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ウィークポイント

腹に響く鈍い低音。

辺り一面を舞う土煙が徐々に晴れていき、耳障りな衝撃音を立てた犯人の姿が露わになる。


「おい、助けてくれ。 ……このままじゃ挽肉にされる」


間一髪ですり潰されるのを免れた俺は、無様に地面を転がりながら泣き言のようにそう漏らした。


「大丈夫よっ、危なくなったら止めに入るから」


腕組みをして座り、こちらを眺めている天使には、俺の助命の嘆願は届くことはなかった。


「ほらっ、よそ見してる暇なんて無いと思うんだけど」


心なしか嬉しそうな顔で、土煙の先を指差す。

ついさっきまで、乙女な反応をしていた人物と同一人物とは思えない変わり身である。


「おいおい、……傷ひとつ付けられなかった相手をどうしろって言うんだ」


力任せに振り下ろされた打撃により、大きく陥没している地面が目に入る。

さすがに警備用というだけはあって、そのゆるキャラ然とした出で立ちからは想像も出来ないようなパワーだ。


特訓二日目にして俺は、警備用のゴーレムと戦うことになってしまったのだ。

しかも昨日の身動きしない状態とは違い、スピードは遅いながらも動き回りながら攻撃をしてくる。

攻撃した相手に対して反撃するように魔法のかけられたゴーレムを、レリエルに頼んで用意していたらしい。


気遣いは有り難いが武器すらまともに扱えない俺には、少しばかり荷が重過ぎる特訓相手である。

いや、少しばかりではなく荷が重い。


「はいはいっ、次の攻撃来るからぼーっとしないのっ!」


別にボーっとしているわけではなく、こういう立ち回りでどう動けば良いのかわからないってのが現状だ。

どう反応して良いかわからず硬直するって点では、今朝のルヒエルと同じだが、もっとも肉体的な危険が伴う点が大きな違いではあるが。

まぁ、ある意味彼女にとっては肉体的な危険だったのかもしれない。


ともあれ、今は余計な思考をしている暇は与えてもらえないようだ。

真表には俺を挽肉にせんと、歪で巨大な腕を振り上げて向かってくるゴーレム。

動きが緩慢な分、攻撃をかわすだけなら何とかなる。

しかし、相手は魔法で動く岩の塊である。

このまま避け続けたところで、先に体力を消耗仕切るのは俺のほうで間違いない。


ズゥゥゥゥゥゥンッッッ!


振り下ろされた岩の拳は空を切り、地面に叩きつけられることにより新たな穴が生まれた。

ゴーレムの動作に合わせ、地面を真横にゴロゴロと転がりながら回避行動を取る。

鮮やかに回避したいところだが、ビジュアル的な問題は別としてこれが一番確実に身を護る方法だろう。


「もうっ、ずっと避けてると、ここ畑にしなきゃいけないくらい耕されちゃうんだけどっ」


くっ、……なんて嬉しそうな顔をしてるんだ。


冷たい輝きを放つ刀身に、土まみれになった自身の姿が映る。

握り締めたこのショートソードで俺に出来ることは?


……叩き斬る?

……論外だ。

渾身の力で斬りかかったにもかかわらず、弾き飛ばされた昨日の光景が脳内で再生される。


……考えろ。

……為すべき最善の策を。

無力な凡人に出来ること、それは策を巡らせることぐらいしか出来ることはない。


こいつを作ったのは……。

俺の頭の中に、目を血走らせた異常者の様相を呈した天使が思い浮かぶ。


「……単なる思いつきだが、試してみる価値はあるか」


重い音を立てながらゆっくりとにじり寄ってくるゴーレム。

近付いて来るゴーレムを見据えつつも、携えた幅広い刀身が目論見通りに機能してくれるかを確かめる。

鏡で光を反射させる要領で、造形美という言葉とは縁遠い出で立ちをしたゆるキャラの顔面と思しき場所を目掛け狙う。


「……当人ほどではないが効果はあるようだな」


歪な見てくれのこいつでも念を込めて作られたのであれば、作り手の魂や感情がこもっているはずと根拠も無く臆断してみたが、間違いでは無かったようだ。

眼と思しきそのがらんどうな空間を、庇うようにして両腕で押さえながら後ずさる巨大な岩の塊。


「あっ、ずっるーいっ! そんな手無しよっ、正々堂々戦いなさい!」


ルヒエルの声をよそに俺は次なる策を巡らせる。

不精者な製作者の感情を踏襲しているのであれば、距離を取ってゴーレムの捕捉する範囲から消えれば身の安全は確保出来るはず。

こいつにかけられた魔法は攻撃されたら反撃するというもの。

わざわざ視界から消えた俺を探してまで追撃する複雑な動作は恐らく不可能だろう。


ゴーレムを正面に捉えたまま、なるべく素早く後ろ向きに歩を進め退避する。

どんどん離れていく俺にルヒエルが何やら声をかけているが聞き取れない。

一撃も与えることは叶わなかったが、こねられてハンバーグになることだけは回避出来た。


「逃げたはいいが、この後どうするんだ……」


目下の危険を退けたことで、緊張の糸が切れ膝が笑い出した。

たまらずその場にへたりこむ。


軽やかな金属音を立てショートソードが地面に転がる。

憎らしいほどに晴れた青空が、磨き上げられた刀身に映り込む。

大きく肩で息をしてから、未だ若干の土煙が残る方向に視線を向ける。


視線の先には微動だにせず沈黙したゴーレムと、こっちに来いというジェスチャーを俺に送る天使。

そして、もう一つの人影が遠くに見える。

そのシルエットから誰なのかはすぐに判断出来た。


シルエットの正体は走り寄ってくると、そのままの勢いで跳躍し宙に舞う。

落下点は動くことを止めた怠惰な岩の人形。

瞬きする程度の寸秒のうちに、巨大な塊は最初からそこに存在していなかったかのように欠片すら残さず、跡形も無く砂煙となって消えてしまった。


セリカさん……、ドロップキックって……。


着地と同時に、地面にへたりこむ俺に向かって駆け寄るセリカ。

見上げる俺。

丸見えなパンツ。


視点をパンツから徐々に上へと移動させていくと、血相を変えたセリカが俺を見つめている。

再び視点を下へと移動させていく。

しかし、相変わらず短すぎる。


「見たところ大丈夫なようですが、お怪我は有りませんか?」


「あぁ、問題ない。 しかし何故ここに?」


目を離すことなく一点を凝視したままセリカと会話を続ける。


「ご無事でなによりです。 散歩中にご主人さまがなにやら襲われてるのが目に入ったので飛んできました」


まさに言葉通り、物理的に飛んでたな。

俺と同じ目線の高さになるように、しゃがみこむと顔をじっと見つめてくるセリカ。


セリカさん、何故ことあるごとにパンツを見せつけてくるのでしょうか。


「あーあ、もう顔中ドロだらけじゃないですか。 ほら、こっち向いて下さい」


セリカは慌てた様子で、自身の衣服の袖で汚れた俺の顔を拭おうとした。

美術品を愉しむかのように凝視していた視線を上へと移すと、至近距離に迫るセリカの顔。

美人は三日で飽きるという言葉があるが、飽きるどころか未だに直視することが空恥ずかしい。


別に直前まで見ていたのが出来損ないのゆるキャラと、特に特徴の無い普通な見た目をした天使だったからという訳ではないのは、二方の名誉のために否定しておこう。


「はい、これで取れましたね。 本当にどこもお怪我は有りませんか?」


「あぁ、どこも特に痛くはない。 それより、……服を汚してしまって済まない」


セリカは屈託の無い笑顔を向けながら、


「このぐらいお気になさらず。 それよりもこういう時は、『済まない』じゃなくて、『ありがとう』ですよ、ご主人さま」


「そうだな、……ありがとう」


「はい、良く出来ました。 レディーは十回の謝罪の言葉よりも一回の感謝の言葉のほうが心に響くものですよっ」


そう言うと、ウインクしながら人差し指を口に沿える例のポーズをするセリカ。


「そういうものなのか、……深く心に刻み込んでおこう」


「ちょっと良い? いきなり現れて何イチャつき始めてるのか説明して欲しいんだけどっ」


またも不機嫌顔に戻ったルヒエルが腕組をしたまま、セリカを見おろしながら噛み付くように言う。


「ルヒエルさん、でしたっけ? 私のご主人さまが襲われるのを座って観賞するなんて良い趣味とは言えませんよ。 どういう了見か詳しく伺いたいのですが」


表情は穏やかそのものだが、緩急のない冷たい物言いで応戦するセリカ。

その言葉を耳にしたルヒエルの口角が一瞬ピクっとした後、周囲で突如として塵旋風が起こる。


ルヒエルの感情が変化したことによる影響なのだろう。

平静を保っているような素振りだが、憤懣とした表情は隠しきれていない。


「良し、…両者そこまでだ。 お互いに誤解が生じているみたいだから少し状況を整理しよう」



---------



「大方の事態は把握出来ました。 私の早とちりだったみたいですね、てっきり襲われてるのかと」


「そもそも、あなたが弱過ぎるから一方的に襲われてるように見えるのよっ」


一方的に襲われてたのは事実だと思うのだが。

セリカにはこれが特訓の一環であること、ルヒエルにはセリカが俺の身を案じて駆けつけてきたということをそれぞれ説明し、一発触発の状況は幕を閉じた。


「でもルヒエルさん。 訓練とは言え、ご主人さまにあんまり危ないことはさせないで下さいね」


「大丈夫よっ。 ゴーレムの攻撃が当たりそうになったら魔法で吹き飛ばすつもりだったから」


それは、俺もろとも吹き飛ぶ映像しか見えてこないんですが。


「それはそうと、あんまり甘やかしちゃダメよっ。 本人のためにならないと思うから」


俺を指差し、そう言い放つルヒエル。

お言葉ですが……、ずっと甘やかされてぬるま湯の中で生きていきたいです。


「ご主人さまの身の安全は私が護るので大丈夫ですよ」


「四六時中付きっきりって訳にはいかないんだから、自分の身は自分で守るくらいの力は必要だと思うんだけどっ」


「私は別に四六時中付きっきりでも全然構いませんよ?」


「ダメダメっ! それこそ色々問題があるからダメっ!」


何故そんなに全力で否定する?


二人の会話に耳を傾けつつ、俺は片隅にある花壇に植えられた花を眺めていた。

花壇一面に広がる真っ白いユリのような花。

しかし俺の知っているユリの花と比較すると、三倍比くらいに大輪の花を咲かせている。


「きゃあぁーっ!」


そうしてしばらく花を愛でていると、汽笛の吹鳴のような鋭く短い悲鳴が耳を刺す。

反射的に立ちあがり振り返った俺の目には、こっちに向かって猛ダッシュしてくるルヒエルの姿が映った。

何故彼女が悲鳴を上げ走り出したかはわからないが、そのままの勢いでこっちに突っ込んでくれば全力タックルを喰らう羽目になるのは避けようがない。


「取って……、取って」


今にも泣きそうな顔で何かを訴えかけるルヒエル。


おい、待て、女子相撲ではぶちかましは禁止だぞ。

体当たりの形で俺とぶつかると、そのまま両腕で縋り付くようにして抱き着いてくる。


「お願い、これどうにかしてっ」


いきなり抱き着かれ困惑する俺をよそに、ルヒエルは泣きそうな表情のまま再び何かを訴えかけてくる。


「苦手なの、虫。 お願いだから、……早く取って」


呼吸を荒くして涙目で見上げてくるルヒエルに、今朝の自室での出来事がフラッシュバックする。

あの時と違うのは、彼女の表情が恐怖そのものであること。


よく見るとルヒエルの左肩にカナブンのような虫が止まっている。

あぁ、これはサイズ比は同じなんだなと変な感想を浮かべながら、カナブンを指で摘むとそのまま飛び去っていった。


「おい、もう取れたぞ」


「本当に助かった、ありがと。 天界暮らしが長すぎて、未だに虫だけは無理なのよっ」


虫が止まっただけでこの反応とか、この天使はどこまで乙女なんだ。


「で、ルヒエルさん。 いつまで人のご主人さまに抱き着いてるんですか?」


俺に縋り付いたままのルヒエルをジト目で見ながらそう言うセリカ。


「わわっ、別に抱き着いたわけじゃないからっ」


慌てて俺から離れると、顔を真っ赤にして俯くルヒエル。


「お前は虫とか平気なのか?」


ふと疑問に思い、俺はそうセリカに尋ねてみる。


「うーん、苦手ですよ。 走行中に当たったらけっこう痛いですし」


セリカさん、……それ車的な感想です。

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