへ」



連れて行かれた先は、案の定集落の一番奥にある平屋の中だった。

その中の部屋の一つ。

入口から一番遠い位置にある部屋へ、俺と肩に乗ったままの鳥だけ通された。

リビィとセナリは、男女の防人と一緒に平屋の入口で待ってもらっている。

簡単に済むと思っていた手続きが、市役所内で色々な部署に回されて予定した時間を優に過ぎてしまった時と同じ気分だ。

こんなに大事になるなら、他の無難な精霊を選んでおけば良かったかもしれない。



『キュイ?』



前言撤回。

選んで正解だった。

鳥を飼った事はないが、こんなに可愛いのならお金を貯めてペット可の家に引っ越すのも考えよう。

首を傾げて不安気に俺を見てくるのがとても愛おしい。



「お客人、そちらへお掛け下さい。肩の鳥は、横の小さい座布団へ」



案内された平屋の一室は、大きな祭壇があるだけの質素な部屋だった。

色とりどりの草花で飾られた祭壇の中心には、半球型の鏡のようなものが祀られているが、座っている姿勢ではよく見えない。


長老の指示通りに腰掛けた俺は、横の豆座布団に肩の鳥を下ろした。

すぐに肩の上に戻って来るかと思ったが、意外と大人しくしている。

手間が掛からず嬉しいような、少し寂しいような。



「では、お手数ですが、契約の泉であった事。詳しく教えていただけますかな?」

「ええ」



俺の正面に敷いた座布団に掛けた長老へ、契約の泉がある大樹へ入ってから外に出るまでにあった事を事細かに、丁寧に伝えた。

選ぼうか悩んでいた他の精霊達の事。この鳥を選んだ理由。

契約が完了した直後に突然肩の上に現れた事。

勿論、俺が腐愚民でこの鳥の境遇に何か通じるものを感じた事は隠して。

全て話し終えると長老は、〝俄かには信じ難い事ですが、、、〟とだけ零して、祭壇へ向き直り、三つ指を立てて深々と頭を下げた。

その手にはいつの間にか、継ぎ目の無い純白の手袋が着けられている。



「お客人。こちらへ」



長老に促され、低い位置に降ろされた半球型の鏡の前へ移動する。

足が痺れてきていたが、硬い雰囲気に呑まれて正座で掛けた。

早く終わってくれる事を祈ろう。



「ほんの少しで構いません。こちらの鏡に魔力を注いでいただけますかな?」



言われた通りに魔力を注ぐ。

きちんと注げた感覚はあるが、何も変化はない。自分の顔が映っているだけだ。



「手は引いていただいて構いません。そのままの場所で鏡を見たまま、もう一度契約の泉での情景を思い浮かべて下さい。貴方が契約に来た理由、契約する精霊を選んだ理由、肩に突如鳥が現れた時の気持ち。そして、それらに関わる善悪の有無」



最後の善悪の有無というのはおそらく、何かしらの謀略があって鳥を持ち込んだかという事を尋ねたいのだと思う。

元より持ち込んでなどいないが、悪意があっても、精霊とはいえこの鳥一匹で何かが出来るとは到底思えない。

言われるがまま、今日何度目かの記憶の反芻をした。



「【映し出すは善か悪か。我が魔力を糧として、鏡面に指し示し給へ。 〝真の鏡(トゥルース)〟 】」



(この文言は、、、、詠唱?)

精霊魔術の類だろうか?

長老が鏡の側面に触れて詠唱をすると、契約の泉に魔力を注いだ時の水面と同じように鏡が波打った。

見た限りはただの鏡だったのに、水を張って作られているんだろうか。

それなら、鏡面を横にして水が零れないわけはないはずだが。


鏡面の揺れが終わるまでの間、目を逸らさずにじっと見続けた。

大して好きでもない自分の顔を見続けるのは苦行だったが、それでも目を離さない。


約10秒後。

揺れが収まった鏡面に映るのは、自分の顔と、いつの間にか肩に乗っていた鳥の姿だった。

気付かれずに肩に乗る能力でも持っているのだろうか。



「どうやら、仰っていた事に偽りはないようですね、、、」



今ので何か分かったのか、長老は納得したように深く数度頷いて、三つ指を立ててお辞儀をしてきた。



「精霊様、契約者殿、疑いを掛けてしまい申し訳ございません」

「あの、気にしていないので顔を上げてください。それより、今の少ない動作で何が分かったんですか?特に何か別のものが映るわけでもなく、鏡面が揺らいだだけのように思えたんですが」



投げ掛けられた疑問に反応して顔を上げた長老は、ベールの奥で柔らかい雰囲気を浮かべた。

感じていた訝しげな視線は、言葉の真偽を図る為のものだったらしい。



「我々防人の一族の長老は、代々真偽の精霊と契約を成します。魔術を行使する前と映るものが変わらないというその事実こそが、契約者殿の言葉に偽りがない事を証明しています。鏡に映る精霊様の姿が本来の姿と御変わりないのも、偽りがないという証左ですね」

『キュイ!』



精霊だと信じてもらえた事が嬉しかったのか、肩の上で少し跳ねながら嬉しそうな声を上げた。

何か難癖を付けられて精霊じゃないと断定されるのではないかと心の中で疑っていた事が申し訳なくなる。

一風変わった一族というものに、無意識に警戒心を覚えてしまうようになったのかもしれないな。

痺れた足から目を逸らすように、鏡を元の位置に戻す長老を眺めながら、心の中で謝罪した。







「えっ!?それではこの鳥が本当に精霊様だったという事ですか、、?」


足の痺れが引くのを待ってから、祭壇の部屋を後にして、平屋の外で待っていてくれたリビィ達に事の顛末を話した。

長老の手前口には出さなかったが、リビィは何をされるのかと心配していたようだ。

表情に出るほど不安にさせてしまうとは。

今回は仕方なかったとはいえ、一人で軽率な行動に出るのは止めておいたほうが良さそうだな。

人を心配させて楽しむ趣味はない。



「これ。精霊様にその口の利き方は何事か。先刻まで同じく疑っていた者として強くは言えんが、こちらに御座すのが精霊様である事は真偽の鏡を使って判明した紛れもない事実。態度を改めなさい」

「は、はい。申し訳ございません、、、」

「しかし長老様。何故魔人域にも関わらず精霊様が顕現する事が出来たのでしょうか?」

「それは分からぬ。高尚な存在である精霊様の力は、我々には図り得ぬものなのだろう」

「しかし、、、」

「まだ何か疑うか?」

「、、、いえ。全ては精霊様の御心のままに」

「それでよい」



長老と二人の防人のやり取りを、どこか疎外感を感じながら聞き流す。

女防人から睨むような視線を向けられたのは気のせいだと思いたい。

長老に怒られたのは俺のせいじゃないよ?



「契約者殿よ。一つお聞きしてもよろしいですかな?」

「はい」

「そちらの精霊様の御名(みな)は何というのでしょうか?」

「名前、、、ですか?まだ無いみたいで、自分で付けようかなと思っているんですが、、、」



どうやらこの発言は地雷だったようだ。

男女の防人からひりつくような視線を向けられた。

神聖視するものを、見た目はどうあれペット扱いされれば腹を立てもするか。

軽率な発言だったな。

ただそれ以上に、一番怒りそうな立場にある長老に何の変化もないのが怖い。

勘気に触れてしまっただろうか、、、?



「ふっふっふ。二人とも、怒りを鎮めなさい」

「で、ですが長老!!」

「我々が怒るのはお門違いというもの。精霊様は全てを見通した上で、契約を結ぶ相手を選んでおりますから」



魔力を流す人によって選べる精霊が変わってくるというのはこの仕組みから来るものなのかもしれない。

知らぬ間に、魔力の質で品定めされているんだろう。

ウルに注いで貰った魔力で契約出来たと言ったらどんな反応をするのか見てみたいが、わざわざ自分から危険な橋を渡る事もないか。



「して、どういったお名前を御付けになるか、もう決めておられるのですか?」



言われてふと考えてみる。

ネーミングセンスが皆無だと歴代の友人達に言わしめてきた俺だが、この精霊の名前は自分で付けたい。

これからきっとお世話になるだろうから、親しみ易く、それでいて馬鹿にされないような良い名前を、、、、。




「〖キュイ〗、とかどうでしょう?」




数秒の思案の後に口を吐いたのは、鳴き声を文字にしただけの何とも安直な名前だった。

可愛いと思うんだが、どうだろうか。

反応が何もないと怖い。



「我々には名前の良し悪しは分かりません。全ては精霊様の御心のままに」



それもそうか。

言葉は交わせずとも何となく言っている事は理解出来ているようだし、直接聞いたほうがいいだろう。



「名前、〖キュイ〗でいいか?」

『キュイ!!!』



直接尋ねると、頭上を嬉しそうに旋回して、付けられた名前に対する喜びを全力で現してくれた。

良かった。

気に入ってくれたみたいだ。






こうして、一悶着がありながらも、無事に精霊との契約を終える事が出来た。

飛翔魔術を使う精霊で、名前は〖キュイ〗。

これからこの世界で生活する上で、きっと何かと世話になっていくだろう。

鳥を飼った事はないが、キュイとなら上手くやっていける気がする。

飼い方を調べたりと色々やらなくてはならない事はあるが、何はともあれ、、、



「これからよろしくな。キュイ」

『キュイ!!!』



今はキュイと出会えた喜びを素直に噛み締めよう。

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