二十三話「捨身往生」
───ヒュンッ!
「伏せろ!!!」
光で視界が塗り潰された直後、セナリの言葉が届いていたのか、まだ何も見えていないにも関わらずウルが警戒の声を張り上げた。
ウルがリビィを後ろから抱き込みながら、俺がセナリの頭を片手で抑えながらしゃがみ込むと、その真上を投槍が通り過ぎた。
(────ッ!?)
確認出来た状況に総毛立つ。
通り過ぎたその位置。
余りにも早くてきちんとは見れていないが、つい先程まで俺の頭があった位置だ。
ウルの声掛けが無ければ、しゃがみ込むのが少しでも遅れていれば、、、、。
一瞬にも満たない時間の中、起こり得た最悪のケースが頭を駆け巡る。
誰が投げたんだ、とか。
どこから投げ込まれたんだ、とか。
そんなものを確認する余裕はない。
広場でバリオンと対峙した時とは違う、他者から向けられた明らかな死の未来に、思考力は余儀なく低下させられた。
「〝円〟」
──カンッ!
カンカンッ!
ウルが張った結界に、幾本かの槍が弾かれて落ちる音がした。
しゃがみ込んでから結界を張るまで、その時間は3秒にも満たなかったと思う。
そうだ。
今はウルが一緒に居るんだ。
アッシュの頼みを遂行出来ないが、それでも今はウルに甘えさせてもらおう。
そう思うと、一気に気が楽になった。
何をしてもダメージを与えられる気がしなかったあのシェリルでさえなれなかった三賢者の一人が今ここにいるんだ。
命の危機を数秒前に経験した事で未だに心臓は煩く脈動していたが、それでも周囲を見回して、誰に攻撃されて、敵はどこにいるのか。
少しでも現状を把握しようと頭を回す事は出来た。
「くそっ!防御結界か!!姑息な手をッ!!」
荒げられた声の方向へ視線を向ける。
そこに居たのは、目の下や頬の辺りに独特な化粧をした偉丈夫。
テレビで見た民族が魔除けにあんな化粧を施していたはずだ。
服装は、中東辺りの民族衣装に似ているだろうか?
長袖で黒無地のワンピースに、白い腰帯を巻いている。
腰帯にこさえた短剣に目がいってしまい、心が再び恐怖に塗り替えられそうになったところで、視線を強引に引き剥がした。
ウルに対応を任せるとしても、何とか状況を把握しなくては。
周囲を取り囲んだ相手、いや、既に攻撃されているのだから敵認定してもいいだろう。
敵が近くにあったレンガや魔術で結界を突破しようと躍起になっている間に、感情を逆撫でしないように細心の注意を払いながら、ゆっくり立ち上がって最小限の動きで辺りを見回して人数、配置を確認する。
(多いな、、、、)
恐怖心で視野が狭まっていたのだろう。
敵の数は思っていたより多かった。
多くても十人程だろうと思っていたのに、確認出来ただけでもその倍。
約二十名が周囲を取り囲んでいた。
ウルが強いとはいえ、この全員が実力者であればまともにやり合うのは厳しいのではないだろうか?
そんな考えが脳裏を過ったが、頭を振って必死に追い払った。
この状況を抜け出すにはウルに頼る他ないんだ。
信用せずにどうなる。
「くっそ!!!!この結界ビクりともしねえ!!おい!そこの白いやつ!」
そんなウルを邪魔せず、尚且つ補助出来るような方法はあるか?
「おい!聞いてんのか!?」
全員の足場を崩すか?それとも全方向へ爆風を起こして───
「おい!!!!そこの白いローブの男!!!!!いつまでも無視し続けてるとコイツを殺すぞ!!!」
「、、、、え?」
考える事に集中し過ぎて、自分に話し掛けられているという事実に全く気が付かなかった。
白いローブの男、と言えば俺だけだよな。
〝殺す〟という物騒な単語に引き寄せられて思考の渦から声の方向へ意識を傾けると、そこには満身創痍で後ろから羽交い絞めにされ、首元に短剣を突き付けられた女性が。
今はフードが脱げて顔が露わになっているが、あの既視感のあるローブは確か、、、
「転移塔の職員、、、、?」
転移塔の職員。
それも、ついさっきまで居た転移塔の。
真新しい記憶なのだから、既視感があるのは当然の事だった。
「漸く気付きやがったか、、、。お前が気付いた通り、コイツは転移塔の職員だ。お前らがついさっきまで話してたであろう奴らの同僚だろうな。くっくっく。見殺しにしたくないよなぁ??お前ら甘ちゃんは人の命を簡単に捨てられないもんな。それが見ず知らずの者であっても。お人好し過ぎて反吐が出らあ」
短剣を突き立てる小柄な男の言う通り、初対面であるとは言え見捨てる事という考えには至らなかった。
平和な日本で育った故の考え方かもと思ったが、リビィやセナリも同じような反応を浮かべている。
ウルは、、、、。
顔が周囲を見回していて表情がいまいち見えない。人質へは無頓着なのだろうか?
「この結界を張っているその男を、足元の剣で刺せ。ひょろひょろのガキのようだが、それくらいなら出来るだろ」
足元の剣、、、?
魔法陣には基本的に何も置いていないはずだが、、、、。
「───うッ」
「ケイト、我慢しろ。相手に付け込む隙を与えるな」
ウルの言葉に、口の両端に力を込めて結んで、こくりと頷く。
冷静に考えられていれば分かるはずだった。
危険な可能性のあると周知されているこの転移塔に、魔力を温存しなくてはならない職員だけを送り込む訳がない。
誰かがその護衛につくはずだ。
では誰が?
シルム王国から来たのであれば、それは必然的に王国軍が派遣される。
人質が確認出来る限り一人しか居ないのなら、それ以外の職員と護衛の国軍兵は?
その正解の一部が背後、足元に広がっていた。
そこには血の海と、幾本も槍が刺さって焼け爛れた兵士の姿が二つ。
全焼せずに残っていたマントに描かれている竜の紋章は、シェリルが身に着けていたものと同じ。
間違いなく王国軍のものだ。
そして、この転移塔の魔法陣には事故防止の為に、転移先の魔法陣に生ある者が居る場合は起動しないように出来ている。
明らかに俺達が来る前からこの場所に居たのにも関わらず魔法陣が起動したという事は、、、。
「安心しな。そいつらはもう死んでるぜ。剣を奪っても後で気まずくなるなんてねえからよ。くっくっく。職員を助ける為に無抵抗で殺される、立派な軍人さんだったぜ。くっはっは!!!!」
視界の端にあるウルの握られた手から、血が一筋流れた。
その手は少し、震えている。
きっと悔しいんだろう。面識があるのかは分からないが、ウルにとっては同じ主君に仕える仲間なのだから。
「ケ、ケイト様、、、、」
「ケイト、、、」
吐き気を無理矢理堪えて、どうすればいいのか分からずひとまず指示に従って剣を取ろうとする俺を、セナリとリビィが不安気に見てくる。
リビィには無理に作った笑顔を向け、セナリは頭をぐりぐりと撫でる。
頬を冷や汗が伝って顔は引き攣っていたが、少しでも安心してくれただろうか。
反応を確認して、表情から読み取る程の余裕はなかった。
「ケイト、そのままの態勢でいい。耳を貸せ」
ウルに話し掛けられたが、頷かず、話している事を気取られないように、剣を取ろうとしている風を装って耳を傾ける。
あくまで形は、敵に従っているように見せかけなければ。
「今から指示通りその剣を掴んで立ち上がれ。立ち上がれば動かずに、俺の左足周辺の重力を倍に上げろ。敵に気付かれないよう、魔法陣が凹まないに気を付けろ。そのタイミングで結界を解いて敵の油断を誘う」
(結界と解く、、?そんな事をすれば敵の思う壺なんじゃ、、、)
「安心しろ。人質は助けるし、俺達は誰一人として傷付かない」
俺の不安を感じ取ったのか、ウルは安心の出来る声で宥めてくれた。
信じよう、ウルの言葉を、三賢者としての実力を。
「何ボサッとしてんだ!!早くしやがれ!!」
小柄な男が声を荒げて、職員の首元へ短剣を押し当てる。
押し当てられたところからつぅーと、一筋の血が流れた。
(早くしないと、、、)
吐いてしまわないように足元の遺体からは必死に目を逸らして、手探りで剣の柄の部分を持つ。
血の滑りが気持ち悪い。
剣を少し持ち上げて、ゆっくりと立ち上がりながら今からする事を頭の中で反復する。
立ち上がったら、動く前にウルの左足周辺の重力を上げる。
魔法陣が凹んで敵に悟られないように、、。
(でも、本当にそれだけで油断を誘う事が出来るのか?)
自分の少ない許容量などとうに越しているはずなのに、唐突に明瞭になった思考がそんな事を問いかけてきた。
とはいっても、ウルが大丈夫だと立ててくれた作戦に俺が付け加えられる事なんて何かあるのだろうか。
魔術で応戦するのは無しだ。
下手に相殺してしまえば、作戦は破綻する。
となると、出来る範囲では敵の油断をより誘う行動。
どうすれば、、、。
(──あ)
膝を伸ばし切った直立の状態になるまでの数秒。
俺の中でウルの作戦を邪魔しない範囲での補助が思い付いた。
短い人生の少ない経験から選ばれたのは、高校時代に所属していた演劇部での経験だった。
「ウルさん。今までありがとうございました」
「ケイ、、、ト?」
リビィが不安気な顔を浮かべている。
それに見向きするわけにはいかない。
ただでさえ久し振りなんだ。
そんな余裕はない。
「せめて一突きでッ!!!!」
「ケイト!!!!!!」
片膝を曲げて剣を引き、突き刺す為の姿勢を取る。
──────敵は愉悦に浸って自分達の勝利を疑わず、槍を投げる準備を、魔術を放つ準備を始めた。
ウルの左足周辺、近くにある小石群が間違えて変形してしまわないように細心の注意を払いながら範囲を絞って、重力を倍化する。
──────結界が解かれてその場にいる全員。リビィとセナリも例外ではなく動きと思考を止めた。
「〝円〟」
──────同じように張られた結界は少し位置がずれて、人質と小柄な男の間に割り込んで半球型を形成した。
ここまで僅か数秒。
息をする間もなく展開は一変した。
「くそがあああああああああ!!!!いてえ!腐れ魔人如きがよくも俺の腕を!!!!」
人質を押さえていた小柄な男が喚く。
間に結界が割り込んだのであれば、人質を押さえていた腕は?短剣を持っていた腕はどこに?
その正解は、解放された職員の足元に落ちていた。
血塗れになった腕が二本、生気など微塵も感じられない様子で落ちている。
おそらく、結界を形成する上で障害となるものは切断されるようになっているのだろう。
それがどの程度の力を持つのかは分からないが。
「た、助けてきますです!!!」
「動くなセナリ!!」
駆けだそうとするセナリをウルが声を張り上げて止める。
そうだ。
職員のひとまずの安全を確保して気が緩んでいたが、未だ囲われている事に変わりはないんだ。
結界に包まれている状態では、こちらからの攻撃も通せない。
それなら先に職員を助けて、守れる範囲に置いておいたほうがいいと思うのだが、ウルには何か考えがあるのだろうか。
結界を破ろうと数多の攻撃が繰り出される音が鳴り響く中、おでこにじっとりと汗を掻いたウルが、何かを確認するように周囲を見回す。
「よし、この数ならいけるか。リビィ、セナリ。目を塞いでおいてくれ」
一つ、深く息を吐いたウルが二人にそう伝える。
先程の荒々しい声とは打って変わって、余裕のなさと気遣う優しさが綯い交ぜになっているような印象を受ける。
二人がこくりと頷いて目を閉じたのを確認して、邪魔しないように声は掛けずに、ウルの指示を待つ。
「見ておけ」
たった一言、それだけだった。
でも何となく、覚悟がなければ正気を保ったまま見ていられないような光景が繰り広げられるんだろうなと、理解する事が出来た。
気が狂いそうな程投げ掛けられる罵声から耳を背け、ウルの一挙手一投足を目を凝らして見る。
いつか誰かを守る時、この頼もしい背中を模倣出来るように。
「〝槍衾〟」
結界の裾から、周囲を取り囲む敵の胸元を目掛けて鋭角な黄白色の棘が突き出された。
その棘は一人につき一つ。
敵の胸部に大きな穴を開けた。
両腕が切れて、仲間によって辛うじて生かされている小柄な男を除いて。
「くっそ!!くそが!!!アンドレ!ミドー!アーキ、テイシャ、ギルドレン、メジーゴ、、、、、。貴様らあああああああああああああ!!!!!!!!」
小柄な男の慟哭が響く。
ついさっきまでこの男が率いる者達によって殺されようとしていたのに、顔を涙で鳴き濡らして辛うじて傷口が塞がっただけの腕の切れ目を結界に叩きつけるその姿に、同情してしまった。
胸を貫かれて事切れた周囲の者達にも、同じく同情の念と、罪悪感が募る。
殺さなければ殺されたのに。
実行したのは自分ではないのに。
そんな経過などすっかり忘れてしまったかのように、俺の心の中は、今の状況を見て率直に感じるものだけで埋め尽くされていた。
(これは、お人好しの甘ちゃんと言われても仕方がないか、、、)
「ケイト。結界越しにあの男を拘束出来るか?生きていれば多少の傷の有無は厭わん」
ウルがリビィとセナリに引き続き目を閉じているように伝えた後、俺にそう言ってきた。
その声と表情には、もう先程の余裕の無さは見受けられない。
おそらく、敵の詳細な位置を把握し切る為に脳を限界まで回転させていたんだろう。
セナリが飛び出さないようにしたのも、敵がその場を動かない内に配置を把握する為に、視界に必要のない情報を入れたくなかったのだと思う。
「やってみます」
緊張で固まった体を無理矢理その場から引き剥がして、未だに声を荒げて結界に腕を叩きつけている小柄な男に近付く。
その顔は歪んでいて、涙や鼻水でドロドロだ。
「このガキぃ!貴様さえ指示通りに動いていれば!!あの動きは、あの言葉は演技だったというのか!?」
「ああ、そうだよ」
努めて冷静な声で肯定した。
「死体を見ただけで顔を蒼白にさせていたのも、気弱そうに見せる為の演技なのか!?!?」
「ああ」
間違いは、否定しなかった。
一歩ずつ、噛み締めるように男に近付いて行く。
感情の震えを、体の震えを悟られてはいけない。
「俺は、俺はあいつらに無駄な死を選ばせたというのか、、、」
使う魔術の射程範囲よりも近付いて、結界を挟んで男と1m程の位置で足を止める。
足元へ蹲る職員を避けて、体の向きを小柄な男へ向ける。
つい先程まで叩いていた結界には、傷口が開いて溢れ出した男の血がべっとりと付いていた。
今にも崩れ落ちそうな、腕さえあれば自害してしまいそうな、そんな危うさが見受けられる。
「なんだよ、、見世物じゃねえぞガキが」
──────足元の石畳から、男の周囲を渦巻くように、人一人分の小さな砂嵐を発生させる。
「げほっ、ごほっ!やるなら早くやれよ鈍間が。こんなに時間掛けてたら逃げちまうぞ?こうやって、、、、なッ!?」
──────逃げられないようにと念の為に変質させていた石畳だった砂に足を取られ、男が膝を着く。
「くっ、、、くっくっく、、、はーはっはっは!!!げほっがはっ!もう笑うしかねえな、、、、。碌に体に力が入らねえこの状況じゃ、自害も出来やしねえ」
──────男の首から下に、舞わせていた砂を集結させて固める。
本当は、こんなに時間を掛けずに、バリオン戦と同じく形成単語二つであっさり終わらせようと思っていた。
精密な操作が出来ない分リスクはあるが、その分発動から拘束出来るまでが早く、逃げられるリスクも回避出来るから。
だが、仲間を失い、両腕を失い、縋れるもののなくなったこの男を、無慈悲に作業的に拘束するのはどうにも気が引けた。
その結果、じっくりと嬲るように魔術を行使している結果になってしまったけれど、そこに嗜虐心は存在しない。
魔術を行使し始めてから十数秒。
縦長の立方体の上から顔だけが出た無骨なオブジェクトが完成した。
「これをお前らの国に飾るか?、、、、いっそ、一思いに殺せよ」
男の戦意は、もう完全に失われていた。
体を覆う岩を変質させて逃げられてはと念の為魔力を込め続けていたが、その心配はなさそうだ。
「よくやった。今から治癒魔術を使う間だけ結界を解く。リビィとセナリの側で守りに徹してくれ。外に残党がいないとも限らない」
返事をしようとしたが緊張からか極端に喉が渇いていて、上手く声が出せなかった。
ウルへ首肯して、未だ目を閉じているリビィとセナリの元へと近付く。
何も声を掛けずに近付いたから怖がらせてしまった。
辛うじて口内に出来た唾を飲み込んで、何度か咳払いをする。
漸く、掠れながらも声が出せるようになった。
「そのまま目を閉じていてください。もう心配いりませんが、ウルさんから良いと言われるまで少しだけそのままで」
「ケイト」
目を閉じてしゃがんだ状態のリビィが、上目遣いで俺を呼ぶ。
美人のその顔はちょっと変な気分にさせられるから止めてほしい。
平常な心情の時であれば、どうにかなってしまいそうだ。
職員へ治癒魔術を掛けて介抱するウルを視野に入れながら、手で招くリビィの傍へしゃがみ込む。
「どうされました?」
「ケイトは、大丈夫なの?」
「はい。ウルさんに全てお任せしたので、掠り傷の一つもありませんよ」
「そうじゃなくて」
何を、心配しているんだろうか。
俺に言わせようとしているリビィを、直視せずに自分の手元に視線を落として考えた。
そんなに長く考えていなかったと思うが、痺れを切らしたのか、リビィが答えを零してくれた。
「辛くないの?」
今度こそ分かった。
リビィは見えないながらもある程度何が起こったのか分かっているのだろう。
理解した上で、それを見ていた俺の精神状態は大丈夫なのかと、そう心配してくれているのだと思う。
(そういえば、リビィにはキングベポの一件で情けなくへたり込んでしまったところを見られたな、、、)
掛けられた混じり気の無い優しい言葉に緩んでしまいそうになった緊張を、頬を思い切り抓って張り直す。
ウルが戻って来るまでは、少しでも警戒を強化し続けなくては。
「大丈夫ですよ。安全圏から見ていただけですから」
「、、そっ、、か」
努めて明るくそう言った。
だが、リビィには気付かれてしまったかもしれない。
気を遣った返事をさせてしまった。
「ケイト殿。救援感謝します」
ウルに治療を受けた職員が一人でやってきた。
足取りは軽そうだ。
「なにもしていませんよ?ウルさんは、、、」
「ドルトン殿ならあちらに」
職員が指差す方向を見ると、そこには回収した遺体を部屋の隅に積み上げているウルの姿が。
おそらく風魔術か重力魔術を使っているんだと思うが、人を軽々と持ち上げて自分以上の高さまで平気で投げて積んでいるのは視覚的な違和感がある。
「ケイト!」
「は、はい!」
もう動かなくていいのかと勝手に気を抜いていた。
声を上げて俺を呼ぶウルの元へと、途中何度か何もないところで躓きながら小走りで向かう。
時計回りにぐるりと魔法陣の周りを回って遺体を集め終えたウルは、積み上げた遺体のすぐ近くの石畳を指差した。
「ここに石壁を建ててくれ。死体の山が見えないようにな」
「分かりました」
立ち込める血の匂いで吐きそうになったが、口の中に水をコップ一杯分生成して飲み込み、無理矢理抑えた。
急いで飲んだせいで気管に入った水に咳き込みながら、ウルの指示通り、高さ3m程の石壁を作る。
この程度なら大した魔力を消費しないのだが、もしかしてウルの魔力残量は相当少ないんだろうか?
「良い出来だ」
「ありがとうございます。ウルさん。もしかしてなんですが、魔力残量かなり少なくなってますか?」
「問題ないと言えば問題ないんだが、この後今以上の数に襲われる可能性が無いわけではないからな。出来れば温存しておきたい」
「魔力水ありますよ」
いざという時の為にローブの内側に忍ばせていた魔力水の瓶を一つ取り出してウルへ差し出す。
王都の表の市場で買った物で、リネリスで買った物より回復効率は悪いが無いよりはマシだろう。
「いや、大丈夫だ」
〝どうぞ〟と言う前に手で制されてしまった。
「魔人は1日に一本以上魔力水を摂取すると数日間腹を下す。即時に魔力を回復出来る分、その濃度の高さを摂取し過ぎるのは体に毒だ。ああ、だがお前は心配しなくていい。魔力が減ってきているなら今の内に飲んでおけ」
さらっと聞いてしまったが、これは覚えておかないと腐愚民である事がバレる危険性が高いんじゃないか?
あの戦闘狂のシェリルが、まだ持っていたはずの魔力水を差し出さなかった理由が分かった。
下手に人前で飲んでるところを見せるべきではないな、、、。
最近やけに魔術を使う機会が増えているから、いつどれだけ魔力を使うのか分からない。
「俺達はここに残る。報告と増援を呼びに戻ってほしいんだが、一人分の魔力は足りるか?」
「はい。いざという時の為に魔水晶を持たされておりますので」
「他の者も持っているのか?それなら回収しておくが」
「いえ。私がまとめて持たされていました。普段は一人一つ持つのですが、彼らはこうなる事を察していたのかもしれませんね、、、」
「、、、そうだな」
亡くなった仲間の死を悼む二人の背で、リビィと二人、静かに手を合わせた。
魔法陣の上、布の下へ隠れた遺体達へと。
目をゆっくりと開けると、意味が分からないながらもマネして手を合わせて、薄目でこちらの様子を窺っていたセナリと目が合った。
じっと俺を見ながら、手を下ろす動作を真似しているのが可愛い。
途中、突然中空で手を止めて動きについていけなくて慌てるセナリを見て楽しんでしまった。
相変わらず素直可愛い、、、。
「通行許可の返事が来たので、私はこの捕虜と一緒に戻ります。向こうの転移塔の兵士達を回してくれるそうなので、今暫くお待ち下さい」
深くお辞儀をした職員は、捕虜へ向けた憎々し気な表情と、仲間達の遺体を見た悲しい表情と、様々な表情を抱えて俺達が来る時に使った転移塔へと一人で転移した。
前居た世界程この世界での人死には珍しいものではないのかもしれないが、つい数10分前にあれだけの事があって気丈に振る舞っているのは凄いと思う。
「ドルトン殿。早期の解決、捕虜の確保、感謝致します」
「ああ。それと、捕虜の確保はこいつの手柄だ」
「こちらは?」
「俺の弟子、ケイトだ」
「ケイト殿。お初にお目に掛かります、シルム王国軍第十二軍団副団長補佐のメンザと申します。この度の捕虜の確保への尽力、軍を代表して感謝致します」
「あ、いえ、とんでもないです」
捕虜を連れた職員が転移して約10分後。
10数名の甲冑を着込んだ兵士と、その半数の転移塔職員がやって来た。
甲冑を身に纏って兜を脇に抱えた兵士の恭しい挨拶に気圧されてどもってしまった。
そこから簡単な挨拶や事情聴取のようなものを受け、あっという間に凄惨な事件は収束を見せていく。
石壁の内側に積み上げられた遺体には油をかけて火が放たれ、魔法陣やその周りに残った血痕が少しずつ綺麗にされていく。
掃除用の魔術があるのかもと期待して見ていたが、転移塔に置いていたデッキブラシに酷似しているものでひたすらに擦って落とすだけだった。
どうしても汚れが取れない部分は、石畳を一度砂に変えて、再度固めて誤魔化している。
最初からそれでいいんじゃないか?
と思ったが、同じ事が繰り返された時に、何度固め直しても血の付いた面が浮き上がるんだろうと嫌な回答が浮かんで、それ以上考えるのをやめた。
邪魔にならないように部屋の隅で、兵達が別の部屋から持ってきてくれた椅子に掛けて綺麗になっていく魔法陣やその周りをぼんやり眺める。
視線を動かしてふと頭上を見やると、天井は破壊されたように無理矢理穴が開いて吹き抜けになっていた。
(こんなに大きく開いている天井にも気付かないくらい、余裕がなかったんだな、、、。通りで血の匂いが見た目程籠らないわけだ)
もう、警戒しなくていいんだ。
気を緩めていいんだ。
そう思った途端。
無意識に抑え続けていた吐き気が上がってきた。
「うッ!」
「ケイト?だ、大丈夫、、、?」
リビィが背中をさすってくれる。
気持ちは嬉しいが、今触れられると余計吐きそうになってしまう。
「ケイト、外まで案内する。出るまで我慢しろ」
「おろろろろろろ」
我慢は、出来なかった。
マシになったはずの血の匂いが、記憶の中にあった濃度で上書きされて、抑えきれない程込み上げていた吐き気を更に加速させ、部屋の隅に嘔吐物を盛大に吐く。
せっかく部屋の中を綺麗にしてくれているのに、とか。
リビィやセナリに情けないところを見せてしまった、とか。
そんな事を考える余裕はない。
初めて感じた死の未来。
人が死ぬ光景。
噎せ返るようなような血の匂い。
鮮明に思い出せるそれらを少しでも紛らわせるかのように、胃の中の物を全て吐き出して、思考が回想をしようとするのを必死に阻止した。
考えて行動したものではない、きっと本能的な行動だと思う。
心配されて投げ掛けられる声を背に、俺は衝動のままに吐き続けた。
心の靄も、一緒に吐き出されるようにと願って。




