大神殿 2
『Life is a series of choices』
この言葉を、ふいに思い出す事がある。
あれはまだ、俺が十代で学生の頃だった。
必修科目の英会話は能力別でクラス分けされており、マークシート式のテストにより点数を出してクラス選別するというものであった。
俺は壊滅的に英語が苦手で大嫌いだった。
当然テストもわかるはずもなく、適当に解答して凌いだつもりだった。
マークシート式の怖いところで、何故か俺は上位30名が属するクラスの授業を受けさせられる羽目になった。
わからないところはマークせずに出せば良かったと心から後悔した。
そしてクラスを受け持つ講師は終始、ネイティブな英語以外喋らない外人だった。
字幕の無い洋画を見せられ、その洋画の内容について講師が質問してくるというスタイルの授業だった。
机に講師と着座者が会話出来る装置が着いており、ランダムに講師側からコンタクトをとってくるという鬼畜なものであった。
映画の内容も話す内容も一切意味がわからず、初めて指名された際、
「ワンダフル、ワーオ」
そう回答した後、装置の電源を落としてやった。
この時感じた敗北感は今でも鮮明に覚えている。
それからはその授業に出席するのが億劫になり、月に1回出るかどうかといった感じであった。
当然のように英会話の単位は落とした。
試験前の最後の授業が終わり、教室から退出しようとした俺に講師が近づいてきた。
手には某ハンバーガーショップの袋を抱えていた。
ハンバーガーでもくれるのかと思ったが、おもむろに袋の中を漁ると何故かその中からメモを取り出し、聞き取れない言葉を何やら喋り、俺に手渡してきた。
『Life is a series of choices』
何を伝えたかったのか、何故ハンバーガーと一緒に入れていたのかは判らなかったが、そのメモにはそう書いてあった。
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「どちらになさいますか?」
片手に白いレオタードのような服、逆の手には思いっきりスリットの入ったシスター服のような物を抱え、俺に向かって微笑みかけるセラ。
「大変心苦しいのですが当神殿は男子禁制でして、このようなお召し物しかありませんでした」
……セラさん、選択肢として何故その2点をチョイスした?
「ご主人さまならどちらもすごく似合うと思います。なんなら私がお選びしましょうか?」
そう言ってセリカが白いレオタードのような服に手を伸ばそうとしている。
待て、その選択肢は危険すぎる。
もっこり的な意味でも危険だが、明らかにサイズが小さい。
「いや、自分で選ぶから大丈夫だ。ところでその白い服は……」
レオタードで徘徊することだけはなんとしても避けねばなるまい。
変態度合いで言えば全裸のほうが可愛げがある。
「すみません、どちらもわたくしのものです」
俺が全て言い終わる前に、柔らかな笑みを浮かべたまま、赤く頬を染めセラがそう言った。
「そうなのか、ありがとう。とりあえず、こっちを借りたいと思う……」
別の意味で惜しい気もしたが、レオタードではないほうを震える手で受け取った。
着てみるしかないか……
躊躇は感じられたが、全裸で闊歩するよりはと覚悟を決めた。
「ご主人さまならスタイル良いので、きっとお似合いになると思いますよ」
ニコニコしながらセラの横に立ちこちらを見るセリカ。
「ふふふ、わかります。すごくスラッとしたお身体ですものね」
手のひらを口に当て目を細めながらセリカの横に立ちこちらを見るセラ。
「……済まない、見られていると着替えが出来ないんだが」
居心地悪そうにそう呟いた俺に二人揃ってこう言った。
「――大丈夫です、もう見てますから!」
どうやら俺の男としての象徴は、二人とも既視のものであるらしい。
「はぁ……、ここでも女装か」
深く溜息をつき、両手に広げられた服を眺めながら呟いた。
なんとか扉の向こうにセリカとセラをおいやることには成功したものの、いざ装備しようとなると躊躇を感じた。
正直なところ女装には慣れている。
慣れているというと聞こえがおかしいが、女装そのものに抵抗は薄かった。
14~20歳という健全な常人ならば青春真っ只中な頃、俺はネットゲーム廃人として過ごしていた。
それもネカマとして。
最初はなんとなくロールプレイ的な感じではじめたものが、ちやほやされたり、寄生しやすかったり、良いアイテムを貰えたり、何かと優遇される特別な扱いを受けるうちに完全にハマってしまっていた。
文字だけから徐々にエスカレートしていき、ボイスチェンジャーで声を変え通話しながら、最終的には女装してウェブカメラで映像を、と進化を遂げた。
徹底したネカマプレイを演じるため、日々研究を重ねた結果、『ツンデレパンク腐女子』というネトゲにおいてのもう一人の人格を造り出すに至った。
パンクファッションであれば、長い着け睫毛に濃いアイラインやアイシャドウとカラコンというメイクも不自然にはならなかった。
腐女子であることは、色恋沙汰に発展する事を期待する男性プレイヤーに対しての牽制として。
照明と無駄に探求を続けた美容の知識で、万人受けする清楚系とは違うベクトルではあるが、それなりの美少女に化けることに成功した。
変身するのが面倒な日は、女装のみして下半身だけ映しておけば、勝手にサービスデーと称し喜んでくれたので助かった。
今になって思えば、完全に黒歴史、単なる変態である。
あのSFとファンタジーを融合させたような仮想世界に、俺のもう一つの人格は置いてきた。
思い返せばそれなりに楽しく充実していた気もするが、リアルのアンドウ ユウという人格がコミュ障ぎみなのはこれに起因しているのは間違いない。
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「……もう入って来ていいぞ」
サイズは問題無かった、強風が吹けば間違いなくイチモツがこんにちはするであろう事以外は。
巨大な扉を、セリカとセラが肩を並べて押し開き入ってくる。
「ふふふ、やはり綺麗なおみ足をしてらっしゃいますね」
舐めるような視線を送りながら、開口一番セラが言った。
今となっては恨めしいことであるが、貴重な青春時代に脱毛を繰り返したおかげで無駄毛が一切生えてこなくなってしまったのだ。
「セラさん、私のご主人さまの足をそんなねぶるように見ないで下さい!」
じたばたしながら視線を遮るように、俺とセラの間に割って入るセリカ。
「ふふふ、よろしいじゃないですか。アンドウ様がこちらに運ばれる際にもしっかり拝見しておりますから」
視線を遮るセリカをひょいと顔を横にずらしてかわし、いたずらな笑みを浮かべながらそう言う。
「あれは不可抗力なので仕方がないとして、意図的にいやらしい視線を送るのはダメです!」
そう言って再びセラの視線を遮るようにして横にずれるセリカ。
そのまま数往復ほど二人で同じ動きを繰り返す。
我が愚息が目に晒された理由がわかり、若干恥ずかしさを覚えた。
だがそれよりも、眼前で起こる美少女二人のやりとりが愛らしく感じられ、恥ずかしいという感情を上回った。
「わかりました、また夕食の際にじっくり拝見させていただきます。それまでの間、書庫を自由に使ってもらって構いませんのでお二人で情報収集でもなさってはいかがでしょうか?」
不毛なやりとりだと察したのか、セラが数歩後ずさりつつ提案した。
異世界に迷い込んだという現状だけは把握出来たが、何から聞いていいのか、何を聞けば良いのかも未だわからない状況に身を置く今、それは願っても無い提案だった。
「わたくしは、雑務がありますのでご一緒出来ず非常に残念なのですが、日が暮れましたらまたこちらの部屋にお迎えにあがりますので、それまでにはお戻り下さい」
両手を胸の前で組み一礼した後、セラは踵を返し部屋の外へと出ていった。
やはり見た目とは裏腹に大人びた印象を感じる。
それと同時に、先程までのやりとりで垣間見えた、少女らしいいたずらな笑みを目に出来た事を少し嬉しく思った。