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書庫にて 1

手触りの良いハードカバーのずっしりとした本を勢い良く閉じる。

こんな豪華な装丁の本なんて、大昔に学校の図書館に有った持ち出し厳禁とシールの貼られた百科事典ぐらいしか見た覚えがない。


「役に立てずに、済まない……」


薄々そんな気はしていたが、まさか本当に文字が読めないとは。

キリル文字をはじめてみた時と似た感覚なのだが、それともなんとなく違う、記号のような文字が並んで見える。

眺めていたら意味が頭の中で日本語に翻訳されるのでは、などと淡い期待を抱いてみたが目がしょぼしょぼしただけだった。


「良いんですよ、ご主人さまはそこに居てくれるだけで。それにご主人さまのお役に立てるのは私も嬉しいですから」


分厚い革製のハードカバーに覆われた本を見つめていたセリカが、本から顔を上げて意気消沈する俺に笑い掛ける。

どうやら彼女にはこの世界の文字が読解可能らしい。



手持ち無沙汰な俺は、無駄にデカいハイバックチェアに腰掛け、足をブラブラする。

尻が深く沈み込む中々にフカフカとした座面だ。


この大神殿についての感想だが、とにかく色んなものがデカい。

建物自体も相当な大きさなのだろうが、ここに来るまでの廊下でさえ、大型トラック2台が余裕で離合出来そうな広さだった。


セリカの魔法が無ければ、とてもじゃないがこの書庫には辿り着けなかっただろう。


『ナビゲーション』という魔法だそうだ。


カーナビかよ、と思ったが何やら色々と制約があるようだ。

一度行き先を決めると、その場所に辿り着くまで魔法は解除出来ないし上書きもできない。

更に、目的の場所が現在居る場所から遠くなれば遠くなる程、使用する魔力が増えるというものらしい。


そんな説明を上の空で聞きつつ、道中ずっと、目の細かい網タイツになったガーターストッキングを履いたエロい脚に視線を送り続けた。




ひとまず、現状で判ったことを整理してみる。


此処はどこか。


地上界のイルミンズールという国。



この世界では神と魔王がお互いを滅ぼさんと熾烈な争いを続けてきた。


地上界を戦いの舞台にして。


神は魔界に直接干渉できない。


魔王は天界に直接干渉できない。



ならばと、天界からは『柱』を通じて天使が、魔界からは『門』を通じて悪魔が、それぞれ両陣営から地上界に送り込まれ戦いを繰り返して来た。

悠久の時を戦いに費やした結果、神と魔王は戦う理由も意味も忘れてしまった。

端から地上界の統治など両者とも興味は無かったので、互いのテリトリーを犯さない事を条件として不可侵条約を結び、事実上の平和が訪れた。


天使と悪魔の戦争は終わった、しかし天使と悪魔がそれぞれの軍勢として使役した精霊や魔物は行き場を無くし、その大多数が地上界に残されたままとなった。


戦う相手を失ったその矛先は、予てより地上界に住まう人族へと向けられた。


そして尚も人族との戦いは続いている。



なんだか一方的に地上界が戦争に巻き込まれた挙句、置き土産で尚も死と隣り合わせの生活を送っているようにしか感じないのだが……。

そこはどの世界でも、人間という生き物はたくましいらしく、ただ巻き込まれただけで終わる事はなかった。


魔物が消滅すると、『魔導鉱物』というものに変化する。

その鉱物は人間の生活を劇的に変化させた。


各種エネルギーの源とされ、貨幣経済と相俟って、インフラ発展、人々の生活レベルの向上に大きく貢献する事となった。

それまでの農耕と牧畜が中心の世の中は一変した。

魔導鉱物を管理し、エネルギーへと変える施設が作られた都市部は、魔物を狩って得た魔導鉱物を売ることを生業とする者で大いに賑わった。



中世ヨーロッパチックな世界なのかと思いきや、俺の想像よりもずっと文明レベルの発展した世界のようだ。



モビル○ーツでも立てるんじゃないかと思うほど高い天井から、書庫全体を煌々と照らす巨大なシャンデリアのエネルギー源が判った。


電気がエネルギー源であるならば、発電所で作られた電気が送電線を介して変電所へと送られた後、配電線を伝って各家庭へと電力が供給されるという仕組みだ。

だが『魔導鉱物』なる未知のエネルギーがどのようなプロセスを経て、俺の頭上で輝くシャンデリアにエネルギーを供給しているのか、非常に気にはなる話である。


それよりもっと気になるのは、未だ机の上に拡げられた分厚い本と、少し前のめりぎみに座り、睨めっこを続けるセリカの胸の谷間だ。

彼女に視線を送っていることがバレないように、俺はさりげなく様々な角度から横目で盗み見ていた。



しばし堪能した後、このまま卑猥な視線を送り続けるのも不毛だと判断した俺は、あてもなく辺りをうろつく。

この書庫の中でも一際目立つ、目の前にそびえ立つ太い柱を見上げる。

柱ではあるのだが、それは柱としての役割以外にもう一つの役割をあてがわれたものだった。

柱の周囲をぐるりと覆い尽くしているのは、色とりどりな本の背表紙。

柱が本棚になっているのか……。



これ上にある本はどうやって取るんだ?


天井まで届く本の塊に圧倒されると共に、この世界では『紙』の製造が行われていることに関心を覚えた。

羊皮紙を用いたえらく高級そうな本もあれば、繊維が所々残った藁半紙のような紙で出来た本もある。

元の世界でこういう紙が普及したのは、18世紀くらいだったようなと朧げな記憶を辿る。

魔導鉱物による独自の発展はこういう部分にも影響しているのだろう。


もしかして、この世界って意外と識字率高いんじゃ……。

一抹の不安を抱きながら、柱以外にも壁のように続く本棚達をかわして、セリカの元へと戻った。



「お散歩は終わられましたか?」


んー、と座ったまま上方向に伸びをしながらセリカが俺に声をかける。

無論、伸びた姿勢になった瞬間、寄せられた胸の谷間は見逃さなかった。


「暇そうにしていらっしゃるので、何かご主人さまでも楽しめそうな本は無いかと思って探してみたのですが……」


どうやら彼女は、つまらなそうに徘徊する俺を気遣ってくれたようだ。


「この世界の武具を集めて載せている図鑑みたいです。……本当は、ご主人さまの好きな綺麗な風景とか描いてある本でもと思ったのですが、見当たらなくて」


少し寂しそうな表情を浮かべた後微笑むと、両手で俺に本を差し出してきた。

胸の谷間を凝視したことに罪悪感を感じつつも、もう綺麗な風景は見たよ、と心の中で呟き本を受け取る。


再び無駄にデカいハイバックチェアに戻ると、パラパラとページをめくっていく。

ザラっとした藁半紙の手触りがなんとも懐かしく感じた。


1ページにつき1つの武器が載っており、武器の絵の下には星のマークと説明のようなものがついている。


「なんでも武具には、神話級、伝説級、工匠品、普及品の4つがあって、その図鑑には工匠品と呼ばれるものが集められているみたいです」


へー、とまたパラパラとページをめくっていき星が5つ付いている両手剣が載っているページで手を止めた。

なんか工具のカタログみたいだな。


「……ちなみに、これは何て書いてあるんだ?」


特段興味は無かったが、彼女の気遣いを無下にするのも気が退けたので、なんとなくそう質問してみた。

向かい合って座っていたセリカが立ち上がり、直径2メートルぐらいの円卓を周り俺の右隣へ歩み寄る。


立った姿勢から前かがみになり、髪を左手で耳に掛け本を覗きこむ。

ちょうど俺の顔の真横だ。

距離にして20センチ程度だろうか、ふわっと鼻孔をくすぐる香りと共に美しい横顔が視界に入る。


思わぬ急接近に硬直する俺を尻目に、セリカは本のページに視線を送る。


あぁ、これ目が合ったらダメなやつだ、間違いない。


俗に言うラッキースケベな展開に期待しつつも、女性に対する免疫力の乏しい俺にこの距離で目と目で見つめ合うシチュエーションは耐えられる自信が無い。

自分の鼓動が早くなるのを耳の奥で感じながらも、視線を美しい横顔から外すことは出来なかった。


「えっと、これはですね……」


そうセリカが答えかけた瞬間、書庫全体を震わせる轟音が鳴り響いた。

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