悪役
ど田舎から東京の中学に転校してきたら田舎者とバカにされていじめにあった。
そして、救世主が現れて救ってくれた。
HAPPY☆END
そんな、平凡な物語。
その悪役の物語。
☆
「愛媛県から転校してきた松江詩織ちゃんです。皆、仲良くするように~」
「え、えと、松江詩織です。よろしくお願いします」
おどおどしながらその女の子が言った。どうやらうちのクラスに転校生がやって来たらしい。結構可愛いな、気にいらねぇ―。
ッつか愛媛って何処だっけ? あーどうでもいいや。めんどくせ―。
「じゃあ席を決めちゃおうか、う~ん、ちょうど空いてるから水野の隣でいいか。松江はそれでいいか?」
「あ、はい。ど、どこでも」
おどおどしてんなよな、見ててイライラする。って、おいおい水野って、よりにもよって私の隣かよ~。はぁ~、めんどくさッ。勘弁しろよな~。
そんなあたしの心の声を無視してその転校生ちゃんはこっちに歩いて来る。そして、隣の席に座ってあたしの気なんて知らずによろしくなんて言うんだ。
「あの、水野さん? 松江詩織です。これからよろしくお願いします」
ほーら、言った。っつか名前ぐらい聞いてたよ。……あ~。なるほど、名乗れってか。めんどくせ、気付かない振りしよ。
「あ、あの、名前教えてもらっても……」
はっきり言えよなほんとにイライラする。
「水野」
「い、いや、下の……」
うぜぇって、思ってるサインだよ。気付けっつの。はぁ~、たるッ。
「水野美紅、美しい紅って書いて美紅ね。ヨロシク」
「よ、よろしくお願いします」
にっこり笑ってごあいさつ。あ~、きもっ。つ~かよろしくって三回目だろ。
あ~、めんどうくせぇなぁ~!
☆
これが、あたしと松江の出会いだった。
☆
休み時間になったらすぐに松江は囲まれる。はぁ~、このクラス馬鹿ばっかりかよ。まあ、馬鹿だろうが阿呆だろうがどうでもいいのだが、あたしが寝れないじゃん。あ~、クソッ。何でほんとにこいつここに来たかねぇ~。
そんな事を思いながら机に突っ伏した顔を気だるげに横に向ける。へっ、転校生ってだけでそんなに囲まれて、おーおー、羨ましいこった。
「ねぇねぇ、詩織ちゃんが前に住んでた所ってどんなところなの?」
お、ちょっと気になる。どこで育ったらこんな意気地無しになんだろな?
「え、え~っと、周りが山に囲まれている所、かな?」
あー、はいはい、要するにど田舎ね。娯楽もねぇ所で育ったからこんな感じになったのね、なっとく~。
その後も下らない事を、訊くためにクラスメイト達は、私の隣の席のに群がっていたがチャイムがなったら慌てて戻って行った。
教師が来るまでの間に少しだけちょっかいだそ。暇だし。
「なぁ~、松江ぇ。あんたが住んでた所って田舎だったよね?」
「え? い、いな、まあ、そうだけど……」
「あ~、うん、やっぱりねぇ~」
「やっぱりって何が……」
「いや、あんたいかにも田舎者って感じじゃん」
これは私なりにバカにしたつもりだったのだが、松江の反応は私の想像の斜め上を行っていた。
「あ、あはは、そうかな?」
って、照れくさそうに笑ったのだ。っち、クソが。頭ん中どうなってるんだよ。
っつか笑うとこれまた可愛いな。あ~も~、クソッ! 思い通りにならねぇな~、ムカツク。気にいらねぇ~。
☆
と、まあ、私たちのスタートはこんな感じだった。でも最初はこんなもんだった。これがはっきりといじめに変わったのはちょっとだけ後の事だった。
☆
「うぜぇよ」
しびれが切れた、だからそう言った。まあ、つい言ってしまった、って訳じゃねぇけどな?
「え、ご、ごめんなさい」
「そういうのがうぜぇって言ってるんだよ!」
松江を突き飛ばしながら言う。大丈夫、周りに見てる人はいない。
「ごめんなさい、でも……」
「でも!? 何? はっきり言えってよ!」
倒れた松江を軽く蹴る。大丈夫。痛むような威力じゃないし、ましてやアザが出来るようなモノなんかじゃない。あたしはそんな事しない。だって、そんな事したらまるでいじめみたいだから、しない。いじめなんて人にどれだけ迷惑かけているかも分かってないバカのやる事。そんな下等な人間じゃあ、私はない。
「だって、美紅ちゃんが一人でいたから」
は? ふざけんなよ。
「同情してるつもりかよ! ぼっち少女に同情してあげる自分に酔ってんですか!? 自分美少女ですか? ふざけんじゃんぇよ! このブスが!」
セーラー服を引っ張って顔を近づけて威嚇する。髪を引っ張らない程度の理性は残っていたが、はぁ、あたしはケモノか? さすがに熱くなりすぎた。と、ふと見ると松江が何か言っている。ちっちゃくて聞えな、ああ、
「 ぇ 、ん 」
だから、謝れって言ってねぇよ。そう、思った、だって、泣きそうな顔しながら“ごめん”って言ってるように見えたから。
あ~、うぜぇ、ほんっとに! うぜぇ。
「もういいよ、これからはあんまり話しかけてくるなよ?」
っぱ、と手を離すと松江はペタンと力なく崩れ落ちた。っは、少女マンガ通りの動きかよ、きもっ。
☆
このときのあたしは、自分が良い事をしているなんて言う意識は全くもってなかったが、また、悪い事をしているという意識もほとんどないに等しいぐらいだった。
☆
「わ、どうしたの! 詩織ちゃん!」
あの後教室に戻ってきていたんだけど、遅かったなぁ、松江。もう昼休み終わっちゃうよ。っつか、大声出して、何? と、思って教室に入ってきた松江を見ると、目じりが赤くなっていた。言うまでも無い、誰が見たって泣いた後だ。
「いや、なんでもないの、本当に、ね? だから、大丈夫」
なんて、返しながら自分の席に戻る。つまり、あたしの方に来る。っていうかさー、普通何でもないとか言うか? 隠すなら嘘つけよ、辛い事あったから気付いてアピールひでぇんだよ。被害者面して、大して何された訳でもないくせに。
そして、
「さっきは、ごめんね」
席について、そう言った。
「は?」
「だから、ごめんねって。さっきはちゃんと聞いてもらえなかったから言っておかなきゃって思って」
「待ってごめん意味わかんねぇ」
「つまり、謝らなきゃって思ったから……」
「いや、そうじゃなくて。なんで?]
「だって、あたしが悪かったんでしょ?」
あ~、うぜぇなぁ、本当にうぜぇ。だから、言ったろうがよ
「そういうのがうぜぇって言ってんだよ!」
あ、しまった。大声出しちゃった。視線が集まる。ちっ、イラつく。
あぁ~~イライラするわぁ~!!
☆
これからいじめが始まった。
それからの数カ月はたぶん、松江にとって地獄だったと思う。そして、三カ月ほどたった時、救世主が松江に手を差し伸べた。
☆
「お前が松江をいじめてたってのは本当か!?」
職員室に怒声が響く。うちのクラスの担任の声だ。何で叫んでるのかって? あたしが訊きてぇよ。
「おい!!」
思ったよりも大きな声に体がビクンと跳ねる。いや、違う違う、あたしはいじめなんてしてないんだから、いじめなんて、あれ? あたしはいじめっ子?
「誰とは言わんが、お前が松江をいじめてるって伝えてきてくれた子がいるんだよ。別に違うなら違うって言えば良い、正直に言ってくれ。怒らないから」
もはや様式美とすら言える絶対にウソの“怒らないから”を聞いて少しだけクールダウンできた。ふぅ、いったのは、奏あたりかな? あいつ、っち、うぜぇ~。救世主気取りかよ。はは、ヒーローって、あたしが悪役になるじゃん、それじゃあ。
いや、あたしは悪役だったのかな?
「はい、あたしは松江をいじめてました」
「そうか、はっきり言ったのは偉い。で、いつから?」
え? ほんとに怒らないのかよ? 様式美はどうした? と、一瞬思いかけたがその思いを押し殺して考える。
ああ、いつからだっけ。初めは、ちょっかいを出してただけで……。いや、あたしは初めから悪役だったのかな? ずぅっと、あたしは悪役だったのかな? それは、はぁ、いじめをする人間なんかにはならないって思ってたのになぁ。あたしは違うって、何でそんなこと思ってたんだろう? ああ、そうだ。あたしはずっと自分の事をその他多数の大勢だと思っていたんだ。何をやったって大きな何かに影響を与える事は出来なくて、でも、良い意味でも悪い意味でも何でもない存在。ああ、でも、違ったんだなぁ、あたしは、悪役だったんだなぁ。
大きな何かに悪い影響しか与えられない、悪役だったんだなぁ。
「ねぇ、先生。あたしは、はじめっから悪役だったの」
そう言って始めたあたしの告白を先生は止めずに最後まで聞いていてくれた。
そして、いじめは終わった。
奏は、かなでと読みます。とりあえず。