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18 遊園地

「和海ー! こっちだ、こっち」

「和海おにいちゃーん!」

 豆粒くらいの大きさに見えた如月とエイプリルが、あっという間に近くまで迫ってくる――

 ものすごいスピードで目の前を通り過ぎるこのテーマパークの名物ジェットコースターに乗るために、如月は先程までエイプリルを連れて長蛇の列に並んでいた。漸く順番が回ってきて相当嬉しいのだろう、二人ともすごいはしゃぎようだ。しかも、もうこれで三回目だった。

「はいはい。よく飽きないね、二人とも」

 一回付き合ってギブアップした和海は、柵越しにひらひらと手を振って見せた。律儀に二人に付き合っているライアンは、二人の後ろの座席で、必死の形相でコースターにしがみついている。

「かわいそうに……。ライアンさん、絶叫マシン苦手なんだな」

 一回、二回と回数をこなすごとにだんだん顔色が悪くなってくる看護士の青年を見て、和海は、そろそろ違う乗り物に彼らを誘っておかないとな、と思うのだった。



「凌、同じのばかり乗ってないで、次は俺に付き合えよ」

 結局、件のジェットコースターに五回も乗って戻ってきた如月を、和海は別の乗り物に誘ってみた。

 意外にも絶叫系が好みのエイプリルは、ライアンに、ちょっと休みましょう、と強制的に休憩を取らされている。冷たい飲み物を片手に木陰に座っている姿が見える。

 エイプリルたちを残して、和海は如月と連れ立って、空いていそうなアトラクションを探して歩く。正直、和海は絶叫系が得意ではない。かと言って、子どもが乗るようなメルヘンチックな物もどうかと思う。

「あ、あれ行ってみようぜ。ちょうど待ち時間も少なそうだ」

 和海は近くのシューティング系室内アトラクションを指差した。二人乗りのトロッコ風のコースターに乗って、進んでいきながら道の両側に出現するモンスターの的を光線銃で倒していくというものだ。スピードも速くなさそうだし、これなら自分でも大丈夫だろう。

「お、いいねえ。せっかくだから、最高得点目指そうぜ」

 如月の目がきらりと光った。



「……おいおい、なんだよ、これ。照準狂ってんじゃないのか?」

 和海の隣で、如月が不満そうな声を漏らす。二十分程度並んだ後、ようやく順番が回ってきて、アトラクションが始まった。器用な如月は、銃の扱いにも自信を持っている。だから自分がこんな大きな的を外すはずがないと思っていた。

 しかし、遊園地のアトラクションに使われる器具は性能も低く、プロ仕様のそれではない。自信満々で臨んだ如月と和海チームの実際の命中率は八十パーセントくらいにとどまっていた。九十四パーセントを超えれば一応最高得点を更新することになるのだが。

「凌、お前、むきになりすぎだよ」

 もう三回も続けて挑戦している如月を、和海は呆れて見ている。二人乗りなので、毎回和海もつき合わされていて、さすがに閉口気味である。

 高校生活では、案外和海の方がむきになることが多く、如月はなんだかんだ言いながら和海に付き合ってくれたり、フォローしてくれたりすることが多かったのだが、今日は逆転している。だが、そんな子どもっぽい如月も悪くないんじゃないか、と和海はひそかに思った。

 あと一回、と言って挑戦した最後の結果は九十一パーセント。通算第二位の得点だった。

「くそっ。あの一番の記録を出したやつ、誰だよ」

 悔しがる如月に、和海は教えてやった。

「俺、知ってる。それ、うちの兄貴だよ。前にアシュレイさんが遊びに来たとき、二人で気分転換に挑戦したんだって」

「なんだって? それじゃあ相手はプロじゃんか。そんなの詐欺だ〜」

 心底悔しそうな如月の叫びが辺りに響いたのだった。


 ***


 楽しく遊んでいるうちに、休日の一日はあっという間に終わりに近づいてきた。

「凌おにいちゃん、最後に、あれに乗りたい!」

 エイプリルの希望を、如月は笑って承諾した。和海も一緒にどう、と言われたが、受験生の身で久しぶりにがっつり遊び倒し、すっかりばて気味の和海は、やめておくことにした。

「俺はいいから、言って来いよ。あ、また近くを通ったとき手を振ってくれよな」

 オッケー、任しといて、と笑って列に並びに行く二人を見送っていると、すっと隣に長身が並んだ。如月に請われ数年前からエイプリル専属の看護士を務めているライアン・ウィンターソンだ。

「ミスター・フカマチ。今回はありがとうございます」

 唐突に言われ、和海は思わず相手の顔を見た。

「それ、どういう意味ですか? あなたたち二人の案内をしたことなら、俺は凌の友だちなんだから、そんなの当たり前ですよ」

 二人が話している間も、目の前を、轟音を響かせながらジェットコースターが通り過ぎていく。ライアンは、それもありますけど、と言ってコースターが通り過ぎて行った方に視線を投げた。

「わたしが言っているのは、ミスター・キサラギのことです」

「凌の?」

「ええ。彼は五年前の……そう、今のエイプリルと同じくらいの年のころから、ずっと彼女の保護者としてやってきました」 

 ライアンの言葉に、和海は微かに頷いた。以前、兄の和洋とICPOのアシュレイ捜査官が、如月の過去について話しているのを偶然聞いてしまったことがある。詳しいことは判らなかったが、親友がエイプリルに何らかの責任を感じて彼女の保護者を務めていることは察せられた。

 ライアンは、沈痛な面持ちで続ける。

「私には、彼らにどんな事情があるのかはわかりません。でも……それくらいの年の子どもが人の一生を背負うなんて、重すぎます。ミスター・キサラギはかなりの無理をしてきたのではないかと思います」

 俺もそう思いますよ、と和海は呟いた。

 実際、如月が少女のためにと、自分にとってのいろいろなものを犠牲にしてきたことは事実だ。友人に囲まれてのほほんと当たり前の学校生活を送ってきた和海と彼では生きてきた世界が違う。親友が生きる非日常の世界に、和海は手出しをすることができない。そのことに、いつももどかしさを感じてきた。彼のために何かをしてやりたいと切実に思うのだが。

 そんな和海の思いを感じ取ったのか、ライアンはふっと表情を和らげ、でも、と言葉を続けた。

「でも、そんな彼が、あなたと一緒だと、年相応の少年みたいな顔を見せるんです。それは、きっと、あなたにしかできないことなんですよ」

 だから、これからもミスター・キサラギと、いい友人でいてあげて下さい、お願いします、そう言って和海を見つめるライアンはこれ以上ないくらい真剣な顔をしていた。

 そんなことでいいのだろうか……と思いながら、和海も真剣な顔でそれに応えたのだった。


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