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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
一章
14/104

十三話「未知の魔術:後編」



「うん!順調に覚えていってるね」

「何とか覚えられてます」


三度目の読み書き練習は、変わらず午前中から自室で行われた。

前回と進め方は一緒で、習ったところを復習してから新しい単語や文法を学んでいく。

地道だが、これが一番分かり易い気がするし、一回毎に整理出来るので混乱せずに済む。

意識してやっているのかは分からないが、リビィは人に教える才能があるんじゃないだろうか。

教える立場になった事はないから偉そうに明言は出来ないけど。



「リビィさん。ここなんですけど、前回やったところとどう違うんですか?」

「ここ難しいよね、、。前のはどっちかと言うと親しい人に使う時用かな。こっちは目上の人に使う時用。字に起こしちゃうと殆ど違わないんだけど、それでも意味合いとしては結構変わってくるみたい。この後に繋げる言葉とか、この前の文章の作り方とかもね」



意味合いとしては、敬語とため口くらいの違いがあるのだが、文字にしてしまうと何故か違いが殆どなくなってしまう。

おそらくだが、こっちの世界の口語では似たような発音になるのではないだろうか。

日本語で発音すれば勝手に変換されて相手が理解してくれるから、どうしても口語と文語の違いを理解し辛いところがある。

何となく感覚で文法を覚えてきていたけど、ここからは一つずつ虱潰しに覚えていくしかないか、、。

言葉を覚えなくてもいいという利点が、こんなところでネックになってくるとは。



「でも、一つ壁を越えたら後は結構単調なんだよね、実は。信じられないでしょ?」

「今は全く想像もつかないです」

「ケイトは真面目で頑張り屋さんだからきっと大丈夫だよ」

「そうですか?ありがとうございます」

「でもね。無理だけは絶対しないでね?」

「む、無理、、ですか?」



ウルに言われた事を抱えているのが見抜かれたのかと動揺して、少しどもってしまった。

反応を見る限り、そんな事はなさそうだが。



「うん。ケイトもセナリと同じで、私とウルに気を遣ってる感じがあるからさ。すぐに仲良くなって!とは言わないけど、気を遣い過ぎて無理はしてほしくないなーって。何か辛い事があったら言ってほしいし、言われて出来ない事があればちゃんと断ってほしい。ウルはあんなだけど、私もウルもセナリも、ケイトの事家族だと思ってるからね?」

「、、、分かりました。でも、それを受け入れる代わりといってはなんですけど、一つお願いしてもいいですか?」

「どうしたの?」

「その、烏滸(おこ)がましいとは思うんですけど、リビィさんも何か辛い事とかがあれば、いつでも話していただけませんか?この世界の事を何も知らない僕が力になれる事なんて限られてますけど、自分だけ頼ってばかりなのはどうしても気が引けるので」



それくらいはさせてもらわないと、衣食住を整えてもらっておいて、自分ばかりワガママを言うなんて出来そうもない。

無償の愛というのが苦手なタイプだ。



「うん、そうだね。分かった。何かあったら遠慮なく頼らせてもらうね」

「はい。僕も何かあれば頼らせてもらいます。って言っても、もう色々頼ってしまってますけどね」



お道化た様子でそう言って、リビィと顔を合わせて笑った。

リビィに家族だと言ってもらえるのが嬉しいと感じる反面、元居た世界への気持ちが少なくない質量で俺の中に居残っているせいで、素直に喜べないという思いもあった。

過ごした年数が圧倒的に違うのだから、当然といえば当然ではあるんだが、、、。

少し、引け目を感じる。



「そういえばケイト、この前言った事覚えてる?魔力水買いに行こうって話」

「勿論覚えてますよ」

「それを今日行こうと思うんだけどどうかな?もう家の中で出来る魔術は一通り覚えてるし、一日中読み書きの練習するのもしんどいだろうからさ。息抜きにどうかなって」

「僕は勿論大丈夫ですし、外に連れ出してもらえるのは有難いです。でも、リビィさんは大丈夫ですか?一日中付きっ切りで、自分の用事とか、、」

「大丈夫だよ!昨日の内にしなきゃならない事は終わらせておいたしね」

「じゃあ、お言葉に甘えますね」

「うん!じゃあ早速準備して!もうそろそろお昼出来上がるだろうし、食べてちょっとゆっくりしたら行こう!」



三度目の読み書き練習は、いまいち進んでいるのかよく分からないままに終わってしまった。

リビィには覚えるのが早過ぎるぐらいだと言ってもらえたが、自分ではその場で足踏みしている感覚しかなく、成長している実感は湧かない。

前はもっと楽観的な思考をしていたはずなんだけどな、、、。

未知の状況は、思いの外心を不安定にさせる。



「セナリ、今から出掛けるけど一緒にどう?」

「セナリはお留守番してますです!お気を付けて行ってらっしゃいませです!」

「うん。お留守番よろしくね!」

「はいです!」

















──────────────────



魔力水。

それは魔人に恵みを与え、獣を狂気に狂わせる。

狂った獣は魔物と化し、見境なく生ある者を襲う。

魔力を欲する強者よ、神授川(しんじゅせん)へ向かい給え。

流るゝ水は其方に力を与えるだろう。




──────────────フィアタット・メアット著   絵本「魔物と人の大戦」より抜粋























◇─────────────




リネリス裏街道。

そう呼ばれる薄暗い一本道は、紹介なしには見つける事すら叶わない。

所在地も知られておらず、転移魔法陣の中で特定の文言を唱えた者だけが訪れる事を許される。




───────────────◇

















「ケイト、こっち。この辺りに立って」

「ここ、、ですか?何もないように見えますけど」

「実はこの石畳の下に魔法陣が彫ってあってね、見ただけでは分からないから、誰かの紹介なしには行く事が出来ないの。私も初めて連れて行ってもらった時は半信半疑だったよ」



リネリスの喧騒が偽物だったかのように静まる裏路地の片隅。

木箱や麻袋が雑然と並べられた人気の無い場所で、リビィが指差す辺りをもう一度目を凝らして見てみる。

リビィ曰く、転移塔を経て少し歩けば表通りにも沢山魔力水を売っている店があるらしいが、その殆どが人口で作られたもので、天然物より遥かに魔力回復量が少なく、その癖割高らしい。

そんな理由があって、ベテランの魔術師達はこうして人目のつかないところにある魔法陣から、天然の魔力水が売ってある裏街道へとわざわざ足を運ぶのだそう。

魔法陣とは言ってもギルドのように光が立ち上っているわけではなく、どれだけ見てみても何の変哲もないただの石畳だ。




トントン───。




ふと思い立って足でとんとんと叩いてみても、勿論なんの反応もない。

こういった隠れた場所に行くという展開には、何歳になってもわくわくさせられるな、、。

いや、大人になった今だからこそ、こんなにも興奮するのかもしれない。

忍者屋敷の隠し扉なんかが良い例だ。



「心の準備出来た?」

「はい。お願いします」

「うん。じゃあ行くよ?〝裏街道の主よ。今、願いを聞き届け給え。我、北の塔への導きを望む〟」



リビィが文言を唱えてすぐ、石畳の隙間から薄く青白い光が漏れ出てきて、そのまま視界を覆った。

この感じ、この色、覚えがある。

リネリスから、リネリット魔術ギルドへ行く時のあの感じ。

転移魔術だ。












「着いたね」


淡青色の光が晴れると、レンガ造りの2畳ほどの空間にリビィと二人で立っていた。

目の前には二人並んで出る事すら出来なそうな狭い出口があり、その先には幾人の魔術師らしき人物達が見られる。



「ここですか?何も無いように見えますけど、、」

「ここは出入り口みたいなものかな。ちょっとあの円の真ん中に立ってみて」



疑問に思いつつもリビィに言われた通り狭い空間を抜け出て、そのまま真っ直ぐ10m程進んだところにある石畳に彫られた円の中央に立った。

離れたところからだと分からなかったが、ここからだと分かる。

おそらくこの円が、この空間の中心にあたる部分だろう。



「さっき私達が居たのがあそこ。それと同じものがこの建物の内壁に沿っていくつもあるでしょ?あれ全部が裏街道と表街道を繋げてるの」



辺りを見回すとリビィが言う通り、円柱形であろう建物の内壁にはさっき居た2畳ほどの空間が壁を一枚隔てて整然と並んでいて、そこから人が出入りしている。

何というか、服屋の試着室のようにも見える。

ちらほらと警備員のような人はいるが、入出が管理されている感じは見受けない。




「さ、行こっか」

「そうですね」


魔法陣から離れ、一つ大きく開いた出入り口を抜ける。

抜けた先は広い幅の一本道で、両脇にある店の灯りと、道の真ん中に点々と設置された街灯が薄く辺りを照らしていた。

まだ昼だったはずなのにこうも暗いのは、移動した事によって時差が発生しているのか、はたまたこの場所がずっとこの暗さなのか。

おそらく後者だろうし、後者であったほうが何となく夢があってワクワクする。

中二病臭いかもしれないけど、ずっと日が昇らないとかそういうのは心を燻る何かがある。

日が昇る昇らないではなく、地下にあって陽光が遮られてるだけかもしれないけど。



「裏街道はこの一本道だけなの。元は魔術師用の店屋街だったみたいだけど、数十年前くらいに、出入りする時の文言と魔法陣の位置さえ知ってれば誰でも来れるようになったんだって。品揃えも今と昔で変わってきたみたい」

「どんな物を売ってるんですか?」

「基本的には魔力水と魔術道具かな。でも、その中でも結構危ない物とかも売ってるらしいよ?大々的にではないけどね。後は中々出回らない希少価値の高い食べ物とか、かな」



ほんのりと暗い雰囲気に明るい店内。

入り易さなど配慮されておらず、全ての店がどことなく怪しい。

リビィは明言を避けたが、もしかすると、こういう怪しい店では定番の使ってはいけない薬なんかも置いてあるのかもしれない。

食材ですら知らない物ばかりだから、薬になんて手を出す事はないだろうけど。

体調が悪くなったら薬じゃなくて治癒魔術を頼ればいいしな。



物珍しさで辺りをキョロキョロと見渡しながら歩く俺と違って、リビィは目的地を目指して黙々と歩いていた。

だからといって付いて行けないようなスピードではなく、時折立ち止まったかと見紛うようなスピードになる俺に合わせてくれているような感じだった。

夢中になり過ぎて、それに気付けたのは目的の店に着く寸前だったが。



「ここだ!久しぶり過ぎて一瞬通り過ぎそうだったよ」



数分歩いてリビィが立ち止まったのは、通りにあるどの店よりも大きな店の前。

入口の大きさもさることながら奥行きもかなりあるのに、店内の明るさと通路の広さのおかげで奥まで見渡すことが出来る。

他の小さな店とは違い、安心出来る雰囲気だ。



「ここ以外にも結構売ってるところはあるんだけどね。道中も何軒か通ったし。でもウル曰く、裏街道で魔力水を売ってる店は陰で他の違法な物を売ってる事が殆どだから、極力ここ以外は入らないほうがいいんだって。だから、ケイトもこのお店の場所覚えといてね」

「はい。お店の名前はなんていうんですか?」

「それが、裏街道のお店は全部名前がないんだよね、、、。なんでか分かんないけど、そういう風習なのかな?看板とかも出てないしね」

「そういえばそうですね。入口のところに木の板とかも掛かってないし、見たところ中の壁とかにも何も書いてなさそうです」

「ここは比較的大きいから見つけやすいけど、他の店なら大変かも。ほら、人に教える時とかさ。店主の名前を伝えたら案内してくれる人がいるらしいけど、何処にいるかもいくら取られるかも分かんないし、何かあったら怖いもんね」



案内人、、か。

隠された裏路地、看板の無い店屋街、紹介でしか知り得ない案内人の存在。

どれもこれも、よく妄想したファンタジー世界の設定に酷似している。

こっちに来てから、魔術を使ったり初めて見る言語に遭遇したり、妄想していたものに似たものに多く触れることが出来てるな、、、。


あれ?

そう考えれば案外良い事ばかり起こっているかもしれない。

最初に聞かされたマイナス要素が頭に残っていて今の今まで気付けなかったが、転移してからのほうがいい生活をしている気がする。

まだ右も左も分からない状態で自由は効かないが、こうして事情を知ってくれているリビィやウルが一緒の間は、もう少し気を抜いて楽しんでもいいのかも。

そんな事をぼんやりと考えながら、店内を物色するリビィの後に続いた。



「あった。これが魔力水だよ」



リビィが手に取った商品を見てみる。

見た目は手のひらサイズの細いガラスの筒で、中には容量の4分の1程度の透明の液体が入っている。



「なんで容器に対してこれだけの量しか入ってないんですか?」



明らかに少量しか入っていない事に、ついクレーマーのような言葉を漏らしてしまった。

満タンまで詰めていてほしい。



「やっぱり気になる?これはね、入ってないように見えて入ってるんだよ、実は」



、、、、ん?

一瞬納得しかけたが、ちゃんと飲み込んでから考えるとよく分からないな。

トンチみたいだ。


「えっと、どういう意味でしょう?」

「ふふ。ごめんね、分かりにくいよね。液体が入ってない部分は空なんじゃなくて、濃度の濃い魔力が入ってるの。魔力濃度が濃いところには物質が何も入り込めないんだって。詳しい原理は知らないけどね」

「水を抜いて、その魔力濃度が濃いところだけを抽出することは出来ないんですか?」

「それが出来ないらしいんだよね、、。この中にある水から発生してるものらしくて、水を介さないと魔力を摂取出来ないんだって」



んんん?

余計難しくなった気もするけど、おそらく炭酸水みたいなもの、、かな?

あれも中の空気だけを摂取する事は出来ないだろうし。

詳しいわけではないから正しくは知らないけど。

思い浮かぶ中で最も当て嵌まりそうな物とすり合わせて、ひとまず無理矢理納得しておいた。



「あんまり遅くなるといけないし、早く買って帰ろっか。とりあえず10本ぐらいでいいかな」

「持ちますよ」

「大丈夫!ありがとう」



店の奥のカウンターへと魔力水の入ったガラス瓶を持って行くリビィを、手伝いもせずボーッと眺める。

一瞬カップルみたいだなと思ったけど、ウルに焼き尽くされる未来が鮮明に浮かんできて考えるのをやめた。

そのままその場で立ち尽くして、購入した魔力水の瓶が入った布袋を持ったリビィを待って、来る時に通った道をなぞってまだ明るい陽の光を浴びた。



「せっかく出掛けたんだし、ちょっと遠回りして帰ろっか。まだまだ目新しい物ばっかりだから、気分転換にもなるんじゃない?」

「いいですね。色々教えて下さい」

「うん!任せて!」



提案を承諾すると、リビィはどこか嬉しそうに頷いた。

普段は大人びてるけど、こういう時の表情は良い意味で子供っぽい。

せっかく魔術を覚えたし、使うならゲームのように魔物を倒したりするのも憧れるけど、この笑顔が濁らないように守ってあげたいな、、、。

でも、ウルの奥さんって事はおそらく魔術も教わってるよな?

まだ見せてもらった事はないけど、守るより守られてしまいそうな予感がしてならない。

、、、頑張ろう。






「ここ久し振りに来たなあ」


楽しそうに歩くリビィについて行くと、花屋が立ち並ぶ通りに出た。

店頭の飾りが、その奥にある幾つもの花が、通りの華やかさを演出している。


(花、、、、か)


店先に綺麗に飾られた花達を見ると、ベルの魔術を思い出す。

売り物の花と違い、ベルが作り出した花は温かみがあった。

吸い込まれるような包み込まれるような、そんな温かさ。


またいつか、ベルに会いたいな、、。


一度しか会ってないけどベルには信頼を寄せてるし、頭に思い浮かべるだけで安心感が得られる。

そうそう。

今目線の先に居るような、右目が髪で隠れた子だったんだよなあ───



(って、ベル!?)



昨日の今日で見間違うはずもない。

あれは間違いなくベルだ。

前髪の間から見える綺麗な黒い瞳には人が多く行き交う中でも惹きつけられるし、肩の辺りまで伸びた綺麗な白髪は、透き通るような色とは相反して、ベルの魔術のような温かさを帯びている。

道の脇で座って何かをしているように見えるけど、、、。

あんなところで何をしてるんだ?



「ケイト?あの子と知り合い?」

「へ!?あ、いえ」



危ない危ない。

ウルに他言無用って言われたばかりなのに、早速存在を明るみにしてしまうところだった。




「あ!ケイトさん!」




あ、そういうパターンね。

うん、分かった。

もう諦めるよ、、、。

抵抗をせず、嬉しそうに手を振って駆けてくるベルを待った。



「あれ?知り合いだったの?」

「はい。似てるだけかと思ったんですけど、知り合いでした。昨日会ったばっかりなんですけどね」

「あんな可愛い子と知り合うなんて隅に置けないなあ」

「確かに可愛いとは思いますけど、ベルは男ですよ?」

「え?女の子でしょ?」

「え?」



中性的だとは思ってたけどそうなのか、、、?

普通に、男として接してしまっていた。



「ケイトもウルに似て見る目ないなあ。あんな可愛い子を男の子だと思うなんて」

「でも。昨日一人称が〝僕〟でしたし、、」

「何か理由があるか、ただそのほうが気に入ってるかじゃない?まさか男の子だと思って気安く触ったりしてないよね?」



待て待て。

リビィさん誤解ですよ。

あまりにも綺麗な髪だったから頭撫でようとした事実はありますけど、まだ未遂ですから。


(まだギリセーフですから!!!!)


口に出したら墓穴を掘りそうな気がして心の中で弁明を叫び、ジト目を向けてくるリビィに目で訴えた。

別に弁明する必要性はないんだが。



「ケイトさん!こんなところでどうされたんですか?」

「あー、えっと、ちょっと買い物にな」

「お一人ですか?」

「いや、二人だよ」



そう言ってリビィが、俺の少し前へ出て膝軽くを曲げた。

視線の高さが丁度ベルと同じになっている。



「初めまして。リビィっていいます。ケイトのお友達?」

「へあ!?は、初めまして!あ!もしかしてケイトさんの奥さんですか!?僕、何もしてないです!昨日少しお話しただけなのでケイトさんは何も悪くないです!」



だから待ってって。

どんどんリビィの笑顔が曇っていってるから。

その弁明の仕方は逆効果だから!!

昨日も思ったけど、なんでベルは俺が結婚してると思ってるんだ、、、、。



「ケイト?後でちょっとゆっくり話聞きたいんだけど?」

「ま、待ってください!リビィさんもベルも何か誤解してますよ!」

「誤解!?あ、もしかしてもっと複雑な、、、」

「違うよ!なんで誤解してるのか分からないけど、まず俺は結婚してないし、そんな予定もない」

「そ、そうなんですか!?」

「ああ。とりあえずその誤解は解いておく。リビィさんに関しては何処から誤解を解いていけばいいのか分かりませんが、とりあえず何もしてないです。ベルとは昨日ギルドの屋内修練場で知り合って、お互いに魔術を教えあっただけですから」

「ふーん。そうなんだー。ふーん」



考えずとも分かる。

これは信用されてないやつだ。

口を少し尖らせたリビィに、またしてもジト目を向け続けられる。

揶揄うような仕草が可愛いと思ったが、口に出したら余計に場が混沌としそうで止めておいた。

さて、どうしたものか。



「本当ですよ!ケイトさんは僕に魔術を教えてくださっただけです!」

「本当に?何もされてない?」

「あ、、えと、、」

「ケイト?」



ベル、、。

なんでそんなに目が泳いでいるんだ、、。

まだ未遂なのに、、。



「あー、えっと、ベル。あんなところで座って何してたんだ?」



リビィの視線に耐えられずに、強引に替えた。

これで場の空気が変わってくれると有り難い。



「靴磨きのお仕事をしてました!」

「靴磨き?」

「はい!フレーメルさんが毎日お仕事大変そうなので、少しでも生活費の足しになればと思って。でも、稼いだお金を中々受け取ってもらえないんです」

「受け取ってもらえない?」

「はい。でも、理由が分からなくて、、、。生意気だと、嫌われてしまったんでしょうか、、」



落ち込んだ様子で目を伏せるベル。

胸の前で祈るようにぎゅっと握られた両手が、胸中にある不安を表している。



「フレーメルさんに会った事はないから分からないけど、今も仲はいいのか?」

「そう、、だと思うんですけど、、。ずっと笑顔で居てくれますし、何かお手伝いをすると凄く喜んでくれるんです。でも、靴磨きで貯めたお金だけはどうしても受け取ってくれなくて、、」

「その話を聞く限りでは、少なくとも嫌われてはないと思うぞ?」

「そうでしょうか、、?」

「ああ。そう思いません?リビィさん」



まだ疑いの視線を向けられていて話を振るのは怖かったが、意を決して、目を逸らした状態で話を振った。

不安な時は、複数人に賛同してもらえるほうが安心するものだ。



「多分ケイトの言う通りだと思うよ。話を聞く限りフレーメルさんっていうのはお母さんか何か?」

「お母さんの代わりをしてくれて、僕の事をずっと守ってくれてるとても優しい人です、、」

「そっか。そんな優しい人がこんなに可愛いベルちゃんを嫌いになるとは思えないんだよね。おそらくだけど、ベルちゃんが稼がないといけない!って思うほど貧しい生活をさせてしまってるんじゃないかって考えてるんじゃないかな」



リビィの言葉に、ベルが首を勢いよく横に振る。

ぼさぼさになった髪には頓着せず、必死にリビィの言葉を否定した。



「そんなことないです!フレーメルさんは毎日一生懸命働いて、いつも優しくて、美味しいご飯を作ってくれて、本当に本当に大好きで、貧しさなんて感じた事ないです!でも、いつも働き続けてて、そんなフレーメルさんの助けに少しでもなれればって、、、」

「ベルちゃんは優しくて良い子だね。受け取ってくれるかは分からないけど、一度フレーメルさんに今言った事をそのまま伝えてみて?きっと喜んでくれるから」

「そう、、、でしょうか」

「うん!ね、ケイト?」

「はい。きっと伝わります」

「えっと、僕、、、頑張ります!ありがとうございます!」



ベルの表情は、晴れやかなものへと変わった。

ほとんどリビィに任せてしまったが、解決したのなら別に俺がそれに関わっていなくてもいい。



その後も、すっかり笑顔になったベルとリビィと三人で暫く談笑をした。

途中何度かリビィに疑いの眼差しを向けられたが、帰る頃には忘れてくれているだろう。

忘れてくれている、、、、よな?

次の読み書き練習の時、量が倍になってたりしたらどうしよう。



「リビィさん。陽が傾いてきましたけど、帰らなくて大丈夫ですか?」

「え!?あ!本当だ!帰らないと!」

「あ!僕も帰らないと!」

「また会ったら話そうな、ベル」

「はい!ケイトさん、リビィさん、ありがとうございました!」



ベルがお辞儀をして頭を上げた瞬間、追い風が一つ強く吹いた。

地面を撫でるように駆けていったその風は、俺の脇を抜けてベルの長く伸びた前髪を掻き上げ、隠れた右目を露わにする。


一瞬見えた右目は、

左目と相反して、透き通るような〝白〟だった。

























「ケイト、今いいか?」

「?はい」


夕食後、片付けを手伝っていると帰ってきたウルに呼び出されて、家の前へ出た。

もう日が暮れてるけど、今からギルドにでも行くんだろうか?

でも、ローブを羽織れとも何とも言われなかった。

念の為、羽織って出て来たけど、、。

無言の中耳に届く扉の閉まる音に、不安を覚えた。



「昨日話した事を覚えてるか?」

「えっと、、、。どれの事でしょう?」

「植物魔術の話だ」

「はい、覚えてます。誰にも話していませんよ」

「そうか」



壁に凭れ掛かったウルの表情が真剣さを増す。

張り詰めた空気に、俺の姿勢も自然と正された。



「仕事ついでに不明な点について調べてきてな。初めて聞く情報も含め、詳しい事が分かった。だが、確証を得てから話しておきたい。今からいくつか質問をする。正直に答えてくれ」



空気が一層張り詰める。

これは、茶化していいものではない。

真剣に聞かなくては。

一つ浅く息を吐いて、ウルの次の言葉を待った。



「お前が見た植物魔術は、形成単語も何も無しに、周辺に草花を咲かせるものだったか?」



ベルと出会った時の事を思い出し、肯定の言葉を告げる。



「その植物魔術を使っていたのは女だったか?」



それを知ったのはつい数時間前だったなと考えつつ、首を小さく縦に振る。

聞かれて困る質問でもないのに、尋問をされてるような気分だ。



「そいつの目の色は左右で違っていたか?」

「、、、はい」



自然と、この三つ目の質問が最後な気がした。

溜めなど何もなく、淡々とした問答だったにも関わらずに。

〝最後〟という事を意識してしまったからだろうか。

これに答えてしまうと後戻り出来なくなるようなそんな感覚に襲われて、思わず答えるのを少し躊躇ってしまった。



「〝草木を自在に生み出す者、災いの元なり。双眼の色(たが)うもの、歪を好んで喰らう。自らの身が惜しければ、世界の破滅を救いたければ、その者の命、神の身元へ届け給へ。〟」

「えっと、、、」



難しい言い回しのその言葉を、ある程度の中身は分かっているのに、全く分かっていない様子で返答を濁した。

聞き間違いや理解の違いがなければ、その全てに当て嵌まるベルの命は、、、、、



「魔人域唯一の宗教であるディベリア教の古くからの言い伝えだ。分かり易く言えば、植物を生み出せ、尚且つ目の色が左右で違う者は見つけ次第殺せという意味だ。理由は分からないが、古来から不吉の象徴として忌み嫌われている」

「ちょっと待ってください!じゃあ、ベルは!ベルはどうなるんですか!?」



ウルと出会って初めて、敵意に似た感情が芽生えた。

それと同時に、大した確認もせずに情報を洩らしてしまった自分への嫌悪も。


(俺が、俺がウルに話してなければ、、、、。でも、ベルからは特に口止めもされなかったし、、、)


だがもし、ベルが自分の魔術が忌避されるものだと知っていなかったとしたら。

口止めをしなかったのも頷ける。


じゃあベルに危害が及ばないようにするには?

知っているのは今のところ俺とベルとウル、、だけだと思う。

なら、ウルに口止めした後、ベルにも言っておけば、、。



「ベル?誰の事だ?」

「僕が昨日話した子です。植物魔術を使えて、確かに目の色が違いました。でも、だからって。あんなにいい子を意味もなく殺めるなんて、、、」

「そうか、、名前を変えていたんだな、、」

「ウルさん、、?お願いです、思い留まってください。ベルは絶対、周りに害を及ぼす事なんてありませんから。本当に良い子なんです」

「待て。落ち着けケイト」



焦りが行動となって表に出て、ウルに詰め寄る。

もっと冷静に話すつもりだったのに、ベルが殺められる姿がふと脳裏に過って、居ても立っても居られなくなってしまった。

落ち着きたい。

落ち着いて冷静に話したい。

でも、制御出来ない焦りが襲ってきてどうしても言葉を紡ぐより先に体が行動を起こしてしまう。


(いっそ、不意打ちでウルを倒して口封じをすれば、、、)


説得は出来ないかもしれない。

でも、不意打ちの魔術で一撃入れるくらいなら、、、。

そうすれば、言う事を聞いてくれるかもしれない。

そんな考えが最良だと思えてしまえる程、俺の頭の中は混乱していた。

あれだけ屈託のない笑顔の子を、親代わりの人物の為に一生懸命になる子を、害すると宣告されてしまったから。

守る為に何かをしなければいけないという想いと、自分の中で圧倒的存在であるウルに攻撃を入れるという無謀が頭の中で混ざってパンク寸前になって、まだ結論を聞いていないにも関わらず、ウルの話を聞き入れる事を固辞した。



「ケイト」

「・・・」

「ケイト、、?」



ウルの名前を呼ぶ声が合図となり、反抗期のように話を聞き入れようとしない俺の頭の中で何かが弾ける。

気が付くと俺は、無意識の内に全力の爆炎を放つイメージでウルに向かって指を鳴らしていた。



だが、その直後。



首の後ろへ鈍い衝撃が襲ってきて、ウルに魔術が当たったところを見届ける前に、空気中に火花が散る音を聞きながら気を失ってしまった。

ああ、結局何も出来なかったな、、、。

こんな事なら、最初からちゃんと冷静に説得を試みていれば良かった、、。





























(ベル、、、。駄目だ、逃げろ、、、、、。こっちに来ちゃ駄目だ、、、ベル、、!)



「ベル!」


夢、、、、、、か。

俺が囮になってベルを引き寄せて、影が差して顔の見えない誰かが後ろから首を刎ねる夢。

夢の中とはいえ、守れなかった、、、。

どうすれば、何も知らないこの世界でベルを助ける事が出来るんだ。

幸い、ベルの容姿と植物魔術の事、そのどちらもを知ってるのは俺だけ。

俺さえ何も話さなければ、口を割らなければ大丈夫なんだ。

大丈夫、大丈夫、、、。






「落ち着いたか?」






全く気配に気が付かなかった。

場所が変わっている事は憂鬱を抱え込む頭でぼんやり理解していたが、それが自室で、それも隣にウルが居る事なんて全く気付かなかった。

どうする?

どう誤魔化す?

どうすれば、ベルを守れる?

何も言わずに手を上げてしまった罪悪感から、思考にあった乱暴さは取り除かれていて、話し合いによって解決しようと思えていた。



「あー、ちょっと待てケイト。俺の言い方が悪かったかもしれないが、お前は何か勘違いをしている。ひとまず聞く耳を持ってくれ」

「、、、、、分かりました」



突然魔術を行使したにも関わらず怒る様子も気に留める様子もなく、ウルはどこか申し訳なさそうに自分の首筋を手の平で撫で、言葉を選ぶようにゆっくりと話してくれる。

そんな様子を見てしまったからか、待ってくれという言葉には自然と了承する事が出来た。



「まず第一に、俺はそいつを探し出す気がなければ、手を上げようなどと思っていない」

「でも、さっきの言い伝え、、」

「どこの言い伝えかは覚えてるか?」

「えっと、、、」

「聞いてなかったか、、。この世界唯一の宗教である、ディベリア教の古くからの言い伝えだ。ディベリア教徒は今でもその教えを守っている。そして、俺はディベリア教徒ではない。この意味が分かるか?」



ウルに差し出された水を一口飲み、両手で包んだコップの内の揺らぐ水面を見る。

すると少しだけ、気分が落ち着いてきた。

目まぐるしく動いていた思考は徐々に緩やかになっていき、固辞していたウルの言葉の意味を理解しようと動き出す。


ディベリア教の教徒はベルを殺める。

だが、ウルは教徒ではない。

ということは、、



「ウルさんはベルに何もしない、、、ってことですか?」

「その通りだ。俺は偶像を崇拝するのは嫌なんでな。宗教などというものに興味はない」

「そう、、だったんですね、、」



返答を聞いて、安堵で胸を撫で下ろした。

そうか、、、。

説得も何も、初めからウルは何もするつもりがなかったんだ。

ベルを守る為とはいえ、冷静さが欠損し過ぎていた。



「ああ。俺は会った事がなく分からないが、お前が激昂する程の良いやつなんだろう?」

「はい。まだ数回しか会ってませんが、それは保証します」

「なら尚更手を下す必要性はない。これからも仲良くしてやれ。くれぐれも、腐愚民であることは話すなよ?」



首肯して、話を聞いて考慮してくれた事に感謝を述べる。

ウルでさえ最初は捨てようとしていた腐愚民という存在である俺。

もしかしたらあれだけ良い子であるベルでさえ、俺が腐愚民だという事を知ってしまえば、今のように仲良くしてくれないかもしれないし、通報されてしまうかもしれない。

腐愚民が置かれる奴隷という境遇がどんなものかは分からないが、奴隷という立場上、今より良い境遇になれる事は確実にないだろう。

あれだけ純粋に慕ってくれる子に隠し事をするのは良い気がしないけど、それ一つ我慢するだけで自分の身を守れ、ウルやリビィ、セナリを危険に晒す心配もなくなるのであれば、俺の中の小さなつっかえくらいは目を瞑れる。



「いや、いい。気持ちは分かる」



俺の感謝の言葉の後、溜息混じりに零したウルの言葉の中には、誰かの存在が見え隠れしていた。

それがセナリなのかリビィなのか。

それとも別の誰かなのか。

知り合って間もない俺には、計り得ないけど。



「とりあえず。そいつの事は誰にも言わないでおけ。植物魔術の事も本人に口止めしておいた方がいいな」

「あ、、、」

「どうした?」

「植物魔術の事とか、目の色の事は話してないんですけど、リビィさんとマレッタさんはベルの事知ってるんですよね、、」

「その二つを話していないのなら問題ない。それに、あの二人もディベリア教徒ではないからな」

「良かった、、。ベルには今度伝えておきます」



ディベリア教徒だとしても、あの二人がベルを傷付けるところは想像出来ないけどな、、、。

まあ、宗教は人を狂わせるし、警戒しておくに越した事はないか。

ベルの為を想えば。



「、、、ああ、そうだな。それと、ケイト」

「はい」

「いや、何でもない。これからもそいつと仲良くしてやれ。数少ない気を許せる相手だろうからな」

「勿論そのつもりです」

「そうか。明日も早い。ゆっくり休め」



ウルが何かを言おうとしてやめたのが気になったが、今回ウルを信じずに迷惑を掛けた分、いつか話してくれると信じて深く詮索せずにおこう。

きっと、不器用なウルなりに気を遣って言葉を胸の内に押し込めた結果だと思うから。






その日、深い眠りの中夢に出てきたベルは、沢山の花に囲まれて、くるくると回りながら無邪気な笑顔を浮かべていた。

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