表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
架空の財閥を歴史に落とし込んでみる  作者: 常盤祥一
5章 昭和時代(戦後):新たなる時代
66/112

39話 昭和戦後③:中外グループ(2)

未知の業界や慣れない業界の事を書くのって難しいですね。


内容が間違っている可能性がありますのでご注意ください。

 中外グループが形成されるに当たり、大室・日林・日鉄の各財閥の流れを汲む企業の殆どが参加した。それ以外にも、戦後に発足した企業や、戦後に中外銀行や協和銀行と融資関係を持つ様になった企業も参加した。


 その中で大きな存在だったのが、テレビ業の「千代田テレビ」、日本各地に設立した相互銀行やノンバンクなどの各種金融機関、小売業の「日本小売(後に「NICCOLI」に改称)」と「共和ストアー(後に「キョースト」に改称)」、食品加工業でお菓子系の「東邦製菓」と飲料系の「愛宕飲料(後に「アタゴ」に改称)」、日本各地の中外系の鉄道会社系の陸運業社、航空会社の「日本東西航空」だった。


 テレビ、金融を前編(この章)で、小売と食品加工、陸運、航空を後編(次の章)でそれぞれ紹介する。


_________________________________________


 日本のテレビ放送は、1953年2月にNHKが放送開始したのが始まり、同年8月末に日本テレビ放送網(日本テレビ)が放送開始した事で民放も始まった。その後、1955年4月にラジオ東京(後のTBS)、1959年2月に日本教育テレビ(後のテレビ朝日)、同年3月にフジテレビジョン(フジテレビ)、1964年4月に日本科学技術振興財団テレビ局(後のテレビ東京)がそれぞれ開局した。

 テレビ局は新聞社との繋がりが強く、日本テレビは読売新聞、ラジオ東京は毎日新聞(ただ、ラジオ東京の株主には読売新聞や朝日新聞も連ねていた)、日本教育テレビは朝日新聞、フジテレビジョンは産業経済新聞(ニッポン放送、文化放送との繋がりから)、日本科学技術振興財団テレビ局は1973年に東京十二チャンネルに譲渡した事で日本経済新聞との繋がりがそれぞれ構成された。


 大日新聞も、他社と同様にテレビ業にも進出した。特に、読売新聞とは共に関東が地盤である事、プロ野球チームを保有している事(しかも同じリーグ)から最大のライバルと捉えており、早くからテレビ放送を希望していた。

 しかし、他社との競合から遅れに遅れ、漸く1960年代に入って、日本科学技術振興財団と同時に認可された。しかも、大日新聞単独では無く、戦前に日産コンツェルンの総裁だった鮎川義介率いる日本中小企業政治連盟との共同での設立となった。

 兎に角、大日新聞系のテレビ局の開設許可が下りた事で、事は急速に進んだ。そして、1964年4月に「千代田テレビ」が放送を開始した。チャンネルは14chが割り当てられた(この為、在京チャンネルは14以降は2つずれる)。


 他社から大きく後れを取った千代田テレビだが、その後の巻き返しは早かった。プロ野球という当時最大規模の娯楽を持っていた大日新聞の存在、中外グループと春光グループ(日産コンツェルンが戦後再編されて形成)のバックアップなどがあり、その後は急速に拡大した。この後、開設された地方のテレビ局との繋がりも形成され、地方での市場の獲得にも成功した。


_________________________________________


 戦時中の金融機関の統合によって、大室財閥の手から多くの銀行・無尽会社(銀行に似た小規模な金融機関)が傘下から離れた。それでも、青森県の「青森商業銀行」、宮城県の「奥羽銀行」、石川県の「越州銀行」、神奈川県の「相武無尽」、埼玉県の「北武無尽」が傘下に残った。

 戦後、青森商業銀行は県内の青森貯蓄銀行と青湾貯蓄銀行を吸収し、青森銀行と並んで県内の有力金融機関に成長する事となる。また、相武無尽は「横浜相互銀行」に、北武無尽は「埼玉相互銀行」にそれぞれ転換した。


 相互銀行とは、1951年に施工された相互銀行法を根拠に設立された金融機関であり、「銀行」と付いているが銀行法を根拠とした銀行とは区別された。また、業務内容にも制限があり、中小企業にしか融資出来なかったり、融資額に上限があるなどがあった。

 因みに、現在は相互銀行法は廃止され、全行が普通銀行(第二地方銀行)に転換した。

 相互銀行のルーツは、無尽会社から転換したもの、最初から相互銀行として設立されたもの、他の金融業態から転換したものであり、無尽会社が源流のものでも、戦前からのもの、戦後の混乱期に乱立した殖産会社が無尽会社に転換したものに分かれる。つまり、相互銀行のルーツは4つに分けられる。


 中外銀行や協和銀行、大室證券や日鉄證券は、戦後の乱立した殖産会社を傘下に収めた。そうする事で、地方への進出がし易くなる為である。また、戦時中、大室系や日鉄系の地方銀行が戦時統合によって合併し、影響力を失った事の巻き返しを図る目的もあった。

 この結果、各地域で殖産会社を傘下に収めた。その後、殖産会社が無尽会社に転換する際、同じ地域毎に統合する事が求められた。これにより、中外系の相互銀行は、以下の通りとなった。


・北邦相互銀行(本店:札幌、営業地域:北海道)

・関東相互銀行(本店:東京都港区、営業地域:東京)

・浜松相互銀行(本店:浜松、営業地域:静岡)

・東亜相互銀行(本店:大阪、営業地域:近畿・山陽・四国・北九州・東海・北陸)

・神戸相互銀行(本店;神戸、営業地域:兵庫)

・吉野相互銀行(本店:徳島 営業地域:徳島)

・筑紫相互銀行(本店:福岡 営業地域:福岡)

・大分相互銀行(本店:大分、営業地域:大分)


 これらの開業により、中外グループの広がりは日本各地に見せた。相互銀行故に、大規模な取引は行えなかったが、地域の中小企業に融資し、地方の振興と貯蓄意識を高めるという目的は果たせた。

 上記以外にも、第一相互銀行(本店:東京)、国民相互銀行(本店:東京)、大阪相互銀行(本店:大阪)、大正相互銀行(本店:大阪)、東邦相互銀行(本店:松山)、高千穂相互銀行(本店:宮崎)を傘下に収めた(これらは史実で存在した相互銀行。大正相互銀行以外は、他行と合併するか経営破たんして消滅)。


 その後、東亜相銀は1969年に都市銀行「大同銀行」に転換したものの、1972年には協和銀行と合併して「協和大同銀行」となって消滅した。しかし、この合併により、協和銀行が弱かった西日本方面の支店網を大幅に増やす事に成功した。

 東亜相銀以外の相銀では、相銀同士の合併が相次いだ。1973年に神戸相銀が大阪相銀、大正相銀と合併して「六甲相互銀行」(本店:神戸)に、同年に関東相銀が第一相銀、国民相銀と合併して、新しい「関東相互銀行」(本店:東京)に、1975年には吉野相銀が東邦相銀、土佐相銀と合併して「四国相互銀行」(本店:高松)に、1976年には筑紫相銀が大分相銀、高千穂相銀と合併して、新しい「筑紫相互銀行」(本店:福岡)になった。


_________________________________________


 ノンバンクは、預金業務を行っていないが、融資を行える金融機関の事を指す。リース会社やクレジットカード会社、消費者金融がそれに該当する。

 1960年代はこれらの会社の勃興期であり、日本最初のリース会社である「日本リース(設立当初は「日本リース・インターナショナル」、後に経営破たん)」や日本最大のリース会社「オリックス(設立当初は「オリエント・リース」)」、日本発のクレジットカードブランド「JCBカード」の運営元である「ジェーシービー(設立当初は「日本クレジットビューロー」)」、大手消費者金融の源流など、多くのノンバンクがこの頃に開業している。


 中外グループもこの流れに乗り、リース会社とクレジットカード会社を設立した。

 リース会社は、中外銀行と大室物産が中心となり、中外グループの主要企業が親会社となって「ユニバーサル・リーシング」を1966年に設立した。設立に際して、アメリカからノウハウの提携が行われたり、出向者にノウハウを学ばせに数年の留学をさせるなど、万全の態勢で設立した。

 クレジットカード会社は、中外銀行と大室信託銀行、日鉄證券が中心となり、中外系の金融機関が総力を合わせて1968年に「セントラルクレジット」を設立した。同時に、京成百貨店や南急百貨店など、中外系の百貨店で使用出来る様に提携も行われた。


 両社は設立後、急速に拡大した。ユニバーサル・リーシングは、設備の拡大や更新から始まり、後に大規模な商品(機械や船舶・航空機)を扱う様になった。経済の成長に合わせて需要も拡大していき、日本有数のリース会社として成長した。

 セントラルクレジットは、JCBの様に世界規模のブランドとはならなかったが、国内ブランドとしては有数のブランドに成長した。「C2カード」というブランドが「UCカード」や「DCカード」と同程度の知名度を得て、中外グループ系の金融機関が発行するクレジットカードにも使用されるなどして、国内での発行枚数は増加した。


 ここで紹介しなかった消費者金融だが、中外銀行と協和銀行が信販会社経由で消費者金融事業を行っていた。後に、中堅消費者金融会社を傘下に収めたり、自前の消費者金融の設立などを行うが、これは1970年代から80年代にかけての事になる。


_________________________________________


 地方銀行・相互銀行の拡大が目立ったが、信託銀行の新規設立も行われた。

 1950年代後半、大蔵省は金融機関の長短分離を進める為、信託業務を兼営している都市銀行・地方銀行は、信託業務を新しく設立する信託銀行に移す政策が取られた。史実では、これによって三和銀行・神戸銀行・野村證券系の東洋信託銀行(UFJ信託銀行を経て、現・三菱UFJ信託銀行)と東海銀行・第一銀行系の中央信託銀行(中央三井信託銀行を経て、現・三井住友信託銀行)が設立された。


 この世界では、上記2行に加え、もう1行設立された。それが、協和銀行・北海道拓殖銀行・日本勧業銀行・日鉄證券・信託業務を持つ地方銀行が共同して1961年に設立した「共立信託銀行」である。

 中外グループは既に「大室信託銀行」を持っているが、名前の通り元・大室財閥系で大室銀行・大室證券に近い存在である。

 それに対し、日鉄證券は自身のコントロール下の銀行を保有したいという思惑から、信託銀行の新設を利用した。そこで、協和銀行や地銀、拓銀・勧銀を巻き込み、「地方の大企業・中堅企業・富裕層向けに信託業務を行う信託銀行」として設立された。


 こうして設立された共立信託銀行だが、後発故の地盤の弱さと引き継いだ信託業務の少なさから、信託銀行の中では最下位クラスの規模だった。それでも、日鉄證券の後ろ盾、地方銀行との繋がりから生じた地方での基盤を得た事で業績を拡大、「大都市の大室、地方の共立」として中外グループ内では棲み分けが作られた。

 

 しかし、共立信託銀行の設立は、中外グループ内の金融部門の分裂を引き起こした。以前から表面化していた中外銀行・大室證券連合と日鉄證券の対立が、この一件で拡大した。

 これ以降、中外グループ内では、中外銀行・大室證券・大室信託銀行の元・大室系と、日鉄證券・共立信託銀行の元・日鉄系で対立構造が形成された(協和銀行は中立)。ただし、これはあくまで金融部門における対立であり、両者はグループの完全分裂は望んでいなかった。両者は、グループの金融部門の主導権をどちらが握るかという競争関係にあった。

 ただ、共立信託が日鉄證券の先兵として動いたのは、バブル景気以前までだった。バブル景気に入って以降、共立信託は急速に独立色を増し、日鉄證券のコントロールから外れる様になった。

この世界で開業した戦後地銀

・樺太銀行(本店:豊原、営業地域:南樺太)

・両毛銀行(本店:太田、営業地域:群馬、栃木)


この世界で開業した相互銀行(殖産会社組・新規組)


北海地方(北海道・千島・南樺太)

・樺太相互銀行(本店:豊原、営業地域:南樺太)

・道東相互銀行(本店:釧路、営業地域:釧路・根室・網走・十勝・千島)

・宗谷相互銀行(本店:稚内、営業地域:宗谷・留萌・上川・豊原・真岡)

・渡島相互銀行(本店:函館、営業地域:渡島・檜山・胆振・後志)


東北地方

・南部相互銀行(本店:八戸、営業地域:青森)

・三陸相互銀行(本店:仙台、営業地域:宮城・福島浜通り・岩手三陸)


関東地方

・東都相互銀行(本店:東京都新宿区、営業地域:東京)

・多摩相互銀行(本店:八王子、営業地域:多摩地域、埼玉西部、神奈川北部)

・総武相互銀行(本店:千葉、営業地域:千葉)


中部地方

・信濃相互銀行(本店;長野、営業地域:長野)

・金沢相互銀行(本店:金沢、営業地域:石川)

・甲州相互銀行(本店:甲府、営業地域:山梨)

・三州相互銀行(本店:岡崎、営業地域:愛知、静岡)


近畿地方

・両丹相互銀行(本店:福知山、営業地域:京都北部、兵庫北部、福井西部)

・摂津相互銀行(本店:大阪、営業地域:大阪)

・紀州相互銀行(本店:和歌山、営業地域:和歌山)


中国地方

・芸州相互銀行(本店:広島、営業地域:広島)


四国地方

・土佐相互銀行(本店:高知、営業地域:高知)


九州地方

・西海相互銀行(本店:福岡、営業地域:福岡)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ