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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
三章
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二十二話「監視者の自治領」




シェリルとの戦いの後、緊張の糸が切れたからか足に力が入らなくなった俺は、シェリルとその従者のテミィに肩を貸してもらいながら、宿へと戻った。

道中話を聞いていると、どうやらテミィとはただの主従関係というわけではなく、小さい頃からの幼馴染みらしい。

道中シェリルを様付けで呼んでいた事から、幼馴染みとはいえその辺りは割り切っているのだなと思ったのだが、〝二人きりの時は呼び捨てなんですよ?〟とシェリルに暴露されて、気が緩んで素の口調が漏れ出ていた。

軍人とその従者とはいえ話している様子は年頃の女性そのもので、髪から香る良い香りも相まって、すぐ横にあった端正な顔立ちに視線が縫い付けられた。

リビィにジト目を向けられて、至福の時間はすぐに幕を閉じてしまったが。


シェリルとテミィには気付かれていないと思いたい。

心の中で鼻息を荒げていたと知られたら、生理的に嫌われてしまいそうだ。


(そういえば、中学生の頃に同じような事をして好きな子に嫌われたな、、、)


そんな事を心の中で独り言ちながら、出戻ったネムの宿の浴室でその日の疲れと汚れを落とした。

昨日と顔ぶれの変わった男性客達と一緒に。

今まで読んだ異世界物の創作物では碌な入浴が出来ていないものばかりだったが、この世界での入浴事情は思いの外しっかりしている。

流石にシャワーや蛇口はないが、ウルの家には浴槽があったし、このネムの宿では、焼石を利用したサウナのような四畳程の蒸気風呂がある。

そこで汗を流し、石鹸を粉末にしたような白い粉に水を付けて泡立たせて全身を手洗いし、大きい水瓶に用意された水で洗い流す。

驚く事に排水溝まで完備されている。

流れた水は下水道を通って浄水施設へと流れ、そこで飲める程綺麗な水になって、街中の噴水や、溜め池などに排出されるらしい。

各家庭には流さないのか?とも思ったが、水を出す程度の事はほとんどの魔人が出来るらしく、それが出来ない者は溜め池や貯水槽の近くに住まいを構えてそれを使うそうだ。


ちなみに、浄水の方法は科学的なものではなく、汚水を媒介にして水魔術を行使すると、勝手に綺麗な水へと変わるというファンタジーなものらしい。

汚れの元となっている成分はどこへ行ったんだと疑問に思ってウルに尋ねてみたが、〝知らん〟と一蹴されてしまった。

流石ファンタジー。科学の先生も物理の先生も真っ青だ。


今日も今日とて、石鹸で洗ったように軋んだ髪をタオルで拭きながら、元の世界との違いを声には出さずに頭の中でだけ学習した。

リビィが使っているトリートメントの役割を果たしてくれるというナツメ油を少し貰えば良かった、、、。

目を隠す程まで伸びた髪が分かり易く軋んでいる。

同じように髪を洗ったはずなのに、綺麗なツヤが出ているセナリはずるいと思う。



「はうっ!?な、なんでしょうかケイト様!」



ツヤのある髪が触ってみたくなって、ベッドに掛けて髪を拭くセナリからタオルを奪い、わしゃわしゃと少し乱暴な拭き方をした。

特殊な加工と編み方をしているのだというこの羊毛のタオルは、吸水性が抜群でドライヤーいらずだ。



「何となく拭いてみたくなったんだよ。痛くないか?」

「い、痛くはないですが、その、、、申し訳ないです、、」

「気にしなくて大丈夫だ。セナリの髪はなんでこんなに触り心地がいいんだ?」

「えっと、その、詳しくは分からないのですが、羊の獣人の血が入っているからじゃないかとウル様は仰っておられました。羊の獣人は毛が丈夫で、抜けにくいらしいのです」



羊の毛がモコモコしてて剛毛のイメージがあるが、それがそのまま種族特性になっているのだろうか。

だとしたら、やっぱり獣人最強はライオンなのかな?

これが聞いても腐愚民と疑われない範囲の質問なのか分からないから、迂闊に聞く事は出来ないけど。

考え事をしながら拭き続けていると、セナリがもぞもぞと動き出した。

男同士だし、聞いてもセクハラにならないよな?でもまあ、遠回しに聞くか。



「セナリ、どうかしたか?」

「へぁっ!?え、えっと、その、角をあまり触られると擽ったくて、、、、せっかく拭いていただいてるのにごめんなさいです。頑張って我慢しますです!」



尿意を我慢しているわけではなかった。セナリのこの巻角はどうやら弱点らしい。

横腹や足の裏を擽られるのに近い感覚だろうか?

尻尾が生えているキャラはそこが弱点だというのが定番だが、角が弱点というのはあまり聞いた事がない気がする。

セナリのあまり見ない反応が楽しくてもっと角を擽りたくなったが、気持ちをぐっと堪えて薄緑の髪を優しく拭き続けた。

眠くなったのか、途中うつらうつらと船を漕ぐセナリの角にうっかり触れて起こしてしまうのは許してほしい。

決してわざとじゃないんだ。


把握し切れていた以上の疲労を蓄積していた俺は、髪を拭き終わると同時にパタンと倒れて眠ってしまったセナリと一緒に、シングルサイズのベッドで泥のように眠りについた。

軋んだ自分の髪を拭き切るのも忘れて。









「ほら!朝だよ!起きな!!」


昨日と同じく、まだ陽が昇り切る前にネムの嗄れ声によって早過ぎる目覚めを迎える。

夜更かしをしていないはずなのに、体がふかふかの布団に縫い付けられて中々離れられそうにない。

それでも頬を思い切り抓って強制的に目を覚まして体を起こすと、左腕に夢の世界にいるセナリが抱きついていた。



「もう食べられないです、、、むにゃむにゃ、、」



また食べ物の夢を見てるのか、、。

前と寝言が一緒だ。

セナリの可愛い寝顔を見ていたい気持ちを必死に抑え、吹き出物など一つもない頬を指で(つつ)いた。

柔らかい頬は、突き刺した人差し指を何の抵抗もなく吸い込んでいく。

昔触った甥っ子の頬の感触にそっくりだ。

当時の甥っ子は確か二歳かそこらだったと思う。

それと同じくらいの感触をしているとは、セナリの美肌具合が恐ろしい。



「おーい、セナリー。朝だぞー」

「へへへ、、、」



何度突いても幸せそうな顔でニヘラと笑うだけのセナリ。

随分気を許してくれるようになった。

だが、このままだと下に降りるのが遅くなってネムに朝食を没収されてしまう。

セナリに捕まれたままだった左腕を解放して、両手でセナリの餅のような頬を引っ張る。



「あひゃっ!?」



面白いくらい伸びる頬に楽しくなってきたところだったが、セナリが起きたので名残惜しくも手を放す。

、、、もう少し遊んでいたかった。



「起きたか?」

「あ、へ、あの、お、おはようございますです!!」

「いたっ!」



勢いよく起き上がったセナリの頭部が顎に直撃した。

頭は固いんだな、、、、。



「あ、ご、ごめんなさいです!!」

「だ、大丈夫だ、、。それより、早く着替えて降りよう。朝食に遅れる」

「はいです!!」



朝食という言葉を聞いて漸く起きなくてはならない事を理解したのか、セナリが急いで着替えを始めた。

着替えとは言っても、寝る時に着ていた服の上から上着を羽織るくらいだが。

それを横目に見ながら俺も着替えを済ませ、昨日の内に用意を済ませていた荷物を持ってセナリと一緒に一階へと降りた。

癖でふと触った髪が随分ボリューミーだった気がするが、気のせいだろうか?

この部屋に鏡がないのが悔やまれる。



「ふわぁ、、、。おはようケイト、、、ってどうしたの?その頭」



気のせいじゃなかった。

リビィに借りた手鏡で自分の姿を見て、昨日眠気に体を委ねた自分を叱責した。


(髪が爆発するとはこの事だな、、、)


方々に髪が跳ねている。

見ようによってはお洒落に見えない事もない、、、か?

いや、ないな。

リビィが必死に笑いを堪えてる。

セナリも驚いた様子で口を開けて見ているが、その剛毛の天然パーマも中々のものだと思うぞ?



「私のナツメ油使う?本当は髪が濡れた状態で使うものだけど、寝癖を直すくらいならそのまま使っても問題ないよ」

「ありがとうございます。遠慮なく使わせていただきま───」



リビィの差し出したナツメ油の入った瓶を受け取ろうとすると、寸前で手を引っ込められた。



「リビィさん?」

「今から直してたら朝ご飯に間に合わないから、直すのはその後ね?」



そう言って悪戯に微笑むリビィに手を引かれて、朝食の場に向かった。

これはあれだ。間違いなく面白がられてるな。

世界が変わってもいじられキャラのままとは、、、。

自分の性分が憎い。


朝食の席でも案の定笑い者だったが、日本であったような陰湿でマウントを取るような接し方をしてくる人はおらず、悪い気はしなかった。

こんなに良い人ばかりなら、道化になるのも悪くない。

ただ、リビィにはいつかささやかな悪戯で仕返しをしようと心に決めた。

勿論、ウルには気付かれないように。






「お世話になりました」


朝食のすぐ後に迎えに来たウルと一緒に、ネムに挨拶をして宿を後にした。

てっきり夜の内に宿に泊まりに来るのかと思っていたが、そのまま王城で泊まって仕事をしていたらしい。

ウルが終日休みなところを見た事が無い気がするんだが、体は大丈夫なんだろうか。

社会人から見ればありふれた光景なのかもしれないが、アルバイトでしか働いた経験のない大学生の俺にとっては、社畜の名を冠する者達は体力の多さが並ではない化け物の集団だと思っている。

休みなく働くなんて、常人に出来る事ではない。

もしかして顔に出ていないだけで、ウルも疲弊していたりするんだろうか?

それを見抜いたからこそ、アッシュが俺にウルを守るように言ってきたのかもしれない。


(シェリルレベルが来たら、自分で身を守ってほしいな、、)


箱馬車で揺られながら座って眠るウルを見ながら、そんな事を考えた。

力の限り守ると心には決めたが、平和な日本で育った俺には、自分の命を擲ってでも誰かを守ると考える事は出来ない。

今度ミシェに会う事があったら、攻撃を上手く避ける方法を教えてもらおう。

そう心に決めて、揺れの強い馬車の中で微睡みに身を任せた。








「四人分だ。レミリア王国まで頼む。魔力も全て負担してくれ」


馬車に数時間揺られ、王都の外、来た時とは別の転移塔の受付にやって来た。

リネリスのように領土内を転移塔で移動するのかと思っていたが、ウル曰く、昔の名残りで王都には外にしか転移塔が無いそうだ。

理由は外から敵の侵入を許さない為、というのと、王都内で犯罪者が雲隠れするのを防ぐ為らしい。

てっきり職員達の許可なく転移魔法陣は起動出来ないと思っていたが、そういうわけではないらしく、転移魔法陣に対する理解と必要な魔力さえあれば誰でも起動出来るみたいだ。

武器や兵器なんかもかなりの量を一緒に移動出来るだろうから、防衛面を考えれば当然の措置か。


リネリスや、王都に来るまでに通った転移塔達も新しいものだという。

どうりで所々に使われている木材の香りが強く感じられるわけだ。

今居る転移塔は古いもののようで、祖母の家のような匂いが時折感じられる。

これはこれで嫌いじゃない。



「かしこまりました。ディベリア教区経由でよろしかったでしょうか?」

「いや、テートレイポット経由と自治領経由で頼む」

「、、よろしいのですか?」

「ああ、構わない」

「承りました」



分からない単語ばかりだったが、おそらくタクシーに乗った時にどの道順で行くか尋ねられた時のようなものだと思う。

受付の女性の反応から見るに、ウルが選んだのは訳アリのルートみたいだ。

ただの遠回りだといいんだが、何か面倒事に巻き込まれるようなら安全なほうが有り難い。

ウルの事だからリビィやセナリを危険に合わすような事はしないと思うが、少し不安だ。


いつもは受付を済ませばすぐに魔法陣へ案内してもらえたのだが、今回はどうやら待ち時間があるようで、質素な待合室で出された紅茶を飲みながら待つ事になった。

職員達の会話を聞く限り、辿り着いた先で乗り換える魔法陣が中々使われないものらしい。

それの準備に手間取っているようだ。

それならひとまずは次の転移塔まで連れて行ってくれないのかな?とも考えたが、そう出来ない何かしらの理由があるのだろう。

飲み物まで出してくれたのだから、文句を言うのは止めておこう。





「ウルさん。さっき受付の人と話していたのはどういう内容なんですか?」


職員が待合室から離れたのを足音で確認してから、ウルへと小声で質問を投げかける。



「今から行くレミリア王国へは、複数の転移塔を経由しなければ行く事が出来ない。その道中、経由する転移塔を選んでいただけだ」



うん。ここまでは予想していた通り。

後は選んだ理由を聞くだけ。

聞いて理解出来るかは分からないけど。



「今回の道順?を選んだ理由は何かあるんですか?」

「本来であれば、初めに提案されたディベリア教区を経由するほうが転移塔の乗り換えが一つ少なく済むんだが、それには一つ問題があってな」

「問題、、、ですか?」

「ああ。まあ追々話そうと思っていたんだが、、、。端的に言うと、原因はお前だ」



それだけで、察する事が出来た。

小声とはいえセナリの耳がある事から、仔細を明言する事を避けたのだろう。

おそらく腐愚民の扱いが酷いか、腐愚民を見分ける方法があるか、もしくはそのどちらかなのだと思う。

これは完全な偏見なんだろうが、宗教に心酔している人は、どこか極端な考え方をするイメージがある。

周囲に無害なものから、有害なものまで。

その幅や内容は一纏めに出来るものではないが、個人的に良いイメージは持ち合わせていない。

それはきっと、過去の経験からくるものだろう。

唐突に来る宗教への勧誘は中々に怖かった。

ウルの気遣いを組んで、ここでこれ以上ディベリア教区とやらについて問い詰めるのは止めておこう。

もう一つ気になるのは、あの時の職員の反応だ。



「これから通る転移塔は、その、何か訳アリなんでしょうか?」

「訳アリ?」

「職員の方があまりお勧めしていないような印象を受けたので、通るのに何か問題があるのかなと」



訳アリという言葉は通じないのだなと、心のメモに書き殴る。

ウルは顎を扱いて思案した後、言葉を選びながら話し出した。



「これから移動する転移塔はシルム王国内の転移塔で問題はないんだが、先の職員が心配していたのはその次の転移塔だろう。一応、レミリア王国の領土という扱いにはなっているんだが、、、」



何か言えないような事があるんだろうか。

ウルは一度口篭もって、観念したかのように話し出した。



「レミリア王国の領土ではあるが、実質無法地帯のようなものでな。正式な名前はないんだが、監視者の自治領と呼ばれている」

「監視者、、ですか?」

「ああ。竜の監視者とも呼ばれている。大陸の外縁を飛ぶ竜を神聖視するやつらの集まりでな。大の魔人嫌いでもある」



竜というワードに、完治したはずの中二病が疼く。

遠目でいいから見られないものだろうか。



「監視者達も勿論魔人なんだが、一族以外の血が入る事を強く拒み、一族以外の魔人が領土内に入ってくれば敵意を剥き出しにされる事がある。時には直接害される事があり、ついには死者が出て、その転移塔は使われる回数がめっきり減った。だからだろうな、職員が不安気にしていたのは。大方、今日は稼働していなかったんだろう。今頃向こうへ職員を送り込んでる頃だと思うぞ?」

「それは、、大丈夫、なんですか?」



ウルが居れば結界を張ってくれるし大丈夫だとは思うが、多対一の状況になれば何があるのか分からない。

絶対的な防御を持つシェリルだからこそあれだけ危険な魔術も放てたが、襲われたからと言って殺傷能力のある魔術で退ける事は出来ない。

念の為持ってきていた魔力水で魔力は回復出来ているけど、それでもリビィとセナリを守りながら戦えるかと言われれば、、、、。

平和な日本で過ごし続けてきた俺が考え得る範囲の最悪のケースを、あれこれ頭に巡らせた。



「大丈夫だ。監視者の一族とは言っても、その勢力は二分していてな。転移塔の近くに住処を構えているのは穏健派の勢力で、口煩くあれこれ言われる事はあるが、突然襲われるような事はない。無論、こちらから手を出さなければ、な」



ウル曰く、もう一つの勢力は過激派と呼ばれていて、数百の軍勢で過去にシルム王国へと戦争を嗾けた事もあるらしい。

それも、王都ではなく、王国軍の目が届いていない遠方の村々から急襲して。

圧倒的戦力差のある戦いは王国軍の派遣によりすぐに鎮火したそうだが、それまでに村がいくつも滅んでしまったそうだ。

死骸は全て魔物の餌にされて、村々には夥しい数の血痕と、倒壊した建物が残ったという。

その時は監視者達を殲滅して自治領自体を失くすという案も出たそうだが、、、



「結局、その案はなくなってな。当時冷戦状態だったレミリア王国との終戦及び、有利な条件で貿易、シルム王国と転移塔を繋げるという条件で落ち着いたそうだ。その時小康化していた過激派が最近勢力を増してるようで、長居すると襲われる事もあるみたいだな。昔に一度使った時はそんな事はなかったが、あれから十数年も経っていたら何かしら変わっているんだろう」



終戦をしたのが数百年も前の話という事だから、それは勢力が増していても仕方ないだろうな、と心の中で独り言ちた。

どこの世界にも、いつの世も、自分達の思想の為に他人を平気で害する人達はいるんだな、と。

平和な世界では触れる事のなかった価値観を新鮮に感じた。

だがまあ、ウルが大丈夫と言うのだから大丈夫なのだろう。

そんな安心感を持って、体感にして一時間後に迎えに来てくれた職員へと付いて行った。








「ご苦労様です。許可証を」


シルム王国の端。

ディベリア神聖国領土内へと程近い転移塔へとやってきた。

内部はその他の転移塔とは変わらないが、壁に等間隔に開いた丸い腰窓の向こうに見える雄大な自然に心が洗われる。



「準備は出来ております。どうぞこちらへ」



上半身を殆ど動かさず、滑るような足取りで別の魔法陣へと向かう職員へ付いて行く。

まるで忍者のようだ。



「こちらです」



案内された先は、採光の窓もなく、薄暗いじめっとした空間。

最低限手入れはされているのだろう。埃や目立った汚れは見られなかったが、それでも長く使われていないんだなという事が分かる様相だった。



「光石はあるか?」

「はい。今お点けします」



そう言っていつの間にか付いて来ていた数人の職員の内の一人が、拳大の正立方体の光る黄土色の石を浮かべた。

中空に浮かんだそれは部屋中を照らして、見え辛くなっていた視界を良好にしてくれた。


(びっ、、、くりしたぁ、、、)


全貌が浮かび上がった部屋には、内壁に沿って三人の職員が待ち構えていた。

危うく情けない声を出して腰を抜かすところだった、、、。

ホラー系は苦手だ。



この光石と呼ばれる石は、街灯や家庭でも使われていて、魔力を注ぐと数時間光り続けてくれる。

元の世界で言うところの電池可動式のライトのようなものだが、注いだ魔力を全て消費するまで消えないのが難点だ。

だが、電池のように寿命はなく、半永久的に使う事が出来るそう。

魔物の巣食う洞窟にある事が多く、採掘するのが難しい事から、貧しい家庭には手が出せない値段設定なのが玉に瑕だが。



誘導通りに魔法陣の中央に乗って、六人の職員が周囲を囲むのを待つ。

今までは魔法陣の部屋へ入った時からこの陣形が出来ていたから、何となく緊張感がある。

中二病的な考えをするなら、黒魔術の儀式が始まりそうな感覚だ。

松明を焚いていないだけ、その印象はまだ薄められているが。



「それでは始めていきます。お忘れ物などはないですね?」

「ああ、問題ない」

「では」



職員達が魔法陣の直近まで近付いて、魔法陣が刻まれている舞台の側面に両手を触れる。

数瞬の後、円形に刻まれた陣の外縁から舞台に血液を注ぐように魔力が流れて、陣が淡く光る。

長らく使われていなかったからといってその色が変わるような事はなく、いつもの転移魔法陣と同じく青白い光を放っていく。

徐々に陣の中心部まで魔力が注がれていき、淡かった光も勢いを増して、下方に見える職員達の姿をその光で遮った。

もう少し。

視界が完全に光で覆われたら転移完了だ。







「何か、嫌な感じがしますです、、、、」







転移する直前。

そう零したセナリの言葉は勢いを強めた光に上塗りされて、俺以外の耳に届く事は叶わなかった。



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