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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
二章
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十五話「曰く付きの英雄」



死者二名、重傷者六名を出したベポ狩りの一件はその後、数百名の魔術師によって厳戒態勢の中その日の内に残りの狩りが終えられ、事態は収束の一途を辿る事となる。

その一方で被害や悲劇は瞬く間に噂となって、セプタ領全域へと広まっていく事となった。


ヘヌイット平野で狩られたベポ約10万匹とキングベポ1匹は解体され、例年通り参加者を中心に配布されていき、約半分は市場にて小出しで販売されている。

死傷者が出た事によりキングベポの肉を配る事には賛否あったが、死者の一人であるクリムト氏の妻の鶴の一声によって、ベポ100匹以上分にもなる肉は、狩りを見に行く事すらままならない程貧しい家庭に配られる事になった。


〝主人が犠牲になった事で他の方が助かったかもしれない。その時点で意義のある最後だったと言えるけれど、あの人の血肉がただ燃やされて放置されるのはいただけない。せめて誰かの体の糧となる事を望みます〟とは、クリムト氏の妻であるカフィーナの言葉である。


一方、キングベポを打ち倒し一連の騒動を鎮めたケイトなる人物は、本人の意思と反して名が広まり、英雄として持て囃された。

また、ケイトがかの有名なウル・ゼビア・ドルトンの弟子だという噂も出回っているが、その真偽は定かではない。





















─────────────────────────────




「ケイト。妙な噂が流れてきたが、あれは本当か?」


ベポ狩りの翌日。

上手く寝付けずに早く目覚め、特にする事もなく部屋で呆けていると、仕事帰りのウルが部屋に入ってきた。

妙な噂、というのは英雄がどうとかいうあれの事だろう。

名乗りは上げてなかったのに、昨日の今日でどうやって名前が広がったんだか、、、。



「ベポ狩りの一件ですか?」

「ああ」

「一部根も葉もない噂もありますけど、大方正しいです」

「お前が単騎でキングベポを打ち倒したという部分に誤りはないか?」

「はい。結果として目立つ事になってしまってすみません」

「何に大して謝ってるんだ?」

「えっと、、あまり歓迎されない立場にある僕が目立つような事をすると、ウルさんにご迷惑をお掛けするんじゃないかと、、」

「確かにそうだな」



本心から思って謝った事とはいえ、随分とあっさり言い切ったな。

もう少しオブラートに包んでくれてもよかったのに、、、、。

事実だから、仕方ないんだが。



「だが、、」



重ねて謝罪の言葉を述べようと思っていたが、ウルはそのまま言葉を続けた。

その表情には、迷惑を掛けられた事に対する憤りのようなものは感じられない。



「今回の事で俺がお前に言える事は二つだけだ。よく勇気を出した。よくぞリビィとセナリを守ってくれた。ケイト、恩に着る」

「ウルさん、そんな、頭を上げてください、、、、。僕がした行動はただの無計画なもので、褒められるようなものではありませんから。自分の身の安全も保証出来ない状況でしたし、下手にキングベポを怒らせれば更に被害が広がっていたかもしれないです。上手くいったから良かったものの、、」

「お前は何故そこまで冷静に判断出来、その時の行動が正しくないと思っているのに実行したんだ?わざとキングベポの神経を逆撫でし、死者を増やしたかったか?」

「───そんな事!!」

「ないだろうな。それならばどこに、悲観する事がある?」

「それは、、」



ウルの言う通りだった。

俺は今だけでなく、あの時ですら単騎で打ち倒し行くのは良策じゃないと、頭では分かっていたんだ。

自分一人で突撃するくらいなら、精霊魔術の使い手らしいリビィや他の魔術師に協力してもらって確実に倒すか、重力魔術で近くの人が安全圏に逃げるまで足止めするかのほうが幾分かマシだっただろう。


それは分かっていた。

分かっていたんだ。


ならなんで単騎での突撃を選んだ?

それは分からない。

考えと違う行動に合理的なものは存在しないんだ。

ただ一つ分かっているのは、体が勝手に動いた(・・・・・・・・)というぼんやりとしたものだけ。

起因となったものは一晩休んだ今でも不明で、思い出せないままだ。

あの時、何かを思って行動を起こした事は間違いないんだけどな、、、。




「、、分かりません」




ウルの問いには答えず、ただふわふわと現状の気持ちを述べた。

それが分かって自分の中に落とし込めてたら、寝付きが悪くなる事もなかっただろうしな。



「そうか。無理に考えろとは言わないが、その時の感覚は覚えていたほうがいい」

「ウルさんは分かるんですか?」

「ああ、おそらくだがな」

「では、なんであの時僕は動いてしまったんでしょうか、、」

「感覚的なものだ。人に言われたところで理解出来るものではない。考えの整理がついたら自ずと分かってくるだろう」



そんな曖昧な、、、、。

考えの整理なんて、つく見通しもないのに。

キングベポに人が食べられているのを見た時。

逃げ惑う人々を見た時。

何かが心の中で疼いていたのはぼんやりと覚えているが、、、。





「今の話の続きになるが、お前宛てにここの領主から手紙が届いている」


まだ全貌は見ていないが、セプタ領はかなり大きい領だったはず。

これだけ広いところの領主となると、かなり偉い人なんじゃないだろうか。

勿論、この世界に来てばかりの俺が、そんな人物から手紙を貰える理由なんてないはずだった。

昨日までは。



「えっと、、、」



封を切られた手紙を受け取り中を見る。

書かれているものを読もうとするも、読み書きをマスターしてない俺には理解する事が出来なかった。

ある程度は分かるけど、、、。



「あれこれと色々書いてあるが、簡単に言えば、今回の功績を称えて報酬を与えるから身なりを整えて明日の夕刻に来い、という内容だ」

「一人で、でしょうか?」



内容を教えてくれた事に感謝を述べつつ、おずおずとウルに尋ねる。



「いや、書いていないがおそらく俺も一緒だ。ユリティス王に媚を売る良い機会だとでも思ってるんだろうな」

「行かないと駄目ですよね、、、」



自分の心情すら掌握出来ていないこの状況で、上手く振舞える自信がない。

ただでさえ、目上の人に対する礼儀や言葉遣いはいまいちだというのに。



「安心しろ。断っている」

「え?」

「面倒臭いというのもあるが、断った主な要因は、お前にもう一つ来ている同日の誘いだ」

「誰からでしょう?」



嫌な予感がする。

領主という身分の高そうな人の誘いを断る理由になる程の人物。

そんな身分の者は限られているわけで、、、




「ユリティス王だ」




俺の予想は、悪いほうに上回る形でウルの口から告げられた。

ウルの話によると、ベポ狩りの一件を聞きつけたユリティス王は大そう関心していたそうだ。

それに加え、自らの側近であるウルの弟子であるという事も後から知り、増々興味が湧いて一度会ってみたくなったそう。

さっきまで目立ってしまったという事を反省していたばかりなのに、そこでこの話か、、、。



「それをお断りすることは、、、」

「無理だな。領主程度なら俺の名前を使えばまだ断れるが、国王陛下ともなると流石に断れない。だがまあ、おそらくお前が心配しているような事は起きないだろう。ユリティス王は、初対面であれこれと詮索されるようなお方ではない」

「信用されてるんですね」

「ああ。そうでなくては、こんな面倒臭い仕事はやってられん。俺が仕えるのは、ユリティス王だけだ」



そう言ってウルは誇らしげな表情を浮かべた。

断れない、、か。

まさか、あの数分の出来事がここまで派生してくるとは全く思っていなかった。

ウルといいベルといい、そして今回会うユリティス王もそうだが、こっちに来てから特殊な人に会い過ぎている気がする。

前の、何の特性もない少ない人数でワイワイしていただけの生活とは大違いだ。

良縁に恵まれてるのかそうでないのか。

それは、出会ってみなければ分からないだろう。



「まあそこまで気負うな。特に準備しておくものも、今日やっておかなくてはならない事もない。いつも通りに過ごせ。訓練を見てやる事は出来ないが、ギルドには行くか?」

「はい。お願いします」



こんな事を言うと渋い顔をされるかもしれないが、今は正直なところ魔術訓練にも読み書きの練習にも乗り気ではない。

やる気がなくなったかといえばそういうわけではなく、解決の見えない問題が頭をぐるぐる巡っているせいで、余裕がなくなっているんだと思う。

かといって家でボーッとしていたらその場から一切動かなくなりそうだったから、とりあえず魔術訓練という名目で体だけでも動かすことにした。

まあ、手を前に翳してイメージするだけでは大した運動にはならないと思うが、、。

今は何かをしているという安心感が必要なんだ。




とまあ、頭の中でよく分からない言い訳がましいものを延々と垂れ流している間に野外修練場に着いたわけだが、今日はどうしようか。




「今日はどの魔術を訓練する予定だ?」

「実はまだ決めてなくて、、」

「そうか。この前見せたやつは覚えているか?」

「えーと、風魔術の形成単語ですよね?」


前回の魔術訓練で見せてもらったのは、魔法陣内を風で吹き荒らすような威力を持つ風魔術。

殺傷能力が高く、出来れば使う機会に恵まれたくない形成単語だ。



「ああ。あれを使い熟せるようになっておけ。一日で三つ習得出来れば上々の結果だろう」

「分かりました」

「ああそれと、」



言葉を区切ったウルが、俺のローブに軽く手を添えた。

一瞬の後、ローブが温かくなり、緩く締め付けられる。



「今日一日でなくなる事はないと思うが、出来るだけ気を付けて使ってくれ」

「ありがとうございます」

「日が傾いてきても迎えに来ない場合は一人で戻れ」

「、、、はい」



簡単に言ったけど、まだ一人で街中を歩いた事すらないんだけどな、、、。

転移塔でのやり取りの仕方も教わっていて道も覚えてるとはいえ、ちゃんと帰れるだろうか。


小さい頃お使いに行って迷子になった時の感覚を思い出して不安になってしまった。

お巡りさんのような存在がいるのかどうか、聞いておいたほうがよかっただろうか。

早々に立ち去ってしまったから、もうそれは出来そうもないのだけど。

、、、、迎えに来てくれる事を願っておこう。






「ケイトさん!」






(うおっ!?ビックリした、、)

魔法陣に入ろうとしたところで、後ろから突然声を掛けられた。

この声はあれだ。

俺が性別を間違えてしまったあの子だ。



「お久しぶりです!」

「久しぶりだな、ベル」



ベルとはあの時街中で偶然会ってから一度も顔を合わせていなかった。

ウルから聞いた話の事もあって、ギルドに来る度に何かあったんじゃないかと心配でキョロキョロと探したものだ。

とりあえずは怪我もしてないみたいだし、元気そうで良かった。



「暫くギルドに来てなかったみたいだけど、何かあったのか?」

「フレーメルさんの仕事のお手伝いをさせてもらっていました!」

「仕事の手伝い?」

「はい!前にケイトさんとリビィさんに助言をいただいた通り、フレーメルさんに全部、正直に話してみたんです」



ベル曰く、正直に気持ちを伝えてみると、フレーメルも正直に色々と話をしてくれたらしい。

一人で働かせるのが怖く、でも頑張ってくれているのに辞めろと言い出せなくて、お金を受け取らない事で働く意味をなくして辞めさせようとしていたのだそうだ。

フレーメルを手伝いたいベル。

ベルに危ない事をさせたくないフレーメル。

そんな二人の折衷案として、一人で働かせず、ベルの心も満たせるようにと、フレーメルの仕事の手伝いをする事になったらしい。

それが嬉しくて、休んでいいと言われているのに、今日まで無休で働いていたそう。

そのままワーカーホリックにならなければいいが、、、。



「ケイトさんとリビィさんにはなんてお礼を言ったらいいのか、、本当にありがとうございます」

「俺は何もしてないけどな。自分の思った事を話しただけだ。フレーメルさんと今まで以上に仲良くなれたのは、ベルが頑張った成果だよ」

「そ、そうでしょうか?」

「ああ。保証する」

「えへへ。嬉しいです」



ああ。

やっぱりベルの笑顔は癒される。

何も裏のない、純粋な笑顔。

悩みが全て消えるわけではないけど、心なしか重荷に感じていたものが軽くなった気がする。


(この流れのまま心の内を話してしまえば、もう少し楽になるんだろうか)


年下に相談をするなんて情けのない事だとは思いつつも、俺はベルを頼る事にした。

解決策を出してもらえなくてもいい。

話を聞いてもらうだけで、きっと少しは、心が軽くなる。

そう信じて。



「なあベル」

「どうしました?」

「頭で考えてる事とは全く違う行動をしてしまった事ってあるか?」

「えっと、、、どういうことでしょう?」

「うーんとな。頭の中ではこうしたほうがいいとかああしたほうがいいとか、明確な答えがあるのに、何故か体はその答えとは別の動きをした事はあるか?」



自分で言っておいてそんな事あるか?と思ってしまったが、実際にあったのだから仕方がない。

これ以上言い様もないしな。



「どうでしょう、、、。全く違う動きをした事はないかもしれません。本来ならこうしたかったけどそこまでの動きを体がしてくれなかった、というのはありますけど、、、」

「それとは少し違う気がするんだよな、、、体が勝手に動いた事とかもないか?」

「それはあります。頭で考えがまとまる前に感情が先に前に出てしまって、勝手に体を動かしてしまったり」

「それってさ、やっぱり本能がそう動くように体に命令を出してるのかな」

「僕はそう思います。でもこれは、ケイトさんがさっき言っていた、考えと全く違う行動を取ったというのとは、また違うと思います」

「どうしてそう思うんだ?」

「自分の中で考えがまとまる前に行動してしまう事はあっても、それは結局、まとまっていなかっただけで持ってはいた考えだと思うので、、」

「やっぱりそうだよな、、、」



ベルの意見は非の打ちどころのない真っ当な物だった。

答えが決まっていない状態でも、頭の中に選択肢さえ存在すれば(・・・・・・・・・・)その行動を取ってしまう事はある。

ということは、ベポ狩りの一件で俺が取った行動は、無意識下で考えていた選択肢が浮き上がってきた結果なんだろう。


胸中にあるモヤモヤの答えをずっと知りたいとは思っていた。

ウルに濁されて早く教えてほしいとも思った。


でも、実際求めていた答えはこれじゃなかった。

この答えを認めてしまうと、危険な選択をわざわざ体が了承した事になるから。

自分ないしは他の人が巻き込まれるかもしれない選択を。

今まで意識をしていなかっただけで、もしかしたら元々、俺の中に存在していたのかもしれないな、、、。

この、人の命を重く見ない考え方が。

だとしたら悲しいが、今懇々とあの時の心情の整理をしていると、絶対に無いと否定し切れない自分もいる。



「何か悩んでいるんですか?」

「ああ。ベポ狩りの一件でな」

「あ!そう!それをお聞きしたかったんです!昨日のお手伝い中に噂を聞いて、キングベポを倒した人の名前が〝ケイト〟だったので、もしかしたら、、、と思っていたんです」



どうやらベポ狩りの一件は、ベルの耳にまで届いていたようだ。

気恥ずかしいやら何やら。

でも、特に否定しなくてもいいか。



「合ってるよ」

「やっぱりですか!?実物を見た事ないんですけど、とても大きくて凶暴だと聞いたので、それを倒したケイトさんはやっぱり凄い人なんですね、、」

「凄い事なんて何もないよ。結果として被害を少なくする事に成功したけど、仕留め損ねてたらより被害が拡大していたかもしれないからな、、、。あの選択が正しかったと、胸を張って言えないんだ」

「えっと、、、、。僕はその場に居なくて詳しい事を知らないんですけど、もし良ければお話聞かせてもらいたいです」

「分かった」



ベルに、ベポ狩りの一件を詳しく話した。

あの日何があったのか、どれだけの被害が出たのか。

その時自分はどう考えていて、どういう行動を選択したのか。

重ねて、自分より何歳も下の女の子に相談するなんて情けないと思ったけど、どうしても吐き出してしまいたかった。


ただつらつらと。

自分の目から見た状況と、今の心情を正直に伝えた。



「頭の中では、俺では倒せるわけはないし、下手に手を出して逆鱗に触れてしまったら近くに居る人に被害が及ぶかもしれないって理解出来てたんだ。やるなら誰かに協力してもらうか、足止めをするだけにして倒そうとはしないほうが絶対に良いとも思ってた。それでもあの時俺は、単騎で挑んでいく事を選択したんだ。それって結局、自分の力を試したいって欲が、被害が想定される人達の命の重さを上回った結果なのかなって思ってさ。俺はあの一瞬、人の命を軽視してたんじゃないかって」



隣に居るベルの目は見ず、ぼーっと前を見ながら独白のように話し続ける。

話している間、ベルは一度も口を挿む事なく、時折うんうんと頷きながら必死で聞いてくれてた。

項垂れる俺を、情けないと呆れた表情で見る事もなく。



「僕には難しい事は分かりません。でも一つだけ、ケイトさんがそんな人の命をどうでもいいなんて考える酷い人ではない事は分かります」

「でも実際あの時頭にあった事で思い出せるのは、今言った事ぐらいなんだ。考えてもいない事を行動に移せないのであれば、必然的にそういう事になってしまうんだよ」

「ケイトさん。本当にその時考えていた事は今話していただいた事だけですか?冷静に状況を考えながらも、いざ実行する時に何か頭に思い浮かんだりしてないですか?誰かの事を想って、とか、、、、」

「思い浮かんだ事、、、」



あの時何かを考えついてから走り出したのは、ぼんやりとだが覚えてる。

もう一度思い返せば、それを知り得るだろうか。

そう考えて、再度一つずつ。

あの時の光景を思い返した。

キングベポが出てリビィと二人で逃げようとして、その時に足踏み一つで揺れが起こって。

振り返ったら人が食べられていて、、、



(、、うっ)



今でも、思い出すだけで吐きそうになる。

それでも、思い出さないと前に進めない。

吐きそうになりながらも、ひたすらにあの光景を脳内で反芻した。






(、、、あ)






そういえばあの瞬間。

俺の中で何か責任感のようなものが芽生えたのを思い出した。


ウルに託されたリビィとセナリを守る役目。

そのウルを支えてやってくれと、転移塔でアッシュさんに言われた。


リビィの精霊魔術を頼りたかったけど、守る役目を任せれてる以上、キングベポに近付かせて危険な目に合わせるわけにはいかない。

ウルの支えになるなら、これくらい一人で対処しなくちゃいけない。


その二つが心の何処かで、知らない内に繋がったのかもしれない。

繋がって一つの考えとして纏まって、その結果単騎で飛び出す事になった。

俺は、犠牲が広がってもいいと思って動いたわけじゃなかったんだ、、、



「俺は多分あの時。リビィさんを守りたいって必死に思ってたんだと思う。守る為には自分で何とかしなくちゃいけないって」

「やっぱり」



どこか納得した様子で、ベルがそう呟いた。



「やっぱりって?」

「ケイトさんは例え知り合いでなくても命を軽視する事なんてない人だって分かっていたので、きっとそういう理由で動いたんだろうなって、噂を聞いた時からずっと思っていたんです」

「今の今までその時の自分の気持ちすら分かってなかったけどな。ベルが話を聞いてくれたおかげだ。ありがとう」

「そんな!僕は何もしてないですよ。それに、ケイトさんのおかげでキングベポのお肉も配給されて、フレーメルさんも喜んでましたし」



それは喜ばしい事だが、、、。

あれは確か、一定以上の貧しい家庭にしか配られなかったはずだ。

配られたという事は、ベルの家がかなり貧しいという事を意味する。

ベルは嬉しそうだが、俺は素直に喜べないな、、、。



「ベルの家にも配られたのか?」

「はい!凄く美味しいですし、ケイトさんが狩ったんだなって考えると、食べていて凄く嬉しい気持ちになります。それでこの前食べながらニヤけてしまって、それを見たフレーメルさんに笑われてしまいました、、」

「仲良さそうだな」

「はい!今とても楽しいんです!」



そう言いながら、ベルは俺に向かって満面の笑みを向けてくれた。

変わらずの、無垢で真っすぐな笑顔。




「ふぇ!?ケ、ケイトさん!?」




あ。

つい頭を撫でてしまった。

まだ心のどこかで男だと思ってしまってるからな、、、。

甥っ子と同じ感覚で接してしまう。

そんな事を言ったらまたリビィに怒られそうだけど。


「ごめん、つい」

「大丈夫です!!」


多分大丈夫ではないんだろう。

完全に目が泳いでて、何処を見ているかも分からない。



「あー、じゃあそろそろ魔術の訓練しようかな」

「そ、そうですね!お邪魔してしまってごめんなさい!ここで見ていてもいいですか?」

「良かったら一緒に練習するか?」

「お邪魔じゃないでしょうか、、、?」

「全然大丈夫。頑張ろう!」

「はい!お願いします!」



ベルと一緒に魔法陣に入るとなると、念の為、威力は調整したほうがいいな。

そこまで広範囲に及ぶものでもないけど、まだまだ魔術の扱いは初心者だし、念には念を入れておいたほうがいい。



今日覚えるのは、連続して使う合わせ技のような風魔術の形成単語を三つ。



(テンペスト)〟 〝(ゲージ)〟 〝(スピア)



端的に説明すると、小規模の高威力な竜巻をいくつも起こして、それらを威力を保ったままドーム状に一纏めにして標的を囲い込み、渦巻いた風の槍を幾本も内側に発生させて相手を串刺しにするというものだ。

例えるならば、風で作ったアイアン・メイデンといったところだろうか。

高威力かつで対人戦に向いたものだが、周囲のかなりの範囲が風で吹き荒れるので、近くに味方が居る時にはあまり使わない。

つまり今のような状況では本来使わないものだ。

だがまあ、これも良い訓練になるだろう。

出来るだけ、効果が及ぶ範囲を小さくするように意識しよう。








「ふぅ、、、」


一つ息を吐き、それを合図として魔術訓練をスタートした。

始める前は上手く集中出来るかと不安しかなかったが、ベルと話してスッキリした事によって、良い具合に集中力を高める事が出来た。

一つずつゆっくり試して、上手くいかなければもう一回。

上手くいっても復習がてら、もう一度同じ形成単語を唱える。

それを、昼食を挿みつつ夕方まで続けた。



膨れたお腹を抑えながら今まで覚えた形成単語復習をしていると、視界の端でベルが自身の周囲に草花を咲き誇らせていた。

久し振りに見るが、やっぱり綺麗だ。


(あ、、、)


綺麗な草花に囲まれるベルを見て、大事な事を思い出した。

植物魔術について、言っておかなければならない事があったんだった。



「ベル。今ちょっと大丈夫か?話しておかないといけない事があるんだ」

「?はい」

「ベルの植物魔術についての事なんだが───」

「人前で使わないほうがいいっていうお話ですか?」

「そうそう、、って、え?」



俺の言葉を遮って、ベルに言いたかった事を先に言われてしまった。

さも当たり前の事かのように、何とも思わないといった顔をしている。



「実は知ってるんです」

「そっか、、、知ってたんだな」

「黙っていてごめんなさい」

「それは全然いいんだ。でも、知ってるのになんで俺には見せてくれたんだ?」

「ケイトさんには見せても大丈夫な気がしたんです。他の魔人の方とは何処か違っているような、そんな雰囲気をしてる人だなって思ったので。実際大丈夫どころか、綺麗だって褒めてもらえて、、、。その、凄く嬉しかったです!」

「かなり思い切ったな、、」

「やっぱりそうですかね?でも、あの時見せていなければこうしてリラックスしてお話する事も出来ていなかったので、今となっては良かったなと思ってます」



誰にも話せない秘密の一つや二つはある。

話せば自分の身に危険が及ぶと分かっていたら、言動に気を使い過ぎてリラックスして話せないものだよな、、。

俺も、その点では人の事は言えないが。

自分だけ隠し事をするのは勇気を出して話してくれたベルに失礼な気もするけど、どうしてもこればっかりは話せないよな、、。

ベルに対して、申し訳ないという気持ちが募る。



「信用してくれてありがとうな。これからも仲良くしてくれるか?」

「勿論です!こちらからお願いしたいくらいですよ!僕の植物魔術の事を知っている人はケイトさんとフレーメルさんくらいですし」

「あーっと、、、それの事なんだけど、実は一人だけ話してしまった人がいてさ」

「え!?」



当然、驚くよな、、、。

知らなかったとはいえ、思い切って話してくれたベルを裏切るような事をしてしまった。



「ウルっていう人なんだけど知ってるか?」

「三賢者のですか、、?」

「そう。俺の魔術の師匠で、今住み込みで教えてもらってるんだけどさ。俺田舎者で植物魔術の事も何も知らなくて、、、。聞いてみようと思ってその時に話してしまったんだ。本当にごめん」

「いえ、、、大丈夫、、、、です」



俯きがちに答えたベルの体は、注視しなければ分からない程度に、小さく震えていた。

もしかしたら、過去に一度人に話してしまって酷い目にあった経験があるのかもしれない。

そう思えるほど何か明確な怯えを持っている様子で、仕方のない事とはいえ自分の無知を恨んだ。

かといって、腐愚民である事以外の隠し事はベルにしたくないしな、、、。



「でもベル。安心してほしいんだ。ウルは口外しないと約束してくれたし、ディベリア教の教徒じゃないからそんな迷信に興味はないって断言してた」

「信じてもいいんでしょうか、、、?」

「ああ。約束する」

「、、分かりました」



ベルは信じると言ってくれたが、動揺を隠せてはいないようだった。

小さく震えの残る手と、焦点の合わない目。

今は何をしてもきっと、安心させてあげる事は出来ないんだと思う。

それが俺であれ母親代わりのフレーメルであれ。

ベルの怯えを祓うには、それなりの時間が必要だ。
















「帰るぞ」


魔術訓練を続ける気も起きず、魔法陣の外でベルと休んでいると、気まずい会話の数分後にはウルが迎えに来てくれた。

短い時間にも関わらず永遠にも感じられる程だったから、正直なところかなり助かった。

ありがとうウル。

感謝をしつつ、明らかに顔が疲れてるのに迎えに来てもらった事に申し訳なさを覚えた。



「お仕事お疲れ様です」

「ああ。魔術訓練は滞りなく進んだか?」

「はい。何とか」

「そうか」



短い会話の後、沈黙が訪れる。

その沈黙を利用して、俺の口が思考を追い越した。



「ウルさん。帰る前に一人紹介したい子がいるんです」

「紹介?」

「はい。少し時間いただいてもいいですか?」

「ああ」

「ありがとうございます。ベルー!ちょっと出て来てくれ!」



物音がした後少し間が空いて、おずおずとベルが近付いて来る。

その表情には、疑問符と怯えが浮かんでいた。

自分の秘密を知る相手と向き合うのは、怖いよな、、、。

でもきっと、少し話せばウルが危害を加えるつもりがないというのを理解してもらえると思うから。

悪いとは思いつつも、前へ進む為に俺は二人を向き合わせる選択をした。



「紹介します。この前話したベルです」

「、、、初めまして」

「ウル・ゼビア・ドルトンだ」

「ベルです。えっと、、その、、」



ウルと言葉を交わしながらも、ベルは俺の後ろに隠れ、ローブの裾を掴んでいる。

強くローブを掴んだ手は、小刻みに震えていた。

苦行を敷いているのを悪く思ったが、知られてはいけない秘密を知られたという不安を抱えたまま帰らせるのはどうしても避けなければいけない。

きっともう少し。

もう少し話してくれたらウルの事を信用してもらえるはず。



「不安か?」

「い、いえ!そんな事は!」

「隠さなくていい。自分の秘密を知る、数少ない人物に初めて会うのに緊張しない奴はいない。内容も内容だしな」

「すみません、、」

「信じるかどうかは任せるが、俺は言いふらすつもりはなければ、自分の手を汚すつもりも、誰かに広めるつもりもない。植物魔術の事も、お前の幼少期の話もな」



幼少期の話?

うっかり植物魔術を使ってしまってイジめられていたとかそういうのだろうか。

もしくは、簡単に予想する事が出来ないような重い過去か。

そんな事まで知っているのかと言わんばかりの驚いた顔をした後、ベルは裾を持っていた手を解いて、凛とした顔で俺の横に立った。

その表情には、先程までの怯えは失われているような気がする。




「信じます」




まだ若干震えながらも力強く言い放ったその言葉に、ウルは小さく微笑んでみせた。

それを見ているのがバレて一瞬で変化した鬼の形相を向けてきたけど、それは見なかったことにしよう。

珍しい表情が見れた。



「お前はここで待っておけ」



何やら話す事があるらしく、俺は一人、離れた位置で話す二人を眺める事になった。

すぐに終わると言ってたけど、何を話してるんだろうか。

気になる。










「名前はベルでいいんだな?」

「はい」

「元の名前はもういいのか?」

「もう捨てましたから。でもどうしてそれを?ごく一部の人しか知らないはずなんですが、、」

「俺の知り合いに何でも知ってる変わり者が居てな。メヒト・ヴィルボーク・フィオっていうんだが知ってるか?」

「勿論です。三賢者のですよね?」

「そうだ。どこから聞いてくるのかは分からないが、あいつは魔人域全土の情報を握っている。アクレイト家の御家事情もな。知ってどうこうするつもりではなかったが、俺の知っている植物魔術の使い手の名と、ケイトから聞いた名前が一致しなかったもんでな。気を悪くしたなら謝る」

「いえそんな!それよりも、知った上で何もせず、こうして普通に接していただいてありがとうございます」

「ケイトが世話になっている手前、無下には出来ん。言えはしないが、あいつもまあ色々と大変なやつでな、、、。これからも仲良くしてやってくれ」

「勿論!こちらからお願いしたいくらいです」










(良い天気だなぁ、、、)

空を舞う鳥を暢気に眺めながら、二人が戻って来るのを大人しく待つ。

耳に打ち付けるような風が吹いていて会話を盗み聞きする事は叶わなかったけど、見た感じでは何となく嫌味は言われていない気がしたので、深く気に留める事はなかった。



「待たせたな。帰るぞ」

「はい」

「ケイトさん!また!」

「またな、ベル」

「はい!」



屋外修練場でベルと別れて、沈み始めていた陽を背にして、いつも通りの帰り道で影を伸ばしていった。

自分の身長より長く伸びた影には、ここに来た時にあった疑念はほとんど含まれていないように感じられる。


謝罪と不安と、焦燥と安心と。


そんな多くの感情を体感した一日は実際の時間より長く感じられて、不自然に作り上げられた疲れは、瞼に重く圧し掛かった。

ベルのおかげで、明日の謁見には余計な感情を持って行かなくてよさそうだ。

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