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臨界線のインフィアリアル  作者: 中田滝
一章
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一話「エピローグ」














〝【***】。この日、この時間に紙に書いてある場所で待ってる。何が出来るかは分からないけど、必ず間違った選択じゃなかったと思わせるから。だから、、、〟



















───ピピピッ、ピピピッ



軽やかな電子音が、まだ覚醒していない耳に届く。

鳴り続ける音を止めようと、もぞもぞと体を動かしながら手探りで目標位置を見極めようとするも早々に断念して、貼り付いた上下の瞼をゆっくりと剥がした。


時節は夏。

早くに窓から差し込んでいた陽光に目を焼かれながらも緩慢たる動きで、鳴り続ける電子音を止める事に成功した。

そのまま音の発生源、目覚ましを手に取り薄く開けた目で時間を確認する。




「昨日の時間に設定したままだった、、、」




呆けた頭で昨晩泥のように眠った事を悔いる。

講義もなく、特に予定のない休日だというのに設定していた目覚ましのせいで朝7時に目が覚めてしまった。

二度寝をすれば万事解決する話なのだが、一度起きると少なくとも数時間は目が冴えてしまう体質のせいでその選択肢は意味を成さない。

それに加え、窓から差し込む陽光の暑さを肌で感じてしまった今、わざわざ空調のない部屋で再度眠りにつくのは憚られる。


(動くか、、、)


意味がないと分かっていながらも、一度目覚まし時計を恨めし気な目でねめつけてから起き上がり、朝のルーティーンを行いにとぼとぼと洗面所へと向かった。






毛束が弱々しくなってきた歯ブラシに歯磨き粉をつけながらぼんやりと頭に浮かんだのは、つい先程まで見ていた夢。

内容は全く思い出せないし、登場人物も自分以外誰一人として思い出せないが、何故か最後に俺が放った一言が気になって頭に残っている。

そもそも夢を見る事自体少ないけど、夢の内容について起きてからも考えるのは、その中でも極稀だ。


(誰かに何かを促す台詞だったとは思うんだが、、)


起きてから数分とはいえ時間が経っているからか、もう少し明瞭に覚えていたはずだった夢も薄れて、俺自身が吐いた言葉もどんなものだったか思い出せなくなってしまった。

過去にも、見た夢が起きた後もどうしようもなく気になった事があったが、あれはおそらく正夢だったからなんじゃないかと思っている。

内容自体は下らないもので、俺が寝惚けながら自転車を漕いでいて、後ろから凄まじい速度で迫ってきた大型トラックを避けて電柱にぶつかるというものだった。

ちなみに、夢から覚めたのは電柱にぶつかったタイミングだ。

実際に眠っている間に何かが頭に当たったという事は無かった、、、と思う。

正夢だと確認出来たのは、夢を見た半年後くらいだっただろうか。

もしかすると、今日見た夢もまた同じくらいの期間が経った後に現実として再現されるのかもしれない。

台詞の一つ取っても思い出せない今となっては、そんな事があったとしても正夢だと認識する事すら出来ないだろうけど。





「、、あ」





寝惚けた頭で歯磨きをしながら考え事なんてするんじゃなかった。

開いたままだった口の端から漏れ出た泡が、顎に付いて髭のようになっている。

気分はさながらサンタクロースだ。

こんな炎天下の中やって来るなんてあわてんぼうもいいところだな、と我ながら上手い事言ったつもりになりながら、ひとまず歯ブラシを咥えたまま顎の周りを洗い流した。

この時に思い付きで勢いのまま顔を洗わなければ、ぶつかった手のせいで歯ブラシが喉に直撃して咳き込む事はなかっただろう。

後悔先に立たずここに極まれり、だ。


友人達からの“しっかりしてそう”という印象をあっさりと覆せそうな、本来の天然で抜けている部分を発揮しながらも、少しして朝のルーティーンを終える。

いつもの癖で着替えと簡単な髪型のセットまで終えてしまったが、出掛ける予定は入れていない。

昨夜、飲み会で疲れたからと旧友からの久々の誘いを断ったのは失敗だったかもしれないな、、、。


何の変哲もない大学生の、何気ない休日。


実家暮らしの時に考えていた【一人暮らしを始めたらやりたい事リスト】は、大学も三年生にもなるとあらかたやり終えた。

その過程で隣人と口論になったりもしたが、今では笑顔で挨拶を交わせる仲だ。

お返しとばかりに夜更けにアコースティックギターを練習しているのは目を瞑ろうと思う。

円満な独り暮らしを継続するには多少の我慢も必要だと、騒ぎ過ぎて追い出された友人が言っていた。




「それにしても暑いな、、、、」




徐々に蒸し暑くなってくる部屋の中で、強風を出す扇風機の真正面でぼんやりと今日の予定を組み立てる。

空いているのは、夕方17時からのアルバイトまでの約9時間。

講義や予定があって、今日誘える友人はいなかったはず。

だとすれば組める予定は一人で出来るもので、尚且つ希望を含めるとなると、あまり外に出ずっぱりにならず、少しの外出をして残った時間は全て家の中で過ごしてしまいたい。


(あ、、、)


ふと、数日前にクリアしたゲームが目に入った。

あのゲームの次作を中古ゲーム屋で数百円で見かけた気がする、、。

そう考えてからの行動は早かった。

携帯と財布と家の鍵。

自転車の鍵も持ってこようかとは思ったが何となく歩きたい気分で、家を出て徒歩10分程の中古ゲーム屋へと歩いて向かった。










丁度10分後。

冷房がよく効いた店内に入って、記憶を辿りながら目的の物を物色する。

中古ゲームを取り扱っているからといって店自体が古びているかといえばそういうわけではなく、全国的に展開している大人気店の内の一店舗で、出来てからまだ一年も経っていなかったはずだ。

都会と胸を張って言えないこの街に名前を聞くばかりで訪れた事のない全国チェーンのお洒落なカフェが出来ると噂になった時は驚いたものだが、蓋を開けてみれば噂は嘘で、出来上がったのは中古ゲーム屋だったというまさかのオチだった。

まあ、頻繁に利用させてもらってるから感謝はすれど文句を言う事はないけど。




「あった。これだ」




のんびり涼みながら物色して手に取ったゲームは、【-氷姫-災厄の森】

十年以上前に流行った氷姫シリーズの第二作。

最新作も含めて計5作出ているこのゲームだが、全体を通したシナリオは大方同じで、お決まりのように敵に捕らえられたリミエラ姫、通称氷姫をレベルを上げながら助けに行くというたものだ。

氷姫という通称の理由は中々安直で、雪国出身で氷のような美貌を持つかららしい。

パッケージイラストがポップなのでその美貌は伝わりにくいが、クリア後のムービーを見るとその通称も成程なと思わせられる。



前にニュースを見て知った事だが、このゲームは立案者であり全作を通じてのシナリオライターである人物が亡くなった事で、シリーズ最終作を控えて5作目で終わっている。

その後に別の人物により最終作を作ろうとはしていたみたいだが、ゲーム会社の無理な勤務体制が公となって会社自体が潰れてしまい、最終作は幻となった。

立案者が亡くなったのは過労死が原因ではないかと報道番組等で追いかけていたはずだが、いつの間にかその関連の話を聞かなくなったな、、。

残された妻と娘が無理心中をしたとか何とかニュースで流れていたが、確たる証拠も無い事からでっち上げだろうとコメンテーターに一笑に付されていたのを覚えている。

高校生の時に続きが気になる終わり方をする5作目を友人宅でクリアしてから、6作目の発売日を血眼になって調べた時の知識は伊達ではない。

たかだかゲームの話であるのに、今でも鮮明に覚えている程当時のショックは大きいものだった。


(何かのまぐれで最終作、出てくれないかな、、、)


今となっては懐かしい思い出となった出来事達を振り返りながら、愛想の良い店員から購入した商品を受け取り店を出て、何となく行きとは違う道を選択して、河川敷沿いの道路脇の歩道を歩く。

街路樹で作られた影は気持ち程度に涼しく感じられたが、すぐ隣を通る車の排気ガスの熱気で中和されて、結果的に元の道のほうが良かったな。と後悔しながら帰路に着いた。




ほんの少し傾斜になっている道を歩いて10分程。

見えてきた家の近くの階段は、ゲーム屋近くにある道路へと至る階段の倍ほどの段数があった。

地味な傾斜で分かりにくいが、こうして見ると意外と高いところまで歩いてきたんだなと思わせられる。


100段程の段数のありそうな階段に嫌気が差しながら、額に湧き出す汗をTシャツの裾で拭って、所々に生えている連日の雨で濡れた苔を避けながら階段を降りていく。

学校帰りなら、用事が無ければ必ず降りる階段。

休みである事以外は何気ない日常のいつもの風景。

そうして見慣れたものだからか、家にもうすぐ着くからかは分からないが、警戒心など微塵も無い様子で足元の苔を避けていた俺は、濡れた石階段の滑り易さを侮っていた。






「───ッッ!?」






苔を避けて無理な体勢で着地させた足に体重を預けると同時に、下を向いていた視線が一転、空を仰いだ。

焦りながらも強制的に保った冷静によってすぐ傍にあったはずの手摺りを掴もうと決め、片足を浮かせたままのリンボーダンスのような体勢で首を攣りかねない勢いで捻る。

だが、視線が到着するよりも早く動かした手は、不運にも手摺りの切れ目で空を切った。






やばい。

やばいヤバいヤバイ────!!!






抵抗虚しく制御を失った体が、無理な動きをした反動も加わって階段を勢いよく滑り落ちていく。

さっき倒れ込む勢いのまま頭を打ち付けたんだが、痛みは何故か感じない。

感じない痛みよりも、視界の端に映り込む邪魔な血を気に掛けたいところではあるけど。



極限まで高められた集中力の中で、引き続きがんがんと全身を打ち付けながらも助かる術を探す。

階段は滑って掴めない。

手摺りはもう離れてしまって届きそうにないし、届いたとしても右手は変な方向に曲がってて制御が効かないからどのみち掴めない。


(左手、、、と足は動くか)


いくら長い階段とはいえ、足を滑らせてからここまでは5秒にも満たない時間だったと思う。

けたたましく頭を叩く警鐘を感じながらも、何処か別のところで冷静な思考を持てているおかげで今はまだ必死に対抗策を練る事が出来ているが、こんな状況で長く持つわけがない。

それを証明するかのように、近付いていく地面に、少しずつ冷静さを欠けさせられていく。

同時進行で比例して、思考はどんどん投げやりなものになっていった。

考えるのを諦めて、このまま身を任せて楽になりたいとさえ思えてくる。

体に上手く力が入らないし、右目は垂れてくる血が邪魔で開けられない。

気持ちはほとんど諦めて、迫りくる地面を受け入れようとしていた。





ズキッ──。





自棄になったからか、負傷に遅れて全身から鈍い痛みの知らせが届く。

きっと痛い事に変わりはないだろうけど、出来れば苦しむ間もないくらい短い時間で意識を手放せればいいな、、、。








「いつッッ、、!!!」







自殺志願者のような考えを頭で浮かべていると、不意な浮遊感と背中への激痛に、喪失しかけていた意識を引き戻された。

多分だが、いつも避けて通る最下段近くの不自然に変形した石段で体が浮いたんだろう。




(痛い、痛い痛い────!!!)




把握出来たと思っていた痛みはただの一端で、覚醒した意識によって本来の傷の分の痛みを理解させられた。

空中で変わった体勢により空を仰いでいた視線は一転、迫りくる地面を正面に捉えている。

絶望的な状況で半ば死を受け入れていたにも関わらず、改めて今からぶつかる地面を見て背筋を冷たいものが駆け抜けた。


怖い。

とてつもなく怖い。


今でも耐え難い痛みなのに、これ以上なんて絶対に耐えられない。

でもこの状態から打開出来る策なんて、、、、。


(、、、、、まあ、いいか)


解決出来なかったとしても、最後に足掻いてみよう。

半ば自棄になりながら、そう考えた。




そして、現状を打開する為のチャンスは思いの外早く訪れた。

地面と顔の距離が1mも無いところまで来て、右足のつま先が階段に先に着地するのを感じる。



(これだ!!)



着地した足を軸にして、体をぐるりと反転させた。

切り替わった視界に見えるのは、現在進行形で滑り落ちていた階段とその先にある空。

そして、左側には届く距離にある手摺り。

精一杯、鉄製の光沢のある手摺りに手を伸ばす。


もう少し、もう少しで掴める。


最後の衝撃さえ殺せればもしかしたら助かるかもしれない。

諦めなど微塵もなくなった頭と体で、必死に最後の命綱へ手を伸ばした。










「───ッ!?、、、まじ、、かよ」










手摺りを掴もうと伸ばした手は、べっとりと塗られた自分の血と、何故か離さずにしっかりと持っていたゲームによって虚しく滑るに終わった。

命綱を切ったのが数百円のゲームとは、俺らしい終わり方だ。



(もう、、意識が、、、)



地面への激突を受け入れながら意識を集中させた走馬灯。

最後に脳裏に浮かんだのは、何故か中古ゲーム屋の店員の笑顔だった。

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