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1 電話

前作「BLUE WIND」の続編です。


*主な登場人物*

如月凌きさらぎりょう…元国際窃盗犯。今はヨーロッパの食堂で腕を振るう見習いコック。

深町和海ふかまちかずみ…如月の親友で、日本で暮らす普通の高校三年生。受験勉強真っ最中。

エイプリル…如月が保護者をつとめる施設出身の少女。五年間寝たきりだったが、今は元気に寄宿舎学校に通っている。

ライアン・ウィンターソン…エイプリルの専属看護士で、憧れの人。

高遠朗たかとおあきら…窃盗犯如月の元相棒。日本の大手企業の社長。

 ヨーロッパのとある田舎町。おもちゃの積み木のような家や店が立ち並び、町の外れの牧場からは時おり間延びした牛の声が聞こえてくる。そんなのどかな風景の中、中心部にあるこの町で唯一の食堂の厨房では、うって変わって慌しい光景が繰り広げられていた。

 数ヶ月前から、この食堂は集客率が三倍近くになった。そのためもともとそう広くもなかった店は、連日満員となる。さっと食事をかっ込んでまた仕事に出て行くという客の回転率がいい店であるにも関わらず、食事時のピーク時には凄まじい混雑となる。それもみんな、ある日突然見習いコックの求人募集を手にふらりとやってきた東洋人の少年が原因だった。

 もともと調理の仕事の経験がなかったとは思えないくらい器用で料理のセンスも抜群だった彼は、瞬く間に仕事を覚え、今では彼の料理を求めてこの町の労働者のほとんどが一日一度は立ち寄るのではないかといわれるくらいである。今日も、昼前からずっと客足の途切れない店の厨房で、その小柄な東洋人の見習いコック、如月凌きさらぎりょうは、腕がだるくなるまでフライパンを振り、熱々の鍋をかき回していた。


 昼食時のピークが過ぎ、今席に座っている客の食事を出し終えたら、漸く一息つけそうだという、そんなとき、如月は、服の中で携帯が震えるのを感じた。

 慌てて手を拭きつつポケットから携帯を引っ張り出す。

「ったく、誰だよ。こんなくそ忙しいときに……」

 言いかけた声が、着信相手を示す画面を見た途端ぴたりと止まる。そして、おもむろに、今まさにオーブンの扉を開けようとしている店のマスターに声をかけた。明らかに、弾んだ声だった。

「マスター。ちょっと、休憩もらいまーす」

「はあ? この立て込んでる時にかよ。何考えてんだ。トイレか? なら後にしろ、後に」

 肉の焼け具合を見るため目をはなさずに、後ろの見習いコックに向かって大声で怒鳴り返した店の主人だったが、オーブンから取り出した鶏肉を皿に移して振り返ったときには、もうそこには誰もいなかった。後にはソースのしみがついたコックコートが抜け殻のように残されているだけだった。



 目にも留まらぬ速さで店の裏口から外に出た如月は、ごみバケツが並ぶ通りの隅にしゃがみこんだ。顔には満面の笑みが浮かんでいる。

「和海、どうしたの? この時間に電話かけてくるなんて、珍しいじゃん」

 電話は、日本にいる如月の親友、深町和海ふかまちかずみからだった。時差のため、和海がいる日本はもう夜中だろう。

『ああ、もうすぐ期末だから、勉強していてひと段落したところ。凌の方こそ、仕事中じゃなかったか?』

 もちろんそうだぞ、というマスターの声が聞こえてきそうだったが、如月はあっさり、ううん、全然平気だよ、と答えた。そのままひとしきり他愛の無いやり取りを楽しんだ後、和海が急に改まった口調で口を開いた。

『なあ、俺、もうすぐ夏休みなんだけど、そっちは夏休みって取れるのか?』

 如月は口をつぐみ、考え込んだ。連日のこの状況ではなかなかまとまった休みをもらうことは難しそうだ。店も以前より人手を増やしたため、時々は自分も休みをもらえるようにはなったが……。

 しかし、和海がわざわざ聞いてくるということは、夏休み、日本に来いよ、遊ぼうぜ、という誘いのためではないだろうか。だとすれば、絶対、行きたい。何が何でも行きたい。意地でも、無理でも休みをとってやる! 如月は密かにそう決心した。 

『……おい、凌? 凌ってば。聞いてる? やっぱり休みを取って日本に来るのは無理かなあ。無理なら……』

「いやいや、行く、行くよ! 無理なんかじゃない」

『そうか? じゃあ、そのとき、実は俺、頼みが……』

「あ!」

 突然如月の声が和海の言葉を遮る。如月の頭には名案が浮かんでいた。

「あのさ、和海。エイプリル、覚えてるか?」

『ええと、あの、怪我で寝たきりだった女の子か? 確か、回復して、もう退院したって言ってたよな』

「ああ、そうなんだ。彼女、今、こっちの寄宿舎学校に行ってるんだけど、もうすぐ夏の休暇だ。彼女もそっちに連れてっていいかな。日本を見せたいし、和海のことも紹介したいから」

 親友のことを、家族同然の大切な少女にはぜひ紹介しておきたい。嬉しそうな如月の声に、和海もすぐに頷いた。

『ああ、いいよ。あ、そうだ。二人とも日本にいる間は俺の家に泊まれよ』

「え、和海の家?」

 如月は驚いた。普通の子ども時代をすごしてこなかった彼には、友達の家に招待されるなんていう経験はなかった。彼にとっては憧れのシチュエーションである。それは、ぜひ、行きたい。でも……。

「……やめておく。和海の家ってことは、刑事の兄貴もいるんだろ」

 如月が以前、闇の犯罪組織ばかりを狙って各国で窃盗を繰り返していた国際窃盗犯だったことを、和海の兄である深町和洋ふかまちかずひろ刑事は知っているのだ。正義感が強いあの刑事にかかったら、有無を言わせず逮捕されてしまうに違いない。如月の言わんとするところが伝わったのか、電話の向こうで和海が苦笑する気配がした。

『そうだよな。さすがに刑事の家に泊まるわけにはいかないか。彼女も一緒じゃ特にな。それじゃ、二人分、適当なところに部屋を取っておいてやるよ』

 正直、それはとても助かる申し出だったので、如月は有難く受けた。

 そんな彼を、探し回った末に漸く見つけたこの店のマスターが、裏口から顔を覗かせ怒鳴りつけた。

「こら! 如月、何をサボってやがる! 早く次の料理を出さねえか。いつまでたっても昼休憩が取れやしねえ」

「あ、はいはーい。……じゃ、和海、そういうことで、悪いな。日本行き、楽しみにしてるよ。またな」

『あ、ああ、またな』

 仕事がんばれよ、と伝える前に慌しく電話は切れた。切れた電話の受話器を握り締めつつ、そういや、凌に来てほしかったのは、頼みたいことがあったからなんだけど、それ、あいつわかってるのかな、と自問する和海だった。


季節外れの、夏のお話です。

前作より軽めで短くなると思います。

続けて読んでいただけると嬉しいです。

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