表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/21

15 待ちに待った再会

 一瞬姿が見えたもののすぐに部屋を出て行こうとする親友の後を追って、深町和海は保健室から飛び出した。階段の上で戸口に背を向けて電話をかけている様子の如月の肩に手を伸ばし、引き止める。

 夏前に連絡をしたとき如月は、日本に来ないか、という和海の誘いにすぐに乗ってくれた。あいつは自分に会いに来てくれたんじゃないのか? 何でこっちを見もしないで、一言も話さないうちに出て行こうとするんだよ。

 必死で目の前の肩を掴んで引きとめながら、和海はあせった声を出した。

「凌! お前、せっかく会えたってのに……どこ行くんだよ?」

 

 その声に、肩を掴む手に込められた力の強さも気にならないくらい慌てて振り返った如月は、真後ろに立つ和海を見て、一瞬呆けていた。

 突然の再会に頭が混乱する。何で和海がここにいるんだ、家に帰ったんじゃないのか? さっきはいなかったよな、いつ来たんだよ? ぽかんとする如月の腕を取り、和海は彼を部屋に引っ張り込んだ。

 保健室には、呆れたような顔の美咲ゆりがいた。そのそばでライアン・ウィンターソンが、携帯電話を手に、慌てたような表情で椅子から立ち上がりかけた姿勢で固まっていた。彼の隣には、白いワンピースを着たエイプリルが座っている。

「凌おにいちゃん!」

 戻ってきた如月に、エイプリルが勢いよく抱きついた。ふわりとバニラの甘い香りが鼻をくすぐる。これは、今日、嫌というほど覚えた『ハッピー・くりーむ・ドーナツ』だな、と気づいた如月はようやく頭が回り始めるのを感じた。


 なぜ、初めて訪れた日本で、エイプリルたちが、この高校まで来ることができたのか。それは、この学校の生徒である和海が案内してきたのに違いなかった。

 先日如月に頼まれてエイプリルたちを出迎えた和海は、如月が遅れてくることを聞いて、昼に補習を終えた後、如月が合流するまで外国から来たお客さんたちの相手をしてやろうと思ったのだろう。

 如月がここを訪れていることは、美咲が伝えたに違いない。如月が吉村に連れ出された後、彼女がライアンに連絡を取ったのだろう。美咲は、エイプリルの治療の際、彼女の専属看護師のライアンとはよく連絡を取り合っていたのだから、彼の連絡先を知っていても何ら不思議はない。


「エイプリル、遅くなってごめんな」

 エイプリルに笑いかけた後、如月は和海の方に向き直った。漸く会えたことが嬉しくて、自然と顔が緩んでくる。和海は変わっていない。懐かしい、という感じはしなかった。昨日もその前も顔を合わせていたような気がする。

「よう。和海」

「ああ。よく来てくれたな。凌」

「夏休み、誘ってくれて嬉しかったよ。久しぶりに懐かしい顔にも会えたし」

「そういや、吉村に会ったんだってな。さっき先生から聞いた。さっそくバスケに引っ張って行かれたそうじゃないか。吉村は凌が学校辞めてからずっと何かあれば”如月とバスケしたい〜“つってたからな」

「げっ。どうりで。逆らえない勢いだったもんなあ。……あ、こら和海、笑うなって」

 自分もくすくす笑いながら、如月が和海に言う。たった一人の親友と直に話ができるのが嬉しくてたまらないという顔だ。

 そんな如月の笑顔に応えながら、和海はふと違和感を覚えた。前に会ったとき、如月は先に出した手紙が届いた同じ日に家に訪ねてきた。その時の如月は元気いっぱいで、和海を見たとたん、今のように嬉しそうな笑顔を見せた。

(いったいそのときとどこが違うんだろう。……俺の思い違いかな)

 和海が考えている間に、如月はライアンの方に近づいた。

「ごめんな。合流が遅くなっちゃって。エイプリルといろいろ回って来た?」

「ええ。教えてもらった観光情報が役立ちました」

 ライアンの返事に、如月は引きつった顔を向ける。

「あ、そう。良かったな」

 聞けばいわゆるデートスポットばかり回ってきたらしい。しかも、これから食事に行くところだそうだ。

「ひょっとして、二人で食いに行くつもりじゃないだろうな?」

 恨めしそうな如月に、ライアンは驚いたように、まさか、と言った。店にはさっき予約を取ったばかりだ。和海や如月の分も一緒に席をとっている。もし二人分しか予約が取れていなかったとしても、少女の保護者である如月をさし置いて自分がエイプリルと二人で食事なんてできるわけがない。……まあ、できればそうしたい気持ちもあるのだが。


 美咲に別れを告げて、如月たちは繁華街に出た。そこそこ大きなレストランに入り、予約席に座る。

「エイプリル、どんどん食べろよ」

 かわいくてたまらないというように、にこにことエイプリルを見る如月は、すっかり親ばかの表情である。ライアンも最近のエイプリルの調子が頗る良いこと、日本に来てからも蒸し暑い夏の気候ながら、元気に過ごしていると報告する。

「凌おにいちゃん、明日はおにいちゃんも一緒に遊べるのよね? 和海おにいちゃんも一緒に行ってくれるかしら」

 エイプリルの声に、如月が和海を見る。

「ごめん、明日はマーク模試があるんだよ。一日ずっと学校なんだ」

 でも、それが終われば週末だ。二日間補習からは開放される。その後は遊びに行こうな、と約束すると、エイプリルははにかむように笑った。

(かわいいなあ、女の子って)

 男二人兄弟の和海は、如月とまったく同じ顔で目尻を下げて締まりのない顔になってしまうのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ