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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
二章
21/104

十九話「邂逅」




デズゥ戦を終えて迎えた準決勝。

ここまで上がってきた強者だ。

きっと苦戦を強いられるだろう。、、、と思っていたのだが、存外簡単に勝つ事が出来てしまった。

対戦して感じた強さとしては、デズゥの実力の7割程度だろうか?

魔術師であった分戦い方が違うから二人の正確な実力差は計り得ないが、おそらくそれぐらいが妥当だと思う。

デズゥ戦で消耗した精神を悟られないようにとかなり気を引き締めて挑んだ分、終えた後の拍子抜け感は何とも言えなかった。


(組み合わせが違えば、デズゥが決勝に行っていた可能性も充分にあるんじゃないかな?)


そう思える程、他の対戦相手の中でデズゥの実力は頭一つ抜き出ている。

いや、それを言うならヘイディアも同じような感じか?

直接戦ってない分、正確な実力は計りかねるけど。






「いよいよ決勝戦だこらあああああ!!!観客ども、気合い入れていけよッ!!!」

「「「「おおおおおおおおお!!!!!」」」」」





準決勝を終えた後、そのまま残っているように言われた舞台で、盛り上がる観客の歓声を浴びる。

決勝で当たる相手が決まる戦いは、俺の準決勝の前に終わっていた。

だが、タイミング悪く俺はその試合を見る事が出来ていない。

まあ、見なくても誰が決勝に上がってくるか、ほぼ確定に近い予想が出来てはいるんだが。


これまで一回戦の全試合とそれ以降の自分が見れる間にやっている試合は大方目を通しておいたが、一人だけ次元が違う人物が居た。

デズゥやヘイディアの実力がある者達よりも、更に頭一つ二つ抜けた人物。

一目見た瞬間にこの人物は決勝戦にいくだろうと思える程、他の出場者との実力差は明白だった。

その相手は────








「当然のように二大会連続でここまで上がって来やがった!!決勝戦、魔術師ケイトの対戦相手は、、、魔術師ミシェ!!」


「うおおおおおお!!!!」

「ミシェえええ!待ってましたああ!!」







やはり予想通りだった。

溢れんばかりの歓声で迎えられたのは、一回戦第一試合でヘイディアを圧倒したミシェだ。

悉くタイミングが合わずにミシェの戦いを見れたのはあの一度きりだったが、それでもこの決勝の場に立つだろうという事を微塵も疑わなかった。

俺も、どこかで当たっていたらこの場にいなかっただろうなと思っている。

この決勝戦も実のところ勝てる気がしてないしな。

ミシェがわざと負けるような事をしなければ、だが。


前回の大会はバリオン曰く、優勝出来る実力があったにも拘らず自ら準優勝の座に収まったらしいが、何故わざわざそんな事をしたんだろうか?

決勝の相手に買収されていた、魔力が切れていた、誰かに優勝してはいけないと指示されていた。

自ら準優勝を選んだ理由については、様々な憶測が飛び交っている。

そのどれもが、根拠のない出処不明なものばかりだけど。

様々な憶測が飛び交う中、一つとして〝相手の実力に臆した〟というものがないのが、ミシェの圧倒的な実力を表してるよな、、。

いっその事今回も自分で降りてくれないだろうか?

胸を張って言える事ではないが、勝てるビジョンが一切思い描けないからな。






「初めまして。一回戦から君の戦いには注目していたよ。強いんだね」


舞台に上がってきたミシェは、にこやかに微笑んで俺に話しかけてきた。

勝手に無口なイメージをしていたせいで驚かされたが、顔には出さず、謙遜で返しておく。



「謙遜しなくていいよ。前回大会もそうだったけど、あんまり強い人がいなくてね、、、、。ちょっと飽き飽きしてたんだ。だから今は凄くわくわくしているし、君に興味がある」



ほんの少し頬を染めながら放たれた、語弊を生みかねない最後の発言は聞かなかった事にしよう。

中性的で綺麗な顔立ちをしていると思うが、俺にそっちの気は無い。



「前回は何故準優勝を選んだんですか?」

「ふふ。まるで戦っていれば優勝出来たはずだと言いたそうな口ぶりだね。まあ確かにそうだろうけど。でも、そうだな、、、。君が僕に勝つ事が出来たら教えてあげるよ。君が僕にどれ程興味を持っているのか分からないけど、今の君はあまり勝ちに執着していないように見えるからね。少しでも乗り気になって欲しいんだ」

「そう見えますか?」

「うん。きっと負けても悔しがらないだろうね」



言われて考えてみる。

俺はミシェに負けて悔しがるだろうか?

いや、きっとミシェが言う通り悔しがらないだろう。

この闘技会に何か意気込みがあって挑んだわけではないし、そもそも今の時点で勝てる気がしていないから、負けたところで予想通りだと諦めることが出来る。

魔術習い始めてまだ半月くらいだし、準優勝という位置でも充分過ぎる結果だろう。



「その顔は図星みたいだね。じゃあもう一つ、君がやる気を出してくれそうな言葉をあげよう」



そう言うとミシェは、口角を嫌らしく引き上げて、俺にしか聞こえないであろう声で言葉を零した。

予想など、微塵もしていなかった言葉を。





「君、腐愚民だろう?」

「、、、え?」


「さあ、いくぞ!決勝戦、、レディ、、、ファイッ!!」






決勝戦は、全面に溢れ出した動揺を隠す間もなく始まった。

なぜバレた?どこでバレた?

ミシェと会ったのは勿論今日が初めて。

まず間違いなく、この闘技会中に俺が腐愚民であるとアタリを付けたと考えていいだろう。

数時間という短い時間のどこで、、、、


戦い方、、、か?


いや、科学がなければ思い付かないような高度な戦い方はしていないはずだ。

それに、もしそんな戦法で勝ち上がってきていたとしても、元を知らないこの世界の住民には分からないはず。

どこだ、どこでバレた。


どう返すのが正解だ?

否定はまだ間に合うか?

考えろ。

頭を回せ。


もしこんな衆目に晒された状態でバレてしまったら逃げようがないし、逃げたところで王城に居るウルに迷惑が掛かる。

見世物広場に居るリビィもセナリも心配だ。

どうすれば、、、、、





ズンッ────。


「ぐっ、、、!」

「余所見はいけないよ?」





そうだ、決勝戦はもう始まっているんだ。

考え事をしている場合ではない。

今までの勝ち方を聞く限り開始直後に(けしか)けてくる事はないだろうと高を括っていたせいで、開始すぐに風魔術で距離を詰めてきて腹に突き入れられたミシェの拳をまともに喰らってしまった。


(攻撃が原始的過ぎないか、、、?)


てっきり魔術で攻撃してくるかと思ったが、、、。

否定のしようもないほどに俺は隙だらけだったから初撃で勝てただろうに、なんでわざわざこんな攻撃をしたのか。

その選択には、何か魂胆が見え隠れしているような気がした。

今置かれている状況下では、魂胆がどういったものなのか推測する余裕はないけど。


殴られた箇所を抑えつつ、次の攻撃に備えて同じく風魔術で距離を取る。

舞台の角で魔術を解いて着地し、対角線上の角に立つミシェを見据えた。



「ふふ。やっぱり面白い感性をしているね。僕の移動方法をこうも早く真似してしまうなんて。次は何を見せてくれるんだい?」



心底この戦いを楽しんでいそうなミシェの言葉には反応せず、勝ちへの道筋を必死に探った。

長期戦に持ち込んだらまず確実に負ける。

俺に残されたリミットは、このローブに溜めた魔力が切れるまでだから。

一回戦のようにのらりくらりと躱されて長引かせられたら、真綿で首を締められるように徐々に打つ手がなくなって最終的に追い詰められてしまう。


(とはいっても、そんなにすぐに新しい戦法が思い付く程戦闘経験が豊富なわけではないんだよな、、)


ひとまずは、牽制の意味も込めてこれまで通りの手法でいくしかないか。

適した戦法が思い付かない事に半ば自棄になりながら、余裕の笑みを浮かべるミシェに向かって真っすぐ右手伸ばした。

使う魔術はデズゥに使ったものと同じだ。

空振って魔力を無駄にするわけにもいかないから、少しでも効果が出るように念の為威力は上げておくけど。

さっきよりも強く、大きな怪我を負わない程度の威力で、、、、。




イメージを明確にした後、慣れた手付きで指を鳴らした。


────ボンッ!!!





今までで一番大きな爆発音と共に土煙が上がる。

当然、すぐには視界が晴れない。

だが、同じ魔術を使ったはずなのに、得られた景色がデズゥの時と少し違う気がした。

壊れた舞台の石片は飛び散ったが、広範囲に作り変えた砂が舞っていない。


(失敗したか、、、?)


巻き込まれて少し後退った位置で不安に思いながら土煙を見つめていると、ミシェがいる方向から一陣の風が舞台の外へ向かって吹きつけて、土煙が勢いよく晴れた。





「いやあ、凄い威力だね。一度見ていなかったらここまで完璧には対応出来てなかったかもしれないよ」





開いた口に入った砂を場外へ吐き出し臨戦態勢を取る。

晴れた視界で見えたミシェの足元は、ほぼ元通りに修復されていた。

否、砂に変質していなかった(・・・・・)

イメージを間違えたか、、、?

そう考えたが、確かに全ての魔術が発動している感覚があった。

それに、威力も申し分なかったはずだ。

なら何故、傷の一つも負っていないんだ、、、。



「自信のあった魔術の組み合わせが完璧に防がれて不思議かい?」

「・・・」



無言を返答とする。

図星にも程があるぞ。



「その様子だとどうやったのかも分かっていないようだね。まあ、ただ話をするのもなんだし、遠慮なく仕掛けさせてもらうよ」



話を終えるのが早いか、ミシェが風に乗って一気に距離を縮めてきた。

初撃のように懐に入り込んでくるわけではなく、ある程度の距離を置いたまま、範囲を小さく威力を大きくした風刃で攻撃を嗾けてくる。

同じように移動しながら風刃を相殺して、相殺しては移動しての繰り返し。

観客から見れば、適確に対応して余裕すらあるように見えてることだろう。

だが実のところ、心はさっきの魔術を防がれたことで打ち拉がれていた。



「いいね!この動きについてこれるなんて予想以上だよ!楽しませてくれるお礼にさっきのからくりを教えてあげるね」



戦闘狂のような理由で気勢を上げたミシェが、攻撃の手を止めずに話し掛けてきた。

なんて器用な事を、、、。

まあこれくらいなら何とか、話を聞きながらでも付いていけない事はない。



「まず爆発だけど、自分の前後に土壁をせり出して防いだだけさ。前は言わずもがな。後ろの壁は万が一爆風が自分に届いた時に飛ばされないようにね」



隙を見て混ぜた水刃をミシェへ放つ。

期待はしてなかったが、やはり軽々と避けられてしまった。



「、、おっとっと。危ない危ない。この速度で戦いながら話すのは難しいね、、、。でも安心してよ、最後まで話すからさっと!!」


(あっ、、ぶない、、!!)



お返しとばかりにミシェが風刃に混ぜてきた火球を、移動の速度を上げる事で辛うじて回避する。

多少距離があったのに、火球から伝わってきた熱量はかなりのものだった。



「舞台が砂に変わって崩れなかったのは、君が砂に変えたものをほぼ同時に石に変えてたからだよ。だから砂にしたはずの舞台が元の形を保ったままだったのさ」



そんな方法で、、、。

同じ事を同じ速度でやれと言われてもおそらく出来ない。

砂に変えて崩すのは簡単にイメージを作れるが、それと同等の速度で形成単語も無しに石に変質させて元の形に戻すなんて、イメージをするどころかあの応酬の中でやろうという発想にも至らない。

それならまだ、何とか回避を試みると思う。


そんな離れ業を容易にやってみせるミシェには、ウルよりは下だと思うが、それに近しい実力を持っているんじゃないかと思わせられる。

ウルの本気を見た事が無いので断言はしないでおくが、、。


今の風魔術の応酬も互角に見えるが、途中でじわじわと速度が上げられたせいで、ミシェに比べて俺は全くと言っていい程余裕がない。

話も、途切れ途切れで聞こえるものを何とか繋ぎ合わせているような状態だ。

このままこの状態を続ければ魔力が切れる事は明白。

何か反撃の糸口はないか、、、、



「さあ、次はどんな面白いものを見せてくれるんだい?このままでは僕が勝ってしまうよ?」



簡単に言ってくれるな、、。

さっきの攻撃も、対人戦闘経験が乏しい中で絞り出したものだったというのに。


でも、うん。

そうだな。


実力者であるミシェには生易し過ぎたな。

何のガードが無くても大してダメージを負わない攻撃は。

そう考えて決心をし、心のリミッターを一つ外した。

怪我は最小限しか負わせないという、甘い考えで形成されたリミッターを。



「ふふ。目の色が変わったね。僕も少し身を入れないといけなそうだ」



風魔術の応酬が止み、舞台上で再度対角線上に対峙する。





「ふう、、、」





息を一つ吐いて、イメージを鮮明に作り上げる。

使うのはある程度威力が調整出来て、本気で魔力を込めなければ殺傷能力のない土魔術の形成単語。

イメージを補完する為の体勢として、片膝を着いた状態で両手の平を舞台に置いて形成単語を唱えた。





「〝泥人形(ゴーレム)〟」





唱えると同時に、あるはずの質量以上に隆起した舞台は二体の巨大なゴーレムを出現させた。

足元から頭頂部までは約5m程。

ゴツゴツとした体躯の表面は固い素材で作り、内側は滑らかな動きをさせる為に、結着力が高く強度の強い粘土で構成している。

もっと魔力消費を抑えられて尚且つ威力の高いものもあったんだが、それらを使ってしまうと万が一のケースがあり得た。

外した心のリミッターはあくまで一つ(・・)

今の俺が出せるのはこれが限界だ。




「おっと。これは想像以上だったね、、。ちょっと拙いかもしれない」




ゴーレムを操作して襲い掛かると、試合が始まってから初めて、ミシェの表情が引き締まった。


(想定よりは良い感じか、、、?)


当てにいこうと繰り出している攻撃は一つも綺麗に当たらないが、少しずつローブの端を掠めていっている。

うん、大丈夫だ。

しっかり効いてる。

たとえ直撃したとしても、回復班が何とかしてくれるだろう。

俺は生易しい覚悟を捨て、大怪我を負わせるのを承知でゴーレムの動きを早めた。

片方のゴーレムで殴り掛かり、それを避けたミシェにもう一体で追撃を仕掛ける。

それの繰り返し。


初めは掠る程度だった攻撃も、ゴーレムの動きを早めてから肩、足、脇腹と、徐々に体を掠め始めていた。

だが未だ、大怪我を負わせたり場外に弾き飛ばすような当たり方はしていない。

それに、順調に当たっているはずなのに何処か避けるのに慣れられてきてる気がする、、、、。



「そろそろいいかな。いくよ?」



一つ柔らかく笑ったミシェが、ゴーレムの攻撃を大きく浮き上がる事で避ける。

手を開いて交差させられた腕に、嫌な予感を覚えた。

開かれた手は、そのどちらもがゴーレムを捉えている。








「〝双風刃(ア・スラッシュ)〟」







それは一瞬の出来事だった。

ミシェの手から放たれた二つの巨大な風刃に、ゴーレムは二体とも、縦半分にすっぱりと切断されて音を立てて崩れ落ちてしまった。


(再生出来るか、、、?)


いや、おそらく無理だな。

もう一度作るには魔力が心許ないし、作れたとしても同じ手を食らう相手だとは思えない。

考えろ、思考を回せ。

次はどうする?

どうやって場外に出す?

とにかく距離を詰められないように、、。


でもどうすればいい?きっと全て往なされる。

どうすれば、、、、勝つ事が出来る?





「さあ、反撃だ」





───ドクン。

胸が一つ、強く鳴った。


(負ける、、、?)


頭の中で考えたいくつもの勝つ為の手段は、実行に移す前に不安に塗り潰されて思考の彼方へ消えていった。

負ける、、、のか。

最初は負けても仕方ないと思っていたのに今勝ちたいと思ってしまっているのは、ミシェの手の上でまんまと転がされている証拠なんだろうな、、、。



「もしかしてもう魔力切れ?反撃はしないの?」



体勢を整えたミシェが、俺という獲物をなぶるようにゆっくりと歩いて近付いて来る。

その余裕を持った姿を見て独り、心の中で敗北を決意した。


勝てるわけがない。

それは分かっている。

分かっているが、、、。




パチンッ──。





最後の足掻きくらいはさせてもらおう。

俺は、なけなしの気力を振り絞って、半ばヤケになりながら前に出した右手の指を鳴らした。

自分の体が飛ばされないように固定するのも忘れて。




「──────ッッ!!!!」




声にならない声が漏れる。

急遽舞台の(きわ)に土壁を作って自分の体をぶつけたおかげで場外は免れたが、その代償として背中を強く打ってしまった。


(───いッ、、、たいな!!)


あれだ。

昔骨を折った時の痛みに似てる。

命に関わる程ではないが、多分何本か折れてるだろうな、、、。

心なしか少し呼吸もし辛い。

無駄な抵抗なんかせず、素直に負けを認めて場外に出たほうが楽だったかも、、、。

この状態になってしまっては、自分で出る事も(まま)ならない。

あんまり自分の口から負けを宣言したくないんだが、、、。


まあ仕方ない。

背に腹は代えられないよな。






「参っ────」


「勝者!魔術師ケイト!!!!」

「うおおおおおおおおおお!!!」

「え?」






参ったと言う前にボンの口から勝敗が告げられ、観客が最高潮に沸き上がった。


俺が勝者、、、?

どういう事だ??


俺のあの魔術はミシェに完全に攻略されていたはずだ。

実際、それが分かった上でただの悪足掻きとして放っただけだしな。

大音量の歓声が飛び交う中、何が起こってるのか訳が分からずに疑問符を大量に頭に浮かべながら、半分程晴れた土煙の向こうにミシェの姿を探した。

土煙で隠されていた顛末を知る為に。




「いやー、負けた負けた!油断したよ全く。あんな成す術も無いみたいな表情されたらさ、それは油断するよね。演技も上手いなんてずるいなあ」




演技も何も、本当に成す術が無いと思っていたんだけどな、、、。

心の中で買い被りを否定しつつ、場外から舞台に上がって近付いてきたミシェが差し伸べてきた手を掴む。



「ありがとうございま───うっ、、」

「ああ、そうか。怪我をしているんだね。そのままじっとしてて」



俺はミシェの手を離して、再度土壁に凭れ掛かった。

何をされるのか分からないが、どのみち自力でこの場を動く事は出来ない。

まあ、何か悪巧みをしている顔ではないし大丈夫だろう。





「【傷痍掃いし癒しの者よ。盟約の下に救いの声を今聞き届け、我が魔力を持ちて此の者の身を癒し給へ。 〝上治癒(ヒーリア)〟 】」





この魔術、おぼろげな意識の中でウルが使っていたあの、、、。

ミシェから流れ出た魔力は俺を白光で包み、浮遊する羽根で体を撫でて怪我を癒してくれた。

そんなに前の事じゃないのに、何だか懐かしく感じる感覚だ。

懐かしく、それでいて温かい感覚に酔いしれる為に、光が消えるまでの間そっと目を閉じた。



「無事に回復出来たみたいだね」



体が問題なく動く事を確認出来てから目を開けて、すぐ近くで顔を覗き込んでいたミシェを押し退けた。

セナリ並の至近距離だったぞ、、、。

ビックリした。



「ありがとうございます。助かりました」

「楽しませてくれたお礼みたいなものだよ。気にしないで」




そう言ってころころと笑うミシェ。

こんな余裕な姿を見せられると、勝てたのが偶然だったと改めて痛感させられるな、、。



「じゃあ今の内に約束を果たしてしまおうかな。僕が前回大会でわざと負けた理由だっけ?」



あ、そういえばそうだった。

すっかり忘れてたけど、勝ったら教えてくれるという約束だったんだ。

他に聞きたい事があって、正直なところ前回大会の件への興味は薄れてしまってるけど。



「魔力の量が心許なかったっていうのもあるけど、一番の理由としては、あまりに対戦相手達の手応えがなさ過ぎて、次の大会に賭けてみようと思ったからかな。優勝してしまうと次の大会、つまり今回大会に出られないからね。こういう場でないと色々な人の魔術を肌で感じる機会がないからさ」

「そんな理由だったんですね」



興味を失ってしまっているのを感じられないように隠しながら簡単に相槌を打つ。

バリオンの推測通り、ミシェは自ら負けを選んでいたようだ。



「もう一つ。君が腐愚民だと何故気付いたかだけど、君の戦い方を見てそう判断しただけさ。魔人があんまりしない戦い方だったからね。熟練の人じゃないなら尚更」



俺が起き上がるのを手伝うと同時に耳元に口を寄せて教えてくれたものは、予想通りのものではあったけど少し拍子抜けだった。

嘘を吐いてる様子はないし、それだけの理由だったならもしかしなくても確信は得てなかったんじゃないだろうか?


(あからさまに動揺せずに俺があそこでポーカーフェイスを作ってれば、、、)


立ち上がって服の砂埃を払いながら、自分の間抜けさに心からの溜め息をついた。

冷静に考えたら、戦い方を見ただけで出身が分かる人なんていないよな、、、。

どれだけ後悔しようとも自分を叱責しようとも、あれだけ分かり易く顔に出してしまった後ではもう言い逃れは出来ない。

今俺に出来る事として、せめて言いふらさないように頼んでおかないと、、、



「ミシェさん、一つお願いが───」

「さ!治癒は終わったよ!今から少し舞台を片付けるだろうから早く控え室に行かないと」

「あ、あの───」

「それと最後に一つ、君に良い事を教えてあげるよ」

「、、、なんでしょう?」



狙い通りだったのだろう。

俺が興味を持つと、ミシェは嬉しそうにゆっくりと口角を上げた。

そのまま再度近付いてきて耳元で言葉を零すミシェを、押し退けたい気持ちをぐっと堪えて受け入れる。

聞き逃さないように耳を澄ませて。










「僕も腐愚民なんだ」










「、、、え?」


ミシェが腐愚民?

あれだけ自在に魔術を操れるミシェが、、、、?




「それじゃあ!また何処かで会おう!」

「え!?ちょ、えぇ!?!?」




ミシェは表彰式を待たず、早々に会場を後にした。

予想だにしなかった大き過ぎる動揺を、俺の胸中に残して。

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