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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
十三章
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九十七話「深く蔓延るもの」



「あのお店入ってみようよ!」


リネリスにある家具屋通り。

王都のウル宅の掃除を終えた俺とリビィは、足りない家具を買い足しに来ていた。

王都にも家具屋はあるしそれなりの品揃えではあるんだが、商業都市と呼ばれているリネリスでは、その何倍もの店と品物の数が取り揃えられている。


道の両脇にある店の中に見える、家具、家具、家具。


何というか、この通り全体が一つの巨大な家具屋のようにも見えてくる。

今は、品揃えの豊富さにテンションの上がったリビィに、人混みの中で手を引かれているところだ。

気持ちは分からないでもないけどな。

俺も、顔には出してないけどそれなりにテンションが上がってるし。

ホームセンターに何時間でも居られるタイプの人種だから。



「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」



やって来たのはベッド専門店。

広々とした玄関ホールで、かっちりとした格好の老紳士が出迎えてくれた。

ホテルマンを想起させられる。



「少し大きめの一人用ベッド二つと、二人用のベッドを一つ。大きさはこれくらいで───」



売り場へ案内してもらいながら、老紳士にリビィが要望を伝える。

一人用ベッドは俺とリビィのもの。

二人用ベッドはウルに広々と寝てもらおうという気遣いだろう。

帰還すると決めた事を伝えたほうがいいかなと思ったが、あれだけ広い家だ。

ベッドの一つくらい放置していてもいい。

それに、いつかウルが客人を呼んだ時は貸し出せるしな。



「でしたらこちらと、お二人用のものはあちらが宜しいかと。全て、アヌーイ製の一級品でございますので、寝心地は保証致します」



アヌーイというは、家具や雑貨等の製造を主な産業としている小国。

無駄の無いシンプルなデザインと優れた品質で有名だ。

それらに比例するように、値段が可愛くないのだが。


(でもかっこいいんだよなあ、、)


今説明をしてもらっている木製のベッドも、素材となった木本来の持つ色を生かしつつ染料で渋みを出しているようなシックな見た目をしていて、何とも惹かれるものがある。

これ一つで、リビィと旅をしている時に使っていたベッド三つ分くらいの値段がするけど。



「じゃあ、この三つでお願いします」



値段など気にしていない様子でリビィが即決した。

いいのか、、?と一瞬考えたがそう言えばそうだった。

俺もリビィも、家を一軒買えるくらいのお金を持て余しているんだった。

俺に関しては、一ヶ月の間に使い切らないとその後は一生使えないからな。

金貨を持って帰って向こうで資金にしようにも、地球に存在しない成分が発見されたとかで騒がれたら面倒だ。

事なかれ主義で生きていきたい。



「お買い上げいただき有り難うございます。配送させていただきますのでこちらに住所を──」

「あ、すぐに持って帰るので大丈夫です」



リビィの言葉に、老紳士はポカンと口を開けている。

何言ってるんだこの人、といった感じだ。

リビィはそれを気にせず、リュックから取り出した格納袋へ購入したベッドを仕舞っていった。

その様子を見ていた老紳士の口が、一層大きく開けられていく。

このままいけば顎が外れるんじゃないだろうか。




「そ、そそそそそそ、それは、もしや格納袋ではないでしょうか!?」




先程までの落ち着いた雰囲気はどこへやら、老紳士が分かり易く動揺を浮かべる。

ウルから渡された俺達の持つ格納袋達。

高価ではあるがそこまで希少なものではないと思っていたのだが、どうやらそういうわけではないようで、老紳士と同じように王都の家具屋でも大そう驚かれた。

なんでも、格納袋というのは製法が分からず複製出来ないらしく、現存する約80個しか無いそうだ。

80個中の3個を今持っていると伝えたら老紳士はどんな顔をするだろうかと気になったが、本当に顎が外れてしまっても困るので興味に留めておいた。

大きな家具の販売を生業としてるこの老紳士からすれば喉から手が出るほど欲しいものだろうし、後で着け狙われても面倒だしな。

まあそんな事があったとしても、撃退すればいいだけなんだが。




「今後ともご贔屓に」




帰り際、目をぎらりと輝かせた老紳士が、強く手を握りながらそう言ってきた。

きっと、定型文ではない心からの言葉だろう。

あわよくば仲良くなって格納袋を手に入れられないだろうかという魂胆が透けて見えるようだ。

もう来る事はないだろうし気にする事はない。





「次は何を買おうかな──」

「あれ?ケイト君にリビィちゃん?」





次の行先を決めあぐねている俺とリビィに話し掛けてきたのは、王都にいるはずのミシェ。

、、、あ。

そういえば治癒師の役目からは解放されたから、今は自由の身なんだっけか。

それでもなんでこんなところに、、。



「どうしたのミシェ?こんなところで」

「ちょっとね。家具や日用品を見に来たんだよ」

「引っ越しでもするのか?」

「うーん、、まあそんなところだね」



確実に何かを隠している。

表情は変わらないが、言葉と言葉の間からそう感じられた。

それに、何かを隠しているだけではない。

いつもより少し楽しそうなのが気になる。



「何か良い事あったのか?」

「、、どうして分かったんだい?」

「顔に出てる」

「うん。いつもよりニコニコしてるよ?」



リビィも同感だったようだ。

僅かではあるが、ミシェは目尻を下げ、頬を緩ませている。

顔に出るとはまさにこの事。



「良い事をしたのと、良い事があったのが同時に来たんだよ。だから今日は気分がとっても良いんだ」



良い事なら聞かせてくれてもいいだろうと思ったが、ミシェは頑なに教えてくれなかった。

気になる。

気になるが、近い内に教えるよと言ってくれたしその時を待とう。

その近い内というのが一ヶ月以上後ではない事を祈って。




「じゃあまたね」




上機嫌に小さいスキップ混じりに人混みへ消えていくミシェと別れる。

いつもふわふわしているが、今日はいつも以上にふわふわしていた。

そのまま天高く風に流されて飛んで行ってしまいそうだ。




「次は~、、、あっち、かな」




リビィに連れられて次にやってきたのは、家具通りの隣の雑貨通り。

そこでキッチン用品を真剣に吟味するリビィに後ろから付いて行く。

俺では、包丁やまな板やフライパンなんかの調理器具の良し悪しは分からないし、下手に口を出さないほうがいい。

ここはリビィに任せておいたほうが無難だ。

そう思っていたのだが、、



「これとこれ、どっちが良いと思う?やっぱりあの家の感じに合わせるならこっちかな?でもこっちのほうが使い勝手は良いんだよね、、」



といった感じで、幾つかの候補で迷った時にたまにどれが良いか聞かれる。

女子と服を買いに行くと必ずこういう選択を迫られ、実は聞かれた時点で当人はどれにするか決めていて間違えたら怒られる、というのをよく聞くが、リビィは違った。

どうやら本当に決めあぐねている時だけ聞いてきているようで、5回中4回は俺の意見を採用してくれている。

料理なんて殆ど出来ない俺の意見なんか採用しても大丈夫なのかと心配になったが、リビィがいいならいいかと結論付けた。


そんなリビィが先程からかれこれ30分は悩んでうろうろしているのが包丁専門店。

どうやら、一番よく使う長い包丁、万能包丁だっけか?それをどれにするか決められないらしい。

候補が6本あるらしく、俺の出番はまだなんだそうだ。

包丁なんてどれでも一緒だと思っていたが、それを今口に出したら怒られそうだな。

手に持っている刃渡り30cmはありそうな包丁を怒りのままに向けられたら怖い。



「何かお困りですか?」



うんうんと唸るリビィに気付いた狐目の店員が話し掛けてくる。

折れそうな程に細い体を見ると、大丈夫かと心配になって支えてあげたくなってしまう。



「実はこの6本で迷ってて、、、」

「ほうほう。これは中々、お目が高い」



常套句、ではあるが、店員は本心でそう言っているように聞こえた。

リビィの目利きは確かなのかもしれない。



「切れ味を優先するならこれなんですけど、手入れの大変さがありそうで、、。何にでも使えそうなのはこっちだし、、、」



切れ味が良ければ良いわけじゃない。

そこだけは分かった。

それ以外は分からなかったから途中で聞き流した。



「ふむ。でしたら、お客様にお薦めのものが裏にあります。良ければお持ちしましょうか?」

「本当ですか!?お願いします!」



リビィのこんな満面の笑み、見た事ないかもしれない。

どれだけ包丁が好きなのか、、、。

店員が裏から木箱に入った包丁を持ってくる様子を、リビィが興奮した様子で見ている。



「こちら、武人域からの輸入品でして、現在はもう製造をされていない奇跡の包丁と称される品でございます」



奇跡の包丁。

如何にも胡散臭い。



「これにします!」



だが、リビィのお眼鏡には適ったようだ。

またもや値段を見る様子もなく、即決してしまった。


会計の時に聞かされた金額が、それなりに良い軽自動車が買えるくらいだった事をここに追記しておこう。

日本で使っていた百均の、刃が白い包丁が恋しい、、。



「次は何処に行くんですか?」

「もう大体買い終えた、、と思う。とりあえず一旦家に帰ってお昼ご飯食べよ」

「そうですね。食材買って帰りましょう」



朝から買い物を始めて、体感では5時間くらい経っただろうか。

値段を見ずに即決していた割には、それなりに時間が掛かったな、、、。

体はそこまで疲れてないはずなのに、頭が休みたいと訴えてくる。

リビィの浮かべる表情はそんな俺とは対照的だ。

やはり、女性は買い物が好きなんだな。

魔術訓練なら、同じ時間やっても疲れないんだけど、、、。
















「ケイト様とリビィ様でお間違いないですか?」


食料を買い終えて数日振りに帰ってきたリネリスの家の前。

隣家との間に立っていた背の低い女性に話し掛けられる。



「そう、、ですけど、、。ケイト、知り合い?」

「いや、初めて会いますね」



記憶を辿ってみたが間違いなく見た事がない。

何処かで会っただろうか?

それに、様付けで呼ばれるのも気になる。



「主人より、書簡を預かっております」

「主人?」



女性から封蝋で閉じられた手紙を受け取り裏面を見ると、そこにはウルの名前が書かれていた。

ウル、いつの間に従者なんか出来たんだ。



「なんて書いてあった?」

「今日中に二人で王城に来てくれって書いてありますね」



手紙に書いてあったのはその一文だけ。

それ以外は挨拶も何も書いていない。

余程急ぎの用事なんだろうか。



「それでは私はこれで」

「ちょちょ、ちょっと待ってください!」



手紙を読んだのを確認してすぐに立ち去ろうとする従者の女性を呼び止める。



「何時までに来てほしいとか、そういうのってウルさんから何か聞いてませんか?」

「書簡の内容すら存じ上げませんでしたので、申し訳ございません」



曰く、この手紙を急ぎで届けて来いとだけ言われ、朝からこの場所で待っていたらしい。

たまたま家具を買いに来ていて、たまたま昼食を家で食べようと帰ってきたから良かったものの、、、。

携帯が無いというのは、やはり不便なものだな。



「じゃあ、お昼ご飯食べてから行く?」

「そうですね。三人分ありましたっけ?」

「うーん。多分大丈夫だと思う。どうぞ上がってください」

「え、あの、私は──」



遠慮する従者の女性、エレナの手をリビィが引いて家に入る。

傍から見たら人攫いのようだなとは言わないでおいた。


その後、恐縮し、緊張するエレナはリビィの手料理で満面の笑みとなり、ハムスターのように頬を膨らませてはぐはぐと料理を掻き込んでいた。

ハムスターのようなエレナの姿を見て俺とリビィが和んだのは言うまでもない。

視線に気付いた当人は恥ずかしそうにしてたけど。




















「あ、あの。今度こそ私はここで」

「うん。またねエレナちゃん!」


王城前の馬車置き場。

すっかり仲良くなったエレナとリビィの別れを見守る。

ここに来るまでは普通だったのに、食事中の自分の姿を思い出して恥ずかしくなったのか、エレナはおどおどしながら何処かへ行ってしまった。

ウルの従者なのに王城に入って側に居なくていいんだろうか。

エレナからは天然キャラっぽい独特の雰囲気を感じ取ったから、ちょっと心配だ。



「可愛かったねエレナちゃん」

「そうですね。ハムスターみたいでした」

「ふふふ。エレナちゃんには言わないであげてね?」

「勿論です」



直接言ったら、きっと恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまう事だろう。

見てみたいけど、可哀想だしやめておこう。






「どうぞこちらへ」


馬車を預け、名前も知らない兵士にウルの元へと案内してもらう。

今でこそ兵士の態度は柔らかいが、ここへ来る前、馬車が敷地内に入ろうとして訝しまれ一度止められた時は、険悪な空気が漂っていた。


(まあ、俺がウルから貰ってた許可証を忘れてせいなんだけど、、、)


エレナが居なければ、間違いなくリネリスまで許可証を取りに戻らなくてはならなかっただろう。

最悪、王城へ侵入しようとしたとして捕まっていたかもしれない。

一緒に連れてきて良かった。





コンコンッ──。


「失礼致します。お客様をお連れしました」

「入れ」





ウルの短い返事の後、赤茶色の重厚な扉を開けて中に入る。

そこには、大量の書類と格闘しているウルの姿があった。

とても、一人が処理しなくてはならない仕事の量には見えない。



「壮健か?」

「はい」

「そうか」



久し振りだからか、書類の山を横に避けながら話すウルは、どこかぎこちない。

自然、俺も固くなってしまう。



「なにかあったの?」



ウルの対面に掛け、紅茶を一口飲んでリビィがそう切り出した。





「ああ。単刀直入に聞く。帰還の話、どうするつもりだ?」





余計な感情を含まない純粋な疑問として、ウルがそう聞いてきた。

表情は真剣そのもの。

俺とリビィをずっと匿ってきた者として、当事者として気になっているんだろう。

そういえば、結局リビィの解答はまだ聞けていないな、、、。



「僕は帰還を選びます。今まで本当に、ありがとうございました。まだ時間はありますが、ひとまず先にお礼だけでも」



ウルのこの仕事量を見ると、約二週間後の帰還の時までに別れの時間を取れるかどうか分からない。

もしかしたら、ウルと話すのはこれが最後かもしれない。

そう考え、早過ぎるお礼を伝えた。

欲を言えば、お世話になった人達を集めてお別れ会のようなものがあれば嬉しいけど、それは我儘というものだろう。

外交をする為に武人域へ行ってるバオジャイや、各地を飛び回って研究に明け暮れているというメヒトも忙しいだろうし。



「私は、、、まだ」



両手で持った紅茶に視線を落として、リビィがぽつりとそう言った。

馬車で見せていた笑顔とは全く違う、暗く、色々なものを含んだ表情をしている。

含まれたものが何なのか、そこまでは察する事が出来なかった。



「分かった」



ウルは深く追求する様子もなく、短い一言でこの話題を切った。

単にそこまで興味のあるものでは無かったのか、リビィの表情から何かを感じ取ったのか。

リビィと暮らした期間は俺よりもウルのほうが長いから、後者のような気はする。



「リビィはここで待っていてくれ。ケイト。少し付き合え」



俯いたまま頷くリビィを置いて、ウルと二人で外へ出て、少し離れた位置にあったバルコニーへやってきた。

眼下ではシルム王国軍らしき人達が訓練をしていて、遠くには王都の近くにある森林が見える。

その二つの間にある街並みが夕暮れで茜色に照らされて綺麗だ。



「ケイト、お前に頼みがある」



バルコニーに着いて一番初めに発した言葉がそれだった。

わざわざリビィから離れて話さなくてはならない頼み。

何を言われるのかと不安に思いながら、こくりと一つ頷いた。





「リビィを、元の世界に帰るように説得してくれ」





告げられた頼みは、予想だにしていなかった意外なものだった。

ウルがリビィに惚れているのは間違いない。

だから、その一件について頼まれるのであれば、残留するように交渉してくれと言われると思っていた。



「理由を聞いてもいいですか?」



帰還する事が正しいと断言出来ない俺が、ウルの頼みを何も考えずに受諾する事は出来ない。

それが、本当にリビィの為になるかどうか分からないから。

どう返答するにせよ、理由を聞いてからにするのがいいだろう。



「リビィは、絶望を抱えてこの世界に来た」



絶望。

それはきっと、母親に捨てられた時に得たものだろう。

リネリスから脱走したあの日、リビィが話してくれた過去のトラウマ。

きっと今も抱えていると思う。



「絶望を根幹から改善しなければ、リビィは一生、闇を抱えたまま生きていく事になる」



だからこそ、帰還してトラウマを事前に止めて、無かった事にさせる必要がある。

ウルがそう言った。

リビィの母親が何故リビィを雪山に放置し、自殺したのかは分からない。

それでも、その日の朝まで戻れば、何かしらの改善は出来るだろう。

母親と話すでもいい、同じ事が起こらないように落ち着くまで逃げるでもいい。

何が起こるかを理解している今のリビィなら、過去を変える事が出来る。

そうすれば、トラウマは回避出来た出来事に成り下がるだろう。



「頼めるか?」



二つ返事で受諾する事は、出来なかった。

トラウマを回避したほうがいいとは思う。

それをする為には帰還が必要だという事も分かる。


だが、リビィを再びトラウマと向き合わせなくてはならない。

この世界で知り合った人達と別れさせなくてはならない。


全てを選び取る事は、何も傷を得ずに済ませる事は、出来ないんだ。

トラウマを回避するためには多くのものを捨て、一人で、身一つで向き合う必要がある。

俺が帰還するのはリビィの事件があった三年後だ。

助けにはいけない。

だからこそ、無責任に帰還を選ぶべきだと言えない。

(どうするのが、、正解なんだろうか、、)



「少し、考える時間をください」

「分かった」



時間は後10日程度しかない。

それを分かった上で、ウルは俺の返答を飲み込んでくれた。

交渉をする事を選ぶなら、その決断は急がなくてはならない。

それまで、リビィに気取られないようにしないと。



「でも、いいんですか?大々的にリビィさんの事を発表した今、正式に結婚出来るチャンスなんじゃ、、」



生み出された静寂に耐えられず、気になっていた事を聞いてみた。

場違いな質問な気もするが、この返答によっては俺が交渉を引き受けるかどうかも変わってくるかもしれない。

どんな返答をされたらどう変わるか。

そこまで考える余裕を、今は持ち合わせてないけど。



「リビィが俺に惚れていない事は気付いている。それに、守る役目はとうにお前に譲ったつもりだ」

「リビィさんを娶って旦那として妻として守れ、という事ですか?」

「それでも構わない。そうでなくとも構わない。お前がリビィを守るなら、その形式は問わない」



リビィが転移してきた日。

ウルはリビィに一目惚れして拾い、腐愚民である事を隠して守ろうと決めた。

だが、立場のある自分には守り切れない事がある事を知り、丁度その時にリビィが俺を拾ってきたんだそう。



「最初はお前を訝しんでいた。自棄になる、リビィに手を出す。挙げていけばキリが無い程の不安と懸念事項を抱えていた。だが、お前は何もしなかった。いや、色々と成してくれた。セナリと打ち解け、リビィと仲良くなり、常に己がするべき事を探し、手探りで前へ進もうとしていた」



それこそが得体の知れない俺への警戒を解いた理由だと、ウルは言う。

どれもこれも、流されるままに行っていた物事や、得られていたもの達だ。

俺自身が特段努力したような覚えはない。

正直にそう話すと、それも信頼に由来するものだと言われた。



「そしてお前は、努力のみで闘技会優勝レベルの力を身に着け、ある程度の本であれば読了出来るようになった。時に選び取るものを間違える事もあったが、、、。だがまあ、今となってはそれも必要なものだったのだろうと思わせられている」



選び取るものを間違える事。

きっと、目立つ行為をしてしまった事を言っているのだろう。

それを叱る為にウルが見世物となっている腐愚民を見せてくれていなかったら、多分リネリスを脱出した後も身の振り方を何処かで間違っていたんじゃないかと思っている。

もしかしたら、生きて今日という日を迎えられていないかもしれない。

ディベノを止められずに神の勘気に触れた可能性も、何か一つでも違っていれば十全にあり得る。

だから、避けられた道ではあると言っても、通ってきて良かったなと思える。

今の俺を作り上げる上で、必要不可欠な経験だったから。



「それらを経てお前が一人前になったと感じていた時に起きたのが腐愚民炙り出し計画だ。初めこそ立場を捨ててリビィを連れ出すか、とも考えたが、結論としてそれは必要ないと思わせられた。それはケイト。お前が居たからだ。お前ならリビィに降りかかる障害を払う事が出来ると、どれだけ時間を掛けても俺がなる事の出来なかった心の支えになれると、そう思わせられた」

「ウルさんも充分心の支えになっていたと思いますが、、、」

「表面上はな。結局のところ、俺では腐愚民という立場のリビィの事を分かり切る事は出来ない」



だからこそ、守る事は出来ても寄り添う事は出来ない。とウルは言った。

どれだけ信用していても、同じ立場の人にしか打ち明けられない想いや考えはあるものだもんな、、。

知られたら即アウトの腐愚民なら尚の事。

自分の想いを打ち明ける相手は慎重に吟味しなくてはならない。



「詳細は後日話すが、俺は訳あってこれからリビィを守ってやる事が出来ない。つまり、お前が帰還してしまえば誰もリビィを守る者がいなくなる」

「そう、、ですね、、」



リビィの心を占めるトラウマを起因とした闇の割合が、現在どれくらいなのかは分からない。

だが、心の支えが無くなれば割合はきっと増えてしまうだろう。

それは避けてあげたい。

でも、トラウマと対峙させるのもな、、、、。

話題を緩く転換したはずなのにいつの間にか元の話題に戻っている事に、俺は気付けていなかった。



「無理強いはしない。何を選択したのかを俺に伝える必要もない。だが、前向きに検討してくれ」

「、、、、分かりました」



心からリビィを心配するウルに、渋々ながら諾と伝えた。

まだ交渉するかどうかは決めあぐねている。

でも、前向きに検討するくらいなら構わない。

リビィを心配して守ってあげたいと思うのは、俺も同じだからな。



「後は、、そうか。もう一つ伝えておかなくてはならない事があった」

「なんでしょう?」

「まだ暫くは王城で寝泊まりする事になる。少なくともひと月は」

「ひと月、、、ですか」

「安心しろ。お前の見送りには行く。そこまで薄情ではない」



俺の心を見透かすように、ウルは珍しい微笑みを見せてそう言ってくれた。

珍しい、どころかウルが笑っているのを見るのは初めてじゃないだろうか?

リビィの事を想って沈んでいた心が、少し晴れた。



「俺はこのまま会議へ行く。リビィにも帰る事が出来ないと、伝えておいてくれ」

「分かりました。倒れないように、気を付けてください」

「肝に銘じておく」



中へ入り窓を閉め、会議に行くウルを見送る。

見えたのは、見た目だけでなく、感じられる雰囲気も大きな背中。

きっと色々なものを背負っているんだろうなと、一目見るだけで感じさせられる。


大きく、遠い背中だなあ、、、、。


少なくとも俺では、一生掛かっても追い付けない。





「かっけえな」





自嘲気味に、遠くに見えるウルの背中にそう吐き捨てた。

追い付けなくとも、いつかきっと近付けるように、あの背中を目に焼き付けておこう。













「すみません遅くなりまして」

「ううん。大丈夫」


部屋に戻ると、リビィの表情はすっかり元に戻っていた。

話す感じも問題がないように見える。


もう大丈夫だろう。


出会って間もない頃であれば、今のリビィを見てそう思っていたかもしれない。

でも俺は知っている。

リビィの抱えるものがとても大きく、深い場所にある事を。

こういった表情の切り替えが上手いのは、きっと抱える闇を隠すのに慣れてしまっているからだろう。


たかだか半年未満の付き合いしかない俺が、もっと前から居座っている闇を晴らす?


改めて考えると、ウルの頼みはとてつもなく難しい事のように思えた。

勿論まだ、晴らす為に必要なものへの交渉をすると決めたわけじゃないけど。

だが、自分の選択するものは決め終えた。

だから、リビィの事を考える時間と余裕はある。

後10日。

猶予はあまりないが、俺にとってもリビィにとっても、納得のいく結論を導き出そう。

いつか振り返った時、後悔は無いと胸を張って言えるように。

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