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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
二章
23/104

二十一話「戦闘狂と心のストッパー」



「突然呼び出して悪いな。適当に掛けてくれ。リビィとセナリもな」

「はいです!」



シェリルに連れられてやってきたのは王城の一室。

そこには、書類の山と格闘するウルと給仕をするメイドの姿があった。

メイドが着用しているのは創作物でよく目にするフリフリの装飾が施されたものではなく、形こそ似ているものの生地が分厚く頑丈そうな衣装だ。

見た目より機能性重視。

そんな印象を受ける。



席に着くと、リビィ、俺、セナリの順番に紅茶が出された。

一緒に部屋に入ったシェリルは一礼してすぐに出て行ってしまい、ここにはいない。

出てすぐに足音が途絶えた事からして、おそらく部屋の前で立って警備員の役割をしてくれているのだろうと予想している。

元居た世界のそれとは恐さが段違いだけど、、、、。



「悪いがこのまま話をさせてもらう」

「なにかあった、、?」



手元の二枚の書類を照らし合わせて何やら書き込みながら話すウルに、リビィが不安気に尋ねた。

ウルは人と話す時にこうして何かをしながら話す事が滅多にないので、表には出さないが俺も同じく動揺させられている。

許可なく闘技会へ出た事を咎められるだろうか。

リビィとセナリを放置して単独で動いた事を咎められるだろうか。

ウルが話し始めるまでの僅かな時間に、思い当たる節が不安となって募っていく。

二人がいる今は、個人的な問題で責められる事はないと分かっているのに。



「想定していたよりかなり拙い状況でな。急ぎでレミリア王国へ行かなくてはならなくなった」

「レミリア王国、、、?」

「魔人域で二番目に広い領土を持つ国だ。現元老院の息子である上級貴族に会いに行く」



以前ウルに教えてもらった。

次期神王を決める投票は、10名の元老院によって行われるのだという。

元老院といえば国の諮問機関というイメージだがこの世界ではそうではなく、ただ神王を決める為だけに魔人域全土から選出される10名を指すそうだ。

何百年も前から、特定の上級貴族の家から元老院が輩出されているらしい。

もっとも、目も当てられないような素行の悪い人物であれば、家督を譲った後に元老院の座に就けはしないらしいが。


(多分、ユリティス王が神王に選んでもらえるようにごま摺りをしに行くんだろうな、、、)


元老院の面々には、輩出した家の家長しか会う事が出来ない。

だからこそ、会う権利を持っている上級貴族の下へ行くんだろうが、、、

ごま摺りしてるウル。

想像出来ないな。



「分かった。出発は今すぐ?私達は先に帰っておいたほうがいいよね」

「いや、全員同行してもらおうと思っている。出発は明朝だな」

「私達はそれで大丈夫だけど、、、。邪魔にならないの?」

「仕事に全員で行くわけではない。連れて行くのは、ケイトを精霊と契約させる為だ」

「あ、そっか。私は案内だね」

「ああ、頼む」



ウルの言葉に、付いて行くのを躊躇う様子だったリビィの意見は正反対のものへと変わった。

精霊との契約というのが、精霊魔術を使う上で必要な行程なんだろうなという事はなんとなく分かる。

形成単語をまだまだ理解し切れてない状況で、一足飛びにあんな高威力のものを学んでいいんだろうかとも思うが、、、、。

でもまあ、ここは何も言わずにウルの決断を信じよう。

無知の状態でわざわざ会話に入って、聞き耳を立てているであろうシェリルや、給仕をしてくれているメイドの前でボロを出してしまうわけにはいかないし。

疑問を投げかけるのは、現地に着いてからでも遅くはない。



「伝えたかったのはそれだけだ。俺はもう暫く仕事をしてから合流する。ネムさんに話は通してあるから、あまり遅くならないうちに宿へ戻っておいてくれ」






レミリア王国へ行ってからの事について特に話を詰めるような事もなく、ウルへ一時的な別れを告げ、シェリルの護衛の下、宿へと戻る。

大した距離の無い宿に行くだけで相当な実力者であろうシェリルの護衛が必要か?とも思ったが、付いて来られて困るような事もなかったので特に気にしない事にした。



「時にケイト殿。初出場した闘技会で優勝をされたとか───」



平和な道中。

目をキラキラと輝かせたシェリルに質問攻めをされた。

闘技会で使った魔術、戦法を根掘り葉掘り。

どんな魔術で牽制して、どんな魔術でトドメを刺して。

優勝に至るまでの一戦一戦を、やけに興奮した様子で聞かれた。


(ほとんど同じ勝ち方をしたから特に話す事はないんだけどな、、、)


話す事に乗り気ではない俺とは違い、シェリルは話の隙間で、「なるほど、そんな使い方が!」とか「その魔術はこういう状況でも応用出来ますね、、いや、こういう状況のほうが使いやすいでしょうか?」とか「その戦法はナキに合いそうですね、、今度話してみますか」とか。

俺の話に興味深々な様子で相槌を打ちながら、頭のメモ帳に聞いた事を書き殴っていた。


シェリルと一緒に護衛をしてくれているお付きの人曰く、この人はどうやら重度の戦闘マニアだそうで、今日は職務中にずっとそわそわしていたそう。

気になり過ぎて職務に集中出来ず、従者を使って闘技会の様子を逐一報告させていたとか。

だがそれは、どうやら逆効果だったらしい。

報告を聞く度に集中力を欠いていったシェリルは決勝戦が始まった辺りで職務を熟せない程に呆けてしまっていたそうで、外の空気を吸いに出ていたウルがその様子を見かねて、護衛と称して闘技会場まで向かわせてくれたのだという。

後日ウルにその事を聞くと、「前回の闘技会の時は、見れなかった悔しさからか同じ部隊の隊員に八つ当たりしてな、、、。そのせいで全員治癒院送りになるという事態が発生した。同じ事態を防ぐ為のガス抜きとして出した案だったが、伝え終える前に王城を飛び出してしまう程だ。おそらく成功だっただろう」話してくれた。

癇癪を起して同僚に八つ当たりするのはどうなんだ、、、。

いや、隊長と言っていた気がするから部下にあたるのだろうか?





「そこで風刃に紛れ込ませられていた火球を避けて───」


闘技会での話も終盤。

俺は不安になっていた。

話し終えて宿まで送り届けたら、興奮した様子のシェリルに手合わせを申し込まれるんじゃないかと。

王城から宿までは、近いとはいってもそれなりの距離はある。

全ての試合を事細かに話したところで、途中で話し終えるのは明白だ。

体感としては到着までまだ10分程あるはずだが、決勝戦の中盤以降の話だけでその時間をもたせるのは、、、。


俺は、起こり得る事から目を逸らして話を続けた。

流石に道中で手合わせを申し込んでくる事はないだろうと高を括って。






「素晴らしい実力ですね!興奮が収まりません!是非この場で手合わせを!!!」






うん。

この人はあまり頭がよろしくないのかもしれない。

こんな往来で手合わせをすれば被害者が出る事なんて、深く考えずとも分かるだろうに。



「ご安心を!防御結界を張れる者を連れてきておりますので!」



うん、そういう事じゃなかったね。

そもそも残魔力がゼロに近い状態だからね。

腐愚民とか関係なく闘技会の後はやっぱり休息が必要だからさ。



「あ、もしや魔力枯渇状態でしょうか?魔力水でしたら従者が持っておりますのでご安心を!闘技会で使った分程度なら全回復出来ると思われます!」



シェリルの目が爛々と輝いている。

これだけの準備。

そんなにすぐに備えられるとは思わない。

いつからだ?

いつから準備していたんだシェリルさんよ。

とりあえず今すぐにでも抜き放ちそうな勢いで剣の柄に手を掛けるのはやめてくれ。


(誰か助けてくれないかなー、、、)


助けを求めてシェリルの従者に目を向けるも、死んだ魚のような目をした微笑みを返されるだけだった。

苦労が察して余りある。



「ケイト様が戦っているところ間近で見たいです!」



くっ、、。

まさかの身内からの追撃が、、、。

はっきりノーと言えない日本人の性が憎い。

ここは、リビィに視線を送ってそれとなく味方してもらうしか、、、



「えーと、魔力水を出してくれるならいいんじゃない、、?」



味方が居ないという事は重々分かりましたよ、ええ。

、、、腹を括るか。



「分かりました。でも、一旦宿に着いてからでは駄目ですか?装備の点検等もしたいので」



ひとまず尤もらしい理由をつけて宿までの安全を確保する。

正直なところ、魔力の補填もしてもらえて結界も張ってもらえるというのなら、大して断る理由はない。

それに、従者の人が治癒魔術も使えるようだし、怪我をしたとしてもある程度なら問題ないしな。


では何故、シェリルとの戦闘を拒んでいるのかというと、初対面の時の剣呑な雰囲気が今も頭から離れないからだ。

あの時この世界に来てから、否、向こうの世界に居た時も含めて初めて、殺気とも呼べる圧力を感じた。

戦いのプロでもなければ特殊能力を持っているわけでもないから、もしかしたら今までもそういったものを向けられていたものの察知出来ていなかっただけかもしれないが、そんな鈍感さを持ち合わせていても、あの場の雰囲気は察して余りあるものだった。

戦いになれば、間違いなくあの圧を一身に受けなくてはならない。

初対面の時のようにバリオンを間に挟む事も出来ない状態で。

そうなった時、たたでさえ対人戦に割り切れないものを感じている俺がまともに戦えるのだろうか。

外的要因の安全をどれだけ固めても、内心は不安で溢れそうだった。






「そういえば、ケイト殿は魔術を始めてどれくらい経つのですか?」


宿まであと少し、というところで不意にシェリルに話し掛けられた。



「ひと月未満ですね」

「それは凄い。ひと月も訓練せずに闘技会優勝を成し遂げるとは、、、。前代未聞ですね。無論、良い意味ではありますが」



ここ最近で聞き慣れた褒め言葉に、お礼と苦笑いで返す。

元の世界では何の才能もなく、毎日をぼんやりと過ごすだけだったから、自分が成した事で掛け値なしに褒められるというのはどうにも慣れないし、くすぐったい。

それに俺の魔術は、魔力も発想も自発的なものではない。

殊更引け目に感じているというわけではないが、それが起因となって自分に向けられた褒め言葉の多くを素直に受け止められずにいる。

増長せずにいられるという点ではプラス、、、なのかな?


いつか、素直に自分の長所だと受け止められる日が来るんだろうか。

そんな益体も無い事を頭に巡らせながら、数時間振りにネムの宿へ帰ってきた。




「おかえりなさいませ」


入口である木製の扉を開けてすぐ、前回と同じく少女が出迎えてくれた。

広場の戦いの後不意に聞こえた話によるとこの少女は〝トリス〟という名前らしく、ネムの孫らしい。

孫という事はネムの息子夫婦?娘夫婦?がいるはずなんだが、この宿には見当たらない。

トリスから暗い雰囲気は感じないからそこまで重い事情は無いと思うけど、気になりはしても何となく聞くのは憚れるんだよな、、、。

身の上話を出来る程親しくないと言ってしまえばそれまでなんだが。






「ケイト様!お花の種類が変わっていますです!」


相好を崩す事なく、とはいえ不愛想というわけでもない不思議な表情のままのトリスが案内してくれたのは前回と同じ部屋。

セナリに言われて部屋の隅に鎮座した花瓶に目をやったが、花に興味のない俺には違いが分からなかった。



「えっと、、そう、なのか?」

「はいです!昨日はハシとネズとガリティアとロンドでしたが、今日は色違いのリリネのみですね!」



堂々と宣言しよう。

今聞いた花の名前を一つも覚えられなかったと。



「セナリは花が好きなのか?」

「はいです!リビィ様のお部屋の花を生けている内に少しずつ詳しくなったです!」



なるほどなるほど。

リビィの部屋には花が飾ってあるのか。

バレないように静かに、頭の中のメモに書き殴った。


美人でスタイルも性格も良くて、魔術の実力が申し分ない上に花を愛でる可憐な趣味も持っていて。

こうなってくると欠点を探すほうが難しくなってくるな。

別に探さなくてもいいんだが、一つぐらい何かあってくれないと神々しさすら感じて近寄り難い。

親近感を覚えて距離を縮め、あわよくば恋人に、、、、、なろうなんて微塵も思っていないけど。

うん、本当に。

だから、想像の中ですら手を出そうとするのをやめてもらえないかな、ウルさんよ。





「この花はですね、白色が中々手に入らなくて───」


セナリの花の解説を聞きつつ、ベッドの横の適当なスペースに荷物を置く。

お金は何かあると怖いので、肌身離さず持っている。

闘技会優勝賞金が増えたから全部持つのが大変だ、、、。

監視カメラの無いこの世界でこんな無造作に荷物を置くのはどうかと思うが、一応扉にも窓にも鍵は掛けられるし、お金以外には着替えくらいしか入ってないから特に気にしないでいいだろう。

とはいっても、着替えは自分で稼いだお金で購入したものではないので、盗まれたら闘技会の賞金で返済しよう。



「ケイト、もう行く?」



荷物を置くだけの簡単な準備を済ませて部屋を出ると、丁度隣の部屋から出て来たリビィと目が合った。

どこに、とは言わない。

主語が抜けていても、今から向かう場所は三人の共通認識の下にある。



「ええ。魔力水を貰えるのであれば特に持っていくものもありませんし、すぐにでも行こうかと」

「そっか。私も準備終わったし、付いて行くね」



どこか心配そうな面持ちのリビィとワクワクした様子のセナリと共に、宿唯一の階段を下りてシェリルの元へと向かう。

隣に二人が居てくれるからか、この時にはもう、胃の痛くなるような大きな緊張はなくなっていた。

計り知れない実力の持ち主が相手とはいえ、今からするのは命を懸けた勝負でもなければ後遺症の残る大怪我を負うものでもないし、そこまで深く考えるべきではないのかもしれないな、、。

遊びとは言えないが、真剣勝負の雰囲気を持っていたとしてもきっと闘技会レベルだろう。

それなら、多少の緊張こそあっても問題はない。

胸を借りるつもりで気楽にいこう。





「お待たせしました」

「お早いお戻りで」

「荷物を置くだけでしたからね。余りお待たせするわけにもいきませんし」

「いやはや、お気遣い感謝致します。場所は既に抑えてありますので、早速向かいましょう。見物客が集まり始めておりますが、闘技会の観客程ではありません。気にせずとも良いでしょう」


肯定の意味の頷きを返すと、シェリルは嬉しそうに一度微笑んで歩き出した。

先頭を歩くシェリルの足取りは、心なしか軽やかだ。

よっぽど、戦う事が好きなんだろう。

それが試合であっても死合いであっても。

戦闘マニアとは一貫してそういうものなのだろうと思う。




歩き始めて10分程経っただろうか。

黄白色の結界の周りに出来た人だかりが見えてきた。

人だかりの隙間をスルスルと進んでいくシェリルに置いて行かれないように注意しつつ、時折リビィとセナリの存在を確認しながら付いて行く。



「さあ、到着しました。先程よりかなり見物客が増えておりますが、結界内には誰もおりませんので、気兼ねなく戦えます」



立ち止まったシェリルに促され、透過板を持って結界の中へ入る。

その場で辺りを見回すと、顔見知りなどいないのに何故か視界の節々に既視感を覚えた。

見物客、結界、周囲の建物の順番に視線を巡らせてみるも、その原因は分からない。


(見覚えあるんだけどな、、、、、、あ)


ふと足元の、一部分だけ焦げた石畳を見て、漸く既視感の正体を理解した。

ここは、バリオンと戦った広場だ。

バリオン戦と全く同じ場所に結界が張られている事、短時間でこれだけ観客が集まっている事から推測するに、この辺りで一対一の試合をする時はこの広場でするというのが常識なのかもしれない。




「ケイト様、こちらをどうぞ」

「ありがとうございます」


シェリルの従者から受け取った魔力水の入った淡青色の丸底フラスコを口から離した位置で一気に呷り、空のフラスコを返す。

本来であれば魔力水を飲めば体内魔力が充填されるが、体内に魔力を留める事が出来ない腐愚民が飲むと体表から気化した魔力成分が漏れ出し、皮膚に面した、もしくはそれに一番近い魔力を保有出来る物質に吸収されるのだと、前にリビィに教えてもらった。

つまり、今飲んだ魔力水内の魔力は、俺のローブに吸収されるという事になる。

ウルに魔力を補填してもらった時のようなじんわりと温かく包み込まれるような感覚があるし、問題なく回復出来ているだろう。

バリオン戦の前くらいの魔力量はあるかな?

一戦だけだし、これだけあれば充分だ。



「準備はよろしいですか?」

「はい。あ、えっと、ルールってどういう感じなんでしょう?こうなったら終わり、みたいなのを決めていただけると」

「そういえばそうでしたね。すっかり失念しておりました。久方振りに興奮しておりまして、、、、。ご容赦を」



腕を組み、顎に手を当ててハッとした顔で微笑むシェリルに、気持ちは一段階弛緩させられた。



「まず、今から行うのは明確に言うと試合ではありません。ですので、勝敗はありません」



んん?

どういう事だ??

あからさまに疑問符を浮かべると、シェリルは相好を崩して続けた。



「ケイト殿には、今から私に対して全力で攻撃を放っていただきたいのです。体術、基礎魔術、形成単語、精霊魔術、なんでも構いません。勿論、命を刈り取るつもりで。私はそれらを全力を持って切り抜けます。明確な終わりの指標としてはそうですね、、、。ケイト殿の魔力がなくなるまで、と致しましょうか。もしくは、、、、。私に〝参った〟と言わせる事が出来た場合ですね」



最後にそう言うと、シェリルは口の端をゆっくり持ち上げて不敵に笑ってみせた。


出来るものならやってみろ。


言外にそう言われている気がして、緩んでいた気持ちが少し引き締まり、全身が弱く力んだ。

おそらく挑発の類なんだろうが、残念ながらそれに怒り狂って思いの丈をそのままぶつけられる程、魔術師という肩書きに対してのプライドは持ち合わせていない。

あるのは、絶対的な強者であるシェリルに胸を借りる気持ちだけだ。



「分かりました。遠慮なくいかせていただきます」

「ええ、是非」



闘技会でミシェに当てるつもりの攻撃を放ってから、どうにもその辺りのリミッターが壊れている気がする。

人殺しをしたいとは思わないが、怪我を負う程の攻撃を当てる事は厭わない。

サイコパスになったつもりはないけど、同意の上で且つ治癒魔術もあるんだ。

なら、無為に自分の行為を制限する必要はないだろう。

そう思えてしまう。



「ではテミィ。合図を」



大きなドーム型の結界の端に小さく張った三角錐の結界の中で、杖を地面に着いて膝立ちになっているシスター風の恰好をした従者にシェリルが声を掛ける。

それを受けて杖を持ちながら顔を少し上げたのを見て、俺は右手に魔力を集中させた。







「────始め!!!!」



────パチンッ。







開始の合図にやや食い気味で魔力を込めていた右手の指を鳴らし、シェリルを巻き込んでしまう程の間近で爆発を起こす。

爆風が届かない程度距離はある為、護身用の魔術は使わず、そのまま左手を数度振るって風刃で強襲する。

着弾したのを確認するよりも早く、ミシェの動きをトレースして風魔術でシェリルを中心に円運動を行い、側部へ回って両手を数度振るって風刃を放った。

間断なく風の刃を放ちながら結界内をぐるりと一周回り、粉塵がモクモクと立ち上るシェリルの頭上へ飛翔して、重力魔術を付加した直径1m程の岩塊を二つ、ゴウッと音を立てて投擲する。


この間約10秒。


ただひたすらに、無言で魔術を行使した。

心拍は幾何か数を増し、息は少し上がっている。

シェリルは宣言通り攻撃してくることもなく、姿は見えずに声を上げる事もない。


(もしかして、全て直撃してしまったか、、?)


直撃してしまっていたら、無事ではない。

焦りが汗となり、頬を伝う。

だが、視界の端に映るテミィが微塵も動じていない事で安堵し、岩塊が着弾する寸前で開始の位置へ戻って、シェリルがいる土煙の中央へ視線を向けた。


攻撃の内のどれかは当たっただろうか?

追撃は何にしようか?

何をするにしても現状を把握しなくてはならない。

そう思い、風魔術で視界を晴らそうと右手に魔力を込め────────





──ゴウッ!





魔力が術として形を成す前に粉塵の中心で小さな竜巻が出来、風を唸らせた。

咄嗟に両腕をクロスさせ、強風に乗せられた粉塵から顔を守る。

数瞬の後。

晴れた視界にいたのは勿論───



「良い攻撃ですね。まさか初めから剣を抜く事になろうとは」

「──ッ!」



そこには、体表に竜巻を這わせたシェリルがいた。

刀身1m程の双剣を抜いて剣先を地面にだらりと向けた状態で、地面から体を少し浮かせた状態で悠々と佇んでいる。

先の唸るような風の音はない不気味な程の静謐。

それでいて圧倒的な存在感を放つシェリルに、無意識下で直径30cmの火球を二つ向かわせていた。



「甘いですよ」



一言零すと同時に流麗な動作で上へ持ち上げられた双剣がその場で斜めに振るわれ、剣先の軌道上に発生させた風刃を飛ばして中空で火球を両断し、霧散させた。

攻撃を防いだ事で感慨に耽る様子など微塵もないシェリルは剣を持ったまま腕組みの体勢になり、切っ先を上に向けた状態で間から顔を覗かせ、不適な微笑みを浮かべて一言零す。






「次はどう来ますか?」






余裕綽綽なシェリルの様子に全身が粟立ち、またも無意識下で複数の攻撃を放った。

火球、水球、風刃、石礫。

様々な攻撃を仕掛けても、本当に動いたのか?と自分の見たものを疑いたくなるくらいの静謐さでシェリルは全てを回避し、佇んでいる。


(呆けてる場合じゃない。手を緩めずに攻撃を、、、、)


そう考えて手に魔力を込めるものの、シェリルの持つ雰囲気に圧倒され、無駄撃ちになる気しかせずに魔術へと変換する事を躊躇わされる。

怪我を負わせる程度の攻撃ばかりでは、どう足掻いても全て防がれてしまう。

という事は、今俺に出来る事は、、、、






─────カチッ。






心の中で、リミッターが一つ外れる音がした。

外れたのは、〝直撃しても治る程度の魔術のみを使う〟というもの。

ミシェと相対した時も設けていたストッパーだ。

そのせいで苦戦したとも言えるが、それがなければ最悪人殺しをしていたかもしれない。

人殺しか敗北か。

考えるまでもなく俺は後者を優先する。


だが今、そんな人として重要なリミッターを外した。


重ねて、人殺しをしたいわけではないと明言しておく。

その上でストッパーを外したのは、決してシェリルが殺しても問題のない魔物に見えるというわけではなく、今放てる最上級の威力を持つ魔術を放っても飄々としているであろうことを確信させられたからだ。

命を奪う心配がないのであれば、手加減する必要もない。

胸中で決意を固め、強く合わさった唇を、ゆっくりと解いた。






「〝(テンペスト)〟」






結界内に、3m程の高さのある轟々と唸る細い竜巻が十数個発生する。

肌に当たる石畳の破片が痛い。






「〝(ゲージ)〟」






全ての竜巻の勢いが増し、それらが結合し、シェリルを中心に半球形を形成した。

一塊となった竜巻は形を変えて更に勢いを増し、表層に薄く紫電を走らせ、結界内の尽くを容易に暴風域へと変貌させる。

シェリルがいるあの中は、荒れ狂う風と無数の小さな水弾によりバランスも身動きも取れない状況だろう。

だが、これだけでは簡単に防がれてしまうのは明白。

この魔術は、もう一段階先がある。



「ふぅ、、、」



一つ息を吐き、安易に使うと人を殺してしまいかねない魔術のトリガーを引いた。






「〝(スピア)〟」






顔を強張らせ、いつもより少し声に力を込めて形成単語を発する。

直後、風の悲鳴のような圧縮音が空間を震わせ、嵐の檻からボバッという音が聞こえた。

雲から高速で何かが飛び出るようなその音は一度で終わらず、約10秒間、間断なく無数に鳴り続けた。

音は、檻に閉じ込めた者を滅多刺しにする、半球形の竜巻から飛び出した風の槍が猛威を振るった時に発されるもの。

対象を選択して発動すると、例え逃げ回ろうとも二の槍三の槍が、魔力の供給をやめない限り止めどなく襲い掛かる。

その威力は、一つ一つが巨大な岩の塊を意にも介さずあっさりと貫く程。

本来であれば人に使う事は躊躇われるが、、、、。


聞こえてくるのは無数の槍が発生する音と、轟々と唸る風の音だけ。

故に、攻撃が成功したか否かの判断をする事が出来ない。


対人では充分過ぎる魔術だとはいっても、相手はシェリルだしな、、、、。

念の為に、次の手を打っておいたほうがいいだろうか。

気持ちが固まるのを待つ前に、俺は万全を期す為、残る魔力を右手に全て掻き集めて前方上空、未だ渦巻く嵐のドームの直上へ手の平を向けた。




「〝(レイン)〟」




結界の天井に沿う形で雨雲が広がる。

雨雲はその身を肥大化させながらポツポツと雨を降らし、限界まで大きくなると、ザアザアと降り注ぐ音を変化させた。

音の変化を確認しつつ、雨に濡れる事を厭わず、雨雲に込める魔力を引き上げる。

半球形の嵐を保ったまま荒れ狂う雨雲を制御するのは難しくて中々上手く魔力を流せないが、それでも何とかコントロールして、雨の勢いそのままに三分の一程まで圧縮する事に成功した。


(後は、、、)


雨雲がシェリルの上にあるのを確認し、半球形の嵐への魔力供給を止めると同時に呟いた。

残魔力を全て込めた、俺が使えるものの中で一番殺傷能力の高い魔術を。








「〝(サンダー)〟」








刹那。

広場が圧倒的な光と轟音に支配される。

魔術が発動した事を理解出来こそすれ、網膜が光で焼かれたせいでシェリルに当たったのかどうかは確認出来ない。

それでも何とか現状を把握しなくてはと必死に目を凝らすと、徐々に回復してきた視界で濛々と巻き上がる粉塵を捉える事が出来た。

小さく開けた視界に映るのはそれだけ。


(まあ、当然といえば当然か、、、)


何の耐性も持たない石畳にあれだけの質量の雷が落ちたんだ。

網膜は回復してきたとはいえ、変わらず何も見えない状態であるのは仕方のない事だろう。



「ごほっ。ごほっ」



粉塵で咳き込んでしまい、遅れて口元を袖で抑える。

視界が遮られている現状で残魔力の少ない俺に出来る事は、ここで立ち尽くして粉塵が晴れるのを待つ事のみだ。

下手に動いてしまったら、攻撃をするつもりではないシェリルの挙動に巻き込まれて怪我をするかもしれないし、結界にぶつかって醜態を晒す事になるかもしれないしな。


(あれは、、、)


シェリルがいるであろう方向。

中々晴れない視界の中、靄の中にゆっくりと立ち上がる人影が見えた。


(シェリル、、、、だよな?)


警戒しか出来ないこの状況で、人型の魔物が突然湧いて出たとかいうオチは止めてほしい。

まだ粉塵が晴れておらず、逃げる事もままならないのだから。



ごくり───。



生唾を飲み込み、人影の挙動を見つめる。

立ち上がり、頭身の全てを現した人影は、ゆらりと流麗な動作で腰を落とした。

まるで、何かの構えのように───────






「まだ、魅せていただけますか?」

「ッ!?」






一瞬だった。

人影が構えたと思ったすぐ後、前方から一条の風が吹き付け、顎先に静電気が走った。

それと同時に、周囲の観客が息を呑む静かな空間で投げかけられたのが、先のシェリルの言葉だ。

喉元30cm程先に剣先を置くシェリルは不敵な笑みを浮かべていて、体表には先程までの竜巻ではなく、表面に雷の走る嵐を纏っている。

反撃をしないと言った手前、武器の距離を開けてくれているのだろう。


続きがあるのかとじっと俺を見て目を爛々と輝かせているところ悪いが、もうこれ以上は何も出来ないんだよな、、、。

出来るとしたら、頭からどんぶり一杯分の水を被せる程度の嫌がらせくらいなものだ。

当然、神経を逆撫でしたくないし行動には移さないが。

油断のない様子で俺の動作に隅々まで目を凝らすシェリルを刺激しないように、ゆっくりと両腕を上げて手の平を見せる。





「降参です」





こっちには手を上げて降参する文化がないのか、ゆっくりと上げられる手を期待の眼差しで見ていたシェリルがきょとんとした顔になった後、少し残念そうな表情で剣を引いた。

そんな顔をされると何か悪い事をした気分になってくるが、もうどうにもしようがないのだから仕方ない。


局所的に晴れた粉塵の中で見えたのは、体表の嵐を霧散させたシェリルがいつの間にか薄く纏っていた防御結界。

風魔術に竜巻を纏うような形成単語はなかったはずだからおそらくあれは精霊魔術だと思うが、あんなにも短い時間で防御結界の精霊魔術と二つ同時に発動出来るものなんだろうか?

詠唱が必要な精霊魔術をあれだけの短時間で二つも発動するには、流れ星に三回願いを唱えられる程の舌の回転速度が必要な気がするが、、、




「ごほっ、ごほっ!」




一度は晴れた粉塵が舞い戻ってきて、油断して開けていた口から侵入してくる。

結界内は通常通り呼吸が出来る事から空気は通しているのだろうと思うが、粉塵が排出される気配は一向にない。

結界を解けば問題なく外へと流されていくだろうけど、そうすれば今度は観客が咳き込んでしまう。

どうしようか?

中々咳が止まらず、考えが上手くまとまらない。




「テミィ!結界の上に穴を!」




上だけ開ける?

そんな器用な事が出来るのか?

咳き込みながら半信半疑で頭上を見やると、結界の頂点にヒビが入り、パキパキと音を立てて広がっていくのが見えた。

そのまま広がって開いた直径1m程の穴から、タイミング悪く上空で吹いた風が流れ込んできて、上方を舞っていた粉塵が下方に集められる。

地面で休んでいた粉塵も便乗するように舞い上がってきて、目も開けていられない状態になってしまった。

自分で撒いた粉塵だから文句を言えないのが痛いところだ、、。


形成単語を使わずとも、風魔術であの穴から粉塵を追い出すくらいは出来るだろうか?

半目を開けてもう一度穴の位置を確認し、口と鼻を袖で抑えた状態で魔術を行使した。

穴に向かって風を吹かせるだけの、簡単な魔術を。

何かをしようとしていたシェリルが今日何度目かのきょとん顔になったが、助けてくれるのを待っていたら咳き込み過ぎて過呼吸になりそうだったし、気遣いを無碍に扱ってしまったのは大目に見てほしい。

追い出した粉塵で運悪く咳き込んでしまっている観客からは見て見ぬフリをしよう。


風を起こす以外にも(レイン)の形成単語で粉塵を湿らせて落とすという方法もあったが、残魔力でそれを試みれば自分の頭上のみの小さい雨雲しか作り出せないだろうと考えて止めておいた。

結界内に自分一人なら、別にそれでも良かったんだけどな、、、。

まああれこれ考えようとも、もうそよ風一つ起こす事すら出来ないわけだが。

これがきっと、魔力欠乏という状態なんだろう。

本来ならあるはずの倦怠感が何もない事に、期せずしてこの世界での異物感をありありと感じさせられた。



「見事な手際です。観客の視線が痛いので、形式だけでも勝ち名乗りを上げてよろしいですか?」

「はい、よろしくお願いします」

「感謝します。テミィ!」

「はい!勝者、シェリル・ミストリア!!」



いつの間にか三角錐の結界から出ていたテミィが立ち上がり、杖を上に突き上げながらそう声を張り上げる。

結界の外をぐるりと囲う観客は、粉塵が晴れたばかりで何が起こったのか分からないといった様子を浮かべた後、告げられた内容を理解して湧き上がった。

数百名から一斉に挙がる歓声は、結界に阻まれる事なく強く耳朶を叩く。





「「「おおおおおおお!!!!すげええええええ!!さすが王国軍最強!!!」」」」





魔術が戦いの主軸であるこの国で、体格的に有利な男にも女性が勝つ事の出来るという事をシェリルは体現してくれているのだろう。

周囲の反応を見るに、カリスマ的存在であろう事が窺い知れる。

綺麗でスタイルが良くて強い。

それに加えて軍を束ねる力もある。

一度暴れ出すと止められなくなる戦闘狂というのが玉に瑕な気もするが、完璧過ぎないほうがお堅いイメージのある軍人も民衆に受け入れられやすいだろうから、立場上はプラスなのかもしれない。



それにしても。

王国軍最強、、、か。

傷一つ付けられなかった事は少しショックだったが、そんな凄い人物なら仕方なかったと諦める事が出来る。

闘技会優勝で伸びていた鼻を折るのには、お誂え向きな相手だったな。

だが、シェリルの王国軍最強という肩書きが自らの実力や立場と比較するには遠過ぎて、いまいち勝負をして負けたという実感や、悔しいという感情を得られずにいる。

そのせいで根元から折られずに残ってしまった伸びた鼻に、この時はまだ、気付く事が出来なかった。

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