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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
三章
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二十五話「幸運の予兆」


朝。

どこからか部屋に入って来ていた鳥の(さえず)りで目が覚める。

いや、囀りというには情緒など欠片もないな。

距離も近いし、声も大きい。

どちらかというと、カラスのような気分を害されるような鳴き声が耳に現在進行形で届いている。



「ん、、、、眠い、、」



ぴーぴー!ぴぃ!



うるさいわけだ。

先程まで頭があった場所のすぐ横で、カラス程のサイズの朱色の鳥がけたたましく鳴いていた。

起き上がった途端に鳴き止んでじっと俺の事を見ているのは、目覚ましの役目を果たした褒美を寄こせと訴えているんだろうか。


生憎だが、そんなものはない。

でもせっかくだ、鶏冠のついた綺麗な頭を撫でておこう───



ぐるぅ!!


「痛い、、、、」



ほんの少し鶏冠に触れただけで、鳥は手に噛みついて何処かへ飛んで行ってしまった。

窓なんていつの間に開けていたんだろうか?



「あれ、、?」



そういえば、隣のベッドで寝ていたはずのウルの姿がない。

正しい時間は分からないが、感覚としては相当早い時間だろうに、、、。


(まあいいか、、、)


部屋をきょろきょろと見回しただけで探す事を早々に諦め、ベッドの端に腰掛けて呆けた。

トイレかどこかに行ってるだけだろう。


昨日中々寝付けなかった理由である予期せず経験した出来事達は、一晩寝たからかある程度頭の中で整理されていて、自分の中で一つの決め事を作り上げていた。

人死にがそう珍しくも無いこの世界であっても、俺は自ら殺意を持って人と向かい合う事はしない。

問答無用で殺しに掛かって来る魔物は勿論別だし、殺意を持って掛かって来る人には正当防衛として魔術は振るわせてもらう。

だが、それも非殺傷のものだけ。

それでも、当たり所が悪かったり、それ以前に怪我していたところが開いたりで、殺めてしまう事も無くはないだろう。

そんな時は決して罪悪感に足を引かれず、最善を尽くした結果だとして諦める事。

そう決めておかないと命の危険がある場面で選択が遅れかねないし、もし連戦するような事があっては、一度目の戦闘が心に残って魔術を使う為の集中力が練り上げられない。

実際問題、監視者達を制圧後、俺個人で襲われていたら撃退出来た自信がない。

忙しいウルが同行している日のほうが珍しいという事を、甘えてはいけないという事を、理解しておかないと、、、。






「起きたか」


立ち上がって伸びをしていると、両手にワンプレートの朝食を持ったウルがやって来た。

二つあるという事は、、?



「おはようございます。朝食ですか?」

「ああ。お前の分も持ってきた。昨日言い忘れていたが、ここの朝食は自分で取りに行って部屋で食べる制度だ。時間を過ぎると行っても貰えない」

「すみません、取って来ていただいて、、」

「いや、構わない。むしろあれだけ疲れていてよく起きられたな」

「窓から鳥が入って来ていたようで、その鳥の鳴き声で目が覚めたんです。それが無ければ今も夢の中ですよ」



結果的に良いタイミングで起こしてくれたんだろうが、もう少しだけ、微睡みに身を委ねていたかった。



「窓、、?いつの間に開けたんだ?」

「え?ウルさんが開けたんではないんですか?」

「ああ。起きてすぐに下へ降りたからな」



特に深く考えてもいなかった事が、唐突に怪奇現象という説が浮かび上がってきた。

日が昇ったこんなに明るい時間に怪奇現象、、?



「それはどんな鳥だった?」

「これくらいのサイズの朱色の鳥で、頭に鶏冠がついていました。耳元で鳴かれたので相当煩かったですね」



手で鳥の大きさを示しながら、特徴を伝える。

綺麗な鳥だったけど、珍しい種類なんだろうか。



「それなら納得だ。そいつはククル鳥と言ってな。ここの窓を開けるくらいなら自分で出来る頭の良い鳥だ」



成程。

それなら怪奇現象ではないな。

ここの窓は鍵が付いていないし、器用な人であれば木の枝などを使って外から開ける事が出来る。

それを鳥がやったというのは信じられないが、このファンタジー世界であれば珍しい事でもないのだろう。



「だが、ククル鳥は人への警戒心が強くてな。その姿を拝めるだけで幸運が訪れると言われる程、中々姿を現さない鳥だ。お前が起きてすぐ何処かへ飛んで行ったのか?」

「いえ、起きたら鳴き止んでこっちをじっと見ていました。頭を撫でようとしたら少し触れただけで噛みつかれたので、好かれているわけではなさそうですけど、、、」

「、、、驚いたな」



朝食をテーブルに置いたウルが分かり易く驚いている。

噛まれる程嫌われる事がそんなに珍しいのか?



「さっき言った通り、ククル鳥は姿を見せる事が殆どない。そして、姿を見せたとしても人に近付く事はおろか、自ら触れる事などまずない。過去に噛まれたと歴史書に記載があるのは、長きに渡る戦争を終わらせた英雄王リートディア・ロメ・フィッシュガルトだけだ」



戦争を終わらせるような偉人と俺だけ、、?

あまりにも差があり過ぎじゃないか?

俺にはそんな力もカリスマ性もないと思うが。



「もしかしたら、お前は何か成し遂げるのかもしれないな。少なくとも、近々何か良い事はあるだろう」

「そう、、でしょうか」

「ああ。まあそれは置いておいて、ひとまず飯にするぞ。食べられそうか?」

「はい。いただきます」



ウルが言っていた通り朝食は野菜ばかりだったが、パンが付いていたり、スープや卵料理が付いていたりで物足りないなんて事はなく、朝に食べる分には充分過ぎると感じる程だった。

肉は駄目でも卵はいいんだなと、また一つこの国の線引きがよく分からなくなったが、美味しい卵料理が食べられる分には文句などあるはずがないので、有り難くいただいておこう。


食後は、既に出掛ける準備が完了しているウルに待ってもらい、顔を洗って身支度を整えた。

ここ数年で一気に伸びる速度が上がってきた髭だが、この世界には美容院で使うような髭剃りがあり、汚らしく伸びっぱなしになる事はなかった。

慣れるまで何度も血が出たが、今となってはもうお手のもの。

この宿のように鏡がないところでは手の感覚のみが頼りになるが、それでも問題はない。

実際にあれば色々と我慢しなくてはならないと思っていた異世界生活も、少ないストレスで上手く過ごす事が出来ていた。





「さて、今から昨日の件を報告しに保安所へ行くが、どうする?何処かで休んでいるか?」

「ううん。この国では勝手が分からないし付いて行くよ」

「セナリもお供しますです!!」


宿を出る前にセナリが野菜の調理の仕方を興奮気味に聞きに行って出発予定時間が過ぎるという出来事はあったものの恙なく出立した俺達は、馬に跨ってウルの先導で保安所へと向かった。

乗る時に何の学習力もなく再度足を攣ったのは、バレていないと思いたい。

なんで器用に昨日と違うほうの足を攣るんだ、、、。



保安所は馬に乗る必要があったか?と思う程近く、同じ街の、宿から徒歩20分程の距離にあった。

見た目は交番が近いだろうか。

想像した交番の窓の部分には何もなくバーカウンター風になっていて、そこから簡単に侵入出来るような造りになっている。

扉は木製のスイングドアで、その近くに1m程の木の棒を持った保安官らしき人が立っていた。

皮鎧を着ているが、動物の皮を使っていいんだろうか?

国民性の謎は深まるばかりだ。



「場所はこの辺り、土魔術で中が空洞の半球状にして、痕跡が自然に消えないようにはしてある」

「お気遣いまでいただき、ありがとうございます」



リビィとセナリに中で待ってもらっている間、俺とウルは外でカウンター越しに中に居た保安官に地図を指差しながら説明をしていた。

カウンターの向こうの空間とリビィ達がいる場所は壁で隔たれているらしく、会話は内容が分からない程度の小さな声でしか聞こえないらしい。

俺もそっちに行っていていいと言われたのだが、この国の価値観等が全く掴めずにもやもやしているので、一緒に聞かせてもらっている。

リビィの心配そうな潤んだ視線を引き剥がせた自分を褒め称えたい。

あの威力は反則だ。



「実は、フーマの町に限らず、この国でそういった事態が一年前程から少しずつ起こっているんです。何も猫に限った話ではなく、魔物や植物、人まで。その殺され方も様々で、国の上層部では事態が終息するまで他国民を入れないべきだという考えまで持ち上がっている始末です。一つとして犯人が見つからないという事を利用して、全て他国民の仕業に仕上げようとしているのでしょうね、、、」

「まるで自国民が犯人だと言いたげだな」

「ええ。あまり声を大にして言える事ではありませんが、私はその可能性も充分あり得ると思っています。直接現場を見たとか、証拠があるとかそんな確信があるわけではないんですが、その事件が全て自国民のものであってもおかしくないくらい、この国は最近不穏なんです。近々よくない事が起こるような、そんな予感がするんです」

「殺傷事件が頻発している時点で、この国では異常だからな、、、」

「はい。もし情報が必要なのであれば、この先にある酒場でエンティアの雫を頼んでみてください。あのマスターなら、不穏の正体について何か知っているかもしれません」

「情報感謝する」

「いえ。三賢者様とそのお弟子様の頼みとあらば、お応えしないわけにはいきませんよ」

「酒場は看板を出しているか?」

「はい」

「名前は?」

「〝メティス〟です」



情報をくれた保安官に礼を言って、ホットミルクを飲み終えていたリビィとセナリを回収して再度馬に跨った。

ミルクが口髭のようについたリビィは可愛かったと、脳内のメモに書いておこう。



馬に揺られて数分。

入ったメティスの酒場では、ウル以外の三人でテーブル席に通され、柑橘系の匂いのする砂糖水を出された。

会話の内容までは聞こえないが、マスターと何かを話しているのは分かる。

じっと耳を澄ませていたい気持ちはあるけど、そうすると分かり易くマスターが黙してシェイカーを振り出すから、どうしてもウルの情報収集の邪魔になってしまう。

酒場での情報収集という男心擽られる状況だが、仕事の邪魔をしないように我慢しておこう。





「聞き出した情報、聞いておくか?」


酒場を出て、木製のアーチを潜って次の町への街道を馬に揺られている最中。

ウルからそう問われた。

難しい話になりそうで聞いても理解出来ない可能性のほうが高いが、話してくれるというのならお言葉に甘えて聞いておこう。



「得られた情報は、一つに纏められる。ここ最近、ディベリア教へと入信する者がちらほらと現れているらしい」



ディベリア教というのは確か、腐愚民をより強く差別する宗教だったはずだ。

腐愚民である事が理由でディベリア神聖国内の転移塔を使うのを避けてあの死合いが起こったから、あまり良い思い入れはない。



「それが何か問題なんですか?」

「ああ。ディベリア教に入信する事自体を否定するわけではないが、ディベリア教の教えはこの国の国民性に反している。異なる世界から来た腐愚民を差別するのはこの国でも変わらないが、ディベリア教では人こそ至上であるという教えがある。本来相容れないはずの、両極端の考え方の国だ。その考え方の違いから、戦争がいつまでも長引いていた二国でもある」



そう聞くと問題に感じるな。

だが、一生の内に考え方が変わるくらいあるんじゃないだろうか。



「正反対の考え方にか?まあ無い事も無いのかもしれないが、それが立て続けに起こっているというのは些か不自然だ。おそらく動物や魔物が殺傷されているのも、この国にいる潜在的な入信者達の仕業ではないかと思っている。人死にが出ているのは、入信を反対されたとか、そんな理由で揉めた末の事件だろう」

「ディベリア神聖国に近付くのが良くないのであれば、教徒がいるこの国に僕が留まるのは拙いでしょうか?」

「いや、そこまで警戒しなくてもいい。お前がディベリア神聖国に近付かないように手配したのは、やつらが腐愚民を見分ける為の装置を持っているからなんだが、見分ける為の装置はディベリア神聖国領土内か、各国に散らばった教会にしかないからな。この国で入信者が増えているとはいえ、まだ教会は一つも存在しない」



なら、大丈夫なんだろうか。

見分ける為の装置と聞いてレンズの部分に文字盤が浮かぶような眼鏡が思い浮かんだが、所定の位置にしかないという話を聞く限り、意外と大きい装置なのかもしれない。

街中でディベリア教徒と出くわして突然捕まるなんて事態は避けられそうだ。



「さっきの保安官が言っていた通り、どうにも不穏な気配を感じるな、、、。それも、人為的に起こされているような」



考え過ぎじゃないか?とは言えなかった。

この国の情勢について詳しいであろうウルの言葉だったから。

信じたからといって何が出来るというわけではないがせめて、ククル鳥に触れる事が出来たという幸運が、俺が大事に思う人達にも降り注ぐ事を祈っておこう。












「俺はここで別れる。先導はリビィに任せた」

「うん!任せて」


酒場での情報収集を終えた後、移動した先の町で一泊して、翌朝。

街の出口近くにある転移塔で転移して、辿り着いた先でウルと別れた。

ここからは目的地まで一本道らしく、迷う事はないらしい。

リビィも自信満々に受け持ってくれていたし、大丈夫だろう。

俺に出来る事と言えば、周囲を警戒する事くらいか。



「私が先頭に乗るから、後ろにセナリとケイトね」

「はいです!」



ん?

リビィの後ろという事は、後ろから抱きつく体勢になるという事か?

それはちょっと、色々と拙い気が、、、



「ケイト?どうしたの?」



高い位置から声を掛けられてその方向を見ると、リビィとその後ろに乗って腰をしっかり掴んだセナリの姿が。

そうだよな。何を期待してるんだ。

セナリが間に入るに決まってるじゃないか。

うん、期待なんてしてない。



「えへへ!リビィ様とケイト様に挟まれていますです!」



うん、これはこれでいいな。

ウルのがっしりした体の何倍も、セナリの抱き心地は良い。

安心感はないが、体の大きさが違うから仕方ないだろう。



「よし、じゃあ出発するね」



初めての三人乗りは安定感がなくて気分が悪くなったと、ここに記述しておこうと思う。

吐きそうだ。










「ようこそロントマルクへ!ゆっくりしていってくれよお客人!」


体感時刻は夕方くらい。

もうすぐ着く、もうすぐ着く、というリビィの言葉を信じて昼食の休憩を取らずにいると、こんな時間になってしまった。

浴びる陽光には、ほんの少し茜色が含み始めている。

吐き気はあってもお腹は空くものなんだと、今日初めて知った。



空腹を携えながら辿り着いたのは、精霊の町ロントマルク。

この町はこれまで見てきたレミリア王国のどの町よりも、自然と一体化している。

道は地面に生えた植物に沿って不規則に曲がり、見える家々はモンゴルの遊牧民が住んでいるゲルのような形をしている。

木の上にはログハウスのようなものもあるが、あそこにも人が住んでいるんだろうか?


武人を毛嫌いするこの街には武器を持ったまま入る事が出来ない為、魔闘士には精霊と契約している人が少ないらしい。

普段武器を主体として戦っている人が、護身用のものを何も持たずにここまで来るのは危険なんだろう。

道中も遠目に魔物が見えた事から、襲われる危険性もあるのだと思う。

魔闘士も武人も一人たりとていない俺達は問題なく入る事が出来て、それどころか遠方から来たというと門番や町民に大そう歓迎されてしまった。



作務衣に似た服装の町民達が、頭の上に乗せた籠の中から、瑞々しい野菜を手渡してくれる。

疲れただろうと、人力車に似た荷車を引いた偉丈夫が乗車を勧めてくれる。

小さい子供が一緒に遊ぼうと手を引いてくれる。



遠くから来たというだけで、何もしていないのにこれだけ歓迎してくれるとは。

長らく行っていない祖母の実家を思い返す事が出来る温かさだ。

ずっとこの距離感は疲れるのかもしれないが、初めて訪れる場所であれば、邪険にされるよりはこうして歓迎されるほうが有り難い。

滅多にない機会だ。

同じくらいの歳の子に遊びに誘われてたじたじになっているセナリを眺めておこう。

カメラが無い事が悔やまれるな。



「これ!お前達!お客人が困っておろう!やめなさい!」

「わー!町長だ!逃げろ逃げろー!!」

「わああああ!!」

「全く、、、」



人だかりのせいで進めずにいると、杖をついた老人が前から歩いて来て、人で埋まっていた視界が波が引いた時のように一瞬で開けた。

杖をついてはいるが、その姿は弱々しくなどなく、人をまとめる者特有の覇気が感じられる。



「ご迷惑をおかけしましたな、お客人よ」

「とんでもないです。元気な子供達ですね」

「ええ、元気過ぎて困っておる程でございますよ。おっひょっひょ」



、、、変わった笑い方だな。

個性を出そうとして高校デビューした頃の黒歴史を思い出すから止めてほしい。



「ところで、本日はどういった御用で?」

「精霊との契約をしに来ました」

「そうなのです!」

「ほうほう。精霊()との契約でしたか」



様付けをしている事に、心が過敏に反応した。

監視者達やディベリア教の存在を知ってから、何かを崇拝する存在に敏感になっている。

下手に反応してボロを出さないよう、それくらいの事は慣れておかないと。



「でしたらご案内致します。こちらへどうぞ」

「町長さん自ら契約の泉まで案内していただけるんですか?」

「おっひょっひょ。そんなわけはありませんよ。案内していただくのは精霊の防人様方です。それに、町長は少し前に息子に譲りました故、今はただの死にぞこないの老人ですな。おっひょっひょ!」



老人特有のブラックジョークは笑っていいのか分からないから止めてほしい。

精霊の防人というのが、宿でウルが言っていた案内人の事だろうか?

一族以外の血が混ざる事を拒むというあの。

それだけを聞くと排他的な印象を受けるが、武器を持った者を拒むというこのロントマルクの人々からはそんなものを微塵も感じなかったから、きっと踏み込んではいけない部分を踏み込まなければ変に拗れることもないだろう。

無理に家族になろうとしたり、家にずかずかと上がろうとしたり。


(ん?よく考えてみると、それをされるのは俺も嫌じゃないか?)


予期せぬところで、まだ見ぬ精霊の防人へと親近感を得た。

ロントマルクの町民のように、温かい人柄だといいな、、、。








「貴様のような線の細い、魔術の扱いも長けていなさそうな者が精霊様の加護を?到底扱い切れるとは思えんな」


前町長に案内された食事処で遅めの昼食を終えた俺達に話し掛けてきたのは、顔をベールで隠した男女だった。

男女共に、シルクのように肌触りの良さそうな巫女服に似た服を身に纏っている。

袴は淡い緑色で、日本ではあまり見ない配色にはなっているが。


おそらく、この二人が防人なのだろう。

町民とは纏っている雰囲気が違う。

そんな二人の、女性のほうの第一声が先の一言だ。

顔は見えないながらも繊細な見た目をしているのに、その反面使う言葉は荒々しい。

ロントマルクの町民とは正反対だな、、、。



「すまないなお客人。人見知りで、初対面の相手にはいつもこうなんだ。どうか気を悪くしないでくれ」



男性のほうは流麗な話し方で、その話声も低過ぎず高過ぎず心地良い。

言葉遣いの荒々しい女性と、丁寧な話し方の男性。

最近の創作物では定番の組み合わせだな。



「いえ、お気になさらず。線が細いのも魔術の扱いがまだまだなのも、忠言いただいた通りですから」

「ほう。それを分かっているのに何故来た。引き返してもいいぞ?」

「いえ。師匠の薦めですので、それを裏切る事は出来ません」

「ふっ。精霊様への感謝を碌にしない魔術師どもが一丁前に」

「おい。口が過ぎるぞ」

「うっ。分かったよ、、」



お?

これまた定番の関係か?

残念な事ベールに隠れて表情は見えないが、好きな人に怒られて落ち込んでいるような様相が見て取れる。

荒々しい言葉遣いの女性は得意ではないが、こういう特性があるのであれば恐怖はない。

ないけど、雰囲気で睨み付けてくるのは止めてほしい。

もうにやついて見ないから。



「ほら!さっさと行くぞ!」



ツンデレ系ヒロインのような女防人に、特に逆らう事なく付いて行く。

そういえば、名前は何て言うんだろうか。



「あの、お二人のお名前をお聞きしてもいいですか?」

「誰が貴様などに、、」

「ああ、すまない。我らは親と契りを結ぶ相手以外に、名前を教えてはいけないんだ。顔を隠しているのも同じ理由からだな。呼び辛さはあるかと思うが、理解してもらえると助かる」

「ご迷惑でなければ理由をお聞きしても?」

「我ら防人の一族にとって名はその者の魂だ。顔は名が表に出たものだと捉えられている。信用における人物が居たとて、自らの魂を剥き出しには出来ないであろう?」



理解は出来なかったが、何となく言わんとしている事は伝わった。

誰も信用出来ない性格の人が、自分の隠し事を誰にも話せないというのを突き詰めた先にあるものだと思う。

俺がウルとリビィ以外に腐愚民である事を話せないのも、近いのかもしれない。



「深く詮索しないで居てくれて助かるよ。古くからの教えで我々も上手く説明する事は出来ないのでね。ちなみに、ベールを剥がして無理矢理顔を見ようとしたり、執拗に名前を詮索しようとするのは、我々には宣戦布告として捉えられてしまうから、覚えておくといい」

「肝に銘じておきます」



後ろに付いて来ていたリビィとセナリに聞こえていたかは分からないが、その辺りは心配しなくても大丈夫だろう。

二人とも、不躾に名前を聞こうとしたり、無理にベールを剥いで顔を見るような事はないだろうから。

風が吹くとちらりと顔ベールが揺らぐのが不安だったが、顔自体に布が巻いてあったので、開いているであろう目元まで捲れなければ大丈夫だと思う。



「ここからは我々が前後に付く。御三方は間に入って、決して道から外れないように付いて行ってくれ」

「貴様らに歩みを合わせる事はないぞ」



道、、、?

ランタンを持った女防人越しに見えるのは、草木が生い茂った森。

木が生えていないところには踝ほどの高さの草の絨毯が敷かれていて、歩く道があるようには見えない。

迷子になる未来しか見えないが大丈夫なんだろうか。



「何をボサっとしている。早く付いてこい」



剥き出しの土に立った女防人が、こちらを向いて催促する。


ん?

剥き出しの土、、?

さっきまでそこにあった草の絨毯は?


つい先程まで草が一面に敷き詰められていたそこは、淡く橙色に光るランタンを持った女防人の周囲だけ、自ら避けるように土の地面を剥き出しにしていた。

理解が追い付かないが、ひとまず付いて行かない事には道順など分かるはずもないので、疑問を抱えたまま不機嫌そうな背中を追いかける。

女防人がランタンを前に構えて一歩進むと、進んだ距離と同じだけ前方の草が避けて道が出来る。

反面、ランタンの光が当たらなくなった箇所は、何事もなかったかのように草が元の位置に戻っていた。


(ランタンが道標になってる、、?)


でも、どこに進もうとランタンを翳せば道が出来るんじゃないだろうか?

それなら、この広大な森林で、いくら慣れているといっても迷子にならない道理はない。

噛みつかれそうだけど、聞いてみるか、、。



「あの」

「なに」



うん。

不機嫌そうだ。

でも答えてくれそうな気がする。



「そのランタンの灯りが道標になっているんですか?」

「見れば分かるだろう」

「はい。道が出来るという事は分かったんですが、どこに道を作れば辿り着くのか覚えているのが凄いなと思いまして」



出来るだけ機嫌を損ねないように、煽てる様に慎重に尋ねる。

首だけ回して一度こちらをちらちと見た後、女防人はランタンを持つ手を静かに横にずらした。



「道が、出来ない?」

「これで分かっただろう。暗くなる。早く行くぞ」



それだけ言って歩き出した女防人へ付いて行く。

確かに前方にあったランタンを体の横へずらすのを見たのに、照らされた草はその場を動かず、道が出来る事はなかった。

つまり、道が出来るべき場所を照らさなければ、ランタンを持っていても意味がないという事か?

どうやら、あのランタンにだけ特別な何かがあるわけではないようだ。

今も尚次々に出来上がっていく道か、もしくはこの森か、そのどれもが欠けると契約の泉まで辿り着く事が出来ないんだろう。

これは確かに、案内人がいなくてはならないな。

機嫌を損ねてしまうという代償があったものの、不思議な実態が知れて良かったとしよう。





茜色が徐々に濃くなっていく中、作り上げられる神秘的な道を、俺達は黙々と歩いた。

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