兎なオッサンから無駄に凄いパワーを貰った少年の話
ここはよくある剣と魔法のファンタジーの世界。
この世界のどこかに、名も無き小さな村がありました。
そんな村の住民にピーターという名の少年が住んでいます。
彼には親がおらず、一人で農業をして暮らしていました。
「やあ! おはよう! 今日もいい天気だ!」
朝、彼はいつものように独り言を言いながら、家から出てきました。
傍から見れば、ちょっとおかしな人ですが、ずっと前からこうなので、他の住民の誰からも気にされる事はありません。
彼はそのまま、畑へと向かいます。
今の季節はキャベツが旬。採れたての甘くてみずみずしいキャベツをどう食べようか、そんな事を考え、心を躍らせながら収穫しに向かうのです。
ところが、畑についた彼を待っていたのは、あんまりな現実でした。
「な……なんてこったぁ……」
彼は頭を抱えて力なく叫びます。
なんと、兎達が大事に育てていたキャベツをむしゃむしゃと食べているではありませんか。それも1つや2つではありません。全体の3分の1が餌食になっています。
もちろん、この兎達は彼のペットではありません。近くに住んでいる野生の兎です。
「こんな事……こんな事って……あんまりだ…………」
彼は悔し涙を流します。そして同時に怒りを感じました。
雨の日も風の日も、大切に大切に育ててきたキャベツ。それが無惨に食い荒らされているのです。怒りはすぐに頂点に達しました。
「大事なキャベツに何しとんじゃぁ!」
彼は鬼がゆるキャラに見える程の恐ろしい形相をして叫びました。その声を聞き、兎達は一斉に体を硬直させ、彼の方を見ます。
「死にさらせぇ!」
彼は持っていた草刈り鎌を投げつけました。鎌は真っ直ぐ兎達へと飛んでいきます。
スポーン!
鎌は一羽の兎の首を刎ねました。クルクルと首が宙を舞います。
スポポポーン!
鎌はそのまま、他の兎の首も刎ねていきます。まるで意思を持っているかのように、鎌は一羽、また一羽と向きを変えながら飛び続けます。
そして、最後の一羽の首を刎ねた後、鎌は少年の元へと向きを変えました。このまま彼も首を刎ねられてしまうのでしょうか。
「おかえり」
いいえ、そんな事はありません。彼は鎌をしっかりとキャッチしました。
そして、血がべったり付いた刃をジッと見て、満足そうに微笑みます。
「うん。キャベツは残念だったけど、久しぶりにお肉にありつけたからいいとしようか」
彼は呟くと、首の無い兎の死体に近づき、背中の収穫カゴに入れていきます。
「ローストもいいけどシチューがいいかな? 一緒に入れる野菜は……」
今夜の料理の事を考えながら、彼はクワを取り出しました。そして何も植えられていない所へ向かうと、そこを耕し始めます。
ザクッザクッザクッ
あっという間に土はフカフカになりました。すると、転がっていた兎の首を次々と土の中に埋めてしまいます。どうやら、兎を栽培する事に決めたようです。
作物としての兎はとても生育が早く、二十日程で収穫できます。その頃には、上半身が土の中に埋まった兎達がニョキニョキと生え、とても壮大な光景となります。
一度収穫しても、首をもう一度埋め直せば、また生えてくるので、安定した供給が見込まれるのです。
「ふぅ、怪我の功名ってヤツかな?」
兎の首を全て植え終えると、彼は額の汗を拭きながら呟きました。
この村に肉屋は一軒しかありません。その店の主人であるハンクという男がなかなかのくせ者で、肉を買うには勇気がいるのです。
というのも、彼はウッドエルフと呼ばれる種族で、植物を愛するあまり、動物性の物しか口にしないという独自の倫理観があり、人によっては食人する者もいると言われています。
そんな彼から肉を買いたいと思うでしょうか。ピーターの答えはノーです。
でも、これでこの問題からは解放されました。肉が欲しいなら畑に行けばいいのです。キャベツは犠牲になりましたが、それを差し引いても今日はツイてる日です。
「ちょっと休もうかな?」
ピーターはそう呟くと、ミルクの畑へと歩き出しました。その畑にはビンが土から生えていて、中にはキンキンに冷えたミルクが入っています。そのミルクをいただこうというのです。
すると、ミルクの畑のすぐそばに人影が見えました。人影は畑からビンを1本抜き取ると、こちらへと向かってきます。
誰でしょうか。ピーターは用心のため、いつでも攻撃できるようにクワを持って構えました。
「やあ、おつかれさん」
すぐ近くまで来て見えた正体は、見知らぬオッサンでした。しかも、何か様子が変です。中年太りで身に着けているのは少し黄ばんだブリーフのみ、そして頭は兎なのです。
この兎なオッサンは手にしたミルク入りのビンをフレンドリーに差し出して来ました。でもやっぱり怪しいのでピーターは受け取りません。
「……誰ですか?」
ピーターは不信感丸出しで訊ねます。
「おじさんかい? おじさんは兎の妖精だよ」
「……妖精?」
妖精と言われ、ピーターは反射的に彼の背中をのぞいてみました。しかし、背中にあるのは脂肪だけで、羽なんてどこにもありません。
「もしかして、羽を探しているのかい? それなら残念だけど無いんだ。先日、冒険者にむしり取られたばかりでね」
ハッハとオッサンは笑います。兎の顔は表情に乏しいので、無表情で笑っているように見えてとても不気味です。
「……兎の妖精が僕に何の用ですか?」
ピーターは再び訊ねます。
「いやぁ、さっきのはなかなかの殺しっぷりだと思ってね」
オッサンの言葉にピーターは瞬時に距離を取り、身構えました。オッサンとはいえ、頭は兎です。もしかすると、さっきの復讐に来たのかもと思ったのです。
「いやいや、そう固くなる事ないよ。おじさんは復讐しようとかそんな事は考えてないからさ」
オッサンは手を振って否定しました。
「むしろ君にはプレゼントがあって来たんだ」
彼は再び手にしたミルク入りのビンを差し出して来ました。敵意を全く感じられなかったので、ピーターは彼の言葉を少しだけ信じてみようと思い、恐る恐るビンを受け取ります。
「……仲間が殺された事を恨んでないんですか?」
「ハッハッハ、この世は弱肉強食だよ。殺される方が悪いのさ」
「……それで? プレゼントとは何です?」
「まあまあ、飲みながらでいいからさ」
ピーターは渋々言う通りにします。
「それでだね、プレゼントというのは君に『兎パワー』を与えようと思って――」
「拒否します」
ピーターは飲んだミルクをビンにリバースしながら答えました。『兎パワー』というわけのわからない何かを受け取るなんて正気ではありませんよね。
「だいたい何です? 『兎パワー』って」
「世界中の兎の力を濃縮して+αした凄いパワーさ」
「『+α』って何ですか? 濃縮した上で何したんですか? ぼやけさせられるとなんだか怖いんですけど!」
「ハッハッハ、大丈夫。健康に対する問題だけは無いからさ」
「『だけ』って何です? 他には問題があるんですか?」
「まぁ……その……アレがああなったりとか?」
「何でそこもぼかすんですか! もういいです! 帰ってください!」
ピーターはビンをその辺に投げ捨てると、オッサンの背中を押して畑から追い出そうとしました。
そんな時です。晴天だというのに、雷が一発ドカンと畑に落ちたではありませんか。ピーターはビックリして振り返りました。
するとどうでしょう。畑の真ん中に、青い肌をしたローブ姿の男が立っていました。雰囲気から考えてとても悪そうな人です。
「クックックッ……ここが人間界か……」
男は呟きます。どうやら別の世界から来た人のようです。
「ほう、アレが人間か。どれ、戦闘力は……」
男はピーターを見つけると、顔に装着したモノクルのような物に触れました。
「ふん。たったの5か……ゴミめ」
男は見下した様子で言いました。
「人に向かって『ゴミ』とか失礼だと思いませんか? だいたい、アナタ誰です?」
ピーターは不快感丸出しで訊ねます。
「ふっ……我は全ての魔族の頂点に君臨する者。人呼んで魔王なり」
「魔王? 『王』って事は王様なんですか?」
「左様。魔界と人間界を隔てる壁を突破し、今ここに降臨した。愚かな人間共よ、我がこの世界に来た以上、お前達に希望は――」
「あー!」
魔王がゆっくりとこちらに歩き出す様子を見て、ピーターは悲鳴を上げました。
彼の目線の先は魔王の足元です。なんと、キャベツと同じくらい大事に育てたニンジンを踏んでいるではありませんか。
いや、それだけではありません。よく見れば、さっきの雷でたくさんの作物が台無しになっています。農家にとって、これほどショックな事があるでしょうか。
「ぼ、僕の畑が……」
ピーターは再び悔し涙を流します。そして同時にかつて感じた事の無いくらいの怒りを感じました。
「よくも……」
「な、なんだコレは!」
人間を辞めたとしか思えない形相で睨むピーターを見て、魔王は驚きます。
「10……100……1000……10000! バカな! 戦闘力がどんどん上がっていく!」
「てめーのっ……血は何色だぁー!」
ピーターはクワを手に、魔王に挑みました。無慈悲に振り下ろされるクワは魔王を無残に耕す……そうなるはずでした。
しかし、現実はそんなに甘くはありません。魔王は片手でクワを受け止めてしまいました。
「ふっ、残念だったな。我の戦闘力は350000なり。50000程度で倒す事など不可能なのだ!」
魔王はそう言うと、手から衝撃波を出しました。
ピーターはこの攻撃を受けて吹っ飛び、クワは粉々になり、ついでに彼の全身の骨が砕けます。地面に叩きつけられた時には、生きているのが不思議なくらいの重症でした。
「そんな……僕はここで死んでしまうのか……」
ピーターの心は絶望で塗りつぶされてしまいます。
すると、いつの間にかオッサンがピーターの背後に立ち、横たわる彼を見おろしていました。
「あーらら。大ピンチだね」
オッサンは全く緊張感の無い言い方で話しかけます。
「悔しいかい? アイツをやっつけたいかい?」
「……うん。命に代えても殺してやりたい」
「それはちょっとオーバーだよ。なに、『兎パワー』を受け取ってくれれば、アイツなんてちょちょいのちょいだよ」
「ほ、本当に?」
「もちろんさ。だって『兎パワー』は凄い力だからね」
オッサンは自慢げな様子で答えます。
「……分かった。じゃあ、その力を僕にちょうだい」
「いいよ」
オッサンはそう言うと、ブリーフの中に手を入れて、中から何色とも言い難い色の液体が入ったビンを取り出しました。
「……何それ?」
「『兎汁』さ。これを飲めば、『兎パワー』は君のものさ」
「なんだろう……出した場所といい、液体の色といい、名前といい、すごく飲みたくない……」
「はい、『あーん』して」
「……あーん」
ピーターはとても嫌な気分を我慢して『兎汁』を飲ませてもらいました。ちなみに、腐った酢のような味でした。
「……うん? お? おお!」
最後の一滴を飲み終えたピーターは、体に力が漲るのを感じます。
全身の骨は元通り、傷も完全に癒え、復活です。元気いっぱいで立ち上がりました。
「バカな! 戦闘力400000だと!」
これには魔王も驚きです。
「さあ、反撃だよ少年。まずは『ラビット・シュート』を使いたまえ」
「『ラビット・シュート』? どうすればいい?」
「簡単さ。手をアイツに向けて『ラビット・シュート』と叫べばいい。後は体が無意識の内にやってくれるよ」
「分かった! ……『ラビット・シュート』!」
ピーターはオッサンの言う通りにしました。
すると、手から小さな兎が無数に発射されました。発射された兎達は矢のように飛んでいき、魔王の体に突き刺さります。
「ぐはっ!」
魔王は血を吐きました。ちなみに色は紺色です。
「小癪な!」
魔王は目からビームを発射して反撃してきました。
「危ない! 『ラビット・ガード』で防ぐんだ!」
オッサンは叫びます。
「『ラビット・ガード』!」
ピーターが叫ぶと、目の前に無数の兎が現れました。そして彼の代わりにビームを受けます。身代わりです。
兎達はこんがり焼けてピーターの足元に転がりました。ローストの良い匂いが辺りに広がります。
「今度は『ラビット・ボム』で反撃だ!」
「分かった! 『ラビット・ボム』!」
オッサンの指示を受け、ピーターが叫ぶと、巨大な兎が発射されました。
兎は弧を描いて飛んで魔王に激突、その瞬間に爆発四散しました。魔王はこの爆発で黒コゲになります。
「そんな……まさか……」
魔王は呆然と立ったまま呟きます。
「今だ! 『ラビット・ソード』でトドメを!」
オッサンは再び叫びます。
「『ラビット・ソード』!」
ピーターが叫ぶと、大きな剣が目の前に現れました。
しかし、よく見ると何か変です。持ち手は兎の胴体、鍔は兎の頭、そして刃の部分は……
「あのー、おじさん。この部分、何でできてるの?」
「兎の目玉さ。無数の目玉を型に入れてギュッと三日三晩押し固めて作ったのさ」
「……大丈夫? ちゃんと斬れる?」
「大丈夫大丈夫。『兎パワー』を信じるんだ!」
オッサンに説得され、ピーターは渋々、剣を手に魔王へと向かいます。
「死にさらせぇ!」
「ぎゃー!」
ピーターは魔王をバッサリと袈裟斬りにしました。
すると、斬られた所から黒い煙が噴き出したではありませんか。
「これは?」
「今まで殺された兎達の怨念が生み出した世界、その名も『兎地獄』! そこへの門が開いたのさ」
「解説ありがとう」
ピーターはオッサンに礼を言います。
「そんな……この我が……人間ふぜいに……兎ごときに……ああ! 兎が! 兎が! 兎がぁぁ!」
魔王の体は自身の傷に吸い込まれていき、消滅してしまいました。
「……勝っちゃった」
「おめでとう。初めての戦いのわりにはよく頑張ったね」
オッサンは手汗でびちゃびちゃの手でピーターの頭を撫でます。
「でも……失ったものが多き過ぎるよ……これからどうやって暮らしていこう?」
ピーターは滅茶苦茶になった畑を眺めながら、ため息をつきます。
「簡単な事さ。今日から君は冒険者になればいい」
「え?」
突拍子もないアイディアにピーターはオッサンの方を向きます。
「君は魔王を倒すくらいの力が手に入ったんだ。冒険者となれば、すぐに大物になれるよ」
「僕が冒険者に……なれるかな?」
「なれるとも。自分の力を信じなくちゃ」
オッサンはピーターの額をつつきます。
「……わかった。確かここから少し行った町に冒険者ギルドがあるはずなんだ。さっそく行ってみるよ」
「よし、じゃあ一緒に行こう」
「え?」
「凄いパワーを持った人にはマスコットが付き物さ。で、おじさんがマスコット枠」
「えぇ……」
ピーターはこれ以上無いくらい嫌な顔をしてみせました。
彼の冒険は始まったばかりです。