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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
一章
10/104

十話「順応」



「さて、そろそろ行くか」


朝、全員で仕事に行くウルを見送る。

今日は帰れるか分からないらしい。

まず間違いなく、昨日言ってた事の影響があるんだろう。

二人の目がある中で、あえてその話題を出す事はないけど。





「よしっ。ケイト、ウルから話は聞いてる?」

「えっと、、魔術訓練の話ですか?」

「うん。早速部屋に戻ってやろう」

「はい。よろしくお願いします」

「ふふふ。そんなに気張らなくていいよ。ゆっくり覚えてくれたらいいから。気楽にね?」

「、、、はい」



一瞬返答を迷ったが、何も言わず了承しておいた。

今の状態で、リビィとセナリを守らないといけないから早く覚えないと駄目なんだ!なんて口が裂けても言えない。

情けないが、今はまだ守られる側だ。


(でも、ウルと約束したもんな、、)


何とか早い内に魔術を使い熟せるようにならなくては。





「じゃあ始めよっか」

「お願いします」


自室に戻ってすぐ、紙とペンを二人分取り出して読み書きの練習が始まった。

最初は前回の復習をして、その後新しい単語を教わる。

いくつか忘れてるかと思っていたが、復習は一つも躓かずに終える事が出来た。

気のせいかもしれないけど、こっちに来てから記憶力や理解力が上がっているような気がするんだよな、、。

もうちょっと頭の出来は悪かったはずなんだが。



「何となく文章の感覚は掴めてきた?」

「はい。読む事は出来ないですけど、単語を並べる順番というか、文法のようなものは分かるようになってきました」

「教えるの2回目でそれだけ出来るのは凄いよ」

「リビィさんの教え方が良いからですね」



本当は、リビィに近くで教えられるとその美貌に緊張して中々集中するのが大変なんだが、それは言わないでおいた。

変に捉えられてしまって距離を置かれたら気まずい。

それに、ウルに知られたらと思うと、口が裂けても言おうとは思えなかった。



「褒めても何もあげないからね」

「ただの本心ですよ」

「ふふふ。そっか。ありがとう」

「こちらこそありがとうございます。熱心に教えていただいて」

「気にしなくていいよ。私はウルとかセナリみたいに仕事してるわけじゃないから、基本手が空いてるしね」



こっちには共働きという考えはあまりないのだろうか。

それか、ウルの収入が充分にあるから、リビィが働く必要性がないのか。

リビィの明るさから察するに、働きたくない引き籠りとは違う気がするんだよな、、。

異世界物で定番の、ギルドで受注出来る依頼で稼いだりしないんだろうか。



「リビィさんは魔術師ではないんですか?」

「一応魔術師を名乗る資格は持ってるし、受けようと思えばいつでも依頼は受けられるよ」

「あ、もしかしてウルさんが心配して行かせてくれないとかですか?」

「うーん。きっと、依頼を受けるって言えば心配するんだろうけど、私自信がそういうのにあんまり興味ないからっていうのが大きいかな。もし働くとしても、何処かお店の手伝いとかのほうがいいかも。ほら、依頼って結構荒っぽいのが多いからさ。血を見るの怖いんだ。生きてるのなら人の血じゃなくてもね」



まあ、好き好んで血を見る人はいないか、、、。

いたらそれは、ただの狂人か吸血鬼だ。


(もしかして、依頼を受けてる魔術師ってそういう人ばっかりなのか、、、?)


何故か頭の中に、魔術を使わずに奇声を上げながら媒体とする杖でひたすら魔物を撲殺する魔術師の姿が浮かんだが、頭を振って追い払った。

そんな力こそパワーみたいな脳筋理論の人はいない。と思いたい。



「あ、でも、魔術師の人が皆血を見るのが好きって意味じゃないからね。中にはそういう人もいるかもしれないけど」



心配は杞憂に終わった。

もし魔術師が狂人ばっかりだったら、ギルドに行くだけでも怯えなければならないからな。

おちおち外出も出来ない。



「今度良ければ、リビィさんが魔術を使っているところを見せてもらえませんか?人によって同じ魔術でも発現のさせ方が違うとウルさんが言ってたので、出来れば後学の為に見てみたいです」

「それくらいなら勿論!ウルの仕事がひと段落したらみんなでギルドに行ってみるのも良いかもね。ケイトは魔術師になりたいの?」



問われてふと考えてみる。

創作物の世界だけでしか存在しないと思っていた魔術を使えたのは正直なところ嬉しいし、これからももっと色んな種類のものを習得したい。

だが、それをまだ見ぬ魔物や人に向けて使いたいかと言われると、首を傾げざるをえない。



「なりたくないとは思いませんが、特別なりたいとも思いません。とりあえず、この世界で守ってもらわなくても生きていけるくらいには習得したいです。魔力水は頼る事になりそうですけどね」

「魔力水を頼るのは仕方ないよ。魔力が無ければ魔術は使えないし」

「そう、、ですね」

「うん。でもそっか、、。ケイトはもう先の事まで考えてるんだね。凄いなあ、、」

「そんな大したものじゃないですよ。それに、こんなにゆっくり考える事が出来ているのは、落ち着いて休む事が出来てるからです。助けていただいたリビィさんには感謝してもし切れないですね」

「私こそ、そんな大した事してないよ」



やっぱりリビィは良い人だ。

優しいのに謙虚だし、ウルがベタ惚れするのも分かる。





「それに。ただ純粋に助けたかっただけかどうかも分からないし、、」


「え?」





リビィが零した声はいつもより小さくて、でも不思議と、それ以外の雑多な音を押し退けて明瞭に耳に届いた。

言葉に込められた複雑な感情までは、理解の浅さが邪魔して汲み取る事が出来なかったが。



「話逸れちゃったね!続きやろっか」

「え?あ、はい」



言葉の真意が気にはなったが、作られたリビィの笑顔にそれ以上詮索する事を拒まれた。

誰だって心に暗いものは抱えている。

きっとリビィのそれは、会って数日の俺には話せない程深く根が張っているものなんだ。と、勝手な理由付けをして頭の片隅に追いやった。

またいつか心を砕いてくれた時、覚えていたら聞いてみよう。

気になる発言の真意を。





「これはどういう意味ですか?」

「これはね───」


気を取り直して、読み書きの練習を再開する。

さっき教わった単語を使って、簡単な文章を書いてそれを読む。

ひたすらにそれの繰り返し。

単純作業にも感じられたが、意外と苦にはならなかった。

RPGのレベル上げ然り、俺は単純作業が好きなのかもしれない。



「いい感じだね。これで一通りの挨拶は教え終えたから、基礎的な事はもう大丈夫だと思う。どうする?もう少し先に進む?」

「そうですね、、、もう少しだけ進みたいで───」



「リビィ様ー!ケイト様ー!ご飯出来ましたですー!」



階下からセナリの声が聞こえてくる。

期せずして、言葉を途切れさせられる形になってしまった。



「はーい!もうそんな時間なんだね、、、。続きはお昼食べてからにしよっか」

「分かりました」



良い調子の内にもう少し先まで進みたかったが、仕方ない。

こっちに来て毎食美味しい料理を食べているせいか、そんなに食欲があるほうじゃなかったはずなのに、今から食事だと思うと膨れ上がった期待値のせいで途端にお腹が空き始める。

このままだと、体重が過去最高を上回るのも時間の問題かもな、、。

過去に一度だけした地獄のダイエットの日々は、もう繰り返したくない。















「うん。やっぱりセナリの料理は美味しいな」

「ありがとうございますです!」


今日の昼は魚のムニエル?みたいなものと、バケットとスープだった。

独り暮らしの時もそうだったが実家でも中華と和食メインで、まだこういう料理を外食以外で食べるのは少し違和感がある。

味に関しては違和感なんて全くなく、あんなに好きだったカップ麺の味を忘れてしまいそうになるほど美味しいが。

これ、元の世界に戻ったら外食ばっかりで破産するんじゃないか、、、?

安物では満足出来ない舌になってしまいそうだ。





「ふう。お腹いっぱい。セナリ、今日も美味しいご飯ありがとう」

「とんでもないです!引き続きお勉強頑張ってくださいです!」

「うん。ありがとう」


今日も今日とて、つい食べ過ぎてしまう程に美味しかった。

おかげで破裂しそうなくらいお腹が膨らんでいるが、切り替えて勉強の続きをしよう。

切り替えて、、、、。

これ、切り替えられるか?

ちょっと苦し過ぎる。



「食べてすぐだけど、大丈夫そう?」

「はい。問題ないです。リビィさんは大丈夫そうですか?」

「うーん。ちょっと眠たいかな。でも大丈夫だよ。早速再開しよう」

「はい。お願いします」



ご飯を食べてすぐ、苦しいお腹を抑えながら自室にて勉強を再開した。

さっきの復習を軽くして、少し応用的な事も学んでいく。

挨拶だけじゃなく、〝良い天気ですね〟とかそういう日常会話的なものだ。

問題なく覚えられているんだが、図に乗って一気に詰め込んだせいで、頭が痛くなってきた。

ペース配分が下手過ぎる。

急かされてるわけじゃないからゆっくり覚えればいいというのに。



「大丈夫?」

「へ?あ、はい。ちょっと混乱してます」

「一気に教え過ぎたね。今日はここまでにしとこっか。確か魔術訓練もしなきゃダメだったはずだし」



そうか。

魔術訓練もあるのか。

かなりの集中力を使う魔術が、頭もお腹も痛いこの状態で使えるだろうか。

正直なところ、今すぐに横になって休みたい。

食べる量を調整するべきだったと、今更になって後悔している。



「すぐは無理そう?」

「、、いえ、頑張ります」

「ふふふ。無理しなくていいよ。私もちょっと昼寝したいし、休憩にしよっか」

「、、、ありがとうございます。助かります」

「ううん。じゃあ後でね」



リビィが部屋を出るのを見送ってから、ペンを静かに置いて、深く息を吐く。

気を遣ってくれてだと思うが、休憩を挟んでくれて良かった。


(途中までは余裕だと思ってたんだけどな、、、)


思いの外、頭の中がこんがらがっている。

文系か理系かで言えばおそらく文系なんだが、どうにも日本語以外の言語は取っ付きにくい。

苦手意識があるせいだろうか。

ただ単に、覚えが悪いだけかもしれないが。






椅子の背もたれに体重を預け、天井をぼーっと眺めながら頭の中を整理する。

挨拶は〝おはよう〟や〝こんにちは〟といった時間帯による違いはなかった。

ただ、相手の立場によっては多少の違いはあるみたいだ。

〝おはよう〟と〝おはようございます〟の違いみたいに、丁寧な言い方の方が多少長くなる。

理屈とか仕組みは分かるけど、中々覚えるまでには到れない。

どうすればコツを掴む事が出来るんだろうか。

そんな事を悶々と考え過ぎて、言葉が通じるんだから文字なんて覚えなくていいじゃないかとさえ思い始めてしまった。


(ちょっと休憩するか、、)


すぐ横のベッドに移動するのが面倒くさくて、目の前の机に突っ伏して瞼を落とした。

眠気が来るのを待つ必要はなさそうだ。











───コンコンッ。


「失礼しますです。ケイト様、間食を持ってきましたです」

「・・・・」

「、、??ケイト様?寝てらっしゃいますか?」



「すぅー、、、すぅー、、、」



「失礼しましたです。ここに置いておきますです」


ガチャッ───。






遠くで扉を開く音が聞こえ、突っ伏していた顔を上げる。

圧迫されて滲んだ視界には、部屋を出ようとする角の生えた少年が居た。



「ん、、、?セナリ?」

「はうっ!?、、、ごめんなさいです!起こしてしまいました、、」

「いや、大丈夫。何かあったか?」



どれくらい眠っていただろうか。

申し訳なさそうに背筋をピンと張ったセナリに、ボヤけた頭で声を掛ける。



「いや、その、お勉強の休憩に間食をと、、、お邪魔してごめんなさいです、、」

「そっか。ありがとうセナリ。一緒に食べないか?リビィさんはまだ休んでるだろうし」

「そ、そんな!ケイト様が召し上がってくださいです!」

「もしかしてまだ用事残ってたか?」

「あ、いえ!そういうわけでは!」

「じゃあちょっとだけ付き合ってくれないか?俺の前ではあんまり気を張らなくていいからさ」

「あ、、あ、えと、、」



居候の身で何様のつもりだ?と心の中で思いつつも、セナリとの距離感を縮める為に提案してみた。

ウルやリビィよりは緊張したり気を遣ったりしないみたいだが、それでもまだ多少の距離感はあるみたいだ。

ただ休憩するだけでは勉強の邪魔になると遠慮してしまうなら、少しセナリの力を借りる形にしよう。

寝惚けていまいち回らない頭を捻り、策を講じる。



「そうだセナリ。読み書きって少しなら出来るか?」

「はいです!難しい言葉が無ければですが、、、」

「ここの単語の読み方がいまいちよくわからなくてさ。分かる?」

「ここは、、、」



休めているのか疑問ではあるが、セナリを留める流れにはなった。

特に用事があったわけではないけど、仲良くなりたいし、少しは家事以外の事を考える時間も作ってあげたい。


(それにしても、、)


セナリ、結構読み書き出来るんじゃないか?

呼び止める為の策として聞いてみただけなのに、今日リビィに教わった範囲は全部、さも当然かのように出来ている。

セナリが賢いのか、今やってる範囲が相当簡単なところなのか、、、

出来れば、前者である事を願いたい。





「あれ?セナリがいる?」





セナリに教えてもらい始めて10分くらい経っただろうか。

仮眠を摂ってスッキリした顔のリビィが戻ってきた。



「リビィ様!おはようございますです!」

「うん。おはよう。結構寝ちゃった」

「おはようございますリビィさん。もう大丈夫なんですか?」

「うん。これ以上寝たら起きれなそうだし」

「それもそうですね。セナリ、色々教えてくれてありがとうな。助かった」



休ませるつもりが、かなり本格的に授業をしてもらってしまった。

こんなに集中力が続く事は滅多になかったはずなんだが、もしかしたらこれが、異世界転移物でよくある神様からのサービスなんだろうか。

それにしては地味な気もするが、文句を言って取り上げられるのもなんだから何も言わずにおこう。



「とんでもないです!間違ってたらごめんなさいです!」

「大丈夫じゃない?多分私よりセナリのほうが詳しいし」

「そ、そんなことないです!」

「二人とも少なくとも僕よりは詳しいですよ」

「今はまだね。ケイトに負けないように私も勉強しないと」

「セナリも勉強したいです!」

「じゃあ僕が追い付いたらリビィさんとセナリと一緒に読書でもしたいですね」

「それいいね!」



読書出来るまで一番時間が掛かる俺が提案するのもおかしな話だと思ったが、身近に目標を立てておくのは良い事だ。

その目標が身近になるのかは自分の努力次第ではあるが、、、。



「セナリに何か出来る事があれば仰ってくださいです!」

「うん。また何か頼むと思う」



読み書きに家事に。

セナリは俺の出来ない事を色々出来るからな。



「はいです!」

「じゃあ魔術の訓練始めよっか」

「はい」

「セナリはお夕飯の準備してきますです!」

「うん。今日は手伝えなくてごめんな」

「とんでもないです!魔術の訓練頑張ってくださいです!」



90度以上の角度でお辞儀するセナリを見送る。

あんなに満腹になるまで食べたのに、〝夕飯〟という言葉を聞いただけで早くも体がより多く食べる為の準備をし始めた。

このまま食いしん坊キャラになるのは避けたいが、暫くは美味しいご飯を楽しもう。

考えるのは、太ってからでいいだろう。

思考は、完全にメタボ予備軍のそれだった。



「セナリと仲良くしてくれてありがとう」

「まだ少し距離はありますけどね。もっと仲良くなれたらいいんですけど、、」

「そんなに日が経ってないし仕方ないよ。私ももっとセナリと仲良くなりたいな、、」

「仲良くなってからだったら、一緒に読書するのもより楽しくなりそうですね」



距離の開いた読書会なんて楽しくなさそうだからな。

それなら、個人で楽しんだ方がまだいい。



「そうだね!あー、今から楽しみになってきちゃった」

「なるべく早く追いつきますね」

「あ!ゆっくりで大丈夫だからね。急かしたみたいになってごめんね?」

「あ、いえ。僕も楽しみなんで早く追い付きたいだけですよ。まだ暫くリビィさんに教えてもらわないと駄目そうですけど」



とは言ったものの、正直そんなにすぐ追い付けるものではないと分かっていた。

小さい時から変わらない癖みたいなものだが、基礎はある程度早く覚えても、どうしても応用で躓いて周りに追い越される。

ウルと約束を交わした以上、とりあえずは二人が居なくても大丈夫なぐらいにはならないといけないんだが、、。

自分で頑張れる範囲は頑張るとして、それ以上は神様が与えてくれているであろう地味な権能に任せよう。



「ケイト?どうかした?」



不安が募って自分の世界に入り込んでしまっていた。

リビィに声を掛けられて我に返る。



「大丈夫です。少し考え事を」

「本当に大丈夫?随分深刻な表情してたけど、、」

「本当ですか?」

「うん。話し掛けようかちょっと迷ったぐらい」



思い詰めてるつもりはなかったんだけどな、、。

案外自分が思っている以上に、今の状況を何とかしないといけないって思ってるのかもしれない。


(、、、こんなに真面目な人間だったかな?)


何だか、自分がよく分からなくなってきた。

不安定だ。



「すみません、ご心配おかけして。無意識にさっき教わったところを頭の中で復習してしまってました」



ひとまず、苦笑いを作ってそれなりの理由で誤魔化した。



「それなら大丈夫、、かな?あんまり無理はしないでね。今日は魔術訓練やめとく?」

「いえ、やりたいです。せっかくウルさんに魔力を注いでもらったので」

「分かった。じゃあやろっか。魔装羽織ってもらっていい?前は留めなくて大丈夫だから」



リビィに言われた通り、魔装を軽く羽織る。

その瞬間に、暖かい風に包まれるようなそんな感覚を覚えた。

魔術を使う時の感覚に似てる気がする、、、ようなしないような。

嫌な感じではない。



「じゃあ始めるね」

「え?このままこの部屋でするんですか?」

「そうだよ?勿論危ないから高威力の魔術は使わないけどね。今からやるのは、火以外の簡単な魔術だけ。失敗しても掃除する手間が増えるぐらいだから安心して」



練習する魔術の内、水と土は魔術で一定量生成する感じだと思う。

風はそよ風程度を発生させるとか?


(重力は、、、)


当たり前のように受けているはずの重力が、一番イメージが湧きにくい。

空を飛んだりも出来るんだろうか。



「じゃあ早速やっていこっか。桶を用意したから、ここの少し上に水を生成して中に入れて」



リビィが用意してくれたのは、風呂場で使う木の板を張り合わせた桶だった。

サイズは銭湯でよく見るプラスチックのものと同じか、少し大きいくらい、、かな?


(あの桶に入るくらいのサイズ、、、)


水を生成する前にひとまずイメージを作り上げる。

正直なところ、手から水が出るイメージなんて全く出来ない。

手汗ならイメージがつくが、桶いっぱいの手汗というのは何となく汚い気がして嫌だ。

だから、イチから作り上げるのではなくて、その場にある水を掬い上げるイメージ。

両手の平を上にして、そこに生成する。

生成すれば、それをそのまま手で移動させるように、空中を漂わせて桶まで運ぶ。

魔術にしては滑稽な気もするが、突飛なイメージで失敗するよりはこれで確率を上げるのが堅実だ。



(、、よし)



頭の中で予習を終えて、それを実行する。

まずは水の生成。

手の平を上に向けて、、、


空中に最初から水の塊があったかのように、そこから手の平に収まる程度の水が音もなく掬い取られる。

少しの間左右に小さく揺れた後、水面が凪ぐ。


よし、出来た。

作った瞬間に隙間から零れ落ちるかもしれないと思ったが、少し浮いた状態で生成されてそのままキープしてくれていたので、何とか床を濡らさずに済んだ。

手も濡れずに済んでいる。



「次は移動だね」



手の平にある水に集中しながら、リビィの言葉に頷く事で返答する。

手は動かさずに、腕で運ぶイメージ。


ゆっくり、、ゆっくり、、


桶の上まで水平移動して、真上に来たところでゆっくり下ろす。

手が桶の数センチ上まで来たところで、繋げた手を離すと同時に集中を解いた。



パチャンッ──。



生成した水は一滴も溢さず、無事に桶の中へ収まった。

成功だ。



「凄い!一回で出来るようになるなんて!」

「凄い、、、ですか?同じタイミングで魔術を習い始めた人が居なくて、いまいちちゃんと出来てるのか分からなくて、、」



このくらいなら、普通に水を汲んで来たほうが早いくらいだしな。

いまいち凄いと思えない。



「少なくとも私よりは凄いよ!一回で出来なかったもん」

「そうなんですか?」

「うん。この調子ならすぐ覚えれそうだね。早速次いってみよう!」






その後、既に発現に成功した事のある風魔術を挟んで、土魔術の練習を取り掛かった。

練習内容は大方予想通りで、土を生成して、それを一塊に集結させるというもの。

水よりイメージは湧きにくかったが、それでも一度で成功させる事が出来た。

子供の頃に気が狂ったかのように泥団子を作っていた事がこんなところで役に立つなど誰が予想出来ただろうか。

ありがとうピカピカの泥団子達。

無慈悲に同級生に破壊され尽した君達の事は忘れない。



「次は重力の魔術だね。大体想像はつく?」

「物を浮かしたりとかですか?」

「主な使い方はそうだね。風魔術と合わせて空を飛び回ったりも出来るけど、、、。それはまだ難しいと思う」

「重力魔術だけでは空を飛べないんですか?」

「浮かぶ事は出来るよ。でも動くには別の力が必要だからね。壁を蹴ったりすれば自在に動けるけど、何もない空中ではそうもいかないしさ」



そうか。

よく考えればその通りだな。

重力を変動させるだけで自由自在に飛び回れるなんておかしい。

魔術ってもっと法則を無視した滅茶苦茶なものだと思ってたが、案外ちゃんとしているみたいだ。

それでも、物理の先生に突き付ければ卒倒するレベルなのかもしれないけど。



「今日はどんな練習をするんですか?」

「うーん、、。本当は物を浮かせるだけにしようかと思ってたんだけど、ちょっと難しくして風魔術との合わせ技に挑戦してみようかなって」

「っていうことは、空中で物を動かすって事ですか?」

「うん。出来そう?」

「どうでしょう、、。でも、やってみたいです」

「じゃあやってみようか。重いのだと危ないし、さっき読み書きの練習に使った紙でいいかな」




(、、、ふう)

音を立てずに一度深く息を吐いて集中を深める。

リビィが床に置いてくれた紙を浮かび上がらせるイメージ。

周辺の重力をゼロにして、ふわふわ浮き上がる。


「・・・」


あれ?

出来ない。

どれだけ集中しても、どんなイメージを構築しても、一向に浮かび上がる気配がない。



「どう?」

「ちょっと難しいですね。一応魔力は込めてみたんですけど、、」

「やっぱり難しいかな、、、」



予想通り、重力魔術が一番の難関だったようだ。

無重力なんて、経験したことないしな。



「リビィさんは物を浮かせる時どんなイメージしてますか?」

「私?私は最初から重力魔術使っても浮かせられないから、風魔術で勢いつけてから浮かせる事が多いかな、、。軽い物だったら、弱い風で少しだけど浮かび上がるし」



そうか、そうすればいいのか。

初めての挑戦なのに、急にその場の重力を失くして物を浮かせるなんて、やっぱり想像し辛いよな、、、。

リビィのアドバイス通りに紙の近くに小さい風を発生させて浮かてみる。

飛んで行かないように、慎重に、慎重に、、、。


(、、、、よし!浮いた!)


そのまま魔力を込めて、落ちてしまわないようにその場に漂わせた。



「凄い!そのまま動かせる?」

「どうでしょう、、。やってみます」



重力魔術をかけたまま風魔術も同時に使って、宙に浮いた紙を左右に揺らすイメージ、、。

紙を上から落とした時のようなゆらゆら揺れる感じ、、。

そよ風を右から左から、、、右、左、右、左、、、、。




「、、、出来た」




出来た事に安堵して気を抜いてすぐに落ちてしまったが、少しの間宙に浮いた紙の動きを制御する事に成功した。

何だろうか。

今まで使ったどの魔術よりも、成功した時の感動と手ごたえがある。

その対価か、どっと疲れてしまった感覚があるが。




「ケイト、、ちょっと凄すぎない?」




まさしく驚愕といった感じで、リビィがそう零す。

お世辞ではなさそうだ。



「いやそんなことないですよ。リビィさんのアドバイスがなければ無理でしたから」

「ふふ。たまには素直に褒められてよ」

「ウルさんの魔術を最初に見てしまったので、全然自信持てないんですよね、、」

「あー、そういう事ね。それは仕方ないよ。ウルに一対一で勝てる魔人なんてバオジャイさんぐらいしかいないもん。メヒトさんは、、どうだったかな」



メヒトって確か前言ってた人だな。

賢いけど相当な変人っていうあの。

もう一人は誰だろう?



「バオジャイさんっていうのは?」

「凄く強い女の人だよ。会った事はないんだけどね。ウル曰く、魔人で一番強いみたいだよ?」

「という事は、ウルさんって魔人で二番目ぐらいに強いって事ですか、、?」

「そうなるね。普段の感じからは信じられないけど」

「凄い、、、ですね。凄過ぎていまいちよく分かってないですけど、、」

「あ、そういえばウルが三賢者だって話したことあったっけ?」



三賢者、、、。

よくゲームなどである四天王のようなものだろうか。

賢者と名が付くくらいだから、凄いものなのだろうという事は分かる。



「魔術を扱う力や、魔術への理解が特に優れた三人が魔人から選出されて、三賢者って呼ばれるようになるの。数年前にウルとメヒトさんとバオジャイさんになってから代わってないみたい。力のシスティオーナ、防御のドルトン、知識のフィオって言う呼び名が有名だよ。あ、システィオーナっていうのがバオジャイさんの事で、フィオっていうのはメヒトさんの事ね」



ウルが防御、、、?

確か本人もそんな事言ってた気がするが、見た目はどう見ても攻撃タイプだ。

特性:凶暴とか付いてるタイプだと思う。

あの巨体は頑丈そうではあるが、、、。

まあ多分、防御結界の使い手だという事から来てるんだとは思うけど。



「だからウルみたいに凄い魔術使えなくても落ち込まないでね。ウルと同じくらい使えたらケイトが三賢者に選ばれるかもしれないぐらいの大事になるから」

「それな未来は無いと思いますけど、もしあったとしてもなりたくないですね、、。魔力があればまた違ってくるんでしょうけど」

「魔力はどうしようもないもんね、、。今度一緒に魔力水買いに行く?売ってる場所ぐらい覚えておいたほうがいいもんね」

「はい。是非お願いします。何かあった時の為に」

「うん。また時間がある時にね。じゃあそろそろ夕食だろうし、今日はここまでにしよっか。室内だとあんまり練習出来ないけど、手が空いた時にでも今日やった事反復してみてね」

「感覚忘れないように練習しときます」

「うん。よし!じゃあ片付けてセナリを手伝いに行こう!」




二回目の魔術訓練は、

リビィ曰く上々の出来だったようだ。

比較対象がないとどうにも成長具合が分からないが、リビィの言葉が嘘には思えなかったので素直に信じておこうと思う。


今日で一通り、全種類の魔術を使う事は出来た。

精霊魔術を含めればまだまだ種類はあるようだが、それはまたの機会にウルが教えてくれるそうだし、ひとまず考えないようにしておこう。

今はまだ基礎的かつ小さな魔術だけだけど、このまま練習していれば、ウルが使ったような高威力の魔術も使えるようになるんだろうか。

むしろ、そうならなければリビィとセナリを守るなんて胸を張って言えないんだろうけど。

自分があんな凄い魔術使ってるところなんて、想像出来ないな、、、。























いつもより早く横になった今日は、疲れと高揚感と不安と。

気付かない程小さい変化を抱きながら眠りについた。

この世界に対する感情の、小さい変化を。

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