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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
一章
2/104

二話「優世界《エクセルワールド》」





「気が付いた?お水持ってくるからちょっと待ってて」


(誰、、、だ?)


夢の中だろうか。

誰かが上げた呻き声に、誰かが反応するのを感じ取った。

体は何故か動かない。




「セナリー、コップどこだっけー?」

「リビィ様!セナリがお持ちしますのでお部屋で少々お待ちくださいです!!」

「あ、あった。セナリー!見つけたから大丈夫だよー」

「少々お待ちくださーい!」

「聞こえてない、、、。まあ、セナリは後でいいか」




ここでない何処か遠くから聞こえる誰かの会話を流し聞く。

話の内容までは把握する事が出来なかった。

怠いという感覚を通り越したものを、全身に感じる。




───タッタッタッ。

ガチャッ──。



「はいお水。飲める?」




頭の後ろを手で支えられ、顔だけ起こした状態で口に冷たいものが触れる感覚を味わう。

これは本当に夢、、なのか?

それにしてはやけに明瞭だ。


(あ、駄目だ、、、)


ぼんやりとした意識でも感じる事の出来る心地良さに酔いしれながら、薄倖にも意識を手放した。





















「リビィ、、、。これ何処から連れてきた」


意識を手放してからどれくらい時間が経ったんだろうか。

男性のものであろう低くて渋い声が耳に届く。

今度こそ理解出来る。

これは夢じゃない。

でも、現実で繰り広げられているものとも理解し切れない。

それは、いつまで経っても感覚が戻ってこない体のせいだろうか。



「さっき近くで拾ってきた」

「拾ってきた!?これが何だか分かってないわけじゃないだろ、、、。見たところ(テスタ)も着いてないみたいだが」

「うん。目の前で突然落ちてきたから、見つかる前にとりあえず拾っといたの」

「今の内に捨ててくる。日が昇れば誰かが回収してくれるだろう」



寝起きのような、酩酊している時のようなぼやけた感覚の中で、いくつか聞こえる声達の会話を流し聞く。

わざと流し聞いていたわけではない。

ただ、限界を超えるかのような怠さを持つ体のせいで、自然にそうさせられているだけだ。

話の内容は、ぼんやりと理解するので精一杯だ。



「待って。その、、ダメ?」

「自分が何言ってるのか分かってるのか?」

「うん。ダメ?」

「ああ、分かった。分かったよ。とりあえず目を覚ますまでは待つ。ここに置くかはその後決める」

「ありがとう、ウル」

「まあ、リビィの頼みだからな。それよりリビィ。今度───」



少しずつ少しずつ。

怠さがマシになっていく感覚を得る。

それと代わるように、別のものが体を襲ってきた。





「う、、、」





覚醒し始めた意識によって、全身を走る痛みが呼び起こされて声が漏れた。


(何でこんなに激痛が走ってるんだ!?)


そう焦ったが、疑問として口にするよりも早くぼんやりと、死んでも仕方ないような衝撃を受けた事を思い出した。

痛みを感じるという事は、まだ辛うじて生きているんだろう。

生きてはいるんだろうが、、、。

もういつ死んでもおかしくないと思える程に、全身が痛く、重い。

腕や足だけでなく、内臓まで活動を停止しているんじゃないかと錯覚するような重さがある。

加えて、口の中が切れてるのか血の味がする。


とりあえず唯一意識して動かす事の出来る瞼を開いて、睫毛の間に僅かに見える世界から現状を出来得る限り把握しようと目に力を込めてみる。

、、、が、虚しくも数秒で力は抜け、瞼が再び合わさってしまった。

強情にも離れようとしない両瞼に再度力を込め、無理矢理引き剥がす。

そうして漸く数センチだけ開けた視界に見えたのは、見慣れない天井に吊るされたランタンだった。



「ちっ。間の悪い」

「ウル」

「リビィ、、。そんなに怒るなよ」

「・・・」

「悪かった、悪かったよ!」



まだ視界には入っていないが、今度こそはっきりと分かる。

左側から届く声は男女一人ずつのもの。

誰のものかは分からない。

視界を声のほうに切り替えたいが、少しでも目を動かせばすぐに瞼が閉じてしまいそうだ。



「今度こそお水。飲める?さっきはごめんね。服に零しちゃった、、」



てっきり夢だと思っていた手の感触は、再演によって意識下で上塗りされた。

支えられているとはいえ、頭だけでも起こしていると全身に激痛が走る。

また羞恥を晒して仕舞わないように、口に宛がわれたコップのような何かから、そろそろと流れ込んでくる水であろう液体を全身に染み渡せることに意識を集中する。

痛みに隠れて、気付かない内に喉が渇いていたみたいだ。

添えるように話しかけてくる声を気にせず、隣で何やらごそごそしている音も気にせずに、ただただ喉を潤し続けた。



「もう使っても大丈夫か?」

「うん、お願い」

「ああ。離れててくれ」



口に宛がわれたものと名残惜しくも距離を置く。

外された手の代わりに、力なくだれる頭はふわりと柔らかいものに包み込まれた。

瞼は、いつの間にか合わさっていた。







「【傷痍掃いし癒しの者よ。盟約の下に救いの声を今聞き届け、我が魔力を持ちて此の者の身を癒し給へ。 〝上治癒(ヒーリア)〟 】」







視界が間接照明のような柔らかな白光に覆われ、全身が人肌の空気に包み込まれる。

それとほぼ同時に目の前を優雅に舞う幾つもの羽根が現れ、痛む箇所を順に撫でていく。

撫でられた部分は温かさを帯びて、徐々に通常の機能を取り戻していった。


(凄い、、、)


繰り広げられる幻想的で神秘的な光景に見入って、いつの間にか瞼を開けられている事には気付かなかった。

気付いていたとしても、きっと触れる余裕はなかっただろうけど。




「どう?」

「問題ない」

「ありがとう。ごめんね、突然頼んで」

「リビィの為というのは勿論あるが、何より俺自身がこいつを判断しないといけない。まだこいつを置くと決めたわけではないからな?」

「うん。分かってる」




羽根が全身を撫で終えてその姿を消し、さっきまで感じていたものが嘘だったかのように全身から重たい痛みが失われた。

何があったのか。

それを確認する為に、いつの間にか心地良さで寄りあっていた瞼を解く(ほどく)

開いた視界で改めて認識した現在地は、やはり見た事のない場所だった。



「ここ、、は、、」

「良かった、、上手くいったみたいだね。体は大丈夫?どこか痛むところはない?」



力を入れることなく開けた視界に、顔を覗き込む女性が映る。

おそらく、耳に届いていた心地よい声の主だろう。

見たところ歳も近そうで、目鼻立ちがはっきりしている。

それでいて、、、、





「綺麗だ、、」


「え!?」





しまった。

つい声に出てしまっていた。

意識がはっきりしないと故意でなくとも本音が口を吐く。



「リビィ。ちょっと離れてろ。消し炭にする」

「待って!ウル、ストップ!聞き間違いだって!」

「聞き間違いでも殺す、、間違いでなくても殺す、、」

「ウル落ち着いてって!きっと記憶が混乱してただけだから!ね?そうだよね!?」



隣に居た大男を抑えながら、顔だけこちらに向けて先程の美女が言葉を投げかけてくる。

あなたに向けて言ったものです。

と、色男のような事を言おうかと思ったが、手の平に火の柱を浮かべながら修羅の顔で俺を睨み付ける大男にそれを阻まれた。



「は、、はい。景色、、そう!景色が綺麗なところで記憶が途切れてたんです!ほんとに!」

「ほら!こう言ってるから!落ち着いてってばウル!」

「今言ったこと、、本当だな?もし嘘であるなら、その舌を焼き尽くして外に放り出──」

「本当です!本当ですよ!」

「ちッ!」



舌打ちの後、大男が手の平の少し上で揺らしていた火柱を握りつぶし、俺を睨み付けたまま体中の空気を吐き切った。

その見た目は金剛力士像そのもの。

色々と摩訶不思議な事だらけで理解が追い付かないが、そのどれよりも優先して、分かり易い怒りを浮かべる大男の機嫌を取った。



「やっと落ち着いた、、。ウル、すぐ怒りすぎ。この前も街中で揉めて、注意受けたばっかりなのに」

「あれは、ハウズんとこのガキがリビィに余計なことしやがるから、、」

「とにかく。すぐに怒らないこと。約束して」

「努力は、、する」

「ふぅ。とりあえず今はそれでいいや。この人に色々と説明しないといけないから」

「そうだな」



心なしか落ち着いた大男が、音を立てて豪快に腰掛ける。

それに合わせて、途中まで起こしていた上半身を完全に起こした。

痛みはもうないが、体を起こすのを中断したくなるほど怠さが感じられる。

出来る事なら全てを投げ捨てて体を布団に預けたいけど、そういうわけにもいかないよな、、。

せめて、現状を理解出来るまでは踏ん張らないと。



「ごめんね、騒がしくて」

「あ、いえ。それは全然、、。それより、ここはどこなんでしょう?記憶が飛び飛びでよく思い出せなくて、、」

「全身打ってたもんね、、、。生きてるのが不思議なぐらい」

「そう、、なんですね、、」



その割に、さっきまで感じていた筆舌に尽くし難い痛みは全くと言っていいほどない。

一体なぜなのか。

聞こうとした。

聞こうとしたが、下手な事を言って俺をねめつける大男に舌を焼かれてまで聞きたくはなかったので、相槌を打つに留めた。



「うん。体の方はウルのおかげで大丈夫だけど、記憶はどう?名前と年齢は分かる?」

「名前は、、佐々波啓太(さざなみけいた)。歳は21歳です」

「思い出せる記憶の中で、一番最後の光景は?」



断片的に頭に浮かぶ光景の中から新しいものを繋ぎ合わせる。

階段、、中古ゲーム、、確か休日だったはず、、?

合わさり始めた記憶が形を作る前に、半分無意識でうつらうつらと言葉にしていった。



「講義の無い休みの日で、、確かバイトがあったはず、、。前の日に雨が降ってて、、。する事が無いから中古ゲームを買おうとして、、。階段、、、、?」



一番新しい記憶まで辿り着きそうになったところで、頭を鈍痛が襲う。

それでも両手で頭を抱えながら、飛び飛びの光景を繋ぎ合わせていった。



「大丈夫!?ウル!もう一回お願い出来る?」

「ああ」




「いや、、。大丈夫、、です。何とか」



立ち上がろうとした大男を、視線を向けずに言葉で制する。

まだ若干の頭痛は残るが、何とか記憶を繋ぎ合わせる事に成功した。



「本当に?凄く苦しそうだったけど、、」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「良かった、、」

「えっと、、思い出しました」



俺が告げた言葉に、美女が顔に疑問符を浮かべる。

向けられる表情は気にせず、反応は待たず、言葉を続けた。



「一番最後の記憶です。多分間違いないと思います」

「どんな光景だった、、?」

「中古ゲーム屋の帰りに、階段で足を滑らせて下まで落ちたんです。前日まで何日も雨が降ってて、途中で止まる事も出来なくて、、。血だらけで何度も体を打ち付けたので、まさかこうして生きていられるとは思いませんでした。助けてくださってありがとうございます」



求められた答えを零しても何の反応も無く不安になり、前を向いていた視線を90度左に回した。

美女が、どこか罰の悪そうな顔でこちらを見ている。



「えっと、、。どうかしました?」

「意識を手放す前、何か変わったことはなかった?」

「変わったこと、、ですか?」

「突然何かがぶつかったとか、変な空間に吸い込まれたとか」

「そう、、、ですね。眼前に地面がすぐ近くまで迫った時に、やっぱり死ぬのが怖くなって体を反転させて手摺りを掴んで無理矢理助かろうとはしましたけど、結局手が滑って掴めなくて、ほとんど全身が浮いた状態で意識を手放しました。その後は、、、、、。多分、地面にぶつかったんだと思います」



客観的に見た最後の自分の滑稽な姿を想像して自嘲気味な笑みが零れる。

それと同時に、自分一人では解決出来そうにない疑問が浮かんだ。


あの状態からどうやって助かったんだろう?


周りに人影はなかったはずだし、あの辺りは人通りが少ないから瀕死の状態で救助が間に合うとは思えない。

自分では重体と思ってたけど、実はそこまで大きな負傷はしてなかったとか、、、?

有り得ないとは思うが、考えられる可能性としてはそれくらいだ。





「なるほどな」





大男が呆れ顔で納得した。

確実に今思うことじゃないけど、この人良い声だな。

未知の状況でも案外落ち着いている。



「リビィの話を聞いて不思議に思っていたが、つまりはそういうことだろ。死ぬ間際に抵抗して全身が宙に浮いた状態で、背後にある地面に臨界線(りんかいせん)が開いた。そのせいで当の本人は無自覚でこっちに飛ばされたって訳だ。上から落ちてきたのもそのせいだろ」

「うん。多分それで間違いないと思う」



臨界線?飛ばされた?

落ち着いてはいても、理解が追い付かない。

何年生になれば教えてもらえることなんだろうか。

少なくとも、3年生である現段階では教わっていない。



「あの、話がよく、、」

「あ、ごめんね。混乱するよね。でもどうしようかな、、。どこから説明したらいいんだろ、、」




「ご主人様!ただいま戻りましたですー!」




混乱しながらも話を理解しようと耳を傾けていると、階下から少年の大きな声が聞こえてきた。

この家の子かな?

目の前にいる美女は、子供がいるような年齢には見えないけど。



「タイミングの悪い、、」


───バタバタバタバタ。



階段を駆け上がる足音がすぐ近くまで来て一拍置き、それまでの騒がしさが嘘のような静かさで扉が開けられ、部屋に入ってきた頭に羊のような巻角を着けた少年と目が合う。

すると、途端に少年の目は見開かれてキラキラと輝いた。



「わあ!目が覚めたですか!?良かったですー!」



自分のことのように喜んで、鼻をふんふんと鳴らす姿を見て、少し気が緩んだ。

それにしても、随分リアルな巻角だな。

一見しただけで、細部まで拘って作られているという事が分かる。



「セナリ、悪いが一つ頼み忘れてた。バビのとこの布屋で、上物の白生地を一反買って来てくれ」

「町の外れの、、、ですか?間に合うでしょうか、、」

「今日は遅くまでやってるはずだ。頼まれてくれるのであれば、今度獣人域に連れて行ってやる」

「本当ですか!?本当ですか!?」



少年が目をきらきら輝かせて、嬉しそうに大男に(にじ)り寄る。

大丈夫なのかと内心ハラハラしたが、心配はいらなかったみたいだ。

抱きつくばかりの勢いで躙り寄る少年の頭を、大男が腕を伸ばし切って抑えた。



「約束は破らない。頼めるか?」

「もっちろんです!行って来ますでーす!!」



少年は深く一礼して、元気よく飛び出していってしまった。

嵐のようだったな、、。



「さて。あの調子ならすぐ帰って来そうだな。リビィ、手短かに頼むぞ」

「うん」



一瞬和らいだ場が再びひりついて、少年の登場で綻んだ表情は無理矢理引き締められた。

これから、何を話されるんだろうか。



「落ち着いてよく聞いてね。今から言う事、信じられない事ばかりだろうけど全部本当だから」



前置きと、その後ろに一つ深呼吸を置いて、美女が真剣な面持ちで話し始めた。

その表情に、俺の心も更に一段引き締められる。



「ここは、あなたが居た世界とは違う世界なの。あなたが居た世界では、生まれる前から寿命とその終わり方が決まってる。本人にその意思が無くても、時期が来れば、寿命なり病気なり事故なりで人生にピリオドが打たれるの。あなたも本来なら、最後の記憶にある通り、地面に打ち付けられて人生を終えるはずだった。偶然が重なっただけだって思うかもしれないけど、その偶然ですら生まれる前から決まっていた」



何かの小説で読んだ事がある。

人生にはシナリオがあって、最後はそのシナリオ通りの終わり方をするのだ、と。

それが事実で、俺の最後の舞台はあの階段だったという事だろうか。



「でもあなたは、自分の力で無理矢理書き換えた。結果、手摺りを掴めなかったとしても、死に抗った。当然の結果として用意されている終着点までの道のりをあなたは変えてしまったの。世界が出来てから変わることのない(ことわり)を変えたことによって時空が歪んで、異世界への扉が開いた。覚えているかは分からないけど、さっき言った臨界線っていうのが、その異世界への扉の正式名称。正式名称とは言っても、この世界でだけそう呼んでるのかもしれないけどね」



「この世界、、」



言われたことを飲み込むことも噛み砕くことも出来ず、ひとまずは言葉尻を捉えて声に出した。

異世界物の創作物は沢山読んできたが、実際に違う世界があるなんて言われてすぐ飲み込める程、俺の頭は柔らかくない。



「【優世界(エクセルワールド)】。それがあなたが今居るこの世界の名前。そして、それと似て非なる世界でありあなたが元居た世界は、ここでは【劣世界インフィアリアルワールド】と呼ばれてるの」



エクセルワールド、、インフィアリアルワールド、、。

言わずもがなどちらも聞き馴染みがない。

まあ、あれだけ神妙に前置きをしたのだから、知らない言葉の羅列を作られることは覚悟していたし、混乱するまでには至っていない。

でもやっぱり、理解は追い付かない。



「ここまでは理解出来た、、かな?」

「いや、、。正直ピンと来てません。でも、何とか集中は出来てるので、今の内に続きを聞かせてもらえると助かります」



理解は後にしよう。

今は情報の収集だ。

聞けるだけ聞いて後で頭の中を整理すればいい。



「じゃあ続けるね。さっき言った臨界線を越えてきた人達を、ここでは総称して腐愚民(ロット)と呼んでるの。腐愚民は見つかるとすぐに牢に入れられて、(テスタ)と呼ばれる首輪を着けられ、奴隷としての一生を強制される。何故かは未だに分かってないけど、腐愚民(ロット)は老けないし、病気もしないし、寿命もない。自ら命を絶ったり、毒を飲まされたり、外部からの致命的な攻撃を受けない限りは生き続けるの。(テスタ)を着けられたが最後。貴重な労働力として重宝されている腐愚民(ロット)は、死ぬことも出来ずに、意志も命も管理されて、永遠に働かされる事になる」



これは何となく分かった。

少し違うが例えるならば、契約書という首輪を着けられた社畜が、奴隷のような労働を強いられるのと似たような事だろう。

永遠に、というのが大きな違いであるが。

それに、、、不老?

実際にそんなものがあるなんて、到底思えない。

人体の研究が進んでいけば、いつかはそういう事も出来るのかもしれないが。



「まだ理解出来ない事だらけかもしれないけど、とりあえずこれだけは覚えていて。この世界では腐愚民(ロット)であることは決してバレてはいけない。私達二人を除いて、、だけどね」

「まあ、セナリにも言っていいんだが、、。何分(なにぶん)あいつは顔に出易いからな。少しでも危険を回避したいなら黙ってるに越したことはない」

「そうだね。ちょっと可哀想な気もするけど、、」



セナリというのは確か、羊のコスプレをした少年の名前だったはずだ。

さっきの様子を見る限り一緒に暮らしてるみたいだし、ボロを出さないように気を付けなくては。



「あんまり色々言っても混乱するだろうから、とりあえず今はここまでにしておくね。何か聞きたい事とかある?」

「すみません。沢山説明してもらったのに、質問以前に理解も追い付いてなくて、、」

「そっか。でも仕方ないよね、突然だもん。今質問出来ないってなると、今日はもう遅いし明日になるだろうけど、、」



言いながら、美女が大男のほうへ顔だけ向けた。

そうだった。

てっきり忘れていた。

ぼんやり聞いていた会話の中に追い出されるかもしれないという可能性が示唆されていた事を。

遅れて、恐る恐る大男の顔を見やる。



「とりあえず暫くは置いてやる。勿論何か役割は与えるがな。まあ、それは追々説明する。だがもし!リビィに余計な事しやがったら───」

「ウル!」

「、、悪い。ついな」

「もう。でも、ありがとう」

「ん?ああ、リビィを大事に思っているのは今に始まったことじゃ──」

「そっちじゃなくて。我儘、聞いてくれてありがとう」

「ああ。でも、これ以上増やすのは勘弁してくれ」

「努力は、、、、する」



良かった、、、、。

ひとまずは、追い出される事はないようだ。


これは後から聞いた話だが、家に置くと決めた理由は、初めて聞く話を馬鹿にせず、理解出来ないなりに必死で頭を動かし続けてたから、らしい。

この時だけは、凝り固まった考えを形成出来ていない子供のままで良かったと思えた。



「ありがとう、、ございます。その、まだ何が何だか分かりませんが出来得る限りのことは手伝います。役に立たないかもしれませんが、よろしくお願いします」

「うん。よろしくね」

「ああ。とりあえず今日は休め。明日、色々説明してやる」

「そうだね。続きはまた明日で。おやすみなさい。ゆっくり休んでね」



心底有り難いと思った。

自活能力など微塵も無い俺が、何も分からない世界で生きていく自信なんて無かったから。

こんなにも丁寧に説明してくれて、初対面の俺を泊めてくれる優しい人達(片方は怖いが)に見つけてもらえてよかった。

違う人に見つかってたらきっと、さっき教えてもらった通り今頃奴隷として訳もわからないまま過酷な仕事をさせられていたんだろう。

あくまで聞かされた話を本当とするならだが、どうにもこの二人の言っている事が嘘には思えなかった。

そんな事を考えてしまったせいか、資料で見た事のある奴隷の姿が脳裏を掠めて身が竦んで、一人になるのが急激に怖くなって、部屋を出ようとする二人を無意識に呼び止めてしまった。



「あ、あの!」


「どうかした?」



呼び止めたはいいものの、この後を考えていなかった。

何か言わないと、何か言わないと。

また、大男の癇癪(かんしゃく)に障ってしまう。

何か話題は、、、、。

(ん、、?大男?そういえば、、、、)



「、、名前。そうだ、名前!、、教えてもらえませんか?何て呼んだらいいのか分からなくて、、」



名前を呼び合ってはいたが、部外者がどう呼んだらいいのかも分からずに、初対面での無難な質問を投げかけるに至った。

下手な呼び方をして逆鱗に触れるのは避けないといけないしな。



「そういえば言ってなかったな。俺は、ウル・ゼビア・ドルトン。ドルトンでいい」

「リビィ・ドルトン。気軽にリビィって呼んでね」

「なっ!?リビィ!そんなに気軽に名前呼ばせるのは、、」

「私までドルトンで呼んでもらったら、区別付かなくなるよ」

「それはそうだが、、、。仕方ない。俺のことはウルでいい。これで区別が付くだろ」

「じゃあ、ウルとリビィね。短い方が呼び易いしこれでいいんじゃない?」

「それじゃあ意味が、、、ああいや。分かった、分かったよ。それでいい。俺が言ったところでリビィが引くとも思えないしな」

「そんなことないよ?でも、呼び方はこれで決定ね。改めてよろしく」



ウルにリビィ、、、か。

キラキラネームであれば日本でも有り得そうなんだが、きっとそういうわけではないんだろうな。

恩人の名前だ、しっかりと覚えておこう。



「あ、はい。こちらこそ。あの、僕のことは好きに呼んでください」

「ああ。だが、その名前のままじゃ(まず)いな」

「拙い?」

「そうだね。この世界ではあんまりない名前だから、腐愚民(ロット)って気付かれるかも」

「、、決めた。ケイトだ。安直だがとりあえずそう名乗っておけば名前だけでバレる心配はない」



、、、本当に安直だな。

心の中でだけ、付けられた名前と元の名前の変わらなさに突っ込んだ。

まあでも、洋風にはなったかな。



「嫌だった?」

「あ、いえ。そういうわけじゃ」

「決まりだな。お前は今からケイトだ。間違えるなよ」

「はい」



ケイト、、。

殆ど名前と一緒だからか違和感は覚えなかったし、あだ名すら付けられたことがなかったので、安直だと突っ込んではみたが内心ちょっと嬉しかった。

元々の名前と似ている分、間違えないように気を付けないといけない。



「今度こそおやすみなさい。また明日ね」

「はい。また明日」



緩く会釈をして、部屋を出る二人を見送る。

それから暫く、上半身だけ起こした状態でぼーっと窓の外を眺めていた。

見えた夜空に煌めく星達は、いつも見上げるものと変わらず町を照らしていて、目が覚めれば全てが夢の中の出来事に成り下がっているんじゃないかと、心に淡い期待を齎した。

そんな自分が、現実を受け入れたくなくて駄々をこねている子供のように思えて、

誰にも聞こえない声で〝馬鹿だな、、〟と小さく零してから、微睡みに身を委ねた。

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