表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/21

17 意外な顔合わせ

「じゃ、行ってきまーす」

 潜めた声で言って、和海はそっと家を出た。リビングのソファでは、如月がぐっすり眠っている。

 今朝、ぎりぎりまで勉強して、そろそろ朝飯にしようか、と言って和海が立ち上がったとき、如月は和海の問題集に丸を入れていた。だが、いったん台所に行きかけた和海が、パンでいいか、と聞きに戻ってくると、すでに如月はこの状態だった。開いたままの問題集にはすべて赤でチェックが入っていたが、本人はいくら呼んでもまったく反応がない。よほど疲れていたのだろう。

(そういや、昨日、最初に顔見たとき、なんだか顔色悪かったよな)

 昨日保健室で再会した如月を見たときの違和感にようやく気づく。ただの印象に過ぎないが、前に会ったときより元気がなく、調子も悪そうだった。

 思えば、仕事が忙しいとかで日本に来るのも遅れたほどである。仕事を終えてすぐにこちらに向かったのだろう。疲れが残っていても不思議ではない。それなのに徹夜で自分につき合わせてしまった。

 和海はソファにもたれて眠っている如月を横にして、布団をかけてやり、置手紙を残して、学校に向かったのだった。


 ***


「ただいま」

 昼過ぎ、鍵を開ける音がして、玄関が開いた。

 ネクタイを緩めながらリビングに入ってきた深町和洋は、ソファーに眠る人物を見て思わず目を疑った。

(……如月凌、だよな?)

 布団に顔を半分埋めるようにして眠る如月を何度も見返す。こんなに間近で、こんなにまじまじと見たことはなかったが、間違いない。

 如月凌。正体不明の国際窃盗犯で、なぜか弟の元クラスメイト。しかも、いつの間にか弟の親友という立場を獲得しているらしい。今は鳴りを潜めており、犯罪行為からは足を洗ったと言われているが、やはり、かわいい弟に近づけたくはない人物だ。

 昨日、TAKATOカンパニーで社長の高遠朗が襲われたとき、如月はその場にいたと思われる。恐らく、脅迫状が送られてきた仲間の高遠を助けにきたのだろう。犯人を取り押さえたのも彼かもしれない。しかし、捜査員が到着したときにはすでに姿をくらませていた。

(いったい何しにうちに来たんだ。和海を余計なことに巻き込む気じゃないだろうな)

 蹴り起こしてやろうか、それとも、この際、手錠でもかけてやろうか……。

 和洋が以前、日本で彼の犯罪行為を追っていたときはまったく証拠を残さず、捕らえられるような相手ではなかった。その彼が、すぐ手の届くところで、眠っている。こんなチャンスを逃すべきではないんじゃないか? 和洋は思わず手を伸ばした。

 ふと、机に置かれたメモが目に入る。和海の字だ。



凌へ 昨日は疲れているところ、無理に連れてきて悪かったな。しかも、調子悪そうだったのに徹夜で勉強見てもらっちゃって。でも、おかげですごくはかどったよ。感謝してる。起きたら、飯でも食って、出かけてきていいからな。



(……なるほど。和海が如月を呼んだわけか。こりゃ、とっ捕まえるわけにはいかないかな)

 ため息を吐きつつ、机の上を見る。昨夜は二人でかなり頑張ったのだろう。何冊もの問題集が山を作っていた。

 如月の様子を見ると、和海の言うように確かに疲れたような顔をしている。以前一度だけTAKATOカンパニーの画廊で出会ったことがあったが、そのときよりやつれている気もする。

(不本意だが……今回は見逃してやるよ)

 心中で呟くと、取りに来た着替えを持って、和洋はそっと玄関に向かうのだった。


 ***


「……りょう、凌。いい加減、起きろよ」

 和海の声に、如月はぱっと目を開けた。はっと起き上がり、きょろきょろと辺りを見回す。見慣れない部屋にいる。確か、リビングで和海と勉強をしていて……眠気に負けて意識が落ちたようだ。リビングにいたはずの如月は、いつの間にかしっかりとベッドを占領して眠っていた。

(俺、いったいどれだけ眠っていたんだろ。和海はマーク模試に行くんじゃなかったのか?)

 如月を揺り起こした和海は、呆れた顔をしている。

「凌、よっぽど疲れてたんだな。それはわかるが、せっかく来たんだから遊びに行こうぜ」

「うん。もちろん、そのつもりだ。でも、和海、今日はマーク模試なんだろ。いいのか?」

 目の前で、和海はますます呆れた顔になる。

「いつの話だよ。模試は二日前に終わったぜ。昨日は休みだからせっかく遊びに行こうと思ったら、お前、起きないんだもん。エイプリルに説明したら、疲れてるんだから起こすなって言うし」

 それで、昨日は如月を置いてみんなで遊びに出かけたらしい。そして今日、週末の二連休の最終日こそはと、和海が一生懸命起こしにかかったというわけだった。

「うわー。せっかく来たってのに、俺、何やってんだか。ありがと、和海。起こしてくれて。もう目が覚めたから、遊びに行こうぜ!」

 さっと飛び起きると、体は嘘のように軽くなっていた。体調は回復し、言うことなしだ。シャワー借りに行くと、洗面所で深町和洋と鉢合わせする。

「げげっ。ふ、深町刑事」

 びびって回れ右をする如月の首の後ろを、和洋はがしっと掴まえた。

「お前な。二日もうちで寝こけていたくせに。今更なんだよ」

 リビングのソファーを占領されて邪魔だったので、和洋が如月を客用ベッドに運んでくれたらしい。

 ええっ、と妙に慌てた様子の如月を残し、和洋はさっさと仕事に出かけてしまった。今回は見逃してやるさ、でも次に現場で遇ったら容赦しないからな、と言う言葉を残して。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ