14 熱血バスケ
「こっちだ! 回せ」
「早く、マークにつけ! 止めろ!」
「よっしゃ、ナイスパス!」
「戻れ、戻れ!」
夕方とはいえ、昼間の熱気がこもる体育館は、運動部の生徒たちの汗も混ざって非常に蒸し暑い。蒸し風呂のような中で、汗だくになりながらボールを追って走る如月凌の頭の中には疑問符が飛び交っていた。
(俺、こんなところでいったい何してんだろう……)
美咲を訪ねてやってきた保健室で元クラスメイト、吉村篤志と再会し、如月にも懐かしさがこみ上げた。
なんだかんだ言っても、和海や吉村たちとクラスマッチに向けて打ち込んでいたあの頃は、如月にとって忘れられない。彼が、普通の高校生として学校生活を楽しむことができた貴重な日々だったのだ。
しかし、再会を懐かしむ間もなく、如月は熱血バスケ少年吉村によって体育館に引っ張っていかれた。吉村曰く、
『せっかく来てくれたんだから、バスケしようぜ! 久しぶりにお前とプレーしたいんだ』
さも当然と言うように如月の返事を待たず、満面の笑顔のまま吉村は強引に友人の腕を取る。呆れたような顔の美咲に、挨拶をする間もなかった。
そして連れてこられた体育館で、怪我をした二年生の代わりに勝手にチームに入れられ、如月はバスケ部員たちとともにボールを追うことになったのだ。
スポーツ万能の如月は、バスケは決して嫌いではない。吉村たちとプレーするのも楽しい。楽しいのだが……
(和海。俺は、いつになったらお前に会えるんだ……)
和海に誘われ、休暇で訪れたはずなのに、朝からずっと妙に慌しく、親友に会うどころか声さえ聞くことができずにいる。これは何者かが自分の邪魔をしているとしか思えない。もはや諦めのため息しか出ない如月だった。
「如月、今日はさんきゅ、な」
練習後、集合したバスケ部員たちの前で吉村は如月に笑いかけた。如月も、いいよ、俺も楽しかったし、と笑顔を浮かべる。和海に会いたい気持ちはもちろん勝っているが、楽しかったのも事実だ。
吉村の後輩たちが如月の笑顔にどよめく。二年生は昨年の如月の悪評を知っている。本人と関係ないところで数多の尾ひれがくっついた噂だったのだが、大部分の一般生徒たちにそれは浸透していた。気に入らないとだれかれ構わず暴力を振るい、大怪我をさせられた先輩もいると聞き、今日も、始めは如月とプレーすることが怖くてたまらなかった。
しかし、バスケ馬鹿吉村の後輩たちは、部長と同じくバスケ馬鹿だった。プレーするうちに熱が入り、徐々に如月への遠慮や恐怖などは消えていた。その代わり、彼の身体能力の高さや、神業のようなプレーへの強い憧憬が生じていた。
今年入学してきたばかりの一年生たちは、部の先輩たち以上のプレーの数々を間近で見せられて、如月に対して羨望の眼差しを向けている。
「如月さん、ありがとうございました!」
「よければ、ぜひまた指導に来てください!」
「如月さん、よろしくお願いします!」
熱い言葉をかけられて、如月は気圧され気味で後ずさった。
(……なんだ。この、むさくるしい体育会系のノリは。それに、体育会系のやつはなんだってこうも無駄に声がでかいんだろう)
尊敬の眼差しを向けられるのは嫌な気分ではないが、なんだか落ち着かない気分にさせられる。如月はバスケ部員たちや吉村に適当に手を振って、そそくさと体育館を後にした。
(あー。なんか、どっと疲れたな)
如月はしんとした校舎の中を抜け、二階に続く階段をゆっくりと上っていた。汗でシャツが張り付き、気持ちが悪い。汗が出た分、体は軽くなりそうなものなのに、疲労が蓄積された全身が重く感じる。さっきも足が上がらなくて、階段に躓きそうになっていた。
保健室にたどり着き、戸を開けようとした如月は、はっと手を止めた。
(うわ。これ、中に誰かいるな)
室内に、美咲以外の人間がいるようである。数人分の気配が感じられた。
ここは昨年まで如月が通っていた高校である。同級生に会う可能性も高い。知り合いにでも会えばまた時間が取られるだろう。親友との再会もエイプリルたちとの合流もどんどん遠くなる。
この際、美咲に会わずに行ってしまおうか、とも思うが、部屋の中に荷物を置いてきたためそれもできない。
(誰がいるか知らないが、絶対に話しかけられないようにしよう)
如月は、すっと無表情になり、触れたものを弾くような冷え冷えとした雰囲気を纏って、無言で戸を開けた。
「美咲先生、俺、これで失礼しますから」
俺の荷物……、と言いながら、如月は顔も上げずに窓際に置きっぱなしにしていたスポーツバッグを取り上げる。如月の思惑通り、部屋の中の人物は誰も話しかけてこない。美咲でさえ、一歩近づいたものの何も言えなかった。
如月はさっさと戸口を抜け、音も立てずに戸を閉めた。室内はしんと静まり返っている。
美咲には後でさっきの態度を謝っておこう、と思いつつ、如月はバッグから携帯を取り出した。とりあえず、ライアンに連絡を取ろうと、短縮ナンバーを押す。
プルルル、プルルル、プルルル……
なかなか出ない。如月は呼び出し音に耳をすませた。
(あれ? ……なんか、部屋の中で鳴ってる気が……)
ガラッ
如月の背後で勢いよく戸が引き開けられた。如月が振り返るよりも早く、後ろから手が伸びてくる。ごとん、と如月の手から滑り落ちた携帯が床で跳ねた。
「凌! お前、せっかく会えたってのに……どこ行くんだよ?」
大声とともに、後ろから如月を引きとめた腕は、ずっと会いたいと切望していた親友、深町和海のものだった。