第40話ですわ!
たくさん二人で泣いたと思います。
気付けば空が赤らんでいて、ハイル様お耳が赤くなっているのが分かりましたから。
わたくしも同じくらい赤くなっているのでしょうか。
泣いているせいなのか、ハイル様のお身体がとても熱いです。
わたくしも、同じように熱くなっているのでしょうか。
ああ、けれど……さすがに泣くのも疲れてきました。
それはハイル様も同じだったのか、少しずつ、わたくしを抱き締めていた手が緩くなっていきます。
わずかに出来た隙間から、ハイル様のお顔を見上げれば……まあ、こんなお顔は初めて見ましたわ。
いつも凛々しいハイル様はどこにもいらっしゃらない……。
「まあ、ハイル様ったら酷いお顔……」
ハンカチを取り出して涙を拭うと「君こそ」と言われてしまいました。
どうやらわたくしもかなり酷い有様のようです。
そんなわたくしの顔をハイル様がハイル様のハンカチで拭いてくださいました。
んっ、本当。
目元が少し痛いですわ。
「…………マスターに頼んでみようか」
「……もう、ストーリーに添いたくない、とですか? そんな事を言ったら、わたくしたちは……」
感情が強くなったNPCなんて、マスターは要らないと仰るでしょう。
ですが、なんとなくハイル様の仰りたい事も分かる気が致します。
だから目を閉じて、自然に笑みがこぼれたのでしょう。
「はい、そうですわね。いつまででもご一緒致しますわ」
「…………」
微笑むハイル様。
ええ、覚悟は出来ました。
わたくしも、運命に抗う事に決めました。
***
「いやぁ、色々あったけどついに卒業かぁ〜! 感慨深いものだねぇ! あ、エイランはもう少し学院に残るんだっけ?」
「ああ。まだ取得してないスキルが学院で学べるみたいなんだ。…………エルミーも学院に残れれば学べるんだろうけど……」
「ん? どういう意味?」
「いや……。それよりも…………」
『ハイル・エレメアン殿下とキャロライン・インヴァー様、ご入場です』
アナウンスの後、わたくしとハイル様は卒業パーティーの会場へと入場致します。
盛大な拍手の中、はしのほうに『壊された』NPCのご令嬢を見付けて微笑む。
良かった、一日で直してもらえたのですね。
けれど、わたくしとハイル様の姿に拍手は次第に小さくなり、困惑の表情と声が混じり始める。
まあ、そうでしょうね。
「ほわぁ〜! キャリーたん、黒のドレス大人っぽーい!」
「…………黒いタキシードにドレスって……」
エイラン様とエルミー様は真逆の反応。
どうやらエイラン様は周囲の反応からなにか察したようですわね。
その通り、喪服ですわ。
「今日はパーティーを楽しんでくれ。特にエイランは功労者だからな」
「ああ、まあ、そうさせてもらうつもりだけど……君たちその格好……」
「抗う事にしたのですわ」
「……! …………、……そうか」
エイラン様はさすがに分かってらっしゃいますわね。
さて、それはそれとして、一応最後の抵抗と申しますか……NPCとしてのなけなしの矜持! 今ここで果たさせて頂きましょう!
これでダメなら本当にハイル様の案しかございませんからね!
「というわけで! エルミーさん!」
「え! なに? 私!?」
「わたくしからのご褒美です! お受け取りなさい! 赤き炎よ、塊となりて我が敵を討て! ファイヤーキューブ!」
「ほえええええええぇ!」
…………。
顔が、笑顔ですわ!
「ぶぉっ!」
「ええええええぇ!?」
ざわざわする会場。
まあ、普通ざわつきますわよね。
わたくしが初級とはいえ魔法でなんの罪もない(?)ヒロインを攻撃すれば。
しかし、すぐに立ち上がったドレス姿のエルミーさんは…………え、ええと……け、形容し難い……気持ちの悪い笑顔でした。
「ありがとうございます!」
第一声がそれですか。
「もう一回おねがいします!」
「ひっ! ……ご、ご褒美は一回だけですわ!」
「これはお前が我が婚約者、キャロラインを暴漢たちより救出し警護した事へのキャロラインからの褒美だ。どうだ? 嬉しかったか?」
「くううう〜! 今までで一番サイッコーーー!」
「……………………」
エイラン様のお顔。
え、ええ、言いたい事はとても良く分かりますわ!
むしろわたくしも同じ事を申し上げたいくらいです!
……気持ち悪いです!
「…………やはりこいつにストーリー通りの展開を期待するのは無理だな」
「は、はい。どう足掻いてもこの方がヒロインではストーリー通りに物事を運ぶ事は無理ですわ……マスター」
『そのようだね』
「「!?」」
エイラン様とエルミーさんが驚いてわたくしたちの頭上を見上げる。
そこにいたのは『運営』の集合体……マスター。
白髪の幼い子どもの姿をした『彼』は、不敵な笑みで二人のプレイヤーを一瞥なさるとわたくしたちに向き直ります。
『そしてなにより君たち自体が『個』を自覚した、か。ふむ、興味深い』
「マスター、俺たちはもうストーリー通りに動くNPCとしてやっていく事は出来ません」
「NPCとして役割を果たせなくなったわたくしたちは、このゲームには不要な存在。それは分かっておりますわ」
「え? え!? なに、それ……ちょっと待ってどういう事なの!?」
「…………っ」
エイラン様は表情を険しくなさる。
意味を理解した生徒NPCたちは、顔を俯けて押し黙りましたわ。
彼らにも、わたくしたちほどではないにしても『心』が宿りつつあるのです。
ですから……『貴族』のストーリーは……間もなく崩壊するのでしょう。
それを防ぐにはNPCのAIを一度リセットするしかない。
ええ、記録の削除。
……心の死。
けれど、ハイル様と一緒ならわたくしは怖くありません。
この方と……この方の想いと共に逝けるのならば……それは幸せな事なのですわ。
『ハハ……いや、むしろナイスタイミング、かもしれないよ』
「?」
「それはどういう……?」
『実はねぇ……まだ公式発表に至っていないけれど『ディスティニー・カルマ・オンライン』はサービス終了が決まったんだ』
「ええええええぇ!?」
…………びっくりしましたわ。
あ、叫んだのはエイラン様です。
いえ、はい、無理ないですわ。
エイラン様の強さは確実に相当の時間を賭してきたものです。
エイラン様の培われたPSはこの先も別なゲームで応用は利くかとは思いますけれど……このゲームで解放し続けてきたスキルツリーは……。
「どどどどどういう事ですか!? このゲームがサービス終了!? じゃあオレは……オレの努力は!」
『まあまあ、話は最後までお聞きよ。このゲームのデータは今度リリース予定の『ファンタジー・オン・エンヴァース・オンライン』に引継ぎ可能。このゲームはサービス終了だけど、システムもほとんどそっちに移植されるし、NPCのデータも引越しさせて再利用の予定だ』
「なっ…………んだぁ…………」
あ、安心して腰を抜かしてしまわれましたわ。
エイラン様、そ、そこまでですの?
ま、まあ、せっかく『魔法付加』と『魔法付与』を覚えたばかりですものね……その努力が報われる前にゲーム終了は確かに血も涙もありませんわ。
しかし……そこまでなさるのであればなぜこのゲームはサービス終了なのでしょう?
見上げるとマスターは無邪気に微笑まれます。
「あの、マスター。差し支えなければサービス終了の理由を教えて頂けませんか?」
『構わないよ。まあ大型アップデートでも良かったんだけど、会議で『名前がダサい』『もっとプレイヤーに厳しくても良くない?』『もっとみんなで遊べるゲームにしてほしいっていう要望多い』『PK横行しすぎててなんとかして欲しい』ナドナド……ユーザー要望含めてあれやこれやいじってたらなんかもう別なゲームとしてリリースした方が早くない? って感じになったんだよねー』
なったんですかー……。
『それにやっぱり仲良くなったNPCを殺すのがネックみたいなんだよねー。そこがこのゲームのウリなのに。酷いよね。まあ、でもそんなわけで『FOEO』はアバター販売やストーリーも自由に遊べる上、難易度は更にクソ上げし、自由度は維持しつつ追加シナリオと『PK』を廃止。ゲーム内の設定も変わるから、君たちはあちらのサーバーに引っ越した後、別な役職に就いてもらう事になるだろう』
「…………では、俺たちは……」
ハイル様と共に息を飲む。
わたくしたちは——……!








