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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
二章
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二十話「余韻と不穏と」



「ふぅ、、、。とりあえずひと段落か」



闘技会の決勝と時間を同じくして、ウルは王城の一室で書類整理に追われていた。

現在ウルに与えられている仕事は大きく分けて二つ。


・各領地から送られてくる資料の内、各々の情勢や貿易についての資料に目を通し、問題がないかどうか確認する仕事。

・ユリティス王を神王へと押し上げる為の、元老院及び、それに近しい貴族への根回しという名のごま摺り。


これらは、決してウル一人でやらなくてはならないものではない。

ウルがどちらかを選べば、もう片方は外交官補佐や、他の国へと送り込んでいる使者達が担当する。

わざわざ苦手な書類整理の仕事を選んだのは、それより苦手なごま摺りとの二択だったからだ。

どれだけ笑顔を作っても、どれだけ低姿勢を貫いても。

ウルは背格好や人相から、相手にあまり良く思われない事が多い。

それを理解しているしているからこそ、あえて避けたのだ。

と、本人は言い訳がましい思考を浮かべているわけだが、ただ単に媚び諂うのが苦手だからである。

どれだけ避けようとも、いずれは自ら赴かなくてはいけない時が来るのだが。







コンコンッ───。



「失礼します。お紅茶をお持ち致しました」


流れるような動作で部屋に入ってきた執事長のデリンから受けとった紅茶を、ウルがその見た目からは想像出来ないような優美な動きで一口飲む。

そのまま、前屈みになり続けて凝り固まっていた背中をゆっくりとほぐすように、背もたれに体重を預けた。

ポキポキと鳴る骨の音が、同じ姿勢を取り続けた弊害を如実に表している。



「ありがとうございます」

「とんでもございません。進捗はいかがですか?」

「何とか夜までには終わるかと、、」

「あれだけの量をこの短時間で、、、。いやはや、ご立派です」

「ここにある分を全て片付けたとしても、まだまだ終わりは見えませんよ。神王の代替わりがあるかもしれない時期ですから、仕方ない事ではあるんですが」



そう言ってウルは、積もった書類の山を見て諦め半分の小さな笑みを浮かべた。

自ら望んで就いた仕事とはいえ、今までに経験した事のない忙しさであれば、疲れを表に出してしまうのも仕方のない事かもしれない。



「暫くは城内も慌ただしいままでしょうな。いかがですか?少しの間だけこちらに越されては?お住まいはすぐにでも手配致しますよ」

「気持ちだけいただいておきます。確かに通うのは大変ですが、あの三人が漸くセプタ領に馴染んできたところなので」

「ふふふ。相変わらずお優しい。弟子にまで気を配られるとは」

「ケイトはあくまでついでです」

「ふふふ」



笑みで答えるデリン。

ウルの言葉が本心でない事は容易に見通す事が出来ていた。



「つい先程、そのケイト様について面白い話を小耳に挟んだのですが、良ければお茶のお供にいかがでしょう?」

「面白い話ですか?聞かせてください」



方々に顔の広いデリンはこうして、お茶と共に世間話を持ってくる。

本当に他愛もない話から、仕事に役立つ話まで幅広く。

どのみち、何かの役に立つ事が多いから聞いておいて損はない。とウルは認識していた。



「本日、闘技会が行われているのはご存知ですか?」

「はい。前回準優勝の選手がまた出場するとかで話題になっている事までは知り得ています」

「流石にございます。前回は優勝できる実力だったにも関わらずわざと負けたそうですから、本大会は優勝で間違いないだろう、と噂になっております」

「わざと負けた?」

「ええ。理由に関しては様々な憶測が飛び交っておりますので、仔細は分かりかねますが。ドルトン様にはそれよりも耳よりな情報がございます」

「?なんでしょう」



ウルの背中に嫌な汗が伝った。

元々、闘技会の話を始めた時点でしていた嫌な予感が加速して表面に出た形だ。

三賢者は闘技会に参加する資格がない事から、関係のないこの手の話をデリンが持ってくる事はまずない。

だというのに、ケイトが王都に来ている時に限ってその話をするという事はおそらく、、、



「ケイト様が決勝に進まれたそうです」

「───ケイトが?」



ウルの予想は、悪い形で裏切られた。

想定出来得る最悪の形として闘技会出場を考えていたのにも関わらず、昨日魔術師になったばかりのケイトが、あの群雄割拠の中で決勝にまで進んだというのだ。

直接教える機会は殆どなくなってしまったとはいえ、師匠という立場にあるウルはその事実に驚かざるを得なかった。



「そこまで驚いていただけると、お話しした甲斐があるというものです」

「出場すら聞いていなかったもので、つい取り乱してしまいました」

「ご本人も出るつもりはなかったようですので、聞き及んでいないというのも仕方のない事でしょう。なんでも、出場選手と広場で一対一の対決を行い、出場権を勝ち取ったとか。ケイト様から嗾けたと噂がされておりますが、あまり信憑性はありません」

「ちなみにその相手というのは?」

「バリオンという魔闘士だそうです」



バリオンの名は、一定以上の情報収集能力を持っている者であれば必ず知っている。

魔闘士の中でも屈指の実力と噂されており、同じく魔闘士のデズゥと併せて、その拙速を尊ぶ戦い方から動きの早い魔物【一角獣】をもじり、【双角獣】と呼ばれている。

今まで魔物の前で膝を着いた事が無いという話も一部では有名なものだ。

好戦的でない弟子のケイトがそんな相手に挑むとは、ウルは到底思えなかった。


更に信じ難いのは、勝ち進んで闘技会の決勝にまでいっているという事実だ。

魔術のセンスは三賢者であるウルが自分以上だと認める程だったが、まだ必要ないだろうと対人戦闘の術は教授していなかった。

そんな中で決勝に進むなど、誰が予想出来ただろうか。


だが、優勝すると拙い理由があった。

各所から注目され、無名だったケイトの名が一気に広まる。

それに伴い仕事の依頼が直接舞い込んでくる可能性は、歴代の優勝者を見ればまず間違いなくにあると断言出来てしまう。

ウル一人の補充では魔力の需要に対して供給が追い付かなくなる恐れがあり、何より腐愚民である事が公になる確率が高い。

それは当の本人が一番理解しているところだったが、ケイトの性格上、それを理解していても場の雰囲気に飲まれて流されてしまう事があることを、師匠であるウルは理解出来ていなかった。



「あまり喜ばしい事ではありませんでしたか?それとも、師匠として身を案じておられるのでしょうか?」

「いえ、心配はしていません。命を落とすような戦いの場でもないでしょうし、きっと決勝で負けて帰ってくるでしょう」

「準優勝をお望み、という事でしょうか」

「あまりにもとんとん拍子で実力と経験を積んでしまうと、見えなくなるものもありますから」

「ごもっともです」



ウルが零した理由は、遠回しではあるが一番懸念している事も兼ねたものだった。

腐愚民であるとバレる可能性があるから優勝という目立つ結果を残さないでほしい、とは、口が裂けても言えるはずがない。



「さて。ではもう一仕事頑張ります。紅茶、ありがとうございました」

「とんでもございません。何かありましたらお申し付けください」

「はい」



心の中でケイトの事が気になっているとはいえ、今この場を離れるわけにはいかない。

ひとまず仕事を片付ける為、ウルは椅子を緩く軋ませ、姿勢を正した。

























─────────────────────────────





「さあ!本日突如出場が決まったというケイトさん!今のお気持ちは!?」



決勝戦が終わり、瓦礫が撤去されただけのボロボロの舞台に取り残された俺に駆け寄ってきたのは、年上であろう小奇麗な格好をした女性だった。

おそらく、優勝インタビューみたいなものなんじゃないだろうか。

ただ、向けられているのはマイクではなく、正立方体の赤茶色のレンガのような石。

良く見ると、向けられている面に魔法陣のようなものが描かれている。

これに向かって喋ればいいんだよな?



「あー、えーと、、、。何とか勝てて良かったです」



思い入れの無い大会で勝ったところで感慨深いものなどなく、素っ気ない答えを返答としてあてがう。

声を張らなくて大丈夫かと心配だったが、この小さい魔法陣が客席にある同型の大きいサイズの物と連携しているらしく、話すとほぼ同時に俺の声が会場中に響いた。

少し気恥ずかしい。

優勝インタビューなんてされた事ないが、こんな感じでよかったんだろうか。



「おいおいおい!優勝した感想がそれだけかよ!?女と話すのに慣れてないのか!?ええ!?!?」



ボンが俺の感想に食いつくと、会場がドッと沸く。

良い気はしなかったがわざわざ言い返すほどの事でもなかったし、何よりそれに対応出来る程脳内の領域に余裕がなかった。

原因は間違いなく、ミシェが去り際に置いて行った言葉。

あれだけ魔術を使い熟して、自主的に闘技会に出る程この世界に馴染んでいて。

一体、どれだけの時間を費やしたというのだろうか。

それに、実力は王都中に轟いているのに、ミシェの住んでいるところや年齢など、同時に広まりそうな情報の一切を誰も知り得ていないのも気になる。

そこまで隠匿する事が出来て、尚且つ、ウルですら匿うのを嫌がった腐愚民を匿い、魔術を教える事が出来る人物。

そんな事をするのは、余程のお人好しか狂人かしか考えられないな、、、。

リビィは間違いなく前者だろうが、ミシェを匿っているのはどっちなんだろうか。

皆目見当もつかないがその中でも確定事項であるのは、匿っているのはかなりの実力者であるという事だ。おそらく、ウルと同等かそれ以上の。

教える側が優れていないと、同郷の人物があそこまで魔術を使い熟せるわけはないと思うから。

俺も、師匠がウルでなければここまですぐに習得する事は出来なかっただろうし。

この世界の実力図はよく分かっていないが、ウルと同等以上の実力者なら、他の三賢者辺りが妥当だろうか、、、。

そんな、探りようのない疑念を頭で巡らせながら、ぼんやりとインタビューに答え続けた。









(つ、疲れた、、、)


何を聞かれても曖昧な返事で返していたインタビューは盛り上げに欠けたのか一分程度で終わり、俺は舞台を後にした。

だが、漸く解放されたというのに、舞台を後にしてからも居残っていた選手達からの質問攻めにあった。

あの魔術の組み合わせはどうやって思い付いただとか、師匠は誰だとか、再戦してくれだとか。

聞き取れない程沢山。

一つ答えてしまうと収集がつかないような気がして、悪いとは思いつつも全て無視して早歩きで会場の外へ出た。

出口のすぐ傍で髪を掻き上げた状態で変なポーズで壁に凭れ掛かったヘイディアが待っていたが、それも無視でいいだろう。

関わると面倒臭そうだ。







「なあなあ。誰が師匠なんだ?それくらい教えてくれよー」


(ここまで付いて来るか、、、)


無視される事が分かって一人、また一人と出場者達が散っていく中。

諦めずに外まで付いて来てひたすら質問を投げかけてきたのは、準決勝で倒した魔術師だった。

名前は確かアスタかアリスタか、そんな感じだったと思う。


日本で言うところの中学生くらいのこの少年は、おそらく天才肌なんだろう。

今まで何の苦労もなくここまでやってきましたって顔をしている。

予想だが、師匠もいないんじゃないだろうか。

誰かに簡単に従うようには見えないし、戦い方に定石がなく滅茶苦茶だった。

とにかく全て自由。

ヘイディアとはまたちょっと違った天才タイプなんだろう。

ヘイディアは〝自称〟といった感じが否めないが、、、。

戦い慣れている分デズゥのほうが脅威だったが、素質としてはこの少年のほうがあったと思う。

まあ、魔術を覚えたばかりの俺の評価が正しいかは分からないが。





「なあって!」





無視して歩き続けていると、不意に後ろから腕を掴まれた。



「───うおっ!?」



突然の事にバランスを崩しかけたものの、海老反りで何とか立ったままの態勢を保つ。

急に筋が張ったから腰が痛いけど、、、。

運動不足を解消しなくては。



「優勝したからって調子に乗るなよ!もう一回やったら間違いなく俺が勝つからな!!なんだったら今ここでやるか!?なあ!」

「え、ちょ」



今は拙い。

闘技会でほとんど魔力を使い果たしている今は。

知らず知らずの内に闘技会の興奮冷めやらぬ野次馬達が集まってきているが、生憎戦う気はない。

何とか逃れられないものか、、、






「アリスタ!そこまでにしておけ!!」






野次馬の中から、少年の名を呼ぶ声が聞こえた。

どうやら名前はアリスタであっていたようだ。

アリスタへの警戒を保ったまま、群衆を掻き分けて近付いてくる声の主へと視線を向ける。



「げっ、爺ちゃん、、、」



(爺ちゃん!?!?)


声の主の姿が見えたのと同時にアリスタが零した言葉に、心の中で目一杯の驚愕を浮かべた。

爺ちゃんと呼ばれた声の主は準々決勝の相手、デズゥだった。



「孫が迷惑を掛けて申し訳ない。お前も謝らんか!」

「いって!ぶつことないだろ!」

「早く謝れば殴らずとも済んだというのに。人には聞かれたくない事の二、三は必ずある。それを無理矢理聞こうとするなど愚行の極み」

「だって!!───いって!」

「早くせんか」

「分かった!分かったよ!!謝ればいいんだろ!!、、、その、なんだ。悪かった。大会終わったばかりで興奮してたんだ」

「ケイト殿、ここは儂の顔に免じて許していただけますかな?」

「え、あ、はい。お孫さん、、、?」



正直なところ、デズゥの孫という事が気になって謝罪はどうでもよくなっていた。

似てなさ過ぎじゃないか?



「くはは!これだけ似ていなければ、驚くのも無理はないところ。傍若無人な性格は、倅が甘やかして育てた故の事だ」

「誰が似せてやるか───」

「アリスタ。年寄りは労わるものだぞ?」

「いた、いたたたっ!耳引っ張るなって!!」

「全く。魔術の才能は申し分ないのだがな、、。これに性格が伴っていれば、ケイト殿のように素晴らしい魔術師になれたやもしれぬというのに」

「僕なんてまだまだですよ」



謙遜ではなく、実際にそう思っている。

同じ境遇のミシェにも、マグレで勝てただけなのだから。



「謙遜を。前回大会で儂とバリオンを倒し、魔力を温存したまま準優勝という位置に収まったミシェ殿をああも見事に倒したというのに。それに、あれだけの実力を持つというのに魔術を始めてまだ少しだとか。その情報だけでも、ケイト殿の力量と才覚は計り得る」

「俺だって教えてもらったものはすぐにでも覚えてるさ!教える側がいけないんだ!!」



予想が外れた。

アリスタには師匠がいるらしい。



「先代の三賢者に教えてもらいながら何を、、、」

「元三賢者っていったって現役じゃないじゃないか!教わるなら現役の三賢者がいいね!」

「ほう。ならば、誰に教わっていればケイト殿に勝つ事が出来たと?」

「それは勿論防御のウルさ!攻防に特化した魔術。判断を下す速さ、魔術を形成するスピード。力じゃバオジャイに敵わないなんて言われてるけど、総合力を見れば断然ウルだね!」



凄いのは分かっていたけど、もしかするとウルは俺が思っている何倍も凄い人物なのかもしれない。

アリスタ程の自信家が自ら弟子になりたいというんだ。

力量の知名度として、これ以上分かり易い指標は無いだろう。

そんなウルの弟子に自然となれて、住み込みで魔術を教えてもらって、国王が直々に魔術師に任命してくれて。

あれ?

もしかして俺、中々に恵まれた環境で充実した日々を送ってないか?

気付くのが遅いと言われれば素直に認めて謝るしかないが、最近漸く周りを見る余裕が出てきたところだという事を出来れば考慮してほしい。

多幸も薄幸も。

案外比較対象が居ないと分からないものだ。



「ウル殿といえば、つい最近弟子を取ったと噂になっておったな。真偽の程は分からぬが。ケイト殿は何かご存知かな?」

「え、いや。噂で聞いたくらいですね」



デズゥの死角で犬歯を剥いているアリスタにこれ以上騒がれるのを、苦笑いと誤答で凌いだ。

バレたら面倒臭そうだ。



「ふん!ウルがこんないけ好かないやつ弟子に取るわけないだ───いたっ!ぶつなよ爺ちゃん!!」

「これ以上非礼を働く前にお暇する事にしよう。いずれまた、どこかで」

「次は勝つからな!覚えてろよ!」



デズゥに首根っこを引っ張られながらも吠え続けるアリスタを見て、次が無い事を心の中で願った。

予期せぬ事態にどっと疲れたな、、。

リビィ達、迎えに行かないと。







「ケイト!優勝おめでとう!」

「え!?」







リビィ達を迎えに行こうと闘技場に背を向けてすぐ、背後から掛けられた声に振り向く。

声の主は、たった今迎えに行こうとしていた人物だ。



「リビィさん。どうしてここに?」

「本当は見世物広場に行こうと思ってたんだけどね?私もセナリも、バリオンさんとケイトの戦いを見て凄い興奮しちゃってさ。もっと戦ってるところ見たい!って思って、こっそり付いて来てたの」

「ということは、一回戦からずっと見てたって事ですか?」

「そうなるね」



そう、、か。

最初からか。

別に見られて困るような事は一切してないけど、心なしか気恥ずかしい気持ちがある。

例えるなら、そう。

参観日に親に見られながら作文を読む小学生の気持ちだ。

もう何年も前の話で当時の心情を明確に覚えているわけではないが、おそらくそれに似通っているものだと思う。

今胸の内にあるものは。



「嫌だった、、?」

「嫌ではないんですが、、少し気恥ずかしいですね」

「恥ずかしがることなんてないのになー。ね?セナリ」

「はいです!ケイト様かっこよかったです!!」



セナリが目をキラキラと輝かせてふんふんと鼻息を荒げている。

悪い気はしない。が、堂々と胸を張って笑顔で返す事が出来なかった。



「どうした?優勝したってのに随分辛気臭い顔してんじゃねえか」

「バリオンさん、、」

「もしかしてだが、、。決勝がギリギリの戦いだった事を気にしてるのか?まあ確かに、最後に放った魔術はミシェが油断していたあのタイミングでもなきゃ完全に避けられてただろうが、それでも、あの瞬間にあの魔術を放ったのは間違いなくあんたのセンスで実力だぞ?」



違う。

きっとそうじゃない。

俺が今優勝という結果を素直に喜べないのは、この大会への強い思い入れがない事と、ミシェの言い放った言葉がずっと頭の中で渦巻いて、称賛を素直に受け取れないからだ。

どんな攻撃の応酬をしたかもハッキリ覚えていない程、俺の脳の領域は広く占拠されたままだ。

それをそのまま素直にバリオンに伝える事はないが。


(どれだけ考えたところで、ミシェから話を聞かなければモヤモヤが晴れる事はないんだけどな、、)


頭の中でごちゃごちゃと考えながら、掛けられる言葉を曖昧に返した。

よく考えもせず返答したから、幾つかは適当でなかったかもしれない。

仔細は分からないけど。



「さて。あんたらはこれからどうするんだ?どこか行くなら護衛ぐらい請け負うぜ」

「どうしよっか、、。ウルが帰って来るまでまだ少し時間あるだろうし、、、。うーん」

「そういえば夕飯ってどうするんでしょう?ウルさんが帰ってきてからですか?」

「多分遅くなるだろうから、食べて帰ってくると思うよ?」



なら先にご飯食べておいたほうがいいよな。

頭も体もフルで稼働させたせいで今にもお腹が鳴りそうだし。

空腹を満たせば、頭の中も少しはスッキリするかもしれない。



「じゃあ今から───」

「ケイト殿でお間違いないですか?」



〝ご飯を食べに行こう〟

そう提案する前に、

体のラインに合わせるように作られた皮鎧を着込んだ一行の内の一人に話し掛けられた。

話し掛けてきた人物は女性だが、後ろで直立の姿勢で物々しい雰囲気を放つ二人は男性だ。

風で揺れてチラリと見えたマントの背中部分にある竜の紋章は、どこかで見掛けた事がある気がする。

はて?どこだったか。



「お?もしかしてシルム王国軍の面々か?」

「ええ、いかにも。シルム王国軍総帥兼第零部隊隊長、シェリル・ミストリアと申します」



バリオンは俺とリビィとセナリを後ろに下がらせると、武器に手を掛けた状態でシェリルと名乗る人物に猜疑的な表情を向けた。

王国軍?総帥?隊長?

何だか凄そうではあるが、肩書きが長過ぎてよく分からなかった。



「へぇ!第零部隊って言えば王国軍の選りすぐりが集められたっていうあのエリート集団じゃねえか。そんな連中が何の用だ?」



バリオンが発言すると同時に、空気が張り詰めた。

先程集まっていた野次馬も何かを察したのか、勘の良さそうな者から遠くへ避難している。

場に漂うのは、今にも切り合いが始まりそうな、そんな物々しい雰囲気。

戦争や殺し合いとは無縁の生活を送っていた俺でも感じ取れる剣呑とした空気が肌を撫でてくる。


闘技会が終わったばかりで魔力がほとんど残っていない俺で何が出来るか分からないが、念の為リビィとセナリの前に塞がるように立ち、足音が立たないようにジリジリと距離を取った。

発言一つでこんなにも張り詰めた空気になるなんて、バリオンは一体どんな問題発言をしたんだ、、。



「ケイト、、、、大丈夫?」

「分かりません。どうしてこんなに張り詰めた空気になっているのかも。魔力総量は心許ないですが、万が一戦いになるような事があればセナリを連れて逃げてください」

「え、そんな、、。ケイトも一緒に逃げる、、よね?」

「後で必ず追いかけますから。先に行っておいてください」



不安そうに後ろから話し掛けてくるリビィとは目を合わせず、前を見たまま言葉を返す。

闘技会の温い雰囲気とは全く違うものを感じて足は震えてるし、正直なところすぐにでも逃げ出したかった。

だが、ここで背中を見せてしまったらどうなるんだろうか。

そんな不安がこの場にいる恐怖を上塗りして、なけなしの胆力で守るべき存在に去勢を張った。



「要件を言う前に一つ。たかだかいち軍人とはいえ、この国においては中級貴族と同等の権限を持つ私を前に、その態度は不敬ではないか?私は自身の裁量で剣を抜く事を許されているが、久しく魔物しか狩っていなくてな、、、。手加減は出来んと思え」



獲物を見る肉食獣のように口角を上げたシェリルに肌が粟立つ。

腰の左右にチラリと見えた剣の柄に手を掛けると、肌を撫でる空気はより一層ひりついた。


(いよいよ拙くなってきたな、、)


この状況では立ち去れない。

盾になってくれているバリオンを捨て置けないし、奥の二人が動き出してしまってはリビィとセナリが逃げる時間が稼げない。

隙を見て人混みに紛れつつ全速力で走ればどうにかなるのかもしれないが、放たれる雰囲気にはそんな隙は感じられないしな、、、。

いや、あったとしても平和な世界で生きてきた俺には分からないか。



「どこからでも掛かって来やがれ」



攻撃は嗾けず、武器を抜いて構えるバリオン。

向き合って微動だにしない二人に、周囲の視線が注がれた。

誰も固唾を呑んで動こうとしない。

否、動く事が出来ない。

張り詰めた空気の中、永遠にも感じる時間が少しずつ針を進めた。







「くくく、、、はっはっは!!いや、冗談だ冗談!何も物騒な事をする気はないよ。安心してくれ」






(、、、へ?)

張り詰めた糸を切るかのようなシェリルの笑い声に、思わず口が開いた状態で固まってしまった。

剣呑とした雰囲気は、あっという間に晴れている。

展開が早過ぎて付いていけないぞ、、、。



「そこな御仁もすまない。久しく温い任務が続いたもので、鋭い殺気を向けられたのが嬉しくてついつい張り合ってしまった。改めて、シルム王国軍総帥兼第零部隊隊長シェリル・ミストリアと申します。ウル殿からケイト殿に、王城に来るようにと言伝を預かっております。私共が責任を持って護衛させていただきますので、ご同行いただけますでしょうか?」

「え?あ、はい」



いまにも始まりそうだった戦いは思わぬ形で幕を下ろし、最大限に放っていた警戒心は行き場を失くして霧散した。

まあ、うん。

何もなくて良かった。

良かった、、よな?

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