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医務室にて 2

この世界に於いて治癒魔法は稀有な存在らしい。


自己再生機能と自己防衛機能によって治るものを早回しすることによって回復させる、これがこの世界の治癒魔法というものの在り方なのだという。


つまりは自然治癒によって治る範囲のものに限り、魔法で治療することが可能である。

低位、高位の種類の差はあれど、根本的には自然治癒にかかる時間を極限にまで短縮することが治癒魔法の効力。


しかし、治癒魔法であったとしても四肢の分断や即死に至るような外傷についてはどうすることも出来ないのだという。

元来人間は欠損した身体の一部を再生するような能力は持ち合わせていない。

吹き飛んだ手足がにょきっと生えてきたりという芸当は魔法でも不可能ということだ。



……死者を蘇えらせるという神業にも等しい魔法もあることにはある。



存在はするが、行使出来る者が限られるうえに至大な代償が必要なものであるそうだ。

おまけに蘇生されるのは魂のみであり、肉体は再生することは不可能な代物なのだという。

器たる身体が元に戻らないのであれば、魂だけ蘇えったところでどうなるというのだろう?

それこそ、幽霊となんら変わりが無い気がする。


魔法とは「命を奪う」ことは容易くても、「命を与える」というのは至難な業なのだとセラは暗い表情で語った。



俺が狼にガブガブされた傷は通常の治癒魔法では対処不能なものであった。

創底は深く、骨ごと喰い千切られたうえに猛毒と感染症のおまけ付き。

俺の貧相な自然治癒力では、一生分の治癒力を使ったとしても、その命が尽きるまでに猛毒を解毒することは不可能に等しかった。


しかし、俺は現に生きている。

治癒魔法では癒えることの無い傷を負ったにもかかわらずだ。

性質の異なる複数の魔法を組み合わせることで、俺の脆弱な命は繋ぎ止めれたのだった。



俺の寿命 ≦ 自然治癒に必要な期間



こうなってしまえば、ただ死を待つだけである。

そこで、寿命を伸ばすという小細工を用いることによって不等号の左辺と右辺を入れ代えたのだ。



俺の寿命 ≧ 自然治癒に必要な期間



命を長らえることで治癒魔法の効力が得られるようになった。

そういうカラクリなのだという。


双子の天使は対象の寿命を伸ばすことを可能とする力を有していた。

その力により俺は常命の枷から解かれたのだ。


無論それには代償を伴う。


無償で寿命を長らえるなどという美味い話は無いってことだ。

……代償とは、自分以外の者一人を巻き込むというもの。


セリカを道連れにすることで、俺は寿命を伸ばし一命を取り留めた。

不可抗力とはいえ、あまり晴れやかな気分になれることで無いのは確かだ。


他人を道連れにしてまで、この良くわからない世界で生き長らえて意味はあるのか?

いずれにせよ、生きる意味などという哲学を語っている場合ではない。

俺は、彼女を巻き込んでしまったのだから。


……最も寿命という概念が彼女に対して存在するのかは未知数だが。


こうして無事に肩が元通りになっている現状から鑑みて、延命措置は無事成功したとみていいだろう。




「叙説するいとまもない状況でしたので、不本意ながら事後承諾になってしまいました」


セラは依然として、暗い表情のままである。

言われてみれば、傷が癒えていく様を目にするまで朦朧状態だったように思う。

医務室に来るまでの経路や双子と会遇の瞬間、此処に至るまでの出来事について、意識が混濁していてよく思い出せない。

全身に毒が回って死に掛けていた、ということだろう。


「良い行いで無かった事は重々承知しております。 お二人が天命についてどのようにお考えかわたくしには図りかねますが、非難はこの身で受ける所存です」


事の経緯についての説明が終わり、セラは深々と頭を下げた。


感謝こそすれどセラの行動を咎めようなんて心積もりは毛頭ない。

三途の川を渡らんとする俺を、拾い上げてくれた訳なのだから。


しかし側杖を食うことになったセリカはどう思ってるのだろうか?


「……これで良かったのか?」


テーブルに置かれたお茶のようなものを飲みながら、終始言葉を発することなく聞いていたセリカに疑問を投げかける。


「構いませんよ、願ってもないことです。 ご主人さまと一緒に居られる時間が長くなるんですから」


セリカは平然とした態度でそう答える。

そして、空になったティーカップをソーサーに重ねてテーブルに置いた。


酷く喉の渇きを覚えた。

色々有り過ぎて気にも留めていなかったが、此処で目を覚ましてから何も水分を摂っていない。

人間とは現金なものだ。

命が助かったかと思えば、別の欲求が沸いてくる。

俺は目の前に置かれている、手付かずのティーカップを手に取り一気に飲み干した。


少し柑橘系の匂いが混じった穏やかな香りが漂った。




――――――――――――



話がひと段落つく頃には仕切りの向こうのベッドで双子は眠りについていた。

奇跡のような力を行使したことによる消耗は激しく、即時休養が必要だという。


「疲れて眠ってしまいましたね。 アンドウ様もセリカ様もお疲れだと思いますので、大浴場で疲れを癒してきてはいかがでしょう?」


陰を落としていたセラの表情は幾分、明るさを取り戻したように見えた。


「風呂があるのか、それは非常に有難い!」


セラの提案に俺は唐突に立ち上がる。

無類の風呂好きな俺はつい、風呂という言葉に食いついてしまった。


もちろん家の風呂も良いのだが、200ヵ所以上の温泉地を巡るほど温泉に執心していたことがある身としては、風呂に入れるというのは跳ね回りたいほどに嬉しい。


……この世界に入浴という文化があって良かった。

こんなバカでかい神殿の大浴場と聞けば、例え白湯であったとしても否が応にも期待が高まる。


「ご主人さまお風呂大好きですもんね」


拳を握り締めガッツポーズをする俺に、セリカがくすりと笑いながら言う。


「ああ、お互い体中汚れまみれだし、……行くか?」


「はい、是非とも。 いつもはご主人さまに綺麗にして貰ってましたから、今日は私が綺麗にしてあげますね!」



あの、セリカさん、……それたぶん洗車です。



「い、いや……、一緒に入るって事じゃないぞ?」


「え? それはつまり私と一緒には入りたくないって事ですか?」


なんともわざとらしく驚いてみせるセリカ。


「倫理的にな」


俺は毅然とした態度でそう答えた。

魅力的なシチュエーションであることは言うまでもないが、今は一人でゆっくり湯船に浸かりたい。

頭の中を空っぽにして浴槽に身を預けたいのだ。


「ふふふ、よりお互いの仲を深めるという意味も兼ねて、お二人仲良く入られるのもいいんじゃないですか?」


おいおい、どうした?

天使まで悪ノリをし始めたぞ。


「じゃあ、……セラさんも一緒にって事なら考えよう」


「むー、私だけじゃ不満って言うんですかっ」


頬を膨らませるセリカを横目に、いたずらな笑みを浮かべていたセラが急に真顔になる。


「お戻りになられたら夕食にしましょう。 わたくしは地下の浴室を使いますので、お二人はごゆっくりどうぞ」


あの、……せめて反応して下さい。

スルーが一番辛いです。



……あぁ、セラさん、俺と一緒に入るのは嫌って事なんですね。

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