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16 深夜の勉強会

 和やかに食事が終わり、和海がレストランに頼んでタクシーを呼んでもらう。ライアンとエイプリルに続いて如月が乗りこもうとするのを、和海は引き戻した。

「おい、悪いけど、ホテルは二人分しか取ってないんだ。予約のとき、お前、二人分でいいっつってたから」

 そう言えば、和海から連絡が来たときには、如月はエイプリルと二人で日本に行くつもりだったのだ。……じゃあ、昨日からライアンとエイプリルは二人で泊まってるのか!? 慌てる如月に、和海は呆れた顔をする。

「お前、ライアンさんを信用しろよな。大体、同室なわけないだろ」

「あ……そうか。えっと、もちろん信用してるって」

 さすがにライアンからも恨めしそうな目を向けられて、如月は焦ってフォローする。何とか笑顔で二人を見送った後、如月は、二人で残った和海を見る。

「和海も明日試験だっけ。早いんだよな。もう帰るんだろ」

 本当は、彼ともっとしゃべりたかった。何しろさっき会ったばかりである。でも、受験生である和海の負担になりたくはない。週末になれば一緒に遊びに行けるのだ、それくらい待てなくてどうする、と自分に言い聞かせ、如月はもう一台タクシーを頼んだ。

「あ、二台のほうが良かったかな。今のうちに俺、泊まる場所確保しとこ」

 携帯電話を開き、ネットのサイト検索で宿を探す如月に、和海が待ったをかけた。

「何してんだ。うちに泊まればいいだろ」

「え? でも」

 お互いの家に泊まりに行くなんていう普通の友だちづきあいの経験がない如月は、和海の誘いに戸惑った。

「あ、兄貴は今日帰ってこないそうだから、安心しろよ」

 それに、ちょっと頼みがあるんだ、と言って和海は迷っている様子の如月を強引にタクシーに同乗させたのだった。

 

「さ、入れよ。何やってんだ」

 家にたどり着いて、さっさと鍵を開けて部屋に入った和海は、玄関でぐずぐずしている如月を促した。

「ああ……じゃ、お邪魔しまーす」

 恐る恐る、と言った様子で如月がリビングに入ってきた。和海はいったん台所に引っ込んでから声をかけた。

「凌、何飲む? それとも、なんか食う?」

「いや、いいよ。腹いっぱいだから」

 極限に近い空腹状態の腹に食べ物を入れて、眠気が襲ってくる。じゃあ、シャワーでも浴びて来いよ、と言われて有難く風呂場に向かった如月は、シャワーを出しっぱなしにしたまま思わずうとうとしかけたほどだった。

 眠気覚ましに冷水を浴び、さっぱりしてリビングに戻ると、和海が冷たい麦茶を入れてくれた。これ、食ってみろよ、うまいんだぜ、と彼のおすすめらしいスナック菓子も出してくれる。

「なんか、至れり尽くせりって感じだなあ。どうしたっての、和海?」

 歓迎されて嬉しいもののさすがに怪訝そうな顔になる如月に、和海はがばっと頭を下げた。


「頼む! 明日のマーク模試、かなりやばいんだ。凌、俺に勉強教えてくれ!」


 実は、以前電話をして如月を日本に誘ったときも、もともとはそれを頼むつもりだったのだ。忙しそうな様子の如月が話の途中で仕事場の人に呼ばれ、通話を切り上げたのできちんと頼む暇がなかったのだが。

 もともとこっちの高校に転校してくる前から和海の成績は中の下といったところだった。都会の学校に来てから、授業の進度が違っていたため、ますます授業について行けなくなった。今はきっと学年でも下の上くらいではないだろうか。

 それに対して如月は、勉強している様子も、授業を聞いている様子もなかったのだが、もともとの頭のできや器用さが違うのか、成績は抜群だった。


「ああ。俺でよければ、もちろん、教えるよ」

 真剣な顔で頭を下げる親友の頭をぽんとはたき、如月は笑って引き受けた。


 ***


「違うって、和海。ここは、この公式を使うんだよ。だから、まず……」

「……ああ、そうか。じゃ、次はこうするんだな」

「そうそう。やるじゃん。その調子」

 深町家のリビングで行われた、如月凌による個人授業は深夜に及んだ。和海が比較的得意な数学から始め、古典、生物、世界史と続いていく。最後に一番苦手な英語を始めた頃は、もう明け方だった。

「いったん休憩しよ。俺、コーヒー淹れてやるよ」

 そう言って台所に消えた如月は、自分も猛烈な眠気と戦っていた。何度も意識が落ちかけながらも、何とかコーヒーを淹れる。

「お待たせ」

 リビングに戻ると、予想通り和海はうとうと舟をこいでいた。時間は早朝五時。外はまだ薄暗い。けれど後半時もしないうちに日が昇り始めるだろう。

 ちょっとだけ寝かせとこうか、と思いつつ、如月はテーブルの上に広げたままの問題集をそっと取り上げ、ページをめくった。

(何だ、結構できてるじゃん。和海は確か、英語、苦手じゃなかったっけ)

 積み上げたほかの問題集も見てみたが、自力でかなり埋まっていた。その動きを感じたのか、和海が眠そうに顔を上げた。

「あ、今、俺寝てた? 疲れてるところお前を付き合わせてるってのに、悪いな」

 眠気を払うように頭をぶんぶんと振って、如月が淹れたコーヒーを一気飲みする和海に、如月は開いた問題集をちょっと持ち上げて見せた。

「これ、かなり出来てるぞ。英語、得意だったんだ?」

 かなり出来てると言われ、和海は嬉しそうな顔になる。

「そう? 実は三年になってから英語はかなり頑張ってるんだ」

「へえ。何で?」

「ああ。だって、海外旅行には英語が付き物だろ? お前のところに遊びに行くには必要じゃん。そう思って必死に勉強したんだぜ」

「……」

 如月は思わず言葉に詰まった。和海がそんな理由で頑張っているとは思わなかった。嬉しくて、何と言っていいかわからない如月だった。


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