表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気まぐれ金魚の玉手箱  作者: ゆずりは わかば
星の点を結ぶ線
8/39

その男は道の端に立っていた。誰かを待っている様子でもなく、かといって肩にかかった鞄から何かを探しているようでもない。ただビニール傘越しに薄暗い空を眺めているだけである。

町には雨が降り続いている。


私はその男を知っている。同じアパートの下の階に住んでいるタミヤという男だ。いつもグレーの服を着て、無精髭を生やしたイマイチ歳のわからない男。普段なら会釈をして通り過ぎるところだが、今日はなんとなく声をかけたい気分だった。


「タミヤさん。こんなところで何してるんですか?」


おう、とタミヤが返してくる。


「いやさ、こんな何にもないところでぼーっと立ってるからどうしたのかと思ってね」


「あぁ」


タミヤは煙草に火をつけながら答えた。


「ビニール傘、これの面を雨粒が過ぎていくのを眺めてたんだ。曇り空なんて眺めたって良いことないしな」


私は意外な答えに面食らった。


「ビニール傘の雨粒をずっと眺めてたのかい?他にやることをほっぽり出して?」


タミヤがどんな生活を送っているのか、そもそも彼がどんな人間なのかよく知らないことを思い出した。


「あぁ」


タミヤは吸っている途中の煙草を足元の水たまりに捨て、次の煙草に火をつけた。


「けっこう面白いんだよこれが。ずっと眺めていられる。あんたもちょうどビニール傘をさしているじゃないか。やってみればわかるさ」


そういうとタミヤは火をつけた煙草を咥えることなく、水たまりにそれを落としてしまった。

それから彼は何も言わず再び傘を眺め始めた。

私も彼にならって自分の傘の裏側を眺めてみると、なるほど小さな雨粒が滑って別の雨粒とくっついて大きくなったり、大きな粒が傘のしわで分かれたり多様な変化を見せる。

灰色の雨空を背景に雨粒たちの組んず解れつの愛憎劇が繰り広げられて最後は傘の縁から雫となって地面に落ちてしまう。

空と私を傘が隔たることで初めて生まれる雨粒たちの世界がビニール傘に広がっている。私が意識しなければ存在しない雨粒の人生が目の前を流れては落ちた。


「なかなか面白いだろう?」


タミヤの声で我に返った。


「あ、あぁ。今まで傘の表面なんて意識したことなんてなかったからびっくりだ。」


「ところでな。さっき曇り空を眺めても良いことなんてないって言ったが、あれは嘘なんだ。ぼくはずっと虹がかかるのを待っている。もう何年も」


突然の告白だった。大の大人が、しかも無精髭を生やしたおっさんが虹を待っていることを告白している光景は、どことなくシュールだった。だが虹について語るタミヤの目は本気だった。


「もう何年も虹が架かっていない。空を管理してる業者が虹をかけるのを忘れてしまったのか、はたまた虹をかける道具を無くしてしまったのか」


それっきりタミヤは黙り込んでしまった。時折吐き出されるタバコの煙とあたりに打ちつける雨音を除いて音が無くなってしまった。

タミヤと私は止みそうにない雨の中に二人きりで立っている。虹はまだ、現れそうになかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ