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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
二章
16/104

十四話「ベポ狩り」



ベルの一件以降も、俺の生活は然して変わらなかった。

家に居る時はリビィに読み書きを教わって、セナリの家事を手伝う。

基本的にはその繰り返し。



読み書きを教わっている間に教えてもらった事だが、この世界にも年月や時間といった概念、単位はあるみたいだ。

一年は十二ヶ月360日。ひと月は均一に30日。

三か月交代で時計回りで東西南北四方向、順番で太陽が昇るらしい。

その日ごとの呼び方としては、【東の陽 一月(ひとつき) 一日(いちにち)】といった風に呼ばれるそう。


時間は一日が24時間20分。

各都市の中心部にある大時計の携帯端末であるプレートに魔力を流し込めば時間が表示されるらしいが、待ち合わせなども大まかな時間で決める事が多い事と、時針盤と呼ばれるプレートの価格が高い為、あまり普及していないみたいだ。

価格が高いと聞いてしまっては、時計が欲しいと強請る事も出来ない。

時計は諦めよう。


大時計自体は古の精霊の時魔術による加護だと、セナリが興奮気味に言っていた。

他にも、ギルドの結界や転移魔法陣、本の複製などが精霊魔術による加護を誰でも扱えるように道具化、施設化したものらしく、前の世界のように科学技術が発展していない事も納得出来る便利さがある。

精霊魔術は思っているよりも幅広く、痒い所に手が届くような魔術も沢山あるのかもしれない。

探してみれば、風魔術を利用した掃除ロボとかもあるんじゃないだろうか。

いらないけど。





読み書きや家事手伝いと並行して、ウルに時間がある時はギルドまで連れて行ってもらい、魔術の訓練をした。

基礎魔術の訓練は浮遊魔術でほとんど終わっていたようで、ウルが直接指導出来る時間は全て形成単語の訓練に費やしている。


そんな生活を続けて半月。


俺は形成単語を大方覚えて、その中の4分の1程を扱えるようになっていた。

〝どちらかというと基礎魔術より形成単語のほうが簡単だ。言葉を覚えれさえすれば細かくイメージしなくても使うことが出来る〟とはウルの言葉で、驚いた様子は全くなかった。

サクサク覚える事が出来てまたウルの驚いた表情が見れるかも?と思っていた俺にとっては少し残念だったが、、、。

まあそれはいいだろう。

色々とスムーズに覚えられているというだけで、楽しく魔術訓練が出来ているのだから。





「また読めない単語、、、」


いつもと変わらぬ朝、日が昇って少ししてから目が覚めた俺は、リビィに見繕ってもらった簡単な本を、部屋で読み進めていた。

詰まらず読めるわけではないが、分からない単語を調べながらであれば何とか読むことが出来ている。

とは言いつつも、何度も詰まってしまって、そろそろ読むのがしんどくなってきた頃ではあるけど。




「ケイト様!おはようございますでーす!!」




本を読むのに疲れてきた頃、タイミングよく部屋の扉を隔ててセナリの快活な声が耳に届いた。

姿が見えなくても、とびきりの笑顔である事が十全に伝わる声だ。

尻尾が付いていたら間違いなくぶんぶんと振り回している事だろう。

セナリに尻尾は生えてないのに、鮮明に想像出来てしまうな、、。

部屋に入るよう促すと、セナリが食い気味に扉を開けて入ってきた。



「ケイト様!おはようございますです!」

「ああ、セナリ。おはよう」

「朝ご飯の準備が出来ていますです!」

「分かった。一緒に降りようか」

「はいです!」



なんだろう。

もしかしたら気のせいかもしれないが、セナリのテンションがいつもより高い、、?

いつも通り笑顔で軽やかな声である事に変わりはないが、その質がちょっとだけいつもと違う気がする。

、、、あ。今スキップしたな。

気のせいではなさそうだ。



「セナリ、何かいい事でもあったのか?」

「へ!?な、なんででしょう?」

「ん、いやなんとなく。いつも以上に楽しそうだなと思って」

「はわわ!は、恥ずかしいです、、顔に出てしまってたですか、、」

「うん。あと、さっきスキップしてたぞ?」

「スキップ、、ですか?」



ん?

もしかしてスキップはこっちにないものなのか。

こういう無意識の失態は注意していかないと。

どんな発言がバレるきっかけになるのか、分からない。



「いや、なんでもない。それで、何か良い事あったのか?」

「はいです!朝ご飯を食べ終えたらお話しますです!!」



俺が頷くのを確認してからセナリが進行方向に向き直ると、セナリの背中越しに湯気の立つ美味しそうな料理達が見えてきた。

それを見た途端、あれこれと考えを巡らせていた思考があっという間に食欲に支配されていく。

セナリが上機嫌な訳は、一先ず置いておこう。

今は、気づかない内に音を鳴らしていたお腹を静めるのが先だ。

話はその後にでもゆっくり聞こう。








「今日も朝から美味しかったね!」

「そうですね。美味しくてついつい食べ過ぎてしまいましたけど、、、、。ちょっとお腹苦しいです」

「だ、大丈夫でしょうか!?」

「大丈夫大丈夫。すぐ治まるよ」


とは言いつつも、動き出すのが億劫になる程度には苦しかった。

元の世界に住んでいた時は食べるのも憂鬱になる事が多かったのに、、、。

ゆっくりしたいところだったが、セナリとリビィが片付けに動いたのを見て休んではいられないと慌てて立ち上がった。


(あ、、、)


水魔術の訓練がてら洗い物を手伝おうとしたが、ローブを着ていない事に気付いて躊躇した。

魔力が無い。

それはどうしようもない事だとはいっても、やはり不便だ。

セナリにならバレても偏見を持たれる事はなさそうだけど、今はとりあえず魔術を使わなくても手伝える範囲の事を手伝おう。



「よし。これで片付け終わりか」

「はいです!ありがとうございましたです!」

「こちらこそ美味しいご飯をありがとう。じゃあ約束通り、セナリに何があったか聞かせてもらわないとな」

「はいです!」

「なになに?何か良い事あったの?私も聞きたい!」

「今日は待ちに待ったベポ狩りの日なんです!ずっと楽しみにしていたので嬉しくて嬉しくて!」

「そっか!そういえば今日ベポ狩りだったね。セナリ、ベポ肉好きだもんね」

「はいです!」



ちょっと待て。

自分で聞いたものの、全然話についていけてない。

あたかも当たり前のように話してるけど、ベポ狩りってなんだ?

ベポ肉っていうのがこの前食べた豚肉だというのは分かるけど、、、。



「あ、ごめんね?ケイトは知らないよね」

「そうですね、、。ベポ狩りって何でしょう?」

「この前食べたベポ肉って覚えてる?」



サクサクに揚がったトンカツを思い浮かべながら首肯する。

未だにお腹は苦しい程膨れているのに、涎が垂れてしまいそうになる。

頭を振って、あの日の美味しかった豚カツのイメージを振り払った。



「あのお肉がベポっていう魔物から取れるんだけど、一年に三回、そのベポの大規模な狩りが行われるの。繁殖能力が高過ぎて、定期的に狩りをしないと増え過ぎるからね」

「魔物、ですか?」

「うん。普通の動物や植物が、魔力を体に一定量以上取り込んで変異したのが魔物。ベポは魔物の中でも危険性が殆どないから、今日みたいに大規模で狩りが行われて、セナリぐらいの年齢の子供達にも身近なものになってきてるみたい。私は数回しか行った事ないから詳しく知らないんだけどね」



耳馴染みのあるものだと、収穫祭のようなものだろうか?

魔物と聞いてしまうと尻込みしてしまうが、祭りとして扱うくらいだから創作物で散々見てきた凶悪な魔物とは違うのだと思う。

繁殖力の強い豚くらいに思っていたらいいかな。



「今日は行くんですか?」

「うん。ケイトもね」

「ケイト様も行くですか!?嬉しいです!」

「え、え?いいんですか?」

「勿論。だから今日は勉強お休み!ウルにも言ってあるから大丈夫だよ」

「ありがとうございます。見て社会勉強しますね」

「ケイトは参加する側だよ?」

「、、え?」



参加する側?

という事は狩りをする側?

家畜を育てた経験もなければ、動物の生肉ですらまともに触った事のない俺が?

狩りなんて、某モンスターを狩るゲームでしかした経験がない。

、、、、いや。

あれは経験にカウントするべきではないか。



「そんなに緊張しないで大丈夫だよ。私も参加するし。狩りって言っても危険性はなくて、難しくもないからさ」

「ケイト様頑張って下さいです!」

「、、、あ、ああ」



断る理由を作れる自信もないし取り敢えず参加する事にしたが、内心は不安しかなかった。

ベポは安全なんだろうか。

ちゃんと狩りを出来るんだろうか。

狩りの方法はどんなものなんだろうか。

出来れば、操作の簡単な麻酔銃みたいなので眠らせる方法がいい。

血を見る事になれば、間違いなく精神が害されてしまう。


(大丈夫かな、、、)


何とか殺生は無い方向で参加出来ないだろうかとあれこれ考えを巡らせながら部屋に戻って、心なしかゆっくりとローブを羽織った。




「じゃあ行こっか」


リビングに戻ると、二人は既に準備を終えて談笑していた。

セナリはいつも通りの服装だが、リビィは膝下まである淡青色ベースのマントを羽織っている。

おそらく、魔装なんじゃないだろうか。

リビィの容姿のせいで魔術師というより、妖精とか精霊とか、そういう幻想的なものに見える。

ふわふわと、タンポポの綿毛のように空を舞っていそうだ。














「おっ。ウル坊んとこのリビィちゃんか。今日はどこに?」


三人でやってきたのは最寄りの転移塔。

ベポ狩りが行われる場所には、転移塔を乗り継がないと着かないんだそう。



「アッシュさんお久しぶりです。今日はベポ狩りに行こうかと」

「ベポ狩りねえ、、。あの噂、聞いてるか?」

「噂ですか?」

「今回のベポ狩りはキングベポがいるかもしれないって話があってな、、。本当かどうかは確かめてないが」

「キングベポですか、、。もしその噂が本当なら危険ですね、、」

「そうだな。羊の坊ちゃんは足が速いから何とかなるとして、そこの魔術師見習いはあんまり連れて行かない方がいいんじゃないか?」



そうだそうだ、もう一声!

魔物という未知の存在に対峙するのを回避する為、不参加を勧めるアッシュを心の中で応援した。

セナリが不思議そうな表情で首を傾げて顔を覗き込んでくるが、きっと表情には出ていないと思いたい。



「いえ、それは大丈夫ですよ。ウルの話を聞く限りでは、もう私より魔術のレベルは上ですから」



それは初耳だな、、。

リビィが魔術を使っているのを見た事がないし、どれくらいの使い手なのかも聞いた事がないから、分からないのは当然なんだが。

ただ謙遜しているだけなのか、俺が思っている以上に魔術の訓練がかなり進んでいるのか。

そのどちらかだろうな。

ローブの魔力が枯渇した時の為に、出来れば前者であってほしいと思う俺は女々しいのだろうか。



「そうかいそうかい。なら問題ないだろう。あの精霊魔術の使い手と名高いリビィちゃん以上ならな」

「その呼び名はやめてください。ウルが変な情報流すから、、」

「いいや、実際大したもんだ。契約してすぐ精霊魔術を十全に使えるやつなんてそうそういねえからな」

「あれは本当に偶然なんです、、。忘れてください」



どうやらリビィは、俺がまだ会得していない精霊魔術の使い手らしい。

ウルのあの結界を壊した魔術の威力を鮮明に覚えているから、先程のリビィの言葉が謙遜である事は充分に理解出来た。

精霊魔術は戦闘向きでないものも多数あるようなので、戦闘に使えるという面で、俺の魔術の習熟度を褒めてくれたのかもしれないが。

何であれ、リビィをその辺のか弱い女性と同じようには考えないほうがいいだろう。



「はっはっは。すまんね。寂しい年寄りの会話に付き合わせちまった」

「久し振りにお話出来てよかったですよ」

「相変わらずウル坊には勿体無いぐらいの良い子だな。詫びとして、使用魔力はこっち負担で持とう」

「いいんですか?」

「特別だ。乗り継ぎの転移塔行きはアッチだ。気い付けてな」

「はい。ありがとうございます」

「あと、そこの坊ちゃん」



魔法陣に向かって歩き出すリビィとセナリに着いて行こうと動き出してすぐ、アッシュに声を掛けられ立ち止まった。

坊ちゃんなんて人生で初めて言われたかもしれない。

違和感を覚えつつも、手招きするアッシュの口元に耳を寄せた。



「なんでしょう?」

「自分の魔術の訓練で大変かもしれねえが、気が向いたらウル坊の事も守ってやってくれ」

「ウルさんを、、、ですか?」

「そうだ。あれは相当な魔術使いだが、最近仕事続きでかなり疲弊してるからな。何かあった時に助太刀するぐらいの事はしてやってくれ。不器用過ぎて助太刀のタイミングも上手く掴ませてくれないとは思うが」

「、、、、分かりました」

「頼んだぞ。気い付けて行って来な」



次の転移塔に移動して、その後ベポ狩りが行われる場所に着くまでずっと考えていた。

ウルがおそらく疲弊しているであろう事は、殆ど家に帰ってこない事を考えれば容易に理解出来る。

顔には疲労が見え始めてるし、何処となく口数が減ってきているのも疲れてるからじゃないだろうか。

でもそれは、

元の世界でいうところの、仕事が連勤続きでいつもより少し疲れている、ぐらいの状況だと思っていた。

そう思っていたからこそ、アッシュの話は自分の認識と差異があったし、ストンと心に落ちてこなかった。


俺がウルに助太刀するなんて想像も付かないけど、アッシュの見立てではそういうことが起こり得るかもしれないって事だろうな、、、。

亀の甲より年の功とも言うし、念の為頭には入れておこう。

あと、何があってもいいように折りを見て追加で魔力水を買っておこう。

リビィにまた、付いて来てもらわないといけないな、、。










「あ、あれが今回ベポ狩りが行われるヘヌイット平野だよ」


自然が多くなってきた事を感じながらリビィが指差す方向を見ると、そこには見渡す限りの草原が広がっていた。

遠目には百匹くらいの動物が見える。


(あれがベポ?)


調理前の状態と同じく、どう見ても豚にしか見えないが、、、。

魔物とはいっても、普通の動物と然して変わらないのだろうか。

もしかすると、近付いたら全く違う見た目の生物という可能性もあるけど。



「久し振りに来たですー!」

「前回のベポ狩りは違う場所だったもんね」

「そんなに毎回繁殖する場所が変わるんですか?」

「繁殖する場所はそこまで変わらないかな。ベポ狩りをするに伴って、いくつかに別れた群れを一箇所に追い込むの。その群れの数とか時期によって追い込む場所を変えるらしいよ」



それならその群れごとに狩りをすればいいじゃないかって思ったけど、日本の祭りみたいに民衆が楽しむイベントみたいなものなんだろうと思って口には出さなかった。

散り散りに狩りを行っては、盛り上がりがいまいちなんだろう。



「凄い人だな、、、」

「はいです!」



全体を見渡せる丘の頂上から緩やかな下りの道を下りて行くと、麓には多くの人が集まっていた。

魔術師風の人や家族連れで談笑している人。

武器を持っている人も居る。

あれがウルに聞かせてもらった武人だろうか。

何というか、武器を持ってるだけで強そうに見える。














「さあさあ!!これで参加者は全員出揃ったか!?今回も張り切って狩りしていこうぜー!」

「「「おおー!!!」」」


ヘヌイット平野に集まった群衆の真ん中で、一人の小柄な男が宙に浮いて大きな声を張り上げる。

それに応えるように、見上げた群衆も大きな声を上げた。

一度友人に連れられて行った野外フェスもこんな感じだったなと、数か月前の出来事にも関わらず不意に郷愁を感じてしまった。

あの時は結局最後まで乗り切れずにへばったが、今回もそうなりそうな気がするな、、。



「すごい熱気だね。ケイトはあの輪に入らなくて大丈夫?」

「はい。ここで見てます。セナリだけでも行って来たらいいのに───あれ?」



セナリがいたはずの位置には、誰もいなかった。

辺りを見回してみるも、どこにも姿がない。



「ははは。セナリならもう走って行っちゃったよ。今頃あの人込みのどこかに埋もれてるだろうね」

「早いですね。でも、一人で大丈夫なんでしょうか」

「大丈夫だよ。ここに来る人は良い人ばっかりだから。毎回参加するメンバーもそんなに変わらないし、セナリも顔覚えてもらってるんじゃないかな?」



セナリ、どれだけ常連なんだ、、、、。

だがまあ、俺もリビィも参加組だから、セナリが一人で見学する事にならなそうで良かったかな。





「早速始めていくぞ!参加するやつは敷いてあるロープの一歩前に!それ以外の見学者は奥でゆっくり楽しんでいきな!!」





宙に浮かぶ男の合図で全員が散り散りに動き出す。

ロープの前に立つ人。

後ろに下がって楽しそうに談笑する人。

一部では、開始前から酒盛りが始まっている。

湧き立つ熱気の中、俺とリビィはセナリの姿を軽く探しつつ、ロープの前に立った。



「リビィ様、ケイト様!頑張ってくださいです!」



参加者を激励する人混みの中から突然、興奮した様子のセナリが飛び出してきた。

自分より背が高い人ばかりなのに、よく見つけられたな。



「うん。頑張ってくるね。帰ったらまた美味しいお料理お願い」

「はいです!!」

「そういえばリビィさん。ベポ狩りって具体的にどうすればいいんですか?」

「あ、まだ言ってなかったね。ベポは3本尻尾が生えてるんだけど、その中に一本だけ色の違う尻尾があるの。赤かったり青かったり。個体によって色は違うけど、見たらすぐ分かるよ。それを引き抜いたら終わり。倒れたベポはその場に放置してたらいいよ」

「尻尾を一本抜くだけで死ぬんですか?」

「正確に言うと死んではないらしいんだけどね。少なくとも3日は動かないみたい」



仮死状態のようなもの、なんだろうか。

道端に落ちていて突然動き出す蝉の姿が思い浮かんだが、リビィ曰く3日は動き出すことがないらしいので、ひとまず安心しておこう。

あの心臓が止まりそうな光景は、何度見ても慣れない。

この世界に蝉、いないよな、、、?






「準備はいいかー!!」

「「「おおー!!」」」

「じゃあいくぞ!一斉に、、、、、すたあああとだッッ!!!」


男の合図と共に、ロープの前に立っていた群衆が一斉に走り出す。

一瞬呆気にとられて呆けてしまったが、少し遅れる形でリビィと小走りで追いかけた。

ベポと接敵する頃には終わってたりしないだろうかと、淡い期待を抱きながら。



「多いな、、」



先頭に遅れてベポの群れに近付いて行くと、群れの全貌が徐々に見えてきた。

遠目から確認した時とは違い、数百や数千ではきかなそうな数のベポが犇めき合っている。

まるで、薄ピンク色の巨大な絨毯のようだ。


(ある程度分かってたけど、これやっぱり豚だよな、、)


リビィの言っていた通り尻尾が3本あり、背中に飾りのような羽が付いているしサイズも大きいが、それ以外は記憶にある豚の姿と一緒だ。





ふごっ、ふごっ──。





(あ、豚だ)

鳴き声や動き方も豚そのものだった。

素早さもないこの程度の動きで尻尾を抜くだけでいいのであれば、危険性も殆どないだろう。

俺より華奢な女の人達も平気で尻尾を抜きまくってるし、問題なさそうだ。

笑顔で尻尾を抜いて次々に豚を気絶させていく女性達の姿は、中々にシュールなものだった。



「どう?意外と簡単でしょ?」

「はい。もっと魔術を連発するようなのを想像してました」

「私も最初はそう思って見学させてもらったんだけどね。やってみると案外楽しいんだよ。血も出ないし」

「血が出ないのはかなり有り難いですね。、、、おっと」



体重が自分より重そうなベポに押され、よろける。

何とかバランスを取って倒れずに済んだ。



「大丈夫?」

「はい。ちょっと押し負けただけです」

「倒れて踏まれたら大変だから、気を付けてね」

「はい。これだけ大きいですもんね、、、。この大きさでこんなに沢山いて、全部食べ切れるんですか?」

「次の狩りまでには基本的に食べ終わるかな。でもどうだろ。今回は前に比べて凄く数が多い気がするから、もしかしたらいつもより多めに貰えるかもしれない」

「そしたら、セナリが美味しく調理してくれるの楽しみですね」

「うん!」



思い浮かんだのはあの日の豚カツの姿。

狩りをしながら調理後の姿を想像するのは可哀想な気もするが、俺の中で絶対的な権力を持つ食欲には逆らえない。





リビィと談笑しながら、時には倒れたベポを運ぶ係の人を手伝いながら、ひたすらに尻尾を抜き続ける。

初めは、血が出ないとはいえ多少の抵抗があった。

断末魔のような叫びがあるわけではなく、完全に死ぬわけでもないらしいが、やはり生き物を害するというのは躊躇するものだ。

だが十数匹の尻尾を抜いた後辺りからその感覚はなくなり、ただの作業のように淡々と手を動かし続けた。

もうかれこれ2時間は経過しただろうか?

まだまだ、終わりは見えない。

もう少ししたら午後の参加組が来るらしいし、そうなれば速度も上がっていくだろう。

頑張ろう。


















「うわああああ!!!」
















平和なベポ狩りの最中。

突如、ヘヌイット平野に叫び声が響いた。

その直後、ベポの群れを縫うように進んで行っていた先頭集団が、声を上げながらこっちに向かって走ってくる。

あまりの必死な形相に、全員が作業を忘れてその様子を見つめた。

何があったんだろうか。

時に躓きながらも全力で走り続ける姿には、不安を覚えさせられる。


(あれはなんだ、、、?)


遠くてよく見えないが、集団の後ろには鈍い金色の岩?が見える。

心なしか動いてるような気もするが、、、。

気のせいだろうか。








「キングベポが出たぞおおおおおおお!!!」









先頭集団の中の一人が一際大きなでそう叫ぶと、近くに居た人達は一斉に顔面を蒼白にして、叫びながら見学者の待つほうへと走っていった。

状況が分からないながらも、絶望に染められた顔で走り続ける集団を見ると自然と焦燥感が募る。

なんだ?

キングベポってなんなんだ?



「アッシュさんの言ってた事、本当だったんだ、、」

「リビィさん。キングベポって?」

「ベポの群れの長だよ。稀に繁殖過程で突然変異して、体が金色の個体が生まれるの。それがキングベポ。サイズも凶暴性も桁違いで、、、、。って、ぼーっとしてる場合じゃない!ケイト、私達も逃げないと!」

「そうですね。早く逃げないと────ッ!?」



リビィと逃げる為走り出そうとしたその瞬間。

キングベポが一つ、大きく足踏みをした。

足踏み。

そう、ただの足踏みだったんだ。


それが走り出す事も出来なくなる程の揺れになるなんて、この場にいる誰も予想していなかった。

揺れを確認して、揺れの原因も認識して。

ここでこの揺れだ。

後続は大丈夫なんだろうかと振り返ると、キングベポの口から血塗れの人の上半身が出ているのが見えた。

服装からして、逃げる集団の最後尾辺りに居た男だと思う。

もがいて抵抗する事もなく、顔も腕も、だらりと垂れ下がっている。





「うっ、、、、」





人が食われている。

理解したくなくとも、目で見てしまっては理解せざるを得ない。

元の世界で普通に暮らしていたら見る事の無かったであろうその景色に、強烈な吐き気を催した。

何とか胸を押さえて吐かずに留める事は出来たが、気持ち悪い感覚がずっと胸の辺りを漂っている。

その間も、絶えず微弱な振動で大地は揺らされていた。



「逃げ、、、ないと。ケイト。早く。走って」

「・・・・・」

「ケイト!」

「リビィさん、先に逃げてください」

「ケイト!?何する気!?ちょっと待って!ケイト!!!!」



何を思ったか、俺は吐き気の止まない胸を押さえてキングベポに向かって走り出していた。

逃げ遅れている人達は勿論顔見知りではないし、助ける義理なんてない。

俺は、自分の命より人の命を大切に出来るような殊勝な考えを持つ人でもない。

でも何となく。

あれを放置してはいけない気がした。


(怖い。怖いし、逃げ出したいはずなんだけどな、、、)


そう理解しているはずなのに、足は止まる事なく、ベポの隙間を縫ってキングベポへと向かっていた。

何度か躓いたが、それでも速度は緩まない。



「おい、兄ちゃん!そっちは危ないぞ!」

「大丈夫です!何とかします!」



途中何人かに話しかけられて返答したが、実のところ、きちんと言葉として脳で処理出来ていなかった。

走る事と吐き気を抑える事と、どうやってあのデカブツを倒すかを考えるのに必死だったから。


吐きそうになって立ち止まって、息を整えてまた走る。


それを何度か繰り返している内に、キングベポから300m程の位置に着いた。

前を見ると視界の上方にはキングベポの口が見える。

その口には食べられた人の服が引っ掛かり、血がべっとりと付いていた。

もう、後戻りは出来ない。

ここまで来てしまえば、あの巨体から逃れる事は出来ない。

冷静さの欠けた思考でもそれを理解出来たからこそ、胸中にキングベポと対峙する事の恐怖が改めて湧き上がってきた。


(でも、これくらい対処出来ないと、アッシュとの約束を守る事なんて出来そうもないもんな、、)


どうして倒そうかと考える思考の片隅で、そんな事を考えた。

ほぼ無意識ではあったが。




「はあ、、、はあ、、、」




抑えても抑えても昇ってくる吐き気をやっとの思いで落ち着け、全力で走ったせいで乱れた息を整える。


(大丈夫。いける。大丈夫だ)


自分を言い聞かせ、不安を宥めながら標的を倒すシュミレーションをする。

その間も標的が止まってくれる事はない。

のそ、のそ、と一歩ずつ着実に近付いてくる。

その度に、視界はどんどんとキングベポの姿で塗り潰されていった。


向けられた視線を考えるにおそらく俺を捕食対象として定めたんだろうがそんな事は気にせずに、ひたすらに集中を深める。

特大の魔術を一つに纏めて発射。

まだ精霊魔術は使えないから、それに近しい威力になるように形成単語を掛け合わせる。


(落ち着け、落ち着け、、、)


タイミングはまだ。

失敗したら、きっと次はない。

一回で決められる位置、攻撃の射程範囲に入るのを待たなくてはいけない。






「ふぅ、、、、。よし、いける」






一つ、大きく息を吐いて右手を前に翳した。

手の甲越しに、俺に見定めるような視線を向けるキングベポの姿が見える。






「〝炎舞(フレイムズ)〟!!〝炎舞(フレイムズ)〟!!〝炎舞(フレイムズ)〟!!────〝(コネクト)〟!!」






体から5m程離して開けたスペースに作り出したいくつもの等身大の炎塊が、周囲の雑草を一瞬で灰にしながら収束して、直径20m程の一つの大きな炎塊になる。

前日に降った雨のおかげか炎塊に直接触れたところ以外へ燃え移る速度は遅々としていて、広く延焼する心配はしなくて良さそうだ。


(きっついな、、)


細かなイメージの必要ない形成単語とはいえ、連発してそれを維持するのは周囲の音が掻き消える程の集中力を必要とする。

高められた集中力によって掻いた汗には頓着せず、一つ息を呑んで、羽虫を退けようと近付いてくるキングベポを睨み付け、ゆっくり口を開いた。







「〝(ピルシング)〟!!!!!!!」







ゆらゆらと動いていた炎塊が、標的の喉元に向かって一閃、唸りを上げながら奔った。

キングベポの断末魔だと思われる耳を劈くような轟音がして、炎が勢いよく貫通して向こう側の空が見えたのが確認出来て数秒後。

今度は弱り切った唸り声を上げて、キングベポはその場に倒れた。

倒れた時の振動が、視認するのとほぼ同時に足元に届く。








「「「う、うおおおおお!!!すげえええ!!」」」








(倒せた、、、のか?)

鳴き声を上げて倒れはしたが、足元に倒れている仮死状態のベポ達が、殺せたかどうかの確証を持たせてくれない。

でも、確認に行こうとしても膝が震えて足に力が入らず、どうにもならなかった。



「ふう、、、」



キングベポが完全に倒れ伏すのを見て緊張の糸が切れたのか、足の力が抜けて膝から崩れ落ち、その場に座り込んだ。

隙間を殆ど開けない心音が、内側から煩く耳に届く。

額から流れた汗が膝に置いた手に落ちて、生き残った事を実感させてくれた。

安心して、いいんだよな、、、?



「ケイト!大丈夫!?」

「リビィさん、、。怪我とかは全然大丈夫なんですけど、ちょっと気が抜けちゃって。今は立てそうにないです」

「もう、、、無茶し過ぎだよ、、、」

「そこの兄ちゃん!今のはアンタがやったのか!?」



膝を折って呆れた表情で視線の高さを合わせてくれたリビィ越しに、先に逃げていた集団から数人が駆け寄ってくるのが見える。

呆れているリビィへの謝罪もそこそこに、大きな声で話し掛けてくる魔術師らしき男に声を振り絞って返答した。



「はい。まだ安全かどうかは分からないので、出来れば避難を進めてください」

「ああ、勿論だ。助かった!ありがとうな」



ぞろぞろと集まってくる参加者にテキパキと指示を出しながら避難を勧める魔術師達を、ぼんやりと眺める。

十人程が被害の確認や遺品の回収でキングベポの元へ向かったようだが、もう動き出す様子もないし問題ないだろう。

それに、生きていたとしてももう弱ってるだろうし、あれだけの人数がいれば対処出来ると思う。



「リビィさんも。今の内にセナリのところまで戻ってあげてください。心配してるでしょうから」

「馬鹿。ケイトも一緒に戻るよ?ほら、肩貸すから」

「すみません。ありがとうございます。あ、その前にちょっとだけ待ってもらっていいですか?」

「いいけど、、、。どうかした?」



リビィが差し出してくれた手に少しだけ預けていた体重を、全て自分に戻す。

姿勢を正し、その場で正座して、キングベポのほうに向かって手を合わせて目を瞑った。

せめて、少しでも安らかに眠れるように。

キングベポに向けたものではなく、口元に残った血の主に向けて。

この世界で祈るという行為が意味を成すのかは分からないけど、俺の気持ちに整理をつける為に、どうしても必要な事だった。


(救えなかったな、、)


もう少し動くのが早ければ。

キングベポの姿を確認出来てすぐ、逃げるのではなく戦う事を選択していたら、もしかしたら救う事が出来ていたかもしれない命。

悔やんでもどうしようもないけど、何もせずに割り切って背中を向ける事は出来なかった。



「すみませんお待たせしました」

「ううん。私も手、合わせておくね」



俺と同じように黙祷した後、手を解いたリビィに再度体重を預け、肩を組む形でセナリの元へと戻る。

全身が微弱な震えを持っていて、情けない事にリビィに支えてもらいながらでないとまともに歩けそうにない。

綺麗な横顔が近くにあるせいで落ち着けていた心臓が再度早鐘を打ち始めたが、そんな事を考える余裕があるのであれば、完全に落ち着くのもすぐだろう。

もっと余裕があれば、じっと見て横顔を堪能するんだけどな、、、。

流石に、そこまで平常を保ってはいられなかった。



「リビィ様!ケイト様!大丈夫だったですか!?!?」



見学者のテントで落ち着かない様子でうろうろと歩き回っていたセナリが、帰ってきた俺とリビィの姿を見て駆け寄って来る。

ちゃんと帰ってきて安心した様子ではなく、リビィに肩を貸してもらう俺の姿を見て引き続き心配を募らせている様子だ。

大丈夫だという意味を込めて、近付いて来るセナリの頭を撫でておいた。



「セナリも大丈夫だった?」

「こっちは少し揺れたぐらいなので大丈夫です!それより、キングベポが突然倒れたように見えたですが、、、」

「あれはケイトが倒したんだよ」

「ケイト様がですか!?」

「ああ。気が抜けて今はこの様だけどな」

「す、凄いです!どうやったですか!?」

「あー、えっと、、」



先程の情景を思い出しながら、期待の眼差しで見てくるセナリに解説をしようと言葉を選ぶ。

だが、人死にの光景が一番に浮かんで、治まったはずの吐き気が込み上げてきてしまった。

暫くは、武勇伝のように語る事は出来そうもない。

それに、決して完璧なものではなく、被害も出てるしな。



「セナリ。今は休ませてあげて?」

「はわわ!ごめんなさいです!」

「大丈夫。ごめんなセナリ」

「とんでもないです!セナリも肩お貸しするです!」

「ありがとう」



リビィとセナリの若干アンバランスな高さに齷齪(あくせく)しながらも、見学者が集まる場所へとゆっくり歩き、用意してもらった椅子に腰掛けた。

腰を落ち着けてすぐ、安堵の息を深く吐く。



「どうした!?どっか怪我してるのか!?」

「あ、いえ。ちょっと気が抜けてしまって」

「はっはっは!そうかそうか!ゆっくり休んでいくといい。誰かは分からんがキングベポも仕留めてくれたようだしな」

「ははは。そうですね。本当に助かりました」



一瞬、自分ですよと言おうとしたけど目立つのがまずい気がして、喉の辺りでぐっと堪えた。

英雄になりたいという心算があって討伐したわけではない。

まあでも、今キングベポの近くで作業に勤しんでる魔術師達の内数名は、俺が倒した事を知ってるんだけどな。

名前は知られてないし、広まる事はないと思いたいところだ。



「いいの?倒した事伝えなくても」

「いいんです。あんまり目立ってもウルさんの迷惑になりそうですし」

「、、そっか。ありがとう、ケイト」

「そんな。何もしていませんよ。救えなかった人もいますし」

「それでも救えた人のほうが圧倒的に多いよ。きっと皆ケイトに感謝してると思う」

「そうだと嬉しいですね」

「うん。きっとそうだよ」



訓練以外で魔術を使うのは初めてだった。

勿論、生き物に使うのも初めてだ。

小山を思わせる巨体はとても生き物には見えなかったけど、殺めてしまったんだよな、、、。

いまいち実感は出来なくとも、事象として理解する事は出来る。

食事で家畜を食べている手前、どんな命でも殺生をしてはいけない何て綺麗事を言う気はないけど、良い気分では決してない。

リビィやセナリを守ると約束してしまった以上、毎回こんな風に腰抜かしてるわけにはいかないんだけどな、、、。

その内、慣れる事は出来るんだろうか。








避難が完了する人々を流し見ながら、ぼんやりと胸中にある感情の理解を始めた。

初めての事に対する気持ちの良くない余韻と、これからの覚悟への。

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