十六話「王都サウスヴェン」
「ケイト様ー!朝ご飯出来ましたですー!」
朝。
セナリの快活な声で、まだ気怠さの残る体をもって目を覚ます。
ここに来てからずっと、きちんと取れていると思っていた睡眠は自分が理解していないだけで相当浅かったようだ。
心地良い朝の陽光と、まだ寝惚けている頭が深い眠りを証明してくれていた。
昨日の事があって、少し肩の荷が下りたのかもしれない。
俺はこの世界で生きていく術が、生き残れる力がある事を最低限確認出来たから。
もう少し頑張って何とか守れるようにならないとな、、、
自分の身も、周りの人達も。
「おはよう、セナリ」
「はい!おはようございますです!」
「起こしてくれてありがとう。すぐ降りるから先行ってていいぞ?」
「ここで待ってますです!!」
、、、ん?
気のせいだろうか。
何故かセナリのテンションが高い。
この感じのテンションってつい最近もあったような、、、、。
あ、ベポ狩りの日か。
「えっと、、。セナリ、もしかして楽しみなのか?国王に会いに行くの」
「お会いするのは緊張しますです、、、。でも、王都に行けるのは凄く楽しみです!セナリ行った事ないです!」
そう言いながらセナリは、目をキラキラと輝かせて、興奮した様子で鼻をふんふんと鳴らした。
先に降りてくれたら後少しだけ寝ようと思ってたんだけど、、、。
様子を見るに、それは難しそうだ。
結婚すらしたことないのに、日曜日の朝に子供に外出を強請られる父親の気分を味わう事になろうとは。
ベッドに強く張り付いた体を無理やり引き剥がして一つ伸びをした後、起き上がってセナリと一緒に一階に降りる。
リビングにはもうリビィとウルが席に着いていて、自分が寝坊してしまった事をそこで漸く実感した。
こんなに眠いのに、早起きは出来てなかったんだな、、、。
どれだけ爆睡してたんだ。
「すみません、お待たせしてしまって」
「いや、問題ない。早く食べて出発するぞ」
「はい」
ウルとリビィが食べ終わって出掛ける準備をしている横で、まだ充分過ぎる程温かい朝食を食べる。
セナリは俺の背後で、楽しそうに洗い物をしていた。
(相当楽しみなんだろうな、、、)
セナリの為にも、早く食べてあげないと。
そう思ったものの、体に何か違和感がある。
何故か口をゆっくりしか動かせない。
なんでだ?
「ケイト、零れてるよ?」
「へ、、?」
リビィに声を掛けられ、ぼやけていた意識を戻す。
どうやら、食事中に眠りそうになっていたみたいだ。
食べながら寝そうになるなんて今までなかったから、一瞬何事かと思った。
(せっかく作ってくれた朝食。ちゃんと味わわないと、、)
重い瞼をこすりながら朝食を食べ進めていく。
王都、一体どんなところなんだろう。
ユリティス王は、どんな人なんだろう。
セナリ程ではないが、俺も心の中は少し踊っていた。
緊張は、あまりしていない気がする。
国王に会うというのがどれほどの事なのか、いまいち理解出来てないせいだろうか。
それとも、単にまだ寝惚けていて思考が上手く回せていないのか。
失礼がないように気を付けよう。
「準備出来たか?」
「はい。お待たせしました」
「セナリ、楽しみだね」
「はいです!」
準備を終えて四人で家を出る。
家族で遊園地に出掛けるような気分で、相変わらず活気のある街を歩いた。
見慣れてきた街並みをキョロキョロと眺めながら一番後ろを歩いていたら、ウルが二人に気付かれないように少しずつ歩くペースを落として、俺の横に並んだ。
何か言う事があったのだろうと思って、気持ち程度背伸びをする。
自分より背の高いウルの口元に少しでも近付くように。
「歩きながらでいい。耳を澄まして、今から言う事を覚えておけ」
「はい」
「分かっているとは思うが念の為言っておく。ユリティス王及び王都の人間に、今まで通り腐愚民だと気付かれないよう気を付けろ。あのお方ならバレても笑っていそうだが、、、、。まあ、用心に越した事はない」
信頼してるベルにさえ、腐愚民である事は隠したんだ。
いくらウルが信頼してる仕えている相手といえども、必要に駆られてないのに自分からバラすような事はない。
「今晩は王都に泊まり、明日の俺の仕事が終わり次第帰る形になる。俺が仕事に行くということは、どういう事かわかるか?」
「リビィさんとセナリを守れる人が、、」
「そうだ。だがおそらく、宿に泊まってじっとするのはセナリが嫌がるだろう。リビィも内心、街を見て回りたいと思っているはずだ。ベポ狩りの件の心の整理はまだ出来てないだろうが、、、。あの二人の事、頼めるか?」
「分かりました」
ウルの願いに、特に悩まずに諾と答えた。
まだ自分の力を信じ切れるわけではないけど、少なくともセナリとリビィを守り切るという覚悟は出来ているから。
頭ではなく、体が。
とれだけ臆しても、きっとまた体が勝手に動いてくれるだろう。
大丈夫、、、だよな?
承諾しておきながら、不安になってきた。
「頼もしいな。任せたぞ」
「はい」
慣れた足取りで辿り着いたいつもの転移塔。
アッシュ、、、と凄く似ている丸眼鏡の職員に挨拶をして、セプタ領の西端にある転移塔までの許可証を四人分受け取り、いつもと違う魔法陣に乗る。
今日は使用魔力をウルが負担するのではなく、お金を払って転移塔の魔術師に負担してもらうようだ。
さっき移動中にこっそり補填してもらった魔力が、思いの外多かったんだろうか?
得られる感覚から察すれば多分、ローブのほぼ限界まで魔力を注いでくれてるんだろうが、色んな人に話を聞く限りウルの魔力量はそれぐらいでどうこうなるものじゃないはずだ。
ただ温存しているだけか、他に何か理由があるのか。
何となく、前者ではない事を祈りたい。
俺の魔力を補填した事で遅れをとって、ウルに何か害があったら寝覚めが悪いからな。
ウルなら大丈夫だとは思うが。
「ここからどうするんですか?」
「セプタ領外縁部の、別の領地の入り口へ繋がっている転移塔へ向かう。そこまでは歩いていくが、魔物が出る可能性がある。気を付けろ」
「魔物、、」
魔物と聞いて頭に過ったのは、キングベポの姿だった。
ウルがいるから安心とはいえ、出来る事ならもうお目にかかりたくない。
実力差関係なく、姿を見たら怯えてしまう自信がある。
「少なくともキングベポレベルの魔物がこの辺りに出る事はない。安心しろ」
「え?あ、はい」
心を読む魔術でも使ったんだろうか。
それともそんなに分かりやすく顔に書いてあったんだろうか。
ウルが心配せずに仕事に取り組めるように、もっと自信あり気な、キリッとした顔をしておこう。
「ケイトどうしたの?変な顔してる」
リビィ、、ちょっと辛辣過ぎやしないか、、。
確かにちょっと変な顔をしてた自覚はあるけれども。
変な人だと思われないように、すぐにいつも通りの顔に戻した。
「すみません。ちょっと緊張してしまって」
「そっか。ケイトはセプタ領を出るの初めてだもんね。出てすぐは魔物に遭遇する事なんて滅多にないから安心して」
「ありがとうございます」
リビィの言葉通り、道中魔物と遭遇する事はなかった。
それどころか、遠目に姿を見る事すらもなかった。
大過なく、不気味なほどに安全にどんどんとセプタ領から遠ざかっていっている。
「凄い、、、」
二つの領地、トスターニアとウェンバイを経由した後、最後の転移塔を出ると、眼前には高さ10m以上はありそうな門と、それ以上高く、横に途切れる事のない王都を囲う外壁が立ち塞がっていた。
アニメや漫画でしか見たことのない圧巻の景色に、つい心の声が漏れ出てしまう。
「どう?初めて見た王都の感想は。まだ外だけどね」
「いや、外から見ただけでも充分過ぎるくらい凄いです、、。巨大な要塞みたいですね」
「その表現はあながち間違いではない。昔、まだ魔人同士の領地争いが熾烈な時、当時の国王が侵略不可の地として陣取った地だからな。多少の攻撃程度ではビクともしない」
「戦争の名残りですか、、」
「端的に言えばそうだな」
話を聞いた後では、この威圧的な外壁に囲われた王都を見る感情に、ほんの少しの感傷が含まれた。
戦争時のものなら取っ払ってしまって、戦争が完全に終わった事を国民に知らしめればいいのではないかなと思うのは、きっと安直な考えなんだろう。
戦争が無い時であってもセプタ領の主要都市を囲っているらしい結界のように、魔物から市民を守る為の防壁は必要だと思うから。
「深く考え過ぎるな。今となってはただの飾りだ」
「戦争はないんですか?」
「ああ。魔人全員が付きたい主君の下で生活していて、安定しているからな。お互いに過干渉しなければ、争いが起こることはない」
住み分けが出来てるってことでいいのかな?
確かに、他人の趣味趣向に勝手にずかずかと立ち入るのは良くない。
それは俺でも分かる。
おおよそ規模が桁違いだろうというのは、容易に分かり得るが。
「正門横の馬貸しで、馬を二頭借りる」
「二頭ですか?四頭じゃなくて?」
「馬に乗れるのか?」
「あ、、、」
親曰く小さい頃に一度乗馬クラブで馬に乗せてもらった事があるそうだが、その時の記憶はないし、今乗れる自信もない。
「そういうことだ。お前は俺の後ろ。セナリはリビィの後ろだ」
「はいです!リビィ様よろしくお願いしますです!」
「うん。しっかり捕まっててね」
「リビィさん馬乗れるんですか!?」
「多少はね。乗り熟せるって程じゃないよ。必要だったからウルに教えてもらったの」
「凄い、、、」
「早く行くぞ」
「あ、はい。すみません」
悠々と聳える門の横にあった小さな通路を、門番に挨拶をしてから通る。
普段は手荷物検査があるそうなんだが、ウルと一緒にいる事で特に止められる事もなく免れる事が出来た。
これが俗に言う顔パスというやつだろうか。
自身が要因となってすんなり通れたわけではないが、何だか得意気になってしまう。
「おお、こりゃどうも。今日は何頭ご利用で?」
通路を抜けた先。
横手にあった小さな小屋の前にいたガタイのいい男が、ウルの姿を見るなり気だるげに話し掛けてくる。
面倒臭いというわけではなさそうだが、多分単純に疲れてるんだと思う。
目の下のクマが凄い。
「二頭頼む」
「二頭だけでいいんですかい?」
「ああ。出来る限り大きい馬を用意してくれ」
「はいよ。ちょいとお待ち」
男が小屋の向こうにあった厩舎の中に入って、少ししてから別の男と一緒に出てきた。
二人の手には手綱が握られていて、その先にはそれぞれ馬が一頭ずつ鼻を鳴らしながら連れられている。
遠目から見ても大きいと分かる馬が一歩、また一歩と近付いてくる。
(いや、おおき、、、、大きいな!!)
遠目でも充分な迫力だったが、近くに来ると何倍もの大きさに見えた。
一頭に三人乗っても問題なさそうなぐらいのサイズなんだが、、、。
昔見て衝撃を受けたばん馬よりも、更に大きい。
「この二頭でどうだ?」
「充分だ。というか大き過ぎだ」
良かった。
この世界の馬はこれが標準だと思ってしまったが、ウルの反応を見るにそういうわけではなさそうだ。
問題は、足場もなくどうやってこれに乗るか。
助走をつけて高跳びしても越えられそうにない程の高さがあるが───
「ウルさん?」
高過ぎて乗れる気がしない馬に魔術を使って乗ろうとしたら、イメージを組み立てる前にウルが担ぎ上げて馬に乗せてくれた。
珍しい思いやりに疑問符を浮かべながらも馬に跨り、重力操作で軽やかに乗るウルを見やる。
「温存しておけ。多めに補填はしておいたが、それでも無駄遣いは避けたほうがいい」
「、、、すみません」
「いや、仕方のない事だ」
そう、、、だよな。
当たり前のように魔力を補填してもらって好き放題魔術訓練をしてきたけど、俺が使っている魔力は全部ウルのものだもんな、、。
つい、失念してしまってた。
魔力水を使えば一人で回復をする事は出来るんだが、その魔力水を購入してるのもウルのお金だ。
自分で魔力水を買えるようになるまでは、訓練以外で魔力を湯水のように使うのはやめておこう。
(でも、ウルはどうやって魔力を回復してるんだろうか)
寝たら回復するのか、魔力水や食事で外部から取り込んでいるのか、、、。
今後の充填ペースの配慮の為に聞いておきたかったが、今ここで聞いたら馬の手綱を引いている男に怪しまれる。
〝なんでそんな事も知らないんだ?〟と。
もうとっくに、自分だけが害を被って済む状況じゃなくなっている事は理解出来ている。
慎重にいかないと。
「わあ!凄いです!あんなところに動物が沢山いるです!」
後ろから、セナリの楽しそうな声が聞こえてくる。
見ているのは多分、左手側下方にある屋根のない開けた場所だろう。
「ほんとだ!凄いね」
「あれは見世物広場だな。調教師が動物や魔物を飼いならして芸をさせている。また明日にでも見に行くといい」
前の世界で言うところの、サーカス団のようなものだろうか。
乗っている馬を一度見て、このサイズの動物を飼い慣らして芸をさせるのは相当な負担が強いられそうだな、とまだ見ぬ調教師へ尊敬の念を覚えた。
「いいんでしょうか!?」
「ああ。連れて行ってくれるか?ケイト」
「勿論です。リビィさんも行きますか?」
「うん!私も行ってみたい。頼もしくなったね、ケイト」
「そうでしょうか?」
「うん。昨日は何か悩んでたみたいだけど、今はスッキリした顔してる」
「よく眠れたからですかね?」
心情の変化を見抜かれた事が少し気恥ずかしく、お道化た様子でそう濁しておいた。
まあ嘘ではない。
「今日もぐっすり眠れるといいね」
「そうですね。明日に備えて」
「うん!」
そこから暫く、ウルの後ろで馬に揺られた。
王城に向かって、流れる景色の中にあるものに時折反応しながらも、寄り道はせずに一定のペースで進んでいく。
初めて乗った馬の背中は逞しく、思っていたような酷い揺れはなかった。
ウルが上手いのか、乗馬とは元からこういうものなのか、それは分からない。
一つ確かなのは、俺が乗馬を楽しいと思えた事だ。
機会があれば覚えてみよう。
「あれだ」
どれくらいの時間移動していただろうか。
ウルの声に反応して左に向けていた視線を正面に戻すと、肩越しに大きな城、、、というより施設のようなものが見えてきた。
日本ではよく、敷地面積を示す時に東京ドーム何個分と言う事があるけど、手前の建物が邪魔して端が見えないあの城壁の内部は、一体東京ドーム何個分なんだろうか。
検討もつきそうにない程に広大だ。
「綺麗、、、」
城壁に設けられた正門にて馬を預け、簡単なボディーチェックの後、思っていたよりもすんなりと通してもらえた。
こんなに警備が緩くて大丈夫なのかと心配になったが、これもきっと、王都に入る時と同様にウル同伴だからなんだろう。
そこから暫く歩き辿り着いた、王城正面の竜の頭をモチーフにしたであろう紋章が刻印された豪奢な扉を開けると、中には玄関口があった。
それを見て思わず〝綺麗〟と感嘆の声を漏らしたのは、俺ではなくリビィだ。
「リビィさんも中に入るのは初めてなんですか?」
「うん。いつも一緒に来る時は、近くにあるウルの知り合いの家にお邪魔してたから。だから今日凄く楽しみにしてたんだけど、想像してたより全然凄かったよ、、、。ここだけで、リネリット魔術ギルドの屋外修練場ぐらいあるかも」
実際は多分、それ以上に広い。
王城の玄関口には左右二箇所に湾曲した階段があり、それらが行き着く先に一本の廊下がある。
部屋の中央上部には、個人的に思うセレブの象徴ランキング一位のシャンデリアがでかでかと飾られていて、パッと見てすぐ分かるほど整えられたシンメトリーな空間になっていた。
リビィが声を漏らしてしまうのも納得の、綺麗で整った見た目をしている。
俺も王都の入り口で同じような反応をしたし、自分の想像を軽々と越えてくるものを見ると、自然とそういう反応になってしまうんだろう。
「お待ちしておりました」
綺麗な内装に呆気にとられていると、複数人のメイドと執事で二列になって出迎えの礼をしてくれていた中から、一人の老執事が近付いてきた。
何となく人がいるなとは思ってたけど、俺もリビィもセナリも、初めての王城に圧倒されて話し掛けられるまで反応する事を忘れてしまっていたのだ。
傍から見ると、完全に上京して来たばかりのお上りさんだったな、、、。
「ご案内致します」
老執事は全員の視線が自分に向いたのを確認してから、年齢を感じさせない流麗な動きでゆっくりと歩き出した。
早くもなく、イライラするほど遅くもない。
丁度良いペースだ。
ちなみに、すれ違ったメイドは綺麗な人ばかりだった事をここに追記しておこうと思う。
眼福だった、、、。
「ご足労おかけ致しました。こちらでお待ちください」
老執事に案内されたのは、アニメや漫画でお馴染みの〝謁見の間〟。
玄関口の美しさが霞むほど壮観なここは、広い空間の隅々まで静かに緊張感が漂っていて、息をする事さえ忘れてしまいそうになる。
そんな中でも湧き上がった好奇心に従って左右の壁に立ち並んだ甲冑姿の兵士達をじろじろ見てしまいそうになったが、下手に警戒されてはならないと、なんとか思い留まった。
どういう行動が警戒される対象になるか分からないしな。
「リビィとセナリはそこで立っていてくれ。ケイト、お前はこっちだ」
「はい」
指示されるまま、ウルの隣、入口と玉座を繋ぐ赤い絨毯の上で片膝をつく。
本来であればリビィとセナリもそうしなくてはならないらしいのだが、ウル曰く〝兵士以外の女子供にそんな畏まり方をさせるな〟とユリティス王に一度叱責を受けた事があるそうだ。
ユリティス王にとっては、自らの前で膝をつく者は、戦う力、守る力とその意思のある者だけでいいらしい。
そこにはトップなりの、なにか拘りがあるんだろう。
人の上に立った事のない俺には、勿論分からない。
片膝をついたまま顔を上げると玉座があり、玉座の向かって右側には、木製の重厚感のある扉が見えた。
おそらくだが、あそこからユリティス王が出てくるんだと思う。
(そうか、、。今から国王に会うんだな、、、)
ここにきて漸く、今の自分が置かれている状況を脳が理解し始め、体が雰囲気に呑まれて徐々に硬直し始めた。
緊張で、体が上手く動かせない。
それでも何とか、錆びたブリキのおもちゃのようにぎこちない動きで首を回し、玉座の右側にある扉に視線を固定した。
もう出てくるだろうか?
そろそろか?
いや、まだか?
分かり易く脳内を動揺させ、瞬きも忘れて扉を見つめ続ける。
この緊張状態が長らく続くのは、正直なところかなり辛い。
出来れば早く出てきてほしいが────
「待たせたな」
〝ギィ〟と音がして、希望通りにそれほど待たずしてユリティス王が謁見の間に入ってきた。
背後にある扉から。
(、、、、、え?)
完全に不意をつかれたせいで、視線を前方の扉に固定したまま、体を硬直させてしまった。
ついでに、思考も固まっている。
「陛下。あれ程来客用の扉から入るのはお止め下さいと、、」
「はっはっは!余興代わりだ。そう眉間に皺を寄せるな。慣れたものであろう?」
「私は問題ありませんが、陛下の突飛もない行動に弟子が固まっております」
「ほう?わざわざ無理を押した甲斐があったというものだ。そこの男が例の弟子か?」
「はい。挨拶をさせても?」
「構わん」
「感謝致します。スワナ村出身の田舎者ゆえ、多少の常識不足はご容赦ください。、、、、ケイト」
「は、はい!」
固まったまま動けずにいると、いつもと違う畏まった雰囲気のウルに名前を呼ばれた。
驚いて変な声が出たが、気に留めずにユリティス王へと振り返り、片膝をついたまま頭を下げる。
こんな経験をした事はないが、創作物で得た知識通りなら、こんな感じでいいはずだ。
不敬と捉えられない事を祈ろう。
「お初お目にかかります。ご紹介に預かりました、ケイトです」
「ほう。お前の弟子と聞いてどんな奇怪な者が来るかと思っておったが、随分とまともな事だ」
「陛下。それは一体どういう、、」
「はっはっは!そう苛立つな」
ユリティス王は大口を開けて呵々と笑いながら、俺とウルの間を通り抜け、豪快に玉座に腰掛けた。
それに合わせて体の向きを変え、指示に従って顔を上げると、一緒に入ってきていた数人の護衛の兵達が玉座の少し後ろに一列に横並びになって背筋を正しているのが見えた。
ちらりと見える左右の兵達も、同じく背筋を正している。
自然、俺の姿勢も釣られて正された。
「そこにいるのはリビィ・ドルトンにセナリか?」
「はい」
「はいです!」
「椅子を用意させるか?」
「いえ!このままで」
「そうか。なるべく手短に済まそう」
柔らかに、言葉を並べるように話しているのに、距離のあるこの場所にもユリティス王の声はよく届く。
威厳のある重低音の声だ。
「だが本題に入る前に一つ聞こう。リビィ・ドルトン。ウルとの結婚生活はどうだ?」
「特に不満に思う事もなく、幸せに過ごさせていただいてます」
「そうか」
一言で返してニヤリと笑ったユリティス王は、ウルへと視線を向けた。
纏うオーラとは違い、その表情は少年のようだ。
「ウルよ、良い相手を選んだな。どうだ?そろそろ王都に住まんか?良い家を見繕わせるぞ」
「時間をおいて考えさせていただきます」
「またその答えか、、、、。変わり映えの無い。ウルよ、何故そこまで今の家に拘る?王都は飯が美味く美人も多い。大通りを一本入った所には───」
「陛下。そろそろ本題に」
「分かっている。そう苛立ってばかりでは友人が出来んぞ?」
ウルが無言で呆れた表情をしている。
それなりに親しい間柄ではありそうだが、流石に軽口で返せる程、立場は対等に近しくないようだ。
「はっはっは!冗談だ。これ以上無駄話をして謀反を起こされては適わんな」
「そんなことは──!」
「冗談だ。さて、、、」
視線がウルから俺に切り替えられる。
先程までの和やかな雰囲気は、視線の切り替わる一瞬の間に失われてしまった。
謁見の間に入ってきた時のような緊張が、薄く張り詰められているのが感じられる。
「ケイトよ。何故この場へ呼ばれたか、聞いているか?」
「はい。ベポ狩りの一件についてだと」
「そうだ。時にお主、まだ魔術師ではないそうだな?」
「はい」
「魔術師と魔術使いの有する権利の違いについては理解しているか?」
「人や魔物に魔術を使っていいか否か、、、ですか?」
「正しい認識は持っているようだな。だがお主は、魔術師でないにも関わらず魔物に対して魔術を放ち、あまつさえ命を刈り取った。これが何を意味するか、分かるな?」
「罪に問われるということでしょうか、、、?」
おずおずと聞くと、ユリティス王は何も言わず、俺の目をじっと見据えてきた。
向けられる視線は睨むものではなく、舐るような視線でもない。
ただじっと。
目の奥の可視化出来ない何かを見られている気がした。
そのまま、永遠にも感じる数秒の静寂が流れた後、ユリティス王がゆっくりと口を開いた。
「そうだ。大いなる力は制約の下になくては、単なる殺戮兵器となる」
「軽率な行動をしたと思っています」
「だが今回に限り。特例で不問とする」
「、、、え?」
予想外の言葉に、思わず素っ頓狂な声が漏れた。
聞き間違いでなければ、不問って言われたよな、、?
「お主の勇気ある行動に、あの場に居た多くの国民の命が救われた。惜しくも亡くしてしまった命もあるが、それでもお主に多くの命が救われた事には変わりない。国を代表して感謝しよう」
「そ、そんな!頭を下げないでください!」
ユリティス王が頭を下げるのを見てぎょっとして、思わず大声をあげてしまう。
兵士達が微動だにしないところを見ると、頭を下げる行動自体はそこまで取ってはいけない行動ではないのだろうと思うけど、、、。
国王というのはもう少し、尊大な人だと思っていた。
「感謝と共に一つ、詫びなければいけない。表立って囃し立てればそれを笠に着て悪行を働く輩が出てくる事もあり、働きに対する正当な対価を払ってやれん。代わりといっては何だが、王都にいる間は礼を尽くさせてもらおう」
「そんな、感謝されるような事は、、」
「加えてもう一つ。本日付けで、魔術師見習いケイトを、ユリティス・ギルバート・ティノグライトの名に於いて魔術師に認定する」
「え!?」
「異論は認めん。ウル、師匠であるお前の前で悪いとは思うが、いいな?」
「はっ!」
俺の意思関係なく、ぽんぽんと話が纏まっていく。
すぐ目の前で行われているやり取りだというのに、どこか遠くの出来事のような錯覚を覚えるのはなんでだろうか。
(魔術師。魔術師、、、、か)
魔術師レベルで魔術を自在に操れるようになれたらいいなとは思ってたけど、まさか国王直々にそんな称号を与えられる事になるとは、、、。
勿論、心の準備なんて出来ているわけがなかった。
「分かったな?」
「、、、はい。謹んでお受けします」
きっと名誉な事なんだ。
逡巡する自分に無理矢理そう言い聞かせて、魔術師という肩書きを飲み込んだ。
でもきっと。
胃の中にある異物感は暫く消えてくれないだろう。
「話は以上だ」
長いのか短いのか、よく分からない時間が終えられた。
すぐにでも緊張を解いて脱力したいが、ユリティス王が歩いて近付いてきている手前、そういうわけにはいかない。
というか、通り道なのにこのまま片膝をついておいて邪魔にならないんだろうか?
不安を覚えつつも、ただじっと絨毯を見つめ続けた。
「ウル、あの一件はどうなっている?」
「もう済んでいます。その事で少しお伝えしたい事が」
「ほう」
視界の外で、ウルとユリティス王が仕事の会話をしながら部屋を出て行くのを感じ取る。
扉が閉まる音がすると同時に兵士達も動き出し、奥にある扉から謁見の間を退室していった。
、、、え?
もしかしなくても取り残された?
リビィもセナリも王城に入るの初めてじゃなかったっけ?
(もう顔上げていいよな?大丈夫だよな??)
まさか初めての場所に取り残さないだろうと不安を抱えながらも、失礼にならないように充分に時間を置いてから顔を上げる。
見回した謁見の間には、俺以外にリビィとセナリの姿しかなかった。
これはあれだな。
確実に置いて行かれたな。
ええ、、、
どうしよう。
「失礼致します」
(びっ、、、くりした、、、)
三人で途方に暮れていると、さっきの老執事がどこからともなく近付いてきて、視界の外から話し掛けてきた。
完全に油断してる時に死角から話し掛けるのはやめてほしい。
心臓が止まるかと思った。
「皆様。この後のご予定はお決まりでしょうか?」
「特に何も決めてないんです。全員ここに来るのも初めてなので、どうしようかと思っていたところで」
「やはりそうでしたか、、、」
「やはり、ですか?」
「はい。本来ドルトン様と公務のお話をされるのは夕食後からの予定でしたので、おそらくそれまでは御三方に同行する予定だったのだろうと思いまして。気分屋の主君ですのでご容赦ください」
執事という立場でありながら、不敬とも取れる発言を気にした様子もなくしている事に驚かされた。
良い意味で、臣下と距離の近い国王なんだろう。
舐められてるわけではないだろうしな。
「いえそんな、とんでもないです。でもそうなると、暫くはウルさんと合流出来そうにないですね、、、。この辺りで三人共が楽しめそうなところって何かありますか?出来る限り危険が及ばないところで」
「貴方様がいれば、危険など跳ね除けてしまうでしょうに」
「それは過大評価ですよ。まだまだ弟子の域を出ませんから」
「正当な自信をお持ちください。数える程しかいらっしゃない、陛下自ら魔術師に認定した方なのですから」
「珍しい事なんですか?」
「はい。本来であれば、師匠が弟子に直接授けるものですので」
だからウルに謝ってたのか。
ウルに認定されたほうが嬉しかったとは、言わないほうがいいんだろうな。
「何とか期待に応えられるように頑張ります」
「貴方様の今後を楽しみにしております」
老執事が柔らかく微笑む。
あんまり期待しないでほしいんだが、表情を見る限り、そういうわけにもいかなそうだ。
「話を脱線させてしまいましたね。申し訳ありません。この後のご予定ですが、もしご興味がおありでしたら城内をご案内致しましょうか?綺麗な装飾が施されておりますので、有意義な時間をお過ごしいただけるかと。当然、城内には危険もございません」
「個人的には興味がありますけど、、、。リビィさんとセナリはどうでしょう?」
「私も見てみたい。こんな機会中々ないだろうしね」
「セナリも探検したいです!」
探検とはちょっと違うような気もするが、、、。
まあ、いいか。
わざわざ訂正しなければならない程のものでもない。
「じゃあお言葉に甘えて、案内お願いしてもいいでしょうか?」
「承りました。城内大変広くなっております。くれぐれも離れぬよう、宜しくお願い致します」
「はいです!!」
目をキラキラ輝かせるセナリと、ポーカーフェイスで辺りをキョロキョロと見渡すリビィ。
対照的に見えて実のところ同じ反応な二人と共に、老執事の案内で城内をゆっくりと散策する。
結論から言うと、城内の装いは俺の語彙力で表現出来る範疇の凄さではなかった。
移動して早々圧倒されて呆けてしまったせいで装飾や部屋の説明はいまいち頭に入ってこないし、口を開けてキョロキョロ辺りを見回す様は、さながら都会に来たばかりのお上りさんのようだったと思う。
でもきっと、何年後に来てもこの場所で今の反応になるんだろうなと、散策がひと段落ついて余裕が出来た心のどこかで確信していた。
そう思える程、
綺麗で豪華で荘厳で、色々な要素の最上級を集めたようなここに自分が足を踏み入れている事に、心はふわふわと浮くような変な感覚を覚えた。
何度も見れば、いつかは見慣れるんだろうか。
今はまだ、そんな自分の姿は想像出来ないけど。
「お気に召していただけましたでしょうか?」
「はい。いや、あの、すご、、かったです。想像を優に超えてきました」
「ご満足いただけたようでなによりです」
散策を終えて通された応接間で、老執事は満足気に柔らかく笑ってそう言った。
俺達を案内したいと思う感情以上に、自身の職場を自慢したいという気持ちもあったのかもしれない。
「間もなくドルトン様のお仕事がひと段落される頃かと思われますので、それまで此方でごゆるりとお寛ぎ下さい」
「はい。ありがとうございます」
案内された15畳程の応接間で、机を間に挟んで二つある内の一つのソファに腰掛ける。
体重を掛けて沈む座面に合わせて、無意識の内に深い息が漏れた。
(このまま寝てしまいそうだ、、、)
体にフィットするソファーの感触に、心の中でそんな事を思った。
これだけふかふかのソファー。
一体いくらするんだろうか。
──コンコンッ。
「入るぞ」
何とか眠らずに時折伸びをしながら耐えていると、ウルが応接間に入ってきた。
表情に少し、疲れが見え隠れしている気がする。
「お仕事お疲れ様です」
「お疲れ様」
「お疲れ様です!」
「ああ。まだ終わってないがな」
陽の傾き方からして、時刻は16時くらいだろうか?
サラリーマンならもう間もなく定時だが、ウルは昼から働き始めたし、もう少し仕事が残ってるんだろう。
この世界に定時なんてものがあるのかは知らないけど。
「デリンさんに城内を案内してもらったそうだな」
「デリンさん、、、?あ。あの執事の方ですか?」
「そうだ」
「はい、色々と見せて貰いました。凄く綺麗で、何というかあの、凄かったです」
うん、あれだ。
もうタレントの食レポを馬鹿にするのは止めよう。
圧倒されると語彙力が著しく下がる事が分かった。
元々の語彙力でも、言い表せるのかどうか分からないけど。
「凄かったよね!」
「はいです!凄かったです!!」
「そうか。仕事ついでにはなるが、またいつか連れて来よう」
デリンと同じように。
ウルもまた、自分の職場を褒められたからかどこか嬉しそうだ。
綺麗な城内を何かしらの形に残したいけどおそらくカメラはないだろうから、次来る時は、下手なりに絵でも描いてみようか、、、。
それに至るまでに、クリアしなければいけない問題はいくつもあると思うけど。
少しずつ、一つずつ。
したいと思った事への道を自分で切り開ける程度には、この世界に馴染んでいけたらと思う。




