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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
二章
24/104

間話「シェリル・ミストリア」



魔人域で最大の領土を誇る国、〝シルム王国〟

この国の守護は総数約十二万、十二の軍団からなるシルム王国軍が担っている。

国境警備、諜報活動、魔物の掃討。

王国軍の仕事は多岐に渡りそれぞれにあった素質が求められるが、その中でも一つ、ずば抜けた〝武力〟という素質を持った者達が集められた少数の部隊があった。


〝第零部隊〟


どの軍団にも属さない、あらくれ者達の少数精鋭。




王国軍の精鋭僅か20名からなる第零部隊は今まで、少数であることを忘れさせる程の武功をあげてきた。

がしかし。

能力が武力に偏った者ばかりを集めると、どうしても問題が起きてしまうのが常。

規律を重んじる王国軍であれど、人の業を抑えられるほどの強制力は持たない。


そんな集団の中から、部隊をまとめるべく一人の隊長を選ぶとなればどうだ?

選出する為の会議を行えば、皆が皆、己が力を誇示したいが為に我こそはと声を上げる。

だが、自己主張ばかりでは結論が出ない事は自明の理。

それでも、纏め役がいないまま放置するわけにもいかず、全員が納得しないまま渋々といった形で一人が選ばれる。


納得していないあらくれ者の集団で選ばれた隊長。

そこへ向けられるのは羨望や敬意ではなく、憎悪や嫉妬などの醜い感情。

抑えきれない隊員達の感情はやがて暴発し、小さな口論から寝床を襲った殺人まで、多くの問題を起こしてしまう事となる。

問題が起きては会議が開かれ、会議が終えれば問題が起きて。

幾度となく隊長が選ばれ、その度に第零部隊は喧噪と血で溢れた。


事態を重く受け止め、これ以上不毛な争いで屈強な兵を減らす事を恐れたユリティスは、苦渋の決断として第零部隊の隊長を選出する事を諦め、また、争いを避ける為にそれぞれが顔を突き合わせないよう、各自離れた位置で王城の警備に付かせた。

指揮する者がおらず、隊員が顔を会わせる事すらない歪な集団は、こうして出来上がっていったのだった。





それから数年。

歪なままである意味安定していた第零部隊の面々に、新しい隊員が迎えられるという報せが届いた。

普段こそ顔を会わせる事のない面々だが、こうして新たな隊員を迎える時は王城の警備を他の軍団に任せて集まり、軍議を開く。

報せが届いた時、彼らはまだ知らなかった。

欠片も、想像すらしていなかった。

この歪が正される時が来る事を。



「おおぅ?久しぶりだなトミー殿」



軍議の間。

いち早く到着していた第零部隊一番の古株であるトミーに話し掛けたのは、こちらも古株であるジーノ。

掛ける声には、挑発的な雰囲気が多分に含まれていた。



「時間までは暫くあるっつうのにこんなに早く来てお利巧に待っているとは、会わない数年の間に随分丸くなったもんだなぁ?え?歳を重ねて頬はこけてるようだがな。がっはっは!」

「陛下の命だ。早く来るのは当たり前であろう」

「なぁに猫被ってんだよ。昔はもっとガツガツしてただろうが!あん時みたいによ、また勝負しようぜ。血沸き肉躍る勝負をよ!」

「ジーノよ。煽るのも大概にしておけ。儂とて、売られた喧嘩を無視出来るほど丸くなったわけではないぞ」

「いいねぇ、いい。その目付きだよ、それだよそれぇ!!早速やろうぜ!こんな集まりすっぽかしてよ!」

「ジーノ。それは聞き捨てなりませんね。陛下の呼び掛けを無視するというのですか?」



今にも爆発しそうな程散らされた二人の間の火花に、入口付近から冷静で落ち着いた声が届けられる。

邪魔をされた事で機嫌が悪くなったジーノが、ぎろりと声の主を睨み付けた。



「ナキ。相っ変わらず真面目だなお前は。昔はピーピー泣いて俺の後ろに付いてきてたあのガキんちょが指図しやがって」

「昔は昔です。今はこうして貴方と同じ所に立っていますから。ですがまあ、、、。双方が納得したというのであれば、あなた方の戦いを止めるのも無粋というものでしょう。今すぐ行うのは時間の都合上不可能ですが、新隊員の紹介が終わった後、闘技場を借りて勝負をしてみては?審判ぐらいであれば請け負いますよ」

「ちっ。正論言いやがって。まあそれもそうだな。なあ!トミー」

「そうであるな。どのみち、お互いに逃げるという選択肢は持ち合わせていまい。急く事もなかろうよ」

「では、そういう事で。闘技場の者には私から文を出しておきましょう。おい」

「ハッ!」

「これをシーノット殿に」

「かしこまりました!」



懐から取り出した手紙を、軍議の間の外に控えていた付き人に渡すナキ。

まるでこの事態を想定していたかのような不自然な程の手際の良さだったが、ジーノ、トミー共にその点について触れる事はないのだった。



「お前も付き人なんぞ使うようになったんだな」

「ええ。余計なものに貴重な時間を割きたくありませんので」

「それはそれは。余計なものの世話をさせてしまって申し訳ない」

「なんっで、お前らが火花散らしてんだよ!トミー!!!お前の相手は俺だろ!不服か!?」

「いいや、失敬」

「そんな事より。他の皆さんは遅いですね。まだ集合時間まで少しありますが、そろそろ集まっておかないと拙い気が」

「どうせどっかで揉めてんだろうよ。あいつらは言葉よりも先に手が出るからな」

「否定したいところですが、その通りかもしれませんね、、、」



ジーノの予想通り、この会話をしている時点で既に数名は顔を合わせてすぐに揉めていた。

だが、ジーノは知らなかった。

大多数が遅れている原因が、いつも通り自分の持ち場へ行ってしまったせいであるという事を。

広い王城の敷地内には、第零部隊の面々の焦燥を孕んだ声が木霊するのだった。














「はぁはぁ、、。大変、遅くなり申した、、」

「遅いぞテリス!陛下を待たせるとは何事か!」


ナキの到着からおよそ40分後。

前日の夜に緊張してほとんど眠れなかったテリスが、寝坊して一番最後に到着し、漸く全員が揃った。



「大変申し訳ございません!!」

「貴様ッ!そんな謝辞のみで許されると──」

「もうよい。少しの遅れ如き、許そうではないか。だがテリス。次はないぞ?」

「はっ!寛大な処置、痛み入ります」

「陛下がそう仰るのであれば、、」

「では、少し遅れたが今から軍議を行う。各員席に着け」

「「「はッ!!!」」」



歳や勤める年数によって序列の作る事のない第零部隊において、軍議の場での席順というものは決められていない。

来た時に空いている席の後ろに立ち、その場を自らのものとして確保する。

気に入らなければ力尽くで奪い取るのが当たり前の第零部隊の面々だが、誰が言い出したわけでもなく、軍議の場においては先に来た者の意思を優先するというのが暗黙の了解になっていた。


軍議の間には、O字型のテーブルが一つと、椅子が21脚置かれている。

1脚はユリティス専用のワインレッドの重厚な椅子。

その椅子はO字の頂点を窪ませた位置に配され、背後の少しの空間以外、部屋全てを見渡せるようになっている。

隊員達が座る残りの20脚は全て黒を基調としたシックな物。

それらが、テーブルを囲うようにぐるりと配置されている。

ユリティスの両隣を陣取るのは、入れ替わりの激しいこの軍団において珍しい古株のトミーとジーノ。

それ以外の面々は時計回りに、

ナキ、アスペン、レオーナ、ディック、レギィ、スぺイト、ノルン、ガザック、テリス、エリドゥ、セミエ、リトラ、アルコル、レイバッハ、バン、ドレディア、ウズ、ガレイドの順番で席に着いている。

遅れてきたテリスでさえ、距離があるとはいえユリティスと真正面から顔を突き合わせる席に着く事が出来るこの第零部隊専用の軍議の間。

経歴や年齢等微塵も反映されない、全員が平等であるこの場こそ、第零部隊の確固たる歪を証明してみせていた。



「本日お主らに集まってもらったのは、新しい隊員を紹介する為だ。詳しい出自等は記しておらんが、経歴や入隊する時期については通達書に明記しておいた。その辺りの確認は各員抜かりないな?」

「はッ!」

「ならよい。加えて一つ。これは通達書に記載しておらんが、今から紹介する隊員を、この部隊の隊長に任命しようと思っている」

「なっ!陛下、それは!」

「なんだ?ジーノ」

「僭越ながら異を唱えさせていただきますと、私を初めとした第零部隊の面々は、隊長を選出しないからこそ調律を保つ事が出来ているのです。新たな隊長を擁立するとなれば、また無為に隊員を減らすことになりかねないのでは、、、」

「それはよく分かっている。気付くのが遅く、何人もの盟友を失くしてしまっているからな」

「では何故、、」

「お主らの現状をよく見よ。各軍団から戦闘に優れた者達ばかりが集められた精鋭であるにも関わらず、職務は王城の警護のみ。無論、警護自体を悪いというわけではない。欠かす事の出来ない、必要なものだ。だが、お主達でなくとも出来る。それに加え、軍議の度に纏める者がおらずこうして私が時間を割かなくてはならない現状。これを改善せずして、第零部隊の未来は無いとは思わんか?」

「それは、、、」

「では陛下。新しく迎える隊員というのは、隊長に相応しい人物であると?」



口篭もるジーノに代わり、ナキが口を開く。

その表情に、一切の納得はない。



「無論。他に何か聞く事はあるか?」

「願わくば、我らにも隊長に相応しい人物であるか見極める機会を」

「良いだろう」

「有り難き幸せ」

「これ以上の問答は必要ないな?シェリル」

「はッ!」



隊員全員の訝しむ視線が部屋唯一の扉に向けられる中、威勢のいい声の後、ゆっくりと隊長候補が姿を現す。



「ご紹介に預かりました、シェリル・ミストリアと申します。若輩者ではありますが、何卒宜しくお願い申し致します」



入ってきたのは、身長170cm程の金髪の女。

息を呑む程、とまではいかないものの、静けさを持った端正な顔立ちは美人というに難くない。

が、決してその見た目に甘えて生きてきたのではない事は、物腰の鋭さから見て取る事が出来る。



「お主らなら、一目見ただけである程度の実力を測る事は出来るだろう?どうだ、ナキ。隊長に相応しいと思うか?」

「いえ。相応の実力を持っているであろう事は分かりますが、それでもこの場の20名をまとめる程の実力を持っているかどうかはまだ。純然たる戦闘力だけでは隊長の座に就くには相応しくないと思われますので」

「では、どう見極める?」

「まずは戦いにおける戦術、能力を見極めるべきかと。つきましては、この後闘技場を抑えておりますので、そちらでミストリア卿の実力を見極める模擬戦をするのがよろしいかと」

「ほう、随分準備がいい事だ。この展開を見越していたか」

「そのようなものです」



タイミングよく闘技場を抑えてたかのように見せるナキの手腕に、真相を知るジーノとトミーは心の中で笑いを堪えられずにいた。

さしもの切れ者の国王陛下も、まさか隊員同士のいざこざの為に抑えていたとは思わないだろうと。

だがしかし、ユリティスは分かっていた。

このバラバラに見えて似た者同士の集まりな集団を。どの隊員よりも分かっていた。

だが、それでも決して顔に出さず、あえてナキの提案をさも良案だというように扱った。


こうした事を繰り返して、ユリティスは少しずつ馴染ませるように部隊の中に序列を作っていた。

誰にも気付かれずに少しずつ少しずつ。

隊長が出来て確かな序列が出来るという場面においてもこうした行動を取ってしまうのは、今まで気付かれないよう水面下で慎重にやってきた事が癖付いてしまっているからだろう。



「では早速移動するがいい。シェリル、何か異論はあるか?」

「いえ。早く認めていただきたいと思っておりましたので、こうして機会を与えていただいた事には感謝しかありません」

「それでこそ、だな。だがしかし、私は戯れに付き合う程の時間は無い。監査役としてデリンを連れて行くがいい。それで良いな?」

「はッ!」

「デリン」

「お呼びでしょうか」

「闘技場まで第零部隊に同行し、後に事の顛末を伝えよ」

「仰せのままに」

「では、これにて軍議を終わりとする。明日からは変わらず持ち場に着け。シェリルには追って辞令を出す」

「「「はッ!」」」



軍議が終わり、ユリティスが部屋を出るのを待って、ジーノの口の端が嫌らしく吊り上がった。

視界に映るシェリルは、あの陛下が我ら第零部隊隊長に相応しいという程の人物。

その人物と、今から陛下公認の下戦う事が出来る。と、そう考え、感情として溢れ出して表情になってしまったのだ。


ジーノは普段から、王城に攻め入ってくるような気骨のある者のいないこの時代に、警備なんて馬鹿馬鹿しくてやってられないと考えていた。

彼は、元よりじっと一つ所に留まるのが苦手な人物である。

それに加え、重度の戦闘狂という特性とも欠点ともとれるものを持つ。

そんな人物が何年も同じ場所で、平穏な日々を過ごしていたらどうだろうか?

鬱憤は無くなったのではなく、積もり積もって今日という日に持ち越されたのだ。

今日この後、シェリルを打ち負かす為に。


ここで勝てば隊長になれるのだろうか。

そんな野望を、ジーノだけでない全ての隊員が胸に秘めさせずにはいられなかった。










「これはこれはナキ殿。御久しゅうございます」

「ああ。唐突に済まないなシーノット殿。これより闘技場を極秘使用する為、人払いを願いたいのだが?」


闘技場の管理人であるシーノットにそう言い、懐から出した小包みを一つ渡すナキ。

凹凸のある金属の擦れる音が、小包の中身を指し示していた。



「承りました。中には今、誰もおりません故、私も正門にて警備と共に過ごしておきましょう。終わり次第お伝えいただければと思います」

「ああ。宜しく頼む」



揉み手をしながら深く頭を下げ続けるシーノットを尻目に一人、また一人と闘技場へと入っていく第零部隊の面々。

中に入ると全員が舞台上に上がり、打ち合わせをしていないとは思えない程の淀みない動きで、シェリルとデリンを中心に据えた円陣を組んだ。

まだ誰も武器に手を掛けていないが、舞台上には今すぐにでも戦いが始まりそうな雰囲気が漂っている。

最初に動いたものが全員に切りつけられるような、そんな雰囲気が。



「では皆様。如何様に」

「多対一で戦略を見るべきではなかろうか」

「いーや。こういう時は一対一に限るだろうよ?全員を伸してこそ隊長ってもんだろ」

「半々に分けて指揮能力を見るべきでは?少なくとも上に立つ人間には必要な能力でしょう」



デリンの言葉を受け、待ってましたと言わんばかりに、さも隊長を見極めるのに必要な事かのように自分達の得意な戦いをつらつらと並べ始める隊員達。

自分本位の者ばかりが集まるこの集団で目上の人間が居ない言い争いなど収まるはずもなく、戦いの形式を決める言い争いは数分待っても決して収束に向かう事はなかった。

だが、そんな状況に置かれてもデリンが焦る事はない。

何故なら、こうなると分かった上であえて、全員に投げかけるように質問を場に置いてたから。

この後の一言を際立たせるように。

シェリルの長としての器を確かめるよう。

主君に似て、この男もまた狡猾なのであった。



「様々な意見がありますが、ミストリア様はどう思われますかな?」

「皆様方が仰る事は、それぞれ隊長に必要なものばかりだと思います。ですが、全てを満たす条件下で行えるものは皆無という事と全ての案を一つずつ行うのは不可能という事から、申し訳ありませんが、半々で戦うという提案は除外させていただきます」

「ほう。ではどうすると?」

「皆様と同時に戦いましょう。結託してくださっても構いませんし、一人一人個別に仕掛けて下さっても構いません。この案であればほとんど皆様の要求を吞む事が出来るのでは?」

「小娘、言わせておけばいい気になりおって。精鋭を集めた第零部隊を相手にその身一つで勝てるとでも思うておるのか?」

「トミー殿。勝てるかどうかではなく、勝たなくてはならないのですよ。そうでなくては貴方を初めとした第零部隊の皆様に認めていただけないでしょう?」

「ふっ。勝てない、とは言わないのだな。良かろう。私はその案に乗ろう」

「俺もそれでいい」

「私もそれで。あまり長く闘技場を借りる事は出来ないでしょうからね。手早く済ませましょう」

「他の隊員の方々もそれで宜しいでしょうか?」



デリンの問い掛けに、ばらつきのある頷きと共に答える面々。

あからさまな怒気を返事に込める者や、久方振りの戦いに思い馳せる者。

早く戦いを終わらせて帰ろうと、この後の用事について考え惚ける者。

齎される反応は様々だった。

中には似たような反応を示す者も居たが、それでも様々だった。

ただ一つ、シェリルを敵として認識している事以外は。



「では、そう致しましょう。具体的にはどのように対戦を行うおつもりで?」

「私は舞台中央からスタートします。皆様は舞台の端で私を中心にぐるりと円を描いていただければと。容認出来ないというのであれば各々で散らばっていただいて構いません。気絶、もしくは場外で負け。開始の合図はデリンさんにお願いしようと思っております。いかがでしょう?」

「承りました。皆様はお一人お一人が容易に命を刈り取れる力を持っております故、決して命の取り合いにはならぬようお気を付けください。陛下は盟友を減らす事は望んでおりません」

「承知致した」

「それでは、ご武運を」



デリンが舞台から降りて客席へ向かうのを見届けてすぐ、シェリル以外の20名は円を保ったまま少しずつ後ろへ下がった。

一歩、また一歩と下がる度に、形を保った円は大きさを増していく。

統一性のない集団だとは思えない程、その動きは計算され尽した様相を持っていた。




「それでは皆様、準備は宜しいですな?」



約2分後。

客席に辿り着いたデリンから、武器に手を掛けて臨戦態勢を整えた第零部隊の面々に声が掛けられる。

シェリルは息をゆっくりと吐く動作で。

円陣を保つ隊員達は武器をぐっと握る動作で、デリンの言葉に応えた。







「いざ、尋常に、、、、始め!」


「があああああ!!!」







開始の合図の直後。

背中の大剣を抜いて炎を纏わせて振り抜き、我先にと炎刃を放ったのはジーノだった。

それに呼応するように、約一秒遅れて全員の攻撃がシェリルへ殺到する。

事前に打ち合わせをしたわけではないのに、放たれた全ての攻撃がその場から動かずに放った場合に最大の威力、速度を発揮するもの。

それらは、開始直後で動く隙のなかったシェリルの逃げ場を、容易に覆い隠していた。


誰もが勝ちを確信する。が、誰もその場を動こうとしない。

戦闘狂のジーノでさえ、盾にするように面をシェリルに向けた状態で大剣を構えてその場でじっとしている。

決して、追撃をするのは可哀想などといった下らない感情で次手を放てずにいるわけではない。

動かないのは、ここにいる全員が自分の強さに自信を持っていても自惚れてはいないから。

だからこそ敵影が見えない今は無為に追撃せず、次の攻防で何があっても反応出来得るであろう状態で警戒に徹している。


高威力で放たれた火魔術が、水魔術が。

シェリルに当たり霧散して、濛々と立ち上がる砂埃で覆い隠されていく。

これが晴れて敵影を確認出来た時が次の攻防だ。

誰もがそう考え、武器を握る手に再度力を込めた。







「─────なっ!!」







いの一番に敵影を捉えて声を上げたのはテリスだった。

テリスは戦闘力こそ第零部隊の中で下から数えた方が早いが、その目の良さから来る観察眼、ヘイト回避能力はずば抜けている。

だからこそ、砂埃がまだ晴れていない状況で唯一敵影を捉える事が出来た。

無傷で態勢すら崩れていない、シェリルの姿を。



「無傷、、、、だと!?」

「ふぅ。流石は第零部隊の面々。今の攻撃は少々肝を冷やされましたね。次は私から仕掛けさせてもらいますよ」

「主導権を握らせるな!総員仕掛けるぞ!」

「分かっている!!」



テリスが土埃を晴れさせる為に突風を吹かせ、それがシェリルに辿り着く前に全員が次手を放つ体勢になる。

その状況に焦る事なく、反撃も回避もせずにシェリルはゆっくりと口を開いた。









「【風に紛れし精霊よ。今その力を持ちて、我が身に疾風の加護を授け給え。所望するは最速の体技。全てを薙ぎ払う風よ、今纏われん 〝風纏(エ・アルマ)〟 】」










詠唱を終えた後の姿を捉えられたのは、テリスのみだった。

否、詠唱を終えると同時に動き出したシェリルの動きは、土埃を晴れさせる事の出来ていない状況ではテリスしか目で追う事が出来なかった。


シェリルは分かっていた。自分の動きを追える者がテリスしかいないことを。

そうなれば必然的に、最初に潰しておくべきはテリスだ。

精霊魔術を用いて全身に這うように風を纏わせたシェリルは、その場から一歩踏み出してテリスの腹部に一撃。

場外に出たのを確認せずに、盾を構えていたレイバッハの首に手刀を一撃。

ディックとレギィの2名はシェリルの攻撃を喰らうよりも早くに対面から飛んで来た仲間の魔術の餌食となり気を失ったが、それでも残る第零部隊は17名。

その全員を攻撃に転じさせる事なく、シェリルはきっちり一撃ずつ入れて膝を着かせるのだった。





「ふぅ、、、」





舞台の中央に改めて陣取ったシェリルは、討ち漏らしがないか注意深く見回しながら手刀を腰だめに構えた。

変わらず体を這う風はしゅんしゅんと小さな音を立てていて、決して軽くはないであろう鎧を着込んだシェリルを数センチ浮かせ続けている。

一つ所に浮き上がる堂々たる様は、さながら小さな竜巻のようだ。



「くっくっく、、これほど、までとは、、な、、、」

「あの一撃を耐えるとは、流石ですね、ジーノ殿」

「けっ!馬鹿にされてる気しかしねぇな、、」

「ええ、全くその通りですね」

「ナキ、おめえも気絶しそびれたのかよ」

「そうですね。運悪く避けれてしまいました」

「自慢かよ、、。だが二人だけか、、ちと厳しいな」

「戦闘狂の貴殿が弱気とは、これまた珍しい光景であるな」



立ち上がったのは、ジーノ、トミー、ナキ。

トミー、ジーノの2名はシェリルの一撃をモロに受けていながらも、辛うじて意識を手放さずに保っていた。



「お?老骨に無茶はいかんぜ」

「無茶をしたところで結果は変わるとは思えんがな、、」

「全くです」

「これはこれは。御三方も討ち漏らしてしまいましたか。皆様続きを所望していただけるという事で宜しいですか?」

「当たり前だろ」

「勿論です」

「無論」

「感謝致します。手加減のない一撃を耐えていただいた皆様に敬意を表して、こちらも少し本気で掛からせてもらいましょうか」



嫌らしく口の端を持ち上げたシェリルが、腰の左右に下げていた剣をゆっくりと引き抜く。

特別輝いているわけでもない、普通より少し切れ味の良さそうなだけの片刃の剣は、露わになった刀身の部分から、その身に風を纏っていった。








「いざ」








三対一の戦いは、ものの数十秒で終わりを告げる事となる。

シェリルの攻撃を全員が一度は防ぐ事に成功するも、一撃の重さに死角からの追撃への対応が追い付かず、瞬く間に場外に弾き飛ばされ意識を奪われる、という圧倒的な内容の下に。

ただ一人、大剣を舞台に突き刺して辛うじて場外を避けたジーノも、もう既に意識を失う寸前だった。



「峰打ちとはいえ、私の本気の一撃を受けて場外も気絶も免れるとは、、、。ジーノ殿、噂に違わず頑丈なお方ですね」

「がはっ、、。もう、意識を保つのでやっとだがな、、、」

「では、すぐに終わらせましょう」

「まあ待て」



剣を振り下ろす体勢になったシェリルを制するジーノ。

地に這いつくばり勝者を見上げるその視線には、もう既に反撃の意思は宿っていなかった。



「本当は勝って聞こうと思ってたんだが、こっから形勢を逆転出来そうにもねえから、意識を飛ばす前に一個質問させてもらってもいいか?」

「、、いいでしょう」

「最初の全員の攻撃を防いだ時、加えて今は風魔術と鎧の間。全身を覆うように防御魔術を使ってるだろ?しかも無詠唱(・・・)で。お前の名前、シェリル・ドルトンじゃなかったよな?」

「その事ですか、、、。確かにその名は名乗れませんが、血筋ではあるとだけお伝えしておきます。名を名乗る事が出来ない理由は、お察しいただけますね?」

「あー、なるほどな。名が売れてる偉いさん方は色々とめんどくせーな」

「ええ。ではそろそろ」

「一思いにやってくれ」

「失礼」



話し終えると同時に、ジーノの首筋に手刀を一つ。

ジーノは、しぶとく話し込んでいたとは思えない程、あっさりと意識を手放した。






「終わり、ですかな?」

「ええ。後始末は如何致しましょう?」


いつの間にか客席から移動していたデリンが、気絶して倒れた第零部隊を避けるように舞台上へ上がり、シェリルに問い掛ける。

齎された結果には、何の感慨も持っている様子はない。



「私めにお任せを。ミストリア様は軍議の間にお戻りください」

「軍議の間に?今一度軍議を行うのですか?」

「いえ。陛下が砂時計を肴に葡萄酒を飲んでおられるでしょうから、ご自身で報告を」

「くっくっく。結末を信じていただけていたのは有り難いですね」

「陛下にとっては、あの軍議さえも余興だったのでしょう」

「お楽しみいただけたようで光栄です。では、私はこれで」

「お気を付けて」







その後、

軍議の間に戻ってきたシェリルにユリティスは振り返る事なく、「出来るか?」と一言だけ。

意味を理解したシェリルが「お任せ下さい」と返すと、ユリティスはグラスに残った葡萄酒を上機嫌に煽るのだった。













半月後。

テリスが任命式にて鎧ではなく女性らしい礼服に身を包んだシェリルに一目惚れしたのは、また別のお話。

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