金無し宿無し借金有り。
「私の人生は空腹と借金が付属品だったなあ...」
香華の父は賭け事と酒に溺れ、母はそんな父が作った借金を返すためにずっと働き続けていた。
当時六歳だった香華も母の助けになればと家事を手伝いながら近所でゴミ拾いやお使いをして小銭を稼いだ。
稼いだ金は借金の利息を返し、家賃を払えば無くなってしまうから食費なんて全く無かった。本当に無かった。そのおかげで食べれる野草や木には詳しくなったが。
そんな飢えと戦いながらの生活は長くは続かないもので香華が九歳になる前に、母は過労が祟って冥府の川を渡る事になった。
悲しむ余裕もない程には金が無く、働こうとしたけど働き口は無かった。
娼館に売られたり奉公に出れば少しは金が入るが、父が飲んで暴れたり母の仕事先にお金をせびりに行ったりが続いた結果、雇ってくれる店は一軒たりとも無くなってしまった。
香華を雇うことで父との縁ができてしまう事。父が店先にほんの僅かな時間でも顔を見せれば客は逃げ悪い噂がたつであろう事。そうなれば店が潰れるかもしれない事。
大袈裟な話でなく、実際に父が母や香華の仕事先に顔を出した瞬間、蜘蛛の子を散らすが如く一気に客が店内から逃げ出し、逃げた客の話を聞いた人たちは店に寄り付かなくなり店が潰れた。それも一回や二回じゃない。そんな事が繰り返し起きた結果、誰も雇っても買ってもくれなくなった。
そして家賃も払えなくなり家を追い出され、父は香華を捨てた。
「稼げないならお前は金がかかるだけだからいらん。邪魔だ。」
借家を追い出された直後に道端でそう言い残し何処かへ行った。
しかし捨てられても雇用先は無いし香華には父の借金はついて回った。勝手に保証人にされていた。
家無し金なし雇用先無し借金だけ有り。おまけに借家を追い出された時点で四日ほど何も食べてはいなかった。
採り尽してしまったのか探せど食べれる野草も木の皮も無くなっていた。
借家を出て七日、歩く力も無くなった。
「お腹すいた...というかもはや痛い...」
暗い路地の木の板で作った壁にもたれ、香華は座ったまま動けなくなった。
力を振り絞れば立てなくはないが、振り絞ろうと思うだけの理由が無い。
ただ、自分の命が削れていくのを感じていた。
「一回くらい温かい物...食べたかったな」
一度も温かい食べ物を口にした事は無かった。竈にくべる薪を買う金も無く、少し痛み出し家畜にやる餌になるであろう野菜を安価で購入するか野草の類をそのまま食べていた。それすら食べれない事が多かった。
目を開けている力も無くなった時、何かの気配を感じた。
(とうとう冥府の官吏が迎えに来たかーーーー...)
「冥府のお役人は忙しいからわざわざ人が死んでも迎えには来ないよ」
(へえ、そうなんだ..................ん?)
香華は喋っていない。独り言を言うにも体力がいるから喋る気にもならない。
なのに会話が成立した。目の前にいる何かは香華が喋っていないのに会話を成立させた。
(......なんで?)
流石に困惑した。
「なんでって、心を読んだから。かな」
(まじか)
「まじだよ」
自分は一言も口にしていないのにも関わらず会話が続く事に驚き香華は目を見開いた。
「こんにちは、お嬢さん」
目の前にいたのは幼児だった。
五歳になるかどうかの幼い子供。しかし声は子供のそれではなく低かった。
落ち着いた大人の男の声が幼児から口から発せられた。
口は口でも幼児の額に現れた口から。
「お嬢さん名前は言えるかい?あいや、こちらが名乗るのが先かな?」
幼児の額の中央に唇がある、歯も舌もあるそれが喋っていた。
「師父、名乗る必要ある?」
通常の位置にあるくちからは幼児らしい幼く高い声が発せられる。
「あるよー、初対面だからね」
幼児は額の口と会話をしだした。会話は穏やかで、あくまで普通のやりとりだ。
だから余計に奇妙さが目立ち鳥肌が立った。
(なにこの子...妖怪?なんなのこの状況......)
香華には理解ができなかった。死ぬ寸前まで飢えた体と脳には衝撃が強すぎた。
声を出そうとしたその時、力尽きて香華の体は崩れ伏した。
「師父、倒れた」
「あらら、気絶したかな死んだかな?まあどちらでもいいか。ライ、その子連れてきてくれる?うちの質草になってる子だから」
聞きずてならない言葉を聞いた直後、香華の意識は途絶えた。