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虚像の勇者

夢、それは深層心理を表現するもの。

自身の記憶を素材として、無意識の中で見る物語。

意図して見るものではないが、自分自身へのメッセージだと。

そんな話を聞いたことがある。


俺の眼前に映るのは、見慣れたブラックスポークのステアリング。

野暮ったく何の飾り気も無いメーター。

商用車のそれと見紛うようなデザインのメーターを遮るように取り付けられたブースト計。

広がる青空と雲が反射するシルバーのボンネット。

ボンネットの先には緩くバンクのついたコーナーが広がる。



――幾度も夢の中で見た光景。



環境の変化や不安を感じるような出来事があると、決まってこの夢を見る。

自身の潜在意識がどのようなメッセージを送っているのかは判りかねるのだが。



祖父はR31スカイラインGTSに乗り、親父はS12ガゼールを新車購入から乗り続け、叔父はローバーMINIのレストアに七百万をかける、そんな車キチガイに囲まれて育った俺。

免許が取れる年齢になる頃には既に毒されていた。

年金暮らしで暇を持て余した祖父は、サーキットを走り回るというアグレッシブなジジイであった。

そんな祖父の英才教育を受けた俺は、車を購入後サーキットへと足しげく通っていた。

初の愛車はノーエアロにシルバーボディという、見た目完全におっさん車のJZX90マークⅡだった。

コイツを選んだ理由は近所にチューン済みの安い車があったから、という単純なもの。


適当な理由で選んだ車であったが、初の愛車ということもあり、それなりに愛情を注いだ。

なにより、直6ツインターボが奏でる、1JZ-GTEの特徴ある高音は官能的という表現がぴったりだった。


しかし、別れは唐突に訪れる。

余りに早く、余りに呆気なく。



――幾度も夢の中で見た別れの瞬間。



コーナー進入に合わせアウト側に車体を振り、ステアリングを九十度程切り込む。

それと同時にブレーキを踏み荷重を前輪へと掛ける。

角度が付いたところでアクセルを踏み、リアタイヤを滑らせコーナーを抜けていく。

耳に響くけたたましいスキール音。

フロントノーズが横を向くと共に、四点式ハーネスで固定された身体に横Gを感じる。

コーナーが終わり、車体が真っ直ぐになると同時に床まで目一杯アクセルを踏み込む。


長いストレートをエキゾーストノートを響かせながら立ち上がる。

パワーだけが欲しくなるストレートでは、重い車体も相俟ってブーストアップした350馬力でも物足りなさを感じてしまう。


「ガリガリガリッ」


レブリミット寸前まで三速全開で加速をし、四速へとシフトチェンジをした瞬間、金属が削れるような異音を感じた。


「ガラガラガラガラガラ……」


更にエンジンが異音を上げ始め、同時に加速が急に鈍くなる。

突然の出来事に理解が追いつかずにいると、バックミラーが真っ白くなっている事に気付く。

2ストロークエンジンよろしく煙幕の如く白煙を吐きながら失速していくJZX90。


そう、エンジンブローである。


解体屋寸前のポンコツがエンジンブローする某漫画のように、エンジンが派手にオイルを撒き散らしながら煙を上げるということは無く、静かに逝くだけだった。


クラッチを切りコース外へと抜け出し停止すると、そのまま沈黙。


折れたコンロッドがシリンダーブロックを突き破るという、エンジン終了な状態。

二級整備士の有資格者だったのでメンテナンスを任せていたジジイが、0W-20のオイルをながら作業で間違えて入れた事が原因だと後で判明。


油膜切れによる焼き付きである。


道中の一般道を走るくらいでは大きな変化は無かったが、車の持てる性能を搾り出すような限界走行では、サラサラの超低粘度オイルは用を成さなかったのだ。


このエンジンブローをきっかけに、俺は走りに対する熱が一気に冷めてしまう。

エンジン換装して再び乗れば良かったのだが、どうにもその気にはなれずJZX90はすぐに手放した。

その後セリカへと乗り換える事になるのだが、反動からか異常なまでの溺愛ぶりで車を愛でる事となる。

JZX90の遺品として、レカロシートとナルディのステアリングはセリカへと移植した。

どちらも下品としか言いようが無いような鮮やかな紫色をしていたが。

周囲からは前輪駆動なうえにターボも無い、おまけに不評極まりないスーパーストラットサス搭載車と散々に言われたもんだ。



さて、機会あるごとに訪れるこの夢だが、いつもなら立ち込める白煙とガラガラという異音に包まれながらフェードアウトしていくのだが、この日は様子が違った。


「やぁ、勝手に隣に座らせてもらっているよ」


聞き慣れた声だ。

いや、正確に言えば懐かしい声と言ったほうが正しいかもしれない。


「なっ…、なんでお前がこんなところに?」


俺の数少ない友人の一人、ケンジの姿がそこにはあった。

中学からの友人だが、ここ最近は年に一度会うか会わないかだったので酷く懐かしく感じる。


「夢の中に入り込ませてもらって悪いね、最初に謝っておくよ。 それと、僕自身はもう姿無き存在だから、君と近しい人の姿を取らせて貰っているが気にしないでくれ」


姿形と声はケンジそのものだが、アイツはこんな上品な物言いはしない。


「で、俺に一体何の用なんだ?」


被っていたヘルメットとグローブを取りながら、親友の姿をした何者かに俺は尋ねる。

夢の中だというのに、妙に感触がリアルに感じた。


「別に用ってことはないんだけど、先達として君の様子を見に来たんだ」


「用もないのに人の夢の中に現れるのか?」


ヘルメットの中にグローブをねじ込みながら言う。

歯切れの悪い答えにあからさまに悪態をついてしまった。


「まぁまぁ、そう邪険にしないでくれよ。 兜を脱いだってことは僕の話を聞いてくれるんだろう?」


頭部を保護するという目的で被る物なのは確かであるが、これは兜ではない。

もっとも防具として、アライのメットが出てくるゲームもあったが。


「話を聞く前に、まずそっちの正体を明確にする必要があると思うんだが」


隣に座るケンジの姿をした人物は、不思議そうな表情でダッシュボードを触っている。


「正体かぁ…、君よりずっと前にこの世界に召喚された人間、そう言えばわかって貰えるかな?」


「…使用されることなく、禁忌になった魔法って聞いたぞ」


「そうだね、僕が召喚されて以降、その魔法が禁忌になったのは確かだ」


「それで先達ってことか」


助手席のパワーウィンドウを何度も上げたり下げたりしながら続ける。


「もっとも、とっくの昔に僕は思念だけの存在になっちゃったから、実際に君と会うことが出来ないのは残念だね」


「つまり、元の世界に帰ることなく死んだってことか?」


「端的に言えばそういうことだね。 その事に関しては後悔は無いよ」


今度はグローブボックスを何度も開け閉めしている。

自動車という存在が不思議なのだろう。


「僕の意思とは関係なく召喚された世界だけど、…好きになってしまったんだ。 この世界のことが」


「だから元の世界へ帰れなかったことに後悔は無いのか」


「そういうことかな。 君はこの世界は好きかい?」


「……どうだろうな。 正直まだ、わからない」


目が覚めたらいきなり美少女が目の前に居て、その日の内に死に掛けて、天使だの悪魔だの魔法だの未知の存在に囲まれ、何がなんだかわからないというのが正しい感想である。

美少女に囲まれて過ごすというのは確かに嬉しい特典だが、元の世界に未練が無いかと聞かれると、無いとは言い難いのも事実だ。


「聞いてわかることじゃないかもしれないが、……どうして、俺が選ばれたんだ?」


「全てを知ってるわけではないけど、僕が知る限りでは天使と親和性が有る者、……そして、無適正な者が選ばれるって話だよ」


適正が無いというのは先刻判明している。

天使との親和性っていうのは波長が合うとかそういうものなのだろうか。


「いまいちピンとこないが、ある程度条件に適合した人間が選ばれるってことなんだな」


「そういうことだね、適合する人間は十億分の一しか居ないらしいから、君は選ばれし者ってことだよ」


某最低野郎の異能生存体ほどでは無いが、凄まじい確率であるのは間違いない。


「話せて嬉しかったよ。 あんまり長居も出来ないし、僕はそろそろ失礼するよ」


「もっと聞きたいことがたくさんあるんだが、残念だな」


「またこうしてお邪魔する機会もあると思うから、その内会えるさ」


「そうか、じゃあ、またなって言っとくか」


見た目のせいなのだろうか、何故か別れが酷く惜しく感じられた。


「先達として、君に伝えたいことを言っておこう。 どうか、何があっても、知るということを拒否しないでくれ」


「意味は良くわからないが、……肝に銘じておこう」


「さぁ、君を呼んでる声もするし、いずれまた会おう。 じゃあ失礼するよ」



---------



「もうっ、翌日から寝坊するとか信じらんないっ!」


朦朧とする意識の中で、耳元から何とも大きな声が聞こえる。


「早く起きなさいよっ! ……って、どこ触って、きゃぁぁっ!」


抱き枕なんてこの部屋にあっただろうか?

重い瞼を開きながら、はっきりとしない意識の中で考える。

それにしてもこの枕、妙に暖かく柔らかい。

形も平坦では無く、凹凸のような感触が伝わってくる。


「も、もうっ! 何のつもりなのよっ、いきなり抱きついてくるなんて……」


待て、枕は喋らないぞ。

それ以前に枕は自ら動くことなんてない。


じゃあ、俺がたった今抱き締めているのは一体……。

少しずつはっきりとしてくる意識の中、推測を始める。

柔らかな感触を確かめるように、指でなぞる。


「ひゃうんっ! どこ撫でてるのよ、もうっ!」


腕をガシっと掴まれる感触がした。

待て、枕に腕は生えてないぞ。


つまり、俺が枕だと思って抱き締めているのは…。


「おはよう、……良い朝だな」


目覚めと共に眼に映ったのは、怒りと恥辱の表情を滲ませ、涙目になり堪えるルヒエルの姿だった。

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